昨年の夏、仲の良かった両親の関係は父のリストラをきっかけに一変した。

家にいることが多くなった父と、仕事で疲弊していた母。 


家族団らんの場所だったリビングからは毎日のように言い争う声が聞こえ、私は自然と部屋に籠ることが多くなった。

それは秋なり、冬になっても続き、とうとう季節は春を迎えた。



だが、そんな日常はある日突然終わりを告げる。

両親が離婚を決めたからだ。

「乙葉ごめんな。頼りない父さんで」


父は最後にそう言い残すと、鞄一つ分の荷物を持って家を出た。

私はその背中を黙って見送るだけで、何も言えなかった。

ガチャンと音を立て閉まる扉を見ながら「そんなことないよ」なんて誰にも届かない言葉を口にする。

大好きな父を引き止められなかった。

こんなことになるなら、もっと前に両親に自分の気持ちを話せばよかった。

お父さんもお母さんも大好きだって。

だから言い争いなんてしないでって。

そんなことを今になって思う。

もう、父を引き止めるための言葉が発せなくなった今になって──。




私の声が出なくなったのは、父が出て行った翌日のことだった。


朝、目覚めると喉に感じた違和感。

何度か咳払いをしてみるも風邪とは違うその感覚に「あれ?」と口にする。

けれど、出したはずの“声”が出ないのだ。


違う言葉を発しても、何度それを繰り返しても。

慌ててリビングに向かうも、そこは電気一つ付いていない状態だった。


母はいつも私より先に出て仕事場へと向かう。

父は昨日出て行ったからいない。


(……自分でどうにかしないと)


幸いにも近くには子供の頃からお世話になっている病院がある。

私は母に連絡を入れて、一人病院へと向かった。



「声帯に異常はなし……。失声症かもしれないね。何か最近、ストレスを感じたことはないかい?」


原因に心当たりがあった私はその後、心療内科を紹介される。

そこには母も付き添ってくれて、先生に「ゆっくり向き合いましょう」そう言われた。


父とは月に1回程メールでやり取りをするものの、失声症を患ったということは伝えていない。