どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。自分を見失って、すべての意味を失って。人によって顔を変えるってこんなにも難しいことなんだ。そう思わされた。

 「それなwwてか、言うなら白沢大和(しらざわやまと)。アイツうざくね?」

 「「それなwwwぎゃはははははは」」

 「わはははwwすごっww麗華(れいか)ww」

 「凪穂(なほ)〜?凪穂もそう思うよね~?」

軽く圧がかかったその質問の選択肢はYESかYESしかないように思えた。

 「んね~wwあははは」
 (うまく笑えてるかな、私――…)

私は、松井凪穂(まついなほ)。そして、白沢大和は私の好きな人。約4年間、私は大和に一方通行の恋心を抱いていた。
けれど、私は勘づいていた。今、一方通行だった道に亀裂が走りそうだ。
私が居るグループ、世間的に言う”女子一軍”はグループの中心、麗華の言うことにはNoを言えない。実際、私もそうだった。私には、2つの顔がある。

 「まじ、大和うざーい。ちょっと顔が良くて、背が高いからって調子乗りすぎだよね!」

 「んね。」

 「ちょっとねー、調子乗りすぎだよね。」

 「それな。」

1回もしゃべらないわけにはいかない。いつもと同じようにしゃべらないといけないから、たとえ好きな人の悪口でも言わないといけない。


そんな人間たちと居る猿のような私が1面目。

そして、1人でいる時のサイコパスが混ざった私が2面目。

ここ私立に入る前まで元天才子役だった私には、簡単に演じ分けられる範囲だ。私が松本千景(まつもとちがけ)というのは誰も知らない。
入学したての時、「千景ちゃん推しなんだー」とみんなが言ってくれているのを聞いていた。が、その喜びも顔には出さなかった。


 「やっほ~麗華!」

その時、4人の男の子の集団が近寄ってきた。ひだりから、大雅(たいが)、大和(やまと)、龍斗(りゅうと)、秦仁(じん)だ。

 「おっ、みんな居るじゃん!」

真っ先に麗華のところに向かっていったのが龍斗。

 「麗華!彼氏と別れた??」

 「あっうん!別れたよー。」
 
 「おっ!マジ??じゃあさ、次の彼氏候補とか―...??」

恋バナで盛り上がっている2人。そして、それを見たほかの3人もどんどんほかの女子に話しかけていく。

 「志乃(しの)、あっちのほう行こ!」

 「おっ、大雅~!なんか久々だねww行こ!」

 「茉由(まゆ)、このゲームのさ、レベル全然上がんねーんだけど!?」

 「OK。やるわ!どこでやるー??」

 「八雲(やくも)!!聞いて、推してた千景ちゃんがさ!」

 「大和、よく冷めないよね。千景ちゃん、もう引退しちゃったのにね。まあいいよ聞く―。」

 (最悪、気まずっ。)

気まずさがピークに達したので、私は家に帰ろうと体を反対方向に向けた。正直に言えば、龍斗麗華ペアをはじめ、大雅志乃ペア・秦仁茉由ペア・八雲大和ペアはとてもお似合いだ。それなのに私が大和を狙っている。そんなことを言えば殺されるも同然だろう。

 「ねぇ、さ。八雲の好きな人――――」

 「大和だってさぁ!」

大和と八雲の声だ。『八雲の好きな人』の後は聞けなかったが、2人が各々の好きな人の話をしているのは確実だ。
 (八雲に彼女の好きな人を聞いている。ということは、大和は八雲のことを気になっている??もしくは好きなのか?)
そうとしか私には考えられなかった。イヤホンでもしとけばよかった。ひどく後悔して、周りが見えなくなりそうだった。

 「もういっか。雲隠れだ。」

心から愛せる酸素のような人を求めて生きていた私の求めていた人は、私の人生からあっけなく消えてしまった。そう思うと、息がしづらくなってきた。

 ”カッカッカッカッ”

私のローファーの音が静寂な道に響く。

 「凪穂ちゃん!!何してんの?」

『凪穂ちゃん』。私のことをこう呼ぶのはあの8人の中では2人。八雲と大和だ。
2人のうちどちらか。すぐに分かった。下を向いて歩いていた私の視界に入ってきた影は私より大きかったから。

 「大和。なんで?」

大和の顔を見た瞬間、私の頬に涙の雫がつたっていった。
 
 「なんでって?その手!!」

大和にそういわれて、指をさされている左手を見た。それを見て、私は青ざめていった。

 「え?私。え―――...」

言葉にならなかった。無意識のうちにカッターの刃を握りしめていた。そんな私の左手からは、血がぽたぽたと流れ落ちてきている。

 「八雲はいいの?」

 「八雲じゃなくて、凪穂ちゃんでしょ。絶対今は。」

 「私、もうわかんないよ。自分がなんだか、自分を見失っちゃったの。助けてよ、大和。」

膝に力が入らなくなって立てなくなった。私はこのまま地面に頭を打って死ぬ覚悟をした。
その時、私の体は誰かの手に支えられた。

 (死なない。?)

 「あっぶない。よかった。」

 「大和――...?」

 「話してみて。全部。」

大和の優しくて穏やかな声に語りかけられた瞬間、うるんだ瞳から涙が零れ落ちた。
もうダメだ。全部話そう。そう思えた瞬間だった。

 「好きなの、大和のこと。けどダメでしょ?八雲でしょ?けどさ、パズルみたく組み合わせたときに最後に残るのは私だったんだよ。けど、誰かと誰かの間を割って入るようなことは避けたかった。」

 「うん...。」

 「大和、最後に良いこと教えてあげるね。誰にも言ったことないとっておきの秘密。」

無理に笑顔を作って大和の顔を見て言った。私を見た大和は大きくうなずいた。

 「私、松本千景なんだよ。大和が推してる。」

 「だからなんだね。俺、テレビで千景ちゃんを初めて見たときに人生初の一目ぼれした。」

心臓が1回、大きく飛び跳ねた感覚がした。

 「んで、凪穂ちゃんを初めて見た時に人生2度目の一目ぼれをした。」

 「え………??」

今起きてることが信じられない。逆に怖かった。

 「凪穂ちゃん。俺でよかったら、俺と付き合ってくれない?」

 「え……??良いの?私で??」

 「うん。良いの。凪穂ちゃんがいいの。」

 「私も。大和の彼女になってもいいですか?」

 「うん!!嬉しい。ありがとう。あとさ、さっきのやつ。みんなと居る時、凪穂ちゃんの笑顔ひきつってるんだよね。俺と喋ってる凪穂の笑顔が本物だと思う。」

 「そっか。私、ほんとの自分見つけた気がする。」

 「俺は、本物の凪穂だけしか見てないからね?」

 「「wwwwwwwwwwwww」」

私と大和は互いに顔を見合って、おかしそうに笑った。
私の人生から消えた酸素のような人が再び現れた。そうしたら、少しだけ息がしやすくなった気がした。

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