「ただいま帰りました」
「ユタリア、遅かったな」
「あらエリオット様、帰っていらしたのですね」
「ああ」
 すっかり上機嫌になった私とは正反対にエリオットの顔色は暗い。
 まるで誰かと喧嘩したかのようだ。喧嘩、したのかしら? 気にはなる。けれど聞いていいかどうかと言えばそれは否である。カマをかけて話してくれればいいのだけど、と諦め半分で暗い顔で私の顔をじいっと見つめたままのエリオット相手に「何か?」と首を傾げてみる。
 けれどやはり答えは予想通り。
「なんでもない」――と。
 そう言われてしまえば私が聞き出す隙間などないのに、エリオットは相変わらずの表情を変えることもなければその場から動く様子すらない。私への愛情は口にしてくれるようになった彼だが、悩みを打ち明けてくれることはないのだ。だからこそ、何も出来ないこの状況がもどかしくてたまらない。
「ああそうだ、エリオット様。ミランダがベビー服を用意してくれるそうです」
 暗い雰囲気を少しでも明るくするためについ先ほどまでのミランダとのことを口にする。
「ミランダさんに会いに行っていたのか?」
「ええ。妊娠したと伝えにハリンストンの屋敷に帰っておりましたの。そしたらミランダったら子どもの性別も分からないうちからベビー服を仕立てるために商人と針子を呼び出したんです」
 口にして、そして服が手元に届くことを想像してふふふと笑いがこみ上げて来る。タイミングが早すぎるのと、明らかに仕立てる服の量が多いことは気になるものの、あの子のことだからきっとセンスのいいものを用意してくれるだろう。
 性別どころか、まだ妊娠が発覚したばかりでちゃんと私の元に元気で生まれて来てくれるかはわからないが、生まれてきた暁にはきっと満足する一着と出会えるはずだ。
 だから安心して生まれてきて欲しい。男だろうが女だろうが、惜しげもない愛情は注ぐ準備は出来ているから。
「そうか、ミランダさんのところにか……。ミランダさんなら、きっと似合う服を用意してくれるだろうな」
「はい!」
 ブツブツとしばらく独り言を呟いたエリオットはそうかそうかと独り合点をすると何かを決意したかのように真っ直ぐに視線を上げて歩き始める。今の話でどうやら気分転換が出来たらしい。
「ユタリア、ご飯にしよう」
「はい」
 ああ、良かったわ。
 ――その翌日からミランダに対抗してエリオットが次から次へと商人を連れて来るとも知らないで、私はエリオットの機嫌がよくなったことに喜んでいた。


「ユタリアはどれがいいと思う?」
「えっと、もうおもちゃはいいんじゃないですか? 男の子と女の子でも違いますし、これ以上は生まれてきて必要な物を揃えても……」
 こんなことを繰り返すのももう10日目である。すでに赤児用の布オムツやタオルケット、子ども用の木馬に至るまで、5〜6歳まではもう何も買わなくても十分だと思えるほどの品を買い揃えている。だというのにエリオットはまだ足りない、まだ足りないと繰り返してばかり。
  ミランダのベビー服は色や生地の問題だから、男の子か女の子のどちらが生まれてきたとしても着せることは出来る。我が子なのだから何を着せても可愛く見えるし、ミランダの目にだって多分叔母フィルターがかかっているはずだ。だからまぁそんなに必死に止めようとは思わなかった。エリオットも第一子にはしゃいでいるのだろうと今まで付き合ってはきた。
 だがさすがに飽きたし、疲れた。
「だが何もなければ退屈してしまうだろう?」
「生まれてきたばかりの赤児というのはほとんど寝ていますから」
「そうか? あ、これなんかいいな!」
 私の言葉なんて半分以上聞き流しているし。なら私いらなくないか?とは思うものの、あれからお茶会や夜会の出席は身体に触るからと全てキャンセルさせられてしまっている。ならば仮病でも使って! と体調が悪いフリをしたところ、エリオットがえらく心配し、危なくこれから数ヶ月間毎日医者を連れて行動する羽目になるところだった。
  それだけ子どもを楽しみにしていてくれているということだろうが。
  「ユタリア、ユタリア、これなんか」
「エリオット様、ユタリア様。お客様がおいでになられました」
 使用人がそう告げるのとほぼ同時に茶色い頭はヒョッコリと顔を出す。
「久しぶりだな、エリオット、ユリアンナ」
「「リガード!!」」