捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「くそっ!!」

 邸の執務室で多くの書類を読み終わると、メルクリオは机を叩きつけた。
 書類の中身は、最近出現している盗賊によって受けた町や村の被害を書き記したものだ。
 多くの住人が怪我などの被害を受けており、死人も少なからず出ている。
 しかも、書類には兵を派遣したことによる費用額も書かれており、かなりの金額が毎月消え去っているのが分かる。

「兵を派遣しているのに、このまま盗賊が減らないのではジリ貧もいいところだ!!」

 折角3年前に得た報奨金も、今回のことで吹き飛んでしまった。
 兵を派遣したことで被害は減ったが、盗賊を全て討伐したわけではないため、まだ兵を退く訳にもいかない。
 被害を受けた住民たちも、再度襲われるのはかなわないと、北へ避難する者も出て来ていて、過疎化が進んできている。
 そのため、兵の食料確保などの難航から費用が嵩むという頭の痛いことが続いている。

「このままあの周辺を捨てるべきか……? いや、無理だな……」

 フェリーラ領とルイゼン領には大きな川と湖により隔たれており、陸が接している場所は南東部分しかない。
 これ以上の費用を抑えるために放棄するという考えも頭に浮かぶが、すぐに自分で否定する。
 被害に遭っている南東部分には、王都との交易をおこなう通路の1つが通っている。
 そこを失えば、フェリーラ領の西側に経済的な2次被害が起きることになる。
 とても放置できるような状況ではない。

「せめて兵の費用を抑えられれば……」

「旦那様。デメトリア殿がお越しになりました」

「そうか。通してくれ」

「了解しました」

 盗賊の討伐を完了しない限り兵を退かせるわけにはいかない。
 なんとかして領の経営に支障が出ないような金額に抑えられないか、メルクリオは思考を巡らせる。
 そこへ執事が入室して来て、ギルド代表のデメトリアの訪問を告げたため、一旦その思考を中断することになった。
 主人の許可を得た執事は、すぐにデメトリアを執務室へと連れてきた。

「閣下。愚弟から何やら手紙が届いております」

「あぁ、何だろう……」

 フェリーラ領のエリアを取り扱う立場でもあるデメトリアは、今回のことでメルクリオからの協力を受けていたため、冒険者と兵の連携によって盗賊からの襲撃を阻止するための話し合いに来た。
 その話し合いを始める前に、デメトリアは弟のファウストから届いていた手紙をメルクリオに渡した。

「……っ!? これは……」

「……? 見せてもらってもよろしいでしょうか?」

「あぁ……」

 手紙を受け取り、内容を確認したメルクリオは目を見開いた。
 弟が書いたとは言っても、メルクリオが読む前に開封する訳にはいかないため、デメトリアは手紙に何が書かれているのか分からない。
 そのため、何か驚くようなことが書かれているのか気になり、その手紙を自分も見せてもらうことにした。

「……っ!? これを兵の代わりに配備してはどうかということですか?」

 内容を見てデメトリアも驚いた。
 そこには、ちょうど話し合おうとしていた盗賊対策に関するための策が書かれていた。
 ここに書かれている策が成功すれば、一気に盗賊を討伐できるかもしれない。
 この策の根幹となるのが、レオの人形となっている。
 その人形がそもそも特殊なことになっているため、本当かどうか確認したいところだ。

「そのようだな……、しかし、これが本当ならレオは……」

「えぇ……、1人で軍隊を組織できるということになりますね……」

 その人形の説明を読んだ2人は、改めてレオの能力に脅威を覚えたが、心強い協力を得られて光明が見えた思いをしていた。





◆◆◆◆◆

「では、エレナ、ベンさんお願いします」

「はい! レオさん気を付けてください」

「お任せください」

 メルクリオから届いた返事は、思っていた通りレオの協力を得るというものだった。
 作戦を決行するために、レオは以前のようにドナートとヴィートを連れて、ファウストと共に被害地へと向かうことになった。
 領地の経営に関しては、いつものように執事のベンヴェヌートに任せ、その補佐としてエレナに手伝ってもらうことにした。
 エレナに手伝ってもらうのは、もしもルイゼン領のムツィオの悪事が暴かれた時、生存を宣言して自分が正当な後継者だということを名乗り出るためだ。
 名乗り出て領地を引き継いだ時、少しでも領地経営についての知識と経験を得るため、ベンヴェヌートの手伝いをしてもらうのだ。
 その提案をレオから聞いた時、エレナは最初のうちは悩むような表情をしていたが、最後は首を縦に振った。

「しかし、良かったのか?」

「何がでしょう?」

 島から離れて行く景色を見ていると、ファウストが話しかけてきた。
 その問いの意味が分からず、レオは首を傾げる。

「多くの人間にお前のスキルを知られるかもしれないぞ?」

「心配ですけど、メルクリオ様には助けてもらっていますし……」

 今回の作戦にはレオの人形が投入される。
 これまでレオは、ある程度の範囲内の人間にしか能力を見せたりしなかった。
 その能力を知った人間が、レオを利用しようと狙ってくる可能性があったからだ。
 健康状態はもう完全に健康になり、病弱だったことが嘘のようだが、個人としての戦闘力に疑問が残っていたレオ。
しかし、それもこの3年ガイオから剣術指導を受け、ジーノから受けた魔法指導によって、個人としての強さも得た。
いまなら、狙われてもそう簡単には捕まったりやられたりしない自信がある。
 それに、メルクリオにはこれまで世話になっている。
その恩を返すためにも今回参加することを決めたのだ。

「それに、実戦でどうなるか試してみたいので……」

 強化と細工をおこなった人形の実戦投入。
 もちろんメルクリオを助けるために使うのが最大の目的だが、それと同時にレオの中ではどこまで使えるのかを確認したいという思いがあった。

「それは島でも出来たんじゃ……?」

「人間相手のデータも欲しいですから」

「……相手によって人形を変えるのか?」

「はい。それも考えています」

 たしかに、ファウストの言うように、島の魔物を相手にすれば実験のデータは取れるはずだ。
 だが、人と魔物では動き方が違う。
 どんなに強い魔物も、頭が悪ければ一人の人間に負けることだってあり得る。
 出来ればどんな相手でも勝てる人形ができればいいのだが、人間相手には人間専用の、魔物相手には魔物専用の人形を作ることも考えた方が良いかもしれない。
 そのデータも取れればいいと考えている。

「今回のことが成功すれば、島の対人防衛は強固にできるかもしれません」

「……そ、そうか」

 島の防御は、住人の増加と共に兵も増えたため、強固になってきている。
 しかし、大軍で攻め込まれたとしたら対応できるか不安が残る、
 島に戻れば魔物の対策を練ることはいつでもできるが、対人戦闘の経験は今回のような事でもないと得られない。
 経験を得て、レオは島の防衛に利用するつもりだ。
 その考えを聞いて、ファウストは僅かに言い淀む。
 今回のことでレオの人形が使える事を実証すれば、レオ単体で軍隊並みに戦う力を得ているということと同じことになる。
 そうなった時のことを考えると、嫌な考えも浮かんで来る。
 強すぎる力には、当然反発する力が生まれる。
 それがもしかしたら貴族かもしれないし、最悪のことを考えたら国になるかもしれない。
 現王のクラウディオは流石にそんなことはしないかもしれないが、他の貴族の状況次第では、止むを得ず考えを変えるかもしれない。
 微かな可能性だが、それがゼロでないのが恐ろしい。

「なるべく俺を利用しろよ」

「……? はい。ありがとうございます」

 メルクリオのことを考え、レオには頑張ってもらいたいが、今後のことを考えてあまり活躍し過ぎないようにしてもらいたい。
 そのため、ファウストは火の粉を被る役割を果たそうと、自分を頼るように言ってきた。
 その真意を知ってか知らずか、レオはとりあえず感謝の言葉をかけたのだった。

「皆集まったようだな」

 レオが島を出てフェリーラ領の南部へと到着した頃、敵となる盗賊たちはある邸に集まっていた。
 ルイゼン領北東の町にある邸で、上座に座る1人の男が尊大な態度で話始める。
 顔の上半分を隠すような仮面をしており、口許しか分からない
 そのとなりには同じ仮面を被った男が立っていて、この2人が組織のトップに立っているようだ。
見えている顔の下半分だけで判断できるのは、座っている方はある程度年齢がいっていて、立っている方はまだ若いように見えるということだけだ。
 この謁見室には、3人の男が下座で片膝をついて頭を垂れている。
 そして、3人の男は、2人ずつ側近を連れて来ていて、その側近たちは、それぞれ自分たちの上司の背後で同じく片膝をついて俯いている。

「早速それぞれの現状を報告してもらう。まずはオアラレ班から」

「ハッ!」

 若い仮面の男の方が話始め、対面の一番右にいる男に話しかけた。
 オアラレとは、フェリーラ領南部にある村のことだ。
 返事をした男は、そこの村を担当しているという者らしい。

「我々はこれまで同様オアラレの襲撃をおこないました。ですが、住人を数人殺したところで兵の邪魔が入り引き返すことになりました」

「……分かった」

 オアラレの村は、つい先日も盗賊の侵入が起きた。
 村にはフェリーラ領の兵もいるというのに、警護の隙を付いて侵入にされてしまった。
 そのため、住人に被害が及び、数人が命を失ってしまった。
 盗賊の彼らからすると、今の時点では僅かでも被害を負わせることができれば御の字。
 たいしたことないようでも、彼らには充分な成果だ。

「次! ビパドゥレ班」

「ハッ!」

 最初の男の報告に、まずまず納得したように頷くと、若い男は次の男を指差す。
 3人の内の真ん中にいる男だ。
 ビパドゥレはオアラレの東隣にある村のことだ。

「我々は兵の警護が厳しく侵入は断念しました。現在侵入経路の捜索をおこなっている状況です」

「チッ! 侵入経路は見つかるのか?」

「……なかなか難しいところです」

 進展なしの報告に、若い男は思わず舌打ちをする。
 しかし、本来兵の常駐しているようなところへ攻め入れというのがおかしな話だ。
 無謀に突っ込んで、仲間を減らす方が先の事を考えれば不利益のように思える。

「経路がないなら、せめて兵士の1人でも殺してこい!」

「申し訳ありません!」

 苛立たし気な若い仮面の男の無茶な言葉に、ビパドゥレの担当の男は恐縮するように謝罪の言葉を述べた。
 トップのおまけのような存在で、自分は動くわけではないのに好き勝手に言う若い仮面の男のことを、下座の者たちは全員が内心では舌を出していた。

「最後にカスタルデ」

 カスタルデはビパドゥレの村の東隣の町のことで、王都に近い位置にある。
 ここはフェリーラ領と王都をつなぐ街道があるため、一番重要な地と位置付けられており、組織は一番多くの人員を投入していた。

「こちらは少々兵に異変がございました」

「何?」

 呼ばれた一番左にいる男が報告する番になると、部屋の中の者たちは僅かに眉をひそめた。
 兵を派遣して防衛を高めていたようだが、財政を考えればこのままずっと派遣していられるわけがない。
 兵の数を増やして、自分たちの討伐を一気におこなおうとしているのかと考えた。

「兵を退きつつあります」

「増やしたではなく、退いた?」

「はい!」

 短期決戦とばかりに兵を増やして思い切って攻めて来るのかと思ったが、反対の報告に座っていた仮面の男が思わず問いかけてくる。
 問われた男は、しっかりと頷いて答えを返した。

「……罠の可能性があるな」

「はい」

 フェリーラ領の経済状況を考えると、兵を退かせるには早い気がする。
 そのため、罠だと考えるのは当然のことだ。

「それと……兵に代わり、ファウストという名のギルドの人間が町に入ったとの話です」

「ファウストだと!?」

「どうした? 父さん!」

 続けられた報告に、上座に座る仮面の男が大きな声をあげる。
 あまりの反応に部屋中の全員が驚き、若い仮面の男は思わず何事かと問いかけた。
 どうやら、この仮面の男たちの関係は親子のようだ。

「ファウストの奴があの町に入ったと?」

「はい。噂をしている人間を多数確認したそうなので、間違いないかと……」

「そうか……」

 反応の理由が分からないが、町中に潜入させた人間からの報告のため信憑性は高い。
 カスタルデにファウストが入ったと聞いて、上座の男は口元を怒りの表情から段々と表情を和らげていった。

「クク……デジデリオ!」

「ハイ!」

 上座の男は何かを思いついたらしく、笑みを浮かべた後にカスタルデの担当の男であるデジデリオを指差す。

「罠でも兵が減ったのならこちらの全滅はあり得ん。攻め入ってファウストを捕縛し、ここへ連れてこい!」

「畏まりました……」

 何やらトップの男とファウストの間には何かあったようだ。
 盗賊を組織しているくらいだから、何かしらの悪事を阻止されたくらいのものだろうと、下座の者たちは思っていた。
 罠と分かっていても攻め入れなんて命令をするところを見ると、トップの者は戦略の知識が浅いようだ。
 無茶苦茶でも上の意見を拒否することも出来ないため、デジデリオはその命令に頷くしかなかった。

「捕獲第一を部下に申し渡します」

「あぁ、それでかまわない」

 命令だから攻め入るが、1人をピンポイントで狙って戦う訳にもいかない。
 そんなことをすれば全滅する可能性もあり得る。
 ただでさえ罠かもしれない所に攻め入るのだから、絶対の返事はできない。
 遠回しにできる限りの捕縛を約束することぐらいしかできないことを告げると、それくらいは仕方ないと理解したのか、トップの男は納得したように頷いた。

「では、良い報告を待つ」

「「「ハッ!!」」」

 報告も済み、今後のことも話し合われてようやく若い仮面の男から話を終了する言葉が告げられる。
 その言葉を受けた3人の男と部下たちは、この謁見室から去っていった。





「よろしいのですか? 頭……」

「あぁ、スポンサー様の言葉だ」

 邸を出て馬に乗り、カスタルデ方面にあるアジトへと向かう最中、謁見室で一緒に聞いていた部下の一人がデジデリオに話しかける。
 それだけで何のことだかを理解したデジデリオは、渋々といった表情で答えを返す。
 言葉では命令に従うようだが、嫌そうなのはその表情で分かる。
 しかし、自分たちが今もこうして生きていられるのは、仮面の男たちによる資金援助があるからだ。
 それがなければ死を待つしかなかった人間たちだ。

「罠と分かっていて、攻め入れなんて……」

「言いたいは分かっている。しかし、俺たちに拒否権はない」

「それはそうですが……」

 仮面の男達の下で動いている盗賊たちだが、元々は盗賊などではない。
 実は彼らは、町を襲撃するために数年前から集められた奴隷たちだ。
 盗賊全員の背中には、強制隷属の紋章が刻印されている。
そういった意味で、彼らには拒否権はないのだ。
 そのため、罠と分かっていても命令に従い町へ攻め入るしかない。

「せめて襲撃の成功を得るために、少しでも多くの情報を得てくれ」

「ハッ!」

 兵が退いたのは、きっと何かしらの罠があるのは確実だろう。
 これまでの襲撃から、フェリーラ領の兵たちも住民の中にスパイが紛れていることは気付いているはずだ。
 どんな罠が待っているかは分からないが、デジデリオは仲間を救う対策を練るために情報を得ることを決め、部下に情報収集を指示した。
 その指示に従い、部下の男たちは馬の速度を上げ、デジデリオよりも先にアジトへと向かって行ったのだった。

「ここがカスタルデの町ですか……」

「あぁ……」

 島を出発したレオは、ファウストの案内を受けてようやくカスタルデの町へと到着した。
 長い馬車の旅に、お尻を撫でつつレオはファウストへと問いかける。
 体を鍛えていても、さすがにこれには慣れない。

「何だか活気がない気がします」

「流石にな……」

 遠くから見た防壁の様子からも分かっていたことだが、町には活気がない。
 まだヴェントレ島の方がみんな生き生きしているように感じる。
 しかし、ドナートが呟いた通りしょうがないことだとレオも理解する。
 防壁には所々破壊された痕跡があり、派遣されている兵たちはその修復をおこなっている。
 何度も盗賊の襲撃を受け、多くの人間が死傷しているという話だ。
 盗賊もまだ仕留めきれていないので、市民は恐怖に怯えながら生活するしかないのだろう。

「ここは王都に近いから本来はもっと活気があったんだがな……」

 ファウストも町の今の様子には思う所があるようだ。
 以前きた時との違いに、仕方ないとはいえ残念に思っているのだろう。

「じゃあ、何とかしてここを元に戻したいですね」

「あぁ……」

「そのためには、まず盗賊を仕留めないと……」

 たしかにレオの言うように、ファウストも昔のように元に戻したい。
 そうなると、一番の問題となっている盗賊の殲滅が最優先だ。
 それができれば、他の地へ逃れた者たちも戻ってくるかもしれない。
 元の活気のある町に戻すためにも、レオは何としても盗賊を仕留めることを決意していた。

「まずはここの総隊長のセラフィーノに会いに行こう」

「はい」

 次回盗賊が攻め込んで来た時、レオたちが参戦することはメルクリオからの手紙が届いているはずだ。
 しかし、顔を知らないことにはお互い協力のしようが無い。
 そのため、レオはファウスト共にここの町を守っている兵を統括している総隊長の所へ挨拶に向かうことにした。





「失礼します! 総長! ファウスト殿がいらっしゃいました」

「おぉ、そうか。謁見室へお通ししろ!」

「ハッ!」

 この町の領主の邸の一室を借り、執務室として利用していたセラフィーノは、ノックと共に入室してきた部下に指示を出す。
 書類の山に埋もれ、部屋はまさに足の踏み場もない状況の部屋になっている。
 さっきまで睨みつけていた書類を置いて、慌てて身だしなみを整えたセラフィーノは、すぐさま謁見室へと向かって行った。

「ようこそおいでくださいました。レオポルド様!」

「えっ? あぁ、はい……」

 謁見室に案内されてすぐ、体格のいい男性が入って来た。
 入室してすぐ、その男性はレオへ向けて深く頭を下げてきた。
 ちょっと仰々しい気がしたため、レオは少し戸惑いながら返事をする。
 そしてすぐに、自分が爵位持ちだったことを思いだした。
 貴族の子孫ではあっても領地を継ぐのは大体が長男であり、余程に優秀でもなければ彼らは爵位を継げずに平民と同じ位になってしまう。
 高位貴族であるなら、婿に行って他家の当主になることも出来るだろうが、下の方の爵位だと婿の貰い手も少ない。
 そういった者は、どこかの貴族の兵として雇われて武勲を立てるか、冒険者として生きるかのどちらかの選択をすることになる。
 そして、セラフィーノはメルクリオと仲の良かった男爵家の4男だ。
 息子の面倒を見てほしいと頼まれ、メルクリオが兵として雇うようになったのだが、そこから自分の力のみで隊長格にまで上り詰めた程の剣の使い手だという話だ。
 セラフィーノは貴族の息子といっても爵位はない。
 しかし、レオは一番下の騎士爵とは言っても爵位持ち。
 このように手厚くもてなされるのは普通のことなのだと、レオは頭の中で切り替えた。

「お迎えに伺えず申し訳ありません! 兵も数人怪我をしておりまして人手も足らない所でして……」

「しょうがないですよ。セラフィーノさんのその髪を見れば大変なのはわかりますから」

「あっ!? ……申し訳ありません」

 本来ならば貴族であるレオを率先して迎える立場なのだが、如何せん人手の足らない状況で出来なかった。
 失礼なことをしたと分かっているため、セラフィーノは何度もレオに謝罪の言葉を繰り返す。
 その態度に嘘はないだろうと感じたレオは、その謝罪を受け入れる。
 そして、頭を下げた時に気付いたことを遠回しに伝えて指さした。
 最初その指をさした意味が分からなかったセラフィーノだったが、レオが指さした頭を触ってみることですぐに気付くことになった。
 頭頂部らへんの髪が跳ねていたのだ。
 ずっと市民の生存者や怪我人の名簿を眺めたり、被害状況とその損失金額などの計算もしなければならない。
 そのため、寝たのは机で30分だけで、寝ぐせなんかに気付いている暇などなかったのだ。
 貴族であるレオとの初見にもかかわらず、見苦しいところを見せたと、若干恥ずかしそうにセラフィーノは寝ぐせを治した頭をもう一度下げたのだった。

「メルクリオ様からの手紙は届いているかい?」

「えぇ、何でも兵を退くようにとのお達しでした。代わりになる兵をファウスト殿が用意したと聞いておりますが?」

「その通りだ」

 メルクリオにも顔と名前を覚えられているのと年上なのだからだろうか、セラフィーノは敬語でファウストは砕けた感じで話している。
 退く兵の代わりの補充はレオの人形たちによる所なのだが、メルクリオもレオの能力をあまり世間に広めるのは良くないのではないかとなり、ファウストが兵の代わりを補充するということにした。
 一応ギルド職員のファウストに手を出そうものなら、冒険者たちからどんな報復をされるか分からないため手を出しにくいだろう。
 なので、ファウストを隠れ蓑にすることで、レオの能力拡散を阻止するというのが狙いだ。

「どんな方法かは教えていただけないのでしょうか?」

「…………ここだけの他言無用にしてもらえるか?」

「……ハイ!」

 メルクリオからの指示なので従うのは当然なのだが、ある程度の情報を知っていないと他の兵への指示も出しにくい。
 せめて、こちらの兵を退く代わりのものが、どこのどんな兵なのかを自分だけは知っておきたい。
 そう思いセラフィーノが尋ねると、少し悩むような表情をしたファウストは、セラフィーノに顔を近付けて小声で呟いた。
 急に重苦しい感じの空気になったため、セラフィーノは息をのんで決意すると、ファウストの言葉に頷きを返したのだった。

「レオ…ポルド様! 1体出していただけますか?」

「ハイ!」

 決意を持った目をしたセラフィーノに、話しておくべきだと判断したファウストは、レオに今回投入する人形を出すことを頼んでくる。
 セラフィーノにはため口は良くても、貴族のレオにいつものような話し方では良くないと気付いたファウストは半拍詰まった。
 急なファウストの敬語に違和感を覚えつつも、レオは言われた通りに人形を1体魔法の指輪から取り出した。
 槍を持ち、軽装とはいえ防具を装着している。

「……これが兵の代わりになるのですか?」

「あぁ、()()()()()()手に入れた特製の人形だ」

 人形を出されても、兵の代わりになるとはいまいち思えないため、セラフィーノは思わず確認するように問いかけてくる。
 レオが取り出した人形を、ファウストはわざとギルドのものだということを主張する。
 セラフィーノにはだましてしまって悪いが、レオを守るために自分が泥を被るくらいはたいしたことではない。
 入手ルートを知ろうにも、元々そんなのないのだから見つけられることもないだろう。

「軽く動いてみてくれるか?」

“コクッ!”

「おぉっ!!」

 出てきた人形は、ファウストの言葉に反応するように頭を下げ、槍を振り回し始めた。
 人形には事前にファウストの指示を聞くように言ってあるので問題はない。
 簡単な型を披露すると、セラフィーノは目を見開いて声をあげた。

「どのような構造なのでしょう?」

「これほどの性能だ。教える訳にはいかない」

「そうでしょうね……」

 指示通りに動く人形なのだと理解すると、セラフィーノは人形の全身をくまなく見渡す。
 そして、普通だったらそう思うように、どこに動力となる物が存在しているのだと考えた。
 動力があるかといえばあるが、それを教える訳にはいかないので、ファウストは秘密ということにした。
 ここまでの性能ならたしかに秘匿すべき動力だと理解したセラフィーノは、そのまま素直に受け入れたのだった。

「これが2000体は手に入っている。その分の兵を退いてもらっていいぞ」

「この人形が2000!? なるほど、了解しました」

 1体だけでもかなり使える人形が、大量に存在していることに驚きつつも、心強い協力が得られたこと理解したセラフィーノは、その指示を了承したのだった。

「あからさま過ぎたのでしょうか?」

 兵を退いているのを分かりやすく見せることで盗賊が攻め込んでくるかと思ったのだが、なかなか姿を現さないでいた。
 あからさま過ぎて罠だと慎重になっているのだろうか。
 町の人や兵たちの不安を考えると、出来ればさっさと攻め込んできてもらいたいところだ。

「かもしれないが、攻めてこないのはこっちには都合がいい」

「えぇ」

 盗賊が攻めて来てくれれば返り討ちにできると思うのだが、それまでの間にレオたちのやることがある。
 それは潜入者の捜索だ。
 これまでの襲撃で、盗賊たちは兵の配置を知っているかのような攻撃をおこなって来ていた。
 そのため、確実にこの町の中に進入しているはずだ。
 なので、レオはその捜索をすることを買って出たのだ。

「……見つけられるか?」

「大丈夫です」

 兵の中に入っている可能性も考え、まずはその方向で探りを入れてみたが、どうやら兵の中にはいないのが確認できた。
 セラフィーノには、兵の行動を探ることは告げている。
 彼自身侵入者の捜索をしたいところだが、仲間の兵を疑いたくない気持ちが強く、出来ないでいたようだ。
 その気持ちが分かるが、さすがに捜索をしない訳にはいかなかった。
 結局、兵の中にはいなかったのだから良かったと言って良い。

「犯人らしき人間に、ある程度当たりを付けました」

「もうか? 早いな……」

「スパイにはスパイをといったところですね」

 まだ到着して1週間。
 なのに、兵の調査をした後に始めた住民の調査がもう済んでいるというのはかなりの早さだ。
 そのため、ファウストは驚きの表情でレオのことを見つめた。
 それに対し、レオは笑みを浮かべつつ答えを返した。
 顔や体は大人になっても、まだ子供の気持ちは抜けていないような表情だ。

「そんな能力まで使いこなせるようになっていたのか?」

「いいえ。昔から使えたのですが、使うことがあるとは思いませんでした」

 スキルを得た時、レオは幾つかの実験をおこなっていた。
 その時に試したものの1つは、こういった侵入者の捜索を得意とする能力だった。
 それを今回使うことになり、かなり早い段階で捜索できることになった。
 色々試しておいて正解だった。

「ファウストさんの名前を広めたのが良かったかもしれませんね」

「役に立って何よりだ……」

 レオの言葉に、何もしていないファウストは苦笑する。
 セラフィーノも含めて、町にいる人間にはファウストが盗賊を捕まえる何かを持ち込んだと噂を流してある。
 そのため、潜入者がいるとすれば、必ずファウストの側で聞き耳を立てていると考えていた。
 つまり、ファウストに何度も近付く人間が潜入者である可能性が高いと思って罠を張っていたら、思った通り何度もファウストへ近付く人間がいた。
 その人間が潜入者であるとは思うが、さすがに証拠もなく捕まえることも出来ない。
 盗賊側の方も、ファウストがどんな罠を仕掛けているか分かるまで攻め込んで来ないつもりかもしれないため、膠着状態といった感じになっている。

「今夜出歩いてみる。そこを狙って来てくれたらいいんだが……」

「分かりました」

 この膠着状態を解消するには、潜入者の捕獲が重要になって来る。
 なので、ファウストは囮としての役割を果たそうと、単独行動を起こすつもりだ。
 そのフォローをレオがする予定だ。
 ファウストが単独行動をしている時に、その潜入者が関わってくれることを期待しながら、2人は夜を待つことにした。





「うぃ~……おかわり!」

「ちょっと旦那! 飲み過ぎですぜ!」

 本当に囮になるために酔っているのだろうか。
 酒場にいるファウストは、かなりの量の酒を飲んで顔を赤くしていた。
 さすがに飲みすぎな気がした酒場の店主は、ファウストのおかわりの言葉に注意の言葉をかける。

「大丈夫! まだ酔っちゃいねえよ!」

「……酔ってんでしょうが」

 誰がどう見ても酔っぱらっているというのに、ファウストは大きな声で嘯く。
 あからさまな嘘に、店主は思わずツッコんだ。

「お客さんが噂のギルド員だろ? 明日にでも盗賊が来たら二日酔いで戦うことになるぞ」

「……しょうがねえ、今日は帰るか」

 たしかにこれ以上飲もうものなら、明日は二日酔いになること間違いなしだ。
 酒場の店主にも自分の名前と顔が知られているのでは、飲み過ぎて盗賊の襲撃から被害を阻止できなかったとなれば他の兵にも評価が落ちて迷惑がかかる。
 仕方ないと判断したファウストは、代金を支払って酒場を後にすることにした。

「う~ん。どこかでもう少し飲んで行こうかな……」

 店を出たファウストは、若干心許ない足取りをして歩き出す。
 しかし、まだ飲み足りない気がしてならないのか、他の酒場へ行こうと考える。
 そして、他の酒場へと向かうために、狭い通路を通ったその時。

「んっ? 何だ? お前たち……」

 狭い通路でファウストの前後を挟むようにして、全身真っ黒の衣装に身を纏った人間が2人現れた。
 夜の闇に呑まれ、顔も分からない状況だ。

「死ね!!」

「っ!!」

 どこから取り出したのか、その2人は短刀を取り出してファウストへと襲い掛かった。
 スキルに短剣術でも持っているのか、その攻撃はかなり速い。
 こんな狭いところで戦うとなると、剣術スキルのファウストでは危険かもしれない。
 しかし、抵抗しない訳にもいかないため、ファウストは腰の剣を抜いて敵の接近に身構える。

「ヌン!!」

「っ!!」

 敵の接近に対し、対応するかのようにファウストは剣を振る。
 前から来た敵を剣で退かせ、後方から迫っていた敵に蹴りを放つ。
 その剣撃と蹴りを躱すため、迫っていた2人は元の場所へと後退することになった。
 狭くて横に振りまわせなくても、縦には振れるし突きもできる。
 それに姉との戦いでスキルはなくてもある程度身を守るくらいはできるはず。
 攻撃の選択肢が減ってしまったが、これで抵抗をするしかない。

「やはり全員でかかった方が良いな……」

「何……?」

 小さな呟きだったが、前に立ち塞がる敵が言った言葉にファウストは警戒感を高めた。
 その言葉が、まるで他にも仲間が来ているかのような口ぶりだ。
 1、2人程度の潜入者は予想できたが、それ以上が入り込んでいるとは思わなかった。

「チッ! 5人も潜入してやがったか……」

 更に3人がファウストを囲むことに加わり、ファウストは思わず舌打をした。
 これだけの人数が潜入している所を見ると、盗賊の襲撃が始まる前から入っていたのかもしれない。
 やはり、盗賊はこの町に狙いを付けて攻めることを計画していたようだ。

「殺るぞ!」

「「「「おうっ!」」」」

 1人の言葉を合図にするように、前後にいる敵全員が武器を構え、ファウストとの距離をジリジリと狭め始めた。
 挟まれている状態ではどうしようもなく、ファウストは何もできずに死が近付いてきた。

「ここまでだな……」

「諦め……」

 もう少しで敵が一気に襲い掛かれる距離に入った所で、ファウストは笑みを浮かべて剣をしまった。
 その行為に、生を諦めたと判断した敵の1人が首を傾げて話しかけようとした。

「「「「「っ!?」」」」」

 言葉の途中だったが、敵は急に体が動かなくなったことに驚く。
 その足は何かに掴まれているように重く、あと少しで届くはずのファウストに近付くことができないでいた。
 しかも、動けず驚いていると、いつの間にか追撃となる糸によって全身を縛り上げられてしまった。

「ニャッ!」“スッ!”

「遅えよクオーレ! エトーレ!」

 夜の闇から浮き出るように姿を現したのは、レオの従魔のクオーレとエトーレだ。
 敵の捕縛をするならこの2匹のコンビネーションが一番使い勝手がいい。
 しかし、結構危ない所まで来ていたので、前足を上げて挨拶をした2匹に対しファウストは文句を言った。

「すいません。敵が全員そろうまで待っていたので……」

「危なかっただろうが! レオ!」

 全員の捕縛が可能になったことで、2匹の主人であるレオも申し訳なさそうに姿を現す。
 そもそも主人のレオがクオーレたちを動かす合図を送るのだから、大元の原因はレオになる。
 そのため、ファウストはレオへも文句を言った。

「後はセラフィーノさんたちに任せましょう」

「そうだな……」

 恨みがましい目付きで睨んでくるのを躱すため、レオは話を他に向ける。
 それに対し、半眼で睨みながらもファウストは頷きを返した。
 酔った振りして敵をおびき寄せたというのに、ヒヤッとする思いをさせられた事になんとなく納得できないが、捕まえた敵はレオの言うように兵たちに任せることにした。

「失礼します!」

「どうでしたか? 何か情報は得られましたか?」

 領主邸の離れを寝床に利用させてもらっているレオたち。
 その謁見室で待ち受けていると、朝早くにセラフィーノが訪れた。
 昨日捕まえた潜入者から、何かしらの情報を得られたのだろうか。

「申し訳ありません!」

「……どうしました?」

 レオの問いに対し、セラフィーノは直立不動から謝罪の言葉と共に深々と頭を下げてきた。
 その謝罪が何のことなのか分からず、レオはすぐに理由を尋ねる。

「申し上げにくいのですが、お2人に捕まえていただいた潜入者全員が死んでしまいました」

「……どういうことだ?」

 囮としてちょっと危ない思いもして捕まえたというのに、全員死んでしまったなんて聞かされたファウストは若干声が低くなってしまった。
 エトーレの糸で、自害ができないようになっていたというのに、それでも死なれたということは管理の甘さを疑いたくなる。
 この状況でそうなのだとしたら、セラフィーノを隊長にしたメルクリオの信用にも傷がつくような失態だ。
 ファウストが腹を立てるのも仕方がないことかもしれない。

「昨日の内は通常通り質疑応答をおこない、今日からは体罰も含めた尋問を開始する予定でした。しかし、服を脱がせての身体検査をおこなおうとしたところ、全員が苦しみだし、すぐに息をしなくなってしまいました」

「……何だと?」

 質疑応答の後に体罰を含めた尋問、流れとしてはマニュアル通りの順番で決して落ち度はない。
 体罰に尋問、言い換えれば拷問をおこなうために身ぐるみを剥ぐのも別におかしなことはない。
 それで死んでしまうなんて、病気の発作でも起きない限りあり得ない。
 しかも、脱がそうとした人間以外も同時に死んでしまうなんてまともな状況じゃないため、その報告に首を傾げるしかない。

「遺体を調べて分かったのですが、全員が奴隷紋を刻印されていました。そして、以前攻め込んで来た時に倒した盗賊の遺体も奴隷紋が刻印されていた所と合わせますと……」

「まさか……!?」

「えぇ、恐らく……」

「……?」

 奴隷紋が付けられていたというのなら、奴隷紋を付ける際、5人の内誰かが奴隷紋を見られたら全員死ぬようにしていたのかもしれない。
 でないと、全員が一斉に死ぬなんてことはあり得ない。
 セラフィーノに落ち度があるとすれば、その可能性を考えていなかったところだろう。
 しかし、普通の奴隷商はそんな命令をする人間なんていないため仕方がない。
 続いて報告された情報から、ファウストは信じ難いある考えが浮かんだ。
 同じ考えが浮かんでいたセラフィーノは、言葉に出す前に同調の答えを返す。
 レオはまだよく分からず、2人の話を黙って聞くしかない。

「盗賊全員奴隷だと!? この町に攻め込んで来たのが1200人近くいたって話じゃないか! しかもこの町だけじゃない! 他の村に攻め込んでいるのと全部合わせて2600人近くの奴隷を集めるなんて不可能だ!」

 その思いついた考えが信じられず、ファウストは思わず立ち上がった。
 この町に1200人、他の2つの村に700人ずつの盗賊が攻めっている。
 調査から全部が繋がっていると考えられるため、全部で2600人近くの人間が奴隷と言う可能性が考えられた。
 しかし、そこまでの奴隷を集めることなんて余程の資金が無いとできないこと。
 大金を使って集めたのだとしても、盗賊行為をさせるなんてただの無駄遣い。
 村1つ程度の領土で良いのなら、その使った資金を裏金として渡せば、どこかの零細貴族が売ってくれる可能性がある。
 そっちに使った方が安上がりで済むはずだ。

「……無許可の強制隷属ですか?」

「その可能性が高いですね……」

「そんなことしたら即死刑だぞ!? そんな危険を冒すなんて頭がおかしいとしか言いようがないだろ!?」

 資金で集めた人間たちでないのなら、方法は1つだけだ。
 レオが言ったように、どこかから集めてきた人間を強制隷属の魔法で従えることで、巨大な盗賊団を組織したのだろう。
 セラフィーノも同じ考えだったらしく、レオの言葉に頷く。
 その考えにファウストは敵の異常さを垣間見る。
 もしも今回のことで3つの町と村の1つが手に入れられても、王家の調査が入ればすぐにバレて捕まることは間違いない。
 そんなことをして何も得られないのでは、何のためにこんなことをしているのだろうか。

「狙いは領土じゃないのかも……」

「どういうことでしょうか?」

 レオの呟きに、セラフィーノが反応する。 
 どこから来るのかは分からないが、盗賊はフェリーラ領の町や村にしか攻め入っていない。
 そのことからルイゼン領のムツィオが絡んでいる気がしていた。
 そして、王家管轄の群島を得ようとしていたところを考えると、領土拡大のために何か企んでいるという思いをしていたのだが、それが違うということなのだろうか。

「父たちのことで、メルクリオ様は今やクラウディオ陛下からの心象は極めて良い状態です。それはどこの貴族よりも……」

「ただ足を引っ張るのが目的だと?」

「単なる予想ですが……」

 クラウディオが王位に就く前、これまで書類の改ざんやら何やら様々な理由で王家への報告を誤魔化していた貴族は多くいる。
 そういった貴族は目を付けられており、王家への陳情の精査はシビアなものになっているが、フェリーラ領からの陳情はすんなり通ることが多い。
 単なるこれまでのおこないの差でしかないのだが、それを不満に思っている貴族は少なからずいる。
 自分を高めるよりも、他人を引きずり下ろす方が簡単だと思っているのだろう。
 今まさに、ルイゼン領がやろうとしているのはそれと同じことなのかもしれない。
 それにしては大掛かりでリスクの大きい考えだ。
 盗賊が討伐されて、もしもルイゼン領が関わっていることが分かったとしたら、ムツィオの爵位が危ういどころか、これだけの人間を無断で強制隷属したのなら処刑しかありえない。
 ずる賢いムツィオがそんなリスクを負うのか怪しいところだ。

「結局のところ、盗賊を組織しているトップの人間を捕まえて吐かせないとだめかもしれないな……」

「そうですね……」

 ムツィオが関わっているなら、それはそれで構わない。
 盗賊を組織している人間を捕まえて、ムツィオとの繋がりを聞きだせばいいのだから。
 もしもムツィオが捕まれば、ルイゼン家は潰されるかもしれないが、エレナが生きていると報告すれば何とかなるかもしれない。
 さすがに死んだとされたエレナが、ムツィオに協力したと思われることはないだろうから。

「潜入者からの報告が止まったとなると、ここに攻め込んでくる可能性は低いか?」

「いえ、来ないのならルイゼン領との分断を図れてこっちには好都合です」

 盗賊の対策として、ルイゼン領との間で行き来出来ないようにする予定だ。
 もうメルクリオが王家からの許可を得ている。
 それに文句を言おうにも、クラウディオのムツィオへの印象は最悪。
 完全無視をされるだけだろう。

「……なら罠と分かっても攻めて来るかもしれないな」

「はい。兵には警戒を高めるように言っておいてもらえますか?」

「畏まりました」

 潜入者から情報も得られなかったのは痛いが、全く何も得られなかった訳ではない。
 裏で強制隷属をした貴族が関わっているのはたしかなため、その者を捕まえて事件の解決を図るしかない。
 フェリーラ領とルイゼン領の南北分断をされる前に何とかしようと、ファウストの言うように罠だとわかっていても攻め込んでくるはずだ。
 そのため、レオは兵に警戒心を高めるようにセラフィーノに頼んだ。
 その指示を了承したセラフィーノは、頭を下げて部屋から退出していったのだった。

「来ると思うか?」

「来てもおかしくないんじゃないですかね……」

 潜入者を捕まえたからか、盗賊はなかなか攻めてこない。
 このカスタルデの町だけでなく、他の村でも同様のようだ。
 いつでも出撃できるように、町の防壁付近にある兵たちの駐屯エリアに待機しながら、レオはドナートとヴィートと共に盗賊たちの行動を予測していた。
 そこでドナートに対するレオの答えはこれだった。
 潜入者からの連絡も途絶え、どんな罠かも分からない所に攻め入るということは普通に考えれば中止、もしくは罠が何かを分かるまで放置するのが得策だ。
 他の2つの村の潜入者も捜索に当たっているという話だし、盗賊が攻め入る機会はどんどんなくなっていっているはず。
 このまま攻め入らなければ、南北を分断する巨大河川の開通を許してしまう。
 そうなれば、これまでの襲撃も意味を成さなくなってしまう。
 最後にもう一度攻め込んで、町を兵ごと壊滅しようと考える可能性があるとレオは踏んでいた。

「僕が思うに、どこか1ヵ所に絞ってくるかもしれないですね」

「そう思う理由は?」

「盗賊側からすると、どこも同じ位攻めづらくなりました。ならどこか1つに戦力を絞るのも策としてあり得ます」

 レオの考えに、ヴィートが問いかける。
 総勢2600人程の盗賊団なら、最初からどこか1つに狙いを付けて攻め入れば兵も抑えきれずに潰されていただろう。
 唯一ここカスタルデは王都から近い分、王都の兵が出張ってくる可能性があった。
 ならば他の2つの村のどちらかを先に手に入れるという策も取れる。
 そうしなかったのは、やはり領地目的よりもメルクリオへの痛手を負わせるのが狙いなのかもしれない。
 分散させて3ヵ所を攻め入り、被害を負わせ、兵を動員させて経済的打撃を与える。
 面倒くさい上に利益なんて何も無いような戦いをしているように思えるが、確かにメルクリオへは打撃を与えたといってもいいかもしれない。

「どこかって、どこだ?」

「王都に近い重要な土地。潰されてメルクリオ様が一番痛手なここです」

 最後にもう1撃加えるとするなら、1番痛手を与えられるところ。
 そう考えると、このカスタルデの町を攻めるという選択が可能性として高いというのがレオの予想だ。

「「なるほど……」」

「あくまで予想ですけどね……」

 レオの発言に対し、納得する2人。
 しかし、これはあくまでも予想。
 敵の狙いも完全に把握している訳でもないので、外れる可能性だってある。
 一番いいのは、このままどこにも攻めてこないまま分断作業が終わることだ。

「ここにいた2000の兵は他の2つに分散させたんだよな?」

「はい」

 セラフィーノに兵を退いていいといったが、そのまま帰ってもらっては困る。
 盗賊がカスタルデの町へ攻め入るためのお膳立てとして、半分ずつ他の2つの村へ向かってもらうことにした。
 2つの村には1500ずつの兵がいることから、そこに1000人加わって2500人。
 そこに若い村人も協力してくれているということを考えると、盗賊とはほぼ同数。
 訓練された兵の方が対人戦闘に置いて有利に戦える事を考えると、数は同じでも村の守備の方が強固といっていい。
 もしもここ以外に一点集中されても、守り切ることができるはずだ。

「罠はあるが一番手薄。確かに俺でも狙うのはここかもな……」

 2000の兵がいなくなり、数ではこのカスタルデが一番少ない1000人だ。
 罠があるにしても、2000人分の代わりになるような罠なんてまずありえない。
 水責めなどの地形を利用した策も考えにくいことを考えると、盗賊が攻めるのはここしかないだろうとドナートも思うようになっていた。

「本当に大丈夫か? あれ(・・)を試すのは今回が初なんだろ?」

「動作確認は成功してあるので大丈夫です」

 今回レオが使用する人形はこの年月で強化された特別製で、島でのお披露目もされていない。
 どんな人形なのかは、ドナートとヴィートも説明を受けているので分かっているが、実戦戦闘でどれほど成果を発揮するかが気がかりだ。
 ヴィートの言うように心配になるのも分からなくもない。
 レオも僅かな不安もなくはないが、動作確認はしてあるのでまず間違いなく使えるはずだ。





「盗賊らしき集団を確認しました!!」

「「「っ!!」」」

 レオたちが話終わり、少しすると防壁の上にいる見張り役から大きな声が聞こえてきた。
 それによって多くの兵が武器を手に集まりだした。
 それに遅れまいと、レオたちも駐屯エリアから盗賊の向かって来る方角へ足を進めた。

「敵の規模は?」

「これまで以上の数です! 恐らく全員こちらへ送り込んで来たものかと思われます!」

 攻めてきたのは分かったが、問題は敵の規模。
 レオがセラフィーノにそのことを問いかけると、帰ってきたのはレオの予想通り全軍率いての一点攻撃を狙ってきたようだ。

「予想的中だな……」

「当たって欲しくなかったですけどね」

 話していた内容通りの事態に、ドナートはレオへと呟く。
 しかし、言葉通り当たって欲しくない事態だ。
 絶対などと慢心する人間は上に立つ器ではない。
 どんなに綿密に立てた策も、どこから綻びるか分からないため、レオとしてはこのまま盗賊が来ないまま南北を分断できるのが一番良かった。

「レオ…ポルド様! 行きましょう!」

「はいっ!」

 言いなれないせいか、ファウストはまたもいつも通りに呼びそうになっていた。
 そんなことを気にしている暇もなく、レオはファウストと共に先頭で出陣する。
 レオのスキルだと気付かれないように、人形はファウストの物で、それを魔法の指輪を持つレオが運び役というように兵たちには知らされている。
 今回レオは戦闘の初陣を飾るのも目的と伝えられているため、兵たちも参戦を不思議に思っていないようだ。

「ここら辺でいいだろう。レオ! 頼むぞ!」

「はい!」

 ここでぶつかり合えば町に被害が及ぶことはないだろう。
 町から少し離れた位置で止まったファウストは、兵たちに聞こえないようにレオへと合図を送る。
 その合図を受けたレオは、魔法の指輪から大量の人形たちを出現させた。
 魔法の指輪に収納できるならファウストの魔法の指輪でも良いと思う所だが、実験の結果、収納できるのはレオに使用権限がある魔法の指輪でしか出来なかった。
 考えられるのは、魔力の親和性。
 レオの魔力にしか反応しない魔法の指輪だから、レオの魔力で動く人形も収納できるのかもしれない。
 ただ、これは起動状態の人形の収納だけであり、起動していない人形なら他人の魔法の指輪でも収納可能だ。
 咄嗟の時のことを考えると、起動状態の収納じゃないと意味がないため、レオも前線へと出ないとならないのだ。

「何だ?」「人形?」

 少し離れた後方で待機する兵たちは、レオの出した人形を見て驚きの声を漏らしている。
 それもそのはず、今回の戦いで特別な兵器を投入するという話を聞いていたところで、出てきたのが人形だったからだ。

「弓兵! 向かって来る盗賊の馬に矢を構え!」

 ファウストの指示に従い、弓を持つ人形たちが矢をつがえ、向かって来る盗賊たちに狙いをつける。
 レオから今回の戦いではファウストの指示に従うように言ってあるので、人形たちは問題なく行動している。
 これならレオのスキルだと気付かれることはないだろう。

「放て!!」

 ファウストの指示に従う人形を見て、セラフィーノの部下たちは声に出さずに驚いているが、そんなの気にしている場合ではない。
 盗賊の討伐の開始として、人形たちの矢が盗賊たちへと降り注いでいった。

「盾兵、剣兵、槍兵は連携して落ちた敵を討ち倒せ!!」

 多くの馬がやられ、盗賊たちは地面へと落とされて行く。
 矢が当たらなかった馬も、驚いて乗っている人間を振り落としている。
 それでも落ちなかった者もいるが、怯えた馬は指示に従わず、降りて戦うしかなくなった。
 それを見たファウストは次なる指示を人形兵に与える。
 指示に従い、人形たちは盗賊たちへと襲い掛かっていった。

 町へ攻め込むには魔物の森に囲まれているために北上以外の方法はない。
 あからさまに兵を減らしている所を見ると、日中用の罠なのだろう。
 ならば夜襲をという手も考えられるが、敵は当然闇夜を利用した罠を用意しているはずだ。
 どちらを選んでも罠が待っているなら、数で踏み潰すのみ。
 それがカスタルデ制圧を任されたデジデリオが出した考えだった。

「何だ?」「人形か?」

 デジデリオは、自分と同じくビパドゥレ村とオアラレ村の制圧を任されたトップの者たちに協力を求め、カスタルデの町一本に戦力を集中させた。
 馬でルイゼン領からフェリーラ領へ入り、微かにカスタルデの町が見えてきたところで、兵が隊列を組んで待ち受けているのが見えた。
 報告通り数は以前よりかなり減っている。
 問題は兵たちの前に並んでいる人形たちだ。
 それを見た仲間の盗賊たちの間には、疑問の声が広がっていった。

「へっ! 奴らの罠ってのは人形を使ってのお遊戯だったのか?」

「一丁前に防具や武器を持っているが、あれで数が多いと思わせるつもりだったのか?」

「こっちはそんなに目は悪くねえっての!」

 敵が罠を用意しているという話だったために警戒していたのだが、周囲に何か伏兵を用意している様子はない。
 そのため、盗賊たちの多くは、敵が人形を兵に見せて引き下がるのを期待しているのだと判断し、嘲るような口調で話し始めた。
 こちらにはスポンサーから望遠の魔道具を与えられている。
 その魔道具を使えば、離れているといっても並んでいるのが人形だということはすぐに分かる。
 擬態のつもりなら浅はかとしか言いようがない。

「デジデリオの考えに乗って正解だったな?」

「あぁ! ギリギリの戦いなんかよりこっちの方が危険はない」

 敵が何を考えているのかは分からないが、用意されていた罠がこれなら警戒して損をしたというもの。
 ビパドゥレとオアラレを任されていたトップの2人も、興醒めしたように呟いていた。

「奴らを蹴散らして、女と食料を根こそぎ奪い取ってやろうぜ!!」

「いいね!!」

「ギャハハハ……」

 ほとんどの盗賊たちは、勝利を確信していた。
 強制隷属によって、ここにいる全員がスポンサーに絶対服従の状態。
 しかし、略奪で得た物は自分たちの物にして良いと言われているので、ほとんどの者は盗賊としての働きを楽しんでいる様子があるため、勝利を確信して品のない言葉が飛び交うのは普通のことになりつつあった。

「……待て! なんかおかしくないか?」

 部下たちがはしゃぐような会話をしているのを気にせず、デジデリオは人形を注意深く眺めていた。
 兵に擬態させて敵を退かせるという策は、たしかに昔は意味があったが、望遠の魔道具の開発でほとんど無意味な策になり下がった。
 使い方次第でまだ利用価値はあるが、こんな開けた場所で使うなんて戦略を知らない馬鹿くらいのものだ。
 何かあるのかと見ていたら、デジデリオは違和感を覚えた。
 すると、弓を持った人形が動いたように思えたのだ。
 それが進軍継続の躊躇をもたらし、デジデリオは馬の速度を緩めた。

「はっ? 何人形なんかに怖気づいてんだ?」

「行かねえなら俺たちがみんなもらっちまうぞ!」

「いやいや! 俺たちが頂く!」

 速度を落として進軍の停止を求めるデジデリオの指示に従うのは彼の部下たちだけで、他の者たちは全く耳を貸さない。
 デジデリオが何を気にしたのか分からないが、所詮は人形と少ない兵のみ。
 他の村の担当の者たちは、デジデリオの停止の指示に従うどころか我先にと馬の速度を上げていった。

「ぐあっ!!」「がっ!!」「ぐへっ!!」

「何だ!? あの人形弓を放ってきやがったぞ!!」

「クッ!! 人形にこんな細工してやがったのか!?」

 デジデリオの予想が当たり、ただの人形だと思っていた物から、盗賊たちに弓矢が雨のように降り注いできた。
 敵の狙いは足となる馬。
 中には直接くらった者もいるが、多くの矢が馬に当たり、乗っている者を振り落とした。
 速度を落としたことで距離があったからか、デジデリオと部下たちには馬にも人にも当たらずに済んだ。
 奴らの狙いが、油断させての人形に細工された弓矢による攻撃だと分かり、盗賊たちは足を失ってようやく虐殺ではなく戦闘なのだという認識を取り戻した。

「ハッ! 所詮馬と数人がやられただけだ!」

「攻めかかれ!!」

「おいっ! お前ら……」

 人形による擬態と思わせての攻撃。
 たしかにこんな細工があるとは思わなかったが、それも分かってしまえば恐れるに値しない。
 馬をやられた盗賊たちは、矢を受けないように左右に分かれ、兵たちを挟み撃ちにするように進みだした。
 しかし、デジデリオの中ではまだ警鐘が鳴っている。
 もう少し様子を見てから攻め込むべきだと止めようとしたが、馬をやられた他の者たちは聞く耳持たずに突き進んでしまった。





◆◆◆◆◆

「なっ!?」「人形が動いているぞ!」

 弓による攻撃の後に、体格の良い人形の盾兵を軸にした人形たちが、向かって来た盗賊に攻めかかった。
 ファウストの指示通り連携をとりつつ動く人形に、セラフィーノの兵たちは驚きの声をあげる。
 兵器と聞かされていたが、そんな機能があるとは思っていなかったからだ。

「何なんだ!?」

「こいつら強えぞ!!」

「くそっ!! こんな機械人形見たことねえぞ!!」

 驚いているのは盗賊たちも同じ。
 弓の攻撃だけでなく普通の兵のように動く人形に、脅威すら感じている。
 しかも、その人形たちが強い。
 150cm位の人形たちが、どこにそんな力があるのかと思うくらいの力で攻撃してくる。
 人形たちの連携攻撃で、盗賊たちは1人また1人と仕留められていった。

「このっ!! 何だ!? こいつら中が細工されているぞ!!」

 人形に驚きはしたものの、盗賊たちもやられっぱなしではない。
 盾兵人形のシールドバッシュを躱し、後続の槍兵人形へと剣を振り下ろす。
 それが槍兵人形の腕の部分に当たったのだが、斬り落とすことができず半ばで硬い物に当たった感触が伝わってきた。
 全身木でできているように見えて、何か内部が細工されているようだ。

「くっ!! 盾兵を軸に統率されていやがる!」

「こんな機械人形が作られていたのか!?」

 目はなく、言葉を交わしている訳でもないのに、人形たちの連携は完璧と言って良い。
 盾兵人形が盾で敵を止めたと思った瞬間には、剣兵人形と槍兵人形が攻撃の行動に入っている。
 まるで意志が繋がっているかのような反応だ。
 人間のように動いているということは、何かしら機械的な動力が施されているのだろう。
 そう判断した盗賊たちは、ジリジリと後退して連携攻撃を回避しようとする。

「なっ!?」「うぎゃ!!」「がっ!!」

 一定の距離を取ったら、今度は弓兵人形から矢が飛んで来る。
 近寄っても離れても危険だと知った時には、盗賊たちは多くの者が怪我を負い、死人も増えていった。

「頭! これじゃあ全滅もあり得ます! 撤退しましょう!」

「あぁ! 撤退! 全員撤退だ!!」

 警戒心から攻め遅れたデジデリオとその部下たちは、人形たちの連携攻撃に驚き近付くのをやめていた。
 それが功を奏したのか、怪我を負った者は少なかった。
 ばったばったと倒れていく仲間に、このままではいけないと部下の者から声が上がった。
 同じ思いをしていたデジデリオは、撤退の決断をすることにした。
 デジデリオたちの馬は無事のため、動ける者を馬に乗せ、盗賊たちは2人乗りの状態で撤退の行動に移っていった。

「逃がすか!!」

「いえ、追うのは待ってください!」

 全滅させないとまた攻めて来る可能性がある。
 そんなことをさせないためにも、ファウストは後方に控える兵たちに盗賊を追いかけるよう指示を出そうとした。
 しかし、その指示を出すのをレオが止めた。

「何故だ!?」

「大丈夫です。彼らがどこに向かうかは分かるようにしています」

「っ!? それは……?」

 このまま逃がしてはならないのは分かっているはずなのに、それを止めるレオのことがファウストは理解できなかった。
 そのため、思わずレオを睨んでしまったのだが、近付いてきたレオが見せてきた物を見て、すぐに文句を言うのをやめた。 
 人差し指の腹の部分に乗った豆粒ほどの大きさの何か。
 パッと見ただけではそう判断するしかない。

「これは追跡用に作った小型蜘蛛人形です。これを密かに数人の盗賊に仕掛けました。離れていても僕なら場所が分かります」

「いつの間に……」

 説明を聞いて、ファウストは驚きと共に寒気がした。
 多くの盗賊が策にハマったが、一部の者は攻め込んで来なかった。
 そのため、こっちが有利になれば逃げだすことは予想できていたが、追いかければバラバラに逃げ出す可能性もあった。
 そうなると、盗賊を掃討することは難しくなる。
 しかし、レオのこの小型蜘蛛人形で本当に場所が分かるのなら、アジトへ戻った所を攻め入るという策がとれる。
 しかも、小型のためバレにくいうえに、バレても追跡機能があるなんて分かりはしない。
 さっきの戦いも人形だけでなんとかできたし、アジトが分かるのも人形のお陰。
 つまりはレオ1人でこの戦いを制圧したといってもいい。
 敵に回したら逃げることすらできないと考えると、ファウストは再度レオの能力に恐れにも似た思いが駆け上がっていた。

『味方でよかった……』

 レオの恐ろしさは感じたが、あくまで敵だった場合のこと。
 その脅威が自分に向けられることはないと分かっているため、ファウストは内心安堵していた。

「セラフィーノ! 兵を集めてくれ! 今度はこっちから奴らのアジトへ攻め込む!」

 アジトが分かるなら、もしかしたら今回の盗賊を仕向けた張本人のことも捕まえられるかもしれない。
 そのため、ファウストはセラフィーノたちと共に盗賊のアジトへ向かうことを指示した。

「ここから少し行ったところに集まっています!」

「よしっ! ここからは歩きで行こう」

 攻め込んで来た盗賊たちを返り討ちにし、レオたちは逃げる盗賊を放置した。
 それも作戦の内で、逃げた盗賊たちにはレオの小型蜘蛛型の人形が付けられていた。
 それを目安にして、盗賊たちのアジトの付近まできたことを察知したレオは、ファウストに言って馬を止めさせる。
 ここからは音をなるべく立てずに近付き、気付かれずに盗賊たちのアジトを包囲するためだ。
 兵たちには、ファウストが追跡用の魔道具を使っているということになっている。
 しかし、そんな魔道具はないので、兵たちの間ではそんなのが開発されたのかと驚きの声が上がっていた。

「こっちは馬小屋だと思います。こっちに集まっているのは、怪我人かもしれないですね」

 盗賊のアジトの方へ体を向け、レオは少しの間目を閉じて集中する。
 その行為が何をしているのかはファウストには分からない。
 ドナートとヴィートも同様だ。
 そして目を開けたレオが紙に描いたのが、大雑把な小型蜘蛛の配置だった。
 小型蜘蛛は3ヵ所に分かれて固まっているように思える。
 その3ヵ所の内、離れた所に集まっているのは馬小屋で、全く動かないのが集まっている所が負傷者を収容する場所なのだと判断した。

「……判別もできるのか?」

「離れていると分かりませんが、ある程度の距離まで近付けば予想はできますね」

 敵の居場所を分かるだけでもなく、盗賊の配置まで分かってしまうことに、ファウストは驚きを通り越して呆れるように問いかける。
 それに対し、レオは距離次第と答えを返す。
 人形の素材によって探知できる感覚が僅かに違う。
 レオは僅かに素材の違う3種類の小型蜘蛛を使い、馬、怪我人、無傷の3つに分けられるようにしておいた。
 それによって、今回は見事に3ヵ所に分かれたので判断できただけだ。

「じゃあ、ここに集まっているのが抵抗の恐れのある盗賊たちだな?」

「はいっ! ただ、あくまでも予想の範囲なので、注意をしてください!」

「分かった!」

 ある一定の範囲内を動きまわっていることを考えると、そこが無事にアジトまで逃れてきた者たちなのだと考えられる。
 つまり、包囲されたと分かれば抵抗してくる可能性のある者たちだ。

「……付けた小型蜘蛛は探知されないのか?」

「大丈夫だと思います。小型にしたのは少ない魔力で行動させるためですから」

 ここまでの事が分かれば、後はアジトを包囲するタイミング次第。
 そこでファウストがふと考えたのは、小型蜘蛛たちが発見されないかということだ。
 もしも気付かれれば作戦失敗も考えられるため、確認のためにもレオに尋ねた。
 レオはその心配はしていない。
 付けた人形は小型のため、動くことにたいした魔力を消費しない。
 探知の鋭い人間でも、ただの蜘蛛と差が無いため気付くことはないはずだ。

「よしっ! じゃあ兵たちに説明しにいこう!」

「はい!」

 レオとの会話によって情報を得たファウストは、兵たちに説明しに向かった。
 そしてその情報の説明の後、アジトへ攻め込むための作戦も話し合うことになった。





◆◆◆◆◆

「くそっ!! 何なんだよ!? あの機械人形は!!」

「あんなの準備してたから兵を減らしていたのか……」

「全くの想定外だ」

 レオたちがアジトの側まで来ているとは知らず、盗賊たちは荒れていた。
 多くの仲間が死に、一歩間違えれば自分が死んでしまったかもしれないという恐怖から逃れるため、酒を飲んで眠ってしまっている者も少なからずいる。
 さすがに喧嘩をする者はいないが、ピリピリした空気が流れているのはたしかだ。
 そんな中、それぞれのエリアを担当しているトップたちは、今後のことを話し合うために集まっていたが、彼らも今回の失敗でイラついているようだ。

「デジデリオ!! てめえの策に乗ったから部下が減っちまったんだろうが!!」

「どうしてくれるんだ!?」

「どんなのかは分からないが罠があるのは最初に言っただろう。大体俺の止める言葉を無視したのはお前らだろ?」

 ビパドゥレとオアラレの担当のトップは、我先にと突っ込んで行ったため、多くの部下たちが人形の攻撃によって減ってしまった。
 その怒りを、今回の策を持ち掛けたデジデリオへぶつける。
 しかし、彼らの言い分は話にならない。
 罠があるということは告げていてたし、人形の動きに違和感を感じた時、デジデリオが止めたにもかかわらず突っ込んで行ったのは彼ら自身の判断ミスだ。

「……くそがっ!! これからどうすんだよ!?」

「スポンサー様に報告できねえじゃねえか!」

 指示通りの成果を出していれば、とりあえず飯と寝床の心配はいらない。
 しかも何かを盗めればそれを自由にしていいという破格の待遇。
 元々この盗賊団は、あの仮面をつけたスポンサーによって色々な町のスラムから連れて来られた人間だ。
 強制奴隷として絶対服従の状態にされたといっても、飯と寝床に困っていた昔に比べれば天国のように思える。
 しかし、今回の失敗で役に立たないと判断されれば、スポンサーの気分次第で始末される可能性もある。
 何とかしてすぐにでも名誉挽回をしないとならなくなった。

「……あの人形は危険だ。こっちは怪我してもあっちは人形が故障した程度にしかならない。カスタルデは一旦見送り、まだ可能性のある村のどっちかを奪取するしかない」

 罠があるとは分かってはいたが、あれほどのものだとは思いもよらなかった。
 どんな細工がされているのかは分からないが、あんなの相手に勝つには、人数で勝るしかない。
 その人数が減った今では、もう一度相手になんて出来る訳がない。
 痛みを感じない不気味な人形相手に戦うよりも、数が不利でも人間を相手に戦った方が可能性はある気がする。
 そのため、デジデリオはビパドゥレ、もしくはオアラレの村を攻めることを提案した。

「村を取れば俺たちは解放されんだよな?」

「……そういった約束だっただろ?」

 彼らが強制奴隷を受け入れて奴隷に身を落としたのには、スポンサーとの契約があったからだ。
 それぞれが任されたエリアを壊滅出来たら、そこに自分たちの村を作っていいという了承をスポンサーから得ている。
 更に援助もしてくれるとのことだ。
 村壊滅の褒賞として、奴隷からの解放も約束してくれている。
 どちらかの村だけでも壊滅にできれば、カスタルデの町の失敗ももしかしたらチャラになるかもしれないと、ここにいる3人は淡い期待を抱いていた。

「火事だ!!」

「何っ!?」

 数分後に彼らの期待は崩れ去る。
 この火事が起きた時点でもう遅かったのだ。





◆◆◆◆◆


「みんなご苦労様! 中で休んでいてね!」

 煙が上がり、ようやく盗賊たちが気付いた時には、アジトの建物には火災が広がっていた。
 それをおこなった小型蜘蛛たちに労いの言葉をかけ、レオは魔法の指輪に収納した。

「まさか脱出時に火をつけてくるおまけ付きとはな……」

 建物に火をつけた小型蜘蛛を収納したレオを見て、ファウストはまたも呆れるように呟いていた。
 夜になり、暗闇を利用して音を立てずに盗賊のアジトを包囲したレオと兵たち。
 盗賊たちの殲滅のためにレオたちが取った策は、突然の火災により建物から慌てて逃げ出してきた者を捕縛、もしくは始末するというものだった。
 その火災原因は、レオの所に戻る時に小型蜘蛛人形たちが魔法で小さな火をつけたことによるものだ。
 馬や怪我人は兵が担当し、逃げ出してきた者を相手にするのはまたも装備人形たちだ。
 追っ手は撒いたと思っていた盗賊からしたら、仲間を殺しまくった人形との再会で地獄のように思えることだろう。

「くそがっ!!」

「やりやがったな!!」

「お前らどうやって!?」

 酒も飲まずに話し合っていたのが功を奏したのか、それぞれのエリアを任されているデジデリオたちトップの3人はたいした被害を受けることなく建物から飛び出してきた。
 しかも、上に立つのは伊達ではないらしく、武器もしっかりと持っている。
 敵による襲撃だと咄嗟に判断したようだ。

「答えるわけねえだろ?」

「ふざける…ガッ!!」

 どうやってこのアジトを見つけたのかデジデリオが問いかけるが、ファウストは相手にしない。
 その態度に切れたビパドゥレ担当の男は、剣を片手にファウストへと斬りかかろうとした。
 しかし、数歩近付いただけで横から飛んできた矢によって脳天を撃ち抜かれて息絶える。

「あ、あの人形……」

「昼間の……」

 矢が飛んできた方角にいたのは、弓を構えた人形。
 昼間に多くの馬と人を殺した弓兵人形だ。
 それを見たデジデリオたちは、予想通り顔を青くした。

「俺たちは人に殺される価値もないって言いたいのか?」

「盗賊なんてやってんだから当然だろ?」

「くそー!!」

 オアラレ担当の男は、僅かながら武をかじった経験がある。
 せめて死ぬときは、実力者相手に斬り合ったすえ、惜しくも負けたというのを理想としていた。
 しかし、目の前にいるのは機械仕掛けの人形。
 何の感情も持たない者に殺されるのかと思うと、悔しさが込み上げてきた。
 そんなことは知らず、死に場所を選ぶ資格は無いとばかりにファウストは突き放つ。
 その態度に我慢できなくなったオアラレ担当の男は、人形たちへ剣で斬りかかった。

「っ!! ぐあっ!!」

 2体の盾兵に挟まれるように動きを止められ、次の瞬間には槍兵の槍が男の体の数か所に風穴を開けていた。
 昼間と同じく意思疎通は完璧。
 とても1人で立ち向かう相手ではない。

「お前はどうする? 大人しく捕まるか? それとも……」

「…………あぁ、死ぬよりましだ」

 続きの言葉を分かるだろうと、ファウストは転がった2人の死体を指差す。
 少しでも動けば弓兵の矢。
 それを躱しても、連携完璧な大勢の歩兵たち。
 ファウストの投降勧告に、デジデリオは抵抗のしようが無いと判断して武器を捨て、両手を上げて降参のポーズをとった。

「どうやら他も終了したみたいだね」

 盗賊のアジトは火災で崩れ去り、慌てて出てきた者たちは人形たちによって捕縛、もしくは始末された。
 捕縛した怪我や火傷を負った盗賊たちを、持ってきていた牢付き馬車に詰め込み、全員カスタルデの町へと運ぶことにした。
 前回のことを考慮に入れ、奴隷紋の解除をおこなってからもう一度強制奴隷にして尋問することになるだろう。
 これで盗賊壊滅が完了したことに安堵し、レオは頑張った人形たちを魔法の指輪に収納していったのだった。

「怪我人も連れて行けよ!」

 盗賊のアジトへの襲撃で、多くの盗賊は命を落とした。
 酒を飲んで眠っていた者が、異変に気付いて目を覚ました時には火に呑まれていたからだ。
 生き残った者たちの中で抵抗しようとした者は少数で、残りの者たちは大概どこかを火傷しており、捕まった後に応急処置程度に回復薬で治されていた。
 昼間の戦闘で怪我した者を治療する場所は別の建物になっており、抵抗の恐れなしとして小型蜘蛛たちはそちらは火を付けさせなかったが、そちらと合わせても生き残ったのは50人にも満たなかった。
 ここはルイゼン領の管轄、盗賊討伐の理由があるので領内へと入ったが、長居するとルイゼン領の人間に介入される可能性がある。
 容疑のかかるルイゼン領の者にこの盗賊たちを取られでもしたら、犯人の情報をもみ消される可能性もあるため、一刻も早くこの盗賊たちを連れてカスタルデの町へ戻り、尋問を開始したい。
 それを理解しているセラフィーノは兵たちに指示を出し、捕まえた者たちと怪我人を牢付きの馬車に乗せていった。

「回復薬までは提供されていなかったのか?」

 昼間の戦闘で怪我を負った者は、一命をとりとめてはいるものの重症のまま治療用の建物に収容されていた。
 回復薬を使えばもう少し治せると思うのだが、それをしていないということは盗賊たちは回復薬を持っていないということになる、
 何かしらの存在が背後にいるはずなのに、回復薬がないのは変だとファウストは捕まえたデジデリオに尋ねた。

「金はあったら使っちまう奴ばかりでな。元薬師の見習い程度の奴ならいたが、どれもたいした品質ではなくてな……」

 自分も酒や飯に金を使ってしまっていたため人に文句を言えないが、デジデリオは誰かが怪我をした時のために回復薬を造れる者を仲間の中から探した。
 全員スラムから連れて来られたはみ出し者たちばかりのため期待していなかったが、2、3人程の人間が回復薬の作り方を知っていた。
 しかし、全員作り方はうろ覚えのため、作れた回復薬はかなり精度の低い品ばかり。
 それでも使って昼間の怪我人を救おうとしたが、アジトまで連れ帰った半数の人間は治すことができずに息絶えてしまった。

「こんな事なら回復薬だけでも手に入れておけば良かったな……」

「その前に盗賊をしたことを反省しろ!」

 確かにデジデリオが言うように回復薬があれば、もう少し助かる人間はいたかもしれない。
 しかし、それを言うならと、ファウストはそもそもが間違いなのだと言い聞かす。

「お前たちにも何かしらの制約が付けられているんだろうが、主人を探られるなとかそんな感じの制約なんだろ? 教会に逃げ込めば解除してもらえなかったのか?」

 奴隷紋の解除は光魔法の使い手に頼むことができる。
 教会の人間は多くが回復の魔法を覚えるために光魔法を練習するため、奴隷解除ができる人間がたいてい1人はいる。
 多くの人間が強制隷属をされたと教会に駆け込めば、証拠確認のために国に協力を求めてくれていただろう。
 制約とは、奴隷紋を付ける際に主人側が奴隷に付ける条件のことだ。
 正式な手続きを取った奴隷は、自殺や逃走不可は当然として、命令順守に主人への攻撃や殺害もできないように縛られている。
 しかし、闇魔法の能力が高い人間が強制奴隷化をおこなった場合、他にも制約を付けることはできる。
 ただし、かなり闇魔法の能力に適した者でないと難しい。
 町に潜入していた者たちのように、仲間以外に奴隷紋を見られたら5人とも死ぬようにすることもできる。
 だが、奴隷紋を解除したら死ぬという制約は付けられない。
 不当に強制奴隷にされた者を解除できなくては、奴隷で溢れかえってしまう。
 そのため、この奴隷紋には解除をさせないようにする制約が付けられないようになっているのだ。
 彼らも恐らく奴隷紋に何かしらの制約を付けられているだろうが、盗賊をしないで解除をする方法はあったはずだ。

「集められたのは全員スラム出身だ。奴隷とはいえ飯に困る生活から逃げられたんだ。解除してみんなあの生活には戻りたくなかったんだ……」

「ギルドの仕事でもやりゃあ、その日の飯ぐらい何とかなんだろうが!」

「……今思えばそうかもしれないな」

 ギルドには薬草採取など危険が少ない仕事もある。
 さすがに何千人もという訳にはいかないが、ギルドで冒険者として働けばその日暮らしはできなくはないはずだ。
 人間だから楽に逃げるのはダメだとは言わないが、逃げる方向を間違えてはいけない。
 結局のところ、彼らは汗水流しての小銭稼ぎよりも、食と住が保証された盗賊生活の方が楽だと考えたのだ。
 ファウストのもっともな言葉に、デジデリオは反省したのか肩を落として俯いていた。

「……ウッ!?」

「んっ?」

 俯いたデジデリオを牢に入れ、全員が収容し終わったると、突如捕まえた盗賊たち全員が苦しむような声を洩らしてきた。
 レオが慌てて牢の中へ入ると、皆苦悶の表情をして苦しんでいる。

「おいっ! しっかりしろ!」

「ぐぅっ……」

 段々と苦しむ声は治まっていく。
 気を失ったのではなく、命が失われて行っているようだ。
 1人、また1人と声が途切れて行く中、レオはファウスト共にまだ息のあるデジデリオを抱き起した。
 意識を確認するようにレオが問いかけるが、反応はいまいち芳しくない。

「おいっ!! お前らを組織したのは誰だ!? 答えろ!!」

 折角捕まえたのに、またも尋問できずに全員死なれてしまったでは大元へたどり着けない。
 せめて少しでも情報を得ようと、ファウストは死にかけのデジデリオへ問いかける。
 すると、僅かに目を開いたデジデリオが、ゆっくりと口を動かし始めた。

「……か…め……んの……」

「仮面の……?」

 途切れ途切れではあるが、何とか聞き取れる。
 レオはその言葉をリピートして確認をした。

「おや…こ…………」

「まだ駄目だ!!」

「おいっ!!」

 [仮面の親子]という言葉を言い終わると、デジデリオは目を閉じて動かなくなってしまった。
 そんな抽象的な言葉で終わられては困る。
 レオとファウストは、デジデリオをゆすって更なる言葉を待つ。
 しかし、結局彼はそれ以上の言葉を発することはなかった。

「くそっ!」

「……一体何が起きたんでしょう?」

 デジデリオを最後に、捕まえた盗賊たちは全員息をしなくなってしまった。
 これまでの苦労が水の泡になり、ファウストは悔し気な声をあげた。
 レオも悔しい思いをしているが、何が起きたのかが分からずに首を傾げた。

「……まさか、牢に入れられたら死ぬとか……」

「だが奴らには奴隷紋を見られたら死ぬ制約が付けられていただろ?」

 可能性として考えられるのは、牢に入れたことにより奴隷紋が発動したというもの。
 しかし、レオのその考えをファウストは否定する。
 確かに盗賊たちには組織した人間を知られないように、制約がかけられていたのは分かっている。
 なので、その可能性は低く思われた。

「……もしかして、制約を何個も付けられるような人間がいるのでは?」

「何だと……?」

 奴隷に制約を幾つも付けるには、闇魔法の才能と実力に優れた者でないとできない。
 だが、そんな人間がいるとしたら国としても放っておくようなことはしない。
 王室調査員などのポストにつけるという選択肢もあり得る。
 それが放置されているということになると、今回のようなことがまた起きる可能性がある。
 レオの言うように、本当にルイゼン領にそんな人間がいるとしたら、かなり厄介なことになる。

「もし僕の考えが正解なら、メルクリオ様に言って、国にも動いてもらうしかないですね……」

「そうだな……」

 盗賊を潰すということには成功したが、また新たに問題の残る終わり方になってしまった。
 レオとファウストだけでなく、セラフィーノや兵たちもこの結果に悔しい思いをしているのが表情から分かる。
 しかし、いつまでもここにいる訳にもいかないため、レオたちは盗賊たちの遺体だけを持ち帰ることになった。