「な、何だと……」

「ハッ! 組織の者との連絡が途絶えました。恐らく、作戦は失敗したものかと……」

「バカなっ!!」

 執事の男からの報告を聞いて、王都にある領邸で帰り支度をしていたカロージェロは怒りに震えていた。
 レオ暗殺失敗は、完全に自分たちディステ領の終わりを意味していた。
 それが現実のものとなり、腹を立てることにしか頭が回っていない状況だ。

「高い金を払っていたというのに、使えない奴らめ!!」

 レオを襲った組織の者たちは、裏仕事を任されていたため、結構な金額を要求していた。
 これまで多くのことに利用し成功してきたため、それを必要経費として考えていたが、この最も重要な依頼を失敗するなんて、カロージェロからしたら役立たずという評価をしても仕方がない。

「どうしましょう? 父上……」

 作戦の失敗に狼狽えているのは、今回王の葬儀参加のためについてきた長男のイルミナートも同じだ。
 自分が継ぐはずの爵位と領地がなくなることが分かっているため、顔面蒼白状態で頭を抱えている。

「…………逃げるぞ!」

「……えっ?」

 しばらく間をおいてカロージェロが小さく呟く。
 その言葉が聞きにくかったのと、その内容が信じられなかったのもあり、イルミナートは父に聞き直した。

「逃げるぞ! どこか匿ってくれる貴族の領地、もしくは他国へ」

「えっ? しかし、領地にはフィオが……」

 もう1度言われても、イルミナートは戸惑った。
 その没収されるであろう領地には、次男のフィオレンツォを残してきた。
 レオとは違い、フィオレンツォは母も同じ兄弟だ。
 自分たちが逃げるのなら、フィオレンツォのこともどうにかしないとならないはず。

「……だから何だ? フィオレンツォは次男だ。いわばお前のストックでしかない。お前が生きていれば何の問題もないではないか?」

「…………」

 父の冷酷な言葉を聞いて、イルミナートは無言になり全身に寒気が襲った。
 自分たち兄弟も、貴族として下の者にきつく当たるのは当然だとは思っている。
 それが上に立つ者の特権だからだ。
 しかし、次男とはいえ、これまで自分に尽くしてきた息子までも躊躇なく斬り捨てられる父だとは思っていなかった。

「それもそうですね」

 しかし、クズの子はクズということなのか、イルミナートはそれが正しいことなのだと受け入れた。
 さっきの寒気は、自分だけは父の特別なのだと思ったが故の歓喜のものだと、自分に都合よく解釈したのだ。
 そう思うと、弟のことなど興味が無くなり、自室に戻って身支度を整え始めたのだった。

「どちらへ向かいますか?」

「南だ!! 他国に渡るには陸路は危険だ!! 海から他国へ向かうぞ!!」

「了解しました!」

 慌てて馬車に乗り込んだカロージェロとイルミナート。
 御者の男に向かって指示を出す。
 こう言った時は知恵が働くのか、カロージェロの言うように他国へ向かうなら陸路より海路だ。
 一番近い港町は、馬車を飛ばせば王都から1日ほどで着く。
 すぐに調べさせたら、フェリーラ領の領主のメルクリオは先に領地へ出発したという話だ。
 そのため、阻止するために今から殺しを計画しても時間はない。
 今ならメルクリオからレオ暗殺指示が王家へ伝わる頃には、海の上で他国へ向かっているはず。
 2人を乗せた馬車は、ディステ領から離れるように南へと進んで行ったのだった。





◆◆◆◆◆

「お目にかかれて光栄です。メルクリオ伯爵閣下」

「初めまして、レオポルド・ディ・ディステ君……」

 フェリーラ領の領主であるメルクリオ・ディ・フェリーラ伯爵からの使いが、昼食を取って少ししたらやってきた。
 捕縛者に強制隷属をしてもらうため、レオとファウストはフォンカンポのギルマスであるデメトリアと共にメルクリオの邸へと向かった。
 案内された謁見室でレオたちが椅子に座って待っていると、メルクリオが入室して来た。
 前領主が亡くなって領主になって6年しか経っていないため、彼はそんなに老けていない。
 茶髪碧眼でなかなかのイケメン。
 剣の腕が立つと有名で、体型もスッキリしている。
 そんな彼に対し、レオたちはすぐに立ち上がり、挨拶を交わすことになった。
 握手をした時、メルクリオは若干イタズラをするかのような笑みを浮かべ、レオの昔のフルネームで呼んできた。

「……失礼ながら、ディステの名は捨てました。ただのレオポルドでお願いいたします」

「そうか。ではレオと呼ぼう」

 どういう反応をするか見定めているのだろうか。
 デメトリアによってこれまでの経緯は報告されているため、レオの素性を知っていても不思議はない。
 ただ、その家名で呼ばれるのはとても気分が悪いため、レオは困った顔をして答えを返すことしかできなかった。
 その困り顔が望みだったのか、メルクリオはすぐに優しい笑顔に変わって、3人に椅子に座るよう促してきた。

「しかし、今回は大変な目に遭ったようだね……」

「はい。何者(・・)かは分かりませんが、何としても依頼者を炙り出したいと思っております」

 依頼者は父だと分かっている。
 しかし、完全に確定していない以上、現在は平民のレオが名前を挙げる訳にはいかない。
 強制隷属をすれば確実に依頼者を突き止められるが、それができるまではあくまでレオたちが勝手に訴えているということになるからだ。
 僅かな可能性として、厳重に警備をしている現在でも捕縛した者たちが殺されるということもあり得る。
 そうなった場合、貴族に汚名を着せたとなるかもしれないからだ。

「そのために、閣下のお力をお借りしたいのです。特権である強制隷属で依頼者を聞き出していただけないでしょうか?」

「……良いのか?」

「……失礼ながら、何がでしょう?」

 メルクリオは真剣な表情でレオの話を聞いていた。
 報告を受けているので2度手間とも言えなくないが、平民の意見をちゃんと聞いてくれる人なのだとレオの中では好感度が上がっていた。
 話が終わると、メルクリオは少し考えた後、真剣な表情のまま問いかけてきた。

「恐らく君の父上が狙ったのではないか?」

「はい。その可能性は高いです」
 
「ならば、強制隷属で吐かせたら実の父を追い込むことになるぞ?」

 質問に質問を返すような形になったが、レオはその質問の意味はなんとなく分かっていた。
 自分の実の父を犯罪者として王家へ訴えるということだ。
 これまでの報告から、ヴェントレ島などと言う危険な島を領地として与えたことから、カロージェロにとってレオは邪魔な人間だといっているのだと分かる。
 しかも、僅かながらも発展してきたら、それを奪い取ろうと刺客を送り込んできたと言う話だ。
 ディステ領の現状がひどくなっているというのは、どこの領主も分かっている。
 だからと言って奪い返すなんて恥知らず、更にはそのために刺客を送り込むなんて愚の骨頂だ。
 しかし、そんな愚か者でもレオにとっては実の父。
 少ないとは思うが、父を売ったという者も出てくるかもしれない。
 メルクリオは、レオの覚悟を確認するために嫌な質問をすることにした。

「構いません。狙ったのなら自分も狙われることも覚悟しておくものです。父も失敗したのだから報復を受けるのは当然です」

「そうか……」

 まっすぐな目で答えるレオに、メルクリオは決意が固いことを読み取った。
 そして、真剣な顔から、優しい眼差しへと変わった。

「まぁ、私は全然構わん。言っては何だが、カロージェロ伯爵は嫌いだった。息子のお前に引導を渡されるんだ、多くの人間はお前に味方するはずだ」

「そうでしょうか?」

「何なら私が後ろ盾になろう!」

「えっ……? あ、ありがとうございます!」

 話していたら、いつの間にかレオの望む言葉が出てきた。
 後ろ盾になってもらいたいと、どうにかして話を持って行きたいと思っていたため、メルクリオの言葉はレオにとってありがたい。
 あまりにも急だったので、レオは僅かな時止まってしまった。
 しかし、すぐに後ろ盾になってくれるということを受け入れ、メルクリオへ感謝を述べた。

「失礼します!」

「……?」

「彼は王室調査官だ。貴族の悪事などを調査する機関の人間だ」

 話をしている所だったのだが、1人の男性がノックの後に入室してきた。
 誰だろうかとレオたちが思っていると、メルクリオが彼の簡単な紹介をしたのだった。