捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

「おいっ! 本当にもうすぐ馬車が通るんだろうな?」

「あぁ!」

 侵入者を護送するため、フェリーラ領の領都フォンカンポへ向かうレオたち。
 町までもう少しと言う所まで迫って来ていた頃、ある人間が話し合っていた。
 口ぶりから、フォンカンポに向かう馬車を待ち受けているかのような会話をしている。

「もうすぐ数台の馬車が通る。そこには貴族の子息が通る」

 話している男の1人は、カロージェロからレオの暗殺を指示されていた男だ。
 依頼者に一番近い位置にいることから、レオたちを狙った組織のトップとなる男だろう。
 総力を結集してレオの暗殺に挑んだが、全員護衛の冒険者たちに制圧されてしまったが、彼1人生き残っていた。

「予定通り積んでいるお宝は、全部俺らがもらっちまって良いんだよな?」

「構わない」

 彼1人生き残ったのは、総力戦が失敗した場合でも依頼の達成を図るためだ。
 しかし、自分1人では不可能と判断した彼は、他の人間を使うことにした。
 それが隣にいる男とその仲間たちだ。

「その代わり、全員殺すことが条件だ」

「そんなの最初からそのつもりだ」

 依頼達成を図るための最後の機会はここしかない。
 最初はここで総力を尽くすという策も考えられたが、護送の時が危険なのは分かっていることなので、フェリーラ領の領主の方をオヴェストコリナの町へ呼び寄せるという可能性があった。
 そのため総力戦で挑んだのだが、それが失敗した今ではもう作戦を精査している暇も人員もいない。
 組織の人間でなくても、依頼達成を図るしかない。
 狙いは捕まった仲間を含めての皆殺し。
 その考えに同意するように、隣の男は笑みを浮かべる。

「おっ来た! 5台か……」

「赤(せき)斧(ふ)の盗賊団がまさか怖気づいていないよな?」

「ハッ! なめんじゃねえ!」

 最後の機会に組織の男が利用したのは、この周辺で名を馳せる盗賊団だった。
 赤斧とは、この盗賊団のリーダーの持つ斧のことで、返り血で真っ赤に染まった斧を表現したことによるものらしい。
 所詮は数が多いだけの盗賊の頭にすぎないため、闇の組織の彼からしたら笑ってしまいそうになる2つ名だ。
 しかし、念のため以前に顔合わせをしておいて正解だった。
 実際レオは実家とは縁を切られているので貴族ではないのだが、貴族の子なのは間違いない。
 貴族の子息が通るという情報を提供しただけで、上手く話しに乗ってくれたのは短絡的で助かった。
 今も、冒険者たちが護衛している馬車を見て躊躇うような素振りを見せたが、ちょっと煽るだけで都合よく反発してくれた。

「行くぞ!! 野郎ども!!」

「「「「「おおっ!!」」」」」

 盗賊のリーダーの言葉に、部下の男たちが返事と共に動き出した。 
 狙いは馬車の側面からの攻撃ため、街道の左右に分かれて潜む予定だ。

「何としてもここで潰す!!」

 ここで失敗すれば、組織だけでなく自分も終わりだ。
 そのため、組織の男も盗賊たちと共にレオたちの暗殺に向かった。





「「「「っ!!」」」」

「盗賊だ!!」

 いち早く馬が異変に反応して足を止めてしまった。
 急に馬車が停止したことでレオたちも驚くと、外から冒険者が叫ぶ声が聞こえてきた。 
 その声に反応し、中に居た全員が外へと飛び出した。

「レオはここにいろ!」

「クオーレ! レオを頼むぞ!」

「ニャッ!」

 馬車を挟むようにして、左右から盗賊たちらしき者たちが襲い掛かってきた。
 護衛の冒険者たちは、それに対応しようと馬車から降りて武器を構えた。
 レオと同乗していたドナートとヴィートも武器となる槍を構え、ドナートがレオに動かないように指示し、ヴィートが馬車の屋根に乗っていたクオーレにレオを守るように指示を出した。
 指示されなくても主人を守ると、クオーレはレオの側で周囲を警戒した。

「待ってください!」

「何だ!?」

 盗賊を迎え撃とうとしているファウストたちに、レオは待ったをかける。
 その声に、ファウストは理由を問いかける。

「僕も助力します!」

「何っ!?」

 盗賊たちが迫って来るが、かなりの数だ。
 連れてきた冒険者は、先日同様ファウストとリヴィオが用意した高ランクの冒険者たちだ。
 しかし、彼らでも多勢に無勢となり怪我を負ってしまうかもしれない。
 そうならないためにも、レオは数には数で対抗することを決断した。
 何をする気か分からず、ファウストは止めようとしたが、それより早くレオが動く。

「操り軍隊!!」

「「「なっ!?」」」

「行け!!」

 レオの言葉と共に、突如木製人形たちが大量に出現した。
 その出現した人形の数の多さに、ファウスト、ドナート、ヴィートは面食らう。
 左右から迫り来る盗賊の総数は約50。
 それと同数程の人形たち全員が槍を構え、レオの指示と共に迫り来る盗賊たちへと攻めかかって行った。

「「「「「何だこれはっ!?」」」」」

 自分たちが襲い掛かろうとしていた馬車の周辺にいきなり人形が出現したため、盗賊たちは慌てた。
 しかもどういう原理か分からないが、人間のように動いている。
 レオのスキルを知らない者は、初めてこれを見たら驚くのも仕方がない。

「うがっ!!」「ギャッ!!」

 迫り来る人形に驚き慌てているうちに、盗賊たちは槍の攻撃を受けて悲鳴が連鎖していった。
 それにより、この人形が危険な存在なのだと理解したのか、盗賊たちはようやく抵抗を始めた。

「冒険者の方たちは人形の援護をお願いします!!」

「……あ、あぁ!」

 盗賊たちも驚いたが、護衛の冒険者たちも人形たちの出現に驚いた。
 しかし、レオの言葉を聞いて味方なのだと分かった彼らは、戸惑いつつもその指示に従うことにした。
 盗賊の数を見た時は、怪我をする可能性が頭をよぎっていたが、これだけの人数の仲間がいれば考える必要もない。
 レオの指示通り冒険者たちは人形たちの援護をおこない、どんどん盗賊の数を減らしていった。

「ふざけんな!! 何だこの人形どもは!!」

「おっと! お前は俺が相手してやる!」

 想定外となる大量の人形に、盗賊の頭は怒りに震える。
 そして、邪魔な人形を壊そうと乱戦状態の部下たちの所へ向かおうとした。
 しかし、その盗賊の頭の前にファウストが立ち塞がった。

「お前ら赤斧の盗賊団だな?」

「だったら何だ!! 邪魔をするな!!」

 自分たちのことを知られていることはたいしたことではない。
 全員殺してしまえば関係ないからだ。
 そのため、盗賊の頭は立ち塞がったファウストに、自慢の斧で襲い掛かった。

「生死不問の懸賞首だ。小遣い稼ぎさせてもらうぜ!」

「がっ!!」

 ファウストが言葉を返すが、その頃にはもう盗賊の頭の首が体から転がり落ちていた。
 盗賊の頭の斧が振り下ろされるよりも早く、ファウストが長剣で斬り落としたのだ。
 多くの部下を率いる有名な盗賊団の頭で、その腕力はたしかにすごいだろうが、当たらなければ意味がない。
 速度自慢のファウストにとって、こういった力自慢の敵はカモでしかなかった。

『ここだ!!』

 盗賊団の頭が殺られ、その部下たちも数を減らしていくなか、レオ暗殺を企てている組織の男は動きだした。
 盗賊の相手に護衛が減ったレオを狙い、全速力で背後から攻めかかったのだ。
 思惑通り、護衛は全員盗賊に目が行き、レオの側には従魔らしき闇猫と蜘蛛しかいない。
 闇猫は夜でなければただのでかい猫、蜘蛛も糸以外は警戒する必要はないだろう。
 足音を立てずに接近しつつ武器の短剣を抜いた男は、自分の接近に気付き驚いた表情をしているレオに斬りかかった。

「「レオ!!」」

 近くにいたドナートとヴィートが気付いた時には、もう敵がレオに迫っていた。
 襲撃が盗賊だけでなかったことにようやく気が付いたのだ。
 2人は慌ててレオを守りに動くが、敵の移動速度から考えると、敵を抑えることは間に合いそうにない。

“ドサッ!!”

「「っ!!」」

 2人が間に合わずにレオと敵が交錯した。
間に合わなかったと思ったら、襲いかかった敵が崩れるように地面に倒れた。
 何が起きたのかと驚きつつも近付くと、レオの手には血に染まった剣が手に握られていた。

「……お前がやったのか?」

「えぇ……」

 ドナートとヴィートはレオに近付くと、倒れた男の生死を確認する。
 剣で腹を貫かれたのか、大量に出血して事切れていた。
 何をどうしたのか分からないが、どうやらレオが倒したらしい。

「終わったぞ!!」

 レオが襲撃者を返り討ちしてすぐに、冒険者から大きな声が上がった。
 どうやら盗賊たちを倒し終わったようだ。

 倒した盗賊たちは指名手配されている盗賊団だったらしく、全員の遺体はまとめてファウストが魔法の指輪に収納していた。
 さすが元ギルマスという所だろうか、多くの遺体を収容できる大容量の魔法の指輪を所持していた。
 生き残りが数人おり、彼らは兵に渡してアジトを聞きだしてもらうつもりだ。
 アジトにはもしかしたら捕まった人間もいるかも入れないし、これまで盗まれた金銀財宝が見つかるはずだ。

「このままアジトを捜索すればボロ儲けなんだが、本当に良いのか?」

「構いません」

 ファウストの再度の確認となる問いかけに、レオは躊躇なく頷く。
 確認したくなるのも仕方がない。
 先ほども言ったように、このまま盗賊のアジトを探れば金銀財宝が手に入る。
 こう言った場合、冒険者の間ではアジトの財宝を手に入れてから報告しても何の御咎めもない。
 ここには多くの冒険者もいることだし、アジトへ向かっても危険ではないはずだ。
 レオの言っていることは、大金を手に入れる機会を放棄するというのと同じことだ。

「冒険者の皆さんには申し訳ありません」

「いや、俺たちは依頼者の護衛と指示に従うのが契約になっているんで……」

 アジトへ向かえば全員で分けてもいい稼ぎになることが分かっている。
なので、レオの護衛の依頼に就いてくれた冒険者たちも、本当はアジトへ向かいたいところだろう。
 そんな冒険者たちに対し、レオは申し訳なさそうに頭を下げた。
 冒険者の中には完全に納得いっていない者もいるようだが、そこは後で依頼料に色を付けることで勘弁してもらう。
 そもそも、彼の言ったように余程おかしな指示でもない限り依頼者に従うことは、今回の依頼を受ける際の契約書に書かれていた。
 契約を交わしたうえで同行しているので、レオの考えに従ってもらうしかない。

「ファウストさんの言う通りだぜ。レオ」

「金を得て島の発展に使えばよかったんじゃないか?」

 みんな馬車に乗り込み再出発を始めると、ドナートとヴィートもアジトへ向かうことを放棄したレオに忠告をすることにした。
 ヴェントレ島には、僅かながら人が集まりつつある。
 冬の間は食料などの関係から招かないようにしているが、春になれば移住しようという者たちの受け入れを再開する予定だ。
 1人でも多く招き入れるために、資金はあればあるほど望ましいように思える。

「確かに、島のためにも資金があった方が良いでしょう。しかし、だからこそフェリーラ領との関係を深めておくことを優先したいんです」

「……どういうことだ?」

 島のことを考えての忠告だったのだが、レオには何か他に考えがあるようだ。
 それがどんな考えなのか分からず、ドナートは首を傾げる。

「すぐに手に入る資金よりも、メルクリオ様の後ろ盾です」

「後ろ盾……なるほど、島への助力か?」

「えぇ」

 レオの考えを聞いて、ヴィートはなんとなく納得したようだ。
 フェリーラ領の領主メルクリオと関わりを深めることで、島への助力を求めるということなのだろう。

「島は今のところ安定していますが、まだまだ魔物は大量に存在しています。もしも居住地に攻め込んでくるような事があったら、島を捨てて逃げることも考えておくべきです」

「やっと村程度になってきたって言うのにか?」

「もったいないですけどね……」

 島は魔物の氾濫がいつ起こるか分からない。
 レオは、住民の命を第1に考え、もしもの時は島を捨てることも考えている。
 ヴィートの言いたいことも分かる。
 レオ自身もったいないことは分かっている。
 しかし、住人をフェリーラ領に避難させ、一時の間だけでも保護してもらえれば先の事は何とかなるはずだ。
 そのためにも、もしもの時に受け入れてもらうための後ろ盾として、レオはメルクリオとの関係を深めておくことを選んだ。

「それが何でアジトを狙わないことに繋がるんだ?」

 ヴィートと違い、ドナートはそれとこれのつながりが分かっていないようだ。
 そのため、アジトを狙わない理由をレオに問いかけてきた。

「捕まえた盗賊を領兵に渡せば、メルクリオ様はアジトの潜入を領兵に任せることになるでしょう。そうなれば、領兵が手に入れてきた盗賊の財宝は全部フェリーラ領に入ることになります。今回の強制隷属の手土産にしては、大きすぎるほどになると思います」

「その見返りが、後ろ盾って事か?」

「はい」

 今回の強制隷属のことで、レオは最初から何とかメルクリオとの関係を深めたいと思っていた。
 それが、運が良いのか悪いのか、名のある盗賊団を壊滅することに成功した。
 これを利用しない手はないと考え、これをメルクリオへの手土産にすることに決めたのだ。
 この盗賊団は、主にフェリーラ領内で盗みを働いていたとのことなので、かなりの手土産になるはずだ。

「それと……、もしもの時にはエレナの保護を頼むつもりです」

「っ!! それはエレナ嬢の生存を教えるということか!?」

「はい!」

 続いて発せられたレオの言葉に、ドナートとヴィートは表情を変えた。
 島ではレオの下についているという形だが、根っこの部分で2人はエレナを守るガイオの部下だ。
 ガイオと共に、エレナの居場所を守るためレオに協力しているという面もなくはない。
 エレナが生きていることが広まったら、今回のように刺客を送り込まれるかもしれない。
 そんな危険なことを起こさないためにも、このままエレナはヴェントレ島内に収めておく方が良いと思える。

「もちろんメルクリオ様に会ってから決めることですが、今回のようなことが起きた時、もっと有能な刺客だった場合守り切れるかまだ疑問です。もしもの時保護してくれる貴族がいれば安心です」

「……その場合、ガイオのおやっさんや俺たちも離れることになるかもしれないぞ?」

「分かっています。そのために今回色々試しています」

 エレナが島から離れれば、島の住人の多くはもしかしたら付いて行ってしまうだろう。
 住人が増えてきているとは言っても、まだ多くは元ルイゼン領の者たちだからだ。
 そのため、エレナを避難させればみんないなくなり、島はスカスカになってしまうかもしれない。
 ほとんどが領兵のような働きをしてくれているので、いなくなれば守りが薄くなる。
 しかし、そうなる可能性も考えて、レオは今回今まで考えていた色々な策を試していた。

「あの人形の軍勢か?」

「はい」

「いつの間にか、かなりの人形を作っていたんだな?」

 レオの策の1つが、大量の人形たちによる軍隊だ。
 以前、ガイオには一般兵くらいの実力と言われたレオの人形たち。
 まだ改善の余地はあるし、強化方法も考えてはある。
 ただ、強化するには資金などの面からまだできないでいる。
 その分数で補おうと、レオは木製人形たちを量産してきた。
 今日使った人形たちは、面食らった盗賊たちを抑え込んだが、数体は一部壊れた者もいる。
 それを見て、人でも魔物でも多くの軍勢で攻め込まれた時に数で補うにはまだ時間が必要だと理解した。
 自分のスキルとガイオたちだけでエレナを守り切れるようになるまでに、もしも攻め込まれた時の間だけでも守ってもらうだけなら、ファウストたちの様子だと信頼できそうな人なので、恐らくメルクリオもエレナのことを黙っていてくれるはずだ。

「だからロイたちを置いてきたのか?」

「はい。ロイたちと同様に魔物退治に使おうか迷ったんですけど、身の安全の確保を優先しました」

 人形を作ったら作っただけ魔物の討伐に使うことも出来たが、島に1人だった時は海賊も警戒していた。
 そのため、全部を魔物に当てるのではなく、魔法の指輪内でいつでも稼働状態にして危険を察知したら使うことをレオは計画していた。

「あれだけいれば、多少の魔物相手でも逃げる時間ぐらいは稼げると思って」

「なるほど……」

 身を隠す場所は、島に着いた時にいくつか確認していた。
 時間を稼いでそのどこかに隠れれば、魔物をやり過ごすぐらいどうということはないため、その時のために使う予定だった。

「あっ! 見えてきましたね……」

 レオの考えを色々話しているうちに、フォンカンポの町が見えてきた。
 それに気付いたレオは、話をやめてどんな町かを見ることに専念することにした。

「ハァ~……、賑わってますね」

「さすが領都だな」

「あぁ……」

 フェリーラ領の領都フォンカンポに入ったレオたち。
 メイン通りを通る馬車の窓から眺めた街の景色は、多くの商店が立ち並び、みんな活気に溢れているように感じる。
 それを見て、レオは喜びと驚きが入り混じる感想を述べる。
 ドナートとヴィートも似たような感じだが、レオと違うのは時折綺麗な女性に目が行っているといったところだろう。
 ディステ領の領都に住んではいたが、病弱だったレオは町中に行くことができなかった。
 ここを見て大きな町はどういう物なのかというのを、記憶するように目を動かしていた。

「いつかヴェントレ島をここみたいに賑わう町にしたいです」

「そうか……」

「はい!」

 落ち着かない様子で町を見渡していたレオは、不意に思ったことを言葉に出していた。
 成人したてとは言ってもまだ幼さの残る子供のレオが、たった1年で村にまで発展させたことに、その手腕はかなりのものだとファウストは評価している。
 しかし、食料や島の収益などを考えると、ここから人が爆発的に増えるということはないと思える。
 フォンカンポのような町になるには、かなりの年月を必要とする事だろう。
 しかし、小さな村の領主が言うには夢物語のようだが、目指さない者が望みを叶えられるとは思えないため、ファウストは子供を見る親のように、レオの夢を否定しなかった。

「あっ! ギルドだ!」

「ぐっ……」

 さっきまでのんびりした気分でいたが、レオの言葉でファウストの表情が渋くなった。
 以前言っていたように、ここのギルマスはファウストの姉だという話だ。
 弟は姉には勝てない。
 そんなことを小さく呟いていたようだが、レオには頭のおかしい兄たちはいたが、姉はいなかったのでその言葉の真意が分からないでいた。

「いらっしゃい! ここフォンカンポのギルマス兼フェリーラ領の統括をしているデメトリアよ」

「ヴェントレ島の領主レオポルドと申します。よろしくお願いします」

 ギルドに着いてすぐ、レオはファウストと共にギルマスの部屋へと案内された。
 ドナートとヴィートは、念のため馬車の警護を冒険者たちとしている。
 表情が強張っている感じのファウストと共に部屋に入ると、待ち受けていた女性が自己紹介をしてレオに握手を求めてきた。
 レオも返すように名前を名乗り、デメトリアと握手を交わした。

「……な、何でしょうか?」

「なかなかかわいい顔しているわね」

「ハハ……、ありがとうございます」

 女性としては背の高い方なのだろうが、身長は170cm程度のレオと同じくらい。
 180cmを越えるファウストとは、頭半分ほど差がある感じだ。
 筋肉の付き方も、引き締まっているように見えるが、がっしりしたファウストには及ばない。
 顏は目の形だけが同じで、姉弟だというのに似ていない気がする。
 凛とした感じの女性と形容した方が良いかもしれない。
 たしかに纏う空気は強そうに思えるが、本当にファウストよりも強いのかいまいち判断できない。
 握手をしたままでデメトリアが手を離さないでいるので、レオは不思議に思って問いかける。
 すると、レオの顔を見て保護欲が湧き上がったのか、頭を撫でつつ褒めてきた。
 一応成人しているし、男なので可愛いと言われるのも何だか微妙で、レオは乾いた笑いを返すしかなかった。

「……久しぶりね。ファウスト」

「あぁ……久しぶり」

 レオとの挨拶も済み、デメトリアは隣のファウストに目を移す。
 少しの間目を合わせた後、挨拶を交わす姉弟。
 しかし、何だか空気が重い。

「まぁ、あんたには文句を言いたいところだけど、まずはリヴィオの報告に出ていた奴らを牢に連れて行きましょう」

「あぁ……」

 何だかこの後何か起きそうで嫌な感じだが、まずはギルド前の捕縛者の輸送が先だ。
 そのため、デメトリアの指示を受け、ファウストは素直に頷いた。





「メルクリオ様とも連絡は取り合っているわ。よっぽど失礼なことでもしない限り強制隷属をおこなってくれるはずよ」

「ありがとうございます!」

 捕縛者を牢に入れた後、レオとファウストはまたデメトリアの部屋へと招かれた。
 ソファーに対面して座り、デメトリアの言葉に協力の感謝をする。
 ドナートとヴィートは、牢の捕縛者を監視する役割を手伝うということになりこの場にいない。
 ここの牢番もいるし、冒険者にお願いすれば良いといったのだが、念には念を入れてのことだという話だ。
 レオたちは、カロージェロの手の者を全滅させたことは知らない。
 そのため、確かにまだ完全に安心できないと判断し、2人の言う通り念のための見張りをお願いすることにした。

「今日王都を出発するって話だから、この町の到着は4~5時くらいかしらね……」

「じゃあ、早くても面会は明日になりますかね?」

「そうね。メルクリオ様には全ての経緯を書いた手紙を送ってあるから、邸の方から迎えを寄越してくれるそうよ」

 王都のピサーノからフォンカンポの町までは100km程で結構近い。
 早朝出発して順調に進めば、確かに夕方ぐらいの到着になるだろう。
 少しの休憩を挟むにしても、馬車移動で疲労した状態では面会なんてしたくないはず。
 そうなると、面会は明日以降になる。
 経緯も知っているなら、そんなに待つことにはならないはずだ。

「それにしても、レオはなかなか面白い子ね。あのヴェントレ島を開拓しているなんて……」

「行ったことあるんですか?」

「えぇ、昔にね……」

 話は変わって、デメトリアはヴェントレ島の話を始めた。
 その思い出しているような口ぶりは、レオが行く前の島を知っているかのようだ。
 尋ねてみたら、案の定行ったことがあったそうだ。

「開拓と言ってもまだ東の端っこだけで、ようやく村と呼べる程度です」

「そう……。1つ忠告しておくわ。あの島は西にある山周辺に特に気を付けなさい。あそこら辺が特に危険な魔物の生息地になっているから」

「あっ、はい。助言ありがとうございます」

 島の現状を簡単に説明すると、デメトリアは真面目な顔をしてレオへ経験者としての忠告をしてきた。
 ヴェントレ島の西には火山があり、文献ではその火山の噴火によってできた島だという話だ。
 島全体的に魔物は多いが、デメトリアが行った時はその山周辺が1番危険な領域だったそうだ。

「あそこ温泉あるから行きたいんだけどね……」

「温泉ですか? う~ん観光の目玉の1つに欲しいですね。まぁ、先の話ですけど……」

「ギルドが出来て、冒険者に狩らせてからじゃないとやめといた方が良いわ」

「そうですね」

 火山の恩恵として温泉が湧いている所があるらしく、デメトリアはその湯に浸かったそうだ。
 健康にいいという話なので、レオはお風呂が好きだ。
 それもあって、温泉は興味がそそられる。
 しかし、危険な魔物が多いのだから、それをどうにかしてからでないと話にならないため、温泉は当分お預けだ。

「じゃあ、ファウスト! 訓練場行くわよ!」

「え゛っ?」

 話も終わり、デメトリアは予定通りという口調でファウストを訓練場に誘う。
 口数が減っていたファウストは、その誘いにおかしな声で反応した。
 断ることができないのか、ファウストは訓練場へと連れて行かれた。

「この馬鹿が!! 勝手にディステ領エリアのギルマスを辞めやがって!!」

「痛えな!! 拳闘スキル持ちに剣術スキルの俺が素手で勝てるわけねえだろ!!」

 レオも勉強として元高ランク冒険者同士の訓練を見せてもらうことにしたのだが、武器無し状態で戦う姉弟喧嘩といったところだろうか。
 拳闘スキルとは、その身のみで戦うことを得意とするスキルだ。
 武器無しの方がデメトリアのスキルが有利のため、ファウストが口でも拳でも終始押されていた。

「な、何だと……」

「ハッ! 組織の者との連絡が途絶えました。恐らく、作戦は失敗したものかと……」

「バカなっ!!」

 執事の男からの報告を聞いて、王都にある領邸で帰り支度をしていたカロージェロは怒りに震えていた。
 レオ暗殺失敗は、完全に自分たちディステ領の終わりを意味していた。
 それが現実のものとなり、腹を立てることにしか頭が回っていない状況だ。

「高い金を払っていたというのに、使えない奴らめ!!」

 レオを襲った組織の者たちは、裏仕事を任されていたため、結構な金額を要求していた。
 これまで多くのことに利用し成功してきたため、それを必要経費として考えていたが、この最も重要な依頼を失敗するなんて、カロージェロからしたら役立たずという評価をしても仕方がない。

「どうしましょう? 父上……」

 作戦の失敗に狼狽えているのは、今回王の葬儀参加のためについてきた長男のイルミナートも同じだ。
 自分が継ぐはずの爵位と領地がなくなることが分かっているため、顔面蒼白状態で頭を抱えている。

「…………逃げるぞ!」

「……えっ?」

 しばらく間をおいてカロージェロが小さく呟く。
 その言葉が聞きにくかったのと、その内容が信じられなかったのもあり、イルミナートは父に聞き直した。

「逃げるぞ! どこか匿ってくれる貴族の領地、もしくは他国へ」

「えっ? しかし、領地にはフィオが……」

 もう1度言われても、イルミナートは戸惑った。
 その没収されるであろう領地には、次男のフィオレンツォを残してきた。
 レオとは違い、フィオレンツォは母も同じ兄弟だ。
 自分たちが逃げるのなら、フィオレンツォのこともどうにかしないとならないはず。

「……だから何だ? フィオレンツォは次男だ。いわばお前のストックでしかない。お前が生きていれば何の問題もないではないか?」

「…………」

 父の冷酷な言葉を聞いて、イルミナートは無言になり全身に寒気が襲った。
 自分たち兄弟も、貴族として下の者にきつく当たるのは当然だとは思っている。
 それが上に立つ者の特権だからだ。
 しかし、次男とはいえ、これまで自分に尽くしてきた息子までも躊躇なく斬り捨てられる父だとは思っていなかった。

「それもそうですね」

 しかし、クズの子はクズということなのか、イルミナートはそれが正しいことなのだと受け入れた。
 さっきの寒気は、自分だけは父の特別なのだと思ったが故の歓喜のものだと、自分に都合よく解釈したのだ。
 そう思うと、弟のことなど興味が無くなり、自室に戻って身支度を整え始めたのだった。

「どちらへ向かいますか?」

「南だ!! 他国に渡るには陸路は危険だ!! 海から他国へ向かうぞ!!」

「了解しました!」

 慌てて馬車に乗り込んだカロージェロとイルミナート。
 御者の男に向かって指示を出す。
 こう言った時は知恵が働くのか、カロージェロの言うように他国へ向かうなら陸路より海路だ。
 一番近い港町は、馬車を飛ばせば王都から1日ほどで着く。
 すぐに調べさせたら、フェリーラ領の領主のメルクリオは先に領地へ出発したという話だ。
 そのため、阻止するために今から殺しを計画しても時間はない。
 今ならメルクリオからレオ暗殺指示が王家へ伝わる頃には、海の上で他国へ向かっているはず。
 2人を乗せた馬車は、ディステ領から離れるように南へと進んで行ったのだった。





◆◆◆◆◆

「お目にかかれて光栄です。メルクリオ伯爵閣下」

「初めまして、レオポルド・ディ・ディステ君……」

 フェリーラ領の領主であるメルクリオ・ディ・フェリーラ伯爵からの使いが、昼食を取って少ししたらやってきた。
 捕縛者に強制隷属をしてもらうため、レオとファウストはフォンカンポのギルマスであるデメトリアと共にメルクリオの邸へと向かった。
 案内された謁見室でレオたちが椅子に座って待っていると、メルクリオが入室して来た。
 前領主が亡くなって領主になって6年しか経っていないため、彼はそんなに老けていない。
 茶髪碧眼でなかなかのイケメン。
 剣の腕が立つと有名で、体型もスッキリしている。
 そんな彼に対し、レオたちはすぐに立ち上がり、挨拶を交わすことになった。
 握手をした時、メルクリオは若干イタズラをするかのような笑みを浮かべ、レオの昔のフルネームで呼んできた。

「……失礼ながら、ディステの名は捨てました。ただのレオポルドでお願いいたします」

「そうか。ではレオと呼ぼう」

 どういう反応をするか見定めているのだろうか。
 デメトリアによってこれまでの経緯は報告されているため、レオの素性を知っていても不思議はない。
 ただ、その家名で呼ばれるのはとても気分が悪いため、レオは困った顔をして答えを返すことしかできなかった。
 その困り顔が望みだったのか、メルクリオはすぐに優しい笑顔に変わって、3人に椅子に座るよう促してきた。

「しかし、今回は大変な目に遭ったようだね……」

「はい。何者(・・)かは分かりませんが、何としても依頼者を炙り出したいと思っております」

 依頼者は父だと分かっている。
 しかし、完全に確定していない以上、現在は平民のレオが名前を挙げる訳にはいかない。
 強制隷属をすれば確実に依頼者を突き止められるが、それができるまではあくまでレオたちが勝手に訴えているということになるからだ。
 僅かな可能性として、厳重に警備をしている現在でも捕縛した者たちが殺されるということもあり得る。
 そうなった場合、貴族に汚名を着せたとなるかもしれないからだ。

「そのために、閣下のお力をお借りしたいのです。特権である強制隷属で依頼者を聞き出していただけないでしょうか?」

「……良いのか?」

「……失礼ながら、何がでしょう?」

 メルクリオは真剣な表情でレオの話を聞いていた。
 報告を受けているので2度手間とも言えなくないが、平民の意見をちゃんと聞いてくれる人なのだとレオの中では好感度が上がっていた。
 話が終わると、メルクリオは少し考えた後、真剣な表情のまま問いかけてきた。

「恐らく君の父上が狙ったのではないか?」

「はい。その可能性は高いです」
 
「ならば、強制隷属で吐かせたら実の父を追い込むことになるぞ?」

 質問に質問を返すような形になったが、レオはその質問の意味はなんとなく分かっていた。
 自分の実の父を犯罪者として王家へ訴えるということだ。
 これまでの報告から、ヴェントレ島などと言う危険な島を領地として与えたことから、カロージェロにとってレオは邪魔な人間だといっているのだと分かる。
 しかも、僅かながらも発展してきたら、それを奪い取ろうと刺客を送り込んできたと言う話だ。
 ディステ領の現状がひどくなっているというのは、どこの領主も分かっている。
 だからと言って奪い返すなんて恥知らず、更にはそのために刺客を送り込むなんて愚の骨頂だ。
 しかし、そんな愚か者でもレオにとっては実の父。
 少ないとは思うが、父を売ったという者も出てくるかもしれない。
 メルクリオは、レオの覚悟を確認するために嫌な質問をすることにした。

「構いません。狙ったのなら自分も狙われることも覚悟しておくものです。父も失敗したのだから報復を受けるのは当然です」

「そうか……」

 まっすぐな目で答えるレオに、メルクリオは決意が固いことを読み取った。
 そして、真剣な顔から、優しい眼差しへと変わった。

「まぁ、私は全然構わん。言っては何だが、カロージェロ伯爵は嫌いだった。息子のお前に引導を渡されるんだ、多くの人間はお前に味方するはずだ」

「そうでしょうか?」

「何なら私が後ろ盾になろう!」

「えっ……? あ、ありがとうございます!」

 話していたら、いつの間にかレオの望む言葉が出てきた。
 後ろ盾になってもらいたいと、どうにかして話を持って行きたいと思っていたため、メルクリオの言葉はレオにとってありがたい。
 あまりにも急だったので、レオは僅かな時止まってしまった。
 しかし、すぐに後ろ盾になってくれるということを受け入れ、メルクリオへ感謝を述べた。

「失礼します!」

「……?」

「彼は王室調査官だ。貴族の悪事などを調査する機関の人間だ」

 話をしている所だったのだが、1人の男性がノックの後に入室してきた。
 誰だろうかとレオたちが思っていると、メルクリオが彼の簡単な紹介をしたのだった。

「初めまして。ヴェントレ島領主レオポルドと申します」

「初めまして。王室調査官のフィルミーノです」

 メルクリオに紹介された王室調査官の男性に対し、レオたちは頭を下げる。
 フィルミーノと言う名前らしく、返すようにレオたちへ礼をした。

「王室調査官の方ですか?」

「王家が管轄している貴族を対象とした調査機関で、彼らの調査報告はそのまま王へ報告されることになる」

 レオには聞いたことない機関だったため、いまいちピンときていなかった。
 それに気付いたメルクリオは、王室調査官と言う役職の説明をした。
 貴族の疑わしい事件や事故に対し、色々な手段を用いて調査するそうだ。

「私がおこなってもいいのだが、その場合もう1回王都で確認してもらわないといけなくなる。しかし、彼に調べてもらえば、王室にそのまま報告される。無駄な手間が省けていいだろ?」

「なるほど! ご配慮ありがとうございます!」

 王都にいる時、デメトリアから送られた手紙を読み、メルクリオはすぐに行動に移ったそうだ。
 5日目のミサが終わって早々であったが、宰相のサヴェリオと面会できた。
 そこでデメトリアの報告書を見せ、ディステ家の悪事を糾弾することを進言したのだ。
 捕縛者を王都へ運ぶより、然るべき者をフォンカンポへ送った方が安全だと、サヴェリオはフィルミーノの派遣を要請したのだ。
 サヴェリオのその態度などから、メルクリオはなんとなく気付いた。
 どうやら新しく即位したクラウディオ陛下は、カルノ王の時からのおこないとディステ領の現状から、どうにかしてカロージェロから領地没収や降爵などの処置ができないか考えていたようだ。
 しかし、決定的となる証拠もなく、今年のみの経済状態だけで判断するのは、他の赤字領地の貴族たちにも恐怖や嫌悪感を与えることになりかねない。
 今年の経済状況が数年続かない限り手が出せないでいたため、メルクリオが持って来た情報は渡りに船といったところなのだろう。
 今は平民である自分のことで宰相閣下にまで動いてもらったことに、レオはメルクリオに感謝し深く頭を下げた。

「気にしないで良い。だから後ろ盾になるって言ったんだ」

「……どういうことでしょう?」

 頭を下げたレオに対し、メルクリオはなんてことないように言葉をかける。
 先程も唐突に後ろ盾になってくれるといっていたが、このことが関係しているらしい。
 その理由が気になり、頭を上げたレオは思わず問いかけた。

「これで予てから面倒だった悪徳貴族が1つ潰せることになり、クラウディオ陛下への私の心証はかなり良いものとなった」

 カルノ王の生存時、いくつかの貴族が王家へ虚偽の報告や隠ぺいを図っていた。
 大体が細かい税収に関してのことだったが、中には王家の威光を利用した悪徳貴族もいた。
 新しく即位したクラウディオ王の最初の仕事は、カルノ王の時に好き勝手していた悪徳貴族を一掃することらしい。
 その仕事において、早々に大きな協力をしたのだから、王のメルクリオへの心象が良くなるのは当然のことだ。
 新しく王になったクラウディオへ、どの貴族もどうにかして近付きたいという思惑がある。
 メルクリオも同じ様に思っていた部分はある。
 それが、どの貴族よりも早く心証アップができたのだ。
 今回この案件を持ってきてくれたことに、メルクリオの方こそレオに感謝したい気分だ。

「それに、君は盗賊が盗んだ資金まで私に譲ってくれた。ここまでされたら後ろ盾くらいたいしたことではない」

「お役に立てて良かったです」

 どうやらレオの気付かない所で、メルクリオに貢献できていたようだ。
 レオの考えていた盗賊のアジトの財宝なんかよりも、これからのことを考えれば陛下からの心象が良くなる方が良いに決まっている。
 先の未来のこととして陛下への心象が良くなることに加え、すぐさま領内の経済に使える資金まで提供してもらえた。
 ここまで多くの利益を与えられ、メルクリオはレオのことが気にいった。
 最大の懸念はカロージェロの息子ということだったが、それも先程の確認で解消できた。
 そのため、メルクリオはレオの後ろ盾になることを決定したのだ。

「さて、フィルミーノ殿。早速ギルドへ向かいましょうか?」

「はい」

 陛下への報告を少しでも早くするためか、わざわざ捕縛者をこの邸に運ぶより、ギルドへ向かった方が手っ取り早い。
 そのため、メルクリオやフィルミーノがギルドへ向かうことになった。
 




「まずはこちらの者から行います」

「お願いする」

 ギルドに着いてすぐ、早速フィルミーノによる強制隷属魔法がかけられることになった。
 先にかけるのは、ヴェントレ島で捕まえた方だ。
 食事をさせると自決する可能性が高いため、拘束をした状態で点滴による栄養摂取をおこなっていた。
 そのせいか、運動不足で手足は痩せているが、レオたちを睨みつける目を見る限り健康状態は良好なようだ。

「【我に逆らうな! 我の命に従え!】」

「グッ!!」

 捕縛者の背中に手を当てると、フィルミーノは詠唱を始め、闇魔法による隷属魔法を発動させた。
 その魔法により、捕縛者は小さな呻き声を上げた。
 上半身裸の背中には、隷属完了をしめすように魔法陣が浮かび上がった。
 魔物を従える時にも用いる魔法だが、人間に用いるのは犯罪者だけにしか認められていない。
 人間に対して強制的にこの魔法を用いるのは重犯罪だが、貴族には犯罪調査の場合のみ有効となっている。
 王室調査官の彼らの多くは平民出身だが、彼らには特別にその権限が与えられている。
 この職に就く時に同意の下でおこなっているため強制的ではないのだが、そもそも王室調査官にも隷属魔法がかけられている。
 王の命に従い、嘘偽りない調査と報告をおこうための処置であり、王家直属の機関のため、法衣貴族の扱いになっている。
 
「これで拘束はしなくても大丈夫です」

「分かりました。エトーレ!」

 魔法が完了したので、自決の心配がなくなった。
 そのため、フィルミーノは拘束を解くように指示をした。
 その指示に従い、レオの合図を受けたエトーレが捕縛者を縛り付けていた糸を解いた。

「単刀直入に聞こう。お前たちにレオ殿暗殺を指示したのは誰だ?」

「……ディステ領領主、カロージェロ伯爵の指示です」

 質問に対する答えは、思った通りカロージェロの名前だった。
 続いてもう1人の捕縛者にも隷属魔法をかけたが、返ってきたのは同じ答えだった。

「決定だな……」

「はい……」

 分かっていた答えではあったが、改めて父親が息子を殺そうとしていた事が分かり、メルクリオは複雑な心境でレオの顔を見た。
 レオも若干落ち込んでいる自分に気付いた。
 とっくの昔に父のことなど何とも思わなくなっていたはずだが、ほんの僅かながらそうでないことを期待していたということなのだろうか。
 そのことが自分のことでありながら意外だった。

「これで犯人が分かって良かったです!」

 一息ついて気持ちを落ち着かせると、レオの中で何かスッキリした気分になった。
 この証言で、ようやく完全に父との縁が切れたような気がしたからだろうか。

「……この証言は私が責任を持って陛下へと報告しておきます」

「頼みます!」「お願いします!」

 レオとカロージェロの関係はフィルミーノも説明を受けている。
 そのため、表情は変わっていないが、口調からレオのことを心配しているのが分かる。
 しかし、どんなことがあろうとも、王への報告は偽らない。
 この捕縛者2人から得た証言を、フィルミーノはしっかり報告することを告げた。
 それに対し、メルクリオとレオは軽く頭を下げ、フィルミーノに任せることにしたのだった。

「陛下! 調査官のフィルミーノから報告が届きました!」

「おぉ! 待っていたぞ。サヴェリオ!」

 他領の領主を殺害する命令を出した、ディステ領のカロージェロ。
 爵位を持っていないといっても、領主は王によって任命されている。
 その王命に対する反乱として、カロージェロを内乱罪として処罰するつもりでいた新王クラウディオ。
 調査官のフィルミーノから確実となる証拠も調査したその日に届き、これで逮捕に動けることになった。
 父であるカルノが王の時、特に目についた悪徳貴族の1つがこれで潰せるということに、クラウディオは喜びが隠せないでいた。

「案の定、ディステ伯がかかわっていたか……」

「これで奴も終わりですね」

 王のみが開ける封書を開け、クラウディオはフィルミーノからの報告に目を通す。
 そして、全て読み終えると、サヴェリオにも渡して読ませた。
 内容をザックリ言うと、強制隷属によって殺害依頼者はディステ領のカロージェロ伯爵だということが判明したということだ。
 最近の経済状況だけでも降爵させることも出来るが、今年のみの評価ではそれはできない。
 しかし、内乱罪となる証拠が出た今、逮捕し罰を与えることになる。

「よし! 今は領地へ向かっている所だろう。奴を捕えろ!」

「すでに手の者に捜索を開始させております」

「さすがサヴェリオ。手回しが良いな」

 この国に置いて、内乱罪の首謀者は死刑もしくは終身刑という重罪だ。
 今回のような事案だと、首謀者によって内乱罪と騒乱罪に分かれる。
 首謀者が平民なら騒乱罪となり、犯罪奴隷として数十年の強制労働を強いられることになり、刑期を終えても国外追放とされる。
 貴族が首謀者の場合、権力がある分民衆の扇動をしやすいため、騒動が国全土に広がることになるかもしれない。
 そのため、重罪を与えるのは当然だ。
 亡き妻の実家の領はもう潰れているため、ディステ領の血族はカロージェロと息子2人しかいない。
 血は繋がっていても、狙われたレオは廃嫡されている身のため、当然関係ない。
 カロージェロと息子2人を捕え、調査した後に処罰を言い渡す予定だ。
 そのためも、まずはその3人の確保をすべく指示を出したクラウディオだが、これまでの関係からそれを予期していた宰相のサヴェリオは、すでにカロージェロたちの居場所の調査を部下へと指示していた。
 優秀な右腕の仕事に、クラウディオは感心したように呟いた。

「報告します!!」

「ムッ! どうした!?」

 クラウディオとの話し合いをしていた時に、ちょうどサヴェリオが指示を出していた兵が執務室へと入って来た。
 待っていたカロージェロの現在地が判明したのかと思ったが、兵の表情が優れない。
 何やら嫌な予感のしたサヴェリオは、思わず声が大きくなってしまう。

「ディステ領領主カロージェロとその長男イルミナートを乗せた馬車は領地へとは向かわず、南へ向けて移動したとの報告が……」

「何っ!?」「何だと!?」

 葬儀と5日ミサも済み、カロージェロ親子は今日の内に領へ向かって馬車を走らせていると思われた。
 しかし、自分の領に向かうこともせず、全く関係のないはずの方向へ向かって馬車を走らせたということに、クラウディオとサヴェリオも驚きの声をあげた。

「奴め!! 襲撃の失敗を知って逃げ出したか!?」

「なんて切り替えの早い男だ!!」

 さすが悪巧みに関しての知恵は働く。
 襲撃失敗で自分の身に危険が及ぶと判断したカロージェロが、息子と共に逃げるつもりなのだとクラウディオたちは判断した。
 カロージェロのあまりにも素早い判断と行動に、2人は慌てたように言葉を交わす。

「南となると……、奴ら他国へと逃げるつもりかもしれません!」

「そうだ! 南に港町を持つ領主たちに指示を送れ!! カロージェロ親子の出港阻止、見つけ次第拘束させるんだ!!」

「了解しました!!」

 このまま逃がして他国へ行かれるわけにはいかない。
 どこの国に行こうが、反乱分子の奴らが受け入れられるとも思わない。
 しかし、国内外の後々のことを考えると、前王の時代に王家を舐めていた貴族の見せしめとして奴らの首は利用できる。
 前王とは違うということを示して国の緩みを正さないと、王としての自分のスタートが切れない気がしたのだ。
 クラウディオの指示を受けたサヴェリオも、同じ思いをしている。
 そのため、王都南に隣接する領全域に対し、速達鳥にて王命を飛ばしたのだった。





◆◆◆◆◆

「失礼します!」

「おぉ! よく来た」

 フィルミーノの調査がその日のうちに王へと届けられた翌日、カロージェロ逃走の報告がフェリーラ領のメルクリオにも届いた。
 そのため、メルクリオはすぐにレオたちを邸へ来るように呼び寄せた。

「カロージェロが逃走を図ったとか?」

「その通りだ。私が王都を出発してすぐ南へ向けて馬車を走らせたとのことだ!」

 メルクリオとしてもカロージェロの動向は気になっていた。
 デメトリアからの手紙による報告で、ことは急いだ方が良いだろうと、5日ミサが終了した翌日の早朝に王都を出ることをメルクリオは計画していた。
 王都に長居すれば、もしかしたら自分もカロージェロに命を狙われる可能性も感じていたからだ。
 奴が動く前に移動開始し、その危険もすぐに回避できたが、それでカロージェロは逃走を決意したのではないかと思えてきた。

「しかし、領にはフィオ……、次男のフィオレンツォが残っていたのでは?」

 フィオ兄上と言いそうになったが、すぐにもう関係ない人間だということを思いだしたレオは、すぐに言い直すようにメルクリオへ問いかけた。
 自分はともかく、カロージェロはイルミナートとフィオレンツォのことを大事にしていたと思える。
 逃げ出すにしても、フィオレンツォをどう逃がすつもりなのか首を傾げる。

「見捨てたようだな」

「なっ!! どこまで……!!」

 自分はともかく、大事にしていた息子までも平気で見捨てたという父に、どこまで汚い奴なのだといいかけたレオは怒りを通り越し、呆れて言葉が詰まってしまった。

「王都南の領土全域に向けて、カロージェロ親子を乗せた船を出港させるなと言う命を陛下がお出しになったが、止められるかは怪しいな」

 もしもカロージェロたちが王都から最短の港町へ向かったとなると、速達鳥による王命が届くころには日が暮れている可能性が高い。
 船全部を調べるとなると時間もかかる。
 もしかしたら、出港してしまってからの捜索となってしまうかもしれない。

「逃げたからと言って、奴を受け入れてくれる者がいるとは思えないがな……」

「……そうですね」

 メルクリオの言葉にレオも頷く。
 貴族とは言っても、内乱を企てた犯罪者。
 そんな人間を匿って、ヴァティーク王国との関係を悪くするようなことはしたくないはずだ。
 北に位置するノーサ帝国ならば実力主義のため能力があれば成り上がれるだろうが、あの親子にその実力があるように思えない。
 つまり、どこの国に逃げようと、これまでのような贅沢暮らしは不可能だろう。
 カロージェロ親子の逃走で、誰もがいまひとつスッキリしない終わり方になってしまった。





◆◆◆◆◆

「いや~……助かった!」

「本当だね……」

 南に逃げたカロージェロ親子は、海の上ではなくある邸にて一息ついていた。
 全速力で馬車を走らせたことが祟ったのか、馬車の車輪が壊れてしまった。
 御者に修理をさせていた時、たまたま遭遇したある(・・)貴族によって救われることになったのだ。
 しかもその貴族は、王から自分たち親子の捜索命令が出ていてもお構いなしに匿ってくれるということだった。

「我々を救って頂きありがとうございます!」

 その救ってくれた貴族に対し、カロージェロは再度頭を下げる。
 そして、その者の名を呼んだ。










「ムツィオ(・・・・)伯爵(・・)!」

「えっ? 私も王都へ……?」

「あぁ!」

 レオ暗殺を謀った首謀者であるカロージェロ親子の逃走から2日経った。
 結局、どこの領からも発見、捕縛の報告は上がってこなかった。
 そのため、他国への亡命の阻止が間に合わなかったのだと判断することになった。
 事件も終了したのでレオたちもそろそろ島へ帰ろうかと思っていたのだが、またもメルクリオに邸に呼ばれることになった。
 そして、メルクリオから告げられたのは、王都への招集だった。

「今回のことにより、私とレオに陛下から感謝の言葉と共に報奨を下賜されるそうだ」

「っ!! へ、陛下自らですか!?」

「あぁ!」

 カロージェロたちには逃げられてしまったが、今回のことで多少の役には立ったとは思う。
 しかし、伯爵のメルクリオならともかく、平民の自分に国王と直接会えるような機会があるとは思っていなかった。
 そのため、突然のことでレオは慌てた。

「良かったじゃねえか! レオ!」

「はい。……しかし、どうして……?」

 付き添いで来ていたファウストは、レオが陛下と面会できると聞いて喜んだ。
 ギルマスをしていたこともあり、ファウストは貴族との付き合いは何度もある。
 しかし、国王に会えるようなことは一度もなかった。
 それだけ貴重で幸運な機会が訪れたのだから確かに喜ばしいことだが、レオからするとそこまでの理由なのか首を傾げたくなる。

「宰相のサヴェリオ殿からの話だと、陛下はヴェントレ島に送られたレオのことが気になっていたらしい。どんな人間なのか見てみたいのかもしれないな」

「私を……ですか?」

 その話を聞いて、レオはますます分からなくなった。
 自分がヴェントレ島の領地になったのは前王のカルノの時だ。
 そのため、現陛下に興味を持たれる心当たりがない。

「まぁ、呼ばれているんだから行かない訳にはいかない。明日には出発するから用意してくれ」

「畏まりました」

 どうして興味を持たれたのかは分からないが、ともかく王に呼ばれて行かない訳にはいかない。
 生まれ育ったディステ領の今後のことも気になるし、レオはメルクリオと共に王都へ行くことになった。
 謁見時の礼儀作法とかは一応小さいときに教わっていたので大丈夫だとは思うが、王や他の貴族に失礼なことをしないか不安で仕方がない。

「大丈夫! 出来る限り私がフォローするから」

「ありがとうございます!」

 後ろ盾になるといったのは嘘ではない。
 レオのことも色々と報告を受けているので、心配の気持ちになるのも分からなくもない。
 幼少期から病弱で貴族の集まるようなパーティーに顔を出したことがないため、レオの不安な思いを読み取ったメルクリオは、王都でのフォローを約束した。
 心強い言葉に、レオは少し肩の力を抜くことができた。

「ファウストも護衛の彼らと共に引き続きレオの側に付いていてくれるか?」

「了解しました!」

 護衛として島から付いてきているドナートとヴィート。
 最初にこの邸に来た時からメルクリオと顔を会せている。
 話し合いの最中は別の部屋で待機してくれているその2人と共に、ファウストも王都まで付いてきてくれることになった。
 知り合いがいるだけでだいぶ気分が楽になるから不思議だ。

「では、明日また迎えを寄越すからよろしく」

「はい!」

 島を出た当初は、捕縛者から情報を得たら後はお任せして帰るつもりだったが、どうやらそうもいかないようだ。
 まさか王都にまで行くことになるとは思わなかったが、折角のいい機会だ。
 こうなったら王都も見て島の発展の参考にさせてもらおうと、レオは考えを切り替えたのだった。





「出発してくれ!」

「はい!」

 翌日、メルクリオの指示により、馬車が走り始めた。
 レオはファウストと共にメルクリオの馬車に同乗している。
 御者台の側にスペースがあるため、ドナートとヴィートはそこに座って同じ馬車に乗っている。
 屋根の上には闇猫のクオーレが待機していて、レオのポケットの中にはエトーレもいる。
 馬車の前後にはフェリーラ領の騎士たちが護衛に着いている。
 事件も解決したのでそこまで厳重にする必要は無いと思ったのだが、盗賊はレオたちが潰した者たちの他にもいるため、いつどこで現れるか分からないための処置だそうだ。

「報告が入った。フィオレンツォが捕縛されたそうだ」

 出発して少しして、メルクリオが入って来た情報を教えてくれた。
 昨日レオたちが帰った後に入った情報のようだ。
 ディステ領の領主邸に向かった兵により、フィオレンツォが逮捕されたとのことだった。

「兵が来るまで、いつものように女遊びをしていたそうだ」

「……そうですか」

 昔から節操のない男だったが、捕まる寸前までとは呆れてしまう。
 何度も思ったことだが、自分と血が繋がっているのが不快で仕方がない。

「最後まで愚かな人間でしたね……」

「全くだ……」

 父に裏切られたとも知らず、小指の爪ほどの同情があったのだが、それすらもったいなかったと思えてきた。
 レオと同様に思っていたのか、ファウストも同意するように呟いた。

「それよりも、ディステ領の家の者たちはどうなるのでしょうか?」

 すぐに処刑されるフィオレンツォのことはもうどうでも良い。
 それよりも、レオは家に仕えてくれていた者たちのことが気になった。
 ベンヴェヌートと数人の使用人以外深くかかわることはなかったが、彼らには酷い扱いを受けたことはない。
 むしろ、父や兄たちが毎回迷惑をかけて申し訳ないと思っていたほどだ。
 彼らが今回のことに関わっているとは思えないが、もしかしたら関係者として裁かれるのではないか不安になった。

「安心したまえ、家で働いていた者たちは関与していない様子だった。だから彼らにはお咎めは無い」

「……良かったです」

 メルクリオの言葉で、レオは安心したように息を吐いた。
 関係ないのに巻き込まれて捕まってしまったと考えたら、彼らに申し訳ない所だった。

「だが、仕えていた主人がいなくなってしまったのだから、今後の働き口を探すことになるだろうな……」

「……そうですか」

 お咎め無しなのは良かったが、今回のことでディステ家は廃絶の処置がとられる。
 そのため、彼らはいきなり職を失うことになってしまった。
 結局迷惑をかけることには変わらず、レオの表情は曇った。

「まぁ、伯爵領が宙に浮いたんだ。継いだ貴族の中に雇ってくれる者がいるはずだ」

 法衣貴族の中には経営関係で能力のある者もいる。
 先代の王の時はそういった者を放置していたが、恐らくクラウディオは彼らにディステ領を分配するつもりだろう。
 今のディステ領の経営状況を改善するためには当然の処置だ。
 その貴族の中には、使用人の費用を抑えるために、ディステ家で働いていた使用人たちを雇おうと考える者もいるはずだ。
 1から集めたり育てたりするのは、その分資金がかかるから当然の考えだ。

「フィオレンツォの首だけというのがしっくりこないが、他の貴族への見せしめにはなるはずだ。まともな貴族が引き継ぐはずだから、ちゃんと見定めてくれるはずだ」

「そうですね。彼らはあの父たちに仕えていたくらいですから有能な人たちばかりです。きっと働き口が見つかるでしょう」

 これまで父たちのような面倒な人間を相手にしていたのだから、次に仕える相手はきっと楽に働けるはずだ。
 彼らの腕なら必ずどこかの貴族が雇ってくれるだろう。

「後は我々への報酬だが、それは陛下でないと分からんな」

「そうですね。僕は陛下からのお言葉だけでもありがたいです」

「欲がないな……」

 報酬に関しては王が決めることなので、何がもらえるのか分からない。
 恐らくは賞金の贈与だとは思うが、確証はない。
 何がもらえるのか密かに楽しみな自分に対し、レオが偽りない笑顔で王からの言葉だけで良いという。
 その欲のなさに、若い頃の自分を見るような思いがしたメルクリオだった。

「そんなに緊張するな。失礼なことでも言わない限り何も起こらない」

「は、はい。しかし、こんなことになるとは思ってもいなかったので……」

 玉座の間にて、メルクリオの後方に位置して立つレオ。
 これから目の前の玉座に陛下が御成りになると思うと、心臓が口から出てきそうなほどの緊張に苛まれる。
 その顔を見たメルクリオは、緊張をほぐそうと優しく話しかけてきた。
 領主とは言っても成人したての少年がこのような場所に立つとなると、たしかに緊張するなと言うのが無理かもしれない。
 自分も初めてこの部屋に来た時のことを思いだすと、似たような表情をしていたかもしれないと、なんとなく懐かしい思いがした。
 部屋の周りに立つ兵たちも、レオの初々しさに微笑みを浮かべている。

「大丈夫だ。もしもの時には私もフォローする」

「よ、よろしくお願いいたします」

 王都に着いてからこれまででも、メルクリオには世話になっている。
 寝床としてフェリーラ領の領邸に泊めてくれたり、謁見するための衣装も無償で提供してくれた。
 これ以上世話になるのも気が引けて、結局レオの緊張は解けることはなかった。

「皆の者! クラウディオ陛下の御成りだ!」

 玉座の間に宰相のサヴェリオが登場し、玉座の間に響くように声をあげる。
 その言葉を聞いたメルクリオとレオは、頭を下げて片膝をついた状態でその場に座った。
 部屋の中が静寂に包まれた中、王であるクラウディオが入ってきて玉座へと向かった。

「面を上げよ!」

「「ハッ!」」

 指示に従い、短い返事と共にメルクリオとレオは顔を上げる。
 顔を上げた先には、装飾品などは付けていないのにもかかわらず、王としてのオーラのようなものを纏ったクラウディオが玉座に腰かけていた。

「お目にかかれて光栄です。フェリーラ領領主メルクリオ・ディ・フェリーラ。ヴェントレ島の領主レオポルドと共に参上いたしました」

「うむ! よくぞ参った」

 王に聞かれた時に返答するのは基本貴族のメルクリオの役割。
 そのため、レオは黙って頭を下げる。
 なんとなくクラウディオ王と目が合ったような気がしたレオは、慌てて目を下に向ける。

「首謀者の逃げ足が速く捕まえられなかったのは残念だが、今回の件でのそなたの迅速な報告と行動を褒めてつかわす!」

「ありがとう存じます!」

 逃げたカロージェロ親子のことを思いだして若干眉をひそめたが、メルクリオの行動に全く落ち度はない。
 そのため、クラウディオはすぐに表情を元に戻し、笑顔でメルクリオのことを評価した。
 その評価の言葉に、メルクリオは頭を下げて返事をした。

「レオポルドとやら!」

「はっ!」

 爵位のない自分が王に面会することへの緊張で、レオは目を合わせることができずクラウディオの足下にばかり目が行っていた。
 しかし、クラウディオに声をかけられたため、レオは返事と共に視線を上げた。

「う~む……」

「……?」

 名を呼ばれ、レオは何を言われるのか期待していたのだが、レオの顔を少しの間見つめたクラウディオは、何か考え込むような声を呟く。
 その呟きに、レオは自分の顔に何かおかしな事があるのか、もしくは何か失礼なことでもしたのだろうかと不安と不思議な思いに包まれた。

「カロージェロによって魔物の蔓延るあの島に送られたと聞いたときは、すぐにやられてしまうと思っていたが、まさか小さいながらも村を作るまでに至るとはたいした手腕だ」

「ありがたきお言葉」

 自分が島へ行くことになったほぼ1年前は、まだ王太子の立場だったはず。
 それなのに、クラウディオは自分のことを気にかけていてくれたようだ。
 そのことだけでも嬉しかったが、自分がコツコツやっていたことが評価され、レオは嬉しくなりにやけそうになるのを抑えて頭を下げた。

「さて、今回お主たち呼び寄せたのは褒賞の話だ。サヴェリオ!」

「ハッ!」

 簡単な挨拶のような会話が終わり、本題となる褒賞の話になった。
 そして、クラウディオが名を呼ぶと、サヴェリオは褒賞が書かれているであろう書類をクラウディオへと渡した。

「ディステ領は幾つかの地域に解体し、数人の貴族にそれぞれの地域の経営をするように明け渡す。その中には私が信用している貴族とメルクリオ傘下の貴族を選出する!」

「おぉ! ありがたく存じます!」

 フェリーラ領の領主であるメルクリオに、更に領地を与えたいところではあるが、そうなるとディステ領は飛び地になるため管理しにくい。
 それに、他の貴族としても巨大な領地を1人の貴族が持つことに、納得や許容しない者も出てくるかもしれない。
 特にメルクリオより上の爵位である侯爵や公爵位の者たちは、いい気がしないかもしれない。
 そのため、メルクリオには直接渡さないが、メルクリオ傘下の貴族に与えることにより、間接的に影響力を大きくすることを意味している。
 領地を持てずに燻っていた者たちは、これによりメルクリオに感謝することだろう。
 しかし、折角分配できる地を得たのに、メルクリオの傘下だけで分けてはこれまた文句が出る。
 そのため、自分が王太子時代に目を付けていた者たちも入れて、多くの者に分け与えたと文句を言わせないようにするという処置だ。

「メルクリオ! そなたにはさらに褒賞金を贈る!」

「ハッっ!」

 自分の傘下の貴族たちに領地を与えられる事だけで、メルクリオとしては今回の報酬としては充分だ。
 近くの領地で起きた事件が、巡り巡って自分に上がってきたものを、そのまま陛下へ報告したに過ぎないからだ。
 それなのに、さらに賞金までもらえることになり、メルクリオは内心でますますレオのことを気に入った。

「そして、レオポルド!」

「ハッ!」

 メルクリオが高評価されているのを見て、レオは密かに嬉しく思っていた。
 これでフェリーラ領との関係は強いものになった。
 もしもの時にエレナのことを頼んでも、きっと保護してもらえると安心した。
 自分には何かしらの言葉を与えられて終わりだろうと、内心では思っていた。

「今回のこと、それに領地の経営手腕の褒美として……」

 今回のことで何か言葉をもらえるとは思ってはいたが、まさか島の経営についてまで褒められ、レオとしては嬉しい限りだ。
 フェリーラ領の領都や初めての王都も見られたし、危険ではあったがある意味有意義な視察になったと思う。
 そのうえ、会えることはないだろうと思っていた陛下にも会え、もう充分満ち足りた思いをしていた。
 そして、その状態のレオへ、クラウディオは少し間を置いて僅かに口角を上げると、驚きとなる続きの言葉を告げてきた。

「そなたに騎士爵の爵位を贈る!」

「…………」

「……レオ!」

 騎士爵位。
 この国において貴族と呼ばれる爵位は、上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の6つになっている。
 騎士爵は最下位の爵位ではあるが、れっきとした貴族位だ。
 まさかの爵位の授与に、レオは理解が及ばず頭が真っ白になる。
 そのため、返事が遅れてしまい、メルクリオは小声でレオへ注意を促す。

「あっ! ありがたき幸せ!」

 ようやくクラウディオの言葉を理解したレオは、メルクリオの言葉に反応して慌てたように頭を深く下げた。
 理解したとは言っても、まだ現実感が得られず、今すぐにでも頬をつねって夢かどうか確認したいところだ。

「今後はレオポルド・ディ・ヴェントレを名乗るがよい」

「畏まりました! 陛下とこの国のため、誠心誠意がんばります!」

 騎士爵のため、人を集めての大々的なものではないが、この場でクラウディオの剣がレオの肩に添えられる。
 簡易的な授与式ではあるが、これによりレオは平民から爵位を得ることになった。
 以前のディステと言う家名がなくなってから1年で、新しい家名を得ることになった嬉しさと共に、今後もこの国のために島を発展させようと決意したレオだった。

「何故だ!? 何故伯爵の子である俺が捕まらなければならないんだ!!」

「うるさいぞ! 黙れ死刑囚!!」

 王都にある刑務所の中で、後ろ手に手錠をはめられ、脚に逃走防止の鉄球を付けられた1人の男が大声で叫んでいた。
 ディステ伯爵家の次男であるフィオレンツォだ。
 いつものように町で女を捕まえ、一日好き勝手に遊んで目を覚ますと、いきなり王の使いと言う兵が実家の邸に乗り込んできて、抵抗する間もなく拘束された。
 そして、そのままこの刑務所に送られるということになり、フィオレンツォは何が何だか分からない状況だった。
 あまりにもうるさいため、刑務兵は黙るようにフィオレンツォに向かって怒鳴り散らした。

「死刑なんて間違いだ!! あの裁判は無効にしろ!!」

 王都に着いたその日、フィオレンツォの裁判はおこなわれた。
 弁護人も付いてはいたが、弁論の余地のない証拠の提示にお手上げ状態。
 結局、裁判官の全員の意見が一致し、内乱罪の他にも、婦女暴行、誘拐罪、暴行罪、傷害罪など付けられるだけの罪を重ね付けし、フィオレンツォには死刑という罪状が申し付けられたのだった。
 ちゃんとした調査の下おこなわれた裁判のため、フィオレンツォの再審請求なんて通じる訳もなく、ただの自分勝手な主張に過ぎない。

「全く……、こんなのが兄だなんて、レオポルド様(・)もついてないとしか言いようがないな……」

「様(・)!? 貴様何故あの疫病神のガキに様付けなんかしてるんだ!?」

 刑務兵の嘆くような呟きの中に、フィオレンツォには聞き捨てならない言葉があった。
 母や祖父の死を招いた(フィオレンツォの勝手な思い込み)とされるレオポルドのことを、この目の前の刑務兵は様付けで呼んでいる。
 領主とは言っても、魔物だらけの島の平民にそんなことをしているこの兵が異様に感じたのだ。

「口を慎め死刑囚! レオポルド様は貴様らの悪事を暴いた功績と、領地経営の手腕を買われて陛下から騎士爵位を賜ったのだ!」

「……爵位? あのガキが……?」

 刑務兵の説明を受け、フィオレンツォは目を見開き固まった。
 自分は死刑を言い渡されているのに、あのディステ家にとって疫病神でしかないレオポルドが評価されている。
 しかも、国王から爵位を賜るほどに評価されている理由が理解できなかったのだ。

「爵位を継げない伯爵の子でしかない貴様と、騎士爵とはいえ爵位持ちのレオポルド様では地位が違う。弟と言えど他家の貴族を呼び捨てにするなど不敬だぞ!」

 貴族の爵位は、法衣貴族(領地無し貴族)でない限りその当主が決めた次期当主にのみ世襲できる。
 国と言っても土地は有限のため、新しく評価を得て貴族位を得ても、領地を与えたくても与えられない有能貴族はいる。
 逆に領地持ちの場合、無能でも爵位を受け継げるから厄介な話だ。
 今回のように、伯爵領と言う大きな土地が、頭のおかしい長男に引き継がれるところだった。
 しかし、フィオレンツォは次男だ。
 イルミナートの身に何かが起きない限り爵位を継ぐ事など不可能。
 もしも、フィオレンツォが爵位を得たいなら、何かしらの功を上げて評価を得るか、どこかの貴族の娘の婿として他家の貴族位を受け継ぐしかない。
 婿に行っていない状況のフィオレンツォは、ディステ伯爵家の次男と言うだけで、爵位がある訳ではない。
 逆に、レオは最下位ながら爵位持ちになっている。
 そのため、地位はレオの方が上に位置しているため、伯爵の息子であろうと兄であろうと、侮辱行為は不敬罪に相当する。
 その前にフィオレンツォは死刑囚だ。
 カロージェロの爵位も剥奪されることになったし、平民以下の犯罪者でしかない。
 レオのことを呼び捨てにする事すら許されないほど、2人には差が広がっているのだ。

「フザケルナ!! 何であのクソガキが爵位を受けてんだ!! 騎士爵でもいいから俺に寄越せ!!」

「……何だと?」

 フィオレンツォの言葉に、刑務兵の男はこめかみに青筋を立てた。
 言うに事欠いて、死刑囚が爵位を寄越せと宣ったのだから無理はない。
 しかも、先程注意したのにもかかわらず、レオのことをクソガキ呼ばわりする始末だ。
 刑務兵の男は怒りの表情を浮かべながらフィオレンツォの牢のカギを取り出し、カギを開け始めた。

「おぉ! ようやく俺を解放する気に……」

 鍵を開けて牢の中に入って来た刑務兵に、フィオレンツォは自分に都合のいい解釈をした。
 後は手錠と足の鉄球を外せば好きに動ける。
 その解放をされると思っていたのだが、

「ふがっ!!」

 フィオレンツォの言葉を無視したように、入った瞬間思いっきり振りかぶった刑務兵の右ストレートがフィオレンツォの左頬へクリーンヒットした。
 それにより吹き飛んだフィオレンツォは、背中を強かに壁へと打ちつけた。

「きひゃま(貴様)! らりを(何を)……」

 抗議をしているようだが、殴られたことでフィオレンツォの頬は腫れあがり、何を言っているのかいまいち分からない。
 その抗議を無視し、刑務兵はゆっくりと座り込んでいるフィオレンツォに近付いて行く。

「上から処刑日まで殺さなければ貴様を好きにして良いとして言われている。つまり貴様は生きたサンドバッグという訳だ……」

「ひょんな(そんな)!!」

「ハァ!? 何言ってっか分かんねよ! オラ!」

「うぐっ!! や、やめ……」

 貴族の中には、フィオレンツォのように親の威光を笠に着て好き勝手に蛮行を働く者がいる。
 兵たちは逆らうことができず、そういった者の命を黙って従うしかない場合がある。
 下級貴族や平民上がり兵には、そう言った者への恨みが溜まっている。
 フィオレンツォのこれまでの態度で、この刑務兵もその時の怒りが再燃したようだ。
 こうなったのは完全にフィオレンツォの自爆と言って良い。
 刑務兵の憂さ晴らしとして、フィオレンツォは痛めつけられていった。

「オイオイ! そろそろ代わってくれよ!」

「おっと、そうだな! ほらよ! 回復薬だ!」

「……?」

 顏や体を何発も殴られ、意識を失う寸前で他の刑務兵から声がかかる。
 そして、その声に反応するように、さっきまで殴っていた刑務兵はフィオレンツォに回復薬をかけて怪我を治しにかかった。
 怪我が少しずつ治って痛みが引てくると、いつの間にか刑務兵が数人フィオレンツォの牢を囲んでいた。
 フィオレンツォがその意味が分からずにいると、さっきまでの刑務兵は声をかけてきた刑務兵と入れ代わるように外へと出て行った。

「気を付けろよ。殺したら俺たちが死刑になるぞ」

「あぁ! 手加減はするさ」

「……へっ?」

 外に出たさっきの刑務兵から、中に入った刑務兵に声がかかる。
 たしかに上官からは好きにして良いと言われているが、フィオレンツォは衆人環視の下で磔にした後、斬首されることになっている。
 他の貴族への見せしめの意味もあるため、それができなくなるようなことになったら大問題になる。
 そのため、殺さない程度にしておけと言う意味での忠告だ。
 言われた方も当然理解しているが、昔の恨みの発散で力が入ってしまうかもしれない。
 そうならないように自分を諫めつつも、この刑務兵は昔の恨みの憂さ晴らしを計ることにした。

「こいつの飯に虫でも入れてやろうか?」

「ハハハ! それ良いな!」

 回復しては殴られ、回復しては殴られ、何度フィオレンツォが命乞いをしても刑務兵たちの暴力は治まらなかった。
 結局、一通りの刑務兵の憂さ晴らしと言う名の暴力を受け、怪我を治されたフィオレンツォは多くの者から向けられた憎悪に対する恐怖で、部屋の隅に蹲り、俯いて震えるしかなかった。
 しかし、裁判で多くの女性を傷つけていたことが判明しているため、刑務員たちはまだ治まりが付かないでいた。
 そのため、更に惨めな思いをさせてやろうと、提供される食事の中に虫でも入れてやろうかという話になった。

「恨むんだったら、これまでの貴様のおこないと、見捨てて逃げた貴様の親父たちに向けるんだな!!」

 死刑執行前夜、因果応報で自業自得の仕打ちを受けた日から牢で静かに蹲るようになったフィオレンツォは、刑務兵のこの言葉によってようやく自分のこれまでの行為に謝罪の涙を流した。
 そして翌日、自分を見捨てて逃げた父と兄のことを恨みながら、フィオレンツォは衆人環視の下斬首の刑に処せられたのだった。