「フンッ! フンッ!」
いつもの早朝、レオは剣を振って汗を流していた。
昔のように寝込むことがなくなってからは、健康のためにも体を鍛えようと思い、この島に来てから始めた習慣だ。
「精が出るな……」
「あっ! すいませんガイオさん。うるさかったですか?」
素振りをしていたら、レオの下へガイオが杖を突きつつやってきた。
怪我をしているので、もしも困った事があった時のためにレオの家で一緒に暮らしているのだが、もしかしたら素振りをしている音が気になったのかと思い、レオは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、気にしなくていい。寝てばかりでは暇で仕方がないからな」
左脚の脛骨(すねの内側の骨)を骨折してしまい、骨が付くまで大人していなくてはならないため、ずっと座りっぱなしの日々にガイオもいい加減飽きてきていた。
そのため、少し早く起きてしまったら丁度レオが素振りをしている音に気が付いたのだ。
「剣の練習をしていたのか?」
「はい! そうだ! ガイオさんは剣が得意だって聞いたのですが?」
「ドナートたちから聞いたのか?」
「はい!」
ガイオの問いかけに対し、レオはあることを思い出した。
ドナートたちから、ガイオは剣が得意だという話を聞いていたのだ。
誰に聞いたのかをすぐに察したガイオが問いかけると、予想通りの答えが返ってきた。
「よかったら、指導してもらえませんか?」
「別にいいが、教えるなんてしたことないな。型を見るくらいでいいか?」
「はい!」
エレナの祖父のフラヴィオに拾われ、セバスティアーノと共に武術の訓練を施されたこともあり、剣術の型は一通り学んでいるが、そこからはガイオが独学に近い形で鍛えてきたため、人に教えるというのはしたことがない。
出来ることと言ったら、基本の型を見てやることぐらいのものだ。
ガイオから了承を得たレオは、木剣を構えて素振りを見てもらうことにした。
「フンッ! フンッ!」
「………………」
剣を振って、レオはガイオへ色々な型を見せる。
その様子を、ガイオは黙って見ているだけだった。
「……自分一人で練習していたのか?」
「えぇ」
一通り型を見せて軽く息を切らしているレオへ、黙っていたガイオが問いかける。
その問いには、若干不思議そうなニュアンスを含んでいるように思える。
「う~ん」
「あの……、どこか悪いでしょうか?」
レオの答えに対し、ガイオは顎に手を当てて考え込むような声を漏らした。
その反応を見て、自分の剣の腕が良くないのかと判断したレオは、不安そうに問いかける。
「いや、悪くない。一人で基本の型がまあまあできているのが不思議なだけだ」
レオに勘違いさせてしまったようなので、ガイオはすぐにそれを否定する。
ガイオが悩むような声を出したのは、完全独学と言っている割には、自分勝手に振り回すようなわけでもなく、レオの剣にはちゃんと型ができているような気がしたからだ。
少しでも誰かに指導を受けていないと、このように振れるようになるとは思わないため、レオが嘘を言っているのではないかと思えてくる。
「何か色々混じっているようでもあるが……」
「僕は昔病弱だったので、本はたくさん読みました。そのなかにはこの国や他国の剣術の本もあったので、それが混じっているということだと思います」
「それを覚えていたとしても、そう簡単にできると思えないんだが……」
レオはこの国の剣術を元にして、他国の剣術も取り入れた型を練習している。
それがガイオの言う、混じっているという感想なのだろう。
たしかにそう言われれば、見たことある他国の剣術が混じっていたように思える。
しかし、本で色々と学んだからと言って、それができるようになるかと言ったらそうではない。
他流の剣術を取り入れるというのは、ある程度自分の剣が確立した者がやるようなことだ。
それを、本を見ただけでおこない、ちゃんと型になっているというのがガイオとしてはなんとなく納得できない。
「教えることはないかもな……」
「えぇ?」
「ちゃんと型になっているからそのままでいいということだ」
「な、なんだ……」
折角人に教えてもらえるようになったというのにもう匙を投げられたと、レオはショックを受けたように驚いた。
素人考えで他の剣術を混ぜたのは間違いだったと後悔し始めるレオに、ガイオはすぐ訂正を入れる。
まだたいした期間訓練したわけではないが、一生懸命にやって来た事が無駄にならなくて安心したレオは、一気に肩の力が抜けた。
「後は実践だな……、よしっ、かかってこい!」
「えっ!?」
近くに落ちていた手ごろな棒を拾い、杖を突いてレオの前に立ったガイオは、まさかの発言をしてきた。
強いのはなんとなく分かるが、稽古を付けてもらうにしてもガイオは骨折している身。
まだちゃんと骨も付いていないのに、打ち込むにはレオとしては気が引ける。
「大丈夫だ。俺はここから動かない」
「……わ、わかりました!」
動かないと言われても、踏ん張りがきかないのではないかと思える。
そんな状態の人間相手に打ち込めるほど、レオはまだ強い心を持っていない。
しかし、自信ありげなガイオに、そこまで実力差があるのかという思いから試してみることにした。
“バッ!!”
「おっ! 思ったよりも速いな」
「っ!!」
木剣を構えて一気に接近し、レオはガイオへ木剣を上段から振り下ろす。
全力とまではいかないまでも結構な力を込めた一撃だが、片手に棒を持つガイオにアッサリと防がれる。
背も高く、比較的ガッシリした体格のガイオから受ける印象としては、力強い豪剣という思いがしていたのだが、止められた時の感触は柔らかいものを叩いたような感触と言った感じだ。
上手いこと力を分散された防御に、レオは驚きながら一歩下がる。
「ハッ!!」
「っと!」
初撃を防がれたレオは、今度は胴へ目掛けて剣を横薙ぎに振る。
しかし、その剣はガイオが腰を引いただけで空振りに終わる。
「ハッ!」「タアッ!」
その後もレオは上下に向けて攻撃を仕掛けるが、ガイオは棒を使ったり、躱したりすることで防ぎきってしまう。
「フンッ!!」
「あぁっ……!!」
レオが攻撃を続けているうちに息が切れてきたのを待っていたかのように、ガイオはレオの木剣を弾き、そのまま振り下ろした棒を当たる前で止める。
最後の一撃だけ印象通りの豪剣に、レオは手玉に取られた思いがした。
「ハァ、ハァ……、ほんとに一歩も動かせなかった」
最初の宣言通り、ガイオは結局動くことはなかった。
そのことに、レオは息を切らしつつ悔しがるが、その表情は楽しそうだ。
「レオ、いくらなんでもそりゃ無茶だ! 俺たちが二人がかりでも勝てねえんだから」
「あっ! ドナートさん。ヴィートさん。そうなんですか?」
懸命にガイオへ攻撃していたために気付かなかったが、いつの間にかドナートたちがレオの側に立っていた。
どうやらさっきの訓練を見ていたようだ。
レオが悔しそうにしていることに、2人はそれを当然と言うように笑顔で話しかけてきた。
2人とも弱っていたオーガが相手だったとは言っても、あっという間に倒してしまったことから考えるとかなりの実力者のように思える。
そんな2人が揃って勝てないなんて、レオには信じられないような情報に驚く。
「鈍っている今なら1対1で勝てるんじゃねえか? 何なら今やるか?」
「「……いや、いいっす!」」
確かに片足骨折している今のガイオなら何とかなるかもしれないが、2人はこれまでの経験からガイオとの稽古にはトラウマを感じている。
たとえ勝てたとしても、怪我が治った後が怖いので、2人とも声を揃えてガイオの誘いを辞退したのだった。
「今日も暑いですね……」
「そうだね。クオーレも日陰から出たがらないね」
ガイオとの稽古を終了したレオは、エレナと共に畑に水やりを始める。
島の気温はかなり上昇しており、住民のみんなも暑さをしのぐために近くに流れる川や海岸へ行って、涼をとるようにしている。
闇猫のクオーレは、いつもレオの側に居たがるのだが、熱さが嫌なのか家の日陰で横になっている。
「人形さんたちは偉いですね……」
「本当に助かるよ」
みんなは休憩をいれてそれぞれ仕事に動いているが、レオのスキルによる人形たちはこれまでと変わらずに動いている。
ロイたち戦闘用の人形は周辺にいる魔物の退治へ向かい、小さい布人形たちは民家建設用の柱への細工をせっせとおこなっている。
その様子を見ていると、自分の能力で動いているとは分かっていても、エレナの言う通り不思議と偉いと思えてくる。
「暑いから速く水をあげて、僕たちも休もうか?」
「そうですね」
人形たちと違い、人間は熱い日差しに晒されていると熱中症になってしまう。
特にお嬢様育ちのエレナのことを考えると、麦わら帽子を被っていると言ってもあまり長い間外に出ているのは良くないだろうと思い、レオは水やりを少し速めることを提案する。
エレナはそんなこととは知らず、ただレオの提案に賛成し、水やりの速度を上げたのだった。
「……フッ!」
「ずいぶん機嫌がいいですね?」
「うるせぇ……」
稽古をつけた後、脚が治るまで安静にしているしかないガイオは、クオーレの側で座ってレオとエレナのやり取りを見ていた。
無邪気な二人を見ていたガイオが思わず笑みを浮かべていると、いつの間にか側にセバスティアーノが立っていた。
眉にシワが寄っていることが多かったガイオが、楽しそうにしているのをセバスティアーノが長年の付き合いから察する。
しかし、その言葉に照れたのか、ガイオはすぐにいつもの表情へと戻ったのだった。
「今朝、お前も見ていただろ?」
「えぇ……」
見ていたというのがガイオと稽古をしていたレオのことだ。
2人はエレナのためにこの地に住むことに決めたが、領主であるレオのことが気になっていた。
特殊なスキルを持っているのは分かったが、使いこなすレオ自身の能力がどんなものかということだ。
元々は病気がちだったという話で、あまり期待をしていなかったのだが、訓練を始めて数か月という段階でなかなかの実力をしているのが感じ取れた。
元々才能があったのか分からないが、その成長はかなりのものがあるように思える。
「魔物を倒せば強くなる。レオを見ていると本当かもしれないな……」
その成長の一端は、もしかしたらレオの言っていたことが事実なのではないかと考えるようになってきていた。
誰が広めた説なのかは分からないが、本当ならこの先が楽しみに思えてくる。
「……しかし、魔物なら俺も結構倒しているんだが……」
レオを見ていると説が本当だったのではないかと確かに思えてくるのだが、そうなると自分はどうなるのだろうか。
それに、冒険者にも多くの魔物を倒している人間はゴロゴロいる。
その中には一流とは言い難い者も含まれている。
説が正しいのであれば、誰もが一流の能力を持った人間になれるのではないかと思える。
「恐らく、彼のスキルが原因かも……」
「……どういうことだ?」
セバスティアーノもガイオと共に多くの魔物を倒した経験がある。
今の2人はかなりの実力者だが、それは魔物を倒したことによることと言うより、厳しい戦いを潜り抜けて来たからだと考えている。
しかし、レオを見ていて説が真実と仮定するならば、思いつく考えがセバスティアーノにはあった。
自分の疑問の答えを知っているかのようなセバスティアーノの呟きに、ガイオは答えを求めるように問いかけた。
「人間が1人で戦える数は限られていますが、彼の場合は違う……」
「なるほど、スキルで動かしている人形たちが倒した魔物もレオの力になるとすると、人の何倍も速く力の上昇が得られるってことか?」
「えぇ……」
魔物を沢山倒すにしても、人間1人が一度に戦える数には限界がある。
それに引きかえ、レオの場合は人形を増やせば増やした分だけ戦える数は増えていく。
説通りに微弱な上昇だとしても、レオなら何倍もの速度で上昇することが考えられる。
「それに、冒険者の場合などは数人で戦うため、能力アップがあるとしても分散される可能性が考えられますが、彼の場合は1人で総取りです」
ある程度対応可能な魔物であっても、安全性を確保するために数人で戦うのが基本になっている。
能力アップを単純に人数で割ったとすると、更に分からないほど微弱な上昇しかもたらされないことになる。
レオの場合は人形自体が個人の能力になるので、人形たちが倒せば全てがレオに集約されることになる。
「しかも、人形を動かすのは魔力のみ、魔物を倒せばその魔力も上がり更に動かす人形を増やすことが可能になる」
「更に加速的に能力が上昇していく……?」
「仮定の話ですが……その通りかと」
「…………」「…………」
全体の能力が上昇すれば魔力も上昇し、その魔力を使って人形を増やせばレオはその分更に上昇する。
仮定とは言っても、人の何倍もの速度で強くなっていく可能性が考えられた2人は少しの間無言になってしまった。
「……人形のことばかり考えていましたが、彼自身が強力な強さを持つようになるかもしれませんね」
「……何だか寒気がしてきたな」
「私もです」
スキルで動く人形にばかり目が向いていたが、人形よりもレオ自身の方がとんでもない大物になるかもしれない。
仮定が正しかった場合のことを考えると、2人は表情が強張った。
そして、この気温の暑さにもかかわらず、何故だか身震いがして鳥肌が立ってきた。
「いや~、暑いですね……」
「あぁ、そうだな……」
2人が話していたところに、当の本人であるレオが水やりを終えてエレナと共に戻ってきた。
さっき話していた内容から考えると、とても大物になるような雰囲気を感じない。
そのギャップに、ガイオは何とも複雑な思いに気が抜けてしまいそうだ。
「今日のお昼は何か冷たい料理がいいかな……」
「そうですね」
「ピエトロさんにお願いしてこようかな……」
エレナと共にこの地へ逃れてきた料理担当をしているピエトロという男性が、島のみんなの分の食事を用意している。
彼を休ませるためにレオがたまに調理をしているのだが、今日はいつも通りピエトロが昼食を用意する予定だ。
こうも気温が高いと、熱い料理は避けたくなる。
ピエトロがどんな料理を用意するのか分からないが、出来れば冷たい料理をお願いしたいところだ。
「では、私がピエトロに頼んできましょう」
「そう? じゃあ、お願いするわ」
エレナも望んでいることなので、セバスティアーノは2人の言うように冷たい料理ができないかピエトロに頼みに行くことを申し出た。
これまでそれが当たり前だからか、エレナも普通にそれを受け入れる。
「あっ! 僕も一緒に行きますよ。もしも氷が必要になったら人形の力が必要ですから」
「そうですか? ではお願いします」
冷たい料理となると氷が必要になるはず。
魔法で氷を作ることは可能だが、島の住人全員に冷たい料理となると氷を作る人間が必要になる。
しかし、みんなそれぞれ仕事をしているので、それほど人数を確保できない。
だが、レオが人形に頼めばそれも問題ない。
レオが1人で人数分の氷を作るより人形たちに作らせる方が、同じ量魔力を消費しても氷を作る速度は断然速い。
そのため、レオもピエトロの手伝いに行くことにした。
「あの料理好きが大物になる…………のか?」
「ニャ~?」
畑作業や料理をすることがとても楽しそうにしている少年にしか見えないが、それがさっき言ったようなことになるのだろうか。
段々信じられなくなってきたガイオは、なんとなく側で寝転ぶクオーレに問いかける。
それに対しクオーレは、「何のこと?」と言わんばかりに鳴き声を返したのだった。
「あれっ?」
遠くに小さく船が見え、レオはいつも通りに海岸でアルヴァロが来るのを待っていた。
しかし、いつものように向かって来る船に、アルヴァロ以外の人間が乗っていることに気付く。
この島に来たがるような人間がいるとは思えないので、レオとしては首を傾げるしかない。
「えっ!? ベンさん!?」
近付いてくると、そこに乗っている人間の顔に見覚えがあった。
実家で自分に付いてくれていた執事のベンヴェヌートだ。
どうして彼がここに向かっているのだろう。
「ベンさん! どうしたんですか?」
「ディステ家の方にはお暇をさせていただき、やって参りました」
「何で……?」
ここはディステ家の元領地ではあったが、王命によって今は何のかかわりもないことになっているはず。
追い出して押し付けた側の父が、人を送ってくるとも思えない。
そう思ってレオが問いかけると、仕事を辞めてきたと言うから驚いた。
ベンヴェヌートは昔からディステ家に仕えていたこともあり、仕事の面で特に問題があるとは思えない。
そのため、どうして辞めてしまったのか、理由が思いつかない。
「失礼ながら、旦那様の考えにはとても付いていけないと判断した次第でして……」
「そうですか……」
レオが実家を出てから、ディステ領は問題が立て続き起こった。
アルヴァロから話を聞いていたので、レオも大体のことは知っている。
その問題自体も、父であるカロージェロが適切に対応していれば問題となることは無かったはずだ。
その後も何か上手いこといっていないような話を聞いているが、所詮自分は追い出された身。
あまり関心が無いというのがレオの本音だ。
ベンヴェヌートからしたら、問題が続いたことが見切りをつける判断となったらしく、領民の流出に合わせて仕事を辞めて来たということだ。
ベンヴェヌートは結婚をしていないため、家族も他にいないことからできたことだろう。
「私もここへおいて頂けないでしょうか?」
「もちろんいいですよ!」
「ありがとうございます」
領主の立場からすれば、1人でも領民が増えるのは望ましいこと。
それが小さい時から知っているベンヴェヌートなら、レオとしては断る理由が見当たらない。
ここに住みたいというベンヴェヌートの申し出に、レオはあっさりと了承した。
「でも、いいのですか? ここはまだ安全とは言い切れませんよ? それにお給料だって出せないし……」
「構いません。給料もお気になさらず。レオポルド様のお側においてください」
ベンヴェヌートが一緒にいてくれるのはレオとしても嬉しいしありがたいが、ここは噂通りに魔物が多く存在している。
安全性を考えると、レオとしては説明しておかないといけないことだ。
オーガとゴブリンの集団を退治して比較的安全な範囲を広げたとは言っても、まだまだ島の極一部でしかない。
防壁作りを人形たちにさせているが、ロイたちはこれまで通り多くの魔物をレオの下へ届けている。
それを考えると、防壁が完成するまでは軽々にまた開拓作業に移る訳にもいかない。
それに、フェリーラ領のギルマスに提供された魔法の指輪の代金の返済という借金のようなものが存在しているため、給料を支払うこともなかなかできない。
住民のみんな同様に、食事を提供する以外仕事に対する見返りができない状況だ。
そのことを話しても、ベンヴェヌートは表情を変えることはなく、レオに付くことを求めてきた。
「様はいらないよ。もう貴族じゃないんだし、レオで良いよ!」
「いいえ、そうはいきません。むしろ、私の方こそ呼び捨てで構いません!」
「でも……」
給料も支払わないのに様付けされるのは、レオとするとスッキリしない。
そのため、実家の時にもよく交わしていたように、敬称を付ける、付けないで言い合うことになった。
「……でしたら、レオ様でいかがでしょう?」
「……ベンさんはちょっと頑固だよね」
「レオ様も……と思いますが?」
「ハハ……」「フフ……」
少しのやり取りの後、ようやくベンヴェヌートが少し譲歩し、言い合いは治まった。
しかし、昔からこのやり取りを続けていて思っていたが、ベンヴェヌートは全然変わっていない。
そういった面で頑固という感想を持ったのだが、ベンヴェヌートからしてもレオに対して同じ印象を持っていたようだ。
昔と変わらないということが何だか嬉しくもあり、お互い思わず笑ってしまった。
「アルヴァロさんありがとうございました」
「いやいや、ギルドから坊ちゃんの知り合いだって話だから連れて来ただけで、勝手に連れて来て逆に申し訳ない」
「いえ、嬉しい驚きでありがたかったです」
ベンヴェヌートを連れて来てくれたアルヴァロに、レオは感謝の言葉をかける。
着いてすぐにも言われたので、連れてきただけの自分にあまり感謝されても恥ずかしくなってくる。
アルヴァロがベンヴェヌートに出会えたのは、ただいつものようにギルドへ行った結果であり、感謝されるほどのことではない。
それもギルド側から紹介されてのことだし、むしろ勝手に連れて来て迷惑にならないか不安な思いをしていた。
だが、それもレオの笑顔を見ればあっさりと解消された。
「そう言ってもらえると、連れてきた甲斐がありやした。では、来週また来やす!」
「ありがとうございました!」
「アルヴァロ殿、ありがとうございました!」
ベンヴェヌートとの出会いを説明した後、いつものように売却する魔物の素材を受け取り、必要となる物がないかのやり取りをおこなったため、またフェリーラ領へ戻っていくだけだ。
少しずつ離れて行くアルヴァロに、レオとベンヴェヌートは感謝の言葉と共に見送ったのだった。
「じゃっ! みんなを紹介しないとね?」
「アルヴァロ殿より聞いております。少数ながら移民がいるとのこと……」
「うん! みんな良い人たちだよ!」
これからここに住むのだから、まずはみんなを紹介しないといけない。
アルヴァロにはここに住むみんなのことを教えていたが、その辺の細かいことはベンヴェヌートへ話さないでいてくれたようで、移民がいるということしか知らされていないようだ。
島のみんなにベンヴェヌートのことを紹介して回ると、みんな快く迎え入れてくれた。
もしかしたら、ディステ領から送られて来たスパイではないかということを考えた人もいるかもしれないが、アルヴァロからちゃんとギルドが保証してくれている伝えると、安堵してくれたようだ。
カロージェロとの関係上、ギルドもレオの足跡をたどって来ていたベンヴェヌートのことは気付いていたらしい。
そしてベンヴェヌートと接触し、もうディステ領とは関係ないという判断をしたため、アルヴァロを紹介するということに至ったという話だ。
「セバスティアーノ殿……」
「ベンヴェヌート殿……」
最初にエレナと執事のセバスティアーノのことを紹介したのだが、レオも少し予想していたことだったが、やはり面識があったようだ。
同じ執事という職業だからと言うだけでなく、レオの祖父とエレナの祖父が親しかったという情報から予想していたことだった。
ベンヴェヌートもレオの祖父の代から仕えている身。
当然と言えば当然かもしれない。
エレナがいたルイゼン領とも、お互い領主が変わることによって行き来することもなくなっていたため、
2人からしても、まさかこんな場所でまた顔を合わせることになるとは思ってもいなかっただろう。
2人とも知らない間柄でもないため、すぐに打ち解けたようでレオとしては安心した。
「……ていうのが僕の能力だよ」
「……素晴らしい!」
ずっと実家で仕えていたベンヴェヌートがこの島に住むことになったので、レオは自分のスキルのことを説明することにした。
動く人形たちを見て、やはり彼も驚いていたのが面白かった。
その後にレオが続ける説明を黙って聞いていたベンヴェヌートは、最後まで聞き終わると珍しく大きな声を出して喜んだ。
「この能力は様々に応用できるんだ」
レオの祖父である先代のディステ領主から仕えて来ていたこともあり、レオが出て行くときに付いて行くという決断ができなかったことをずっと悔やんでいた。
成人まで残り1年となり、次第にベッドに横になっている時間は減っていったが、元々の色白さゆえに健康に近付いているという印象は受けなかった。
健康状態から考えて、レオが島で生きていけるかどうかはかなり難しいと分かっていた。
それどころか、島にたどり着くかも怪しく思っていた。
それが分かっていても付いて行かなかったということは、自分も心のどこかでレオのことを諦めていた部分があったのかもしれない。
そのことに気付くと更なる後悔に苛まれた。
カロージェロの領内での失策は、そんなベンヴェヌートに見切りを付けさせることになった。
レオの死という情報は入ってこなかったこともあり、ディステ領から出たベンヴェヌートは足跡を追うことにした。
フェリーラ領に着いてギルドと接触した時、レオの生存を知って歓喜したものだ。
「この能力なら納得できますね……」
レオの能力の説明に、ベンヴェヌートは独り言のように呟いた。
生き残っていてくれたことは嬉しかったが、長い間近くにいてレオを見てきたベンヴェヌートにとっては理由が思いつかなかった。
兄たちのように戦闘訓練を積んで来た訳でもないので、魔物と戦えるとは思っていなかったからだ。
しかし、レオのスキルなら、人形たちが魔物から守ってくれる。
それがなかったら、本当に死んでいてもおかしくなかっただろう。
「それにしても、魔物による能力アップですか……」
もう1つ気になったのが、レオの健康状態だ。
小さい頃からよく風邪をひいたりしていたため、レオの体調面ではベンヴェヌートもかなり気を使ってきた。
久しぶりに会ったレオは、色白とは言っても顔色もよく、とても元気そうだ。
それが多くの魔物を倒したことにより改善されたということを聞いた時、ベンヴェヌートはいまいち信じられなかった。
ベンヴェヌートもその説は聞いていたが、眉唾物だという思いをしていた。
レオの思い込みによるものという印象を抱かずにはいられないが、言われてみるとそれ以外に改善された理由は思いつかない。
「成人する1年前くらいに発現したんだ!」
「なるほど……」
そう言われて思い返せば、成人する少し前は寝込む日が無くなっていたような気がする。
それを考えると、レオの言っていることを完全に否定することはできない。
結局のところ、レオが健康になったのならどんな理由であろうと気にすることではない。
完全には納得できないが、それならそれでいいといったところだ。
『……おや? もしかして……』
そのレオの言葉で、ベンヴェヌートはあることを思いだした。
成人する1年ほど前から魔物を倒すようになったということは、その倒した魔物はどうしたのだろうか。
本人が認識できない程度の微弱な能力上昇となると、結構な数を倒さないとレオの場合は体が良くなるとは思えない。
もしも、ただ倒してそのまま放置していたとしたら、ディステ領付近の森でアンデッドが出たのはもしかしたらレオの人形が倒した魔物なのではないだろうか。
そう考えるとアンデッドが増えた理由が解明できる。
『……まぁ、レオ様が気にする事ではないでしょう……』
アンデッドが増えたのはもしかしたらレオによるものかもしれないが、市民に被害が出たのはカロージェロのミスでしかない。
なので、わざわざいうことでもないと判断したベンヴェヌートは、アンデッドの大量出現の原因をレオには黙っておくことにした。
「畑仕事も良くしているんだよ!」
「本当にお元気になられて良かったです……」
そう言って、レオはベンヴェヌートに案内するように畑へと向かって行った。
何がどうなって今のレオがあるかなんてベンヴェヌートにはもうどうでも良い。
目の前で元気に色々と話してくれるレオに、ベンヴェヌートは込み上げてくるものを必死に我慢した。
◆◆◆◆◆
「夏野菜が沢山とれましたね?」
「だね」
ベンヴェヌートが来てから数日経ったが、特に変わったことなどはない。
これまで通りの生活が続いている。
今朝もガイオに稽古を付けてもらい、畑で野菜の手入れをしている所だ。
カゴにたくさん入った夏野菜を見て、レオとエレナは嬉しそうに微笑む。
「トマトは色々な料理に使えるし、ナスはカポナータなんていいかもね」
「いいですね!」
カポナータとは、素揚げしたナスや他の野菜を、甘めの酢で味付けしたトマトピューレで煮込んだ料理のことを言う。
ナスがメインの料理というと、レオが最初に思いつく料理だ。
「男性からすると、お肉を入れてもいいかもしれないね」
「私はパスタのソースにするのが好きですね」
「美味しいよね」
野菜をメインとしている料理なため、男性からすると物足りないと思える部分があるかもしれない。
そのため、肉を入れてボリュームアップをするのも良いし、エレナの言うようにパスタのソースとしても使える使い勝手がいい。
「オクラやキュウリはシンプルにサラダにすると美味しいだろうね」
「サラダだけは得意です!」
成長が速いので、オクラが結構採れた。
やはり、オクラというとサラダにするのが思いつく。
ネバネバが体に良いということは有名なので、最近食卓にオクラが出る頻度が増えている。
サラダと聞き、レオの手伝いでよく作っているエレナは、ジョークを含んだように胸を張る。
「トウモロコシは茹でただけでも美味しいよね」
「そうですね」
トウモロコシは嫌いな人間もなかなかいないだろうと、結構多めに作っている。
あまり手を加えないで美味しいのはありがたいものだ。
島には幾つかの果物の樹が自生していたため、住居近くにも植えて育て始めているが、採れる果実は甘さがなく物足りないものばかりだ。
甘味好きな女性たちには申し訳ないが、トウモロコシの甘みで我慢してもらっている。
その内大量に果物を採ってきて、ジャムでも作ろうかと考えている。
「枝豆はみんな好きなようだけど、お酒がないから船員の人たちは愚痴っていましたね」
「うん。お酒造りも考えた方がいいね……」
レオは成人したばかりでお酒の良さが分からないため、酒づくりなんて考えもしなかったが、船員たちに検討するように頼まれていた。
特に枝豆の塩ゆでを出した時、強く求められたのを2人は思い出した。
アルヴァロに職人を探してもらっているが、出来るのはしばらく先の事だろう。
「ゴーヤは好き嫌いがあるから料理には気を使わないと……」
「苦いですもんね……」
体が弱かった時、レオは食べたくても食べられないということが多かった。
今はそんなこともなくなり、何でも好き嫌いなく食べるようにしている。
なので、ゴーヤも作っては見たのだが、ガイオの船員たちは嫌いな人が割りと多かった。
エレナは大丈夫だが、たまにでいいというのが本音だ。
「クオーレも嫌いみたいなんだよ」
「そうなの?」
「ニャ~……」
ゴーヤが採れるようになった時、試しにゴーヤ料理をクオーレへ出してみたのだが、いつもレオの料理を残さず食べるクオーレも、ゴーヤの苦さは我慢できなかったらしく弾いていた。
それ以降、ゴーヤは苦手になったらしく、なるべく出さないようにしている。
エレナもクオーレに好き嫌いがあるとは思っていなかったらしく、意外そうにゴーヤを見せて問いかけると、クオーレは見るのも嫌だと言うかのようにそっぽを向いたのだった。
「本当に人が住んでいるみたいだな……」
売却用の魔物の素材を渡したり、色々情報をやり取りをするために、いつものようにアルヴァロを自分の家へと招いた。
その後ろから付いてくる人物は、数軒の家が建設されているのを見て、何やら小さく呟いている。
「また誰か来たみたい……」
「そのようですね……」
今週もアルヴァロの船には人が乗っている。
レオの側に付き添うベンヴェヌートに引き続き、誰かここに住んでくれる人でも連れて来てくれたのだろうか。
もしくは、頼んでいた酒造りの専門家だろうか。
近付いてくる船を見ながら、レオは少しワクワクしながら船が到着するのを待った。
「すいません。また勝手に連れて来てしまって……」
「いえ……、こちらの方は……?」
船が到着してすぐに、アルヴァロはレオに謝ってきた。
レオは首を振ってそれを許す。
アルヴァロのことは信用しているので、きっとこの島にとって有益な人物なのだと思うからだ。
「初めましてレオポルド様。私はファウストと申します」
「どうも、初めまして……」
がっしりした体型や雰囲気から考えると、ガイオのように戦闘が得意そうに思える。
ちょっと粗野にも感じた最初の印象とは違い、丁寧な挨拶をされたレオは内心少し戸惑いつつも挨拶を返す。
自分の名前を知っているということは、アルヴァロから説明を受けているのかもしれない。
「お久しぶりです。ファウスト殿」
「どうも、ベンヴェヌートさん」
「えっ? ベンさんの知り合いなの?」
「はい」
どんな人なのか気になっていたレオだが、側にいるベンヴェヌートと交わした挨拶から、知り合いなのだと分かった。
実家の邸で執事をしていたベンヴェヌートと知り合いとなると、どういった関係なのか不思議に思える。
もしかしたら、邸を出てから知り合った人間なのだろうか。
「ベンヴェヌートさんもあの領主を見限って来たのですか?」
「その通りです」
「……?」
交わす会話の内容を聞くと、レオはまた首を傾げたくなる。
ベンヴェヌートが見限った領主と聞くと、恐らく父のことを言っているように聞こえる。
そうなると、このファウストもディステ領にいた人間だということになる。
余計に2人の関係がよく分からない。
「レオ様。こちらのファウスト殿はディステ領の元ギルドマスターです」
「なるほど!」
レオが不思議そうな表情をしていることに気付いたのか、ベンヴェヌートはファウストのことを説明してくれた。
父の代になってからは来ることはなくなっていたが、祖父の代の時は時折ギルドと連携をとっていたということを聞いたことがある。
ギルマスなら、祖父の代から領主邸で働いていたベンヴェヌートと顔を合わせていても不思議ではない。
「たしか、ディステ領からは撤退したと聞きましたが……、どうしてこちらへ?」
父のカロージェロとの関係悪化から、数か月前に領内から全ギルドが撤退したという話を聞いていた。
それによってディステ領は問題が増えているということだが、それはどうでも良いとして、領都のギルマスになった程の人なら他の領地でそれなりのポジションに就いているのではないだろうか。
そんな人間がここに来る理由が思いつかない。
「他のギルドマスターたちに働けって言われまして……」
「……?」
ディステ領から撤退したのは完全にファウストの独断的行動だったらしく、他のディステ領内の支店の人たちと違い、ギルドの上の立場の人たちから色々とお叱りを受けたらしい。
ギルドとしてもその勝手で収入が減ったため、そうなるのも仕方がないことだろう。
ディステ領から出て、昔のように冒険者として色々と他の領を回ったファウストは、フェリーラ領に流れ着いた。
そこのギルマスに会って、この島とレオのことを聞いたらしい。
そして、フラフラしているならギルドの職員として、ギルマスの自分に協力するように言われたそうだ。
「ここに住人がいるなんて話信じられませんでしたが、本当みたいですね……」
この島に人が住んでいることを知っている人間はそれ程いない。
ファウストはフェリーラ領のギルマスにここのことを聞いた時、何の冗談かと最初は信じられないでいたそうだ。
それが、アルヴァロを紹介され、付いてきたことで冒頭に呟いたように本当だと理解したようだ。
「アルヴァロから聞いたのですが、何でも人材を探しているとか?」
「えぇ、まぁ……」
島のみんな(特に船員)には、お酒が欲しいという話を受けていた。
たしかに何か島の特産などを作らないと、開拓しても人が住んでくれるとは思えない。
病弱な時に読んだ本からの知識としてお酒の造り方は幾つか覚えているが、どうせなら素人が造る物ではなく専門家によって商品にできるような美味しいものを造ってもらいたい。
そのため、アルヴァロに酒造業の経験者の勧誘を頼んでいるのだが、ここに来てくれるような人間はなかなか見つからないだろうと考えている。
それだけでなく、ここの領民になってくれるような人間がいるなら、連れて来てほしいとも思っている。
それもやはり同じ理由で難しいだろう。
「人材探しなら私に任せてください。これでも元ギルマスですから……」
「本当ですか? お願いします!」
ファウストは少し自虐的に言うが、レオとしてはありがたい提案だ。
アルヴァロに頼んではいるが、人材探しなんてかなり広い人脈がないと難しい。
漁師から兼業でこの島専属の商人のような仕事をしているアルヴァロでは、人材探しはかなり時間がかかるとアルヴァロ自身が言っていた。
その点、ファウストはギルマスの経験者。
冒険者や依頼人などから色々な人脈を持っていても不思議ではない。
そんな彼が協力してくれるとなると、レオもそうだし、アルヴァロとしても助かる。
そのため、レオはファウストの提案にすぐさま乗っかるように返事をした。
「優先的に酒造技術のある人材、次に住人の確保ということでよろしいですか?」
「はい!」
住民を増やすにも開拓はのんびりとしか進んでいない。
そのため、住民を増やすよりも、今住んでいるみんなにここでの暮らしを楽しんでもらいたい。
彼らの希望で多いのが嗜好品となるお酒の製造だ。
酒造専門家に来てもらえれば、きっとみんな喜んでくれるはずだ。
ファウストの確認に、レオは大きく頷いた。
「アルヴァロと共に毎週報告に来るつもりなので、その時に状況報告をさせてもらいたいと思います」
「分かりました!」
人材を探すにしても、この島にいる訳にもいかない。
そのため、ファウストはフェリーラ領で動いてくれるらしい。
一応ギルドへの依頼という形になるため依頼料を取られるようだが、魔法の指輪の料金の返済同様、この島で得た魔物の素材の売却額から引かれることになった。
この島では資金を得ても使うこともないので、特に問題ではない。
「そのうち、ここにギルドが置けたらいいですね!」
ギルドがあるのは、都市としては1つのステータスだ。
ギルドとしても利益があると見込めるからギルド施設を置くので、冒険者や商人たちも利益を見越して集まってくるようになる。
多くの人が集まることで、更なる発展が見込めるようになるため、ギルドのない地の領主になった者としては、当然の目標になっている。
レオもいつかはという思いをしていても不思議ではない。
「その時は俺をギルマスに置いてもらえますか?」
「ハハ……いいですよ!」
ギルドの支店が置けるにしても、相当先の話だとここにいる人間は誰もが思っている。
そのため、ファウストは冗談を言うかのように言ってきた。
父の領地からギルドを撤退させた人間が、見捨てられた息子の領地のギルマスになるなんて、完全に当てつけだと言って良い。
世間の誰もがそう見ることだろう。
そうなったらレオとしても面白いと思え、あっさりとファウストの冗談に返事をしたのだった。
「レオ! 防壁の進展具合を見に行くんだろ?」
「はい!」
「じゃあ、俺たちも付いて行く」
「ありがとうございます」
魔物が多いと言われているこの島で、安全地帯を作るためにレオは防壁の作成を始めた。
とは言っても、作っているのはレオのスキルによって動く人形たちに任せているので、レオが直接作っているとは言いにくい。
レオ本人はいつものように普通の生活をのんびり送っているだけだからだ。
その防壁がどれほど進展しているかを確認するため、レオは作業をしている人形たちの所へ向かうことにした。
ロイたちが護衛代わりに付いてくれるのだが、念のためとドナートとヴィートが付いてきてくれることになった。
槍術が得意な2人が付いてきてくれるならレオとしてもありがたいため、お願いすることにした。
「オーガを倒したからか、ゴブリンは出なくなったみたいだな……」
「そうみたいですね」
防壁を造り、ロイたちが内部の魔物を狩っているので、レオたちの前に現れる魔物の数は以前と比べると激減した。
ドナートが言うように、特にゴブリンは全く出なくなったことを考えると、やっぱりこの3人で巣を駆除したのが良かったのかもしれない。
たまに見かけるのも弱小の魔物ばかりで、すぐにロイが始末しているので足止めされるようなこともない。
警戒はしつつも、3人はたいして時間もかからず防壁を造っている場所へと辿り着いた。
「ご苦労様! グラド、ガンデ」
“ペコッ!”
2mくらいの身長で、両腕が極端に太くて長い人形が、レオの声に反応して頭を下げる。
防壁を造るためにレオが作り、グラドとガンデと名付けた人形たちだ。
石を盛り、土を集めて固め、更に魔法で強固にした分厚い壁がかなりの距離出来ている。
オーガでもそう簡単に壊すことはできないだろう。
「もうすぐできそうだな……」
「ロイたちも協力してくれているので速いですね!」
思っていた以上に強固な防壁に、ドナートたちは内心驚いている。
魔物を狩る人形のロイたちも石や土を集めるのに協力したのもあって、思っていたよりも進展が速い。
このままだと、あと10日もしないうちにできるのではないだろうか。
「引き続きよろしくね!」
“コクッ!”
満足いく防壁が造られていっていることに満足したレオは、グラドとガンデにこのまま続けてもらうことを頼み、住居の方へ戻っていった。
ドナートとヴィートは魔物が出ないので暇そうにしていたが、それだけ防壁内は安全だということになる。
まだ少し開拓しただけだが、このまま少しずつ領地を広げていければいいなと思うレオだった。
「このお茶美味しいです」
住宅地へ戻ったレオは、現在エレナと共にお茶を飲んでいた。
エレナが飲んでいるのは、レオがある植物から作ったお手製のお茶だ。
あまり飲んだことのないお茶に、エレナは楽しんでいるようだ。
レオたちが住んでいるヴァティーク王国では紅茶を飲むことが多く、緑色したお茶は珍しい。
ハーブティーも似た色をしているが、それとは違う香りと味に新鮮な驚きを感じている。
「遠く離れた西の方の国のもので、竹の葉から作ったお茶だよ」
「へぇ~……」
本から色々な知識を得ていたレオは、竹林があったので葉っぱからお茶を作ることにした。
ヴァティーク王国のある大陸から、海を西へかなりの距離進んだところにある島国で飲まれているお茶の一種だということだ。
「竹は色々なことに使えるからありがたいよね!」
「えぇ!」
島の女性は、エレナについてきた使用人たちの家族だ。
魔物の毛から織物をしたりしているのだが、竹林を見つけてからは竹細工もするようになっている。
住民の家の一部にも使われていたりと、何かと利用価値の高い竹が生えていたのはとてもありがたい。
「竹林があるからいくらでも作れるよ」
「今度は私も作ってみます」
住民の女性たちに混じって、エレナも竹細工の作業を手伝ったりしているのだが、休憩時間に何かリラックスできるものがないかと考えていた。
そのため、竹の葉特有の香りがするこのお茶はかなり気に入った。
そんなに遠くないので、エレナ1人でも竹林で葉を集めるくらい平気だろう。
セバスティアーノからエレナが紅茶好きだと聞いていたので、代わりになるものをと思って作ることにしたのだが、どうやら成功したようだ。
「レオさんはその国がお好きなようですね?」
「うん! 大和皇国って言う名前の面白い国だよ。母さんの故郷なんだ!」
「……そうなんですか」
レオがその国のことを知るようになった理由は、単純に母の故郷がどんな国なのか知りたいと思ったからだ。
遠く離れた国のためあまり多くの本はないはずだが、ベンヴェヌートが頑張って探してくれたらしく、何度も読み返したレオはその国のことをかなり詳しくなっている。
レオの母は幼少期に亡くしていると聞いていたので、エレナは少し複雑な思いになった。
しかし、レオはそのことは気にしていないかのように話すため、エレナもあまり気にしないことにした。
「今作っているショーユというのもその国のものでしたよね?」
「そう! 色々な料理に使える調味料だって話だよ」
料理をするようになったことから、レオは調味料も何か作れないかと考えた。
その時、思いついたのが大和皇国の調味料だ。
その中にショーユという調味料が万能だという話なので、アルヴァロに頼んで材料を集め、実験的にそのショーユを作ってみることにした。
成功したら、この島で材料となる大豆や小麦を作る量を増やすつもりだ。
「ショーユで思い出したけど、大和皇国では海の魚を生で食べるらしいよ」
「えっ! 生でですか!?」
「うん!」
ヴァティーク王国では基本的に、魚は熱を加えてから食べる物だとされている。
そのため、エレナも驚いたように生で食べるということが信じられない。
そんなことをして、お腹を壊したりしないのか疑問に思える。
「生魚を食べる時、ショーユをちょっとつけると美味しいらしいよ! ショーユが上手くできたら試してみよう!」
「はい! 楽しみです!」
レオの話す大和皇国のことが面白く、エレナも試してみたくなった。
そのため、レオの誘いにすぐに返事をした。
ショーユができるまでまだ先なのに、2人は完成するのを心待ちにするようになっていた。
「ニャ!!」
「うん! クオーレにも食べさせてあげるからね!」
2人がショーユの話をしていると、側にいた闇猫のクオーレが自分も混ぜてと言うかのように鳴き声を上げた。
エレナだけでなく、レオは美味しいものをみんなに味わってもらいたい。
もちろんクオーレにも食べてもらいたため、食べさせることを約束した。
「でも、クオーレはショーユとか関係なくお魚が食べたいだけかな?」
「ニャ!!」
「フフフ……」
レオとエレナはショーユが楽しみなのだが、魚好きのクオーレは生魚という言葉に反応したのではないかと思った。
そのことをレオが尋ねると、クオーレは「お魚!」と言うかのように声をあげた。
レオが思った通り、クオーレはショーユよりも魚が食べたいだけのようだ。
食いしん坊なクオーレにおかしくなってしまい、エレナは思わず笑ってしまった。
「しょうがないな……。明日釣りに行くから今日は我慢してね」
「ニャ!!」
海が近いので、多くの住民が暇つぶしがてら釣りを良くする。
そのため、魚料理はちょくちょく出ているのだが、クオーレは毎日でも食べたいのだろう。
そんなクオーレのために、レオは明日釣りに行くことを約束して今日の所は我慢してもらうことにした。
「彼の名前はエドモンドだ!」
「……よろしく」
アルヴァロの船で送ってもらい、ファウストは1人の男性を連れてきた。
海岸に下りた彼は、170cm程度のレオと同じくらいの身長をしてはいるが、その全身はずんぐりむっくりとしている。
ファウストに紹介されたエドモンドという男性は、仕方なくといった感じでレオに挨拶をしてきた。
「初めましてレオポルドと申します。爵位はないのでレオと呼んでください」
「あぁ……」
まだまだ危険なこの島にわざわざ来てくれたエドモンドに、レオは右手を差し出して握手を求める。
レオが出した手に、エドモンドは渋々といった感じで応じてきた。
「エドモンドさんは、ドワーフの方ですよね?」
「あぁ……」
あまり話そうとしてこない態度は気になるが、レオは気にせず話しかける。
しかし、やはり素っ気ない感じでしか返事をしてくれない。
だが、体型を見て思っていた通り、彼はドワーフという種族の人間で間違いないようだ。
海岸で話していても仕方がないので、レオは彼のことを聞くため、ファウストとアルヴァロと共にエドモンドを家へと招待することにした。
「彼には酒造りに協力してもらおうと思って連れてきた」
「やっぱり! ドワーフのお酒造りは有名ですよね」
思っていた通りだが、やはり頼んでいた酒造りの職人としてファウストはエドモンドを連れて来てくれたようだ。
ドワーフは物作りが得意な種族で、特に鍛冶の技術は高い能力を持っている。
そして、酒好きが多いこともあり、酒造りも得意な人間が多い。
世界的にも有名な種族なので、求めていた人材としてはかなり期待できる。
島のみんなも喜んでくれると思い、レオとしても嬉しい限りだ。
「流石ファウストさん! 元ギルマスだけありますね!」
「まぁな……」
ドワーフという種族は気に入った地でずっと暮らすことが多いので、どこの町にでもいるという訳ではない。
ドワーフ自ら新しい鍛冶の技術を求めたり、珍しい酒があるとか言うことでもない限り、呼び寄せることは困難な種族だ。
この島にはその両方がないにもかかわらず連れてくることができるなんて、レオは人脈の広さと深さに尊敬したような目でファウストを見た。
しかし、ファウストはちょっと複雑そうな表情をして、レオの評価に答えを返す。
「まぁ、分かっていると思うが、こいつは訳ありでな……」
「……左腕ですか?」
「あぁ……」
ファウストが言いにくそうにしている理由は分かる。
エドモンドの左腕は肘から先がないからだ。
レオも最初から気になっていたことだが、聞いていいものか分からずそのままスルーしていた。
「こいつは酒造りも得意だが、本来は鍛冶の方が得意だったんだ」
「へぇ~……」
別に不思議なことはない。
鍛冶をしているドワーフが、趣味で酒造りをするというのはよくあることで、その逆も然(しか)りだ。
「王都で弟子を何人も育てていたし、結構有名な奴だった。俺も昔は武器を作ってもらったりしていたんだが……」
ファウストが冒険者をしていた時に知り合い、お互いペーペーだった頃からの付き合いらしい。
エドモンドの最初の常連客がファウストで、武器や防具を作ってもらうために、何度も店に行っていたことで仲良くなり、エドモンドが造った酒を飲んで話し合うことも多かったそうだ。
次第に2人とも年月を経て、仲間の引退と共にファウストはギルドで働くようになり、ディステ領のギルドマスターへとなった。
その頃には王都のエドモンドの店も繁盛しており、弟子を育てるようになっていた。
「それが数年前、ある馬鹿貴族と揉めて、エドモンドは腕を斬り落とされたんだ……」
数年前、評判を聞きつけた貴族が店に現れ、エドモンドに自分用の剣の製作を依頼してきた。
多くの依頼者が自分の下へ来るため、エドモンドは相手が誰であろうと、自分の目でその実力を見定めてから仕事を受けることにしていた。
まだ実力がいまいちだという者には、弟子の誰かに作らせるようにしていた。
その貴族は、いまいちどころかたいしたことない腕をしており、新人の練習台が良いところだった。
しかし、その貴族は実力を棚に上げてエドモンドの剣を欲しがり、頑として譲らない態度をとってきた。
有名なエドモンドが作った武器を持てば、箔が付くとでも思っていたのだろう。
最初はやんわりと断りを入れていたのだが、あまりにもしつこいのでエドモンドははっきりと実力不足だということを告げてしまった。
それに腹を立てた貴族が、不敬としてエドモンドの腕を斬り落としたのだそうだ。
「なんて奴だ!!」
「レオ様……」
「んっ? 何、ベンさん……」
エドモンドの過去をファウストが話してくれていた途中だが、レオはその内容に怒りが込み上げてきた。
何の落ち度もないのに、どうしてエドモンドが斬られなければならないのだ。
自分も元は貴族の子だが、そんなのが貴族を名乗っているのが不愉快でならない。
机を叩いて怒りを露わにしたレオに対し、側にいたベンヴェヌートはどことなく言いにくそうな表情でレオの肩へ手を置く。
「それはイルミナート様です……」
「………………えっ? そ、そうなんだ……」
ベンからその馬鹿貴族の名前を聞き、レオは少し間をおいて反応した。
立ち上がったことを反省するかのように、レオは居住まいを正した。
腹違いとは言っても、よりにもよって自分の兄がそんなことをおこなっているとは思いもよらなかった。
長男のイルミナートは、レオは存在しない者とでも言うかのように無関心だった。
それはそれで悲しかったが、食事を巻き散らしたりして暴言を吐いてくる次男のフィオレンツォの方がレオとしてはきつかったため、まだその方が助かったという思いがする。
そのせいか、レオは兄弟でもイルミナートがどんな人間なのかよく分からなかったが、どうやら次男同様にふざけた性格をしていたようだ。
「王都の学園に通っている時のことです」
「……そ、そうですか」
ベッドで横になっていることは多かったが、兄たちが学園に通っていた時は、レオにとっては平穏な日々だったが、王都では鍛冶師への斬りつけ事件として有名で、父のカロージェロが貴族の権限を駆使して無理やり噂を抑え込んだという話だ。
まさかそんなことが起こっていたなんて、レオは知りもしなかった。
「兄が申し訳ありません」
今では関わりがないとは言っても、イルミナートは一応血のつながっている兄だ。
命の次に大事ともいえる鍛冶師の腕を斬り落とすなんて、牢屋に入れて奴隷送りにしてもらいたかった。
自分は関係ないと言っても、エドモンドからしたら自分の腕を斬り落とした大嫌いな貴族の弟だ。
エドモンドのそっけない態度の意味が分かり、レオはすぐさま頭を下げた。
「こいつが面白い奴がいると言うから来たら、船に乗ってからあの野郎の弟だと聞いて不愉快極まりない」
「…………えっ?」
「そうでもしないと来ないと思ってな……」
エドモンドの言葉を聞いて、レオはファウストを見つめる。
どうやら、イルミナートの弟だということを隠して船に乗せたそうだ。
引き返そうにも海の上ではどうしようもなく、そのままここまでついてきたそうだ。
エドモンドが不機嫌なのはそれも原因なのではないだろうか。
言い訳をさせてもらえば、昔からの関係で最初から説明していたら連れてくることはできないと判断していた。
そのため、ファウストはそのような強硬手段に出たということだ。
「しかし、こんな所に送られている所を見ると、お前もあの家に迷惑を受けた口(くち)なんだろう。ここまで来ておいて帰るのは性に合わん。まずはお前を見極めるために居残らせてもらう」
「えぇ、全然構いませんよ」
まずは相手を見て決める。
それは鍛冶師としてずっとおこなってきたことだ。
例えそれがどんな相手でも同じこと。
その軸を曲げるのは、鍛冶師というより人としてできない。
ドワーフのいい意味でも悪い意味でも頑固な部分が、この場合はレオにとって好機となった。
自信があるとは言わないが、イルミナートよりかは全然マシだ。
後は自分を見て決めてもらうしかないため、レオはエドモンドの居住を受け入れることにした。
「酒造りといったが、どんな酒が望みだ?」
「う~ん……」
エドモンドが島に住むことになり、島のみんなは喜んでくれた。
ドワーフの造る酒が、こんな島で飲めると思ってもいなかったからだろう。
ただ、喜んでいたのはやはり男性の方が多かったようだ。
女性陣も飲まない訳ではないが、たしなむ程度しか飲まないからかもしれない。
エドモンドに来てもらったのはお酒造り、早速その仕事にとりかかってくれることになったのだが、どんな酒を造れば良いのかと言われて、頭を悩ませた。
「僕は成人になったばかりで、お酒をよく分からないので、島にある食材をなるべく使ってほしいということしか言えません」
本を読んでいたためにいくつかのお酒の造り方は分かるが、実際に作ったことはないのでエドモンドに任せた方が良いだろう。
それに、酒を飲んだこともないので、レオはどの酒が美味しいとかはっきり言って分からないし、材料もどれだけ使うかも分からないので、現在育てている食材を使って造ってもらうしかない。
「じゃあ、まずはこの島で育てているもんでも見せてもらおう」
「はい。案内します」
昨日は島の住民のことを紹介したりすることで時間を使ったので、畑で何を作っているかなどかは説明していなかった。
何があるか分からないのでは何も始まらない。
そのため、レオはエドモンドに栽培している畑を見てもらうことにした。
「……どうですか? 何か使えそうなのはありましたか?」
「そうだな……」
畑だけでなく、島に自生していた果物もいくつか紹介した。
ここはレオが来るまで無人島だったが、それまで誰も住んでいなかったいという訳ではない。
魔物によって潰されたが、数人が住んでいたということは資料として残っていた。
そのため、その時植えていたであろう果物の樹木もあるが、手入れされなくなって野性化したせいかどれも味はいまいちだ。
酒造りに使うにしても、この時期だと桃くらいしか食べられるのはないだろう。
「基本酒ってのは糖質のある物からならできるもんだが、今多くあるジャガイモから酒でも造るか……」
「ジャガイモからお酒が造れるのですか?」
「あぁ、アクアピットって蒸留酒だ」
酒造の知識が少しはあったが、さすがにジャガイモからお酒を造るということは聞いたことがなかった。
まさかの食材の酒に、レオは驚きの声をあげた。
その後のエドモンドの説明によると、ジャガイモを酵素や麦芽で糖化させて発酵し、蒸留したものに香草で風味付けしてから、再度蒸留したお酒だそうだ。
この島で主食になる物として多めに育てていたジャガイモが、ここで役に立つとは思わなかった。
「流石ですね……」
酒の種類なんてたいして知らないレオからすると、思いつかない種類のお酒だ。
エドモンドの提案に、レオは思わず感心した。
「女性に向けてはシードルを試してみるつもりだ」
「あのリンゴでですか?」
「あぁ……」
シードルならレオも知っている。
リンゴ果汁を樽に入れて自然にアルコール発酵させた発泡性の醸造酒だ。
甘めの味がすることから、女性の人気が高いお酒として有名だ。
飲み水の衛生面で不安な地域は、アルコール度数の低いシードルを飲み水としている所もあるそうだ。
ただ、1つ問題があるとすれば、この島に生えているリンゴがどんな味をしているのか誰も分からないと言う所だ。
桃と同様に誰かが植えたのだろうが、手入れされていないので、実がどんな味になっているか分からない。
桃を食べてみたが、香りはあっても味は全然美味しくなかった。
食用にはあまり使えそうもないので、酒に使うことも出来ないだろう。
リンゴも同様に美味くなかった場合、どうするのだろうか。
「リンゴは使えますかね?」
「さっきも言ったように、酒は色々な物から作れる。毒さえ入っていなけりゃ何とかなるだろ……」
「そうですか……」
野性化しようと毒のあるリンゴなんて見たことはない。
そのため、危険なことはないだろうが、美味しくないリンゴで美味しいお酒が造れるのかが不安になって来るところだ。
「数年経てばブドウが取れるようになるだろ? それまでの代わりといったものだな……」
「なるほど……」
島にはブドウの樹がなかったため、レオはアルヴァロにワイン用のブドウの苗を手に入れて持ってきてもらった。
その苗からブドウが取れるまで、代わりに色々試してみるという思いが強いらしく、エドモンドは住民が楽しめる程度の品質しか求めていないようだ。
「誰か俺の左腕の代わりになってくれる人間はいないか?」
「ビス! 人間は居ませんが、この子をお貸しします」
「……便利な能力だ」
酒造りに関わらず、片腕のエドモンドは何かと不便を感じることだろう。
そのため、レオは彼の作業を手伝うためのビスと名付けた人形を用意した。
元々はロイたちと共に魔物の警戒にあたってもらうつもりだったが、エドモンドを手伝ってもらうことにした。
自分を知ってもらおうと、レオはエドモンドへ自分のスキルを教えておいた。
他のみんな同様にロイたちを見た時は目を見開いて驚いていたが、彼はすぐに構造を探り始めた。
ドワーフは細工作業も好きだという面もあるせいか、どういう原理で動いているのか気になったようだ。
ハッキリ言って、レオ自身もどういう原理なのかと問われても、そういうスキルなのでとしか言いようがない。
ただ、エドモンドが少しはレオに興味を持ってくれたようなので、見せてよかったと思う。
「エドモンドさんの指示で働いてね」
“コクッ!”
基本的に、人形たちはレオの言うことが優先として動いている。
しかし、他の言うことを全く聞かないという訳ではない。
耳がないのにどうやって判断しているのかは分からないが、どうやら言葉は伝わっているように感じる。
レオは言葉という音の振動を、人形たちは魔力を使って判断しているのではないかと考えている。
なので、他の人の言うことに従って動くことも可能なため、ビスをエドモンドの補佐に付けることにした。
「ここにはトマトも多いな……」
「はい! 僕がトマト好きなので!」
ジャガイモのお酒であるアクアピットを造ってもらうため、まずレオはビスと共に材料となるジャガイモをエドモンドの住む家兼仕事場に運んでいた。
籠一杯のジャガイモを運んで行くと、エドモンドが畑のトマトを見て呟いてきた。
ここの住人のために植えているとは言っても、結構な量のトマトが生っているのが気になったようだ。
それに対し、レオはとても嬉しそうな笑顔で答える。
自分が1番好きな野菜が気になってもらえただけで、満面の笑みだ。
「トマトでも造ってみようかと思ったが、やめておくか……」
エドモンドとしては、ただ酒の材料になりそうだから見ていただけだ。
しかし、レオが好きかどうかはどうでも良いとして、この村で出された料理にはトマトがふんだんに使われていたのを思いだした。
サラダを食べた時に美味かった記憶がある。
酒に使おうかと思ったが、使い過ぎたら食事に影響が出そうで不安になったため、酒に使うのはやめておこうと考えを改めた。
「えっ!? トマトでも造れるのですか?」
「トマトには甘さがあるんだからできるだろ?」
「そうか! じゃあ、試しに少量造ってもらえますか?」
「……あぁ、分かった……」
トマトの酒と聞き、思わずレオは食いついた。
色々なトマト料理にハマっているせいか、レオはトマトの酒を飲んでみたいと思ったようだ。
予想以上のレオの反応に押され、エドモンドは思わず了承してしまった。
「楽しみです!」
「……そうか」
トマト酒だけでなく、どの酒を造るにしてもまだしばらくかかるというのに、レオは期待が膨らみ待ち遠しそうだ。
思い付きで言ったただけなのに造ることになってしまい、レオの期待した顔を見たら断れなくなってしまった。
そのため、エドモンドは余計なことを言ってしまったと若干後悔したのだった。
「何だろ? あの船……」
「こっちに向かって来ているな……」
いつものように平凡に過ごしていると、いつもとは違うことが起きた。
一隻の帆船がこの島に向かって来ているのが見えたのだ。
4日前にエドモンドがきたばかりで、アルヴァロが来るには3日早い。
船の大きさも形も違うし、明らかにアルヴァロではない。
「念のため用心しましょう!」
「あぁ……」
船は2、3人しか乗れなさそうな船で、見た感じでは1人しか乗っていない。
しかし、予定外の来訪者のため、最初に発見したドナートとヴィートと共に、レオは向かって来る船の乗員に警戒心を強めた。
「フ~……、なかなかしんどい船旅じゃったわい」
船が島に近付いてくると、その乗員の姿が見えてきた。
なんとなく、船から降りることすら危険に見える老人の姿が確認できた。
ドナートたちの協力もあってどうにか海岸に辿りついた老人は、一息ついて座り込んだ。
「……おじいさん。どうしてこの島へ?」
一息ついている老人に、レオは心配そうに問いかける。
この島は魔物が多いことで有名で、老人が1人で来るような土地ではない。
失礼ながら、まさか痴呆のせいでここまで来たのではないだろうかという思いも浮かんで来る。
「お前さんがレオポルドかい?」
「……はい」
自分の名前を知っている所を見ると、どうやら痴呆による来訪ではないようで少し安心したが、レオはこの老人に会ったことなど無い。
そのため、どうして自分のことを知っているのか不思議に思える。
「ファウストの小僧から聞いたんじゃ!」
「ファウストさんから……」
レオの疑問はすぐに解消された。
どうやらエドモンド同様に、ファウストと関係がある老人のようだ。
しかし、50代後半のファウストを小僧呼ばわりしているとなるとおかしく思えるが、その老人の耳を見てそれもしょうがないかとすぐに思うようになった。
その老人の耳は長く、先が尖っていて、いわゆるエルフと呼ばれる人種だ。
長命な種族で有名だが、その老人となると相当な年齢になっていることだろう。
人間の50代なんて、子供と大差ないと思えるのも仕方がない。
「何でも、面白い能力を持っているとか?」
「面白いかは分かりませんが、珍しいとはよく言われます」
どうやら目当てはレオの能力らしい。
しかし、それなら数日待ってアルヴァロに送ってもらえばよかったのに、結構アグレッシブな老人のようだ。
「ここに住むなら連れて来てやると言われたんじゃが、本当かのう?」
「えっ? 住民になってくれるということでしょうか?」
「あぁ、そうじゃ」
別に若い人だけしか求めている訳でもないので、住人が増えるのはありがたい。
しかし、どんな種族であっても、老人が余生を過ごすには、この島は適した環境とは言えない。
住んでくれるのはありがたいが、ここでなくてもいい気がする。
「やっぱりジーノのじいさんか……」
「お知り合いですか?」
「あぁ……」
海岸で話をしていたレオの所に、エドモンドが姿を現し呟いた。
どうやら知り合いのようだ。
「おぉ、エドモンド! 置いて行くなんてひどいのう……」
「来んのが遅えから先に来たんだよ」
エドモンドから話を聞くと、このジーノというエルフの老人は、本当はエドモンドと共に4日前に一緒に来る予定だったらしい。
しかし、隣町からジーノが来るのを待っていたら、来る途中雨による土砂崩れで道が閉ざされ、遠回りすることになって間に合わなかったそうだ。
しょうがないので、エドモンドだけ先にこの島へ向かうことになったとのことだ。
「それにしても、1人で来るなんて、相変わらず無茶苦茶なジジイだな……」
「ホホ……、帆に風送ればこの島までなんてたいしたことないわ!」
レオたちも無茶する老人だと思っていたが、やはり思った通りのようだ。
ファウストと付き合いの長いエドモンドなら、その無茶苦茶を何度も見てきたのだろう。
呆れたようにジーノを見つめる。
知り合いのエドモンドがいるからだろうか、さっきはしんどいとか言っていたのに、もう強がったことを言っている。
レオはそれにツッコミを入れようかとも思ったが、色々聞きたい事があるのでスルーすることにした。
「エドモンドさんよ! このエルフの爺さんなにかできんのか?」
「魔法が使える。しかもかなりのものだ……」
「魔法って……」
ここに住む、住まないはレオが決めればいいと思っているので、ドナートとしても別に止めるようなことはしないが、タダ飯ぐらいは困ってしまう。
食料に関しては一応大丈夫ではあるが、ただ余生を過ごすだけなら危険なので他へ行った方が良い。
そう思ってエドモンドに問いかけると、返ってきたのが魔法と聞いて、鼻で笑ってしまう。
魔法なんて生活することに使う分には役に立つが、戦闘面では役に立たないことが多い。
宮廷魔導士になれるほどの実力者でもない限り、別に必要ない能力だ。
「ホッ!!」
“ドンッ!!”
「…………えっ?」
鼻で笑ったドナートを見たジーノは、持っていた杖を海へ向けると魔法を発動させた。
遠くまで飛んで行った火の玉は、大きな音と共に爆発して海の水を高くまで吹き飛ばした。
もしも攻撃として自分に放たれた時の事を考え、ドナートは言葉を失う。
ドナートだけでなく、レオとヴィートも目を見開いた。
「ワシが教えれば、これ位の威力が出せるようになれるかもしれんぞ?」
「本当ですか!?」
「あぁ」
先程のような魔法を使って戦えるようになれば、魔物を相手にするのにもかなり役に立つはず。
そうなると、開拓を進めるうえでも少しは楽になるはずだ。
自分も同じように魔法を使えるようになるかもしれないということに、レオは一気にテンションが上がった。
「ただ、ワシの魔法は特殊じゃから、誰もがという訳にはいかんかもしれんがのう……」
「……それでもいいです!」
誰でもという訳でもないという言葉に、レオはちょっと不安になる。
自分が使えるようになるとは限らないからだ。
だが、結局は誰も使えるようにならなかったとしても、ジーノにいてもらうことは今後に役に立つかもしれない。
これからここに住んでくれるという人間が来てくれた時、その者がジーノの魔法を受け継げるかもしれないからだ。
これだけの魔法が使えるような人間は、そうそう捕まえることなんてできないだろう。
知り合いとはいえ、勧誘したファウストはかなりのものだと感心する。
本人が住んでもいいと言うのだから、レオはジーノを受け入れることにした。
「さっきの帆に風を送るって言うのも魔法ですか?」
「そうじゃ!」
小さい船で魔道具による動力もないのにもかかわらず、よくこの島まで来たものだと思ったが、どうやら思った通り魔法によって速度を上げていたようだ。
それにしても、長い間魔法を放つことになり、かなりの魔力を必要とするはずだ。
エルフは魔力が生まれつき多いというが、それでも大変なように思える。
「エルフもこの年まで生きてりゃ、バケモンにもなるわな……」
「すんげえじいさんだな……」
先程の魔法に驚いていたドナートとヴィートは、思わず小さく呟いた。
内容は結構失礼な感じだが、レオもあながち否定できない。
それだけの魔法の威力だったからだ。
「ようこそ!! ジーノさん!!」
「ホッホ……、よろしくの!」
他に魔法をどれだけ使えるのかは分からないが、ジーノなら多少の魔物ならあっさりと倒せる事だろう。
自分の身を守れるなら老人だろうと関係ないため、レオはジーノと握手を交わして歓迎したのだった。