“ペシッ! ペシッ!”

「うぅ……、あぁ、おはよう。クオーレ」

「ニャ~!」

 いつものように柔らかい感触によって、レオは目を覚ます。
 思っていた通り、起こしてくれたのは闇猫のクオーレだ。
 レオが挨拶すると、クオーレは嬉しそうに鳴き声を上げた。

「起こしてくれるのはいいんだけど、乗っかるのはやめてほしいな……」

「ニャ?」

 時計は有っても目覚ましの機能がないので、クオーレはレオを毎日起こしてくれている。
 頼んでいないのだが、レオを起こすと褒めてもらえると認識しているのかもしれない。
 首だけ起こしたレオは、お腹の上に乗っているクオーレに抗議の言葉を呟く。
 その抗議に、クオーレは何でと言わんばかりに首を傾げる。
 簡単に言って、クオーレは子猫ではなくなっているからだ。

「大きくなったね? もう立派な成猫だね……」

「ニャ!」

 レオの言うように、従魔にして1ヵ月も経つと、クオーレは大きな闇猫へと成長を遂げた。
 もう体は大型犬並みの大きさになっている。
 その分体重も増加しており、柔らかい肉球で起こされるのはありがたいが、寝ている体の上に乗られたらかなり重苦しい。
 小さかった子猫の成長に嬉しく思って呟くと、クオーレは「まあね!」と言わんばかりに胸を張った。

「ちっちゃい時は膝に乗せられたんだけどね?」

「ニャ~……」

 レオが椅子に座って人形作成の作業に集中すると、自分を構ってくれと言っているかのように膝の上に乗って来たのだが、さすがにこの大きさで膝に乗られるのは勘弁願いたい。
 クオーレもレオの膝の上が好きだったようで、乗れなくなったことを残念そうにしょんぼりした。

「大きくなってもかわいいけどね」

「グルグル……」

 体は大きくなっても鳴き声はあまり変わっていないため、大きな猫になったというだけに過ぎず、今も変わらずレオにくっ付いてくるので、かわいさは変わっていない。
 レオが笑顔で撫でてあげると、クオーレは嬉しそうに喉を鳴らした。





「暑いな……もう夏だね?」

「フニャ~……」

 畑の手入れをしていたレオは、汗を拭きながらクオーレへ問いかける。
 クオーレは暑さにへばっているのか、弱い声で返事をした。
 島に来て4ヵ月経つ。
 季節は夏になり、日差しも強くなり気温が上がってきた。
 元々闇猫は陰から獲物を狙うのが得意なため、ここまでの日差しと気温になるとクオーレとしてはきついようだ。

「茄子が大量だ!」

 育て方は本で分かっていたが、ここまで生るとは思っていなかった。
 茄子は3つの苗を育てたのだが、1つの苗でも大量に収穫できた。
 クオーレも野菜を食べても平気なようだが、やっぱり魚が好きなようで、野菜だけだとあまり嬉しそうじゃない。
 こうなると、完全にレオ1人では食べきれない。

「こんな時魔法の指輪があると便利だな……」

 魔法の指輪は収納すると時間停止の機能があり、食物の劣化を停止してくれる。
 多く作り過ぎたのなら、魔法の指輪の中へ入れておいて冬に食べればいい。
 レオの目下の目標は、1年を無事過ごすことだ。
 たったそれだけでも、ずっと体の弱かったレオからしたら大偉業だ。
 時間があったら少しずつ開拓も考えているが、無理をする理由もないので後回しだ。

「おかえり! ラグ! あっ! ドナも!」

“ペコッ!”“ペコッ!”

 ラグとドナとは、レオが新しく動かしている木製人形の2体だ。
 ロイたちと体格は変わらないが、武器が木剣か棒しかないのでロイたちの補助という立ち位置だ。
 それぞれ手には魔物を持っている所を見ると、ロイとオルと共に倒したのを持ってきてくれたようだ。

「増やして正解だったね」

 レオがその魔物の解体を頼むと、2体は頷いて解体を始めた。
 この家の周辺は強力な魔物がいないらしく、ロイたち人形のお陰で危険な目に遭うこともない。
 しかし、強くないといっても数が多い。
 ロイたちが毎日毎日数体の魔物を退治して持ってきてくれ、アルヴァロと共に手に入れた容量の多い魔法の指輪には、1週間で7、8割埋まるほどの収穫がある。
 弱い魔物でも、毎週結構な金額が手に入ってきている。
 ラグとドナを作った甲斐があるというものだ。
 この島ではお金を使うことなんてないので、その金額は指輪の金額への返済へと充てている。
 この調子なら、予想よりも速く返済できるかもしれない。





“ゴロゴロ……!!”

「……っ!?」

 ある日、夕方になってロイとオルも帰ってきたころ、1日曇りだった天気がさらに悪化し、とうとう雷の音がなるようにまでなってきた。
 鉛色の雲に覆われた空を見ると、相当荒れることが予想される。

「ロイたちも今日は中に入った方が良いね」

「コクッ!」

 海岸の波も荒れていたので、このままだと風も強くなるかもしれない。
 そのため、レオはいつものように外を見ていてもらうということはせず、家の中に避難してもらうことにした。
 ロイたちは、はっきり言えばただの人形だ。
 適当に扱おうとも、壊れたら修復すれば良いし、何なら直さず新しく作れば良い。
 レオもきちんとそのことは理解している。
 しかし、スキルのお陰とは言っても、動かしていると情のようなものが湧いてくる。
 特に、ロイには魔物と戦うといった危険な目に遭わせるという、健康になるために動いてもらったことから感謝の気持ちもある。  
 人形なので、どこか壊れても作り変え、マイナーチェンジを繰り返し、更に情が深くなっているかもしれない。
 なので、雨風に晒して無駄に劣化させるのは忍びないと、天候が回復するまで家の中で待機してもらうことにした。



「昨日はすごい荒れた天気だったな……」

 案の定、昨日の夜はすごい天候だった。
 どうやら台風が通り過ぎたらしく、ここにも強風と雷雨が押し寄せた。
 魔物の襲撃対策として、家を頑丈に補強しておいて良かったと安堵したほどだった。
 畑の苗もいくつか倒れたりして被害に遭ったが、植え直せば大丈夫そうだ。
 昨日の天気が嘘だったかのように、空はすっかり雲が無くなっている。

「えっ? ロイ? ラグ? …………人?」

 戦闘用の人形たちは、いつも通り周辺の警戒に向かってもらった。
 苗の修復を終えて一息ついていたレオのもとに、ロイとラグのペアが戻ってきているのが見えた。
 魔物を倒したのなら、補助役のラグだけが持ち帰ればいいのに、何でロイも戻って来たのだろうか。
 そう思っていたレオは、2体が運んできているものを見て目を見開いた。
 前後に分かれ、ロイが足を持ち、ラグが上半身を持っている。
 その持っているものは、どう考えても人間だ。
 まさかのものに、レオは大慌てでロイたちの所へ駆け寄った。

「まさか! 死んで…………ない!!」

 見て受けた感覚だと、年齢的には50代前半の男性で、背も高く、体格もしっかりしている。
 短髪で無精ひげを生やしており、ちょっと渋めの中年といった感じだろうか。
 体中ビシャビシャに濡れていて、ピクリとも動かない様子を見ると死んでいるのではないかと疑いたくなる。
 まずは生死を確認しようと、レオは首筋に指を当てて脈を計る。
 すると、脈を打っているのが確認できた。 

「か、回復薬!!」

 どうやら気を失っているだけのようで安心したレオは、すぐに魔法の指輪から回復薬が入った瓶を取り出し、男性の口に運んだ。

「……んくっ!」

「良かった! 飲んだ……」

 吐き出されたらどうしようかと思っていたが、男性は少しずつ口に注いだ回復薬を飲んでくれた。
 これで恐らくは大丈夫だろう。
 作り方は覚えていたので、作成用の道具をアルヴァロに用意してもらい、島に生えていた薬草を採取して作ったレオの手作り回復薬だ。
 効能は、店で売っているのと大差ないくらいにはあると思う。
 自分やクオーレのために作っておいたのが役に立った。

「とりあえず、家に運んで!」

“コクッ!”“コクッ!”

 容体の確認のために一旦地面に下ろしてもらったが、このままここに置いておく訳にもいかない。
 そのため、ロイとラグに指示して、家へ運んでもらうことにした。
 家に運んで休ませると、回復薬が効いたのか男性の呼吸は安定していた。
 他に確認してみると、どうやら足を骨折しているのが分かり、板を持ってきて足を固定した。
 一通り自分ができる治療をおこなったレオは、このまま男性の様子を見ることにしたのだった。