いきなり責められて呆然となった。確かに、フルーツポンチをお皿に入れる担当をしていたけれど……。

『あ、あの……。あたしのお皿と交換していいよ。まだ、食べてないから』

 おずおずと肩をすくめるようにして告げると、狐目の福原君は顔を真っ赤にして激怒した。

『おまえ、そういう問題じゃないだろう。謝れよ。卑怯なことをしたんだから土下座して謝れよ』

 クラスメイト達は冷ややかな目でこっちを見つめていたので、震えながら、ごめんなさいと言おうとするが何も言えないまま涙がジワジワと滲む。その時だった。

 バンッ。誰かが福原の机を力任せに叩いたので全員が視線を向ける。

 キリッとした眉毛が印象的な男の子の伊集院拓馬がツカツカと近付いてきた。母方の御祖先様が九州男子というだけあって気骨がある。

『福原、言っとくけど、皿をここに置いたのは俺だぞ。わりぃな』

『あっ……』

 ハッと気付いた福原が顔色を変えた。お椀にフルーツポンチを入れたのは珠洲だが、それぞれの席に配ったのは別の人で、つまり、伊集院拓馬なのだ。

『おい、文句があるなら俺に言えよな!』

 小柄だけれども剣道と柔道の達人というだけあって拓馬の眼光は鋭かった。すると、福原君が不足そうに言った。

『だ、だってさぁ、こんな不公平な入れ方をした武藤が悪いんだよ』

『なに言ってんだ。炭水化物が少なくなったことの何が悪いんだよ? 感謝しろよ。ダイエットに励めて良かったじゃん』

 その途端、クラスの女子がクスクスと笑い出した。この年頃の女子は肥満児に意地悪だ。福原は、顔を真っ赤になって黙り込む。

 彼の一言で救わていた。胸がジンワリと暖かくなった。ありがとうと心の中で呟いていた。多分、あの時、珠洲の心に初恋の萌芽が生まれたのだ。

 やがて、珠洲は中学生になった。友達の数そのものは極端に少なかったけれども、この頃になると、急に泣き出すこともなくなっていた。やっと母の死から立ち直ったのだ。

 パン屋の娘の真野杏寿ちゃんは文学少女で、図書館の本の何が面白いか話し合うことで盛り上がった。

『ねぇねぇ、珠洲ちゃん、お祭りに行こうよ』

 夏祭りという響きに胸が躍る。りんご飴や金魚すくいの屋台。久しぶりの華やかな喧騒に胸がわくわくした。神社の境内には屋台やフリーマーケットのブースが並ぶ。それは御霊を慰める盆踊りだ。観光客なども訪れる祭りだと聞いている。その日、珍しく、父が、夏季休暇をとって京都から自家用車を飛ばしてここまで来ていた。

『おお、珠洲、お友達と祭りに行くのか。おこずかいをやるぞ』

 父は、お盆が終わる頃、また京都に帰ってしまう。本当は、もっと一緒にいたいけれど、父が来れる時期は限られている。珠洲が新幹線に乗って父の元に行けばいいのだが、おまえ一人では無理だよと父が言うのだ。父は珠洲をまだまだ子供だと思っているみたいだ。

『珠洲、相変わらず、おまえはチビだな』

 父は、そう言いながら珠洲の頭をポンポンと撫でた。

 若い頃の写真を見せてもらったところ、反町隆という俳優に似ていた。一方、叔父さんは丸顔で平凡な雰囲気だ。皮肉な事に、珠洲の父は頭が良かった。それなのに売れない役者を目指して挫折したのだ。

『ほら、雅な柄だそ。おまえの母さんと二人で大丸で買った浴衣なんだぞ。まだ、丈は大丈夫だな』

 商店街のメインストリート片隅に杏寿ちゃんの両親が営む昔ながらのパン屋さんがある。

『あわわ、遅刻してまうやんかぁ。えーらいこっちゃ』