「聖女様、懺悔致します。……私は貧しい家族のため、他所の畑の作物を盗みました。その畑にはたくさんの作物があって、私は目についたトウモロコシを、家族の分もぎ取って持ち帰りました……」

 王都の郊外に位置する、外観も内装も白で統一された聖域。王家直属の建築士によって造られた、荘厳で清廉な空気を纏うこの国の良心の象徴である神殿。
 その中にある聖女の間には、毎日のように罪を懺悔しに人々が訪れる。
 貴族も平民も、この神殿に訪れたからには、神の名のもとに皆平等だ。

 そして今日もまた、食うに困り罪を犯した一人の少女が、聖女たる私を通じて神の慈悲を求め、懺悔する。

「その家の人には、本当に申し訳ないと思っているのです。大切に育てた物だとわかっています。ですが、こうでもしないと、私の家族は飢えてしまうのです。……聖女様、私の罪は赦されるでしょうか」

 人は皆、過ちを犯すものだ。
 例えそれが故意にだとしても、罪を悔い改め二度としないと誓うことで、神に赦される。
 害された側は、当然心から赦すのは難しい。その赦しを当事者に代わり万人に与えるのだから、神は何と深い御心をお持ちなのだろう。

 神の名のもとに人々へ赦しを与える役割の『聖女』である私は、神の代わりに罪深き少女に微笑む。

「ええ、勿論ですわ。神は懺悔する心をもって、その罪を必ず赦して下さります。ですがその畑の持ち主にも、改めて謝罪をしてくださいね。……大丈夫です。神がお赦しになったのですから、咎められることはありません」
「はい、ありがとうございます、聖女様!」

 私の言葉を聞き、少女は改心した様子で笑みを浮かべて、何度も頷く。その表情は先程までの泣きそうなものと異なりとても晴れやかで、希望に満ちていた。

 神の慈悲というものは、罪を犯すほど荒んだ人の心をも癒す。やはり素晴らしい。
 私はこの仕事をしていて、こんな風に赦しを得た人々の笑顔を見るのが好きだった。聖女なんて大それた肩書きも、こんな時ばかりは誇りに思う。

「では悔い改め、明日からは同じ罪を犯すことのないように」
「はい、神に誓って『明日はもう、あの家のトウモロコシは盗りません!』明日はまた別のお家、もしくは別の作物を少し貰うことにします。隣のトマトもみずみずしくて美味しそうだったんです!」
「……。そう、ですか」

 無邪気な笑みを浮かべた少女は、とても軽い足取りで聖女の間を後にした。
 きっと、明日もまた盗みを赦して貰いに此処を訪れるのだろう。
 こんな時ばかりは、どんな顔をしていいのかわからない。

 神の赦しのお陰で救われる人々が居る。それは事実だ。
 意図的な殺人などの重罪とされるもの以外は、ほとんどの罪を神は懺悔と誓約によりお赦しになる。

 けれど時折、誰が被害者で誰が加害者なのか、何が正しくて間違いなのか、わからなくなってしまうのだ。
 この国は自らの罪を認め悔い改める、善良な人々に溢れているというのに。

 聖女として、神の代わりに人々を導かなくてはならない私がこんな調子では、真剣に懺悔しに来る彼らに申し訳ない。
 私は神に祈りを捧げながら、その日も数多の罪を神の代わりに赦していった。


*****


 ある日、聖女の間の大窓から、にぼろぼろな姿で一人の青年がやって来た。
 正規の扉からではない来客に驚きつつも、見覚えのある顔についそのまま出迎えてしまった。
 伸びて傷んだ髪に、この世の全てに警戒しているような鋭い瞳をした、野性的な印象の青年、アイザック。

 アイザックは、すぐ近くの村で有名な不良だった。
 彼は身を寄せ合って生きている平和な村で問題ばかり起こすとされていたが、そんな彼が懺悔しに来るなんて珍しい。

「アイザック!? どうしたのですか、こんなに怪我をして……!」
「なあ、リア」
「……此処では聖女とお呼び下さい」
「……聖女セシリア様、俺の話、聞いてくれるか?」
「勿論ですわ。此処に来たからには、どんな罪深い話でも神に代わって聞きましょう。ですが、まずは傷の手当てを……」

 出迎え改めて見た彼は、顔から身体まで全身傷だらけだった。急いで傷口を綺麗にして、神殿にあるもので簡単な処置をする。
 血が固まった傷跡は新しいように見えたが、いつのものかわからない打撲の跡は、青や黄色や紫、身体のあちこちにあって、いろんな色をしていて、見たこともない斑模様をしていた。

「アイザック、これは……」
「……何でもない」
「何でもなくはないでしょう。もう、アイザックは昔から……。もし何かを罪を犯してしまったとしても、此処に懺悔しに来れば、こんなに咎められることもないのに」
「罪、ね……俺が悪い前提かよ。まあ、自業自得だけどさ」

 そう呟いたアイザックに、はっとする。人々を平等に見るためには、不良だという固定観念を捨てなくては。
 幼い頃、近所の子に意地悪をして泣かせただとか、友達の物を壊しただとか、そんな昔話も忘れよう。
 今は幼馴染みじゃない。ただの聖女と、懺悔する者なのだ。

「ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
「分かった、罪の話を聞きたいなら、俺が人を殴った話をしよう」
「……人を殴ったのですか?」

 これはどう見ても、殴られた側の傷跡だ。けれど話してくれると言うのなら、私は聞くしかない。
 私は小さく頷いて、手当てを続ける。背に残る傷跡が天使の羽根のようでつい眺めてしまいながら、背を向けたままの彼の懺悔へと、耳を傾けることにした。

「……俺の妹、覚えてるか?」
「ええ、勿論。クロエよね? 懐かしいわ」

 少し年上のアイザック、年下のクロエ、そして真ん中の私。同じ施設で暮らしていた私達は、よく本物の兄妹のように一緒に遊んだものだ。

「クロエはもう大きくなったでしょう。元気にしている?」
「……クロエは、リアが居なくなってから村一番の器量良しに育った」
「昔は、あんなに小さかったのに……でも、そうね。可愛らしい良い子だったわ」

 いつも私たちの後をついて回っていた、幼い少女の姿が目に浮かぶ。駆けてはしゃいで抱きついてくる、愛くるしい無邪気な笑顔。本物の兄であるアイザックよりも私に懐いてくれた時期もあった。
 聖女候補として見出だされ先に施設を出た私は、すっかり二人と疎遠になってしまったけれど。

 最後に会ったのは、私が神殿入りするために村を出る日。
 泣きながら見送りに来てくれた彼女は、もう十歳頃だったか。記憶よりも大きくなった姿に驚いたことを覚えている。

 年頃の女の子なのに、土にまみれながらわざわざ山で摘んでくれた花をプレゼントしてくれたのだ。

 嬉しくて、神殿からの馬車の中でずっと握り締めていた。
 そのせいで花はすぐに萎れてしまって、そんな花を見て露骨に顔をしかめた神殿の関係者が、不浄の物は入れられないと、花を建物の前で捨てたのだ。

 そうだ。あの悲しみを経て、村のことは忘れて、これからは神殿のために生きる『聖女』にならなくてはと決めた。
 あの日の覚悟を思い出して、動揺する心を抑え彼の話を聞く。

「あいつは気弱で、泣き虫で、俺が守ってやんなきゃ何も出来なかった。でかくなってからは、一人で出来ることも増えたけど、俺の妹ってだけで雑に扱われることも多かった」

 そういえば幼い頃、彼が悪いことをするのは、いつもクロエのためだった。
 クロエの人形を奪いからかった近所の子を殴り飛ばしたり、文房具を隠されて泣いているクロエを見て、犯人の筆箱を壊してみたり。
 方法は決して褒められたものではなかったけれど、彼は彼の正義に則って行動していたのだ。
 それがいつしか、野蛮な印象が広まって、悪い噂も多くなっていた。

「俺は大人から見れば身寄りのない悪ガキで。そんな空気を感じたのか、子供からも目を付けられて、そいつらの悪事も全部なすり付けられた」
「そんな……」
「……成長して、気付けば俺は、村一番の不良だとか言われてさ。今じゃ何かあればみーんな俺のせいだ」

 アイザックの言葉に、思わず耳を疑う。故郷の善良だと思っていた人々が、たった一人の子供を捕まえてそんなことをしているなんて。

 けれど同時に、妙に納得してしまった。
 故郷の人達は、村は神殿からも近いのに、ほとんど懺悔に訪れない。
 それは罪をすべて、彼になすりつけているから。
 そのせいでそもそも顔を合わせないから、聖女としての忙しい日々の中で、こうしてアイザックが来るまで村のことを思い出す機会もなかったのだ。

「懺悔なんてするもんか。俺は何も、赦しを乞うような真似はしてないんだ。償うようなことをしていないのに、謝る必要もないだろ」
「そうね。それが事実なら、村人達が懺悔をするべきで……」

 彼の言葉に同意するけれど、懺悔をするべきだなんて、私が言うことじゃない。謝罪や懺悔は、自ら悔い改めることが必要なのだ。強制したって意味がない。

 でも、だとしたら、懺悔する加害者には自己決定権があって、被害者には、神の名において赦しを強制していることになるのでは……?

 何度も蓋をしたはずの疑問が、考えが、ぐるぐると脳を駆け巡る。

 だめだ。私は、皆を導く聖女。神の教えを疑うなど、あってはいけないのだ。

「村の連中は、自分が悪いなんて欠片も思ってないさ。いつもいつも、全部、俺が悪いって」
「そんなことないわ! 今の話を聞く限り、あなたは被害者で……」
「いや……今日からは、被害者で、加害者だ」
「え……?」

 不意に彼の声が、低く響く。先程までよりももっと温度の低い声音に、思わず身構えてしまう。
 アイザックは長く息を吐いた後、忌々しそうに語り始めた。

「働けるようになって、施設を出て、俺とクロエは二人で暮らし始めた。……クロエは、村一番の美人だった。村の連中は、クロエを他所の国の貴族に売ろうとしたんだ。俺達には身寄りもないし、ちょうどいいって。それで、俺の留守を見計らって、クロエは……」
「なっ、他国への人身売買は犯罪です! それを伝えれば……!」
「いや……売られる前に、助けに行った。でも、村人全員グルだったんだ。妨害されて、手加減なんかしてられなかった」
「それで、こんな怪我を……?」

 彼は自嘲気味に、人を殴りすぎて痛むという拳を繰り返し握っては開く。先程の汚れは返り血もあったのかもしれない。
 怪我の経緯も、手を出した経緯も、やっぱり正当防衛だ。
 けれど、人を殴ったならそれは罪になる。じゃあ、クロエを拐った人達は?
 被害者で、加害者で、罪の重さの違いは何処で左右されるのか。そして、そのどれもが懺悔という行程一つで全て赦されるのか。
 再び溢れる思考に、私の声は僅かに震える。

「ですが、理由があれど手を出したのは事実なので、その懺悔をして罪を清算してから、犯人の罪を……」
「なあ、悪いのは俺? 何もしてない、奪われたものを取り戻そうとしてこんなぼろぼろにされて、赦しを乞わないとならないのは、俺なのか?」
「それ、は……」
「はは、罪って、なんだよ。クロエは……何の罪もないクロエは、……助けに行った時には、殺されてたのに」
「え……」

 衝撃的な言葉に、信じられずに息を飲む。背を向けたまま話す彼が、どんな顔をしているのかわからない。
 あんなにも仲の良かった妹の死を、笑い飛ばすように話す声が、いっそ痛々しい。震える肩に、不用意に触れることすら出来ない。

「クロエが逃げ出そうと暴れたからって……はは。殺すつもりはなかった? 神に懺悔するから赦せ? なあ、そんなくそみたいな奴等が、本当に言葉一つで赦されるのか? 何が神だよ、何が懺悔だよ! クロエは、謝られたって返ってこない! 奪われたこの恨みは、苦しみは、どうしろって言うんだ!」

 彼の振り下ろした拳が、処置に使った消毒や包帯にぶつかり、白い床に溢れる。
 こぼれた液体は、元には戻らない。
 そして静まり返った聖女の間に、私の嗚咽だけが響いた。

「……、ごめんなさい」
「なんで、お前が泣くんだよ……」
「わからないわ……でも、ごめんなさい……」

 泣きたいのは彼だろう。赦せるはずのない犯人達に、これから神の名のもとに赦しを授ける私を恨んでもいるだろう。
 それなのに、振り返った彼は困ったようにして、私を幼い子のように撫でる。

 赦しは、奪われた者を何も救わない。
 懺悔する人とばかり接していたから、気付かなかったのだ。どちらか一方しか見ずに、何もわかるはずがないのに。

 誰に赦されたい訳でもない。それでも私は、泣きながら謝り続けるしか出来なかった。

「謝るならさ……これから俺がすること、赦してくれよな。神じゃなくて、リアが」
「え……?」

 アイザックは、それだけ言い残して神殿を出て行った。
 一人残された私は、改めて私のしていることへの自問自答を繰り返す。

 答えが出たら、彼とまた話がしたい。そう思っていたけれど、それが彼の姿を見た最後だった。


*****


 翌日、故郷の村が火に包まれたことを、私は懺悔に来た人達の噂話で知った。
 深夜に何者かによって放たれた火によって、村はほぼ全焼。眠っていたであろう人々は、ほとんど助からなかったという。
 町では朝からその話題で持ちきりらしい。

「怖いわねぇ……放火なんですって? そんな所業、神様だってお赦しにならないのに」
「あの村には有名な不良が居ただろう? 犯人はきっと彼奴だ。いやあ、いつかとんでもないことをやらかすと思ってたんだよな!」

 人々の話は、どれも表面的な噂ばかりだ。
 犯人はアイザック。証拠も目撃情報も何もないのに、誰もがそう語る。
 そして誰一人として、彼の事情も心情も、知ろうとはしていなかった。

「聖女様も気をつけて下さいね、いつ逆恨みされるかわかりませんから!」
「……。ええ、ありがとうございます」

 その日の聖女の間を閉めて、私は一人、溜め息を吐く。
 これは一晩考え抜いて出した答え。私は聖女となって初めて、神の意向に逆らうことにした。

「……例え神が赦さなくても」

 犯人がアイザックかは、断定出来ない。もしそうだとして、放火による大量殺人なんて、人々を愛される神がお赦しになるわけがない。
 そうなれば、そのきっかけとなったクロエを奪った者達よりも、アイザックの方がより罪深い罪人となる。
 それが私の仕えていた神だ。
 それが正しいのだと、ずっと思っていた。

「……私は、あなたを赦します。アイザック」

 それでも私は、彼を赦してあげたかった。
 神すら絶対に赦さないその行いを、彼の抱えた痛みや苦しみを、私だけは、受け入れたかった。

 神のご意志を無視して、神の赦しの基準を疑い、被害者と加害者の境界にも悩む。こんなの、聖女失格だ。

「私セシリアは、本日をもって聖女の任を降ります……と」

 簡単な置き手紙をして、私は数年ぶりに神殿を出る。理由や私の考えを纏めた物も用意したけれど、何と無く見付かってはいけない気がして、引き出しの奥に隠した。次の聖女が見付けて、考えるきっかけになるといい。

 私の前任も、確かまだ若くして代替わりをした。もしかすると、私と同じように自分の立場に疑問を抱き、自ら聖女を退いたのかもしれない。

 故郷は燃えた。帰る場所もなければ、神殿入りしてから町に降りても居なかったから、これからどうやって生活すればいいのかもわからない。

 それでも、皆と同じように何とか暮らしていこう。時には間違え、罪を犯し、赦して赦される、普通の人と同じように。悩んで、苦しんで、その中に希望を見出だして、日々を繰り返す。そうする中で見えてくるものもあるはずだ。

 そんな未来を思い描きながら神殿の敷地から出ると、夜だというのに複数の人々に見咎められてしまった。

「おい、あの女……」
「あれは、聖女……?」

 彼等は、道端で生活しているのだろうか。地べたに座り込み、汚れた服を着ている。痩せこけた頬にぎらつく瞳で、私を見るなりふらつきながら駆け寄ってきた。

「あんた、聖女か!?」
「まさか神殿から出てくるなんて……!」
「なあ、あんた! 神に赦しを願ってくれ! 俺たちがこんな暮らしをしてるのは、何かの罰なんだろう? だったら今すぐ赦してくれよ!」
「え、あの、ええと……ごめんなさい、実は私、聖女を辞めようと思いまして……」

 あっという間に人々に囲まれて、神殿の周辺だというのに家すら持たない民がこんなにも居たことに驚く。
 度々懺悔に訪れる作物泥棒の少女でさえ、帰る家もあり家族も居たというのに。

 彼等は私の言葉を聞くなり表情を変え、痩せ細った手で私を逃がすまいと腕や髪を掴み始めた。

「痛……っ!?」
「聖女を辞める? 何だそれは、神に背く罰当たりな悪魔め!」
「貧乏人は聖女の間にすら通して貰えない! 細やかな罪も赦しを得られない俺達は、罪人扱いだ!」
「小賢しい本物の罪人を赦すあんたのせいで、うちの財産はみんな盗人に持って行かれた!」
「!?」

 口々に罵られる内容に、思わず痛みも抵抗も忘れ絶句する。
 聖女が神殿から出てはいけない理由。そして、町がこんな状態にも関わらず神殿が潤っている理由を、ようやく悟った。

 何も知らなかったのは、私だけだ。
 世界はこんなにも理不尽に溢れていたのに、素晴らしい世界に貢献しているだなんて、世間知らずにも程がある。

 悔しさと、悲しさと、もどかしさと、言葉に出来ないたくさんの思いが胸の中で渦巻くのに、私は迷子の子供のように、喧騒の中立ち尽くすしか出来ない。

「この女は聖女を騙って俺達を貶めた悪魔だ!」
「俺達を散々見捨てて来た報いを受けろ!」
「神よ! 見ていて下さい!」

 暗闇の中降りしきる暴言と痛みの中で、私はぼんやりと考える。
 神とは一体、何なのだろう。人々に救いをもたらしてくれるものではなかったのか。
 こんな状態に陥っても尚、見方を変えれば謗られる原因となった神に救いを求める人々を見て、私は思わず笑みが溢れた。

「な、何笑ってんだ」
「やっぱり悪魔だ! やっちまえ!」

 赦し続けてきた私は、もう誰も赦さない。
 私ももう、誰からも赦されない。
 それでいい。私達の間に、神の介在は必要ない。
 赦すも赦さないも、罪も罰も、背負う覚悟をすれば自らの心で判断していいんだ。

 やっと答えが出た瞬間、私の心はようやく、解き放たれた気がした。


*****


「セシリアは、あろうことか神の教えに背き神殿を脱け出し、その先で暴徒に襲われ命を落としました。彼女の先代も、その前も、神に抗ったことにより裁きが下ったのです」
「まあ……恐ろしい」
「大丈夫ですよ、新たな聖女様。神の教えに背かなければいいのです。あなたは神を疑わず、懺悔する者に赦しを与え続け、決して神殿から出てはいけません。わかりましたね?」
「はい……!」


*****


「しかし何度も何度も聖女は世代交代を繰り返し、手記を残す者や新たな信仰を持とうとする者も現れました。……そして数多の犠牲を経て、聖女達に与えられる神の教えは形を変えていったのです」
「……聖女って、今では行事でお祈りをするだけのお飾りでしょう?」
「懺悔も赦しも必要なくなりましたからね。やがて神は赦すことをしなくなり、その判断を人々に委ねることにしました」
「ふうん?」

 退屈そうに聖女の歴史について聞く、幼い令嬢。次の聖女となるべく教育を受ける少女は退屈そうに、今しがたメイドが運んで来た紅茶へと手を伸ばした。

「まあ、こういう歴史があるので、謝罪されたから必ず赦さなければいけないのではなく、赦す赦さないは自分の気持ちで決めていいのですよ、という教えですね」
「はぁい」

 少女は紅茶を一口含み、徐にカップをメイドに投げ付ける。
 そのままメイドの顔面にカップが当たり、床に落ち破片が飛び散る。湯気立つ紅茶を被ったメイドは火傷を負い、その場に蹲り悶絶した。

「お嬢様、何を……!?」
「だって、紅茶、熱かったからゆるせなかったの。私が猫舌なの知ってるくせに」
「ああ、成る程。……赦せなかったのなら仕方ないですね」
「ええ。誰かをゆるすのって、難しいわよね」

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