カインとアシュアは少し呆然としたままのケイナを連れてテントの外に出た。
(よくもぼくの体を使ったな……)
トリはそう言ったが、ケイナがいったい何をしたというのか。きっとケイナ自身も分かっていないだろう。
後ろからついて出てきたトリはまだ少し顔色は悪いものの、平静を取り戻している。
「どうだった? 大丈夫?」
リアが心配そうな顔で近づいてきた。
「セレスは?」
アシュアが尋ねるとリアは少し笑みを浮かべた。
「大丈夫。子供たちがいる」
リアが後ろを振り向いたので3人がそちらに目を向けると、セレスが子供たちの中に座り込んでいた。うつむいているので表情は分からない。
「4つや5つの子に慰められてたわよ。頭をなでられて。それで少し落ち着いたみたい」
そしてリアはカインの顔を見た。
「やっぱり…… 帰っちゃうの?」
カインは小さくうなずいた。
「ええ……。 ユージー・カートが護衛をする。カート家の彼がいればトウは無茶しない」
「そう……」
リアは目を伏せた。
「にいちゃ!」
カインの顔をめざとく見つけた子供が走り寄ってきて彼の足にしがみついた。いつもカインに一番くっついてくる男の子だ。
カインはとても笑みを見せることはできなかった。
あっという間に別れの時が来た。もう少し時間があると思ったのに、明日の夜には発たなければならない。
「おまえ、元気で大きくなれよ」
身をかがめて言うと、まともに聞いていない男の子はこれ幸いにとカインの首にしがみついた。
「タクはカインが大好きみたいね」
リアはふたりを見てつぶやいた。
タクっていうのか。顔は覚えても名前までは覚えられなかった……。
カインは男の子を抱き締めた。
子供。生きることだけを見つめる子供。子供の周りはいつも明るい……。
生きることだけ……?
カインはどきりとして目を見開いた。背後にいたトリの表情がさっと険しくなった。
リアはなんて言ってたっけ。
子供は死だけを見つめる者のそばには来ない……
死だけを見つめる? 死の予感?
消える点。
ぼくは4つの点を見ていた。
誰のそばに最近子供が近づいていなかった…?
ぱっと赤い点が飛んだ。
見開かれた目に狂気が浮かぶ。
比類なき怒り、押さえられない感情。
すさまじい殺気にどんどん包まれる。
気が狂ったように誰かが叫んだ。
「……よ……!!」
「カイン!」
トリの鋭い声が響いてカインははっと我に返った。
アシュアはトリの声に反応するように横にいたケイナがびくりと身を震わせるのを感じた。
顔を向けるとケイナは俯いて虚空を見つめていた。何かに驚いたように目を見開いている。
「リア! タクをカインから離せ!!」
トリが怒鳴ったので、リアは仰天してタクを無理矢理カインから引き離した。
「ど、どうしたの……?」
リアはタクを抱きながら不安そうに兄を見た。
カインは呆然とした。今いったい何が見えただろう。トリの声で一瞬のうちに消えてしまった。
とても重要なことを見た気がするのに……。
立ち上がって振り向くと、トリが険しい目で自分を見ていた。
「なんて、コントロールの効かない能力なんだ…… どいつもこいつも……」
トリにしては荒々しい言葉が彼の口から零れ出た。
「なんでも見てしまうのがいいことじゃないんだよ。どうせ見るなら、なぜ…… その先の光を見ないんだ……」
吐き捨てるように言うトリにカインは戸惑ったように目を伏せた。
今…… なにを見た? 何も覚えてない。
「ケイナ」
トリの呼ぶ声にケイナはびくりとして顔をあげた。
「あとでぼくのテントに来て」
トリはそう言うとくるりと背を向けた。
「大丈夫か?」
アシュアが心配そうにカインの顔を見た。
カインの目は真っ赤だ。よほど怖いものを見たんじゃないだろうか。
「トリが…… 見たものを吸い取ってしまった……」
カインは額を押さえてつぶやいた。
「もう…… 覚えてないんだ」
「兄さんはそういう力なの」
リアがタクを抱いたまま言った。カインはリアに目を向けた。
「人に悪い影響を及ぼす夢は食べてしまうの。忘れたことはきっとあなたにとって良くない夢だったんだわ。気にしないほうがいいわよ」
夢ね……。夢なら忘れてしまってもいいのかもしれない。カインは思った。
もう、これ以上悪い夢はごめんだ……。
「タク? 『にいちゃ』は明日おうちに帰るのよ。にいちゃに抱っこしてもらう?」
親指を吸っているタクの手を口から離しながらリアが言ったが、タクはリアの髪に顔を埋めてしまった。
「びっくりしちゃったみたいね」
リアはカインを見て肩をすくめた。
「大丈夫よ。子供はすぐに立ち直るわ。明日また抱っこしてあげて」
リアの言葉にカインは戸惑いながらうなずいた。
アシュアはみんなから離れるケイナを見た。
「ケイナ」
声をかけると、ケイナは振り返って笑みを浮かべた。前とは違うケイナの笑み。輝くような美しい顔。……かえって前のほうがケイナの心情が分かったような気がする。
「トリのテントに行ってくる」
彼は答えた。
ケイナはさらに自分の心を押し込めてしまったんじゃないだろうか。
誰が見ても目を奪う笑顔の向こうに。
アシュアは彼の後ろ姿を見送って思った。
「地球の『ノマド』にも連絡をとろうと思う」
ケイナがテントに入ってくるなりトリは言った。
「カインを送って数時間後にはぼくらも発つ。きみはカインを見送ったらすぐに戻って来て。予定とは違うけれど、こうなったらしようがない」
トリは疲れた様子で椅子に座った。
「ユージー・カート自身はこっちの味方というよりも、リィの敵かな……。裏切らないとはいえ、カインの出方によっては、彼はカインを敵に回すよ。……まあ、明日会えばもう少し感じもつかめるだろう……」
「アシュアと、おれと、セレス…… 全員行くのはかえって危ないか?」
ケイナは考え込むような表情でつぶやいた。
「いや…… 戦闘力としてはきみたちしかいないんだから……。何がどう転ぶか分からないけれど、リアも連れていって」
トリは答えてこめかみを押さえた。
「まったく……。 きみの力はつくづく呪わしい。カインの予見を受け止めて、おまけに消せやしない」
ケイナは何も答えず目を伏せた。
「カインはだいぶん前から消えるひとつの点に怯えてる。彼は何も知らないほうがいいんだよ。絶対言うなよ、カインに」
トリの言葉にケイナは無言で口を引き結んだ。
「いいか、確約はできないよ」
トリは4つの小さな袋をケイナの前に置いた。ケイナは不審そうにそれを見た。
「全部にぼくの髪がひとふさ、水晶のカケラがひとつずつ。負の運命は片っ端からぼくが食べる」
「お守り?」
ケイナは呆れたように言った。
「ふざけてんのかよ」
それを聞いて、トリはめずらしく苛ついた表情を浮かべた。
「どう解釈してもいいよ。とにかくリア以外全員が持っていけ。きみはセレスを信じろ。彼がきちんと最後の歯止めになってくれる」
『最後の歯止め』。
それを聞いて、ケイナは眉を潜めて下唇を噛んだ。
これから起こることを、トリはもっと具体的に見ている。自分よりもはるかに具体的に。
彼の目にはそれぞれの一挙一動が映画でも見るように映っているのだろう。
「心配ない。治療は効果を出してるからもう痛みはないだろう。きみが自分をコントロールする第一歩だ。セレスとともに生きて行く第一歩だよ。彼を…… いや、彼女を信用しろ」
ケイナは険しい表情のまま4つの袋に手を伸ばした。
「何度も言うけど、確約はできない」
トリは言った。
「あの光景は必ずあるだろう。それを最小限にするのは、きみの能力と、あとは…… 運だ」
トリはそこで自分の気持ちを落ち着かせるように小さく深呼吸した。そして再び口を開いた。
「リアは…… アシュアの子供を生むよ」
「えっ……」
ケイナは思わず声をあげた。トリはうなずいた。
「ぼくらのような双児が生まれる。男の子ひとり、女の子ひとり。ぼくらはそういう遺伝子だ。片方は必ず夢見の能力を持つだろう。だけどぼくらと違うのは、片親が安定した遺伝子のアシュアだということ。ぼくのような虚弱児は生まれない。きっと幸せな家族を作る」
ケイナは自分をまっすぐ見据えるトリを見つめ返した。
「ためらわず、磁場の範囲に戻るまでに全員殺せ。でないと……」
トリはケイナの腕を掴んだ。
「ひとつの点は必ず消える」
(よくもぼくの体を使ったな……)
トリはそう言ったが、ケイナがいったい何をしたというのか。きっとケイナ自身も分かっていないだろう。
後ろからついて出てきたトリはまだ少し顔色は悪いものの、平静を取り戻している。
「どうだった? 大丈夫?」
リアが心配そうな顔で近づいてきた。
「セレスは?」
アシュアが尋ねるとリアは少し笑みを浮かべた。
「大丈夫。子供たちがいる」
リアが後ろを振り向いたので3人がそちらに目を向けると、セレスが子供たちの中に座り込んでいた。うつむいているので表情は分からない。
「4つや5つの子に慰められてたわよ。頭をなでられて。それで少し落ち着いたみたい」
そしてリアはカインの顔を見た。
「やっぱり…… 帰っちゃうの?」
カインは小さくうなずいた。
「ええ……。 ユージー・カートが護衛をする。カート家の彼がいればトウは無茶しない」
「そう……」
リアは目を伏せた。
「にいちゃ!」
カインの顔をめざとく見つけた子供が走り寄ってきて彼の足にしがみついた。いつもカインに一番くっついてくる男の子だ。
カインはとても笑みを見せることはできなかった。
あっという間に別れの時が来た。もう少し時間があると思ったのに、明日の夜には発たなければならない。
「おまえ、元気で大きくなれよ」
身をかがめて言うと、まともに聞いていない男の子はこれ幸いにとカインの首にしがみついた。
「タクはカインが大好きみたいね」
リアはふたりを見てつぶやいた。
タクっていうのか。顔は覚えても名前までは覚えられなかった……。
カインは男の子を抱き締めた。
子供。生きることだけを見つめる子供。子供の周りはいつも明るい……。
生きることだけ……?
カインはどきりとして目を見開いた。背後にいたトリの表情がさっと険しくなった。
リアはなんて言ってたっけ。
子供は死だけを見つめる者のそばには来ない……
死だけを見つめる? 死の予感?
消える点。
ぼくは4つの点を見ていた。
誰のそばに最近子供が近づいていなかった…?
ぱっと赤い点が飛んだ。
見開かれた目に狂気が浮かぶ。
比類なき怒り、押さえられない感情。
すさまじい殺気にどんどん包まれる。
気が狂ったように誰かが叫んだ。
「……よ……!!」
「カイン!」
トリの鋭い声が響いてカインははっと我に返った。
アシュアはトリの声に反応するように横にいたケイナがびくりと身を震わせるのを感じた。
顔を向けるとケイナは俯いて虚空を見つめていた。何かに驚いたように目を見開いている。
「リア! タクをカインから離せ!!」
トリが怒鳴ったので、リアは仰天してタクを無理矢理カインから引き離した。
「ど、どうしたの……?」
リアはタクを抱きながら不安そうに兄を見た。
カインは呆然とした。今いったい何が見えただろう。トリの声で一瞬のうちに消えてしまった。
とても重要なことを見た気がするのに……。
立ち上がって振り向くと、トリが険しい目で自分を見ていた。
「なんて、コントロールの効かない能力なんだ…… どいつもこいつも……」
トリにしては荒々しい言葉が彼の口から零れ出た。
「なんでも見てしまうのがいいことじゃないんだよ。どうせ見るなら、なぜ…… その先の光を見ないんだ……」
吐き捨てるように言うトリにカインは戸惑ったように目を伏せた。
今…… なにを見た? 何も覚えてない。
「ケイナ」
トリの呼ぶ声にケイナはびくりとして顔をあげた。
「あとでぼくのテントに来て」
トリはそう言うとくるりと背を向けた。
「大丈夫か?」
アシュアが心配そうにカインの顔を見た。
カインの目は真っ赤だ。よほど怖いものを見たんじゃないだろうか。
「トリが…… 見たものを吸い取ってしまった……」
カインは額を押さえてつぶやいた。
「もう…… 覚えてないんだ」
「兄さんはそういう力なの」
リアがタクを抱いたまま言った。カインはリアに目を向けた。
「人に悪い影響を及ぼす夢は食べてしまうの。忘れたことはきっとあなたにとって良くない夢だったんだわ。気にしないほうがいいわよ」
夢ね……。夢なら忘れてしまってもいいのかもしれない。カインは思った。
もう、これ以上悪い夢はごめんだ……。
「タク? 『にいちゃ』は明日おうちに帰るのよ。にいちゃに抱っこしてもらう?」
親指を吸っているタクの手を口から離しながらリアが言ったが、タクはリアの髪に顔を埋めてしまった。
「びっくりしちゃったみたいね」
リアはカインを見て肩をすくめた。
「大丈夫よ。子供はすぐに立ち直るわ。明日また抱っこしてあげて」
リアの言葉にカインは戸惑いながらうなずいた。
アシュアはみんなから離れるケイナを見た。
「ケイナ」
声をかけると、ケイナは振り返って笑みを浮かべた。前とは違うケイナの笑み。輝くような美しい顔。……かえって前のほうがケイナの心情が分かったような気がする。
「トリのテントに行ってくる」
彼は答えた。
ケイナはさらに自分の心を押し込めてしまったんじゃないだろうか。
誰が見ても目を奪う笑顔の向こうに。
アシュアは彼の後ろ姿を見送って思った。
「地球の『ノマド』にも連絡をとろうと思う」
ケイナがテントに入ってくるなりトリは言った。
「カインを送って数時間後にはぼくらも発つ。きみはカインを見送ったらすぐに戻って来て。予定とは違うけれど、こうなったらしようがない」
トリは疲れた様子で椅子に座った。
「ユージー・カート自身はこっちの味方というよりも、リィの敵かな……。裏切らないとはいえ、カインの出方によっては、彼はカインを敵に回すよ。……まあ、明日会えばもう少し感じもつかめるだろう……」
「アシュアと、おれと、セレス…… 全員行くのはかえって危ないか?」
ケイナは考え込むような表情でつぶやいた。
「いや…… 戦闘力としてはきみたちしかいないんだから……。何がどう転ぶか分からないけれど、リアも連れていって」
トリは答えてこめかみを押さえた。
「まったく……。 きみの力はつくづく呪わしい。カインの予見を受け止めて、おまけに消せやしない」
ケイナは何も答えず目を伏せた。
「カインはだいぶん前から消えるひとつの点に怯えてる。彼は何も知らないほうがいいんだよ。絶対言うなよ、カインに」
トリの言葉にケイナは無言で口を引き結んだ。
「いいか、確約はできないよ」
トリは4つの小さな袋をケイナの前に置いた。ケイナは不審そうにそれを見た。
「全部にぼくの髪がひとふさ、水晶のカケラがひとつずつ。負の運命は片っ端からぼくが食べる」
「お守り?」
ケイナは呆れたように言った。
「ふざけてんのかよ」
それを聞いて、トリはめずらしく苛ついた表情を浮かべた。
「どう解釈してもいいよ。とにかくリア以外全員が持っていけ。きみはセレスを信じろ。彼がきちんと最後の歯止めになってくれる」
『最後の歯止め』。
それを聞いて、ケイナは眉を潜めて下唇を噛んだ。
これから起こることを、トリはもっと具体的に見ている。自分よりもはるかに具体的に。
彼の目にはそれぞれの一挙一動が映画でも見るように映っているのだろう。
「心配ない。治療は効果を出してるからもう痛みはないだろう。きみが自分をコントロールする第一歩だ。セレスとともに生きて行く第一歩だよ。彼を…… いや、彼女を信用しろ」
ケイナは険しい表情のまま4つの袋に手を伸ばした。
「何度も言うけど、確約はできない」
トリは言った。
「あの光景は必ずあるだろう。それを最小限にするのは、きみの能力と、あとは…… 運だ」
トリはそこで自分の気持ちを落ち着かせるように小さく深呼吸した。そして再び口を開いた。
「リアは…… アシュアの子供を生むよ」
「えっ……」
ケイナは思わず声をあげた。トリはうなずいた。
「ぼくらのような双児が生まれる。男の子ひとり、女の子ひとり。ぼくらはそういう遺伝子だ。片方は必ず夢見の能力を持つだろう。だけどぼくらと違うのは、片親が安定した遺伝子のアシュアだということ。ぼくのような虚弱児は生まれない。きっと幸せな家族を作る」
ケイナは自分をまっすぐ見据えるトリを見つめ返した。
「ためらわず、磁場の範囲に戻るまでに全員殺せ。でないと……」
トリはケイナの腕を掴んだ。
「ひとつの点は必ず消える」