10月1日に僕は茨木研究所に着任した。僕の役職は研究企画室の主任だった。室長は8年先輩の岸辺さんで、横浜研究所でも研究上の付き合いがあった。岸辺さんは研究所にいたが本社勤務を経て3年前にこの茨木研究所に研究企画室長として赴任してきていた。
岸辺さんは研究管理業務には精通しているが、研究企画など研究課題について補佐してくれる人材を探していた。僕は年内にも学位を取得できることになっていて、しかも異動を希望していたので、岸辺さんは気心の知れている僕を茨木研究所に呼んでくれた。
岸辺さんには僕が異動を希望した訳を事前打ち合わせの時に話しておいた。ただ、僕が離婚したという噂は茨木研究所にも伝わっていたのは間違いない。僕に気を使って結婚や家族のことを聞く人はいなかった。それで離婚したことを改めて話す必要もなく、それだけが救いだった。
住まいは、研究所の最寄り駅から3駅離れた高槻駅で下車して徒歩7~8分の1LDKの賃貸マンションに決めた。駅前にはレストランや大型のショッピングセンターがあり、マンションまでの途中には商店街もあって独身者には生活がしやすいと思った。
それですぐに生活には慣れた。職住接近で通勤時間は30分以下で、しかも仕事は遅くとも7時には終わる。真っすぐ帰れば7時30分には自宅に着く。
ただ、時間を持て余す。それで休日には京都、奈良、神戸、大阪を見物して歩いた。物珍しさで気が紛れた。智恵と一緒なら十分に奥さん孝行ができたはずで、残念でならなかった。
関西方面に就職している大学の親友がいた。大川聡君だ。彼とは中学、高校、大学と同じだった。二人とも大学院まで進んだが、僕が大学で1年留年したので、1年早く関西の化粧品会社に就職して研究所に勤務していた。
彼とはずっと年賀状のやり取りをしていたので、携帯の番号やメールアドレスも知っていた。こちらへ来たので久しぶりに会って話がしてみたくなった。
電話をしてこちらに転勤してきたことを話すとすぐに会って一杯飲もうと言うことになった。飲む場所を相談したが、高槻駅は通勤の途中だということで、僕が時々行っている高槻の駅前ビルの串揚げ屋にした。駅の改札口で7時に待ち合わせをして店に向かった。
彼は結婚して子供もいて大津に住んでいた。僕は彼の結婚式に出席して友人代表の祝辞を述べた。彼も僕の結婚式に出席してくれたので、智恵を知っていた。
「久しぶりだな、まずは再会を祝して乾杯」
「どうだ、仕事は? また、何でこっちに転勤してきたんだ。左遷されたのか?」
「いや、希望してこっちへ来た。研究がうまくいって学位が取得できることになった」
「それはよかったじゃないか」
「その代わりに妻を失った。少し前に離婚したんだ」
「ええ、なんでそういうことになったんだ」
「研究報告を投稿したり、学位論文を書いたりするのに忙しくてかまってやれなかった。毎日帰りが遅くなって、土日も出勤したりしていたから」
「奥さんはそのことを理解してくれなかったのか?」
「よく話したつもりだったが、僕の言うことを理解してくれていなかったみたいだ」
「お子さんはいたのか?」
「子供ができなかった。できていればまた違ったと思う」
「しかたないな。それじゃあ」
「ああ、もう忘れることにした」
「こちらでも研究をしているのか?」
「いや、それで研究に懲りたこともあって、研究企画とか研究管理が今の仕事だ」
「時間があるだろう。新しい相手でも探せばいいじゃないか」
「今はとてもそんな気になれない」
「じゃあ、俺がいいところへ案内してやろうか?」
「京都、奈良、神戸、大阪へは時々行っているけど」
「雄琴はどうだ。行ったことはあるか?」
「雄琴って?」
「関西の歓楽地だ。俺も時々気分転換に行っている」
「お前、奥さんと子供がいるのに」
「だからだ」
「困ったやつだな」
「そのうち案内してやろう」
「そうだな、気分転換にはいいかもしれないな」
「そういえば、中学校の3年生の時に同じクラスだった池内紗奈恵が高槻に住んでいるそうだ。会ったことはあるか?」
「いいや、ここへは今月来たばかりだから。彼女がここに住んでいるのか?」
「俺も会ったことはないが、大森さんから聞いたんだ。この前、中学の同窓会に出た時に。お前は欠席だったな」
「ああ、論文を書いていたからそれどころじゃなかった」
「池内さんも欠席していたが、大森さんと池内さんとは仲が良くて、いつも連絡を取っていると言っていた。それで高槻に住んでいると聞いた。住所や電話番号までは聞いていないけどね」
「そうか」
「お前は池内さんとは席が近くて仲が良かったんじゃないのか」
「まあね」
「気にならないか?」
「会って久しぶりに話でもしてみたいけど結婚しているだろう」
「ちょっと、まずいか?」
「同窓会で会うのならいいけどね」
「それもそうだな」
大川君は関西に就職した大学の友人の近況を教えてくれた。僕が関西に転勤してきたので、関西にいる大学の友人に声をかけて同窓会をやろうということになった。
久しぶりに大川君と話ができて楽しかった。池内紗奈恵が高槻にいるのか。彼女とのほろ苦い思い出がよみがえってきた。幸せに暮らしていればいいが、そう思った。
岸辺さんは研究管理業務には精通しているが、研究企画など研究課題について補佐してくれる人材を探していた。僕は年内にも学位を取得できることになっていて、しかも異動を希望していたので、岸辺さんは気心の知れている僕を茨木研究所に呼んでくれた。
岸辺さんには僕が異動を希望した訳を事前打ち合わせの時に話しておいた。ただ、僕が離婚したという噂は茨木研究所にも伝わっていたのは間違いない。僕に気を使って結婚や家族のことを聞く人はいなかった。それで離婚したことを改めて話す必要もなく、それだけが救いだった。
住まいは、研究所の最寄り駅から3駅離れた高槻駅で下車して徒歩7~8分の1LDKの賃貸マンションに決めた。駅前にはレストランや大型のショッピングセンターがあり、マンションまでの途中には商店街もあって独身者には生活がしやすいと思った。
それですぐに生活には慣れた。職住接近で通勤時間は30分以下で、しかも仕事は遅くとも7時には終わる。真っすぐ帰れば7時30分には自宅に着く。
ただ、時間を持て余す。それで休日には京都、奈良、神戸、大阪を見物して歩いた。物珍しさで気が紛れた。智恵と一緒なら十分に奥さん孝行ができたはずで、残念でならなかった。
関西方面に就職している大学の親友がいた。大川聡君だ。彼とは中学、高校、大学と同じだった。二人とも大学院まで進んだが、僕が大学で1年留年したので、1年早く関西の化粧品会社に就職して研究所に勤務していた。
彼とはずっと年賀状のやり取りをしていたので、携帯の番号やメールアドレスも知っていた。こちらへ来たので久しぶりに会って話がしてみたくなった。
電話をしてこちらに転勤してきたことを話すとすぐに会って一杯飲もうと言うことになった。飲む場所を相談したが、高槻駅は通勤の途中だということで、僕が時々行っている高槻の駅前ビルの串揚げ屋にした。駅の改札口で7時に待ち合わせをして店に向かった。
彼は結婚して子供もいて大津に住んでいた。僕は彼の結婚式に出席して友人代表の祝辞を述べた。彼も僕の結婚式に出席してくれたので、智恵を知っていた。
「久しぶりだな、まずは再会を祝して乾杯」
「どうだ、仕事は? また、何でこっちに転勤してきたんだ。左遷されたのか?」
「いや、希望してこっちへ来た。研究がうまくいって学位が取得できることになった」
「それはよかったじゃないか」
「その代わりに妻を失った。少し前に離婚したんだ」
「ええ、なんでそういうことになったんだ」
「研究報告を投稿したり、学位論文を書いたりするのに忙しくてかまってやれなかった。毎日帰りが遅くなって、土日も出勤したりしていたから」
「奥さんはそのことを理解してくれなかったのか?」
「よく話したつもりだったが、僕の言うことを理解してくれていなかったみたいだ」
「お子さんはいたのか?」
「子供ができなかった。できていればまた違ったと思う」
「しかたないな。それじゃあ」
「ああ、もう忘れることにした」
「こちらでも研究をしているのか?」
「いや、それで研究に懲りたこともあって、研究企画とか研究管理が今の仕事だ」
「時間があるだろう。新しい相手でも探せばいいじゃないか」
「今はとてもそんな気になれない」
「じゃあ、俺がいいところへ案内してやろうか?」
「京都、奈良、神戸、大阪へは時々行っているけど」
「雄琴はどうだ。行ったことはあるか?」
「雄琴って?」
「関西の歓楽地だ。俺も時々気分転換に行っている」
「お前、奥さんと子供がいるのに」
「だからだ」
「困ったやつだな」
「そのうち案内してやろう」
「そうだな、気分転換にはいいかもしれないな」
「そういえば、中学校の3年生の時に同じクラスだった池内紗奈恵が高槻に住んでいるそうだ。会ったことはあるか?」
「いいや、ここへは今月来たばかりだから。彼女がここに住んでいるのか?」
「俺も会ったことはないが、大森さんから聞いたんだ。この前、中学の同窓会に出た時に。お前は欠席だったな」
「ああ、論文を書いていたからそれどころじゃなかった」
「池内さんも欠席していたが、大森さんと池内さんとは仲が良くて、いつも連絡を取っていると言っていた。それで高槻に住んでいると聞いた。住所や電話番号までは聞いていないけどね」
「そうか」
「お前は池内さんとは席が近くて仲が良かったんじゃないのか」
「まあね」
「気にならないか?」
「会って久しぶりに話でもしてみたいけど結婚しているだろう」
「ちょっと、まずいか?」
「同窓会で会うのならいいけどね」
「それもそうだな」
大川君は関西に就職した大学の友人の近況を教えてくれた。僕が関西に転勤してきたので、関西にいる大学の友人に声をかけて同窓会をやろうということになった。
久しぶりに大川君と話ができて楽しかった。池内紗奈恵が高槻にいるのか。彼女とのほろ苦い思い出がよみがえってきた。幸せに暮らしていればいいが、そう思った。