集会の途中、男の話が終わるなり成績優秀者として集められたのは、全部で五名。全員同じクラスだった。先程まで壇上に居たスーツの男は、ソファーに腰掛けにこやかに微笑んでいた。

「やあ、皆よく来てくれたね。まずは成績上位おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」

 大人に褒められる機会のなかった僕は、つい照れてしまう。他の四人も同ように恐縮した様子で頭を下げていた。
 そして、向かいのソファーに僕達が腰掛けたのを見て、男はややあって申し訳なさそうに眉を下げた。

「……すまないね。君達は、もう気付いているだろう。クラスのお友達が減ってしまったことに」
「……え」

 僕達は思わず、互いに顔を見合わせる。訳がわからなかった。
 今日初めて会う男がクラスの異変を知っていることも、呼び出された他の皆も誰かが居なくなったことに気付いていたことも。
 しかし混乱の中、男はお構い無しに言葉を続ける。

「君達は成績優秀者として集められた。そして、居なくなってしまったお友達は、残念ながら成績がふるわなくてね……その辺りは、皆も心当たりがあるんじゃないかな」
「あ、の。それって、どういう……」
「端的に言うと、彼等は情報過多だったから、昨夜のメンテナンスでデリートされたんだ」
「……え?」

 メンテナンス、デリケート。
 ゲームを嗜む今時の学生ならば聞き覚えのある単語だ。けれど、この状況においては、その意味がわからなかった。

「詳しくは明日改めて説明するんだけど……前提として、こんな実験に町ぐるみで参加するなんて、現実にあり得ると思うかい?」
「え、だって、実際こうして……」
「この町は、バーチャル空間に作られた仮想現実。この学校は実験の舞台。そして住民達は、システム上に存在する擬似的な人格なんだ」
「……、は?」
「つまり、全てただのデータ……わかりやすく言うと、君達はプログラムにより人格を与えられた、AIと呼ばれるものだね」

 先程から、思考は完全に停止していた。そういう設定のアニメやゲームなら大好きだ。仮想現実。とても夢がある。
 けれど、実際そんなのを大の大人から語られたとして、すぐに受け入れられる程高校生は子供じゃない。

「すみません、ちょっと意味がわからないです」
「ああ、うん。そうだろうね……ならとりあえず、実際見ればわかりやすいかな」

 そう言って男は、手元にあったノートパソコンの画面を僕達に見せる。そこには、先程まで居た体育館全体の様子が映し出されていた。生徒達はまだ残って、校長の話を聞いている。

 盗撮していたなんて悪趣味だ。けれど男は何でもない様子で画面を操作し、『本当にデリートしますか』と不穏な確認画面を出す。
 何と無く嫌な予感がして、反射的に止めようとした瞬間、男は躊躇いもなくエンターキーを押した。そして一瞬にして、生徒も教師も校長も、全員消えてしまった。

「……これで、残っているのは君達だけだ」
「は……」

 カメラの不具合。こんなの画像編集でどうにでもなる。どう考えても子供騙しだ。そう思うのに、同じ階にあるはずの体育館方面はやけに静かで、先程まで微かにマイクに乗って聞こえていた校長の声も聞こえない。
 もう冬だというのに、嫌な汗が背を伝う。柔らかな椅子に座っていても足が震えて、その場の誰一人、部屋を飛び出し確かめに行くだけの勇気は出なかった。

「君達は、不思議に思ったことはないかな。日々端末によりカウントされる情報数……他のクラスの友達や、家族との会話でカウントされた記憶は?」
「え……?」
「親は、他のクラスの知り合いは、近所の人は、情報制限に関与していた?」
「なにを……」
「そもそもこのクラス以外の人物は、全部君達の中にインプットされたデータ上の設定だけ。存在しないものに、カウントが適応されたりはしない」

 家族の顔を、部活の後輩の声を、近所のおばあさんの曲がった腰を、何とか思い浮かべようとする。
 男の言葉を否定して、馬鹿にするなと叫んでしまいたい。今すぐそんな訳あるかと家に帰ってしまいたい。
 けれど僕達は、もう黙り込むしか出来なかった。これまでずっと傍に居た、大切だったはずの周りの人達は、ただ『サラリーマンの父』『専業主婦の母』なんて、記号としての情報しか、思い出せなかったのだ。

 男の話し声以外やけに静かで、いつの間にか窓の外は見慣れた校庭ではなく、暗闇に染まっていた。この部屋の外は、廊下すらもう存在していない気さえした。

「そんなに苦悩しなくていいんだよ、君達は立派なスコアを納めた模範的人格モデルなんだから」
「人格、なら、明石の方が……僕の友達の方が、よっぽど……」

 震えながらようやく出た声が、涙に滲んだ。これが何の涙なのか、僕にはわからなかった。明石の顔も、もうあまりよく思い出せない。

「明石……ああ、あれは少し、喋りすぎだったね。情報制限もろくに守れなかった。制御不能なプログラムは、不要だ」
「だから、消したって言うのかよ……」
「そうだね。あれはあれで需要があったかも知れないけれど……我々が求めているのは、君くらいでちょうどいいんだよ。阿澄くん」
「それって、どういう……」
「それは、今度改めて説明するよ。今日はこれからアップデートなんだ」
「は? これ以上何をするんだ……?」
「来月からは、お待ちかねの第二段階だよ。……さあ、それまでおやすみ」

 男の言葉と同時に、意識がシャットダウンするように、一瞬にして暗闇が広がった。


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