どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分のことが大嫌いだ。
希望に満ちあふれた中一の夏、私は自分で自分を傷つけ、苦しみへ追いやってしまった。
そんな私も変われるのかな…。
「お名前は何ですか?」
見知らぬ先生が言った。
「涼村星花です。」
「涼村さんですね。あなたは一年二組です。」
私はドキドキしながら教室へ行った。
(新しい友達できるかな)
わくわくもしていた。
そんなことを思いながら教室に入ったとき、中学生のオーラを身にまとった人が自分の席に座って仲の良い人と話していた。
あんな怖そうな人一年間も一緒に過ごすと思うとぞっとした。
でも近くの席に小学生の時の同級生の一ノ瀬雫が座っていることに気が付いた。
私は迷わず話しかけた。
「雫、一緒のクラスだね。」
「あっ、星花。本当だ。一緒のクラスで良かった。これからもよろしくね。」
「こちらこそ、中学校でも仲良くしてね。」
そして、体育祭や学年遠足が終わった。
私は雫とずっと一緒に行動した。
初めての中間テストが終わった日、私は雫に誘われて、プリクラを撮りに駅まで行った。
「ねぇ、星花、親友になろうよ。」
急に雫がそんなことを言った。
そんなこと言われたことのない私は
「もちろん、雫、これからもよろしくね。」
と喜んで返した。
この時の私は知らない。この数日後に恐ろしい悲劇が待ちのぞんでいることをー。
放課後、いつも通り部活へ行き、席に座ろうとしたとき、私より先に行っていた雫が隣のクラスの滝沢未来と話していた。
「未来、ニュース見た?未来の好きなウィンターマンのフジが『椿の花』って映画やるって!一緒に観に行こうよ。」
「うそっ!フジがやるの!?雫、絶対一緒に行こう。」
その会話を聞いた私はウィンターマンもフジも何も分からないまま二人のもとへ行った。
「雫、ウィンターマンって何?」
「今超人気の男性アイドルグループだよ。」
「ねぇ、その『椿の花』って映画、私も一緒に行っていい?」
「えっ………。」
雫は困った表情をしていた。
「ごめん。無理だよね。」
「ううん、そういうのじゃなくて、ドキュメンタリーみたいなやつで、ウィンターマン知らないとこの映画見るの結構難しいかもしれない。」
「じゃあ、私、勉強してくる。それじゃだめ?」
「いいんじゃない?ウィンターマンのファン仲間増えるし。ねぇ、雫?」
未来は嬉しそうな顔をしていた。
「嫌、ウィンターマン知らない人とじゃ楽しくないもん。
「……そうだよね。」
(親友じゃなかったの?)
この会話をきっかけに雫や未来、同級生、誰とも話せなくなった。
雫に話しかけたことにより、私は自分で自分を傷つけた。
夏休みが終わり、私は人との会話をもっと避けるようになった。
もちろん学校に行くことも苦しかった。
でも、両親には何も言えなかった。
そのかわり私は毎朝
「頭痛い」
嘘をついた。
でも母は
「大丈夫よ。行ったら元気になるから。」
そう言って一日も学校を休ませてくれなかった。
いつしか私に『逃げる』という選択肢は消えていた。
そんな日々を繰り返していたある日、同じクラスで幼なじみの功に
「星花、放課後空いてる?遊ばない?」
と言われた。
功は私とは違い、人気者で友達もたくさんいるのにどうして私なんだろう、と思いながら
「空いてるよ、遊ぼ。」
と言った。
そして放課後、功に言われた通りの公園に行って、小学生の頃のように遊んだ。
ブランコに乗っていた時、功が私に向かって
「星花、最近誰とも話してないけど、なんかあった?」
と聞いてきた。
功なら、私の話を否定せずに聞いてくれるかもしれない、そう思った私は、これまでのこと、親や周りの大人に言えなかったことを全て言った。
本心まで言った。
「私、学校が怖い。部活も夏休みが終わってから一回も行ってないの。」
気付いたら泣いていた。
功はブランコから降り、泣いてる私を静かに抱きしめた。
「そうだったんだ。気付けなくてごめん。ずっと苦しかったんだな。星花は偉いよ、毎日学校に来て。」
功は孤独な私が求めていた言葉をくれた。
だから私は最大限の感謝を込めて
「ありがとう。」
と言った。
「星花、部活もし辞めるんだったら、毎日ここで、放課後話そうよ。」
この日、苦しみからの出口が少し見えた気がした。
私は功と話した次の日、部活を辞めた。
そのかわり、毎日功と公園で話すようになった。
功の友達の話やそれぞれの趣味を話した。
毎日、学校に行くことが少しだけ楽しみになった。
功と話すようになってから二週間ぐらいがたったある日、いつも通り公園へ行くと未来がいた。
未来は私を見つけると走ってくるなり私の頬を叩いた。
「あんた男のために部活辞めたの?ありえない。雫が毎日『私のせいで星花が苦しんでいるんだ。』って毎日言ってるのも知らずに、何のんきにしてるの。雫が毎日どんな気持ちでいるかわからないの?」
「………ごめんなさい。私のせいで。」
パチンと未来はまた私の頬を叩いた。
「被害者ぶるなよ。死ね。」
そう言って未来は公園を出て行った。
(私のせいで雫も傷つけてしまったんだ。)
私は静かに涙を流した。
「星花、滝沢に何された。」
聞き覚えのある声がした。
「…私、雫を傷つけちゃたんだ。」
「そんなことない。星花は悪くない。」
「そんなことあるんだよ。傷つけちゃたんだよ。」
思わず大きな声を出してしまった。
「ごめん。」
「ごめんとか、そういうのじゃないんだ。俺は星花が苦しいなら、一緒に苦しんで、星花が楽しいなら、一緒に楽しみたいんだ。だから、教えて欲しいんだよ。」
「そんなことしたら、迷惑かけちゃうよ。」
功は公園全体に聞こえるくらいの声で言った。
「迷惑じゃないよ。だって、星花が好きだから。」
「実は、私もずっと前から好きだったの。」
私は顔を赤くして言った。
この日、私は苦しみから出ることができた。
功と付き合い初めてから二年が経ち、卒業式前日を迎えた私たちは公園へ行った。
「私、高校で友達できるかな?」
気付いたらそんなことを言っていた。
「星花ならできるよ。でもさ、できなくてもいいじゃん。」
「え……。」
「無理に変わろうとしなくてもいいと思う。できなかったらさ、またここで話そうよ。」
功は笑いながら言った。
「うん。」
私も笑っていた。
これまで私は時間が戻ればこんなことにならなかったのに、と何回も思ったことがあった。
でも、時間が戻っていたら、今の私はこんなに笑っていなかったかもしれない。
変わらなきゃと思い続けていたら、いつか苦しくなって自分で自分の命を終わらせていたかもしれない。
そう思うと、少しだけ息がしやすくなった気がした。