さようなら、ぺトリコール

その日は、どんよりとした雲が空を覆っている日だった。
───ぺトリコールだ。
ふと空を見上げる。もうすぐ、雨が降ってきそう。
ぺトリコールというのは“雨の降り始めの匂い”という意味らしい。これはつい最近知った。
ついついオシャレな名前で使いたくなる。
雨は嫌いだけれど、雨の降り始めの匂いはなんだか好きだった。
今の空のように、私の心はどんより曇り空だ。
───というのも、あの告白のせい。
「ねぇ、桜井(さくらい)さん俺と付き合ってくれない?」
もう1年以上も通う校舎裏。
そこに私は信田(しのだ)くんに呼び出された。
私だけを呼び出してなんの用だろうと、不審に思いながら待ち合わせ場所へ来た。
そこで信じられない告白をされた。
「待って。信田くんって彩乃(あやの)の彼氏だよね?」
信田(しのだ) 圭佑(けいすけ)。私の大切な友達である田代(たしろ) 彩乃(あやの)の彼氏だ。
中学生の頃から付き合っているらしく、もう3年になるはずだ。
そんな彼がなぜ……
「彩乃とは別れる。桜井さんが好きになったから」
ありえないと思った。
確かに誰かと付き合っている間に、他の誰かを好きになってしまうことはある。
そんな話は何度も聞いたことがあるし、だから“不倫”という言葉だって無くならない。
でも、よりによってなぜ彩乃の友達である私に……
「ごめん。私が大切なのは彩乃だから、信田くんとは付き合えない」
私の答えは決まっていた。
例え彩乃と信田くんが別れたとしたって、私は信田くんとは付き合わない。
「そっか……」
「じゃあ、私帰るね」
肩を落としている信田くんをその場に置いて、私はカバンを持ち直し、その場を立ち去る。
そんな告白現場の近くで、映像部がカメラを構えて何やら撮影しているのが見えた。
夏の大会に向けて作品を作っているのだろう。
何かを一から作るというのは大変だと思う。
雨が降る前に早く帰ろう。
そんな撮影シーンを横目に、私は帰路についた。
昨日から梅雨に入ったらしい。
今日の朝、ニュースでそう報道されていた。
なんて憂鬱な朝だろう。
部屋のカーテンを開けても、どんよりとした空からはあまり光が届かない。
やっぱり雨の日は嫌いだ。
「行ってきます」
つま先をコンコンとついて靴を履き、家を出た。
玄関を出てすぐに傘をさす。
この天気のせいで学校までの道のりもすごく長く感じた。
学校に着き、傘を折りたたみ傘立てに立て、靴を履き替えて教室へ向かう。
教室に迎えに連れて、話し声が大きくなる。
なにやら今日は騒がしい。
何があったのだろうと足早に教室へとむかった。
教室前の廊下で、見慣れた姿を見かけた。彩乃だ。
なぜか元気がなさそうで俯いている。
「おはよう、彩乃。どうかした?」
背中越しにそう問いかけた。
「えっ」
すると一斉に浴びる視線。
ありえないという顔でこちらを見てくる。
私が一体何をしたというのだろう。
元気がなさそうな友達に声をかけただけだというのに。
「ねぇ、杏子(あんず)。あんた何したのかわかってる?」
「何って……」
「あんなことしておいて何事もなく話しかけるなんて、神経どうかしてるんじゃないの?」
四方八方から浴びせられる罵倒。
周りにいる人全員が敵に見えた。
「あんなことって?」
「とぼけるのもいい加減にしなよ!彩乃のことこんなに傷つけて楽しい?」
「ちょっと意味が……」
「はぁ、あんたには絶望したわ。もう私らに話しかけないで。本っ当に最低」
最後の最後まで意味がわからない。
私が何をしたって言うの?
彩乃は最後まで顔を上げず、何も話さなかった。
意味がわからないまま、教室の中に入り、その真実を知る。
黒板に大きく書かれた“友達の彼氏を奪った女”という文字。
「何、これ……」
そこには私の名前が書かれていて、信田くんと一緒にいる写真が貼られていた。
「最低だよね」
「彩乃が可哀想」
後ろで声がする。
この日から私は、クラスのみんなから無視されるようになった。
あることないことを言われる日々。
彩乃とはあの日以来話していない。
彩乃に同情した女子たちが彩乃を守るように囲んでいて、私は近づくことさえ許されない。
本当のことを伝えたいのに伝えられない。
いや、伝えたとしても信じてくれないかもしれない。
最初はこそこそと悪口を言われるだけだった。
それが先生の目を盗んで、聞こえるように悪口を浴びせられるようになり、この前は体操着を隠されたりなんかした。
先生には「忘れました」なんて嘘をついて授業を見学したけれど、その間も「自業自得だ」と嘲笑う女子たちがいた。
悔しくて下唇を噛んだけれど、私の力じゃなにも出来なかった。
本当は違うのに、違うのだと証明する術がない。
唯一本当のことを知っているはずの信田くんとは、話す気力も湧かなかった。
話したところでまた変な噂をされるだけ。
──私の生きている意味ってなんだろう。
いつしかそう思うようになった。
苦しい。辛い。
そんな言葉は口から出ずに、どんよりとした曇り空に消えていった。
今日も雨だ。
傘を差すかどうか迷うくらいの微妙な雨。
今の私の心を表しているかのような梅雨空だった。
家の近くに小さな公園がある。
滑り台とブランコだけの本当に小さな公園。
子どもの頃、よく遊んでいた記憶がある。
なぜか思い立った私は、遠回りをして帰ることにした。
パラパラと降る雨の中、その公園の前で立ち止まる。
こんな雨の中、人がいる。
傘もささずにブランコを漕いでいた。
油がないからなのか、古くて錆びてしまっているからなのか、キィーッという嫌な音がする。
「何見てるの?」
「えっ」
いきなり声をかけられて、体が震えてびっくりする。
まさか声をかけられるなんて思ってもいなかったから。
顔を上げて見ると、知らない男の子だった。
私と同じくらいの年齢の男の子。
「こっちおいでよ」
そう手招きされる。
なぜか私は何かに惹かれるように公園の中へと足を踏み入れた。
「一緒にブランコ、どう?」
「う、うん……」
制服のスカートが濡れてしまうなんてことはお構い無しにブランコに座ってしまった。
座った後に後悔するけれど、一度座ってしまったものはもう変わらない。
足で地面を蹴って、ブランコを揺らした。
「楽しいでしょ」
「……うん」
男の子はふっと笑う。
ブランコに乗るなんていつぶりだろうか。
多分、小学生以来乗っていない。
「名前なんて言うの?」
「私?」
「うん、そう」
「私の名前は桜井 杏子」
「杏子。いい名前だね。僕の名前は雨宮(あまみや) (かなで)
「雨宮くん」
「うん」
名前がこの天気にぴったりだと思った。
「なんで雨の日に公園にいるの?」
「うーん、落ち着くからかなぁ」
雨の日の公園が落ち着くなんて変な人。
そう思う一方で、妙に納得する自分もいた。
「確かにそうかも」
誰もいない公園。
今の私にはぴったりかもしれない。
学校に行っても居場所はないし、家に帰れば家族に心配をかけないよう、何事も無かったかのように無理矢理笑顔を作らなければいけない。
誰もいないここは、とても気持ちが落ち着く気がする。
「本当?杏子にもそう思って貰えて良かった」
そこでしばらくブランコを漕ぎながら話をした。
その中で同じ高校2年生なのだと知った。
「うちの飼い犬におやつあげようとして手品みたいに隠したんだけど、おやつが無くなったことに驚いてキョロキョロしてて。それがまた可愛くてさぁ──」
「ふっ、それは見てみたいかも」
「動画撮りたかったな」
久しぶりに笑った気がした。
雨宮くんと話していると心が落ち着いてくる。
とても不思議な気持ちになった。
「雨宮くん、そろそろ私帰らないと」
「そうだよね。引き止めてごめん」
「ううん、楽しかった」
シワになったスカートをぱっぱと振り払って立ち上がる。
雨宮くんはちょっとだけ寂しそうな顔をした。
「僕、よくここに来るからまた話そうよ」
家がこの近くなのだろうか。
今まで一度も会ったことがない気がするけれど。
「うん、ありがとう」
また家に帰れば、憂鬱な時間がやってくる。
できればもう少しここに居たかったけれど、これ以上帰るのが遅くなると親に心配されてしまう。
「じゃあね、雨宮くん」
「またね、杏子」
手を振って公園を後にする。
公園を出てすぐに振り返ると、もうそこに雨宮くんはいなかった。
次の日の帰り道。
今日も学校は散々だった。
もういつものことだけれど、無視されるし、悪口は言われるし。
心が疲れてしまう。
それなのに、なんという天気だろう。
梅雨に入ったというニュースが流れたばかりなのに、今日は快晴だった。
こんなに晴れるなんて珍しい。
今の私には、ギラギラと照りつける太陽がとても眩しすぎた。
そんな帰り道にふと雨宮くんの言葉を思い出す。
“僕、よくここに来るからまた話そうよ”
確か、雨宮くんはそう言っていた。
特に話すような出来事なんかないけれど、今日も何か話したい気分だった。
閑静な住宅街を歩いてまもなく、公園が見えてきた。
公園の入口で立ち止まる。
晴れているからか、地元の小学生たちがボールを蹴って遊んでいた。
雨宮くんの姿はない。
まだ来ていないのだろうか。
雨宮くんも高校2年生だと言っていたから、授業が長引いてまだ帰ってきていないのかもしれない。
待っていたら来るだろうか。
そう思い、公園に足を踏み入れる。
昨日と同じようにブランコに乗って、地面を蹴飛ばした。
──早く来ないかな。
いじめられるようになってから、人と関わることは避けていた。
人と関わることで傷つくのは自分だってわかっていたから。
それなのに、雨宮くんはなぜか違う。
また話したいと思った。
それは私のことを何も知らない人だったからかもしれない。
知らないからこそ気を張らなくてもいい。
ブランコを漕ぎ始めてからもう1時間は経っただろうか。
雨宮くんは来なかった。
目の前にコロコロとボールが転がってくる。
それを追いかけるように小学生の男の子がこちらへ向かって来た。
ブランコを降りてボールを拾う。
「ごめんなさい!」
ちゃんと謝れるいい子だ。
「ううん、大丈夫。はいどうぞ」
サッカーボールだったから蹴って返そうか迷ったけれど、運動神経が悪いことを思い出してそれはやめた。
もう帰ろうかな。
雨宮くんの嘘つき。
いや、嘘ではない。
よくここに来るからと言っていただけで、毎日来るなんて言ってない。
私のただの勘違い。
横に置いておいたカバンの底の土を落として、家に帰ることにした。
また会えるといいな、雨宮くんに。
それから毎日公園に通っている。
もしかしたら今日は雨宮くんに会えるかもしれないという期待を持ちながら。
でも次の日もその次の日も雨宮くんは来なかった。
公園に通い始めてから5日目。
今日は久しぶりに雨が降っていた。
そんな今日もいじめを受けて、必要な傘を隠されていた。
こんなにたくさん傘が並んでいる中で、なんで私の傘がわかったんだろう。
朝、姿を見られていたのだろうか。
名前を書いているわけじゃないし、そうでもしないとわからないはず。
いじめる方もご丁寧に大変だなと思いつつ、校内中を探し回った。
かなり探したけれど、傘は見つからなかった。
学校の外に捨てられたのだろうか。
あいにく折りたたみ傘は持っていないし、梅雨の雨は病みそうにもない。
このまま帰るしかなかった。
今日は公園に寄るのはやめようかな。
雨はそこそこ強く降っていて、髪の毛から雨の雫が滴っていた。
そう思ったのに、足は公園の方へと向かっている。
ある会話を思い出したのだ。
なんで雨の日なんかに公園にいるのかと尋ねた時、雨宮くんは落ち着くからと言っていた。
雨の日の今日ならもしかしたら……そう思った。
もしかしたらいるかもしれない。
そう気持ちが高ぶってくる。
気持ちと同時に公園へ向かう足も速くなっていた。
公園に着く。
晴れの日は毎日のように遊びに来ていた小学生たちの声はしない。
その代わりに、君がいた。
「杏子!?どうしたの、そんなびしょ濡れで!」
ブランコに乗っていた雨宮くんが驚いてこちらへ向かってきた。
今日はちゃんと傘を持ってきているらしい。
雨宮くんはその傘に私を入れてくれた。
「あはは、ちょっとね」
「今日は一日中雨が降っていたのに傘を忘れたなんてことはないでしょ?」
「うん……」
「もしかして傘無くしちゃった?」
雨宮くんには全てお見通しだ。
それがいじめで隠されたとは思ってもいないだろうけれど。
雨宮くんの言葉に、私はこくんと頷いた。
「そっか、大変だったね。あそこ、座ろう?」
雨宮くんが指さしたのは、公園のベンチ。
そこには屋根があって、ベンチは濡れていなかった。
「これ使って?」
手渡されたのは少し厚手のハンカチだった。
「でも……」
「いいから、ね、ほら」
傘を折りたたんだ雨宮くんは、私の濡れた髪や制服を拭いてくれた。
「杏子、大丈夫?」
「え?」
「泣きそうな顔してるから」
そんなつもりはなかった。
雨宮くんに会えたことが嬉しかった。
嬉しくて泣きたくなったのかもしれない。
「雨宮くんに、会いたかった」
「あぁ……ごめんね」
ここ数日、公園に来てくれなかったことを謝っているのだろうか。
「僕、雨の日にしか来られないんだ」
雨宮くんは雨空を見上げてそう言った。
「そうなんだ。それなら早く言ってよ」
「うん、ごめん」
雨宮くんは優しく微笑んだ。
その優しさにまた泣きそうになる。
「杏子をそんな顔にしちゃってるのは僕のせい?」
心配そうに聞いてくる。
「ううん、違う」
雨宮くんじゃない。
これは私の問題だ。
「僕には、話せない?」
「……私、」
そっか。私、誰かにずっと話を聞いてもらいたかったんだ。
そう思うと、ストンと気持ちが落ち着いた。
ずっと雨宮くんに話を聞いて欲しくて、その姿を探していた。
だから、今日会うことができて、ホッとした。
「あのね、私……学校でいじめられてるの」
親にも言ったことはない。
そう打ち明けるのは、雨宮くんが初めてだった。
「無視されたり、悪口言われたり、物隠されたり……今日の傘だってそう」
悔しさで涙が溢れそうになり、視界が歪む。
話すこともできなければ、謝ることもできない。
やめてと言いたいのに、怖くて何も言えない。
先生にだって相談できない。
先生に言ったとバレたらもっといじめが酷くなりそうで怖い。
「私は告白されただけなの。大切な友達の彼氏に。大切な友達の彼氏だったから、私はその告白を断った。それなのに次の日学校に行ったら……私が友達の彼氏を奪ったことになってた」
私は友達のためを思って行動したはずだったのに。
いつの間にか、友達を……彩乃を裏切ったことになっていた。
「辛かったね、杏子。よく今まで耐えて頑張ってたね」
雨宮くんは優しく背中をさすってくれた。
話しただけで何も解決してはいないけれど、心はすごく軽くなっていた。
「聞いてくれてありがとう」
「ううん。僕に話してくれてありがとう。少なくとも杏子のことを信じてる人はいるよ。僕は、杏子を信じてる」
「……っ、ありがと、雨宮くん」
「泣いていいよ。僕が慰めてあげる。それに、今なら全部雨のせいにできるから」
「……ふぇっ」
泣いていいと言われて初めて、私は涙を流すことができた。
ずっと、辛かった。
ずっと、誰かに助けて欲しかった。
どれくらい私は泣いていたのだろうか。
雨のせいでわからないけれど、少しだけ辺りは暗くなり始めていた。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう。ハンカチ、ぐしょぐしょ……」
「いいよ、僕そんなに使ってないし」
「今度洗って返すね」
「そんなの、全然いいのに」
雨宮くんはまた優しく笑った。
そんな笑顔に私は助けられている。
「そろそろ帰る時間かな?」
「うん、そうだね。今日は本当にありがとう」
「うん。僕はずっと杏子の味方だから。いつでも助けてあげる。あ、そうだ。この傘使って?僕もうひとつ持ってるから」
「いいの?」
「うん、どうぞ」
「ありがとう、雨宮くん」
雨宮くんの言葉はとても心強かった。
雨宮くんが居れば、なんでも頑張れそうな気がした。

雨宮くんに打ち明けてから数日が経った。
今日も雨が降り続いている。
雨宮くんは、やっぱり雨の日にしか公園に来ないらしい。
試しに曇りの日に公園へ立ち寄ってみたけれど、その日はいつまで経っても来なかった。
その代わり雨の日は、必ず公園に雨宮くんがいて、暗くなるまでずっと一緒に話をしていた。
そんな話をする時間が私にとっては癒しの時間で、雨宮くんといる時間がとっても楽しかった。
学校へ着くと、ビクビクとしながら下駄箱を開ける。
靴がちゃんと入っているだろうか。
何かイタズラをされていないだろうか。
今日は幸いにも何もされていなかった。
今日も校内はザワついている。
特に隣のクラスが騒がしかった。
「ねぇ、知ってる?隣のクラスの雨宮 奏くんが事故で亡くなってたんだって」
教室に着き、カバンを下ろして席に着くと、そんな会話が耳に飛び込んできた。
雨宮奏くんって……
───名前が一緒だ。
私が雨の日に公園で会っている雨宮くんと。
「その話、詳しく聞かせてもらってもいい?」
いても立っても居られなくなった私は、いつも無視されていることを忘れて、その子に声をかけていた。
突然私が話しかけてきたから、クラスメイトは驚いていた。
「交通事故に遭って入院してたらしいんだけど、そのまま……だって」
同じクラスになって一度も話したことがなかった女の子がそう答えてくれた。
「あり、がと……」
信じられない。
名前が同じだけで違うかもしれない。
私が会っていたあの男の子は隣のクラスだった?
雨宮くんはいつも私服だったから、どんな制服を着ているのかは知らない。
同姓同名なだけできっと違うはずだ。
だって私は、雨の日に毎日会っていたんだから。
本当に入院していたのなら会えないはずだから。
「ねぇ、杏子……」
「えっ……」
混乱しているところに話しかけてきたのは、ずっと話していなかった彩乃だった。
一度にいろんなことが起こって頭が整理しきれない。
雨宮くんのことだってわからないままだし、なんで彩乃が私に声を……
「ごめんっ!」
彩乃は頭を下げて謝ってきた。
「全部勘違いだった……ずっと杏子を信じたかったけれど信じられなくて……裏切られた気分だった。でも、違った。今更許してくれないかもしれないけれど、ごめんなさい」
「あの、なんで……」
クラスのみんなが私たちに注目している。
クラスメイトの1人がスマホをこちらに向けて口を開いた。
「動画が回ってきたの」
それはみんなが使っているSNSで、怖くて私はいじめられるようになってから見ていなかった。
その動画が再生される。
そこには私と信田くんが小さく映っていた。
そして、微かに話し声が聞こえる。
「告白したの、圭佑だったんだね」
「彩乃……」
一番辛いのは彩乃のはずなのに。
彩乃は全てを受け入れたようだった。
「私、また杏子と友達に戻りたい」
「……いいの?」
「杏子が許してくれるなら」
「もちろんだよ」
それにしてもその動画……一体誰が。
「ねぇ、もう一回見せてくれる?」
クラスメイトに頼んでもう一度見せてもらう。
一体誰が載せたのだろう。
確認したくてアカウント名を見た。
名前は“雨”と書いてあった。
私の頭の中には1人の人しか思い浮かばない。
その日からピタリといじめは無くなった。
あの動画がみんなに回ったのだろう。
私の誤解は解けたようだった。
本当に助けてくれたの?
ねぇ、雨宮くん。