翌日から参議院で集中審議が始まった。
 野党の議員たちは連日、与党に対して追及するがイマイチ迫力に欠け、緊張感があるように見えない。
「野党であることに慣れきってるんじゃないか」とネットでは批判されている。

 マスコミはさすがにこの法案について報じ始めた。朝からワイドショーで識者たちが法案の賛成派と反対派に分かれて議論をする。
 街の人の声も取り上げるが、「もともと、若者は選挙に行ってなかったんだから、別にいいのでは?」という高齢者や、「え~、どっちでもいいです。選挙行くの面倒だし」といった若者の声を、反対派の意見より多く取り上げていた。
 投票する人数が減ればコストも劇的に減るから、その分税収を社会保障に回せると報じるメディアまで出て来た。

「これじゃあ、みんな、若者は選挙に参加しなくていいって思っちゃうじゃないの」
 千鶴はテレビを見ながら気をもんでいる。
 その嫌な予感は的中し、テレビ局各局の世論調査によると、選挙法改正に賛成する意見は5割を上回っていた。
 お金に余裕のある若者は、海外移住に向けて動きはじめているという。
 今や、国会前と官邸前では朝から晩まで法改正に反対する人たちが声を枯らしてシュプレヒコールを上げている。

「友達も誘ったんだけど、断られて。その子は大企業に勤めている正社員なんです。これからも正社員でいたかったら、政治的な活動はするなって、会社に釘を刺されたって」
 美晴が若者たちの声を多くの人に届けようと、参加者に話を聞いていると、ある女性が語ってくれた。

「もう、学生時代の友達は、正社員とそうでない人とで完全に分かれちゃってて。正社員の子は、学生時代に努力しないで遊んでたからこうなるんだって言うし。私もだけど、生活が苦しくてバイトをしながら通っていた子が結構いて……その子たちはみんな正社員になれなくて。努力しなかったわけじゃないのに。どんなに働いても給料は安いし、ちょっとでもミスったらすぐにクビにされちゃうし、もう限界なんです。それなのに、選挙までしちゃいけないって言われて、もう人間として見てもらえてないっていうか」 
 話しながら女性は鼻を真っ赤にして涙を流す。

 ――そうだ。高木君や秋川さんのような若者は大勢いるんだ。何とかしなきゃ。

 美晴はインタビューをスマホで撮影しながら、ますます決意を固くする。
 怜人は主要都市で若者を集めて演説をしている。それも場所を貸してもらえないので、現地の若者と連絡を取って、ゲリラ的に行うのだ。
 美晴は怜人と一緒に行きたかったが、「今度こそ逮捕されるかもしれないし、危ないから」と怜人に拒まれた。 
 美晴は東京に残って、官邸前や国会前で積極的にマイクを握った。
「皆さん、まだあきらめてませんよね?」
 国会前でビールケースの上に立った美晴が呼びかけると、ウォーという声が沸き起こる。

「そうです、あきらめたら、そのとき、本当にこの国は終わります。最後の最後まで望みを捨てなければ、きっと逆転は起きるって私は信じています。今、与党の議員の事務所には連日陳情が相次いでいるって聞いてます。それも、多くは皆さんのような若者で、泣きながら『仕事がない、もう死にたい』って訴える人もいるって。与党の議員も、『こんな法案、無茶苦茶だ』って上層部に抗議する人たちも増えてきたそうです。もう一押しです。後一押しで、廃案に持ち込めるんです。私たちがここで黙っちゃったら、この恐ろしい法案が通ってしまう。そうなったら、この先は闇です。若者には未来がなくなってしまう。これは私たちだけじゃなくて、私たちの後に続く将来の若者のための戦いでもあるんです!」

 再び、ウォーという雄たけびが上がる。みんなの目は必死さで血走っている。
「今更、ムリだって!」
「やめろ、やめろ!」
 若者に向かってヤジを飛ばす輩もいる。50代ぐらいの男たちだ。まわりの若者が食ってかかって、小競り合いが起きる。
 警察が「待ってました」とばかりに動こうとするので、美晴はそこに飛んでいき、「言いたいことがあったら、ステージでどうぞ」とヤジを飛ばした男たちにマイクを差し出した。
 男たちはバツが悪そうな顔になる。

「私たちに何か言いたいことがあるんですよね? どうぞステージで発言してください」
 美晴が再度強く言うと、まわりにいた若者がスマホで一斉に撮影を始めた。
「やめろっ」
「バカバカしい、つきあってられるか!」
 捨て台詞を残して、男たちは去って行った。
「こうやって、国は私たちの分断を図ってます。それにまんまと乗せられないように。外野なんて気にしないで。私たちは正当な権利を訴えてるんです。胸を張って行きましょう!」
 わあっと拍手が起きる。