レイナは前奏を弾きはじめる。
つたない指使いだが、リズムは大きく乱れない。
すう、と大きく息を吸ってから、歌いはじめる。『小さな勇気の唄』を――。
♪君に一つの花をあげよう
それは勇気という名の花で
君の胸の奥で
決して枯れることなく
咲き続けていくだろう
「レイナ」
レイナの横には、今、タクマが座っていた。
「歌って、レイナ。トラックに負けないように」
優しい、なつかしい笑顔をレイナに向ける。
『小さな勇気の唄』を弾きながら、歌ってくれる。
――そうだね、お兄ちゃん。あの幸せな時間は、いつも、ここにある。消えることなんかない。そうでしょ?
裕はステージの袖で涙を止められなくなっていた。
「裕さん?」
笑里が心配そうに顔を覗き込む。
「私は、今までずっと、レイナを守りたいって思ってきたんだ。あの悲惨な生活から助け出してあげたいって。だけど、助けられてたのは……」
口元を覆った手の隙間から、嗚咽が漏れる。
「私のほうだ……レイナの存在に、どれだけ勇気づけられてきたか」
笑里はうんうんと、何度もうなずく。その瞳からも、大粒の涙が零れ落ちる。
二人はピッタリと体を寄せ合って、レイナの姿をまっすぐ見つめた。
会場にいた少女二人は、ギュッと手を握り合い、目を閉じて歌に聞き入っていた。
「ねえ、目を閉じると、星が降って来るよ」
そっと囁く。
「そうだね、たくさんの星が降って来る……」
「あら?」
茜は目をパチパチとする。
「今、星が流れていったような……?」
目にゴミが入ったのかと思ったが、まわりの観客も、同じように目をパチパチさせたり、こすったりしている。
「ステージの演出……?」
「あっ」
会場の外でスクリーンを見ていた観客の一人が、空を指さす。
「流れ星!」
「えっ!?」
みんな、驚いて空を見上げる。
夜空には、東京では珍しいぐらいの数の星が瞬いていた。そこに、一つの星が輝きを放ちながら、尾を引いて流れ、消えていく。ややあって、また一つ。もう一つ。
今、流星群が夜空を染めていた。
「東京で流れ星が見えるなんて」
みな、呆然と、次々と流れては消えていく星を見つめていた。
レイナの歌声は、夜空に吸い込まれていく。
♪君と一つの山を越えよう
高く険しく
果てしなく見える山だけど
君と一緒なら
乗り越えることができるんだ
救急車が止まり、救急隊員がタンカを持って、ジンに駆け寄った。
「ジンさん、しっかり!」
タンカの上でぐったりと横たわるジンの手を握って、美晴は必死に呼びかける。自分の手も服も血だらけだ。
「ほ……し」
ジンは目を開けて、かすかにつぶやく。
「え?」
ジンは震える手で、空を指した。
美晴が見上げると、流れ星がすうっと流れた。
レイナの歌声があちこちから聞こえてくる。それに呼応するように、次々と流れていく星。
レイナが産まれた夜も、こんな夜だった。美晴は思い出す。
「レイナ……!」
美晴の涙が、ジンの手に零れ落ちる。
青年はふと、顔を上げた。
その日も青年はセンター街でチラシを配っていた。かじかんだ手に、何度も息を吹きかけながら。
「ハンバーガーはいかがですか? こちら、500円割引のクーポンです」
チラシを差し出しても、ほとんどの人はチラリとも見ない。
青年は空しくなり、思わずにじんだ悔し涙を拭う。
――いつまで、こんな生活を送らなくちゃいけないんだろ。
時折、何もかも投げ出したくなるのだ。自分の命さえも。
そのとき、歌が聞こえて来た。
気づくと、あちこちで若者がスマホを見ている。そのスマホから曲が流れてくるのだ。
「レイナの歌、いいよね」
「ああ」
みんな、レイナの歌に惹きこまれていた。
青年は耳をすませた。
それは、すべてを包み込むような慈愛に満ちた歌声で。
自分の背中を押してくれるような、力強い歌声で。
見上げると、空は晴れ渡っていて、今まで見たことがないぐらいの星が瞬いている。
そこに弧を描いて消えていく、流れ星。それが、自分の行き先を導いてくれるようで――。
青年はいつしかチラシを捨て、歩き出していた。
通りで寒さに凍えながら掃き掃除をしていた少女は、ホウキを置く。
道端に座り込み、お酒で寒さを紛らわせていた中年男性も、立ち上がる。
スマホを見ていたカップルは、腕を組んで。
飲み会帰りに騒いでいたビジネスマンも、酔いから醒めたように。
レイナの歌に導かれるように、みなある場所を目指して歩き出した。
美晴たちが闘っている、官邸に向かって。
つたない指使いだが、リズムは大きく乱れない。
すう、と大きく息を吸ってから、歌いはじめる。『小さな勇気の唄』を――。
♪君に一つの花をあげよう
それは勇気という名の花で
君の胸の奥で
決して枯れることなく
咲き続けていくだろう
「レイナ」
レイナの横には、今、タクマが座っていた。
「歌って、レイナ。トラックに負けないように」
優しい、なつかしい笑顔をレイナに向ける。
『小さな勇気の唄』を弾きながら、歌ってくれる。
――そうだね、お兄ちゃん。あの幸せな時間は、いつも、ここにある。消えることなんかない。そうでしょ?
裕はステージの袖で涙を止められなくなっていた。
「裕さん?」
笑里が心配そうに顔を覗き込む。
「私は、今までずっと、レイナを守りたいって思ってきたんだ。あの悲惨な生活から助け出してあげたいって。だけど、助けられてたのは……」
口元を覆った手の隙間から、嗚咽が漏れる。
「私のほうだ……レイナの存在に、どれだけ勇気づけられてきたか」
笑里はうんうんと、何度もうなずく。その瞳からも、大粒の涙が零れ落ちる。
二人はピッタリと体を寄せ合って、レイナの姿をまっすぐ見つめた。
会場にいた少女二人は、ギュッと手を握り合い、目を閉じて歌に聞き入っていた。
「ねえ、目を閉じると、星が降って来るよ」
そっと囁く。
「そうだね、たくさんの星が降って来る……」
「あら?」
茜は目をパチパチとする。
「今、星が流れていったような……?」
目にゴミが入ったのかと思ったが、まわりの観客も、同じように目をパチパチさせたり、こすったりしている。
「ステージの演出……?」
「あっ」
会場の外でスクリーンを見ていた観客の一人が、空を指さす。
「流れ星!」
「えっ!?」
みんな、驚いて空を見上げる。
夜空には、東京では珍しいぐらいの数の星が瞬いていた。そこに、一つの星が輝きを放ちながら、尾を引いて流れ、消えていく。ややあって、また一つ。もう一つ。
今、流星群が夜空を染めていた。
「東京で流れ星が見えるなんて」
みな、呆然と、次々と流れては消えていく星を見つめていた。
レイナの歌声は、夜空に吸い込まれていく。
♪君と一つの山を越えよう
高く険しく
果てしなく見える山だけど
君と一緒なら
乗り越えることができるんだ
救急車が止まり、救急隊員がタンカを持って、ジンに駆け寄った。
「ジンさん、しっかり!」
タンカの上でぐったりと横たわるジンの手を握って、美晴は必死に呼びかける。自分の手も服も血だらけだ。
「ほ……し」
ジンは目を開けて、かすかにつぶやく。
「え?」
ジンは震える手で、空を指した。
美晴が見上げると、流れ星がすうっと流れた。
レイナの歌声があちこちから聞こえてくる。それに呼応するように、次々と流れていく星。
レイナが産まれた夜も、こんな夜だった。美晴は思い出す。
「レイナ……!」
美晴の涙が、ジンの手に零れ落ちる。
青年はふと、顔を上げた。
その日も青年はセンター街でチラシを配っていた。かじかんだ手に、何度も息を吹きかけながら。
「ハンバーガーはいかがですか? こちら、500円割引のクーポンです」
チラシを差し出しても、ほとんどの人はチラリとも見ない。
青年は空しくなり、思わずにじんだ悔し涙を拭う。
――いつまで、こんな生活を送らなくちゃいけないんだろ。
時折、何もかも投げ出したくなるのだ。自分の命さえも。
そのとき、歌が聞こえて来た。
気づくと、あちこちで若者がスマホを見ている。そのスマホから曲が流れてくるのだ。
「レイナの歌、いいよね」
「ああ」
みんな、レイナの歌に惹きこまれていた。
青年は耳をすませた。
それは、すべてを包み込むような慈愛に満ちた歌声で。
自分の背中を押してくれるような、力強い歌声で。
見上げると、空は晴れ渡っていて、今まで見たことがないぐらいの星が瞬いている。
そこに弧を描いて消えていく、流れ星。それが、自分の行き先を導いてくれるようで――。
青年はいつしかチラシを捨て、歩き出していた。
通りで寒さに凍えながら掃き掃除をしていた少女は、ホウキを置く。
道端に座り込み、お酒で寒さを紛らわせていた中年男性も、立ち上がる。
スマホを見ていたカップルは、腕を組んで。
飲み会帰りに騒いでいたビジネスマンも、酔いから醒めたように。
レイナの歌に導かれるように、みなある場所を目指して歩き出した。
美晴たちが闘っている、官邸に向かって。