ゴミ捨て場のレイナ

「レイナちゃん、総理大臣って、誰か分かるかな? 日本で一番偉い人だよ」
 白石がレイナに言う。
「違うよ、一番偉い人じゃないよ」
 レイナは笑顔で否定する。
「世の中で一番偉いのは、汗水たらして働いてる人だって、ママもマサじいさんも言ってたもん。工事してる人とか、街を掃除してる人とか、農家さんとか漁師さんとかが偉いって、いつも言ってたよ」
 レイナの言葉に、片田と白石は固まる。
「え、ちょっとちょっと、お宅ではこんな基本的なことも教えてないんですか?」
 白石が皮肉な笑みを浮かべながら裕を見ると、「白石君、やめなさい」と片田が制した。

「レイナさんの言うとおりだ。一番偉いのは、汗水たらして朝から晩まで働いてる人だ。私は、そういう人たちのお陰で、こんな生活をできてる。大切なことを教えてくれたね」
 片田は笑顔になったが、その目はまったく笑っていない。
「総理、ちょっと」
 他の側近が呼びに来て、片田は「今日の歌、楽しみにしてますよ」と去って行った。
 白石も面白くなさそうに部屋を出て行く。

「私、今、一瞬ヒヤッとしちゃった」
 笑里はそっと裕に耳打ちする。
「ああ。レイナは相手が誰でも自分を変えないところがすごいな」
「何も知らないからだろうけど」
「それなりに分かってるよ、きっと。レイナに聞かれて、総理大臣は何をする人なのかを教えたからね。それでも変えない。レイナは、僕らが思っている以上に芯が強いんじゃないかな」

 
「私が総理大臣になったのは14年前、56歳の時でした。あの時は国会議事堂を占拠しようとした輩がいて、国内が大混乱に陥った時期でした。皆さんもご記憶ではないでしょうか」
 片田が招待客の前でマイクを手に話している。
 大ホールでは円卓を囲んで100人ぐらいの招待客が、片田の話にうなずきながら聞き入っている。タキシードを着た給仕が、次々と料理をテーブルに運んでいる。
 レイナたちは会場の外で待機していた。
「レイナ、ここの会場で食事をしている人に向かって歌うんじゃなくて、料理を作ってる人や、運んでる人に向かって歌うんだ」
 裕はそっとレイナに耳打ちする。
「その人たちが、汗を流して働いているんだ。総理大臣より偉いんだよ」
「後、外にいる警備員さんもね」
 笑里が付け加えた。
 レイナは目を輝かせる。

 片田の話はダラダラと30分ほど続いた。待ちくたびれたころに、「それでは、ここで、影山レイナさんにご登場いただきます」と女性司会者の声が聞こえて来た。
「レイナさんは皆様もご存じかもしれませんが、ゴミ捨て場で生まれ育ち、そこで歌っている様子を撮影した動画が世界中で話題になり、今や日本を代表するシンガーとしてご活躍されています。皆様、拍手でお迎えください!」
「さあ、行こうか」
 裕と二人でホールに入ると、拍手がパラパラと起きる。みな片田の話が終わるのと同時に一斉に食事を始めて、レイナに興味がないのは明らかだ。
 
 二人は顔を見合わせる。裕は「気にしない、気にしない」とそっと言う。
 歌うのは部屋の隅。そのことからも、あまり歓迎されてないのが分かる。
 裕は黒いアップライトピアノの前に座った。
 司会者の女性がレイナの経歴をメモを見ながら説明しているが、招待客はおしゃべりに興じている。

「えー、それでは、最初の曲は『はじまりの明日』ですね。レイナさん、よろしくお願いします」
 司会者がレイナにマイクを渡そうとするが、「マイクは大丈夫」とレイナは断った。
 裕が静かに伴奏を奏でる。レイナは目を閉じ、深呼吸をしてから歌いだす。
 最初は、やさしく、やわらかに。サビに向けて、徐々に声量が上がっていく。
 何人かの客が手を止めてレイナを見る。
 サビでレイナは全開で歌う。
 キッチンにいる料理人に聞こえるように。建物の外にいる警備員に歌が届くように。
 ゴミ捨て場の時と同じぐらいの声量で、全身を楽器にして声を出す。
 ホールの壁がビリビリと震える。
 招待客はみな、呆気に取られてレイナを見る。あまりの声の大きさに、耳を覆う人もいた。
 
 建物中にレイナの歌声が響き渡る。 
 食事を運んでいた給仕係が、階段で足を止めた。地下のキッチンでは料理人たちが、「ウソ、これ、レイナの歌?」「すごい、ここまで聞こえるなんて」と手を止める。
 建物のあちこちにいる警備員は、驚き戸惑いながら、どこから歌声が聞こえてくるのかとキョロキョロしていた。
「なんて、キレイな声」
 目を閉じて聞きほれる者もいれば、口ずさんでいる者もいる。


 森口は今日もレイナや裕たちを送迎するために来ていた。
 駐車場には、そんな運転手が何人もいた。みな車の外に出て、時間をつぶしている。
 森口は軽く体操をしていた。近くにいた警備員が不審な目で見ているので、「年を取ると、ずっと座っているのがつらくてね」と森口は説明する。

 そこに、レイナの歌声が聞こえてくる。
「ほう、今日もいい声だ」
 うっとりと耳を傾けていると、ほかの運転手や警備員たちは「歌?」「どこから聞こえてくるんだ?」とあたりを見回している。
 やがて、みな歌声に耳を澄ませる。夜空に染み渡るような、切ない歌声。
 歌が終わると、森口は拍手をした。他の運転手たちも、大きな拍手をしている。目頭を拭っている者もいた。
 見上げると、星がチラチラ瞬く、満月の夜空。
「いい夜だ」
 森口はつぶやいた。
 途中で司会者が、「レイナさん、もう少し声のボリュームを落としていただけませんか」と頼んだのにも関わらず、レイナは3曲とも全力で歌った。
 歌い終えると、割れんばかりの拍手が起きた。
 しかし、それは招待客ではなく、いつの間にかドアの外に集まっていた給仕係や料理人、警備員からだった。招待客の一部は立ち上がって拍手をしているが、ほとんどの人はどう反応していいか分からないようだ。

 片田は苦虫を噛み潰したような表情で、腕を組んでいた。やがて、おおげさに「いやあ、素晴らしい歌声でした」と拍手をした。それを見て、招待客も慌てて拍手をする。
 片田はいかにも作り笑いという笑みを浮かべて、
「圧倒されましたよ。まるでオペラ歌手のようだ。これはやはり、西園寺先生の指導のたまものでもあるんでしょうね」
 とレイナたちに歩み寄る。
「いえいえ、レイナは元々並外れた声の持ち主で、私と妻の笑里で、それをちょっと磨いた程度ですよ」
「またまたご謙遜を」
 片田はマイクを握る。

「実は、今日レイナさんをお呼びしたのは、1つお願いしたいことがあるからなんです」
 レイナは「お願いしたいこと?」と首をかしげる。
「来年、東京オリンピックが開かれますね。レイナさんにはそのテーマ曲をぜひ歌っていただきたいんです」
 片田の提案に、会場からは「おお~」とどよめきが起きる。

「開会式では、ぜひコンサートをしていただきたい。それを世界中に配信したいんです。もちろん、大会中はテレビやネットでレイナさんの歌を流します。オリンピック中は、毎日世界中の人がレイナさんの歌声を聞くことになるんです。それは日本の誇りにもなる。こんなすごい歌姫がいるんだと世界の人に知ってもらうのは、われわれ日本人にとっても鼻が高いことですよね?」
 招待客に問いかけると、みな大きな拍手を送る。

 レイナは裕の顔を見る。
「オリンピックって何?」
 レイナの素朴な問いに、片田は「え?」と目を丸くした。
「オリンピックって聞いたことない。何をするものなの?」
「えーと、そうか、知らないですか。オリンピックは、世界中の人が日本に集まって、スポーツで競い合うんですよ。水泳や体操やテニスとかをして、一番勝った人は金メダル。2位が銀メダル、3位は銅メダルをもらえる大会です」
「ふうん。それって、面白いの?」
「ええ、そりゃもう。試合を見てると、手に汗握るぐらいに興奮しますよ」
 レイナにはピンと来ない。

「今すぐには決められないので、レイナとはよく検討してみます」
 裕がフォローした。
「ぜひそうしてください。こんなにいい話、めったにないですよ」
 片田が話を終わらせようとすると、
「それより、総理大臣に聴いてもらいたいことがあるの」
 と、レイナは目を輝かせる。
「なんでしょう?」
「ゴミ捨て場に来てほしいの。それで、そこで暮らしている人たちと話をしてほしい。みんなつらくても、頑張って生きてるの。みんなの生活を、少しでも楽にしてほしい。総理大臣なら、できるでしょう?」
 招待客はシンと静まり返った。片田がどう返すのか、みな成り行きを見守っている。
「そうですね、一度行ってみましょう。いろんな立場の人と話をするのが、私の仕事ですからね」
 片田が作り笑いを崩さずに言うと、レイナは喜びを爆発させる。
「ホントに⁉ みんなも、きっと喜ぶと思う! 私も一緒に行っていい?」
「ええ、もちろんですとも。ぜひレイナさんが案内してください」

 片田が合図をすると、司会者は「レイナさんの素敵な歌声を聞かせていただきました。次は、ファッションデザイナーの三城ケンさんにお話ししていただくことになっております」と話を切り替えた。
 レイナは客に手を振りながら、退出する。客が無反応でも気にしない。
「よかった、ゴミ捨て場に来てくれるって!」
 レイナは喜んでいるが、裕と笑里は片田が社交辞令で言っただけであると分かっていた。二人は複雑そうな顔をしている。


 控室に戻ろうとすると、「レイナさん、素晴らしい歌声に感動しました!」と一人の小太りの女性がホールから出て来た。
 緑色のラメのドレスを着て、いかにも高そうなネックレスやイヤリング、指輪をジャラジャラとつけている。
 笑里は「片田さんの奥様の瑞恵さんよ」とレイナに囁く。
「とってもかわいらしいし、歌声はすごい迫力があるし。さすが世界の歌姫ね。ファンが多いのも分かるわ」
「ありがとうございます」
 レイナは素直にお礼を言う。

 瑞恵はレイナのバレッタに目を止めて、「それが、大切な人からもらったバレッタね」とジロジロ見る。
「世界の歌姫が、いつまでも壊れたものを身につけているのはどうかしら」
 瑞恵は自分の髪につけていたかんざしを抜く。
「これ、今日の記念に差し上げるわ。本物のダイヤがついているかんざし」
 イチョウ型になっている部分に、大ぶりのダイヤがいくつもついている。レイナは「いいえ、いらないです」と即座に断る。

「あら、遠慮しなくていいのよ。他にもたくさん持ってるから」
「それ、高そう」
「そうね、かなりお高いわよ」
「だったら、そのお金でゴミ捨て場の人たちに食べ物を買ってあげてほしいの。一番困ってるのは、ゴミ捨て場の人たちだから」
 瑞恵の顔が引きつった。 
「そう? 欲がないのね、レイナさんは」
 結局、瑞恵はかんざしを渡さずに会場に戻ってしまった。
「ゴミ捨て場の人に食べ物を買ってくれるかな?」
「どうだろう。たぶん、それは難しいんじゃないかな」
 裕は軽くため息をついた。
 レイナが着替えている間、裕は玄関で待っていた。
「西園寺先生、こちらにいらしたんですか」
 振り向くと片田が立っている。
「先生たちのディナーを用意しましたので、こちらへどうぞ」
「いえ、もう遅い時間ですので、私たちはこれで」
「そうですか? 一流のシェフが作った料理を、レイナさんにぜひ召し上がっていただきたいんですが」
「レイナはまだ子供ですから、あまり遅くまで出歩かせたくないんです」
「そうですか。ずいぶん大切に育てていらっしゃるんですね」
 片田は相変わらず作り笑いを顔に張りつかせている。

「ところで、レイナさん、ゴミ捨て場で歌ってるようですね。動画を見ました」
「ああ、ゴミ捨て場の住人が撮影したみたいですね」
「ああいうことは、日本のためにはなりませんね」
 片田は笑顔を崩さない。

「え?」
「ご存じのように、オリンピックを招致できたのは、日本の経済は完全に復活していて、不況から脱却できたとアピールしたからです。日本は長らく不況が続いていて、財政破綻するんじゃないかと世界で言われていましたが、何とか乗り越えて来た。世界が望んでいるのは復活して元気になった日本の姿です。ゴミ捨て場で生活している人たちの姿ではない。ああいうのが世界に知れ渡るのは、日本のためになりませんね」

「でも、レイナはゴミ捨て場で生まれて育ったと世界中のファンが知ってます。今更、それを隠す意味はあるのでしょうか?」
 裕は冷静に反論する。片田は一瞬鼻で笑った。

「失礼しました。伝え方が悪かったようです。レイナさんが住んでいたゴミ捨て場は、住人がいなくなって、住居が撤去されましたでしょ? そのゴミ捨て場を復興のシンボルとしてアピールしたいと考えてるんです。でも、それ以外のゴミ捨て場にも同じような住人がたくさんいるんだと勘違いされたら困るんですよ。日本はそんなに貧しい国なのかって誤解を招くから。だから、これ以上、ゴミ捨て場で歌わないで欲しい。それだけです」

 裕はしばらく黙り込んでから、ゆっくりと口を開く。
「レイナが住んでいたゴミ捨て場の住人は、レイナの稼ぎで住まいを買ったから移り住めただけです。経済の復興とは何も関係ない。それに、各地のゴミ捨て場には依然として住んでいる人が多いと言うのは、歴然たる事実です。それをなかったことのようにするのは、どうなのでしょうか」
 片田の顔から、すうっと笑みが消えた。
「もっと物分かりのいい方なのかと思っていたけれど、どうやら見込み違いのようですな」
 裕はひるまず、片田の目から視線をそらさない。片田のまばたきが異様に増える。

「ハッキリ申し上げましょう。ゴミ捨て場でコンサートを開いたり、それを動画で配信するのはやめていただきたい。二度としないで欲しい。日本の恥部を世界にさらすことになるんですから。それに従っていただけないのであれば、先ほどのオリンピックの話は」
「ゴミ捨て場でコンサートを開いちゃいけないって、どういうこと?」
 振り返ると、着替えを終えたレイナが笑里とアンソニーと一緒に立っていた。
「なんでコンサートをしちゃいけないの? 私は歌いたい。ゴミ捨て場のみんなの前で歌いたい」
 レイナのまっすぐな訴えに、片田はどう返せばいいのか、言葉を探しているようだった。

「まあ、レイナさんがゴミ捨て場で歌いたいのなら、私にそれを止める権利はありません。ただ、その場合、オリンピックの開会式で歌っていただくのは難しいことになる。やはり、オリンピックで歌うのはそれなりに、いいイメージが必要ですからね」
「だったら、オリンピックに出なくていいよ。私、オリンピックってよく分かんないし。それより、ゴミ捨て場で歌うほうが大事だから」
 レイナがあっさりと申し出を断ったので、片田は顔をひきつらせた。

「いいんですか? 世界に名前を売るビッグチャンスですよ」
「レイナはすでに、世界中にファンがいますよ」
 裕が静かに答えると、片田は一瞬眉を吊り上げた。
「そうですか。どうやら、今日お招きしたのは間違っていたようだ。今日の料金は後程、担当者から連絡がいくと思います」
「お金はいらない。総理大臣に会って、ゴミ捨て場に来てくださいって伝えたかっただけだから」
 レイナはきっぱりと言う。
「そうですか、好きにしてください」
 片田はもはや興味をなくなった、という表情を隠しもせず、足早に立ち去った。
「なあにぃ、感じ悪いわねえ」
 アンソニーが小声で言う。
「小物感満載の男ね。ああいうのが日本のトップだなんて、ヤダヤダ」
 裕はレイナを優しいまなざしで見る。
「迷わずにオリンピックよりゴミ捨て場を選ぶなんて、レイナ、君を誇りに思うよ」
「だって、ゴミ捨て場で歌えなくなるなんて、やだもん。みんなから、また歌いに来てほしいって言われて、また行くからねって約束したんだもん」

 レイナの答えに、笑里は「レイナちゃあん、ホント、かわいい子」と抱きしめた。
「帰って、芳野さんのごちそうを食べましょ。ハンバーグにするって言ってたわよ」
「やった、芳野さんのハンバーグ、大好きっ!」
 帰りの車中では、いつものように森口が興奮しながらレイナの歌の感想を述べるという流れが待ち構えていた。
 レイナは各地のゴミ捨て場を回ってミニコンサートを開いていった。
 ゴミ捨て場の住人や作業員がその様子をスマホで撮影して、動画サイトで公開する。その再生回数はあっという間に億を超えた。
 レイナの活動について取材をしたいという申し込みも多かった。だが、宣伝のためにやっているのではないと、レイナたちは自分からは語らないことにした。
 それでも、レイナが次にどのゴミ捨て場に行くのか予測をする人たちが現れ、現地に行くと数十人のファンが待ち構えていたりする。
 レイナは誰とでも分け隔てなく接するが、ゴミ捨て場の住人とファンとの間でいざこざが起きたときもあった。

 ある日、最前列に陣取ってスマホで撮影している少女が3人いた。赤いバレッタをしているので、「街の人」であるのは明らかだ。
「前の人、後ろが見えないから、座って!」
 ゴミ捨て場の住人が抗議しても、3人は知らんぷりしている。
 レイナは見かねて、「後ろの人が見えないみたいだから、座ってもらえる?」と3人に声をかける。

「やだあ、こんな汚いところに座れないもん」
「後ろの人も立って見ればいいじゃない」
 素直に従うと思っていた3人が、反発したことにレイナは驚く。
「だって、足が悪い人もいるんだよ? 座りたくないなら、後ろの人たちに前に来てもらうよ?」
「えーっ、なんで? 私たちが一番最初にここに来たのに。あの人たちは、来るのが遅かったじゃない」
「そうだよ。一番前で見たかったら、早く来て並んでいればよかったのに」
「おい、ここはオレたちの住処だ!」
 業を煮やした住人が3人に向かって怒鳴る。

「汚いところとか、おとなしく聞いてれば失礼なこと言いやがって。ここが気に入らないなら、さっさと出て行けよ!」
「そうだ、そうだ!」
「お前たちが来る場じゃない!」
 少女たちは「え~、何これ。怖ーい」「頭の中、わいてるんじゃない?」と薄ら笑いを浮かべて、住人にスマホを向けた。

「おいっ、やめろ! 撮るんじゃない!」
 住人が少女に向かって靴を投げる。
 靴は当たらなかったが、「ひっどーい、暴力ふるったあ。役所に訴えるからね?」「そうしたら、あんたたち、ここから追い出されるよ?」と少女たちは騒ぎ立てる。
 住人が少女たちにつかみかかりそうになったので、裕が間に割って入る。
「レイナ、場所を移そう。ここで歌えばいい。そうしたら、みんなに見てもらえるから」
「そうだね」

 レイナが少女たちと住人の間に立つと、3人はきまり悪そうに顔を見合わせる。
 レイナは3人をじっと見つめた。
「私は今、ゴミ捨て場の人たちのために歌ってるの。だから、ゴミ捨て場の人たちにひどいことを言うなら、もう来ないでほしい」
 キッパリ言うと、住人から「そうだそうだ!」「いいぞ、レイナちゃん!」と拍手喝采が起きる。

「せっかく来てあげたのに」
 少女の一人が不満をぶつけると、「レイナは来てほしいなんて言ってない。ここは本来なら、君たちが来る場所じゃないんだ。君たちがお邪魔してる立場なんだから、ここに住む人たちに敬意を払うべきじゃないだろうか」と裕が冷静に言う。
 少女たちは何も言い返せない。
「いいよ、もうっ」
「行こ行こっ」
 3人はムッとした表情のまま去って行った。 
 住人は「帰れ帰れ~!」「もう来るなよー!」と大きな拍手をする。

「はーい、それじゃ、次の曲を歌います!」
 レイナは再び歌いだす。
 住人はみな嬉しそうに聴いているが、裕は何かが気にかかっているような表情をしていた。
「ねえ、大変、大変! 変な動画がアップされてるの!」
 アンソニーから電話がかかってきて、裕は初めて事態の深刻さを知った。
「若者に人気のユーチューバーが、ゴミ捨て場にレイナの歌を聞きに行って、ひどい目にあったって、ペラペラしゃべってんのよ。先生も出てるわよ?」
 その動画は、すでに500万回も再生されている。
「ハーイ、るりりんです! 今日は、レイナのゴミ捨て場のコンサートに行ってみました!」
 この間、ゴミ捨て場でもめた少女のうちの1人だ。
「レイナの歌に感動したとか、レイナやさしい~とか言ってる人、多いでしょ? でも、実際のレイナは、ちょ~怖かった!!」
 そこで、レイナが「もう来ないでほしい」と言っている映像だけが、切り取られて流れる。

「これ、どうよ? 私たち、ゴミ捨て場までわざわざ見に行ったんだよ? あんな危険なところに、わざわざ見に行ったんだよ? でも、そんな私たちに、言った言葉が、これ」
「もう来ないでほしい」というレイナの映像が、繰り返し流される。

「ちょーひどいよね。ファンに対して言う言葉? それに、そこにいたおじさんも、こんなことを言ったんだから」
 そこに、「レイナは来てほしいなんて言ってない。ここは本来なら、来る場所じゃないんだ」と言い放った裕の映像が入る。

「この人、レイナを育ててる人でしょ? 西園寺裕って人。ヒカリちゃんから乗り換えて、レイナにべったりくっついてる人。キモイよね~。それに、『本来なら来る場所じゃない』って自分で言っちゃてるじゃん。レイナたちって、ゴミ捨て場で勝手にコンサートやってるんでしょ? ホントは行っちゃいけない場所なのに。自分たちが迷惑なことしてんのに、うちらを怒るなんておかしくない?」

 裕はタブレットを持つ手が震えるのを感じた。
「でさでさ、ゴミ捨て場のやつらって、こんな感じなんだよ」
 そこで、住人が少女たちに靴を投げて抗議している映像が流れる。

「こんな凶暴な奴ら、ゴミ捨て場に放置してていいの? 街に出てきて暴れるかもよ? だから、駆除したほうがいいと思うの、こういうやつらは。ゴミ捨て場からいなくなってもらったほうがいいんじゃね? だから、るりりんはこの映像を市役所に送って、抗議しときましたあ」

 それ以上は見るに堪えない。
「ひどい切り取り方だ。完全に発言の意図を捻じ曲げられてしまってる」
 怒りのあまり、裕の声は震える。
「コメント欄を見ても、レイナを非難する声が圧倒的なのよ。レイナを擁護する声もあるにはあるけど。たぶん、これから大騒ぎになるんじゃない?」
「ああ……そうなるな」
 裕はため息をついてソファに沈みこむ。

「ねえ、これ、もしかして、このるりりんって子、誰かに雇われたんじゃない?」
「そうだろうね。総理か、ヒカリのファンか……誰にしろ、まずいな」
「他に動画を撮ってた人はいないの?」 
「確か、いないな。あの時は他のファンはいなかったから、この動画に反論できる材料がない。僕らが経緯を説明しても、言い訳のようにとられるだろうし」
「じゃあ、どうするの?」
「分からない。どうすればいいのか……とにかく、知らせてくれてありがとう。どうすればいいのか、考えてみる」
 裕は電話を切る。

 庭から、レイナとアミのはしゃぐ声が聞こえてくる。窓から外を見ると、森口と一緒に植木の水やりをしながら、水をかけあって遊んでいる。
「あの子を、どこまで守れるのか……」
 裕はつぶやいた。


 アンソニーのこれから大騒ぎになるという予想は当たった。
 ネットではレイナ派とるりりん派に分かれて、動画やSNSで罵り合いが始まる。
 テレビのワイドショーでもこの件が報じられるようになった。裕と笑里はレイナがこの騒動を見ないように気を配る。

 ある朝、アミが登校前に天気を確認するため、何げなくテレビをつけた。今日はプールに入る日なのだ。
「あれ、この人たち、見たことある」
 レイナは画面に釘付けになる。
 それは、先日コンサートをしたゴミ捨て場の映像だった。
 テロップには「市役所がゴミ捨て場の住人を強制排除」と出ている。レイナにはその文字は読めないが、何やらもめていることはすぐに分かった。
 
「どういうことだよ!?」
「ですから、そちらが一般市民に暴力行為を振るったという訴えがありまして。我が市では、ホームレスが暴力行為を働いた場合は強制排除できるという条例があるんです」
「そんなの知らねーよ」
「暴力なんて振るってないぞ? 誰がそんなこと言った?」
「とにかく、そういう訴えがあるので、ここからは出て行っていただきます」
「はあ? じゃあ、俺らはどこに行けばいいんだよ?」
「それは知りません。お好きなところに行けばいいじゃないですか」
「ふざけんな、行く場所がないから、ここに来たんじゃないか! あんたらは鬼か?」

 役所の人間はどんなに罵声を浴びせられても眉根一つ動かさない。後ろに控えていた業者に合図を出すと、パワーショベルがバラック小屋の屋根をバリバリと壊す。悲鳴が上がる。
「よせっ、家の中には大切なものが置いてあるんだ!」
「家をつぶさないで!」
 住人が担当者につかみかかる。それを周りで見ていた警察官が取り押さえようとする。現場はたちまち大混乱になった。
「どういうこと? なんで、この人たちは追い出されちゃうの?」
 レイナの言葉に、裕と笑里は黙り込む。
「なんで? 何が起きたの?」

 レポーターがゴミ捨て場から警官に連れ出される住人にマイクを向けている。
「今のお気持ちは?」
「はあ? んなことしゃべってる場合かよっ」
「あの、なぜこんなことが起きたんだと思われますか?」
「知らねーよ! レイナが来たからこんなことになったんだって、役所の連中は言ってたぞ?」
 レイナは息を止める。
 アミは「あー?」とレイナを見上げる。
「どういうこと……?」
 レイナはかすれた声で二人に聞く。
「なんで、私が行ったから、この人たちは追い出されちゃうの?」

 裕が説明する前に、テレビでゆりりんがつくった動画が流れる。
「何、これ。この人、この間、歌を聞きに来てた女の子? 私も先生も、こんなこと言ってないよ? この人はなんで、こんなウソを言ってるの?」
「レイナ、すまない。ちゃんと話すべきだった」
 裕はレイナに今までの経緯を説明した。
「どうやら、レイナや僕たちがしていることを気に入らない人がいるみたいなんだ。その人が、この女の子にわざとゴミ捨て場でもめさせたんじゃないかって思う」
「誰、その人。なんでそんなことをするの?」
「誰かは、はっきりとは分からない。なぜこんなことをするのかは、レイナのしていることが正しいからだ」
 裕はレイナの両肩に手を置く。レイナの目には涙が浮かんでいる。 

「レイナ、この世の中では、正しいことを行うのは難しいんだ。正しくないことをしている人は大勢いる。そういう人たちは、正しいことをしている人を陥れようとする。足を引っ張ろうとする。どんな手を使ってでもね。正しい人の心を粉々にして、正しくないほうに引きずり込もうとするんだ」

 そのとき、テレビでは「つまり、これはレイナがゴミ捨て場で許可を得ずにコンサートを開いたのがトラブルの発端ということですね」というコメントが流れた。
 スタジオにいるコメンテーターたちは、みな神妙な顔つきをしている。
「ゴミ捨て場の貧しい人を勇気づけたいという気持ちは分かるけど、やりすぎじゃ……」
「レイナが行かなかったら、このユーチューバーの女の子も見に行かなかったでしょうし」
「一般の人を入り込ませてしまう、ゴミ捨て場の管理体制も見直しが必要じゃないですか?」
「そもそも、ゴミ捨て場に人が住んでるってこと自体が危険ですよね」

 裕は、爪の跡がつくぐらいにこぶしを強く握りしめていた。

 ――片田が望んでいる方向に話が持って行かれてるじゃないか……。レイナをだしに使って、ゴミ捨て場の住人を追い出す方向に持って行くってことか。オリンピックのために。住人は野垂れ死にしてもいいとでも?

 歯ぎしりするような想いが込み上げる。
「どうしよう。みんな、ゴミ捨て場にいられなくなるの?」
 レイナはうろたえている。
「いや、レイナのせいじゃない。レイナは正しいことをしてるんだから。レイナはゴミ捨て場に住む人たちを元気づけようとしただけだ。それは悪いことだろうか?」
 レイナは大きく頭を振る。耐えきれず、茶色い瞳から涙が零れ落ちる。
「そうだね、全然悪いことじゃない。あの場で、あの女の子たちを注意したのは悪いことだろうか?」
「悪いことじゃない」
 レイナは涙を拭きながらも、強く言いきる。
「そうだね。だから、胸を張っていればいい」
「でも、みんな、住むところがなくなっちゃう。どうしよう……」
 レイナは震えている。

「マサさんたちが住んでる団地には、まだ空き部屋があったはずだ。そこに来てもらうことができるか、マサさんに相談してみよう」
「私が、行ったから、こんなことに……」
「レイナちゃん、大丈夫よ。何とかなるから。ね?」
 笑里がレイナを優しく抱きしめる。レイナは笑里の胸に顔をうずめて泣く。
「レイ……ナ……」
 アミも不安そうにレイナの服をつかんでいる。


「先生、そりゃあ、あいてる部屋に来てもらうのは、うちらとしては構わないけど、全員はムリだろう?」
 マサじいさんは掃除の手を止める。
 マサじいさんは平日は図書館で清掃のバイトをしているので、裕はそこに相談に来ていた。
「あいてるのは、確か5、6部屋ぐらいしかなかったはずだ。そこにいた住人全員に来てもらうのは、さすがにねえ」
「まあ、そうですね」
 裕はため息を漏らす。
「もう一棟、買えるかどうかを役所に相談してみるしかないか……」
 マサじいさんは、裕をじっと見る。

「でも、先生、キリがないんじゃないかな。やつらは、全国のゴミ捨て場で住人を排除するかもしれん。そしたら、いくら金持ちの先生でも、全員を引き受けるわけにはいかないでしょう」
「確かにそうなんですが」
 裕は壁に力なくもたれかかった。
 マサじいさんはしばらく掃除機をかけていたが、スイッチを止めて、裕に向き直る。

「レイナは、純粋な子だ。あんなにいい子は、めったにいない。だけど、街はレイナのような子には生きづらい場所だ。差別もされるし、平気で人を蹴落とすような輩がうじゃうじゃいる。楽しいことばかりじゃない。むしろつらいことが多いかもしれない。レイナはたぶん、これからも傷つけられるだろう。それでも、あなたたちは守りきれるのかな」

 裕は何も答えられない。
「レイナをゴミ捨て場に戻すという選択肢もある」
 マサじいさんの言葉に、裕はハッと顔を上げる。
「よくある話だ。街に出たけど、結局やっていけなくて、ゴミ捨て場に戻るってことは」
 
「それはあり得ません。美晴さんも、レイナはいつか街で暮らすべきなんだって言っていました。僕もそう思います。どんなにつらい現実が待ち構えているのだとしても、レイナは街で育つべきです。そのためなら、僕らはレイナを全力で守るという意思に変わりはありません」
 キッパリと言う。

「そうか。そこまでレイナのことを……」
 マサじいさんは何度もうなずく。
「それなら、俺たちもできる限りのことはしよう。なあに、一人であんなに広い部屋で住んでも、住み心地が悪くてね。みんなが二人一部屋になれば、そこの住人を全員迎えられるんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
 裕は顔を輝かせて、何度も頭を下げた。
 ジンがマイクロバスを2台調達して、ジンと森口が運転してトラブルが起きたゴミ捨て場に向かうことになった。
 ゴミ捨て場にはゴミを積んだトラックが忙しなく行き来し、轟音が響き渡っている。既にバラック小屋はすべて撤去されているので、中に入ることは作業員たちに拒まれた。
「私たちも、ホントはここまでしたくはなかったんだけど……これだけ大騒ぎになったら、役所の言うことに従うしかなくて」
 ゴミ捨て場の責任者は女性だった。
「レイナちゃんの歌は私たちも大好きだし、ここに来てたって聞いて、ホントに悔しくって。休みの日に来ちゃうなんてって、みんなでブーブー言ってたんですよ。ねえ」
 女性が同意を求めると、まわりの作業員も笑ってうなずいた。

「だから、しばらくはゴミ捨て場に住むことは難しいと思います。たぶん、オリンピックが終わるまでは。ここにいた人たちは、みんな近くの河原や橋の下に移ってます。私たちも廃材を運ぶのを手伝ったんだけど、いつまでそこにいられるのか……別の場所に移れるなら、そのほうがいいでしょうね」
 裕は女性の話を聞きながら、感心していた。
「失礼ですが、どこのゴミ捨て場でも、作業員の方はゴミ捨て場の住人を疎んじていました。あなたのような方は珍しい。僕は話を聞きながら、感動しました」
 レイナも大きくうなずく。
 女性ははにかむ。

「そんな……私たちだって、いつゴミ捨て場の住人になるか分からないですから。私の周りでも、仕事がなくてホームレスになった人は大勢いるんです。明日は我が身だって考えたら、笑ってなんかいられませんよ。それと、ゴミ捨て場のみんなに、あのユーチューバーの動画を見せたら、こんなのインチキだって怒ってましたよ。レイナちゃんたちはこんなことを言ってないって。だから、みんなは分かってますよ」

「ありがとう!」
 レイナが手を差し伸べると、女性は驚いたような顔をしてから、おずおずと手を握る。
「レイナちゃん、頑張ってね。応援してるから」
「うん!」
 レイナは作業員たちに求められるまま、一緒に写真を撮ったりサインをしたりした。


 教えられた通り、河原に行くと、いくつかテントが立っている。ちょうど小屋を建てている人もいた。
 レイナの姿を見ると、みな作業の手を止めた。

「みんながゴミ捨て場を追い出されたって、テレビで見たの。それでね、私が住んでたゴミ捨て場の人たちは、今、私の家の近くの団地に住んでるの。そこなら部屋があいてるから、みんなも住むことができるんだよ。迎えに来たから、一緒に行かない?」

 レイナの言葉に、みな戸惑いながら顔を見回す。
「団地に住むって言われても……」
「そんなお金、ないし」
「お金はいりません。レイナのコンサートの収益で団地を買い上げたので、無料で住めます」
「そう言われてもねえ。いきなり東京に引っ越すのもねえ……」
「でも、ここに住むのは大変でしょ? 大雨が降って川があふれたら、流されちゃうし。蚊がいっぱい出るし」
「また役所の人間が来て、立ち退きを迫られるかもしれませんし」
 レイナと裕で交互に説得するが、みな浮かない顔をしている。

 やがて、最年長の男性が口を開く。
「レイナちゃん、心配してくれるのはありがたいんだけど……オレは、レイナちゃんとは距離を置きたい」
「え?」
「今回のことは、レイナちゃんは全然悪くないって分かってるよ。むしろ被害者だ。だけど、レイナちゃんの近くにいたら、きっとまた巻き込まれるって思う。オレは、もめごとはごめんだ。穏やかに静かに暮らしたいんだ。オレの望みはそれだけなんだ」
 レイナは何も返せない。
 他の住人も、乗り気ではないのは顔を見れば分かる。

「レイナは、みなさんを元気づけたくて歌いに来ただけです」
 裕の言葉に、「それは分かってるよ。レイナちゃんは俺たちのことを思ってしただけだって分かってる。ただ、それをよく思ってないやつらがいるんだろ?」と男は返す。
「それが誰か分かんないけどさ。オレはもう、そういう面倒なことには巻き込まれたくないんだ。悪いけど」
 レイナはみるみるしぼんでいく。
「私は行こうかな」
 女性が一人、手を挙げる。
「レイナちゃんが言うように、ここにいても、危ないだけだし。ちゃんとしたところに住めるなら、ありがたいし」
「ああ、女性は行ったほうがいいかもしれない。子供がいるところも。かっちゃんはどこに行った?」
「探してくる」

 結局、レイナたちと一緒に行くことを選んだのは7人だけだった。
「せっかく来てくれたのに、申し訳ない」
 さっきの男性が代表して頭を下げる。
「ううん、私のせいでこんなことになっちゃって……ごめんなさい」
「いやいや、レイナちゃんは悪くないよ」

「あのさあ、あんたら、情けなくないか?」
 ずっと黙って聞いていたジンが、おもむろに口を開く。
「今、あんたらがこういう生活送ってるのは、あんたらがそうやって、おとなしく言うことを聞く生き方をずっと選んできたからじゃねえのか? いろんなところで理不尽なことを強いられて、でも抵抗しないでさ、黙って泣き寝入りしてきたから、こうなったんだろ? 一生そうやって生きてくつもりか?」

 ジンの言葉に、住人たちはみな黙り込む。
「レイナはみんなにチャンスをくれようとしてんだよ。それも、きっと、最後のチャンスだ。それなのに、ここで生きるほうを選ぶなんて、あんたら、負け犬根性がとことんしみついてんだな。レイナよりはるかに長く生きてきた大人が、それで恥ずかしくないか? レイナはちゃんと街で戦ってんだぞ?」
「そんなことを言われても……」
 リーダー格の男が言葉に詰まると、
「そもそもレイナちゃんがここに来たから、こんなことになってるんじゃないか」
 と、別の中年男性が抗議した。

「今回のことはそうかもしれない。だけど、今までゴミ捨て場から排除されそうになったことないのか? オレは何回もそんな目にあったけど」
「そりゃあるけど」
「オレたちを排除したがってるやつらは、いつも同じだよ。今回もレイナを利用して排除しようとしてるだけだ。それなのにレイナがすべて悪いって思ってるようじゃ、あいつらの思う壺だよ。あいつらに洗脳されちまってんだよ」
 みな俯いてしまい、答えられない。
「これから何があっても、レイナを恨むなよ。レイナは助けようとしたんだからな」
 ジンは踵を返すと、「行こう、森口のおっちゃんが待ってるぞ」と土手を登って行った。
「レイナ、行こう」
 裕がレイナの肩を抱く。レイナたちの後を、東京行きを選んだ住人がついていく。
 レイナは涙をためた目で、何度も河原の住人のほうを振り返った。
 
「森口さん、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない」
 帰りの車中で裕は森口に話しかけた。
 結局、ジンが運転する車に住人たちが乗り、森口の車にはレイナと裕しか乗っていない。レイナは裕に上着をかけてもらい、座席に横たわってスヤスヤと眠っていた。

「とんでもない。レイナさんから話を聞いた時は、ぜひとも協力したいって思いましたよ。レイナさんの困ってる人を助けたいって想いには、本当に頭が下がります」
 森口はにこやかに答える。
「でも、残念ですね。同じ境遇にいた人たちですら、分かり合えないというか」
「ゴミ捨て場で暮らすようになった経緯も、暮らし続ける経験も、僕にはとても想像できないけど……何もかもあきらめてしまうのは、どれだけやりきれないことなんだろう」
「そうですねえ……でも、レイナさんは、全然そういうところがないですね。まだ子供だからなのか」
「いや、きっと美晴さんのお陰だろう。美晴さんもあきらめてないから、レイナを街に行かせようって思ったんだ。それに、そうやって育てて来た。すぐにあきらめないように」
「あの壮絶な環境で、それは奇跡のようなものですね」
「ああ、本当に」

 そのとき、胸ポケットでスマホが震えた。見るとアンソニーからだ。
「もしもし?」
 電話に出ると、「先生、大変なことが起きてるわよ!」と興奮した声が耳に飛び込んでくる。
「大変なことって?」
「レイナを攻撃したユーチューバーの動画があるでしょ? あれの元のデータが流出してんのよ」
「え?」

 アンソニーが送ってくれたURLにアクセスすると、「ユーチューバーるりりんの黒い真実」というタイトルの動画が、ユーチューブに公開されていた。既に20万人が見ている。

 その動画は、るりりんがゴミ捨て場に来てレイナが歌っている姿を撮影した様子が、最初から最後まで収められていた。
 一緒に来ていた仲間と、「や~、きったな。よくこんなとこに住めるよね」「くさすぎ~」とおしゃべりしている声も入っている。
 そして、住人達ともめてゴミ捨て場を去るときは、「これでいいかな」「バッチリじゃん」と話している音声で終わった。

 るりりんの動画を観ようとすると、既に削除されている。るりりんチャンネルには、「ウソつき」「レイナを貶めるためにわざとやったのか」「お前らのウソのせいで、ゴミ捨て場の人が追い出されたんだぞ?」と、非難するコメントが殺到している。
 裕はすぐにアンソニーに電話した。

「これは……ハッキングされて、動画が流出したってことだろうか」
「たぶんね。レイナのファンがやってくれたのかしら」
「どうだろう……これでレイナが間違ってないってことは分かってもらえるだろうけど。このるりりんって子は、これからバッシングされるだろうね」
「そりゃあもう、同情の余地なしでしょ。レイナはやってもいないことで叩かれたんだから。いい気味よ」
「どっちにしろ、後味の悪い話だな」
 裕はレイナの穏やかな寝顔を見つめる。


 その日の夜、るりりんは謝罪動画をアップした。
 涙ながらに「あれは誰かが捏造した動画」「私はあんなことをしてない」「私の動画が本物」と訴えかける。
 だが、すぐに「あっちの動画が本物なら、なんで削除したの?」「捏造したのはお前だろ?」「死ねよ」と非難するコメントが書き込まれる。
 結局、翌日にはるりりんチャンネルは閉鎖されてしまった。
 レイナのもとに、夏の終わりに行われる野外フェスティバルに出場しないかという誘いが舞い込んだ。
 国内外から大御所や新人のミュージシャンが集まるフェスティバルで、3日間にわたって行われる。
「僕はレイナさんの大ファンなんです! アルバムを出したときに、絶対にラブロック・フェスに出演してもらおうって思ってたんです!」
 ディレクターは熱っぽく語る。今年は20周年でとくに大物アーティストが参加するのだと言う。スティーブも参加すると聞いて、レイナは一も二もなく、「やりたい!」と即決した。
 レイナはるりりんとの騒動から、「自分が行ったら、また迷惑をかけるかも」と、ゴミ捨て場でのコンサートを控えていた。
「早くみんなの前で歌いたい!」
 久しぶりにレイナの心からの笑顔を見て、裕は安堵する。

 レイナはロックフェスに初参加だが、メインステージで初日のトリを務めることになった。
「ハイ、スティーブ!」
 レイナはスカイプでスティーブにロックフェスのことを報告した。トムがスティーブの後ろから顔を出す。
「ユーチューバーに変なことされて、大変だったんでしょ? 大丈夫?」
 ゆりりんとの騒動はアメリカにも伝わっているらしい。
「うん。あの人の動画が本当じゃなかったって分かって、普通に戻ったよ」
 レイナは何ともなかったように答えているが、深く傷ついて取り乱していた様子を間近で見ていた裕は複雑な気分だ。

「スティーブは最終日の最後に歌うんでしょ?」
「ああ。でも、レイナが出るなら、初日も見に行くよ」
「ホントに!?」
「レイナと一緒に一曲歌うのもアリだな」
「それなら、『RUN  RUN  RUN』を歌いたい!」
「いいね! 最っ高に盛り上がるぞ!」
 スティーブは『RUN  RUN  RUN』を軽く歌う。レイナもすかさず合わせて歌う。トムが踊りだして、アミも手拍子をする。
 久しぶりに、にぎやかなときを過ごした。
 
 
 ラブ・ロックフェス本番前日。
 レイナは会場に来て、打ち合わせやリハーサルをした。
 メインステージは、4万人は入ると言う。アルミ製のパイプで組まれたステージの両脇には、大きな液晶パネルが設置されている。
 レイナは、今はまだ芝生が広がっているだけの空間に向かって、本番と同じように歌う。

「やっぱり、外で歌うの、気持ちいい!」
 レイナはご機嫌で、どこまでもどこまでも声が伸びる。
「すごい、すごい迫力だ!」
 ディレクターは興奮している。
「マイクなしでもいけるんじゃないですか?」
「そうですね、レイナは武道館でマイクなしで歌ったぐらいですから。ただ、野外だと音が飛んでしまうので、やはりマイクを使ったほうがいいでしょうね」
 裕の言葉に、ディレクターはうんうんとうなずく。
「マイクを通したら、なおさら迫力が伝わるような感じですしね。明日は、盛り上がりますよ~!」
 バックバンドやコーラスは、ツアーを一緒に回ったメンバーなので、気心が知れている。
 レイナは久しぶりに大勢の観客の前で歌えることで、気分が高揚していた。
「早く、明日にならないかな」
 まるで遠足の前日の子供のように、はしゃいでいた。


 本番の日は、ロックフェスの様子を知るために、レイナと裕はステージを見て回ることにした。アミは夏休みの登校日なので、午前中は学校に出て、本番までに笑里と一緒に来ることになっている。
 ステージは全部で5つあり、山の中に点在している。
 森を歩いてステージに向かっていると、「うそ、もしかして、レイナ!?」と、すれ違った人たちが気づいた。
 レイナが「こんにちは!」と挨拶すると、たちまち黄色い歓声が上がる。

「うそおっ、レイナ、かわいい~」
「握手してっ」
「一緒に写真撮っていいですか?」
 他の通りすがりの人も気づいて、あっという間に取り囲まれる。
 レイナは快く写真撮影やサインに応じた。
「今日のステージ、絶対観に行くから!」
「レイナ、頑張って!」
 声援を受けて、「ありがとう!」とレイナは手を振る。

 みんなが去った後、離れたところにいた10代の女の子二人が、おずおずとレイナに近寄る。
「あの、あの、サ、サインもらえますか?」
「もちろん!」
 レイナが答えると、二人は顔を輝かせる。リュックを探って、レイナのCDを取り出した。
 そのリュックがボロボロなことにレイナは気づいた。見ると、二人はずいぶん着古した服を着ている。スニーカーも今にも穴が開きそうだ。

「一生懸命バイトして、チケットを買ったんです!」
「レイナちゃんに会えるのが楽しみで、昨日はよく眠れなくて」
「レイナちゃんの歌を聞いてると、元気が出るんです。明日も頑張って働こうって思えて」
「私、毎日、何十回も『小さな勇気の唄』を聞いてるんです」
 二人は興奮しながら、代わる代わるに話す。

 レイナは丁寧にサインを書く。裕にスリーショットの写真を撮ってもらい、握手をした。二人のその手はガサガサに荒れていた。
 レイナはその手を知っている。懸命に働いている者の手だ。
 レイナは「ありがとう」と両手でやさしく包み込んだ。
 二人は感激のあまり、涙を流している。
「頑張ってチケットを買ってよかった……!」
「ライブ、楽しみにしてます」
 二人は何度もお礼を言い、手を振りながら去って行った。

「あの子たちも、貧しい暮らしをしてるのかな」
「たぶんそうだろうね。あの子たちにとってレイナは希望の星だから、一生懸命お金を貯めて来たんだと思うよ」
「そっか。じゃあ、あの子たちが元気になるように、せいいっぱい歌わなきゃ」
「ああ、そうだね」
 裕は愛情のこもったまなざしでレイナの横顔を見つめる。