春休みという授業がない季節がやって来て、僕はそれでも水泳部のために毎日学校へ行った。
いつもの場所の決まった日の決まった時間に、ちゃんと奏たちは来ていて、時計というものは実に便利なものだと知った。
それでも毎日のように、相変わらず走ったり体を曲げたりばっかりだったけど……。

 ある春休みの日には雨が降っていて、それでも部活はあるっていうから、僕はいつものようにプール前の広場でみんなが来るのを待っていた。
そこそこに強い雨が、白いシャツに通して肌まで染みこんでくる。
まだまだ春先というよりも、冬の終わりと言った方が正しい冷たい空の雨だ。
陸に上がってからは、常に皮膚が乾いていることには慣れたけど、やっぱり濡れている方が気持ちいいし落ち着く。
薄曇り空から降りしきる霧のような雨を見上げ、こういう日は一人岩礁の上に座り、ただ雨に打たれていたことを思い出す。
波を打つ雨の音だけが、僕の友達だった。
今はそこに人の住む音が混じる。

 ふと聞いたことのあるような声がして、閉じていた目を開いた。
雨の向こうで、見たことのある顔の奴らが、嫌な笑い方をしながら近づいてくる。

「宮野? お前なにやってんの」

 時間が来てるはずなのに誰も来ないと思ったら、今日の練習場所はここじゃないんだって。

「お前、本当に頭悪いよな。大丈夫かよ」

 傘とかいう雨具を持った、たぶん同じ水泳部の男らが言った。

「うん。平気。今日の練習は別の場所だったってこと?」
「お前はぁ~。だからさ、スマホ持ってんだろ? 今日は視聴覚室でやるって、連絡入っただろ」
「それはあるけど、必要ないから見てない」
「あはは。やっぱバカだろ」
「だよなぁ!」

 少なくとも僕は、自分が海の長老さまや海底に住む魔法使いたちよりも賢くないことを知っているから、それは本当のことなので大丈夫。
雨の滴が前髪を伝って頬に流れるのも、体がわずかに冷えているのも懐かしい。

「つーか、なんでうちの学校来た? 入る学校間違えてない? ほら、特殊とか支援なんとかって名前がつくようなさ」
「お前、かなりキモいぞ。分かってる? 顔だけで生きていくなら、水泳部やめてそっち行けよ。いやむしろさっさと行ってくれ」

 もしかしたら、彼らと何か話しや挨拶くらいはしたことあるかもしれないけど、残念ながら僕は、この2人の顔を何となくくらいしか覚えていない。
きっとここにいて僕に話しかけてきてるから、同じ水泳部員なんだろう。

「それは無理だ。だって奏がいるもん」
「は? 迷惑なんだよ。邪魔だって言ってんの分かんない? あーバカだから分かんないのか。じゃあ俺たちがここで教えてやるよ」

 男の子の一人が、握りこぶしを振り上げる。
僕は冷たい雨に打たれながら、じっと彼らを見ていた。
パシャリと水の跳ねる音が聞こえる。

「何やってんだ!」

 岸田くんだ。
彼は駆け寄ってくると、持っていた傘を僕にかざす。

「お前、なんでそんなずぶ濡れなんだよ! 傘は?」
「持ってない」

 その言葉に舌打ちすると、彼はそこにいた男の子たちを振り返った。

「俺は宮野を探してこいとは言ったけど、シメてこいとは言ってねぇぞ!」
「だけどさぁ! 正直コイツおかしいでしょ。気味が悪いっていうか、なんか変だし」
「岸田だって、最初は嫌がってたし」
「不気味でしょ。なに言ってんのか、話しも通じねぇし。単純に見ててムカつく」

 傘というものの下に入ると、雨音の弾ける音が聞こえる。
これはこれで悪くない。

「……。それでも、水泳部に入ったんだから、もう仲間だろ」
「だいたい、奏の後を追っかけ回してんのが、もうなんかさぁ!」
「そもそも、絶対追い出すとか言ってたの、お前だし」

 僕は傘を持つ岸田くんの横顔を見上げる。

「そうだったの?」

 彼は僕の問いには答えず、その子たちに向かって続けた。

「気が変わったんだよ。今後コイツに手ぇ出したら、俺が許さねぇからな」
「岸田は、そいつが変だと思わないのかよ」
「変だとか何とか、誰基準だよ。何基準で言ってんの? そんなの……。帰国子女とかだと、分かんないだろ」
「いや、そんなレベルじゃないって! お前だって分かってんだろ」