言語チート転生〜幼女VTuberは世界を救う〜

《魔法少女!? めっちゃ”カワイイ”~!》

 お披露目配信に遊びに来てくれていた、あんぐおーぐが叫んだ。
 そう、俺の新衣装とは魔法少女だった。

>>これはトランスガール
>>なるほど翻訳(トランス)と変身(トランス)がかかってるのか
>>めちゃくちゃキュートだね!(米)

《でしょ~。じつはここの魔法のステッキのところが、地球儀になってるんだよね》

《おおっ、ほんとだ。最近はすっかり国際VTuberってのが板についたもんなー》

《あとはエフェクトで魔法陣が出せたり。これも散りばめられた文字が、じつは各国の文字になってるんだよね》

《あはは、おもしろいな! 国際要素を取り入れたすごくいいデザインだと思うぞ》

《だよね! ママには感謝しないと! あ、イロハハのほうじゃないよ》

>>サンキューマッマ(米)
>>地球儀、頭の振りに合わせて回転してるな
>>お首フリフリかわいい

《今日は来てくれてありがとうね》

《イロハだってワタシの誕生日でメッセージをくれたでしょ。これはそのお礼》

>>一緒に歌えないかわりにサプライズメッセージを送るってのはいいアイデアだった(米)
>>マネージャーはいい仕事をした(米)
>>おーぐは泣いてたよね(米)

《な、泣いてねーし! まったく、イロハこそいつの間にワタシのマネージャーまでたらし込んだんだか》

《……一番最初から? おーぐのマネちゃんってバイリンガルで日本での打ち合わせも多いでしょ? 細かいニュアンスで困ってたのを、相談に乗る機会があって》

《えっ》

《逆にわたしも、裏方作業で困ったときに助けてもらったりとか》

《う、裏でそんなことが……ぐ、ぐるるるぅううう!》

>>おーぐが吠えたw
>>嫁がヤキモチを焼いてるぞwww(米)
>>イロハはおーぐを煽るのがウマいねw(米)

《おい、マネージャー。あとでワタシと大事な話がある》

《ちがうちがう、いい意味で”ビジネスフレンド”ってだけだよ。さすがに寝落ち通話までしてる相手はおーぐだけだって》

《おいっ!? オマエまたっ!?》

>>寝落ち通話だって!?(米)
>>実質セッ――(米)
>>¥10,000 結婚祝い

《やめろ!? このタイミングでスパチャするな! ……あーもうっ! この話はここまで!》

《そうだね。このあともゲストが待ってるし、そろそろ切りあげないと。今日は来てくれて本当にありがとね!》

《……ふんっ。どういたしまして》

 あんぐおーぐがツンとした態度で言い、堪えきれなくなったようで吹き出した。
 俺もつられて吹き出した。

 本当に怒っているわけじゃない、いつものじゃれ合いだ。
 気が抜けた。今度こそ本当に通話を切りあげよう。

《それじゃあねー。ばいばーい》

《じゃあねー。愛してるよー》

「あ」

 通話が切れ、コメント欄で日本語勢がざわついていた。
 あんぐおーぐも気が抜けたのだろう。

>>今、愛してるって言った!?
>>告白してた!?
>>というか今の、もう付き合ってるってことじゃね?

 俺は「え~っと」としばし悩んでから……。
 面倒くさくなって頷いた。

「おーぐに告白されちゃった♡」

《ちがぁーーーーーーーーう!》

 耳がキィーンとした。
 慌てて通話に戻ってきたあんぐおーぐが叫んでいた。

「日本のみなさん、ちがいマス。今のはアイサツ。告白じゃナイ。《というかイロハはわかってるだろ! いつものクセで出ちゃっただけだから~~~~!》」

>>いつもなの!?
>>クセで!?!?!?
>>墓穴掘ってて草

「ワタシ、エイゴ、ワカリマセーン」

《ウソつけぇーーーー! イロハ、ちゃんとミンナに説明しろーーーー!》

   *  *  *

 そんなこんなで新衣装のお披露目も無事、終了した。
 俺はベッドに仰向けになり、ぼぅっと天井を眺めていた。

 みんな、新衣装のデザインをすんなり受け入れてくれた。
 これもまた俺が国際VTuberとしての地位を確立した証拠だろう。

 それに国内での知名度も上昇していた。
 視聴者の間だけでなく、同業者の間でも。
 きっかけは間違いなくクイズ企画のレギュラーを獲得したことだ。

 企画自体が有名な上、毎回ゲストで異なるVTuberが来る。
 俺の交友関係は急速に広がっていた。

 最近では俺が通訳することで、海外のVTuberもクイズ企画に呼べるようになっている。
 すべてが順調……そのはずだ。

 解説役だって非常にうまく務めている。
 いや、うまくいきすぎて(・・・)いる。

「……また能力が成長してる、のか?」

 いつからか日本語に対する記憶力も向上していた。
 クイズ企画で優勝できたのもこれが理由だ。

 一度見聞きしただけで、日本語の単語も忘れなくなっている。
 それに言語にまつわる情報……それこそ自分が、どこで知ったかすら思い出せないような雑学まで、語学系の知識なら引っ張り出せるようになっていた。

「今の俺なら、広辞苑や英英辞典をすべて暗記することすらできそうだ」

 ……まぁ、やらないけどな!
 さすがに労力が大きすぎるし、なによりメリットがない。

 たとえば英検1級レベルの知識を習得しても、俺にとっては意味がない。
 なぜならそこに出てくるのは専門用語にも近い単語ばかりだからだ。

 すなわち、習得したからといって推せるVTuberの数が増えるわけではない。
 俺に必要なのは浅く広い知識。深い知識の優先度は低いのだ。

「それともまさか、恐いとか?」

 この能力が今以上の速度で成長してしまったら、どうなるのか想像がつかない。
 あるいは自分が自分ですら、なくなってしまう時が来るんじゃないかと――。

「バカバカしい」

 俺は思考を打ち切ってゴロンと寝返りを打った。
 と、ピコンとメッセージの着信音。

 最近は企画への勧誘も多すぎて、断らざるを得ないことが増えてきた。
 しかし今回ばかりは参加一択だった。

 なぜならそれは、能力を解明する手がかりとなりうる重要なものだったのだ。
 その企画とは――。

   *  *  *

「チキチキ! 各国のVTuberにただ『バカ』と言ってもらうだけの企画ぅ~!」

「うおぉおおおおおおおおお!」

 俺はテンションマックスで叫んだ。
 説明しよう! VTuberに『バカ』と言ってもらう企画とは!
 VTuberに『バカ』と言ってもらうだけの企画である!!!!

>>うおぉおおおおおおおおお!
>>うおぉおおおおおおおおお!(米)
>>うおぉおおおおおおおおお!(韓)
>>うおぉおおおおおおおおお!(仏)
>>うおぉおおおおおおおおお!(英)

「えーっと、イロハちゃんもコメントのみなさんもいったん落ち着いてもろて。この企画はタイトルのとおり、いろんな国のVTuberさんを呼んで、罵倒してもらうだけの配信です。愛しげに言うもよし、茶目っ気たっぷりに言うもよし、軽蔑を込めて言うもよし。表現はそのVTuberさんにお任せをしています」

「ふんすっ! ふんすっ!」

「はいはい、イロハちゃん。興奮してるのはわかったから! 鼻息、配信に乗っちゃってるから! とまぁ、そんなわけで通訳として翻訳少女イロハちゃんをゲストにお迎えしています。先日、新衣装が発表され、今日は魔法少女の姿での登場です。いやー、すごくかわいいですねー」

>>かわいい
>>魔法少女かわいい
>>おまかわ

「あと彼女には該当する国のVTuberがいなかった場合の代役もしてもらいます」

「え」

「ちなみに方言もアリです。希望があれば今からでもマッシュマロに投げておいてくださーい」

「ちょっと待って? わたし聞いてない」

>>了解
>>草
>>今なら好きな言葉でイロハちゃんに罵倒してもらえるってマ???

「よっしゃお前らー、いくぞー! 最初のゲストはアメリカからの参加だぁあああ!」

「だからわたし聞いてな――」

 くっ、想定外が……え?
 この企画のどこが能力解明に役立つのかって?

 ……や、役に立つかもしれないだろ!?
 少なくとも俺が捗るんだよぉおおお!

   *  *  *

 放課後、居眠りしてしまった男子高校生。
 目を覚ますとそこには微笑むクラスメイトの女の子。
 起きるまで待ってくれていたその子が――韓国語で。

【ばーかっ】

   *  *  *

 旅行先の外国で出会った少女。
 海辺でふたりしてはしゃぎまわる。
 もう帰国しなければならない彼に告げるように――英語で。

《……バカ》

   *  *  *

 吸血鬼のお嬢さま。
 食料として連れてきたはずの男に愛着が湧いてしまう。
 身体を張ってまで尽くそうとする男に対して――フランス語で。

〈お莫迦さん?〉

   *  *  *

 いっつもエッチなイタズラをしてくる男の子。
 幼なじみの女の子はけれどそんな彼のことが好き。
 今日もまた彼はバカなことをして――関西弁で。

「っのアホぉーーーー!」

   *  *  *

「次は――」

「ええ加減にせぇえええいっ!」

>>草
>>怒涛のイロハラッシュで草
>>関西弁たすかるw

「ぜぇーっ、はぁーっ。わたしの思ってた企画とちがうんだけど!?」

「いやー、予想外にマッシュマロが届いちゃったからねー。あはは、イロハちゃんがこんなにアドリブに強いと思ってなかったから、ついやりすぎちゃった」

「あー姉ぇに鍛えられてるからねぇ!?」

「あははー、なるほどー。っと、そろそろ時間なので配信を切りあげたいと思います。みんなイロハちゃんに興奮してたけど、言っとくけどリアル小学生だからね? ロリコン自覚しなー?」

>>イロハちゃんかわいかった(韓)
>>なんてこった俺はロリコンだったのか(米)
>>最高だったよ(仏)
>>さすがのイロハちゃんでも知らない言語があると知って安心した(英)

「えー、私には読めませんがおそらく好評だったのだと思われます。イロハちゃんもなんだかんだ、結構な数のVTuberから『バカ』って言ってもらえて満足だったでしょ?」

「まぁ、うん。それ以上にダメージのほうが大きかったけど」

「というわけで本日はご視聴ありがとうございましたー。せっかく今日は海外勢も多いので、あのあいさつでいきたいと思いまーす。せーのっ」

「「”おつかれーたー、ありげーたー”」」

>>おつかれーたー
>>おつかれーたー
>>おつかれーたー

   *  *  *

 ヘトヘトになりながら配信を終了する。
 どうしてこうなった……。

「そもそも世の中に言語が多すぎるんだ!」

 バベルの時代まで戻して欲しい。
 結局、何ヶ国語でセリフを言わされたことか。
 なんで日本だけで9つも言語があるんだ。方言まで入れたら数え切れない。

「じつに頭()為になる企画ではあったけれど」

 ……え? 結局、なんの役に立ったのかって?
 それはさておき次の動画のサムネイルでも作るかー。

 背伸びをして気合を入れ直したそのとき、メッセージの着信音が響く。
 発信者は先ほどまでのコラボ相手。

『本日はありがとうございました。よければまたウチの配信に出てもらえませんか? じつは今、マルチリンガルのVTuberだけを集めた企画を考えていて』

 本当に能力解明に役立ちそうな企画だった。
 冗談で言ったつもりだったのだが、本当にが来てしまった――。
「『マルチリンガルVTuber会議』ぃ~!」

「「「「わー!」」」」

「というわけで本日は4人のマルチリンガルなVTuberにお越しいただきました。マルチリンガルならではの悩みやあるある、外国語を覚えるコツなどをみなさんから聞ければなと思います。まずはプロフィールから!」

 画面にだれかの自己紹介カードが表示される。
 そこには習得言語や外国語にまつわるエピソードなどが書かれている。

「ほうほう! なんと7ヶ国語も使えるんですね! 一部、気になるものが混じっていますが……こちらはだれの経歴でしょうか!」

「ハイ! ワタクシです!」

 元気に声を上げたのはフクロウモチーフのVTuberだ。
 使える言語は英語、ドイツ語、イタリア語、日本語、中国語、韓国語など。
 俺のようなエセではない本物のマルチリンガルだ。

「日本語もすっごい流暢ですねー。ただひとつ気になる点が。この最後にある”トリ語”というのは?」

「ワタシはフクロウなので! トリ(・・)リンガルなんです! ”フートゥ”!」

 彼女はフクロウの鳴きマネをしてみせる。
 俺は《あなたはおもしろい(フートゥ)ですね》と返しておいた。

「母国語は英語ということでいいんでしょうか?」

「イエ! ややこしいんですが母国語はドイツ語です。さらにいえば出身はドイツじゃなくオーストリアです。そして今、住んでいるのはアメリカです」

「えーっと、こんがらがってきました! 大丈夫ですかー視聴者のみなさん、ついてこられてますかー?」

>>なるほどわからん
>>完全に理解した
>>つまりすごいってことだな!

「ダメみたいですねー。ちなみにほかの言語はどうやって覚えましたか?」

「日本語は幼いころから字幕でアニメを見ていて、気づいたら覚えてました。イタリア語、中国語、韓国語はすでに覚えている言語に近いので。自発的に選んで、習得していきました」

「すごいですね! 外国語を覚えるのに苦労した経験はないんでしょうか?」

「スゴクあります! 挫折したことだって何度もあります! とくにラテン語は覚えようとしましたが、めっちゃ難しくて諦めました。アレ、意味わかんないよ!」

「すでにこれだけたくさん習得していても、新しい言語を身につけるには苦労するものなんですねー。言語によって大きく向き不向きがあるんですかねー」

 そんな感じにインタビューは進んでいく。
 司会役が聞き上手なため、非常にテンポがいい。あー姉ぇがいるときとは大違いだ。

「次のかたは――」

「イギリス出身です。そのあとは両親の仕事の都合で海外を転々として生活してきまして」

>>にぎりずし出身?
>>にぎりずし永遠に擦られてて草
>>最初に噛んだのが運の尽きやったなwww

「なるほど、実際に住んでいた海外の数は今回の参加者の中でもダントツで――」

 と、海外での生活や文化を実体験してきた人や……。

「出身はぁ日本どぅえ――」

「ん? コメント欄では日本語もあやしいと言われてますが? なんでも普段から、だれにも聞き取れない言語を使ってるとか」

「だぁうれだそんなこと言ったやつぅわぁー! アチシそんなに滑舌悪くぁないわぁー!」

 あまりにも舌足らずで「”第三の言語”を話している」なんて言われているネタ枠など。
 参加者はいずれも個性豊かなメンバー。

「そして最後、こちらの自己紹介カードは……もう残ってるのはひとりしかいないので言っちゃいますが、翻訳少女イロハちゃんのものです! なんというか、すごいことになってますねー」

 最後に俺の番が回ってくる。
 表示されたそこには、書ききれずはみ出してしまうほどの言語名が書かれていた。

「えーっと、これは全部で何ヶ国語あるんでしょうか」

「方言を入れなければ22ヶ国語です。あと載ってないんですけれど、これを提出したあとにまたひとつ習得したので、現在は23ヶ国語です」

「一応確認しておくけど、ガチ小学生なんだよね?」

「えーっと、はい。一応……」

>>ヤバすぎて草しか生えないwwwwww
>>多言語話せるのは知ってたけど、こんなに使えたの!?!?!?
>>こういうのを本物のギフテッドって言うんやろなぁ

 俺は改めて文字にしてみて、自分の能力の異常さを痛感した――。

「はえー。23ヶ国語ってすごいですねー。調べてみたら現在のギネス記録が58ヶ国語らしいので、そのうち越しちゃいそうですねー」

「ワー、スゴイです!」

 うぅっ、尊敬の声が耳に痛い。
 こうやって本物のマルチリンガルと比べられると、自分がズルをした気になる。

「では自己紹介も出揃ったところで質問していきましょうかー。みなさんは好きな言語や、好きな文字はありますか?」

「うぇっ、好きな言語ぉ? そんなの日本語しかぁわかんにゃいよぉう! とゆーか、アチシ日本語しか話せにゃいんだけどぅ、にゃあんでこの場ぁに呼ばれてるにょ~!」

>>草
>>怪物たちの檻に放り込まれた小動物なんだよなぁw
>>これ呼ばれたの数合わせだろwww

「あっ、でも漢字は苦手だからひらがなのが好きかもしれないにゃぁ」

「エー、なんだろ? ハングルとか? 文字そのものも母音と子音の組み合わせだから、すごく合理的で覚えやすい」

「アラビア語とかどうだい? 日本じゃ変な文字の代表、みたいに言われてるみたいだけれど。右から左へ読んだり、子音の上に母音が書かれる二段構造になっていたり、すごくユニークでおもしろいじゃないか」

「イロハちゃんはなにが好き?」

「わたしもアラビア語、けっこう好きかも。とくにクーフィー体とか」

「スクエアクーフィー? いいよねっ、アレ! 超クール!」

「ええっと、それぇってどんなのかにぁあ……?」

「こんなの」



「うぇぇっ!? なにこれQRコードぉ!? 迷路ぉ!? こぉんなの読めるのかにゃあ!?」

「わたしはアラビア語も習得してるからそれなりに。さすがに読みやすくはないけどね」

「あと似たような書体だと九畳篆(くじょうてん)とかもビューティフルだよね! 中国語の篆書体(てんしょたい)の派生書体なんだけどさ!」

「あ、暗号かにゃあ? 知らにゃい単語が飛び交ってるにょお。びゅーちふるってどういう意味にゃぁあああ!」

>>落ち着けwww
>>それはわかるだろw
>>赤ちゃんだから仕方ないwww

「ひぇー、すっご。こんなのまで読めるなら、QRコードも読めちゃいそう」

「あはは、さすがにQRコードのほうが読みにくい(・・・・・)ですよ」

>>えっ?
>>ん?
>>今、ヤバいこと言わなかったか?

 あっ!?
 やべっ、口が滑った!

「えーっと”さすがにQRコードは読めない(・・・・)”じゃなく?」

「あ。……あ、あははー、やだなーもうっ。さすがにQRコードまで読めるわけないじゃないですかー。いくら頻繁に視界に入るものだからといって」

>>ほっ……
>>ビックリした
>>イロハちゃんならありえるかも、と思ってしまったwww

「えーっと、それより日本語もいいよね! ひらがな、カタカナ、漢字と文字が分かれてるからこそ、斜め読みしやすかったり! 漢字だけを点で追っても、きちんとキーワードが拾えて要約できちゃったり」

「そ、そうだよにゃあ! やっぱり日本語だよぉ、うんうん!」

「言語によっては、理解していてものど(・・)の使いかたがちがいすぎて発音が困難、なんてこともあるし。そしてなにより――”クオリア”がちがう、とわたしは思うし」

 俺は一歩踏み込んだ。
 聞きなれない言葉に、参加VTuberのひとりが首を傾げた。

「クオリア?」

「これをなんと説明するかは意見が分かれるところですが、今回の場合は文化や主観と言い換えてもいいです」

「文化かい? そういえば信号機の色も国によって呼びかたがちがうね。日本では緑信号を青色と呼ぶ文化があるよね? ボクの祖国であるイギリスも黄信号を琥珀色(アンバー)と呼んだりするんだけれど」

「言われてみればぁ、どうして”青”信号にゃんだろうにゃあ?」

 司会進行役のVTuberが「あー、あれねー」と声を出す。
 彼女はしょっちゅういろいろな企画をしている影響で、雑学に詳しいようだ。

「新聞に『緑信号』じゃなく『青信号』って書いちゃったのが理由、だったっけ? ほかにもいろんな説はあるらしいけど」

「そうなんですか。個人的にはさらに、そこにもとからあった日本の文化……緑もまとめて青と呼ぶ習慣が影響したのかなと思います。もっと正確にいえば、もともと”日本には緑という概念がなかった”ことが」

「ぅえぇ!? 緑色なかったんですかぁ!?」

「大昔の話だけどね。日本語にはもともと白と黒と赤と青……この4つしかなかったんだって。だから緑も青に内包されてた。そういうのが今の言葉にも残ってる。『青りんご』とか『青汁』とか『青葉』とか『青々とした』とか」

「うわぁっ、全部、青色だぁ!?」

「って、かなり話が脱線しちゃってますね」

「どーぞどーぞ、続けてね! そういう話が聞きたくてこの企画を立てたんだから!」

「ありがとうございます。では遠慮なく。ひとつ疑問があって。それは――”認識が言葉を作るのか、それとも言葉が認識を作るのか”?」

「……? どういう意味ですぅ?」

「たとえば日本語には”青”を示す言葉は1種類しかない。けれどロシア語だと青を意味する言葉は2種類あるの。すると不思議なことに、ロシア人は青を”見分ける能力”まで高かった」

「ヘー! それスゴイね! 言葉によって、知覚能力まで変わったってこと?」

 にわとりが先か、たまごが先か。
 それはわからないがそのとおりだ。

「ほかにもオーストラリアで使われているグーグ・イミディル語には、前後左右を意味する言葉が存在しない。かわりにすべてを東西南北で表現している。そして、どこにいても東西南北を知覚できる……言ってしまえば特殊能力を持っている」

「えぇっ、それって超すごい! アチシいっつも迷子になるからそれ欲しいにゃあ!」

「ですよねー。太陽の向きなどから直感的に判断してるらしいですが、わたしにもそんな能力はないです。ほかの言語も、ものによっては数字が存在しなかったり。すると3つと4つならまだいいですが、5つ6つとなると物の数が見分けられないそうです」

「そんなのぉ生活できないじゃぁん!?」

「資本主義社会では、そうですね。けれどそもそも、赤んぼうは数字を3までしか認識してません。わたしと、あなたと、それ以上」

>>赤んぼうって3まで数えられるのか
>>アチシより賢いやんけw
>>どうやって調べたんだ?
>>赤んぼうははじめて見たものを凝視する習性があるから、それで調べたらしいぞ

「だから結局のところ、その言語を完全に使いこなそうとしても、その文化が身についていないと使いこなせない。わたしが本質的にちゃんと使えるのは、結局のところ日本語だけです」

「それがクオリアってこと?」

「わたしはそう考えています」

 言語が先か、認識が先か。
 いうなれば言語とは”モノの解像度”なのだと思う。

 白と黒があったとしよう。
 これはどこまでが白でどこまでが黒だろうか?
 ちょうど真ん中だろうか?

 いやいや、真ん中は灰色だって?
 そのとおりだ。

 ならば白と灰色の境は? 灰色と黒の境は?
 わからない? 俺はそれこそが、言語によって形成されたクオリアだと思う。

「うん。ボクも使う言語を変えると、その国の文化や価値観に引っ張られちゃうことがある。だから今の話も結構、納得感があったよ。けど、そうなるとイロハちゃんはやっぱり特殊だよね」

「え?」

「イロハちゃんは今なお、日本人としてのクオリアだけを持ってるように見える。たとえるならそう、まるで――モノリンガルみたいに」

 鋭すぎる質問に、俺は息が詰まった。
 そして、そういう指摘こそ俺が求めていたものだ。

「ボクたちはその言語を話すときに、なんといえばいいかな……”脳をスイッチする”んだけど、イロハちゃんはずっと一定に見えるね」

 いわゆる英語脳と呼ばれるものだろう。
 日本語で考えて英語で話すのではなく、英語で考えて英語で話す。

「普通は言語を変えたら、キャラクターも変わっちゃう人が多いんだけれどね」

 日本人が英語を使うと、リアクションがオーバーになる。
 陽気で明るいキャラに寄る。
 彼が言っているのはそういうことだ。

 指摘されて俺はハッとしていた。
 いったい俺は今、何語で考えているんだろうか?

 これは本当に日本語なのだろうか? それとも……。
 答えは今はまだ、出なかった――。

   *  *  *

 そうして時間が過ぎる。
 秋が終わり、冬が来る。

 ハロウィン、クリスマス、大晦日、お正月。
 月日はあっという間に流れていった。

 そして2月。勝負の月が訪れる。
 バレンタインデーの話じゃないぞ。

 ――受験がはじまる。
通常WEB版はここで完結となります。
ここまでたくさんの応援ありがとうございました!

続きはこちら↓↓↓↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330651735205548
(内容がありません)

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:11

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア