「ごちそうさまぁ」
「結構食べたなぁ」
レストランで天ぷらの定食で満腹になった食後、歩いて5分程度のコンビニで飲み物や軽いお菓子を買い込んで帰ってくる。
「うん~。菜都実ごはんお替りしてるから余計でしょぉ」
「さぁ、もう寝るだけだぞい」
「でも、修学旅行は夜がメインでしょ?」
「茜音も言うようになったなぁ」
部屋に戻ってカーテンを開ける。窓の下には中庭があり、ほのかにライトアップされた庭の向こう側には街の明かりが見えている。
「悪かったねぇ。こんなオフシーズンに来ることにしちゃってさぁ。夜になるとさらに冷え込んだ感じ?」
食後に再び着込んでいたコートをハンガーにかける。菜都実が振り返ると茜音が自分のコートを同じようにハンガーにかけていたのだが、
「やっぱり。そんな格好で足冷えなかったの?」
制服以外のプライベートではスカートをめっきり使わなくなった菜都実。一方の茜音は季節を問わず、めったにパンツ姿を見ることはない。
「平気だよぉ。いつもこんな格好だから感覚麻痺してるのかもねぇ」
「そうかぁ……。あたしは朝は制服がつらくてさぁ。太ももが毎日鳥肌でのぉ」
「学校でストッキング禁止されてないから使ってみたら? 何もないよりだいぶ楽になるよ?」
茜音は笑ってベッドに腰掛ける。
「最初はねぇ、やっぱり寒かったんだぁ。だから小さい頃は両方はいていたよぉ。あの事故の日も長ズボンだったね」
「あ……」
はっとする菜都実。そんな記憶があるならば、着るものへのトラウマがあっても当然だと思った。
「それもあるんだけど、あとは健ちゃんの影響かなぁ」
「おいおい、彼は服にまで注文付けたんかぁ?」
「ううん。別に注文付けられたわけじゃないよ。スカートの方が可愛いって言ってくれたくらいかなぁ。でもね……、やっぱりそう思ってくれたんなら、普段はスカートにしようって思ったんだろうねぇ。この前の千夏ちゃんと一緒だね」
去年の夏に会って以来の親睦を深めている河名千夏も、同じような理由で服装を選んでいるというエピソードを聞いている。
「あたしももう少し考えたほうがいいのかいなぁ? 本当に気にしないもんだからさぁ」
「でも、今日はずいぶんお洒落してきたみたいじゃない?」
「うん、まぁね……。今回は特別だよ……」
菜都実はクローゼットに脱いだコートの方を見やる。
「……でもさぁ、やっぱり茜音の服装って理由があったんだなぁ。そうすっと、やっぱ体型維持って大変?」
視線を再び茜音に向ける。同学年の中でも大柄な方に入る菜都実と、反対にかなり小さい方に入る佳織。その中間にいる茜音なのだが、それぞれ好みの服を探すのはなかなか苦労しているという。
まだ佳織は流行を追いかけるにしても小さいサイズなのでなんとかなるのだけど、菜都実はもう諦めたようで、普段着は気にしなくなってしまったというし、茜音は夏の旅で親交を深めた年下の大竹萌に型紙の作り方を教わってからは、サイズがなければ自作で乗り切る三者三様。
しかし、数年前の服が着られるということはサイズが変わっていない証拠でもある。
「あんまり意識はしてないんだけど、でも、太ったりして雰囲気が変わって、わたしって分からなくなっちゃうから、そうならないようにしないとねぇ」
「そっか、やっぱり会うまではってやつか?」
「うん、そのあとはなにも決めてない」
「本当に好きなんだなぁ。今までずいぶん苦労したってぇのに」
茜音がそこまで想いを寄せる少年とはどんな人物なのだろうか。姿は当時の写真でしか見たことはないけれど、幼い茜音と駆け落ち未遂を実行したという逸話だけではないはずで、彼女の心に絶対的な存在感を植え付けている。
だからこそ、茜音がこの先どの道に進むにしても、この10年計画の結果が半年後に出るまでは動かない。
失敗できないというプレッシャーは、本人が一番感じているはずなのに。
「茜音……、強いね、あんたは……」
菜都実にはそれが精いっぱいの言葉だった。