2日間に渡る通夜と告別式が終わり、茜音と佳織は店部分の片付けを頼まれて斎場から菜都実の家に向かった。
「佳織、疲れたでしょぉ」
茜音は佳織を座らせて一人で片づけを進めていった。
「はぁ……。今回は茜音が気丈だね。こんなの初めてだから困っちゃって」
「仕方ないよ。普通じゃないのはわたしの方。次はわたしだって……、いつも思っちゃうんだよね……」
茜音はあらかたの店内セッティングを元に戻し終えて佳織の前に座った。
「茜音?」
「わたしはね、もう本当はいないはずだったんだよ。12年前に死んじゃったはずなんだよね。だからもう、怖くはないんだよ。パパとママのところに帰るだけだから……」
幼い茜音に降りかかった災難は、佳織や菜都実が想像できるものではなかっただろう。
あれだけの大事故では受けたショックも相当のものだったはずで、現に茜音は数年の間言葉を発することが出来なかったと話している。
事故に加えて、自分の家族を失うことがどれだけ厳しいことなのか、これまで身をもって知っているのは茜音一人だった。
それにもかかわらず、普段の茜音は周囲にそんな辛い過去のことを微塵も感じさせることはない。
「茜音は強いねぇ」
「ううん。そんなんじゃなくって、もう受け入れてるだけ。それにもし天国に行ったって一人じゃないって分かってるから。先に行って待っていてくれる人もいるからね」
そうは言うものの、茜音が自殺願望をもっているわけではもちろんない。今の両親に引き取られてから、孤独という状況からは開放されたものの、やはり失った物が大きすぎて、心から安らげる状況にはいまだに至っていないという。
それならば少しでも安らげる場所を求めてしまっている状況にも理解はできるが、「はいそうですか」と許されることでもない。
「だからね、無理して生きようとはあんまり思ってないかな。もし、わたしが必要だったら、私でできることならなんでもすると思う。それでもし死んじゃったとしても、誰かの役に立てるのなら、パパとママも許してくれると思う……。パパとママはわたしを助けて死んじゃったから……」
佳織はうまく返せる言葉が見つからなかった。普段の生活の中では明らかに自分の方が適切な判断を下せるだろう。しかし、こんな状況下では茜音に頼るしかなかった。
茜音が取れた行動は、彼女自身が過去に経験したことが元になっている。それは決して楽しい記憶ではなかったはずだ。
「こんなとき、落ち着いて段取りまで頭の中に入っているなんて、わたしたちの歳じゃ普通じゃないんだよ。だから佳織の方が自然な反応だと思うんだ」
うなずいた茜音は自然だった。裏を返せばそのくらいできなければ、これまでの茜音の人生を歩いてくることは難しかったということなのだろう。
扉が開く音がして、菜都実の家族が帰ってきた。
「お疲れさま~」
「片付けご苦労さん。悪かったねぇ」
さすがの菜都実も疲れたような顔をしていたので、茜音と佳織は線香を手向けすぐに撤収することにした。
「さぁて、茜音と帰るわ。なんかあったらいつでも呼んでね」
「うん。二人とも助かったよ。ありがとね」
「なんだぁ、菜都実らしくない。授業の方はあとでフォローするから、元気になったら学校出てきてね」
「ありがたく世話になるね、二人とも……」
手を振って夕方の道を帰っていく二人を、菜都実はいつまでも見送っていた。