「すみません、今朝、この写真の子が通りませんでしたか?」

 茜音が現地で一息をついた頃、ようやく佳織たちを乗せた車は小出の駅に到着した。

 バスを降りたと思われる小出のバス停は無人なので、次に誰かが茜音を目撃したとすれば駅が有力だと、佳織は駅に着くなり改札口の駅員に駆け寄った。

「あぁ、朝一番に来ましたね。只見線の方に行ったかな?」

 夜勤明けだという改札口の駅員は佳織が出した写真を見て頷いた。

「ホントですか?」

「通学でも見たことない顔だし。夏休みに入って遊びに来ている学生さんも多いからね」

「そうでしょうねぇ」

 佳織が予想したとおりだ。以前に高知から来た千夏にも話していた。

 利用客の絶対数が少なく、また通学の定期利用者なら顔馴染みにもなる。逆に同じような年齢でも見たことがない顔は印象に残りやすい。

「どの辺まで行ったか分かりますか?」

「さぁ、そこまでは見てないなぁ。車掌が戻ってくれば聞いてみることもできるけどなぁ」

「いえ、それだけでも助かります。ありがとうございました」

 佳織は車に戻ってきた。

「やっぱり、駅から只見線に乗ってるって。どこまで行ったかは分からないけど」

 列車に乗ったとすれば、この先の沿線に沿っていることは間違いない。8時前の発車を考えれば、すでに降りてしまっているだろう。それでも見当はずれの場所に行ってしまったかもしれないという懸念は消えた。

「とりあえずさ、1駅ごとに様子を見ながら行きますかね」

 あわてて飛び出したので、朝食のことも考えずに来ていた。駅前では食料を確保できるコンビニすら見つからないので、一度国道17号に戻り朝食の他これからのことも考えて大量に買い込んだ。

 JR只見線は、冬場は並走する国道が豪雪のために通行止めになってしまうことから、この付近の集落をつなぐための唯一の交通機関になる。

 そのおかげで廃止が免れているという説もあるが、過疎の山の中を走るため、その本数は極端に少なく、朝7時台の次は13時台というダイヤだ。

 只見線の存在に気付き、途中でスケジュールを考えた佳織もその13時の列車に合わせればいいのではと考えていたのだが、茜音は夜行バスを使うという強行策で1番列車に合わせたことになる。

 せっかくの機会なのだから朝から現地にいたいという気持ちも理解できる。しかし、二人にはそれだけではないような気がしてならなかった。

 小さな駅は道路を走っているとうっかり見落としてしまうような無人駅も多い。幸いにして茜音が降りそうな場所は無かったが、それでも神経質にはなる。

「……え、本当に? その駅で間違いない?」

 それまで電話でずっと連絡をしていた菜都実の声が変わった。

「分かった。すぐに行ってみる。ありがと!」

「誰に電話してたの?」

 カーナビと地図の両方を見ていた佳織が後部座席の菜都実を振り返った。

「佳織、大白川駅の先だって。そこから車で20分ぐらいの場所」

「それで間違いないわけ?」

 菜都実はすぐにスマートフォンで地図を検索する。

「茜音と最後まで場所の詳細を確認していた真弥ちゃん。茜音からも間違いないって言ってたって」

 菜都実は夜が明けると同時に、これまでの旅で知り合っていた人たちへのコンタクトを取り続けていた。

 もう少し走ると携帯電話の通話エリアもギリギリになってくる。その直前で菜都実は最後の連絡先にあたっていた。

 冬の京都で知り合った、葉月美弥、真弥の姉妹。今の電話で分かったのは、茜音に最新の現場情報を知らせたのが真弥だったという事実。そして、茜音のためにその場所には目印も残してきたということ。

 状況から考えて、ほぼ間違いなくその場所へ向かったと思われた。

 車でカーブとアップダウンの厳しい国道を走り、1時間ほどするとこの沿線にしては大きめな駅が見つかった。

 駅前のスペースに車を置き、再び佳織が駅舎の中に入っていく。列車のすれ違いができる駅で、駅員がひとり、きっぷの回収や駅舎の掃除をしていた。