「さてぇ、行くしかないね」

 バスが行ってしまうと、あとは車が走り抜けていく音しかしない深夜のバス停。数人が入ったらいっぱいになってしまう小さな待合室は明かりがついている。地方の無人駅を多数訪問している身としては明かりがついているだけでもありがたい。

 エアコンの効いていたバスの中とは違い、蒸し暑い夜だった。出かける直前に入浴してきたけれど、すぐに汗が出てきてしまう。それにこの場所は高速道路のインターチェンジのすぐ横の場所。その分の熱もあるのかもしれない。

 冷房よけのカーディガンをしまい、代わりにウオーキング用のライトを取り出す。もう一度地図を見て方向を確かめる。

「しばらく歩くから補給かなぁ」

 バス停前の信号を渡ったところにコンビニがあり、ここなら飲み物や出発の準備ができそうだ。

 小出の駅前にはコンビニなどがないと調べてあったので、貴重な補給ポイントになる。

 飲み物と飴を買って、今回唯一の荷物であるトートバッグに入れる。

 そう、今回はキャリーケースなどの宿泊用の装備はない。同時にこれまでのように帰宅用の手段まで用意しているきっぷも今回は用意していない。それは茜音の覚悟を示している……。


 道は歩道も整備されていて、所々に街灯もあり暗闇を歩くような恐怖はない。

 逆に夜中であっても幹線国道には時々車が通る。それはある意味幸いとも言える。道に迷ってしまった人気のないところなどで、不審者と思われ通報でもされてしまったらやっかいだ。茜音が旅先でも服装を整え、荷物を小さくまとめているのも、家出などに間違われないための防護策でもある。

 さらに今回は荷物を持たないので、あくまで夜行バスを降りた地元の女子高生が自宅に帰宅中というカモフラージュが必要だ。彼女の本当の話をしたところで、なかなか信じてはもらえないだろうから、そんなことで無駄な時間を浪費したくない。


 途中で目印にしていた国道に角を曲がり、小出の市街地を進む。

 スマートフォンのルートマップでも順調に来ている。この位置からならば、もうそれほど怪しまれることもなく街中を歩くことができそうだ。

 空が白み始めるころ、ようやく大きな川の土手に出る。川の反対側にはJR上越線の線路が見える。あとは場所を間違えないように川をわたって橋の反対側に出れば、最初に目指す小出駅に到着する。

「ふわぁ、朝かぁ~」

 途中、休憩などをはさみながら、朝5時少し前に目指していた小出駅に到着した。

 どうやら駅が動き出すのは6時になってかららしい。少し考えて、改札の外にある待合室がきれいに整備されているのを確認して、夜通し蒸し暑い中を歩いて汗をかいたところをウエットタオルで拭う。幸いにして今日の衣装にここまで汚れはなかった。

 改札口が開き、数名の客が中に入っていく。予めメモをしてあった駅へのきっぷを券売機で買い、駅の中に入る。一番奥のホームでその列車は待っていた。