年頃の少年に女性の話題を聞いてもはぐらかされてしまうことも多いのに、彼は懐かしそうに笑いながら話題に乗ってくれた。

「別に悪いことなんかじゃないですよ。僕の初恋の話ですからね」

「そうか。今はその子の所在は分からないのか?」

「そうですね。今はどこにいるか分かりません。最後に会ったのは9年も前の話です。ただ、その当時にした約束があるんですよ」

「ほぉ」

「10年したら、もう一度会おうって。僕たちは施設で育ちましたから、この先どうなるかなんて分かりませんでした。だから、大人になって認められるようになるまでは別々の場所で頑張っていこうと話していたんですよ」

「そうだったのか。君たちは福祉施設で育ったのか」

 彼は頷いた。

「別々の施設に移されることが決まって、それが嫌で僕たちは二人で夜に施設を抜け出しました。回送の列車に忍び込んで山の中の河原まで行ったんですが、子供ですからそれ以上は無理で、結局は連れ戻されました。そのときに10年後の再会を約束したんです」

 祐司は驚いた。それを実行したのは小学2年生だという。大人であれば駆け落ちと言われてもおかしくない行動だ。

「そんなことがあったのか。今はその子の行き先は分からないのか?」

「ええ、僕もそのあとに何度か移りましたし、彼女も施設を移ったか、里子か養子で家庭に入ったかは分かりません。普通には再会できないでしょう。だから、再会できるとしたら来年、昔に約束した場所に行って、彼女がそれを覚えていれば会えると信じてます」

 祐司はうなった。彼の話自体は物語などでは語られてもおかしくない。しかし、実際にそれを実践しているのはなかなかいるものではない。

「なるほどな。それまではその子一筋ってことか」

「そうですね。僕にとっては人生を変えてくれた恩人ですから」

「そうか……」

 しばらく考え込んでいる祐司を彼は不思議そうに見ている。

「探してみるか……」

「えっ、探せるんですか?」

「申し訳ないが約束はできない。こんな仕事をやってるくらいだから、児童福祉施設の関係者とも知り合いなんだ。君のいるところも含めて、主な市町村にある施設なら登録されているから、入所者は名前で探し出せるかもしれない」

 実際にできるかどうかは分からないが、彼がそれだけ一生懸命に行動しているのを聞けば、祐司の性格として放っておけなくもなっていた。力になれるかは分からない。それでも何かの協力はしたいと考えていた。





 翌日、予報通り天気は雨となり、各地からそれぞれの親が迎えに来るのを祐司と彼は見送っていた。

「そうか、君はお迎えがないんだっけな」

「仕方ないですよ。大丈夫です。駅まで歩けばいいだけですから」

「この雨だ。全員送り出したら駅まで乗せていくから待ってなさい」

 しばらくして、担当した生徒たちが全員いなくなると、祐司は車を持ってきた。

「乗ってくれ。駅まで送ろう」

 車は会場だった校舎を出発した。

「昨日の話だけど、うまくいくといいな」

「はい。僕はあの場所をもう一度訪ねたことがあるので知っていますが、彼女は覚えているかどうか……」

「とにかく、昨日言ったとおり、調べられるだけ調べてみる。彼女の名前とか教えてくれるか?」

 そう言っている間に、車は小さな無人駅に到着した。


「もし彼女に連絡が付くか、会うことができたら、これを渡してもらえませんか。この日付が過ぎたら処分して構いません」

 彼はそこで1つの封書を祐司に渡した。そこには一人の女の子の名前と来年の日付が書かれている。

「佐々木茜音さんと言うのがその子の名前か?」

「そうです。歳は同い年です。僕は詳しいことは分かりませんが、元々はしっかりした家のお嬢さんだったはずなので、今でもそれなりの品格はあると思います」

「それは君の希望的観測も入ってるだろ?」

「もちろんですよ」

 二人は笑うと、彼は何度も礼を言って車を降りていった。