前年、新人の教員としてこの長野県の学校に派遣された祐司は、夏に開かれる地元のサマースクールの担当として派遣されていた。
小学生から高校生くらいまでが、全国から親元を離れ地元の施設に泊まり、公民館や廃校となった学校の校舎を利用して様々な経験を体験できるような試みで、校舎を使う範囲の監督員として、祐司が選ばれていた。
「せんせー、やっぱり王子は凄いですよ」
日程もほぼ終了し、翌日の解散式を迎えるだけとなったその日は、子どもたちのアイディアで学校のグラウンドでの飯ごう炊さんの夕食となっていた。もちろん、子供たちが自分たちで準備から自主的に用意をし、祐司の役目は食品の管理や火の管理がメインだった。
校庭の真ん中で焚かれているキャンプファイヤーを囲んで食事をしているときに、子供の一人が言った。
「おぉ、そうか?」
1週間の日程ともなると、自然とそれぞれにあだ名が付いてくる。王子と付けられているのも参加者の一人で、高校2年生だった。あまり背の高い方ではなく、髪型をスポーツ刈りから元に戻していると自己紹介で言っていたので覚えている。仕事ぶりを見ていると、力も強く器用だったので周囲からも頼りにされていた。
「王子凄いねぇ。もう9年も一人の女の子追いかけてるんだって」
「ほぉ。でも幼なじみだったら、そのくらいおかしくないだろ?」
「そうなんだけど、つき合ってる訳じゃないし、今どこにいるか分からないんだって」
「なるほどなぁ。それは結構凄いかもしれん」
その場は本人もいなかったので、その程度で話は収まった。しかし、そのあとの片付けをしているうちに年少組の就寝時間となり、祐司が再び片付けの続きをするため外に出てくると、彼がまだ一人作業を続けていた。
「ご苦労さん、ここまでやればもう明日でいいだろう」
「明日は雨になりますから、今日中にやっておかないと油ものの処理は面倒ですよ。もうそんなに残ってないですから」
彼は手を休めずに答えた。祐司も手伝い、思ったよりも早く片付けは終わってしまう。
「お疲れさん。余り物だけど飲むか?」
アイスボックスの中に残っていた缶ジュースを渡してやる。
「すんません。ありがとうございます」
さすがに午後からずっと力仕事では疲れているようだ。それでも最後まで任された仕事を全うするという姿勢には好感が持てた。
「さすがに、山の中は星がきれいですね」
「周りに明かりがないからな」
「こんな星空を見るのも随分と久しぶりです」
残り火を見ながら彼の顔を見る。最初に出会ったときから感じていたのだが、彼の場合は確かに同い年の少年たちとは少し違う気がした。
「なぁ、こんなこと聞いたら怒られるんだが、女性関係にはずいぶん苦労しているみたいだな?」
「あぁ、それですか。なぜかそんな話で盛り上がっちゃいましたからね。叶うかも分からない約束の話ですよ」
彼は苦笑して答えた。