【茜音・小学2年・夏】
「茜音ちゃん、一緒に行けなくてごめんね」
「ううん……。健ちゃんが悪い訳じゃないもん。元気でね……」
茜音と呼ばれた女の子は涙を少し浮かべながら、それでも健気に笑顔を作っている。
「茜音ちゃん、健君、お昼ごはんできたぞぉ」
「は〜い!」
二人は声を揃えて返事をして、呼ぶ声の元に走っていく。
理由あって親元で生活できない子どもたちを預かる施設。一般的には児童福祉施設と呼ばれることが多く、その大半で自宅を離れた施設内で子どもたちの生活を支える取り組みがされている。
入所できるのは幼稚園から高校生まで。今この「ときわ園」には小学生から高校生まで、ここを「家」として暮らしている子どもたちと親であり先生代わりでもある職員も含めて二十人ほどが一緒に生活をしている。
先の小学2年生の二人、佐々木茜音と、松永健もその一員だ。
健は家庭の事情で2年前に連れてこられた。幼稚園の年長という歳であったけれど、本当の両親が健在だったということも覚えている。
しかし、もうそのどちらの元に戻ることもないと、幼いながらも悟っていた。
はじめは勝手な両親に腹を立て、職員の言うことを聞かなかったり、物を壊したりといろいろと荒れていたが、ある日を境にそれが変わった。
同い年の茜音が「ときわ園」に連れてこられた時、彼の中で何かが動いた。
茜音は彼より半年遅れて仲間に加わった女の子だ。
最初に連れてこられた時から、彼女はそれまでに入所していたどの子どもたちとも少し違っていた。
連れてこられたときの服装はブラウンを中心としたチェックのスカートに丸襟のブラウス、髪型は左右のもみあげを中心に細い三つ編みを両側に結い、背中まで伸びる残りの後ろ髪は自然に下ろしている。
顔や手足に傷と言った家庭内不和の子に見られる要素も見あたらない。持ってきている荷物はどれも大切に育てられていたのを感じさせる品ばかりで、普通であればこのような施設に来ることはないような彼女の登場に、他の面々は少々戸惑っていた。
服装や持ち物以上の違和感が、彼女が幼稚園の年長生にも関わらずひとことも話せないことにあるのだとすぐに気づく。
しかし、茜音の身の上の説明を受けた後は、皆その認識が変わった。
彼女は前年の冬に起きた飛行機事故で救われた数名の生存者の一人だというのだから……。