ラッパのマークの聖老眼

その言葉に真也はうなずくと、パソコンのディスプレイに映っている文書を見た。どうやら、先ほどの翻訳した文章は保存されてはいないようだ。その事に気がついた真也が不思議そうにしていると、冴月が説明する。
この翻訳した内容は、一度ネット上にアップされるのだと。
その言葉に真也は驚く。そんなことは聞いていなかったからだ。
そして同時に納得した。先ほど冴月が翻訳した内容を冴羽が理解できなかったのは、そのためだったのだ。
「このサイトで公開されて、世界中の人が読めるようになるの」
冴月はそう言いながら、パソコンを操作する。すると画面に一つのウェブサイトが現れた。
そのタイトルは『異能者』だった。
真也は唾を飲み込む。
この世界には、超能力者がたくさんいるのだろうか。
「これはね、翻訳された内容が間違っていないかどうかを確認するためのもので、誰でも無料で見ることができるの」
冴月はそう説明しながら、パソコンを操作を続ける。すると画面が切り替わり、翻訳した内容が表示された。
真也は、それを興味深げに見つめる。そこにはこう書かれていた。
異世界転生の真実、それは能力を持った人間の集団が他の人間に成り代わるということ。彼らは自分以外の能力を消すために殺し合い、やがて全ての人間が死に絶えた時、地球には新しい生態系が生まれるだろう。真也は絶句する。そして、自分が今何をやらされているのかを理解した。
「これが……本当だとしたら、僕は……」
自分の人生は、一体何だったのだろうか。真也は拳を握り締めた。
冴月は、真也の言葉に目を細めた。そして、口を開く。
「そうよ。これが、本当の話」
「え?」
「あなたは騙されていたの。あなたは、彼らの実験のモルモットにされていただけ」
「それって……どういう……?」
「彼らはね、異世界に行くんじゃなくて、自分たちが作ったシェルターの中で暮らしている人たちなの」
それから冴月は語り出した。彼らがどのように生きてきたかを。
彼らは、2080年代の終わり頃に生まれた、若い研究者だった。当時、日本では大災害による死者が多数出ており、その復興が急務とされていた。そんな中、政府が主導して進めている研究があった。それが、新人類の創造。
政府は秘密裏に、ある計画を遂行しようとしていた。それが、人為的に新たな人類を生み出すことだった。
計画は成功。
生み出されたのが、シンヤたちのような子供たち。つまり、オーバードである。
そして、この計画で最も重要なのが、被験者の選別方法であった。
政府にとっては、貴重な実験体である。慎重に選ばなければならない。そこで考えられたのが、遺伝子検査によってオーバードを作り出すというものだった。
しかし、ここで大きな問題があった。それは、そもそもの検査機器が高価だということ。そして、被検体が多すぎたことだ。
そこで採用された方法が、遺伝病に罹患しているものから優先して選抜するというやり方だった。
これならば、大量の被検体を一度に集めることができる。そして、その中からさらに多くの被検体を集めて、次の世代を作っていくというサイクルで計画が進められることになった。そして、その最初の被験者に選ばれたのが、冴月晶だった。
彼女は、生まれつき心臓に疾患を抱えていた。両親は彼女が大人になる前に治療できると信じていたが、彼女の成長とともに病状は悪化していき、彼女は15歳になっても退院することができなかった。
両親はとても悲しみ、その心を癒すため、彼女は様々なセラピーを受けた。そのおかげもあって、彼女は笑顔を取り戻すことができた。
しかし、彼女の運命を変える出来事が起きた。彼女はその日、外出を許されていた。理由は簡単だった。両親が、娘を元気づけるために出かけたかったから。
彼女は両親と一緒に、ドライブを楽しんでいた。
しかしその帰り道、悲劇は起きた。交通事故だった。彼女は車から投げ出され、意識を失った。目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。
彼女はすぐに状況を思い出した。自分は事故に遭ったのだと。そして、もう助からないだろうとも思った。しかし彼女は幸運にも命を取り留めた。いや、彼女を助けた人物がいた。冴月晶の父親だ。彼は、とある研究所の研究員だった。彼は娘の容態を気にかけていたため、彼女の家へ訪れていたのだ。
彼は娘を病院ではなく自宅へと連れ帰った。そして、最先端医療設備とスタッフを揃えて彼女を治療し、リハビリをさせた。彼女は懸命に努力し、1年と少しで日常生活を送れるまでになった。
その後、彼は彼女に、自分が行っている研究について打ち明けた。そして、自分に協力してくれないかと頼み込んだ。
「私はね、あなたと同じ境遇なの」
冴月は寂しげな表情を浮かべたあと、口を開いた。
「私もね、小さい頃から病気がちだったの」
彼女はそう言いながらパソコンを操作して、画面を切り替える。そこには健康診断の結果が映し出されていた。
「でもね、私の身体は普通じゃなかった」
その画面は、まるでレントゲン写真のように鮮明だった。しかし、そこに映る臓器は普通の人間とは異なっていた。
「私ね、子宮がないの」
そう言い、冴月は笑った。
真也は驚き、
「そっか……」
と、言葉を漏らした。その様子はどこか他人事のようだった。
彼女はその言葉を聞いて微笑む。
「うん。でもね、私みたいな人は世界中にいっぱいいて、彼らもみんな同じような気持ちだと思うの」
彼女は真也の目を見据えて言った。
それから彼女は話し始める。彼女は自分がどうやって生き残ったのかを。
まず、彼女は事故に遭ってから2週間ほど入院していた。その間に手術が行われた。
そして、それから数週間が経ち、彼女は退院することができた。その時、彼女の父親はこう言った。君の体調が良くなったことを嬉しく思うが、まだ完治とは言えない。だからね、もう少し通院する必要があるんだ。そう、何度も言われた。だが彼女は信じなかった。なぜなら、彼女の体調は驚くほどに良くなっていたから。だから彼女は父親を説得し、一緒に退院することにした。
「お父さんがね、嘘をつくはずがなかったの」
冴月は悲しそうな顔をして言った。
その通りだろう。もし本当に体調が良いのであれば、なぜ今まで病院で過ごしていたのか疑問が残るからだ。きっと冴月晶の父は、自分の研究所に連れて行くことで、彼女を騙し続けたのだろう。
冴月はその事を知りながらも、彼に着いていった。それは彼のことが大好きだったというのもある。しかしそれよりも大きかったのは、『実験』が怖かったからだ。
その研究施設は山奥にあった。周りは見渡す限り木々に囲まれていて、車で行くしかなかった。その施設の周りはフェンスで囲まれていたが、所々に監視カメラが設置されていた。冴月は父親が運転する車の後部座席に座っていたが、それでも不安を感じていた。
「でもね、そんなことはなかったの」
冴月はそう言って話を続けた。
彼女は病院を退院した後、何度か父に連れられて施設に訪れた。最初は半信半疑だったが、父の話を信じるようになった。
その理由はとても簡単なものだった。施設の外観は一般的な研究所と変わらないものだったが、中に入ると雰囲気が変わったのだ。
そこにあったのは医療機器ではなく、大きなカプセルだった。その中には液体が満たされており、その中に人間が入っているのが見えた。そしてその人間たちは皆、眠っているように見えた。
冴月は最初、父が自分を安心させるために見せた映像だと思い込んでいた。
「だってね、こんなに沢山の人がカプセルに入ってるなんて思わないもん!」
冴月は頬を膨らませ、不満をあらわにした。
真也はそれを見て思わず吹き出す。そして、つられて笑ってしまった。
「それに……、私以外の子たちも……」
そう呟くと、冴月は視線を下に落とした。その先にあるのは、小さな手だった。
「みんな、子供だった」
冴月は続ける。
「私たちは実験動物だったの」
冴月は拳を強く握る。
「あのね、お父さんはね……私たちの事をモルモットとか、実験材料って言うの……」
彼女はそう言うと、涙を流し始めた。
「……晶ちゃん?」
真也は驚いた。目の前で、女の子が泣いているのだ。それも、自分のために。
真也はオロオロとして言葉を探すが、何も言えなかった。真也にとって晶はクラスメイトで、いつも優しくしてくれている。それが涙をこぼしているのだ。
「ごめんね……なんでもないの……」
冴月はそう言うと立ち上がり、真也の隣に座ると頭を撫でた。その行動に真也は驚きを隠せなかったが、同時に安堵した。それは、普段の真也なら絶対にしないような行動だった。
「ありがとう。優しいのね、真也くんは」
「いや、そんな……」
「真也くんはいい子だよ……」
「え?……あっ……」
真也は自分の耳を疑いつつ、晶を見た。すると、彼女の腕に抱かれた赤ん坊が目に入ってきた。
「あ、それ……」
「うん、この子が弟なの」
「かわいい……」
「ふふっ、ありがと」
「その子はいつ生まれたの?」
「昨日よ」
「……え?」

「うん……。私が死んじゃうと思ってたから、産んでくれたの……」
冴月晶は泣き笑いの顔になりながら答えた。
「それで……どうして僕なんかに話しかけたの?」
冴月は目元を擦りながら、首を傾げた。そして、
「えっと……なんでかな……?」
と答えるとクスリと笑う。
真也も釣られるように笑ったが、すぐに真剣な顔に戻る。
その質問こそが、彼が聞きたかったことなのだから。
「ねぇ、晶ちゃん。教えて欲しいんだ。晶ちゃんたちがどうなったのかを」
冴月は黙って俯いた。そして、しばらく沈黙が続いた後、彼女は口を開く。
「分かったわ」
それから彼女は話し始めた。
冴月晶の弟が産まれたのは、彼女が事故に遭った翌日のことだったらしい。出産には危険が伴い、母子ともに危険な状態だったそうだ。そのため、医師の判断で帝王切開を行うことになった。
麻酔が効いている間に、彼女の両親は処置を行った。そして無事に、赤ちゃんが産まれた。しかしその直後、彼女は意識を失った。
医者はすぐに蘇生措置を行ったが、間に合わなかった。しかし不思議なことに、彼女は息を吹き返した。
その後、検査の結果から、彼女の体内に子宮が存在することが判明した。つまり、彼女は妊娠していたということだ。
彼女は目を覚ましたあと、両親から説明を受けた。自分は一度死んだのだと。そして、新しい命を授かったのだと。彼女は自分が死にかけていたことよりも、新しくできた家族が嬉しかったようだ。その気持ちを父親に伝えたが、彼は喜ぶどころか、とても困惑していたらしい。なぜなら、彼女の胎内にはすでに胎児が存在していたから。
父親は彼女の身体を調べ、子宮が2つあることを確認した。通常、子宮は1つしか存在しないはずだが、なぜか2つの子宮が存在したのだ。さらに調べてみると、片方は正常に機能していたが、もう片方は機能していなかった。そこで、父親たちは彼女を殺すことにした。
2つの子宮のうち、片方を切除すれば正常な子宮が手に入ると考えたからだ。しかし、その手術は失敗した。なぜなら、摘出されるはずの子宮から新たな生命が誕生したから。その日、彼女の弟は誕生した。
こうして彼女は双子となり、命を取り留めた。そして、それと同時に彼女は実験体となった。
父親の話では、通常の実験は行わない。なぜなら、貴重な検体を無駄にするわけにもいかないし、そもそも前例のないことだったからだ。
しかし彼女は、『成功』した数少ないサンプルだった。
彼女の身体は普通ではなかったのだ。子宮がないのにもかかわらず妊娠し、そして子供を2人も産み出したのだ。それはまさに奇跡だった。父親は喜んだ。そして彼は彼女に告げた。『もっと実験をしたい』と。
彼女は悩んだ末、父親と弟の研究を手伝うことに決めた。自分が生きている理由を知るためでもあったし、単純に彼らが好きだったということもあった。
「私はね、お姉さんになったんだよ!弟がいるの」

「そうなんだ。可愛い?」
「うん、すごく!」
彼女は満面の笑顔を見せ、そう言い切った。真也はその言葉を聞き、安心した。そして思った。冴月が元気そうにしていて良かった、と。彼女は真也の目を見て、「それでね」と話し始める。
「お父さんは私のために研究所を大きくしてくれたの」
「えっ?」
「私の子宮から採取された細胞を使って、新しい薬を開発したんだ」
「……どういう事?」
真也は疑問を口にする。冴月晶の話を聞いていて、彼は違和感を感じていた。
「んとね、私の細胞が他の人に移植できることがわかったの」
「……でも……」
真也は言葉を失う。冴月晶の言っていることは、明らかに常軌を逸していたからだ。
「私、頭おかしいと思うでしょ?」
「……うん」
その言葉に冴月は少しだけ微笑むと、話を続ける。
冴月晶の細胞は、他の人間にも適合した。もちろん、拒絶反応が起こることもなく、臓器を再生させたのだ。さらに、彼女の細胞から取り出されたタンパク質は、ガン治療に有効だということが証明された。それはつまり、彼女の持つ特別な細胞を使えば誰でも不治の病を克服しうるという事だ。
冴月晶の父親はそれに目をつけた。そして、彼女の父親が協力を要請しに来たとき、彼の研究チームはまだ発展途上であった。だから、父親はその申し出を断った。そして彼らは秘密裏に研究を始めた。それは秘密裏といっても、父親以外に知っている人は何人かいたが。
冴月晶はその様子を、ガラス越しに見ていた。
彼女の研究は順調に進んでいた。彼女自身に異変が起きるまでは。
ある日を境に、彼女の身体は異常な変化を遂げた。髪は白くなり、瞳の色が赤く染まった。
「私ね、アルビノだったの」
「じゃあ、目が赤いのは……」
「うん、アルビノだから」
「そっか……」
真也はその答えを聞くと、少し考え込む。そして、恐る恐る質問をした。
「もしかして、その目は……」
真也の言葉に冴月は首を振る。
「違うよ」
「……そうなの?」
真也はホッと胸を撫で下ろす。
「でもね、真也くん」
冴月は真也の手を握り、真剣な表情になる。その手は冷たく、氷のように感じられた。
彼女はゆっくりと口を開いた。
冴月晶の弟は、実験によって生まれた子供だった。
彼女の胎内にあった2つ目の子宮。それは、弟を孕んでいた子宮だったのだ。
冴月晶の母親は、出産と同時に命を落とした。それは出産による出血が原因だった。しかし、彼女は出産後に息を吹き返している。それはなぜなのか? それは、母親が自分の息子を産み落としたからだ。
彼女の弟は、実験で生まれた子ではない。母親から生まれた子なのだ。
冴月晶の母親は、
「私が死んだらこの子を育ててください」
という手紙を父親に託していた。
父親はそれを承諾したが、いざ出産となると怖くなった。もし何かあったら?もしものことがあったら? そう考えた彼は妻を殺した。そうしなければ、自分が殺されると思ったから。
「……そんな……」

「お父さんはね、私とお母さんのことが大好きで、愛してくれてるの……」
冴月晶は真也の手をギュッと握る。
「……お父さんはね、私とお母さんの事が好きなの……」
「……え?」
真也は彼女の手を振りほどきそうになるが、その手が震えていることに気づく。
彼女の小さな手は、真也の手を握っていた。まるで、真也を離さないと言わんばかりに。
彼女の父親は、妻と娘を愛していると言った。
だがそれは嘘で、本当は自分と妻だけが大事だったのだと彼女は言った。
彼女は自分の母親のことをよく覚えていないらしい。それは、物心ついたときにはすでに彼女はいなかったからだ。
それでも彼女は母親に会ってみたいと思っていた。そして、いつかは家族みんなで幸せに暮らしたいと願っていた。
「いい加減にしろ!」
真也はたまりにたまった鬱憤を爆発させた。ひぃっと彼女が怯む。
「お前なぁ……」
真也は拳を固めて身体を震わせる。「さっきから黙って聞いてりゃ悲劇のヒロインぶって俺に感情をぶつけやがって。何なんだよ! 俺はお前の子守役じゃないぞ。まぁ、俺も鬼じゃないから最初は真摯に聞いてやったよ。だがなあ!男の器ってもんには限界があるんだ!」
そこまで一気にまくし立てると、真也は深呼吸をして怒りを鎮める。そして、なるべく優しい声色で話しかけた。
目の前の少女は怯えていたが、その目からは涙が溢れており、その顔は悲痛に歪んでいる。
そんな顔を見た真也は、急に冷静になり後悔し始める。
彼は冴月晶が泣いているのを見てハッとすると、慌ててポケットを探りハンカチを取り出す。そして彼女の顔を優しく拭ってやる。そして、できるだけ笑顔を作って話し始めた。
しかし、すぐにその笑みは崩れていく。そして、真也は気まずそうな顔になり目を逸らす。
彼は今、彼女の告白を聞いていて、どうしたら良いのかわからないでいた。
そして、真也は彼女を救う言葉を知らなかった。
真也は困ったように頬を掻くと、再び口を開く。彼の口から出てきたのは、あまりにも残酷で身勝手で、なんとも情けない言葉だった。
彼女の話を聞いた真也は、何も言えなかった。
どうしようもなくて口を閉じたのもあるし、言葉が出なかったからでもある。しかし、それだけではない気がした。
なぜならば、彼女の話を聞いていたときに真也の心の中に広がったものは同情でも憐れみでもない。むしろ、彼はその逆の気持ちを抱いていた。
(なんてこった)
真也は自分の胸に手を当てると、深い溜息をつく。それは落胆と絶望の混じったもので、真也は思わず下唇を噛んだ。
彼は自分の中に沸々とわき上がってくるドス黒い気持ちを抑えることができなかったのだ。そしてその気持ちは彼にこう呟かせた。
(こいつは……殺そう)
彼はそう決意すると、冴月の目を真っ直ぐ見つめる。そして、その覚悟を告げる。その瞳には殺意すら宿っていたが、その表情は悲しみに染まっている。その矛盾に気づいてしまった真也はさらに混乱するが、必死になって心を落ち着かせると彼女に告げた。
その答えを聞いて、彼女は涙を流しながら俯いてしまったが、しばらくしてからこくりと小さくうなずいた。
真也は彼女を抱きしめたくなる衝動をぐっと堪えると、自分の心の中を整理し始めた。そして、一つの結論を出した。
それは、彼女を助けたいという強い意志。その思いは、真也に行動させる動機となった。しかし、その感情は一気に吹き飛んだ。晶のポケットから見知らぬ男の写真が零れ落ちたのだ。「お前、他の男がいるのか? それも複数。売女め!」
彼は写真を拾い上げると、その写真を見下ろした。そこに写っていたのは黒髪の男性と茶髪の女性。真也はその男女の顔に見覚えがあった。
(これは……間宮兄と美咲先輩?)
そう、その男は真也の兄である優太の友人だった。「信じられない。こんな連中と肉体関係を……」
真也は怒りに任せて写真をビリビリに破ろうとするが、寸前のところで我に返り、その腕を止める。そして大きく深呼吸をすると、その写真を晶に返した。
しかし彼女はその写真を真也に突き返し、震え声で言った。
お願い、持っていて欲しい。
だが真也はこう言い放った。「お前の遺影と一緒に飾ってやる」
「どういうことなの?」
「俺がまとめてぶっ殺すからさ。写真がないとこいつらの葬式で困るだろう」
「ひどい…ぎゃっ!」
彼女の右頬に真也のストレートパンチが命中した。「ごふっ!」
彼女は転倒し後頭部を思いっきりコンクリート壁にぶつけた。そして白目を剥いたまま動かなくなってしまった。
「死んだか……歯ごたえがねぇ」
真也は冴月晶の心音を聞いて、死んでいることを確認した。
「さぁて、お次は俺を裏切った連中を殺しに行く」」彼から笑顔が消え失せる。その表情は冷酷そのもので、彼が纏う雰囲気もがらりと変わった。
それはもう人間のものではなかった。真也の身体を乗っ取った化物は冴月晶の死体を放置したまま神社を出ていった。そして、翌日。葬儀屋はてんてこ舞いの忙しさに陥った。何しろ晶の関係者十人が惨殺死体で見つかったのだ。警察は真也を指名手配しているが足取りがつかめない。
「あ、あなた……」
「ああ……」
冴月晶の父親とその妻は遺体の前で呆然と立ち尽くしていた。「私の子供が殺された」
冴月晶の父親はそう言うと膝を折って泣き崩れた。
「私はどうすれば……」母親はその場にへたり込んで放心状態になっている。
真耶と明海はその様子に戸惑っていたものの、なんとか状況を整理しようとしていた。
惨殺現場に献花台が設けられやがて慰霊碑が立った。
真也はまだ捕まっていない。十年、二十年が経ち目撃情報も絶え始めた。冴月晶の母親は事件のあとSNSで心無い言葉を浴びせられて首を吊った。父親は懸命に犯人に関わる情報提供を呼び掛けていたが認知症を患って施設で寿命を全うした。それから100年後。
この世界では異能者と呼ばれる超人達が社会を成り立たせていた。その能力の中には特殊なものがあり、それはオーバードと呼ばれた。
ある日、ある場所。
一人の男が棺の中で眠っている少女の顔を覗き込んでいた。その男の目は狂気で満ち溢れており、口元は醜悪に歪みきっていた。
彼は自分の右手にナイフを持っていることに気がつくと、左手に握られたものを地面に叩きつける。それは真っ二つに折れた剣だった。
そしてそれを拾うともう一度彼女の元へと戻る。そして今度はそれを胸の中心に向かって振り下ろす。血飛沫が上がり、少女はビクンと跳ね上がる。それを満足げに眺めると彼は微笑んだ。
彼の名は真也。偉大なる能力者の血脈を継ぐもの。

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