「その人間の歴史を知る為、君は宇宙の中に入ることになった。そしてその後、私は人間には関わっていなかった。ただ単に私と人間が交わした約束により、地球に来たことになった。君から連絡も貰わないままだから、これは君に話してもいいくらいかな」

船長は目井に向かって、微笑した。

「目井君、君は言っている意味がよく理解できると思う。この話について、君は自分では何も答えられないし、もしかすると何もできないかもしれない。でも、自分が宇宙に関わっているというのを突き止め、宇宙から人間が生まれたということについて、考えて欲しい」

「私は何も知りません」

「そうだと思う。もし君が何かの理由で何かを考えているのだとしたら、答えを出してくれないと困る。だから私も言いに来たんだ」
船長の発言に目井は驚いた。何の目的から来たのだろう。

「君に私の目的と、君がどのようにして私に近づいてくるのか教える。そこにも繋がりが見られると思う」
「どんな繋がりですか」

船長は言うと目井の方を向き直った。

「君にとって、私と君がどう関わるろうが因果は巡って君に繋がっている。だから答えを聞かせてくれないかな」

総船長に言われて目井は考えた。

「どうしたらいいんでしょう」
「君はどう考えているのか聞きたいんだよ」

「どうなんだって、言われても」
「君は、自分の意志で何かを決めているんじゃなよね? だってさ、ここにいたいっていう希望や夢があったなら、今頃私はここにはいないわけだし」船長は苦笑しながら、続けた。

彼の笑い方を見つめているうちに目井は何だか腹が立ってきた。
船長の顔を見ると船長は自分の顔を見た。それから目を細めて口元を上げた。その仕草を真似して、目井も同じように表情を作ってみたがうまくできなかったのですぐ諦めた。船長はそれを見て笑う。目井の胸はまた苦しくなった。

「私も同じだったんだ、最初はね」
船長は続ける。

「私は太陽神と出会ってから今までのことを覚えているつもりだ。ただ、思い出そうとするだけで、思い出そうとしない。太陽神と一緒に居た頃のことばかりを考えて、今は忘れてしまった」

彼は目井の目を見て言った。そして、言葉は続いた。

「君と私はよく似ているように思えるよ」船長は言った。「私も今のように、太陽神様と共にあった時を懐かしむ。だから君とは少しだけ似ている」

彼が何を言いたいのだろうか、全く分からなかった目井は戸惑い始めたが、船長はまだ続ける。

私と君の出会いによって太陽神のことが少しでも分かるといいんだけどね……。
●竹中の人に言えぬ秘密

船長は静かに呟き、そして立ち上がった。彼を見ながら目井は自分も立った方がいいのかと思い立ち上がろうとしたら船長は首を横に

「いいんだよ、座っていてくれ。君が今ここで立ってもいいと言った覚えはないから」

「あ……、すみません」
目井は再び腰掛けた。

「謝ることではない。ただ、これからは私の話し方が君にも伝わりやすいかもしれないと思っただけだ」
「わかります」

「君は私が思っている以上に物分りがいいようだ」

そう言ってからスフィンクス船長は、太陽神との関係を暴露し始めた。自分はなぜ日本とエジプト政府の間で貿易しているのか。

どうして旅の途中でカルナックに立ち寄ってハトホル神殿に参拝したのか。
自分の長女であるお千代に懇願されて嫌々ながらも太陽神に神鳥をねだり、それを受け取ったのか。すべて話した。

話を聞いていると、太陽神は目井と似通った存在であることが分かってきた。
船長は言う。

私は彼と出会わなければよかったと今でも思う。私は、あの御方のお側にいたくてこの航海を始めた。だがこの航海で私は彼に見捨てられた。

目井は驚きつつも、船長の話を聞くことにした。船長が何を考えているかを知る必要があったからだ。

彼は何かとてつもない弱みを握られているようすがうかがえる。視線が泳いでいるのだ。この航海が始まってすぐに目眩がした。船長室に籠って眠り続けていた船長の身体には限界がきていたのだ。

船長は、その日から徐々に体調を悪化させていった。

日に何度か吐血するようになり、高熱に苦しめられるようになったという。船医に診せようとしたが、「自分で蒔いた種だ。私に構うな。私には成し遂げねばならぬ使命があるのだ。お千代を護るために返済すべき借りがあるのだ」と強引に説き伏せた。

目井は心配した。「そこまでして…。エジプト政府にどんな借りがあるというのですか?」

船長は不敵に笑みを浮かべて答える。それはもう満足げな笑みであった。

「借金だよ――。私は大層な金額を背負ったよ。でもそれを支払えるのは彼しかいないだろう? 彼は何も言わないが。太陽神にしかできない仕事なんだ。

私はもう長いあいだ寝込んだまま、食事も水も喉を通りにくくなっているんだが、私はそれでもまだ生きている。

目井。貴女は幽霊だから死ぬのは怖くないだろうが、人間は死を恐れる。私は自分より愛娘の死が何よりも怖い。誰だってそうだ。

子に先立たれる親は不幸だ。だから私は少しでも多くの親子を救おうとした。これから大きな戦争が起こる。世界中でだ。

前の大戦のよりもっとひどい。太陽を降らすような兵器すら使われるだろう。だから私はそれを阻止せよと神から賜ったのだ。

この船の積み荷は、地上に火を降らせる恐ろしい知恵だ。

それを大日本帝国に引き渡したい。天皇陛下が善きに計らって下さるだろう。天照大神と太陽神は同胞のはずだ。

そのために私はエジプト政府に莫大な借金をしてこの船を買ったのだ。あとは私の代わりに彼が動いてくれるだろう。私はそれで十分だった。後はお千代の無事さえ確認できれば」

目井は黙っていた。

そして船長は言った。
目井、もう私は長くはない。

「だから君に頼みがある。私の最後の願いだ。私はもう二度と太陽を見たくないよ。君はまだ見たことがないのならぜひ見るべきだ。そして君の子や子孫に伝えるといい。世界を変える力を秘めた偉大な太陽神の威容を伝えるんだ。

太陽は空にあり、地にあるあらゆるものは滅びるが太陽は永遠だ。私はこの世界を永遠のものとする。
それが私の最後の願いだ」

目井の幽霊は、船長に告げる。
「お断りします」
目井は断った。
「なぜ?!」
「貴方様の娘は私が必ず無事に連れ戻します」
「どうやって?」「ご安心下さい」
目井の目は決意を物語っている。
「君は……」
目井は船長の言葉を遮った。
「お待ちを! まずはこの鈴を見て頂けませんか? お父様。竹中様の部屋に転がっておりました。

これはアブラメリンの鈴と申します。英国の大魔術師アレイスター・クロウリーがエジプトで太陽神ホルスから叡智を掠め取るために召喚の儀式を行いました。その企みは成功し『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』を著して大ベストセラーとなりました。

しかし彼はホルス神殿に相応の謝礼金を納めなかったのです。
莫大な印税におぼれ堕落した人間に対して神は天罰を下しました。
それがこの鈴です。

恋愛成就の法具ですが、同時に使った者を狂わせます。