『ずうっと北へ、雪がすべてを染める寒い土地だった――』

 思い出を懐かしく語って聞かせる父の柔らかな声色が、意識とは関係なしに、香澄の脳裏に反響する。


 何をするべきなのか、自分がこれからどうしようとしているのかわからない。

 しかし、「行かなければ」と立ち上がった。


 あてなど何もなかった。それでも、父が乗ったという夜行列車が、香澄を待ってくれているような気がした。

 彼女は歩き出しながら白いシャツを脱いだ。暖房があまり効かない室内では寒さを感じたが、焦りに突き動かされるように喪服寄りのスカートも脱ぐ。

 そして私室で、膝が隠れるほどの白いワンピースのスカートを着て、ニットの長袖に袖を通した。ベージュのコートをはおり、両手で髪を出すと、母譲りのウェーブの入った髪が背中に流れた。

 小さくなった父の遺骨をボストンバッグに入れる。

 ここしばらく時計なんて見ることもなかったのに、このときは、まるで夜行列車の発車時刻を確認するように時計を見上げていた。