前回のあらすじ
マッドが一人、マッドが二人。
両博士のマッド具合もとい優秀さがよくよくわかったところで、話題は地竜の卵へと移っていった。
「魔獣の専門家として、と言いたいところですが、何しろ地竜の卵の観察はこれが初めてでして、おそらく古代聖王国時代でさえこんな研究はなかったでしょうね」
「つまり我々が世界で最初、と言いたいところなんですけどねえ」
「そうではない、と?」
「どうもそうなんじゃないかな、と」
両博士の言うところによれば、今回発見された地竜の卵は、自然下のものとして見るにはあまりにも不自然な点が多いとのことだった。
「まず我々は、この卵を奇麗に掃除しました」
「そこから」
「ええ、そこからなんですよ」
「この卵は奇妙なほど清浄な状態で保たれていました。つまり、地面に接していた部分を除いて、これと言って汚れなどが見当たらなかったんです」
「…………それが?」
「わかりませんか。つまり、この卵は奇麗すぎるんですよ」
小首をかしげる二人に、両博士はいくつかの書類を取り出した。
「年代測定呪文によれば、この卵はまだ若いもののようでしたが、それでも、十年か、二十年程経っているようでした」
「そんなに卵のままなんですか?」
「大型の魔獣には珍しいことではありませんね。休眠状態のようなものです」
「問題はそこではなく、それだけ森の中で放置されていたにしては、表面に汚れがないということです」
「そっか。十年も転がってて汚れない訳ないですもんね」
「そうです。そしてさらに奇妙な点が、周囲が平穏すぎるということですね」
「平穏?」
ユベルは地図のようなものを取り出して二人に見せた。それはあの卵の見つかった森とその付近の地図であるらしい。
「この地点が卵の見つかった地点で、このまっすぐと伸びる破壊痕が、御二方が討伐した地竜の進路です」
「成程」
「そしてこちらの短い破壊痕が、卵から孵ったとみられるもう一頭の進路です。こちらはかなり前のもののようで、すでに森が回復しつつあり、はっきりとした進路は追えていません」
「十分破壊されているように見えるんですけど」
「新しい傷跡についてはそうです」
キャシィが言うのは、つまりこの卵を産んだ親の地竜はどうなったかということであった。
「ここに卵を産んだ地竜が十年前か二十年前にいたとすれば、当然この辺りはその当時破壊されつくされているんですよ。幼体ではない、立派な巨体を誇る成体の地竜によって」
「成体ってどれくらいの大きさなんですか?」
「少なくとも体長十メートルは超えます。観測史上最大は、えーと、」
「二十五メートルですね。個体名ラボリストターゴ。討伐済みです」
「討伐できたんだそんなの」
「まあ百年以上前の記録ですから、伝説みたいなもんですけど」
少なくとも十メートルを超える怪獣がのしのしと破壊して回ったとしたら、それは十年か二十年前のことだとしても記録に残っていることだろう。森にも破壊の跡が残っていておかしくない。しかし実際には卵だけが残されており、その卵もきれいなものだという。
「騎士ジェンティロたちが回収してくれた卵の殻も調べてみましたが、こちらはコケや土埃など、古い方で二十年程度、新しい方、つまりあなた方が討伐した方でも年単位で経過しているように見受けられる汚れかたでした」
「それってつまり……」
「ええ。まるで誰かが卵だけをここに放置したみたいじゃないですか。それも一度だけでなく、継続的に」
これは奇妙な話であった。そもそもが目撃証言自体少ない地竜という生き物の卵を、それも間をおいておきに来るというのは、どう考えても自然現象などではありえない。
「最初はもしかすると地竜って生えてくるのでは、とも思ったんですけど」
「あ、思ったのはキャシィだけです。お間違えなく」
「まあさすがにそんなことはなかろうと現地の調査も続けてもらった結果、人為的な痕跡が見つかりました」
「つまり」
「つまり本当に文字通り、誰かが卵だけ置いていったんですよ」
「た……托卵?」
「そんな面倒見れなくなったから捨ててきましたみたいな発想やめてください」
叱られてしまった。
とにかく、とユベルは言う。
「我々は、というより正確にはもうちょっと上の方々は考えました。これは一体どういうことなのだろうかと」
例えば、地竜の卵をたまたま発見した冒険屋が、売れるかもと思ってここまで運んだものの、何かしらの理由で冒険屋側が失踪。確かに売れるかもしれないが、わざわざ運び込んだ先が西部の森の中というのも意味が分からない。もっと喧伝したことだろう。
ではたまたま見つけてしまった領主が、危険なので他の領まで捨てに行ったのだろうか。いや、それならば破壊してしまった方が早いだろうし、危険を冒してまで他領に運び入れる意味が分からない。では逆に、秘密兵器として領主が秘匿していたのか。いや、うっかり自領で孵ってあわや大惨事だった。
となれば、やはり。
「帝国はこれを他国による破壊工作であると疑っています」
「他国って、つまり」
「我らが怨敵、帝国の長らくの宿敵、聖王国の仕業であると」
用語解説
・ラボリストターゴ(Laboristo tago)
体長二十五メートルを超える超大型の地竜。だったとされる。
百年以上前の伝説のため、はっきりとした記録は残っていない。
マッドが一人、マッドが二人。
両博士のマッド具合もとい優秀さがよくよくわかったところで、話題は地竜の卵へと移っていった。
「魔獣の専門家として、と言いたいところですが、何しろ地竜の卵の観察はこれが初めてでして、おそらく古代聖王国時代でさえこんな研究はなかったでしょうね」
「つまり我々が世界で最初、と言いたいところなんですけどねえ」
「そうではない、と?」
「どうもそうなんじゃないかな、と」
両博士の言うところによれば、今回発見された地竜の卵は、自然下のものとして見るにはあまりにも不自然な点が多いとのことだった。
「まず我々は、この卵を奇麗に掃除しました」
「そこから」
「ええ、そこからなんですよ」
「この卵は奇妙なほど清浄な状態で保たれていました。つまり、地面に接していた部分を除いて、これと言って汚れなどが見当たらなかったんです」
「…………それが?」
「わかりませんか。つまり、この卵は奇麗すぎるんですよ」
小首をかしげる二人に、両博士はいくつかの書類を取り出した。
「年代測定呪文によれば、この卵はまだ若いもののようでしたが、それでも、十年か、二十年程経っているようでした」
「そんなに卵のままなんですか?」
「大型の魔獣には珍しいことではありませんね。休眠状態のようなものです」
「問題はそこではなく、それだけ森の中で放置されていたにしては、表面に汚れがないということです」
「そっか。十年も転がってて汚れない訳ないですもんね」
「そうです。そしてさらに奇妙な点が、周囲が平穏すぎるということですね」
「平穏?」
ユベルは地図のようなものを取り出して二人に見せた。それはあの卵の見つかった森とその付近の地図であるらしい。
「この地点が卵の見つかった地点で、このまっすぐと伸びる破壊痕が、御二方が討伐した地竜の進路です」
「成程」
「そしてこちらの短い破壊痕が、卵から孵ったとみられるもう一頭の進路です。こちらはかなり前のもののようで、すでに森が回復しつつあり、はっきりとした進路は追えていません」
「十分破壊されているように見えるんですけど」
「新しい傷跡についてはそうです」
キャシィが言うのは、つまりこの卵を産んだ親の地竜はどうなったかということであった。
「ここに卵を産んだ地竜が十年前か二十年前にいたとすれば、当然この辺りはその当時破壊されつくされているんですよ。幼体ではない、立派な巨体を誇る成体の地竜によって」
「成体ってどれくらいの大きさなんですか?」
「少なくとも体長十メートルは超えます。観測史上最大は、えーと、」
「二十五メートルですね。個体名ラボリストターゴ。討伐済みです」
「討伐できたんだそんなの」
「まあ百年以上前の記録ですから、伝説みたいなもんですけど」
少なくとも十メートルを超える怪獣がのしのしと破壊して回ったとしたら、それは十年か二十年前のことだとしても記録に残っていることだろう。森にも破壊の跡が残っていておかしくない。しかし実際には卵だけが残されており、その卵もきれいなものだという。
「騎士ジェンティロたちが回収してくれた卵の殻も調べてみましたが、こちらはコケや土埃など、古い方で二十年程度、新しい方、つまりあなた方が討伐した方でも年単位で経過しているように見受けられる汚れかたでした」
「それってつまり……」
「ええ。まるで誰かが卵だけをここに放置したみたいじゃないですか。それも一度だけでなく、継続的に」
これは奇妙な話であった。そもそもが目撃証言自体少ない地竜という生き物の卵を、それも間をおいておきに来るというのは、どう考えても自然現象などではありえない。
「最初はもしかすると地竜って生えてくるのでは、とも思ったんですけど」
「あ、思ったのはキャシィだけです。お間違えなく」
「まあさすがにそんなことはなかろうと現地の調査も続けてもらった結果、人為的な痕跡が見つかりました」
「つまり」
「つまり本当に文字通り、誰かが卵だけ置いていったんですよ」
「た……托卵?」
「そんな面倒見れなくなったから捨ててきましたみたいな発想やめてください」
叱られてしまった。
とにかく、とユベルは言う。
「我々は、というより正確にはもうちょっと上の方々は考えました。これは一体どういうことなのだろうかと」
例えば、地竜の卵をたまたま発見した冒険屋が、売れるかもと思ってここまで運んだものの、何かしらの理由で冒険屋側が失踪。確かに売れるかもしれないが、わざわざ運び込んだ先が西部の森の中というのも意味が分からない。もっと喧伝したことだろう。
ではたまたま見つけてしまった領主が、危険なので他の領まで捨てに行ったのだろうか。いや、それならば破壊してしまった方が早いだろうし、危険を冒してまで他領に運び入れる意味が分からない。では逆に、秘密兵器として領主が秘匿していたのか。いや、うっかり自領で孵ってあわや大惨事だった。
となれば、やはり。
「帝国はこれを他国による破壊工作であると疑っています」
「他国って、つまり」
「我らが怨敵、帝国の長らくの宿敵、聖王国の仕業であると」
用語解説
・ラボリストターゴ(Laboristo tago)
体長二十五メートルを超える超大型の地竜。だったとされる。
百年以上前の伝説のため、はっきりとした記録は残っていない。