前回のあらすじ
子供の笑顔には勝てなかった。
帝都は帝国の首都ということで帝都と呼ばれており、スプロの町やミノの町といった風な帝都なんたらという名前はついていないらしい。ということを知ったのは、案内人としてついてきたムスコロから道中で聞いた話である。
道中と言っても、馬車ではなく、例によって魔女の流儀、すなわち《魔法の絨毯》の上での話だが。
「もともと帝都ってのは、北方の荒涼の大地、いわゆる不毛戦線の向こうにいやがる聖王国に対する防衛陣地として始まったもんなんでさ」
相変わらず見た目の割にインテリなムスコロは、絨毯の上に小物を並べて簡単な地図を作って見せた。
「辺境から北部までは峰高い臥龍山脈が塞いでやす。西部じゃあご存じ大叢海がうまく蓋をしてくれる形になってやす。ところが帝都の真北のあたりだけがちょうど臥龍山脈と大叢海が途切れた平野が続いていやして、何度となく聖王国はここから攻め入ってきやした。幾度とない争いで荒廃したこの地帯を不毛戦線と呼んでるんですな」
聖王国というのは、人族のもっとも古い国家であり、文明の神ケッタコッタを信奉する単一種族国家で、そしてかつて東西両大陸をその手中に収めるところまで行った強大な国家であったらしい。
しかしその専横に神々も嘆き、言葉の神エスペラントが遣わされ、各々の言葉と文化を持って争っていた各種族をひとつなぎの言葉交易共通語で隣人種として結び付け、激しい戦いの末に狭い北大陸に押し込み、封じ込んだ。これが帝国の始まりであるという。
その後帝国は、何度か内部で分裂しながらも、聖王国に動きがあるたびに一致団結してこれに抗い続け、そしてようやく今のように一つの国家として東大陸を平定したのだという。
「今でも聖王国は健在で、いざとなれば不毛戦線を舞台に対応できるよう、帝都ってのは帝国の文明の発信地であると同時に、軍事の最大集結地点でもあるわけです。……あー辺境除く」
「辺境?」
「辺境てなあ、まず人間が住み着くには向かないってくらい厳しい冬の訪れる土地でしてな。その上、臥龍山脈の切れ目がある」
「じゃあ聖王国がやってくるかもしれないのか?」
「聖王国でさえ来んでしょうな。なにしろ、代わりに飛竜どもがやってくる」
聞けば飛竜というのは、地竜と同じく竜種の一種で、地竜ほど硬くはないけれど、自由自在に空を飛びまわり、まず攻撃の届く範囲まで引きずり下ろすことが大変であるという。単純な比較はできないものの、およそ人間が相手にするものではないという点では同じだとのことである。
「辺境のもののふたちは、帝国ができた頃から、この飛竜を臥龍山脈の向こうに抑え込むために、大陸中から種族文化問わずに集まった酔狂たちでしてな」
「こっちで例えりゃ、地竜が何頭もやってくるのを退けているわけだ」
「そういうわけでやす。帝国に参加したのも統一戦争のころというくらいで、詳しいことはあまり」
「統一戦争てなあ、いつ頃だい」
「五百年前ですな」
「そんなに経つのに、まだ知られてないのか?」
「いや、その時分の物語なんかは劇ではやったりしてるんですがね、何しろ、その、環境が厳しいでしょう」
「……あー、誰も、行かない、と」
「辺境の連中も、たまには出てくるんですけれど、暑いのが苦手みたいで、もっぱら北部辺りまでしか出てこないみたいですなあ」
となれば、辺境人に会う機会があるとすれば、北部まで出向くか、死ぬ気で辺境に顔を出すか、あるいは奇特な辺境人がこっちに来てくれるのを待つほかにないわけだ。
「ああ、でも、最近は辺境出の冒険屋が北部で活躍してるみたいですな」
「へえ?」
「なんでも朝飯代わりに乙種魔獣をバリバリ食っているとか」
「帝国人その言い回し好きな」
「まあ冗談はさておき、得手不得手なく魔獣を平らげちまうってのは本当らしいですな」
「いずれ会ってみたいけど、こればっかりは縁だよなあ」
「なんでもパーティの頭は白い髪の娘だそうですから、冒険屋やってりゃそのうち出会うかもしれませんなあ」
「なんだいそりゃ。どんなジンクスだ」
「冒険屋の大家に南部はハヴェノのブランクハーラ家ってのがありまして、八代前から冒険屋やってるんですがね」
「酔狂の極みだなあ」
「その家でも冒険屋として大成するのはみんな白い髪の持ち主だそうでして、昔っから白い髪の冒険屋は旅狂いってえ話なんでさ」
「成程なあ」
ブランクハーラというのは、交易共通語で白い髪という意味である。
ブランクハーラの者に誰か会ったことがあるかと尋ねてみれば、子供の頃に西部までやってきたブランクハーラの女に会ったことがあるという。
「《暴風》なんてあだ名された女でしたがね、ありゃあ本当にすさまじいもんでしたよ。二つ名の通り、嵐のようにやってきて、嵐のようにずたずたに引き裂いて、そして嵐のように去っていくんでさ」
「何その天災」
「まさしく天災でしたよ、魔獣どもにとっちゃ。姐さんも大概強いが、あの女も地竜ぐらいはやれたんじゃないかってそう思いますね」
「本人を前に言うじゃないか」
「酔った勢いで斬岩なんてやらかすやつでしたからね」
「岩くらいなら俺だって」
「素手で」
「素手で」
「砕いたとかじゃなくて、岩を、素手で、スパッと切っちまったんでさ」
「人間の話してる?」
「ブランクハーラの話をしてやす」
「ああ、そういうジャンル……」
「全く恐ろしい女でしたよ、《暴風》マテンステロってのは」
およそそのように話をしているうちに、馬車で最低十日はかかる道は瞬く間に過ぎていったのだった。
用語解説
・聖王国
人族最古の国家にして、隣人種最大の戦犯。
かつて東西大陸を支配下に置いたものの、ひとつなぎの言語交易共通語を得た隣人種たちに叛逆され、現在は北大陸に押しやられている。
今も返り咲く時を待っているとして、帝国と現在もにらみ合っている。
・臥龍山脈
大陸北東部に連なる険しい山々。巨大な龍が臥したような形であるからとか、数多くの龍が人界に攻め入らんとして屠られ、そのむくろを臥して晒してきたからとか、諸説ある。
北大陸に竜種たちを抑え込んでくれている障壁でもある。
・不毛戦線
幾度となく戦場となり、荒れに荒れ果てたことからついた地名。
聖王国と帝国の国境線ともいえる。
・統一戦争
五百年前に、南部で連鎖的に発生した戦争をきっかけに、帝国が東大陸統一に乗り出した大戦。
十年以上かけて帝国が勝者となったが、その後も何度か内乱はあった。
・辺境出の冒険屋
実は辺境には冒険屋が少ない。皆、自分でどうにかできてしまうくらいに強いからだ。
その辺境から出てくる冒険屋というものはもっと少なく、ちょっとした話題にはなるようだ。
・ブランクハーラ
記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。
・《暴風》マテンステロ
ブランクハーラの冒険屋。二刀流の魔法剣士。白い髪の女で、気性はいかにもブランクハーラらしいブランクハーラ。
つまり自分勝手で気まぐれで旅狂いで酔狂。
子供の笑顔には勝てなかった。
帝都は帝国の首都ということで帝都と呼ばれており、スプロの町やミノの町といった風な帝都なんたらという名前はついていないらしい。ということを知ったのは、案内人としてついてきたムスコロから道中で聞いた話である。
道中と言っても、馬車ではなく、例によって魔女の流儀、すなわち《魔法の絨毯》の上での話だが。
「もともと帝都ってのは、北方の荒涼の大地、いわゆる不毛戦線の向こうにいやがる聖王国に対する防衛陣地として始まったもんなんでさ」
相変わらず見た目の割にインテリなムスコロは、絨毯の上に小物を並べて簡単な地図を作って見せた。
「辺境から北部までは峰高い臥龍山脈が塞いでやす。西部じゃあご存じ大叢海がうまく蓋をしてくれる形になってやす。ところが帝都の真北のあたりだけがちょうど臥龍山脈と大叢海が途切れた平野が続いていやして、何度となく聖王国はここから攻め入ってきやした。幾度とない争いで荒廃したこの地帯を不毛戦線と呼んでるんですな」
聖王国というのは、人族のもっとも古い国家であり、文明の神ケッタコッタを信奉する単一種族国家で、そしてかつて東西両大陸をその手中に収めるところまで行った強大な国家であったらしい。
しかしその専横に神々も嘆き、言葉の神エスペラントが遣わされ、各々の言葉と文化を持って争っていた各種族をひとつなぎの言葉交易共通語で隣人種として結び付け、激しい戦いの末に狭い北大陸に押し込み、封じ込んだ。これが帝国の始まりであるという。
その後帝国は、何度か内部で分裂しながらも、聖王国に動きがあるたびに一致団結してこれに抗い続け、そしてようやく今のように一つの国家として東大陸を平定したのだという。
「今でも聖王国は健在で、いざとなれば不毛戦線を舞台に対応できるよう、帝都ってのは帝国の文明の発信地であると同時に、軍事の最大集結地点でもあるわけです。……あー辺境除く」
「辺境?」
「辺境てなあ、まず人間が住み着くには向かないってくらい厳しい冬の訪れる土地でしてな。その上、臥龍山脈の切れ目がある」
「じゃあ聖王国がやってくるかもしれないのか?」
「聖王国でさえ来んでしょうな。なにしろ、代わりに飛竜どもがやってくる」
聞けば飛竜というのは、地竜と同じく竜種の一種で、地竜ほど硬くはないけれど、自由自在に空を飛びまわり、まず攻撃の届く範囲まで引きずり下ろすことが大変であるという。単純な比較はできないものの、およそ人間が相手にするものではないという点では同じだとのことである。
「辺境のもののふたちは、帝国ができた頃から、この飛竜を臥龍山脈の向こうに抑え込むために、大陸中から種族文化問わずに集まった酔狂たちでしてな」
「こっちで例えりゃ、地竜が何頭もやってくるのを退けているわけだ」
「そういうわけでやす。帝国に参加したのも統一戦争のころというくらいで、詳しいことはあまり」
「統一戦争てなあ、いつ頃だい」
「五百年前ですな」
「そんなに経つのに、まだ知られてないのか?」
「いや、その時分の物語なんかは劇ではやったりしてるんですがね、何しろ、その、環境が厳しいでしょう」
「……あー、誰も、行かない、と」
「辺境の連中も、たまには出てくるんですけれど、暑いのが苦手みたいで、もっぱら北部辺りまでしか出てこないみたいですなあ」
となれば、辺境人に会う機会があるとすれば、北部まで出向くか、死ぬ気で辺境に顔を出すか、あるいは奇特な辺境人がこっちに来てくれるのを待つほかにないわけだ。
「ああ、でも、最近は辺境出の冒険屋が北部で活躍してるみたいですな」
「へえ?」
「なんでも朝飯代わりに乙種魔獣をバリバリ食っているとか」
「帝国人その言い回し好きな」
「まあ冗談はさておき、得手不得手なく魔獣を平らげちまうってのは本当らしいですな」
「いずれ会ってみたいけど、こればっかりは縁だよなあ」
「なんでもパーティの頭は白い髪の娘だそうですから、冒険屋やってりゃそのうち出会うかもしれませんなあ」
「なんだいそりゃ。どんなジンクスだ」
「冒険屋の大家に南部はハヴェノのブランクハーラ家ってのがありまして、八代前から冒険屋やってるんですがね」
「酔狂の極みだなあ」
「その家でも冒険屋として大成するのはみんな白い髪の持ち主だそうでして、昔っから白い髪の冒険屋は旅狂いってえ話なんでさ」
「成程なあ」
ブランクハーラというのは、交易共通語で白い髪という意味である。
ブランクハーラの者に誰か会ったことがあるかと尋ねてみれば、子供の頃に西部までやってきたブランクハーラの女に会ったことがあるという。
「《暴風》なんてあだ名された女でしたがね、ありゃあ本当にすさまじいもんでしたよ。二つ名の通り、嵐のようにやってきて、嵐のようにずたずたに引き裂いて、そして嵐のように去っていくんでさ」
「何その天災」
「まさしく天災でしたよ、魔獣どもにとっちゃ。姐さんも大概強いが、あの女も地竜ぐらいはやれたんじゃないかってそう思いますね」
「本人を前に言うじゃないか」
「酔った勢いで斬岩なんてやらかすやつでしたからね」
「岩くらいなら俺だって」
「素手で」
「素手で」
「砕いたとかじゃなくて、岩を、素手で、スパッと切っちまったんでさ」
「人間の話してる?」
「ブランクハーラの話をしてやす」
「ああ、そういうジャンル……」
「全く恐ろしい女でしたよ、《暴風》マテンステロってのは」
およそそのように話をしているうちに、馬車で最低十日はかかる道は瞬く間に過ぎていったのだった。
用語解説
・聖王国
人族最古の国家にして、隣人種最大の戦犯。
かつて東西大陸を支配下に置いたものの、ひとつなぎの言語交易共通語を得た隣人種たちに叛逆され、現在は北大陸に押しやられている。
今も返り咲く時を待っているとして、帝国と現在もにらみ合っている。
・臥龍山脈
大陸北東部に連なる険しい山々。巨大な龍が臥したような形であるからとか、数多くの龍が人界に攻め入らんとして屠られ、そのむくろを臥して晒してきたからとか、諸説ある。
北大陸に竜種たちを抑え込んでくれている障壁でもある。
・不毛戦線
幾度となく戦場となり、荒れに荒れ果てたことからついた地名。
聖王国と帝国の国境線ともいえる。
・統一戦争
五百年前に、南部で連鎖的に発生した戦争をきっかけに、帝国が東大陸統一に乗り出した大戦。
十年以上かけて帝国が勝者となったが、その後も何度か内乱はあった。
・辺境出の冒険屋
実は辺境には冒険屋が少ない。皆、自分でどうにかできてしまうくらいに強いからだ。
その辺境から出てくる冒険屋というものはもっと少なく、ちょっとした話題にはなるようだ。
・ブランクハーラ
記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。
・《暴風》マテンステロ
ブランクハーラの冒険屋。二刀流の魔法剣士。白い髪の女で、気性はいかにもブランクハーラらしいブランクハーラ。
つまり自分勝手で気まぐれで旅狂いで酔狂。