前回のあらすじ
無事小鬼(オグレート)討伐の証明を手に入れた一行であった。






 見事小鬼(オグレート)たちの耳を切り取って帰ってきた三人に、村の若い衆は大いにその無事を喜んだ。また小鬼(オグレート)たちはすっかり退治されていて、しばらくの間は平和だろうことを伝えられて、もう一度沸いた。

小鬼(オグレート)ってのは、まあ村人にとっちゃ天敵もいいところだからな」

 連れだって村に辿り着いたころには日も暮れ始めていたが、若い衆が小鬼(オグレート)討伐の方を持って駆け巡ると、小さな村にこんなにもと思わせるほどの人々が顔を出し、盛大にこの一行を出迎えた。

「おお、コメンツォ、無事にやってくれたようだな!」
「いや、なんとこちらの旅の方々が手伝ってくれてな」
「なんと、それはかたじけねえ! ほらみんな、村の救い主様たちだぞ!」

 コメンツォを出迎えたひときわ大柄な男は、村の村長であり、依頼を出したコメンツォの友人であるという。
 この村長が大袈裟に声を張り上げると、村の一同がまるで拝むかのように集まってくるものだから、紙月も未来も思わず顔を見合わせた。

「いや、いや、すまんな。何しろ田舎者だから、素直というか、純朴というか」
「いえいえ、わかります」
「それに娯楽がないもんだから、お前さん方はいいカモだ」
「えっ」
「えっ」
「はっはっはっ」

 わっと群がった村人たちは、次々に小鬼(オグレート)退治の話をせがんだ。頼りのコメンツォと言えばこちらも大いに盛りに盛った武勇伝で村の連中を楽しませているし、ついて行っただけの村の若集もそれにのっかるものだから、気づけば小鬼(オグレート)たちは総勢百体を超す軍隊となり、紙月の魔法も森を焼くような神話の世界の魔法のように語られた。

 勿論、いくら純朴な村人たちと言えど、これが出鱈目で、精々が十か二十くらいのを囲んで退治したのだということは察しがついている。だが盛り上がれるときに盛り上がれなければ、こう言った村には本当に娯楽というものがないのだった。

 静かな農村はすぐにも祭の様相を示し、あちらこちらで出鱈目に楽器の音がし始めるや、誰が決めたでもなくそこらで輪ができて、歌うもの、踊るもの、はやし立てるものがそれに続いた。そしてやがてそれらは一つの大きな輪になって、人々はかがり火を中心に踊りだした。

「わーお」
「すごく……その、ノリのいい人たちなんだね」
「暇な農村なんてこんなものさ。忙しいときは忙しいが、暇なときは本当に暇だから、持て余した時間で磨いた芸達者が多いしな」

 少しして落ち着いて、楽器を弾いていた男たちが、彼らなりに精いっぱい都会風にこじゃれた礼をして見せた。

「やあ、やあ、あたしら暇人楽団の腕が錆びつく前に、朗報を持ってきてくださってありがとうよ」
「なにしろ村の祭以外じゃうるさいって追い払われちまうもんだから」
「今日は普段静かにやってる分、盛大にやらせてもらうよ」

 太鼓のようなもの、マンドリンのようなもの、ヴァイオリンのようなもの、笛のようなもの、それぞれに楽器を携えた暇人楽団とやらたちは、素人楽団にしては実にいい音色を響かせて、紙月たち旅人に挨拶して見せた。

「歓迎されてるぜ」
「なんだか恥ずかしいかも」
「よーし、お返しに俺達も楽しませてやろう」
「え、なに?」
「祭と言ったら、決まってる。踊るのさ」
「ええ!?」

 紙月が面白がって、ステータス画面から装備を変えた。動きやすい靴にしたのだ。

「安心しろ、ダンスはちょっとやったことがある。リードしてやるよ」

 そう言って輪に飛び込んでしまうから、未来もおっかなびっくり続くしかない。
 田舎の村に似合わない洒落たドレスの魔女と、見上げるような大甲冑に人々は最初どよめいたが、面白がった暇人楽団が盛大に一曲やり始めると、場はすぐに盛り上がった。

「さあほら、手を引いて、右、左、お次はターンだ」
「わ、わわ、わあ!」
「よしよしいい感じだ」

 紙月がリードし、未来がそれになんとかついて行き、くるりくるりと出鱈目に踊り出すと、人々もまたそれを真似て踊り出した。
 誰がか酒を開けたらしく、場は一層盛り上がる。

 コメンツォが後で説明してくれたところによれば、こう言う祭は、吟遊詩人を連れた見世物の一行がやってくるときや、年に一度の祭の時くらいしかないらしく、娯楽に飢えた人々にとって今回の小鬼(オグレート)退治は、それに匹敵するくらいの朗報であったらしい。
 また、彼らが気兼ねなく酒を開け騒げるのは、二人のおかげで誰も怪我をすることなく帰ってこれたからだという。いくら小鬼(オグレート)相手とはいえ、場合によっては大怪我を出してもおかしくなかったところを、貴重な働き手がみな無事で帰ってきたのだ。これ以上の朗報はない。
 地に足を生やして生きるような農村の人々にとって、これがどれだけ生きる活力につながるかと、感謝されてかえって気恥ずかしくなったほどだった。

 踊りがひと段落すると、今度は御馳走の出番だった。祭の合間合間で飯の支度を拵えてくれた女たちが、次々にテーブルを持ってきては並べて、その上に祭の御馳走を並べていった。

 ご馳走と言えど何しろ何の準備もなかったことであるし、貧しい農村であるから、そんなに大したものが出るわけではない。それでも主役の二人の前には農村としては実に豪勢に盛りつけられた料理が並んだ。

「おお、すごいな! こいつはなんです?」
「うん、うん、お前さん大嘴鶏(ココチェヴァーロ)は見たことあるかね、ほら、小屋につないであった鶏がいるだろう」
「ああ! あの乗れるくらい大きな!」
「実際乗れるんだが、あれの肉と卵を使ったオーヴォ・クン・ラルドだ。ものは簡単だが、何しろ見た目が豪勢だろう」
「確かに、こんなに頂いていいんですか?」
「なに、お前さん方が主役だ!」

 大皿にどんと盛られたのは、山盛りのふかし芋に、分厚いベーコン、それにダチョウの卵かと思う位に大きな目玉焼きだ。さらりとした黒いソースがかかっている。
 卵は半分に切られていたが、それでも普通の鶏の卵が十かそこらはいるだろう大きさだ。

「普段は卵はスープに割り入れたり、村で分けたりするんだが、祭りのときはこうして主役に食ってもらうのさ。都会じゃまずこんなのは見れないだろう」

 ふかし芋はどこかねっとりとして山芋のようだったが、素朴な塩味が利いていて、なかなかに飽きがこない。それに腹にたまる。

 ベーコンは、これは変わった感じだった。豚ではなく、大嘴鶏(ココチェヴァーロ)という巨大な鶏のベーコンなのだ。少し肉質が固いようにも感じられるが、皮の部分の脂身と足してちょうどよい具合だった。それにしてもこんなに巨大な鶏の肉というのは、驚きだった。

 卵の方は、これが最も驚いた。
 卵自体の味は、いつも食べている鶏の卵と同じか、少し味が濃く感じる程度だったが、これにかけられているソースの塩気と言ったら、まるで醤油のそれなのだ。動物質のこってりとした味わいではあるのだが、同時にさっぱりと力強いうまみのある塩気だった。

「んー! これ美味しいです!」
「お、猪醤(アプロ・サウツォ)が気に入ったかね!」
「アプロ・サウツォって言うんですか! 地元の味に似てます!」
「そうかそうか! 角猪(コルナプロ)が取れ過ぎた時にしか作らんのだがね、今年は随分獲れたから、多めに作ったんだよ。良かったら一瓶持っていくかね」
「喜んで!」

 酒が入っているからか、祭の勢いなのか、実に太っ腹な話だ。
 一升瓶ほどの土瓶に入った猪醤(アプロ・サウツォ)をインベントリにしまい込んで、紙月はほくほく顔だ。
 今後、日本の味が恋しくなった時に、まあ魚醤と醤油くらい違うは違うが、懐かしむ程度には楽しめそうだ。

「あのさ、紙月」
「ん、どうした未来。食わないのか」
「ぼく、鎧脱がないと食べられないじゃん」
「あ、そっか」

 紙月は少し考えて、それから、大きく手を打ち鳴らせると、かえって人の目を呼んだ。

「さあさお立ち合い! 小鬼(オグレート)退治を頑張ってくれた俺の仲間を紹介しよう!」
「ちょっと紙月!?」
「見るも勇猛、見上げるような巨体だが、何しろこいつは魔法の鎧! さあさ中身を御覧じろ!」

 ほら未来、と急かされて、仕方なしに鎧をインベントリに放り込むと、以前と同じように鎧は端から外れて虚空へと消えていく。その光景に一同は大いにざわめいたが、その中身、つまり未来の子供の姿が現れると大いに沸いた。

「なんとあんた、そんな子供だったのかね!」
「そのなりでえらいねえ!」
「よし、よし、一杯食べるといい!」

 特に女たちからの人気が大きかった。
 小さな子供に守られたと村の若集はちょっと気不味い顔だったが、それでも誉めそやされて調子に乗った未来が、御馳走の乗ったテーブルを片手で持ち上げる段にはかえって大いに盛り上がった。

 未来は姿こそ子供だし、実際も小学生だが、一年間紙月がみっちりとパワーレベリングを施した、レベル九十九の《楯騎士(シールダー)》だ。防御に特化しているとはいえ前衛職、その腕力は並の男たちでは敵うまい。
 若衆たちが酔いに任せて次々に腕相撲を挑んでは、ころりころりと紙相撲のように転がされて行く様はいっそ面妖だ。

 一方で、最初から近接戦闘を積極的に捨てている紙月などは、御覧の通りの腕力しかないが。

(というより、下手すると前の体より落ちてるかもしんねえな)

 何しろ装備の中には、力強さ(ストレングス)と引き換えに魔法的能力を上げるものもある。そうでなくても非力なハイエルフなのだから、何かあった時の為に軽くトレーニングくらいしてかないとまずいかもしれない。体力資本の世界のようだし、必要ないということはあるまい。

 などとぼんやり考えていたら、不意に体が宙に持ち上がり、ぎょっとさせられる。

「お、わっ、なんだ!?」
「どう紙月? ぼく、こんなに力持ちだよ?」

 見れば未来の小さな体が、平然と紙月の体を抱き上げていた。
 腕相撲でひとしきり若衆を転がして、次の力自慢ということらしい。あたりを見れば中年たちが無理をして、嫁さんたちを抱きかかえては腰を痛めていた。

「わ、わかったわかった、怖いからおろしてくれよ」
「紙月は怖がりだなあ」

 などと言いながら未来は一向におろしてくれない。祭の空気にあてられたかと思えば、ずいぶん顔が赤い。

「ひっく」
「お前、もしかして、飲んでんのか?」
「飲んでない、っく」
「飲んでんだな?」
「飲んでないもん」

 明らかに酔っ払いの言動である。
 叱りつけてもいいが、小学生の酔っぱらいなど相手にしたことがない。どうしたものかと紙月が頭を抱えていると、不意にずるずると未来の体から力が抜けて、紙月も自然と解放される。酔いつぶれたらしい。

「まったく、まるで子供だ、というべきか」

 そりゃあ、子供なのだ。
 ここまで気を張ってくれたことの方を、むしろ褒めてやるべきだろう。

「すまないが連れが潰れちまった。どこか屋根を貸してもらえるかい」

 紙月の小さな体を抱き上げてコメンツォに告げると、村の客だからと村長の家の客間を貸してもらえた。
 ベッドは一つだったが、細身の紙月と小さな未来には、ちょうどよいサイズだった。





用語解説

大嘴鶏(ココチェヴァーロ)(Koko-ĉevalo)
 極端な話、巨大な鶏。
 草食よりの雑食で、大きなくちばしは時に肉食獣相手にも勇猛に振るわれる。主に蹴りの方が強烈だが。
 肉を食用とするのは勿論、騎獣として広く使われているほか、日に一度卵を産み、また子のために乳も出す。農村でよく飼われているほか、遊牧民にとってなくてはならない家畜である。
 一応騎乗用と食畜用とで品種が異なるのだが、初見の異邦人にはいまいちわかりづらい。

・オーヴォ・クン・ラルド(ovo kun lardo)
 要するにベーコンエッグ。

猪醤(アプロ・サウツォ)(aprosaŭco)
 肉醤(ヴィアンド・サウツォ)(viandsaŭco)の一種で、ここでは角猪(コルナプロ)を用いた調味料。
 肉、肝臓、心臓をすりおろしたものを塩漬けにして、発酵・熟成をさせたもの。酵素によってたんぱく質がアミノ酸に分解され、力強い旨味を醸し出す。

角猪(コルナプロ)(Korn-apro)
 森林地帯に広く生息する毛獣。額から金属質を含む角が生えており、年を経るごとに長く太く、そして強く育つ。森の傍では民家まで下りてきて畑を荒らしたりする害獣。食性は草食に近い雑食だが、縄張り内に踏み入ったものには獰猛に襲い掛かる。

・《楯騎士(シールダー)
 ゲーム内《職業(ジョブ)》のひとつ。
 武器を装備できない代わりに、極限まで防御性能を高めることのできる浪漫職。
 遅い、重い、硬いの三拍子そろって、扱いづらい。PvP、つまり対人戦では、並のボスより硬いとして敬遠されるが、攻撃手段がほとんどないため、味方との連携が試される。