前回のあらすじ
用語解説がなかった。





 餌の石を置いて十分かそこらしたころである。
 何をするでもなくただ待つという行為に紙月と未来がいい加減焦れ始めたころ、奇妙な足音が響いた。

「む……」
「なんですかこれ?」
「外れだね」
「外れ」

 何が来るのかと身構えていると、広間に奇妙な姿がやってきた。
 大きさ自体は、大型の犬程度だろうか。話に聞いた石食い(シュトノマンジャント)と同じ程度である。だが姿が奇妙だった。

 それはしいて言うならば、六つの足が生えた卵だった。前後があるとするならば、恐らく尖った方が後ろで、丸い方が前方なのだろう。丸い目のようなものが、見て取れた。だがそれ以外は何もない。ただただつるんとしており、口も何も見えないのである。

「……あれが、石食い(シュトノマンジャント)ですか?」
「まあ、似たようなもんではある」

 その何かが革袋を確認し始めると、ピオーチョはつるはしを片手に大声で怒鳴りつけた。

「おら、さっさとそれからお離れ! あんたのじゃあないよ!」
『ぴゃあっ! 驚いたであります!』
「……喋った」
「喋ったね……」
「残念なことにね」

 現れた奇妙な生き物なのだか何だかに三人は接近してみたが、見れば見るほど生き物とは思われない奇妙な姿である。近くで見ればその足などはどう見ても機械仕掛けであるし、目なども、眼球と言うより赤い宝石などから磨きだされたレンズのように思われた。

「こいつは?」
「まあ、石食い(シュトノマンジャント)みたいなもんだよ」
『酷いであります! 自分達はあのような魔獣とは違うのであります! 断固抗議であります!』
「うっわ見た目と裏腹によく喋る」
「こいつら無駄にお喋りなのさ。だから囀石(バビルシュトノ)って呼ばれている」

 それはお喋りな石とか、そのような意味であった。

「言葉……交易共通語(リンガフランカ)をしゃべるってことは、ええっ、隣人種なんですか?」
「残念なことにね」
『自分達はちょっと変わった種族でありますから、なかなか受け入れてもらえないのは仕方がないであります』

 囀石(バビルシュトノ)というのは、文字通り物言う鉱石生命体なのだという。
 その本体というのは、灼熱の心臓と言われる非常に高熱の炉心であり、それを守るように鉱石や金属などを加工して鎧を作り、着込んでいるのだとか。

「じゃあこれ、見た目通りの生き物というよりは、鎧姿なんだな」
『そうであります。自分達はその用途や棲み処の環境によって手足を変えることのできる非常に器用な種族なんでありますよ』
「非常に異様な種族の間違いだろ」
『もー、そちらの土蜘蛛(ロンガクルルロ)殿は失敬であります!』

 アタッチメントを変えることができることと言い、見た目と言い、まるでロボットである。おまけにその声自体合成音声のような響きで、なんだかファンタジー世界に急にSFが紛れ込んできたようで落ち着かない。
 もっともそんな風にジャンル違いに悩むのは紙月位のもので、ピオーチョはひたすら鬱陶しそうであるし、未来などは純粋にロボットだロボットだと感動している。

「しかし、囀石(バビルシュトノ)ね。なんでまたこんなところに?」
『自分達は外殻を作ったり維持するのに鉱石を必要とするでありますからな。廃鉱山などで要らない石なんかを頂戴することがよくあるのであります』
「要するに泥棒だよ」
『有効活用と言ってほしいであります』

 土蜘蛛(ロンガクルルロ)や人族は必要としない類の鉱石でも、囀石(バビルシュトノ)なら活用できることもよくあることであるらしい。逆に言えば、囀石(バビルシュトノ)の飯にしかならないような鉱石ともいえるのだろうが。

「まあいいや。俺は紙月。こっちは相方の未来」
「未来です」
『これはご親切に! それで……じー』
囀石(バビルシュトノ)なんぞに名乗る名はないよ」
「ピオーチョさん、よほど嫌いなんですね」
「ふん」

 取り付く島もない。

「で、あんたは?」
『自分達は、あまり細かく自分というものを分けていないのであります』
「うん?」
『自分達は数多くの体を持っているのでありますけれど、根っこの魂の部分では繋がっているのであります。なのでどの自分が特別ということはあんまり考えないのでありますよ。しいて言うならば、この自分はこの廃鉱山を棲み処にしているので、廃鉱山の囀石(バビルシュトノ)その一といった区別がある程度でありますな』

 ピオーチョはわけがわからないという風に肩をすくめるばかりだったが、紙月と未来は何となくではあるがその生態を理解した。
 要するにロボットという理解の仕方だ。コンピュータネットワークでつながれた無数の個体はどれも同期しており、全体として一つの生き物として機能しているのだ。クラウドコンピューティングシステムとか呼ばれるそれと似たようなものだと考えていいだろう。

 とはいえ、実際にその個体と触れる紙月たちにとってはやや不便だ。

「じゃあ取り敢えずミノの山の囀石(バビルシュトノ)だからミノってことで」
『かしこまり、であります!』
「で、ミノ。その鉱石は石食い(シュトノマンジャント)を釣るための餌だからお前にはやれないんだ」

 ピオーチョがふてくされてすっかり会話に参加する気がないらしいのを見て取って、紙月がそのように説明すると、ミノは大袈裟に驚いたようなジェスチャーをして見せた。

『おお! もしかして紙月殿たちは石食い(シュトノマンジャント)狩りに来てくれたのでありますか!?』
「いや、まあメインは石掘りなんだけど、できれば片付けたいと思ってる」
石食い(シュトノマンジャント)たちさえ片付ければ石掘りなどいくらでもお手伝いするでありますよ!』
「おお、マジか」
『マジであります! 自分達も石食い(シュトノマンジャント)の被害にはうんざりしていたのであります!』
「ちょうど人出も足りなそうなとこだったし、ミノにも協力してもらって――」
「駄目だね!」

 ぴしゃりとピオーチョが遮った。

「ええ? でも俺達だけじゃ」
囀石(バビルシュトノ)なんか信用できるもんかい! そいつらと石食い(シュトノマンジャント)と何が違うってんだい!」
「そりゃあ……」

 怒鳴りつけられ、紙月はまじまじとミノを眺めてみた。
 石を食べて体を作る習性があり、人の去った廃鉱山を棲み処にし、とても隣人とは思えない見た目をしている。

「…………しゃ、しゃべる……」
『それだけでありますかァ!?』
「いやだって、なあ」
「喋るだけならあんたらだけで十分だよ! 囀石(バビルシュトノ)なんかまっぴらごめんだ!」

 ミノはそれでも、自分たちは少なくとも噛みついたりしないし、話せばわかるし、なんなら『自分達』のため込んできた小粋な冗句を披露することもできると売り込んできたが、勿論ピオーチョの反応はなしのつぶてである。

「ねえピオーチョさん」
「なんだいミライ。あたしゃあんたみたいな子供が相手でも意見を変えたりは、」
「いや、そうじゃなくて」

 わめくミノになだめる紙月、すっかりこじれてしまったピオーチョの中、一人冷静な未来が、置いてあった袋を指さした。

「餌、かかったみたいだけど」
「え」
「え」
『え』

 振り向いた先では、犬ほどもある巨大な鉱石質のネズミが、革袋に頭を突っ込んで鉱石をかじっているではないか。

「あっ、こいつ!」
『あ、駄目であります』
「なんだい、止めるんじゃ」
『増援であります』

 囀石(バビルシュトノ)の鋭敏なセンサーに引っかかったらしい。見れば、あちらこちらの坑道から、どろどろとおどろおどろしい足音が響いてくるではないか。

「まずいな。久しぶりの餌に興奮してるらしい」
「えー、肉は齧らないんでしたっけ」
「腹減っててそれどころじゃないかもしれんね」
「つまり?」

 ピオーチョはつるはしをしまって、駆け出した。

「逃げろ!」

 勿論、一同それに続いた。






用語解説

囀石(バビルシュトノ)(babil-ŝtono)
 火の神ヴィトラアルトゥロの従属種。隣人種の一つ。
 灼熱の心臓と呼ばれる非常に高温の炉心を本体として持ち、それを守るように鉱石や金属で様々な鎧を作り纏っている。現代人にはまるでロボットのようにも見えるだろう。
 鉱石生命種である彼らは一つの魂でつながっており、それぞれの個体にあまり重きを置かない。さながらネットワークでつながれたクラウドコンピューティングのようである。勿論、経年などによって個体ごとに差別化はされるようで、かなり特殊化された個体などもあるようだが、やはり魂のバックアップがあるという感覚は他の種族には理解しがたい感覚のようだ。
 鉱石を食事として、また鎧の整備・維持に用いるため、同じく山を掘る土蜘蛛(ロンガクルルロ)とは衝突したり、共存したりと縁が深い。
 火の神の加護を受け、宝石や鉱石などを発掘する才能の他、種族特有の特殊な技術を数多く持つ。