私は帰宅すると、自分の部屋で、今までのスケッチや、油絵をつぶさに観察した。美香さんは、私に才能があると言っていたけど、どこにそんな才能があるのだろうか。松林教授や、他の生徒は私のことをそんな風に言ったためしがないっていうのに、何かしらあるのだろうか。
私はまじまじと、自分の絵を眺めた。リンゴやバナナの静物画、座り込んでいる人物画、立体を緻密に描いているペン画。いろんな絵を描いてきたけど、このどこかにそんなものがあるだろうか。
美香さんに、描くものがあれば、その人は画家だと言ってはみたものも、人の心を揺さぶるような絵を描けなければ、画家とは言えないだろう。その点、美香さんの絵は、いいものを持っている。誰が見ても彼女の絵は美しいと言うだろう。初めて彼女の絵を見た時の、感動は今も蘇ってくる。さわさわと揺れる葉ずれの音が今にも聞こえてきそうなその並木の様子は見事だった。そして自分自身を描き入れた構図も違和感ないものだった。私にもそんな才能があればいいのに。
またため息をまき散らしそうになりながら、アリスを描いたスケッチを手にとっていた。この頃の私はそんなこと気にしなかったのに。ただひたすら、描きたかった自分。美香さんはこのスケッチをいたく気に入ってくれたけど。あの頃と何が違うんだろう。スケッチを開きながら、じっと見入っていると、アリスが私に呼びかけてくるような気がした。
『おいで、おいで』
アリスは、生きているように動き出し、私を見つめる。よく見ると口に何かをくわえている。あっと思った。それは昔、私が子供の頃よく読んでいた『不思議の国のアリス』だった。
『おいで、おいで』
またアリスの声が聞こえてきたような気がした。アリスは本をくわえたまま、どこかに行こうとする。
「待って、待って」
私の声が聞こえたのか、アリスは立ち止まって、きちんとお座りしている。アリスが待っている。そう思って走って行くと、アリスは口にくわえていた本を下に置き、足で器用にページをめくった。そうして、いきなりアリスは、本の中へと飛び込んだ。するとたちまちのうちに、アリスの姿が消えたのだ。いや、本がアリスを吸い込んでしまったのだ。
私はありえない現象に、これは夢だと思ったけれど、アリスを助けなくちゃと思い足がとっさに動いた。そうして私も本の中へと、えいやっと飛び込んだ。
すると私の身体は、下へ下へと落ちていった。そこはとても深い兎穴だった。
「大変だ。私、不思議の国のアリスの世界に入っちゃったみたい」
私は穴の中を落ちて行きながら、下を見ると、先に穴の地面についたアリスの姿が見えた。
「待って、アリス」
私は慌てて、宙を蹴りながら、早く下へ着けるようじたばたした。そうしてなんとか地面にたどり着くと、長い通路が続いていた。
その通路を急いで走って行くのは、飼い犬のアリスではなく、『不思議の国のアリス』の中の主人公アリスそのものだった。挿し絵で見ていたアリスが生きてる人のように走っていた。私はアリスを必死になって追いかけた。
次の場面はなんだっけ、そう思って『不思議の国のアリス』のストーリーを思い出していくうちに、三本足のガラスのテーブルが見えてきた。
私はまじまじと、自分の絵を眺めた。リンゴやバナナの静物画、座り込んでいる人物画、立体を緻密に描いているペン画。いろんな絵を描いてきたけど、このどこかにそんなものがあるだろうか。
美香さんに、描くものがあれば、その人は画家だと言ってはみたものも、人の心を揺さぶるような絵を描けなければ、画家とは言えないだろう。その点、美香さんの絵は、いいものを持っている。誰が見ても彼女の絵は美しいと言うだろう。初めて彼女の絵を見た時の、感動は今も蘇ってくる。さわさわと揺れる葉ずれの音が今にも聞こえてきそうなその並木の様子は見事だった。そして自分自身を描き入れた構図も違和感ないものだった。私にもそんな才能があればいいのに。
またため息をまき散らしそうになりながら、アリスを描いたスケッチを手にとっていた。この頃の私はそんなこと気にしなかったのに。ただひたすら、描きたかった自分。美香さんはこのスケッチをいたく気に入ってくれたけど。あの頃と何が違うんだろう。スケッチを開きながら、じっと見入っていると、アリスが私に呼びかけてくるような気がした。
『おいで、おいで』
アリスは、生きているように動き出し、私を見つめる。よく見ると口に何かをくわえている。あっと思った。それは昔、私が子供の頃よく読んでいた『不思議の国のアリス』だった。
『おいで、おいで』
またアリスの声が聞こえてきたような気がした。アリスは本をくわえたまま、どこかに行こうとする。
「待って、待って」
私の声が聞こえたのか、アリスは立ち止まって、きちんとお座りしている。アリスが待っている。そう思って走って行くと、アリスは口にくわえていた本を下に置き、足で器用にページをめくった。そうして、いきなりアリスは、本の中へと飛び込んだ。するとたちまちのうちに、アリスの姿が消えたのだ。いや、本がアリスを吸い込んでしまったのだ。
私はありえない現象に、これは夢だと思ったけれど、アリスを助けなくちゃと思い足がとっさに動いた。そうして私も本の中へと、えいやっと飛び込んだ。
すると私の身体は、下へ下へと落ちていった。そこはとても深い兎穴だった。
「大変だ。私、不思議の国のアリスの世界に入っちゃったみたい」
私は穴の中を落ちて行きながら、下を見ると、先に穴の地面についたアリスの姿が見えた。
「待って、アリス」
私は慌てて、宙を蹴りながら、早く下へ着けるようじたばたした。そうしてなんとか地面にたどり着くと、長い通路が続いていた。
その通路を急いで走って行くのは、飼い犬のアリスではなく、『不思議の国のアリス』の中の主人公アリスそのものだった。挿し絵で見ていたアリスが生きてる人のように走っていた。私はアリスを必死になって追いかけた。
次の場面はなんだっけ、そう思って『不思議の国のアリス』のストーリーを思い出していくうちに、三本足のガラスのテーブルが見えてきた。


