転生したら鹿だった~だけどこの町では鹿は神獣として敬われる存在だった件~

「はあ……なんか疲れた……」

 琴子は探してもらった皆に御礼と解散を告げると、社に戻ってきていた。

「まさか雫さんの一言だけで解決するなんて……なんだったのこの一日」

「お疲れ様でございました」

 葵が琴子に向かってお辞儀をする。

「はあ…まあ、でも無事解決したからいっか!!」


今回はずいぶん振り回されちゃったけど、たまにはこういうのもいいかも。

これもよきかな、よきかな―─
「暑い~」
「ミコ様、だらしないですよ」
「だってえ~ほんと暑いんだもん! もう日に日に暑くなってるじゃん!」
「あ。ミコ様、人がいらっしゃいました」
「ってもう! 葵聞いてないし」

 葵は社の中に設置されたモニターをじっと見つめる。
 そして「自分では聞き取れませんので」と琴子に聞くように促して自分は一歩引いた。


『今年こそ金魚すくい大会で優勝できますように』


 小学生くらいの小さな女の子が一人、神社にお賽銭を入れて目をぎゅっとつぶりながらお祈りしている。
 女の子の額からは汗が流れ落ち、雫がぽとんと神社の石に沁み込んだ。
 走ってきたのだろうか、前髪が汗で濡れて何本かの束になっている。
 そうしてお祈りをしたあと、女の子は階段を降りて神社を去っていった。
「日和~葵~」
「なんでしょうか」
「金魚すくいに大会なんてあるの?」
「……ミコ様、何をおっしゃっているのですか?」
「え? 私変なこと言った?」

 モニターを座って観察していた琴子は身体をひねらせながら二人のほうを振り返る。

「ミコ様、もう少しこの土地について学んでくださいませ」
「ご、ごめん」

 母親に叱られた子供のようにシュンとなる琴子は、口をとがらせながら床板を木を指でこする。

「金魚すくい大会は、この『ナラ』の夏の風物詩の一つと言っても過言ではありません」
「ほえ~。金魚すくいの大会ってすくった金魚の数を競うの?」
「はい、基本は制限時間内にすくった金魚の数で順位を競います。個人戦と団体戦があり、子供たちは金魚すくいの習い事にいって練習します」
「金魚すくいの習い事?!」
「はい、なので金魚すくい大会は生半可なものではありません。闘いなのです」
「おお、、、なんか熱いね、葵」

 そういうとこっそりと葵に聞こえないように日和が琴子の耳元で呟く。

「以前、葵は金魚すくい大会に出場して優勝を逃したんです」
「え、鹿なのに出たの?!」
「先代のミコ様に後でバレて怒られてました」
「だよね……」

 その時の優勝景品の高級マスカットがどうしてもほしかったらしく、葵は先代ミコが寝ている隙に出かけて大会に出場した。
 あとでその様子をテレビで見ていた先代ミコが見つけ、葵は帰ると同時にこっぴどく叱られたのだそう。
「ところで、どうして金魚すくい大会の話をなさったのですか?」
「ああ、さっきの神社に参拝にきた女の子が、金魚すくい大会で優勝できますようにって」
「それはミコ様、大変困ったことになりました」
「なに?」
「金魚すくい大会は明日が本選です」


 その葵の言葉を聞き、一瞬で固まる琴子。
 そして社に響き渡る鹿声。


「ぴいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーー!!!!!?(うそーーーーーーーーー?!)」


 金魚すくい大会開催まであと20時間。
「どうしよう、明日?!」
「ええ、明日でございます」
「それに優勝させるってどうやってっ!!?」
「それはミコ様のご采配次第でございます」
「ああー!! そうやって責任逃れしようとしてるでしょー!!」
「いいえ、私たちはミコ様の仰せのままに動きますので」
「ずるい~!!!」

 ミコである琴子が床をごろんごろんと転がって駄々をこねる。
 まるで子供のような仕草をみせるその様子に日和と葵が顔を見合わせて、ちいさなため息をついた。

「では、こういうのはどうでしょうか」

 根負けした日和が琴子にある提案をしようとすると、待ってましたといわんばかりにニコニコ顔で座って日和を見つめる。

「こほん、葵がその子に金魚すくいの極意を指南するというのはいかがでしょうか?」
「ああ! それいい! 葵、優勝狙いに行くくらいだったんだから強いんだよね? 2位とか?!」
「……いです」
「え?」
「3位です!!!」
「ご、ごめんなさい!!」

 傷をえぐることを言ってしまった琴子は猛省し、しばらく黙って日和の言うことに耳を傾けることにした。

「まずはその子の実力次第でもありますが、さすがに何か不正を手伝うわけにはまいりません。ですので、ここは明日までにその子の実力を上げることに注力しましょう」
「そうですね、その子がどれぐらい掬えるのかにもよりますし」
「では、ミコ様。女の子のところへまいりましょうか」
「う、うん!!」

 こうして三人は神社に参拝にきた女の子のところへ向かった。
 女の子の家は大層立派な門構えで、石畳の奥にはそれはもう地主かというほど大きな家があった。
 琴子は都会育ちであったため、昔ながらの日本家屋でさらにここまで大きな家を見たことがなく腰が引けてしまう。
 そして、神社にきた女の子は一人で庭にある池で泳ぐ金魚で、金魚すくいの練習をしていた。

「あのさ、日和、葵」
「はい、ミコ様」
「誰かな、女の子に『極意を指南する』なんて大それたこと考えたの」
「申し訳ございません、彼女がここまでの実力とは」

 琴子たちは家の壁からこっそりと覗いて女の子の様子を見ていたが、なんと女の子は目にもとまらぬ速さで金魚を掬っていく。
 なんと彼女は3秒に1匹の速さで掬って器に入れている。

「私、金魚すくい大会舐めてたわ。このレベルなの?」
「確かに素晴らしい実力ですが、優勝は確かに難しいラインかもしれません」
「え? これで?」
「はい」

 すると、急に女の子の手が止まり、こちらを見る。
(ば、ばれた! というかこの状況は完全に不審者?!)

 女の子は顔をこわばらせて警戒すると、ゆっくりと逃げる態勢になる。
 まずいと思った琴子は咄嗟に声を出した。

「ごめんなさい! あまりにあなたの金魚すくいがうますぎて、つい見入ってしまったの!」
「……」
「よかったら、コツ教えてもらえないかな?」
「……」

 女の子は琴子の言葉にこくりと頷いたあと、入っていいよと言って琴子たちを招き入れる。
 風が強いため、耳を隠している帽子が飛ばないように手で押さえながら琴子は家の中に入った。

「すごいね、そんなに掬って」
「すごくないよ。こんなんじゃ優勝できない」
「優勝したいの?」
「うん」
「まさか、景品は高級マスカットじゃ……」
「葵は黙ってて!」
 その様子にふふっと笑う女の子。
 よくみたら何ら特別な子でない、普通の小学生の女の子。
 水色のTシャツに短めのスカート、手首にはビーズで作ったのかカラフルなブレスレットがつけられている。

「可愛いね、このブレスレット」
「うん……」
「どうしました?」

 日和が目の前で急に落ち込む姿を見せる女の子に声をかける。
 すると、ゆっくりと女の子は口を開いた。

「引っ越しちゃうの」
「え?」
「金魚すくい大会の次の日、これくれた友達引っ越しちゃう。だから、その友達と一緒のチームで出れる最後の大会」

(そういうことか……。この子は個人戦で勝ちたかったんじゃない、団体戦で一緒に勝ちたい子がいたんだ)

 琴子は女の子の目線に合わせるように屈むと、顔を覗き込んで優しい顔で言う。

「そのお友達もきっと君と同じで一緒に勝ちたいって思ってると思う。でも、それよりも一緒に出て楽しむことも大事にしてみたらどうかな?」
「楽しむ?」
「うん、ちゃんと最後に一緒に闘えることを楽しんでみてごらん。素敵な思い出になると思う」
「……うん」
 そういって琴子は女の子のもとを去って神社へと戻る。

「ミコ様、あれでよかったのですか?」
「うん、あれは私があれ以上何かできることはないよ。あの子が考えてあの子ががんばるしかない。それを明日私たちは見守ろう」
「はい」

 神社へと帰る道の途中で、お寺の塔の陰にゆっくりと日が沈んでいくのが見えた──