数ヶ月前にホエール地方を襲った大海瘴。
その影響で多くの街や村、農園が壊滅的被害を受け、多くの命が失われた。
その大海瘴が、またやってくるというのだろうか。
「……何か言いたいことがあるようだな?」
パルメ様がジッと僕を見つめる。
喉奥から小さな悲鳴が出そうになった。
僕はそれをぐっと飲み込んでから口を開く。
「あ、あの、魔導院に援助の打診はしたのでしょうか?」
「魔導院? ああ、王宮魔導院のことか。とっくに報告はしたし、返答も貰っている。『ただ過ぎ去るのを待つべし』とな」
「……え?」
「別に驚くような内容でもあるまい。魔導院は自分たちにメリットがないことには絶対に首を突っ込まない。お前もあの場所に居たのなら、良くわかっているはずだろう?」
「あ、いえ……も、も、申し訳ありません」
パルメ様の口調に怨色を感じてしまい、謝ってしまった。
もしかするとパルメ様も無意識で口に出てしまったのかもしれない。
彼は自戒するようにため息を漏らす。
「……すまない。失言だ。お前に当たっても仕方がないことだな」
「い、いえ、そんなことは……」
「どうやら向こうも色々ゴタついているようだ。地方領主の面倒まで見る余裕はないのだろう」
ゴタついているってなんだろう。
僕が追放されたこと……じゃないのは解るけど、まさかブリジットの件じゃないよね?
「しかし、過ぎ去るのを待てというのはあながち間違いでもない。我々としてもトリトンが来れば大海瘴の危機は去ると見ている」
トリトン。ホエール地方に毎年訪れる巨大な嵐の名前だ。
毎年トリトンによって各所に被害が出るらしいけれど、大地に降りた瘴気も吹き飛ばしてくれるというわけだろう。
なるほど。確かに理にかなっている。
となれば、トリトンが来るまで如何にして被害を抑えられるかが焦点になる。
「トリトンが来るまでなんとしても耐えねばならん。そのために、前回の大海瘴同様に、大規模なモンスターの討伐依頼を冒険者ギルドに発注した」
大規模なモンスターの討伐。
その言葉に引っかかりを覚えてしまった。
瘴気被害の一端を担っているのは間違いなくモンスターだ。
モンスターのせいでパルメザンも大きな被害を受けたわけだし、被害を軽減させるためにモンスターを狩ろうというのは間違いじゃない。
だけど、広範囲で大規模なモンスター狩りをするとなると話は変わってくる。
先日のオルトロス事件。
あのとき、オルトロスは死ぬと同時に高濃度の瘴気を放出した。
もし、体内に高濃度の瘴気を抱えている瘴気の苗床のようなモンスターが他にもいたら、各地で高濃度の瘴気を発生させてしまう可能性がある。
それこそ、モンスター狩りがきっかけに大海瘴クラスの災害に──。
「……大海瘴クラス?」
ぞわっと背中に冷たいものが降りた。
大規模なモンスター狩りは、下手をすると広範囲に瘴気を発生させる。
だとしたら──その大規模なモンスター狩りが大海瘴の引き金になるんじゃないだろうか。
パルメ様は「前回同様にモンスターの討伐依頼を発注した」と言っていた。
つまり、前回も大規模なモンスター討伐作戦を実行したということ。
討伐作戦で瘴気の苗床になっている個体を各地で倒し、高濃度の瘴気を発生させてしまった結果、大海瘴に発展した。
とするならば、大海瘴を防ぐ手段はひとつ。
モンスターの体内にある瘴気を浄化してやることだ。
パルメ様は静かに続ける。
「お前の瘴気浄化の力があれば、前回よりも効率的にモンスター討伐を進めることができる。故にサタ。私たちに協力してくれ」
「状況は理解できました。そういうことであれば是非協力させていただきたい……のですが……」
言葉を濁してしまった。
流石に領主様に「あなたがやろうとしているのは逆効果です」なんて言えない。
モンスターが瘴気の発生源になっている証拠は無いし、パルメ様の意見を批判なんてしたら、周囲の兵士たちが押し寄せて来そうだ。
「何だ? 何か不安要素があるのか?」
「あ、いや……ええと」
「忌憚なく言ってくれ。些細なことでも障害になるものは払拭しておきたい」
ちょっと驚いてしまった。
この世界は現代以上に立場や身分が集団構成の原理になっている、閉鎖的な社会なのだ。
統べる人間が「カラスは白い」と言えば、それが正解になる。
なのにパルメ様は、どこの馬の骨とも知れない僕なんかに忌憚のない意見を求めてきた。
この人は本気でホエール地方を大海瘴から救いたいと考えているんだろう。
だとしたら、ここではっきりと言ってやるのがパルメ様のためになるのかもしれない。
「……パルメ様」
意を決して口を開く。
「お言葉なのですが、モンスター討伐はお辞めになったほうが良いかと存じます。大海瘴を防ぐどころか、呼び水になってしまう恐れがあります」
「……っ!?」
悲鳴のような声をあげたのは、青い顔をしたフォーデン様だった。
ざわついていた円卓に、凍りついたような沈黙が降りる。
「……なぜそう思う?」
しばしの沈黙ののち、パルメ様が切り出す。
その声には、体の芯に響くような重さがあった。
はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
できれば今すぐここから逃げ出したい。
──でも、ここまで来たら最後まで言うしかない。
僕は小さく深呼吸して、続ける。
「モンスターが瘴気の発生源になっている可能性があるからでございます。先日、私の農園に現れたモンスターを討伐した際に、死体から高濃度の瘴気が発生しました。そのような『瘴気の苗床になっている個体』がいた場合、それをきっかけに大海瘴に発展する可能性があります」
パルメ様が何かを言おうと口を開いた。
だが、すぐに苦虫を噛み潰したような表情をして、言葉をグッと飲み込む。
隣に座っている貴族がパルメ様に何やら耳打ちをしたが、邪魔だと言わんばかりに払い除けられた。
「……お前の話は解った。が、どうやってモンスターを無力化させるつもりだ? まさか指を咥えて街が破壊されるのを眺めていろとは言うまいな?」
「浄化です」
僕は即答する。
「モンスターに私が作った瘴気浄化作用がある作物を食べさせて、彼らの体内にある瘴気を浄化するんです。そうすれば、危険なモンスターは無害なただの動物に戻るはずです」
「な、何だとっ!?」
パルメ様が鬼の形相で立ち上がる。
壁際で待機していた兵士たちが一斉に動いた。
フォーデン様や司祭さんたちが止めようと慌て出し、貴族たちも喚き出す。
騒然となる客間で、僕は震えながらも確信した。
あ、これは終わったな──と。
その影響で多くの街や村、農園が壊滅的被害を受け、多くの命が失われた。
その大海瘴が、またやってくるというのだろうか。
「……何か言いたいことがあるようだな?」
パルメ様がジッと僕を見つめる。
喉奥から小さな悲鳴が出そうになった。
僕はそれをぐっと飲み込んでから口を開く。
「あ、あの、魔導院に援助の打診はしたのでしょうか?」
「魔導院? ああ、王宮魔導院のことか。とっくに報告はしたし、返答も貰っている。『ただ過ぎ去るのを待つべし』とな」
「……え?」
「別に驚くような内容でもあるまい。魔導院は自分たちにメリットがないことには絶対に首を突っ込まない。お前もあの場所に居たのなら、良くわかっているはずだろう?」
「あ、いえ……も、も、申し訳ありません」
パルメ様の口調に怨色を感じてしまい、謝ってしまった。
もしかするとパルメ様も無意識で口に出てしまったのかもしれない。
彼は自戒するようにため息を漏らす。
「……すまない。失言だ。お前に当たっても仕方がないことだな」
「い、いえ、そんなことは……」
「どうやら向こうも色々ゴタついているようだ。地方領主の面倒まで見る余裕はないのだろう」
ゴタついているってなんだろう。
僕が追放されたこと……じゃないのは解るけど、まさかブリジットの件じゃないよね?
「しかし、過ぎ去るのを待てというのはあながち間違いでもない。我々としてもトリトンが来れば大海瘴の危機は去ると見ている」
トリトン。ホエール地方に毎年訪れる巨大な嵐の名前だ。
毎年トリトンによって各所に被害が出るらしいけれど、大地に降りた瘴気も吹き飛ばしてくれるというわけだろう。
なるほど。確かに理にかなっている。
となれば、トリトンが来るまで如何にして被害を抑えられるかが焦点になる。
「トリトンが来るまでなんとしても耐えねばならん。そのために、前回の大海瘴同様に、大規模なモンスターの討伐依頼を冒険者ギルドに発注した」
大規模なモンスターの討伐。
その言葉に引っかかりを覚えてしまった。
瘴気被害の一端を担っているのは間違いなくモンスターだ。
モンスターのせいでパルメザンも大きな被害を受けたわけだし、被害を軽減させるためにモンスターを狩ろうというのは間違いじゃない。
だけど、広範囲で大規模なモンスター狩りをするとなると話は変わってくる。
先日のオルトロス事件。
あのとき、オルトロスは死ぬと同時に高濃度の瘴気を放出した。
もし、体内に高濃度の瘴気を抱えている瘴気の苗床のようなモンスターが他にもいたら、各地で高濃度の瘴気を発生させてしまう可能性がある。
それこそ、モンスター狩りがきっかけに大海瘴クラスの災害に──。
「……大海瘴クラス?」
ぞわっと背中に冷たいものが降りた。
大規模なモンスター狩りは、下手をすると広範囲に瘴気を発生させる。
だとしたら──その大規模なモンスター狩りが大海瘴の引き金になるんじゃないだろうか。
パルメ様は「前回同様にモンスターの討伐依頼を発注した」と言っていた。
つまり、前回も大規模なモンスター討伐作戦を実行したということ。
討伐作戦で瘴気の苗床になっている個体を各地で倒し、高濃度の瘴気を発生させてしまった結果、大海瘴に発展した。
とするならば、大海瘴を防ぐ手段はひとつ。
モンスターの体内にある瘴気を浄化してやることだ。
パルメ様は静かに続ける。
「お前の瘴気浄化の力があれば、前回よりも効率的にモンスター討伐を進めることができる。故にサタ。私たちに協力してくれ」
「状況は理解できました。そういうことであれば是非協力させていただきたい……のですが……」
言葉を濁してしまった。
流石に領主様に「あなたがやろうとしているのは逆効果です」なんて言えない。
モンスターが瘴気の発生源になっている証拠は無いし、パルメ様の意見を批判なんてしたら、周囲の兵士たちが押し寄せて来そうだ。
「何だ? 何か不安要素があるのか?」
「あ、いや……ええと」
「忌憚なく言ってくれ。些細なことでも障害になるものは払拭しておきたい」
ちょっと驚いてしまった。
この世界は現代以上に立場や身分が集団構成の原理になっている、閉鎖的な社会なのだ。
統べる人間が「カラスは白い」と言えば、それが正解になる。
なのにパルメ様は、どこの馬の骨とも知れない僕なんかに忌憚のない意見を求めてきた。
この人は本気でホエール地方を大海瘴から救いたいと考えているんだろう。
だとしたら、ここではっきりと言ってやるのがパルメ様のためになるのかもしれない。
「……パルメ様」
意を決して口を開く。
「お言葉なのですが、モンスター討伐はお辞めになったほうが良いかと存じます。大海瘴を防ぐどころか、呼び水になってしまう恐れがあります」
「……っ!?」
悲鳴のような声をあげたのは、青い顔をしたフォーデン様だった。
ざわついていた円卓に、凍りついたような沈黙が降りる。
「……なぜそう思う?」
しばしの沈黙ののち、パルメ様が切り出す。
その声には、体の芯に響くような重さがあった。
はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
できれば今すぐここから逃げ出したい。
──でも、ここまで来たら最後まで言うしかない。
僕は小さく深呼吸して、続ける。
「モンスターが瘴気の発生源になっている可能性があるからでございます。先日、私の農園に現れたモンスターを討伐した際に、死体から高濃度の瘴気が発生しました。そのような『瘴気の苗床になっている個体』がいた場合、それをきっかけに大海瘴に発展する可能性があります」
パルメ様が何かを言おうと口を開いた。
だが、すぐに苦虫を噛み潰したような表情をして、言葉をグッと飲み込む。
隣に座っている貴族がパルメ様に何やら耳打ちをしたが、邪魔だと言わんばかりに払い除けられた。
「……お前の話は解った。が、どうやってモンスターを無力化させるつもりだ? まさか指を咥えて街が破壊されるのを眺めていろとは言うまいな?」
「浄化です」
僕は即答する。
「モンスターに私が作った瘴気浄化作用がある作物を食べさせて、彼らの体内にある瘴気を浄化するんです。そうすれば、危険なモンスターは無害なただの動物に戻るはずです」
「な、何だとっ!?」
パルメ様が鬼の形相で立ち上がる。
壁際で待機していた兵士たちが一斉に動いた。
フォーデン様や司祭さんたちが止めようと慌て出し、貴族たちも喚き出す。
騒然となる客間で、僕は震えながらも確信した。
あ、これは終わったな──と。