ラングレさんの農園の仕事が終わり、いつもどおりパルメザンでララノと一泊することになった。

 仕事が終わって街で一泊するとなれば、晩ごはんくらいは贅沢したくなるというもの。

 生前のブラック企業でも、晩ごはんだけは贅沢することが多かった。

 というわけで、ララノとふたりで以前にサクネさんに教えてもらったホエールワインが飲める居酒屋に向かうことにした。

 街に出回っているホエールワインは味が落ちる「三番煎じ」のワインだけど、それでもおいしいことにかわりはない。

 ララノもニコニコ顔だ。

 ワインを楽しみつつ、頑張ってくれているララノを労うこともできるので我ながらナイスアイデアだ──と思ったのだけれど。

「それでは、かんぱーい!」
「か、乾杯」

 プッチさんの掛け声で僕たちはジョッキを合わせた。

 なんという偶然だろう。

 まさか、たまたま入った居酒屋でプッチさんと遭遇するなんて。

 席に案内されているときに「ややっ! そこにいらっしゃるのは、私の命の恩人、サタさんとララノさんではありませんか!」と声をかけられた。

 そうして半ば強引に、プッチさんと相席することになったというわけだ。

 いやまぁ、別にいいんだけどね。

 プッチさんにも色々とお世話になっているし。

 ただ、ちょっと心配なのはプッチさんの酒癖の悪さだ。先日、ウチの農園で晩餐したときに酔っ払って下世話な話ばっかりされたのは記憶に新しい。

「でも、サタさんたちもパルメザンにいたなんて知りませんでしたよ。連絡してくれればよかったのに」
「連絡? ってどうやって?」
「……え? ええと、その、手紙とか?」

 国を転々としている商人にどうやって手紙を出すんだろう。

 この世界に携帯電話とかあったら気軽に呼べるんだけどさ。

「あ、でも、今回は無理だったかもしれませんね。実は先月まで王都にいまして、今日こっちに戻ってきた所なんですよ」
「ラングレさんの所のブドウの納品ですか?」

 にしては、遅すぎるか。

 だってすでに醸造して貴族に卸しているみたいだし。

「それもあるんですけれど、グレイシャスまで足を伸ばして真珠の買い付けをしてたんです。それで、王都経由で戻って来たってわけです」
「へぇ、グレイシャス」

 驚いた。そんな遠い街まで買い付けに行くなんて、行商人の行動範囲って凄まじく広いんだな。

「そのグレイシャスってどんな場所なんですか?」

 ララノが興味深げにズズイッと身を乗り出してくる。

「海に面した綺麗な街だよ。実際に行ったことはないけど……」

 プッチさんに「当たってますか?」と視線で尋ねる。

「サタさんの仰る通り、グレイシャスは美しい港町です。ラウン海に面していて『ラウン海の真珠』と呼ばれるくらい綺麗なんですよ」
「わ、すごく素敵な名前!」
「ですよね〜。グレイシャスは資源が豊かな街で、宝飾品の原産地としても有名なんです。おかげで今回も真珠でだいぶ儲けさせてもらいましたよ……グフフ」

 邪な笑みを漏らすプッチさん。

 グレイシャスの街並よりも、金貨の美しさにメロメロって感じだ。

 しかし、真珠で商売をしているなんて、プッチさんって相当お金を持っているんだろうな。競合が多いはずの真珠の買い付けがあっさり出来るくらいに信用が厚いのもすごい。

 と、そんなことを話しているとワインと一緒に頼んだ料理が運ばれてきた。

 骨付きイノシシ肉のロースト。

 シカもも肉の岩塩焼き。

 野ウサギのワイン煮。

 ここぞとばかりに頼んだ、農園では食べられない肉料理の数々。

 中でも野ウサギ肉をホエールワインで煮込んだ「野ウサギのワイン煮」はここでしか食べられない料理だ。

 ウシやブタではなく野ウサギ肉を使っているのは、野性味が強いウサギ肉が酸味のあるホエールワインに良く合うのだとか。

 早速頬張ってみると、クセがない上品なウサギ肉の味にホエールワインの酸味が合わさり、なんとも筆舌に尽くしがたい旨さがあった。

「あ、そうだ。サタさんにお話しておきたいことがあったんでした」

 そう切り出したのは、シカ肉を美味そうに頬張るプッチさん。

「王都からこっちに戻ってきたときに、リンギス商会の職員さんから奇妙な話を聞いたんですよね」
「……っ」

 ウサギ肉が変なところに入りそうになった。

 またしても奇妙な話。なんだか嫌な予感がする。

「……どんな話なんですか?」
「サタさんの農園で作った野菜を食べた方たちから、『体調が良くなった』とか『病気が治った』みたいな話が上がってるらしいんですよ」

 ああ、やっぱり。

 ラングレさんに続いて、プッチさんの所にまでそんな話がくるなんて、やっぱり僕の付与魔法が関係しているんだろうか。

 でも、病気を治す効果がある付与魔法なんて使えないしな。

 傷を治療したりする「白魔法」ならわからなくもないけど、僕の魔法は能力を付与する付与魔法だし。

 う〜ん、どういうことだろう。

「……ああ、なるほど」

 ララノがどこか納得したように言った。

「農園の野菜には疲労回復効果があるので、その効果が出たのかもしれませんね」
「疲労回復効果?」

 首を捻ってしまった。

 そんな効果があるなんて、付与魔法をかけてる僕ですら知らないけど。

「なんでララノが農園の野菜にそんな効果があるって知ってるの?」

 獣人特有の身体能力の高さゆえか、農作業が終わってもいつもケロっとしているのに。

「ほら、サタ様に助けていただいたときですよ。あの時食べさせていただいた野菜のおかげで、体調がすっかり良くなったじゃないですか」
「あ〜……」

 そういえば、ララノをテントに連れてきて野菜を食べさせたっけ。

 確かに衰弱してたのに野菜を食べて元気になってたな。

 だけど、あれって──。

「ララノがお腹空いてただけじゃないの?」
「ちっ、違いますよっ!」

 ララノの耳と尻尾がピンと立った。

「あれはサタ様の付与魔法で育った野菜のおかげなんですっ! 疲労回復っ!」
「そ、そうかな?」
「絶対そう!」

 プンスカと怒り出したララノは、豪快にジョッキを煽る。

 まぁ、食べた本人がそうというのなら、きっとそうなんだろう。

 ララノの話はさておき、ここまで農園の野菜で元気なった話が出るとなると、まだ発見していない「合わせ付与」の効果が現れたのかもしれないな。

 畑作りのときにも使った「範囲拡張」を代表する合わせ付与には、まだわかっていない部分が多い。

 その合わせ付与の効果で「疲労回復」や「疫病治癒」が発現した可能性はある。

 再現できるかわからないけど、農園に戻ったら色々と試してみる価値はありそうだな。

 ララノが流行り病を患っちゃったら大変だし。

 ひとまず野菜の話はそこで終わり、僕たちは二時間ほど夕食を楽しんで解散することになった。

 翌日、約束通り街を出発する前に服飾ギルドでララノの水着を買うことにした。

 水着を選んでいるときに踊りまくっていたのララノの尻尾を見てほっこりしたけれど、彼女が選んだ水着を見てそんな気持ちはすっ飛んでしまった。

 可愛い……というか、結構キワドいビキニの水着。

 なるほど。ララノは淑やかで大人しい性格だけれど、どうやらそういう所だけは大胆だったらしい。