「う〜ん、どうするか」
テントに設置してあるベッド代わりの毛布で寝息を立てている少女を見て、頭を捻った。
彼女が気を失っている理由が良くわからなかったからだ。
瘴気にやられたってわけじゃないし、怪我をしているというわけでもない。
「……となると、ご飯とか?」
見たところ少しやつれてるみたいだし、腹を空かせているのかもしれない。
というわけで、料理を作ることにした。
メニューは戻る途中で収穫したキュウリとレタスを使ったサラダ。
それに、ジャガイモと大根、干し肉、間引きをしたときに採った小さめの人参を使った野菜スープ。メインディッシュは焼きトウモロコシだ。
これを料理と言って良いかわからないけど、素材が良いので味は保証できる。
サラダにドレッシングが欲しいけれど、この世界にそんなものは無いので塩を軽く振って皿に盛り付ける。
スープは野菜と一緒に干し肉とバターを放り込み、グツグツと煮込んでから塩とコショウで味付けする。
焼きモロコシは、バターを入れたフライパンで焼くだけ。
シンプルなメインディッシュだけど、市販のトウモロコシと違って甘さが段違いに濃いので、これだけで激ウマになるのだ。
トウモロコシとバターの香ばしい香りが漂い始める。
美味そうだなぁとニヤケ顔でよだれをすすっていると、いつの間にか目を覚ましていた少女とバッチリ目が合った。
「…………」
テントの中からぼーっと僕を見る少女。
焚き火にかけたフライパンを片手に、ニヤケ顔で少女を見る僕。
これって、なんだか誤解されそうな状況じゃない?
「……ふぁああっ!?」
案の定、少女は凄まじい速さでテントから飛び出して、身構えた。
「……だだ、誰っですかっ!?」
「あ、怪しい者じゃないです! 僕はさっきビーバーに襲われてたキミを助けた、通りすがりの人間っていうか!」
「ビ、ビーバー?」
「ええっと、確かアーヴァンクとかいう」
その名前を聞いて、少女はハッとして、キョロキョロと辺りを見渡しはじめる。
「あのモンスターは……」
「大丈夫。僕が追い払ったから」
そう答えると、少女はギョッと目を見張った。
「お、追い払ったんですか?」
「うん。だってキミを襲おうとしてたし……」
「どうして私を?」
「どうして?」
尋ねられて、フライパンのトウモロコシをひっくり返しながら考え込んでしまった。
何故助けたと問われても、ちょっと返答に困る。
「特に深い理由はないけど、困ってそうだったから」
「…………」
無言のまま、胡乱な目で僕を見る少女。
完全に疑われている気がする。
ここはおいしいご飯をご馳走して誤解を解いてもらうしかない。
「一緒に食べない? キミ、お腹空いてるでしょ?」
「……っ!? そ、そんなもの」
「大丈夫だよ。別に毒とか入ってないから。ほら」
サラダをパクっと頬張る。
うん、シャキシャキしてて美味い。
やっぱり採れたての野菜を一番美味しく食べるには、サラダが一番かもしれないな。
なんて思っていたら誰かの腹の虫がグゥと鳴った。
「……あっ」
顔を真赤にした少女の耳がピョコンと立った。
「べ、べべ、別にお腹が空いてるってわけじゃ」
「とりあえず、食べようよ」
トウモロコシもいい感じで焼けたし。
警戒する少女を横目に、街で買ってきた簡易テーブルを広げて作った料理を並べていく。僕の分と少女の分。それぞれ皿に分けて。
そして、椅子になりそうな小さな樽を二つ持ってきて座る。
「はい、どうぞ」
「…………」
少女は僕とテーブルの上の料理を交互に見る。
すごく食べたい。だけど危険かも。
そんな葛藤が伺える。
こういう場合は彼女のことを意識しないほうがいいかもしれない。
そう思った僕は、お先にトウモロコシにガブリとかぶりついた。
「……うまっ」
思わず笑顔がこぼれてしまう。
凄く甘くてジューシー。粒の弾力も凄くて食べごたえがある。
そんな僕を見て、少女がゆっくりと近づいてきた。
そして椅子にちょこんと座って、恐る恐る皿を取ろうとしたけれど、フォークを渡そうとした僕の動きにびっくりして牙を剥いて威嚇する。
いやいや、そんなに怖がらなくていいのに。
でも、その警戒心の強さが彼女の身を守ってきたのかもしれないな。
こっちの一挙手一投足を警戒しながら、少女は恐る恐るスープに口を付ける。
「……あっ」
目をパチクリと瞬かせる。
自然と出てしまった反応なのだろう。彼女は少し恥ずかしそうに俯いてしまったけれど、尻尾は嬉しそうに揺れている。
「どう?」
「…………美味しい、です」
「よかった」
僕の大雑把な味付けが口にあったようで一安心。
ひとまず腰を落ち着けて僕も食べることにした。
前菜のサラダを食べて、野菜スープのジャガイモを頬張る。
芯まで火が通っていてホクホクだ。硬い干し肉も十分柔らかくなっているし、人参も甘くて美味い。
「おかわりもあるから言って──」
と、言いかけた瞬間、少女は控えめに皿を差し出してきた。
どうやらサラダも野菜スープも、トウモロコシもあっという間に平らげてしまったらしい。
なんだか嬉しくなったので大盛りのおかわりをあげたけど、それもあっという間に綺麗に完食してくれた。
なるほど。やっぱり相当お腹が減ってたんだね。
「キミはひとりなの?」
尋ねると、少女はビクッと身をすくめた。
「よかったら、事情を教えてくれないかな?」
「……はい」
少女は小さく頷き、静かに口を開いた。
彼女の名前はララノ。
この農園から少し離れた場所にあった獣人の集落で暮らしていたらしい。
予想していたとおり、数ヶ月前に起きた「大海瘴」で集落は壊滅してしまったという。
「キミのご両親は?」
「……わかりません」
ララノは小さく首を横に振る。
遺体を見つけることができなかったので生きている可能性はあるけれど、大海瘴が去ってからも集落に戻ってはこなかったという。
「それからずっとひとりで?」
「はい。集落に貯蓄してあった食料でなんとか飢えを凌いでいたのですが、二週間前ほど前に尽きてしまったんです。その……料理はできるんですけど、狩りはやったことがなくて」
「そうなんだ……」
それで集落を出て食べものを探していたけど、何も見つからずってわけか。
それは相当キツイな。
あの川にいたのは、流れていた汚染水を飲むためらしい。
体に良くないということは知っていたけれど、あまりにもお腹が減りすぎて時々飲んでいたのだという。
そんな時、僕とばったり会って怖くなって逃げ出した。
瘴気が含まれる水を飲んで平気でいられるのは獣人の特性なのかな……と思ったけど、やつれているようなララノの姿を見て気づく。
多分、これが瘴気による影響なのかもしれないな。水に含まれる瘴気は微量だったとはいえ、瘴気が彼女の体を蝕んでいるんだ。
でも、ここでララノを助けることができてよかった。
あのまま汚染水を飲み続けていたら、命を落としていたかもしれない。
「あ、あの……あなたは?」
ララノがポツリと尋ねてきた。
「ここに住んでいた人間の方ではないですよね?」
「うん。数日前にここに引っ越してきたんだ。名前はサタ。元々は王宮魔導院の……ってそれはどうでもいいか」
やっかみを受けて追放されただなんて、聞いて楽しい話じゃないし。
「色々あって、ここでのんびり農園をやろうと思って土地を買ったんだ」
「の、農園!? 瘴気が降りた呪われた地で、ですか!?」
「そうそう。僕ってちょっと珍しい加護を持っててね。こんなふうに呪われた地でも作物を育てることができるんだ」
食べかけの焼きトウモロコシを掲げる。
それを見て、少女は目を丸くしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! もしかしてこの野菜って……ここで作ったんですか!?」
「そうだよ。そこの畑で」
「……しっ、信じられません! そんなことが出来るなんて」
「じゃあ、実際に見てみる?」
畑を見れば否応でも納得してくれるはず。
というわけで料理を食べ終わってから、僕はララノを畑に案内することにした。
テントに設置してあるベッド代わりの毛布で寝息を立てている少女を見て、頭を捻った。
彼女が気を失っている理由が良くわからなかったからだ。
瘴気にやられたってわけじゃないし、怪我をしているというわけでもない。
「……となると、ご飯とか?」
見たところ少しやつれてるみたいだし、腹を空かせているのかもしれない。
というわけで、料理を作ることにした。
メニューは戻る途中で収穫したキュウリとレタスを使ったサラダ。
それに、ジャガイモと大根、干し肉、間引きをしたときに採った小さめの人参を使った野菜スープ。メインディッシュは焼きトウモロコシだ。
これを料理と言って良いかわからないけど、素材が良いので味は保証できる。
サラダにドレッシングが欲しいけれど、この世界にそんなものは無いので塩を軽く振って皿に盛り付ける。
スープは野菜と一緒に干し肉とバターを放り込み、グツグツと煮込んでから塩とコショウで味付けする。
焼きモロコシは、バターを入れたフライパンで焼くだけ。
シンプルなメインディッシュだけど、市販のトウモロコシと違って甘さが段違いに濃いので、これだけで激ウマになるのだ。
トウモロコシとバターの香ばしい香りが漂い始める。
美味そうだなぁとニヤケ顔でよだれをすすっていると、いつの間にか目を覚ましていた少女とバッチリ目が合った。
「…………」
テントの中からぼーっと僕を見る少女。
焚き火にかけたフライパンを片手に、ニヤケ顔で少女を見る僕。
これって、なんだか誤解されそうな状況じゃない?
「……ふぁああっ!?」
案の定、少女は凄まじい速さでテントから飛び出して、身構えた。
「……だだ、誰っですかっ!?」
「あ、怪しい者じゃないです! 僕はさっきビーバーに襲われてたキミを助けた、通りすがりの人間っていうか!」
「ビ、ビーバー?」
「ええっと、確かアーヴァンクとかいう」
その名前を聞いて、少女はハッとして、キョロキョロと辺りを見渡しはじめる。
「あのモンスターは……」
「大丈夫。僕が追い払ったから」
そう答えると、少女はギョッと目を見張った。
「お、追い払ったんですか?」
「うん。だってキミを襲おうとしてたし……」
「どうして私を?」
「どうして?」
尋ねられて、フライパンのトウモロコシをひっくり返しながら考え込んでしまった。
何故助けたと問われても、ちょっと返答に困る。
「特に深い理由はないけど、困ってそうだったから」
「…………」
無言のまま、胡乱な目で僕を見る少女。
完全に疑われている気がする。
ここはおいしいご飯をご馳走して誤解を解いてもらうしかない。
「一緒に食べない? キミ、お腹空いてるでしょ?」
「……っ!? そ、そんなもの」
「大丈夫だよ。別に毒とか入ってないから。ほら」
サラダをパクっと頬張る。
うん、シャキシャキしてて美味い。
やっぱり採れたての野菜を一番美味しく食べるには、サラダが一番かもしれないな。
なんて思っていたら誰かの腹の虫がグゥと鳴った。
「……あっ」
顔を真赤にした少女の耳がピョコンと立った。
「べ、べべ、別にお腹が空いてるってわけじゃ」
「とりあえず、食べようよ」
トウモロコシもいい感じで焼けたし。
警戒する少女を横目に、街で買ってきた簡易テーブルを広げて作った料理を並べていく。僕の分と少女の分。それぞれ皿に分けて。
そして、椅子になりそうな小さな樽を二つ持ってきて座る。
「はい、どうぞ」
「…………」
少女は僕とテーブルの上の料理を交互に見る。
すごく食べたい。だけど危険かも。
そんな葛藤が伺える。
こういう場合は彼女のことを意識しないほうがいいかもしれない。
そう思った僕は、お先にトウモロコシにガブリとかぶりついた。
「……うまっ」
思わず笑顔がこぼれてしまう。
凄く甘くてジューシー。粒の弾力も凄くて食べごたえがある。
そんな僕を見て、少女がゆっくりと近づいてきた。
そして椅子にちょこんと座って、恐る恐る皿を取ろうとしたけれど、フォークを渡そうとした僕の動きにびっくりして牙を剥いて威嚇する。
いやいや、そんなに怖がらなくていいのに。
でも、その警戒心の強さが彼女の身を守ってきたのかもしれないな。
こっちの一挙手一投足を警戒しながら、少女は恐る恐るスープに口を付ける。
「……あっ」
目をパチクリと瞬かせる。
自然と出てしまった反応なのだろう。彼女は少し恥ずかしそうに俯いてしまったけれど、尻尾は嬉しそうに揺れている。
「どう?」
「…………美味しい、です」
「よかった」
僕の大雑把な味付けが口にあったようで一安心。
ひとまず腰を落ち着けて僕も食べることにした。
前菜のサラダを食べて、野菜スープのジャガイモを頬張る。
芯まで火が通っていてホクホクだ。硬い干し肉も十分柔らかくなっているし、人参も甘くて美味い。
「おかわりもあるから言って──」
と、言いかけた瞬間、少女は控えめに皿を差し出してきた。
どうやらサラダも野菜スープも、トウモロコシもあっという間に平らげてしまったらしい。
なんだか嬉しくなったので大盛りのおかわりをあげたけど、それもあっという間に綺麗に完食してくれた。
なるほど。やっぱり相当お腹が減ってたんだね。
「キミはひとりなの?」
尋ねると、少女はビクッと身をすくめた。
「よかったら、事情を教えてくれないかな?」
「……はい」
少女は小さく頷き、静かに口を開いた。
彼女の名前はララノ。
この農園から少し離れた場所にあった獣人の集落で暮らしていたらしい。
予想していたとおり、数ヶ月前に起きた「大海瘴」で集落は壊滅してしまったという。
「キミのご両親は?」
「……わかりません」
ララノは小さく首を横に振る。
遺体を見つけることができなかったので生きている可能性はあるけれど、大海瘴が去ってからも集落に戻ってはこなかったという。
「それからずっとひとりで?」
「はい。集落に貯蓄してあった食料でなんとか飢えを凌いでいたのですが、二週間前ほど前に尽きてしまったんです。その……料理はできるんですけど、狩りはやったことがなくて」
「そうなんだ……」
それで集落を出て食べものを探していたけど、何も見つからずってわけか。
それは相当キツイな。
あの川にいたのは、流れていた汚染水を飲むためらしい。
体に良くないということは知っていたけれど、あまりにもお腹が減りすぎて時々飲んでいたのだという。
そんな時、僕とばったり会って怖くなって逃げ出した。
瘴気が含まれる水を飲んで平気でいられるのは獣人の特性なのかな……と思ったけど、やつれているようなララノの姿を見て気づく。
多分、これが瘴気による影響なのかもしれないな。水に含まれる瘴気は微量だったとはいえ、瘴気が彼女の体を蝕んでいるんだ。
でも、ここでララノを助けることができてよかった。
あのまま汚染水を飲み続けていたら、命を落としていたかもしれない。
「あ、あの……あなたは?」
ララノがポツリと尋ねてきた。
「ここに住んでいた人間の方ではないですよね?」
「うん。数日前にここに引っ越してきたんだ。名前はサタ。元々は王宮魔導院の……ってそれはどうでもいいか」
やっかみを受けて追放されただなんて、聞いて楽しい話じゃないし。
「色々あって、ここでのんびり農園をやろうと思って土地を買ったんだ」
「の、農園!? 瘴気が降りた呪われた地で、ですか!?」
「そうそう。僕ってちょっと珍しい加護を持っててね。こんなふうに呪われた地でも作物を育てることができるんだ」
食べかけの焼きトウモロコシを掲げる。
それを見て、少女は目を丸くしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! もしかしてこの野菜って……ここで作ったんですか!?」
「そうだよ。そこの畑で」
「……しっ、信じられません! そんなことが出来るなんて」
「じゃあ、実際に見てみる?」
畑を見れば否応でも納得してくれるはず。
というわけで料理を食べ終わってから、僕はララノを畑に案内することにした。