「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「いや、びっくりした。あそこは獣も出るから無事でよかった」
(獣……?)
自分が獣に食べられる様子を想像して、頭をふるふるとさせる。
「起き上がれる? 俺は二コラ。この一体を守る騎士をしている」
「騎士?」
(騎士って確か国民を守る優しい方よね?)
「食べられそうならこのスープを飲んでごらん」
「もらっていいのですか?」
「ん? もちろん、行き倒れている人からお金は取らないよ」
その言葉に安心してスプーンでひとすくいして飲む。
「美味しい」
「よかった、これくらいしか作れなくてごめんね」
「そんなっ! 十分ありがたいです」
二コラはリーズがしゃべれることを確認すると、真剣な顔で彼女に問う。
「一つ教えてくれるかい? なぜあの場所にいたんだ? 君のその服から見るにどこかのご令嬢ではないのか?」
「あ……」
リーズはスープを飲む手を止めて、そっと自分はフルーリー家の伯爵令嬢であること、しかし先月頭を打った影響で記憶喪失になったこと、そして父親に捨てられたこと。
全てを話し終えても実感がわかないからか、彼女から涙は一つも出なかった。
「そんなことが……」
「はい、でもよかったのかもしれません。このままでは家のみんなに迷惑をかけることになります。私がいなければ……」
「リーズ」
「は、はいっ!」
「その考えはやめなさい。必要とされない人なんかいない。皆誰かの大切な人なんだ」
「でも、私にはもう頼る人は……」
すると、二コラはリーズの手を優しく握って微笑みながら告げた。
「では、私の妻になりませんか?」
「……ほえ?」
リーズは頭が真っ白になってしまい、スープを落としそうになる。
「ちょうど父上に縁談を組まされるところだったのでね、私はまだやらなきゃいけないことがあるんだ」
「良いのですか? 私で」
「君が、いい」
そうしてそっとリーズのおでこに二コラの唇が触れる。
顔を赤くするリーズにふふっと少し意地悪な微笑みを見せる二コラだった。
こうして、リーズは二コラの妻となった。
「どういうことですか、父上!!」
「そういうこともない、捨てた」
「あの辺境の地に女の子一人捨てるなんてどうかしてます!!」
「うるさいっ! お前は黙ってわしの言うことを聞けばいいんだ!」
「……」
リーズの兄であるブレスはあまりにも横暴に自分の妹を捨てた父に抗議していた。
しかし、所詮ただの伯爵令息にすぎないブレスはこの家の決定を覆すことなどできはしなかった。
「私がリーズを探しに行きます!」
「勝手にしろ」
そう言ってブレスは辺境の地へと馬車を走らせていた。
あれからリーズは少しずつ二コラの妻として、辺境の地の生活に慣れていった。
「リーズ!」
「おかえりなさい、二コラ」
「村のみんなから今日はリーズが畑仕事中に怪我をしたと聞いてすぐに帰ってきたんだ。怪我の具合は?!」
「大げさですよ、ただ芋ほりで引っこ抜くときに転んで足を怪我しただけです」
「そうか、よかった。でも化膿したらよくない、見せてごらん」
「に、二コラ……」
そう言ってリーズのスカートをめくると膝の傷の部分を見る。
「ああ、かなり深いよ、薬草を塗っておこう」
棚の瓶から薬草漬けを取り出すと、それをリーズの足に貼り付ける。
「いたっ!」
「がまんして」
「うん……」
布をあてて巻いて手早く治療する様にリーズは顔を赤くして彼を見つめる。
その視線に気づいた二コラはにやりと笑うと、リーズの頬に手を当てて言う。
「なに? 惚れちゃったかな?」
「なっ! 違います!」
「いや、別に夫婦なんだから好きになってくれていいのに」
二コラのぼやきが部屋に響くと、リーズは恥ずかしさでベッドに入ってシーツにくるまってしまった。
(言えないわ、本気で好きになっちゃったなんて)
リーズはここで暮らすうちに、二コラのいろんな表情をみていた。
村人に優しく接する二コラ。
森に現れる獣を退治する頼もしい二コラ。
慣れない料理に苦戦する意外な一面の二コラ。
そして、リーズを『妻』として愛する二コラ。
リーズはそんな彼の優しさに惹かれていった。
(でも、この生活でいいのかしら。私、彼に何も恩返しできてない)
リーズは記憶喪失で何も知らないことに加え、好きな人の役に立てない苦しさに苛まれていた。
ある日、リーズは村の畑仕事を終えて家路につこうとしていた。
(今日はシチューとパンとそれから……あれ?)
そこには二コラが誰かと話す姿があった。
なぜか妙に気になったリーズは森の陰に隠れて会話を盗み聞く。
「これでいいんだよな?」
「ああ、これでうまくいくはずだ」
そこまでで途切れてしまい、あとの声は聞こえない。
(う~ん。もうちょっとなのに)
二人はそのまま森の奥のほうへといってしまった。
帰宅してからもリーズは二コラの様子が気になったが、仕事のことだろうとそのまま流した。
そして、ベッドにリーズは身を投げて最近もう一つの悩みの種を思い浮かべる。
そっと服をめくり昼間怪我した腕の傷を眺めた。
(やっぱり、もう傷がない)
リーズはそのままゆっくりと目を閉じた──
村の子供たちと遊んでいたリーズは、珍しく昼間に帰ってきた二コラに呼び止められる。
「リーズ」
「二コラ、どうしたの?」
馬から降りた二コラはリーズを抱きかかえて再び騎乗する。
「え?」
「飛ばすから掴まってて」
「ど、どこ行くの?」
「ないしょ♪」
リーズと二コラを乗せた馬はまっすぐに突き進み、やがてリーズの実家だったフルーリー家についた。
「ここ……」
「ああ、君の昔の家だよ」
そう言うと、馬を降りた二コラは玄関のドアを叩く。
中からは待っていたかのようにブレスが出てきた。
「え、お兄様?!」
「リーズ! ようやく会えたね」
そう言って抱き着こうとするブレスから避けるように、二コラはリーズの肩を抱き寄せる。
「ブレス、言ったはずだ、リーズは僕の『妻』なんだ。気安く触らないでほしいね」
「勝手に奪っておいて何を言うんだ!」
(え? どういう状況なの? 知り合いなの?)
こほん、と二コラは咳払いすると、ブレスに停戦を申し込み、そして何やら合図をする。
すると、ブレスは玄関の門を全開にした。
「我が父、フルーリー伯爵は廊下の突き当りの部屋にいる! 頼む!」
その声かけと同時に、伯爵邸のまわりから現れた騎士兵たちが玄関から中になだれ込んでいく。
「え?」
リーズは訳が分からず、二コラのほうを見つめる。
二コラはその様子を見つめると、黙ったままリーズの肩を強く抱いた。
「なんだお前たちはっ!!」
中からフルーリー伯爵の声がしたのを聞くと、二コラとブレスは共にうなずきながら伯爵のもとへと向かった。
「父上!」
「ブレス、お前の仕業か、これはなんのつもりだ!」
「フルーリー伯爵、あなたは辺境の地に多額の税を国の指示なしにかけ、領民を苦しめていますね?」
「なっ?!」
「父上、ここに証拠の納税書と各書類がございます」
ブレスは持っていた書類の束を伯爵に見せると、伯爵は目を見開き驚く。
そして、きりきりと歯をくいしばり、恨むようにブレスに向かって吠えた。
「ブレスーーー!!!!! お前、裏切りおったな?!」
「裏切ったのではありません、最初からあなたの配下になどなっておりません。私はこの騎士、二コラと協力してあなたの不正を暴くために密かに交流していた」
(あ、あの時の人影はまさか……)
リーズは森でみかけた人物のことを思い出す。
(あれはお兄様だったの?!)