【短編版】誕生日に捨てられた記憶喪失の伯爵令嬢は、辺境を守る騎士に拾われて最高の幸せを手に入れる

 馬車は整地されてない石ころで荒れている坂道を下って、辺境の地へとたどり着く。
 御者が馬車の扉を開き、降りるようにリーズに伝えた。

(降りろ、と言うの? ここで?)

 周りはただの森で、四方どこを見ても家や街は見当たらない。
 リーズが地に足をついた瞬間、御者は何も言わずにさっと席に乗るとそのまま馬車を操って去っていく。

「えっ?! 待ってください! どこに行くのですか?!」

 馬車ははるか遠くに走っていき、やがてその姿も見えなくなった。
 リーズは自分の置かれた状況がわからず、まわりをもう一度見回す。

(え? 私、置いて行かれてしまったの?)

 リーズは心の中でそう思うが、確かな情報ではないためその場にとどまることにした。
 しかし、いくら待てども迎えはやってこない。

(えっと、これは試練とかなのかしら? 伯爵令嬢は馬車で行ったらもしかして歩いて帰る慣例がある?)

 とんちんかんな考えを巡らせるリーズだが、彼女に至ってはこれは本気で考えている。
 そう、彼女には【先月までの記憶がない】。
 つまり、令嬢としての振る舞いやおこないも全て忘れていた。
 そんな様子を見た彼女の父親はこの辺境の果てに彼女を【捨てた】のだ。
 リーズの父親の考えが、彼女自身にわかるわけもなく、彼女はそのまま森で3日3晩さまよい続けた。

(もうダメ……食べるものもないし、飲み水もない、限界だわ)

 リーズはその場で仰向けに倒れて空を見上げる。
 すると、雲行きの怪しかった空はやがて雨が降り出し、彼女に容赦なく降り注ぐ。

(ここで私は死ぬのね、お父様ごめんなさい。そして、お母様、今そちらに向かいます)

 ゆっくりと目を閉じて意識を失ったリーズ。
 その身体をゆっくりと抱きかかえる一人の騎士がいた。

 彼女は騎士の乗る馬に乗せられながら、森を脱出した──
(あたたかい……、きっとここが天国なのね。ふわふわで気持ちいい。そっか、私死んじゃったのね)

「……うぶ」

(なんだかはっきり見えてきたわ。目の前に誰かいる? 誰?)

「大丈夫?」
「わっ!」

 リーズの目の前には見目麗しい金髪に蒼い目をした男性がいた。

「よかった、目が覚めてくれて」
「え?」
「森であなたが倒れていたので、拾ってきたんだ」

(拾ってきたっ?!)

 その言い方は人間に対して大丈夫なのかと不安になるリーズだが、おそらく自分の命の恩人なのだろうと理解してお礼を言うことにした。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「いや、びっくりした。あそこは獣も出るから無事でよかった」

(獣……?)

 自分が獣に食べられる様子を想像して、頭をふるふるとさせる。

「起き上がれる? 俺は二コラ。この一体を守る騎士をしている」
「騎士?」

(騎士って確か国民を守る優しい方よね?)

「食べられそうならこのスープを飲んでごらん」
「もらっていいのですか?」
「ん? もちろん、行き倒れている人からお金は取らないよ」

 その言葉に安心してスプーンでひとすくいして飲む。

「美味しい」
「よかった、これくらいしか作れなくてごめんね」
「そんなっ! 十分ありがたいです」

 二コラはリーズがしゃべれることを確認すると、真剣な顔で彼女に問う。

「一つ教えてくれるかい? なぜあの場所にいたんだ? 君のその服から見るにどこかのご令嬢ではないのか?」
「あ……」
 リーズはスープを飲む手を止めて、そっと自分はフルーリー家の伯爵令嬢であること、しかし先月頭を打った影響で記憶喪失になったこと、そして父親に捨てられたこと。
 全てを話し終えても実感がわかないからか、彼女から涙は一つも出なかった。

「そんなことが……」
「はい、でもよかったのかもしれません。このままでは家のみんなに迷惑をかけることになります。私がいなければ……」
「リーズ」
「は、はいっ!」
「その考えはやめなさい。必要とされない人なんかいない。皆誰かの大切な人なんだ」
「でも、私にはもう頼る人は……」

 すると、二コラはリーズの手を優しく握って微笑みながら告げた。

「では、私の妻になりませんか?」
「……ほえ?」
 リーズは頭が真っ白になってしまい、スープを落としそうになる。

「ちょうど父上に縁談を組まされるところだったのでね、私はまだやらなきゃいけないことがあるんだ」
「良いのですか? 私で」
「君が、いい」

 そうしてそっとリーズのおでこに二コラの唇が触れる。
 顔を赤くするリーズにふふっと少し意地悪な微笑みを見せる二コラだった。

 こうして、リーズは二コラの妻となった。
「どういうことですか、父上!!」
「そういうこともない、捨てた」
「あの辺境の地に女の子一人捨てるなんてどうかしてます!!」
「うるさいっ! お前は黙ってわしの言うことを聞けばいいんだ!」
「……」

 リーズの兄であるブレスはあまりにも横暴に自分の妹を捨てた父に抗議していた。
 しかし、所詮ただの伯爵令息にすぎないブレスはこの家の決定を覆すことなどできはしなかった。

「私がリーズを探しに行きます!」
「勝手にしろ」

 そう言ってブレスは辺境の地へと馬車を走らせていた。
 あれからリーズは少しずつ二コラの妻として、辺境の地の生活に慣れていった。

「リーズ!」
「おかえりなさい、二コラ」
「村のみんなから今日はリーズが畑仕事中に怪我をしたと聞いてすぐに帰ってきたんだ。怪我の具合は?!」
「大げさですよ、ただ芋ほりで引っこ抜くときに転んで足を怪我しただけです」
「そうか、よかった。でも化膿したらよくない、見せてごらん」
「に、二コラ……」

 そう言ってリーズのスカートをめくると膝の傷の部分を見る。

「ああ、かなり深いよ、薬草を塗っておこう」

 棚の瓶から薬草漬けを取り出すと、それをリーズの足に貼り付ける。

「いたっ!」
「がまんして」
「うん……」

 布をあてて巻いて手早く治療する様にリーズは顔を赤くして彼を見つめる。
 その視線に気づいた二コラはにやりと笑うと、リーズの頬に手を当てて言う。

「なに? 惚れちゃったかな?」
「なっ! 違います!」
「いや、別に夫婦なんだから好きになってくれていいのに」

 二コラのぼやきが部屋に響くと、リーズは恥ずかしさでベッドに入ってシーツにくるまってしまった。

(言えないわ、本気で好きになっちゃったなんて)