異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ
沼にはまり込むように痛みを思い出していく閠。
それは閠自身、痛むことを認識できずにいた傷なのかもしれない。



 肌寒い秋の森でのお茶会は、それでもどこか暖かなものでした。
 熱い豆茶(カーフォ)に、甘い焼き菓子、そして何よりも、もこもこに着ぶくれた母の姿。

 私たちは向かい合って豆茶(カーフォ)をすすり、焼き菓子を頬張り、それから随分たくさんのことを話した気がしました。

 例えば母が亡くなった後のこと。
 父がどれだけ嘆いたか。兄がどれだけ寂しがったか。私がどれだけ泣き喚いたか。
 まあ主に私が泣き喚いて大暴れしたせいで父が嘆き兄は寂しがる暇もなかったそうですけれど、まあそれくらい私は悲しかったのです。

 例えば兄が成人し旅に出たこと。
 旅の物語を伝え聞いては、母から聞かされた冒険譚を思い出しました。
 あのいい加減な兄の事ですから話を盛ったり削ったりは当然のようにしていたのでしょうけれど、それでも華々しい冒険の話が、また地味で苦しい旅の話が、母を亡くして一人で過ごすことの多かった私にとってどれだけ救いとなったことでしょう。

 例えばトルンペートを拾ったこと。
 妹分ができたと思ったのにあっという間にすくすく育ってお姉さんぶって、実際私も妹のように甘えては迷惑をかけました。
 トルンペートが遊んでくれなければ、きっと私は今でも母の死を引きずって、ろくでもない駄目な奴に育っていたことでしょう。

 例えば長い冬を何度も超えて、その度に私も強く大きく成長したこと。
 キノコ狩りに出かけては毒キノコでお腹を下し、魔獣狩りについていけば魔獣と取っ組み合って怪我をしたり、飛竜狩りを見学に行けばうっかり捕まってあわや空から落とされる羽目に陥ったり、たくさんの危機と経験を乗り越えて、私は小さなリリオの頃とは比べ物にならないくらい大きく育ちました。

 そして私も成人し、旅に出て、ウルウと出会い、冒険屋になったこと。
 ウルウと出逢ってからの生活は、本当に語っても語っても語りつくせないほどでした。
 森の中で亡霊(ファントーモ)と出会い、亡霊かと思いきやきちんと生きた人であったこと。常識知らずで世間知らずで、潔癖で大金持ちで、恐ろしく強いのにとても弱い人で、笑うととてもかわいいのに滅多に笑ってくれないことだとか、本当にたくさんのことを私は話しました。

 母はそのひとつひとつを微笑んで聞いてくれました。
 私のまとまりのない、拙い物語りを、ただただ優しく頷きながら聞いてくれました。

「そう、そうなのね」
「リリオは頑張ったわね」
「大変だったわね」

 そんな何でもないような相槌が、なんだか胸の深いところまで届いて、強張った古傷を柔らかく癒してくれるようでさえありました。

 熱い豆茶(カーフォ)。甘い焼き菓子。優しい母様。
 どこまでも心地よい空間は、離れがたく、いつまでもいつまでも続けばいいのにと、そう願わずにはいられないほどでした。

「母様」
「なあに、リリオ」
「母様はもうどこにもいきませんか」
「ええ、勿論」
「もうリリオを独りにはしませんか」
「ええ、勿論」
「ずっと私と一緒にいてくれますか」
「ええ、勿論」

 私はその言葉に、柔らかく棘を溶かしてくれる言葉に、そっと豆茶(カーフォ)を飲み干しました。
 目じりに浮かんだ涙を拭い、ゆっくりと立ち上がります。

「ありがとうございました」
「……ずっとここにいていいのよ、リリオ」
「本当の母様だったら、そんなこと言いますか?」
「…………」

 そう。
 本当の母様はもうどこにもいない。
 母様は亡くなった。
 あの日、飛竜に食われて亡くなった。

「もう一度母様の姿を見れて、とても嬉しかったです。でも、もう行かなきゃ」
「行かないでもいいのよ。ここでゆっくり休んでいっていいの」
「皆が待ってます」
「ほかのみんなも休んでいるわ。安らぎ、眠り、休んでいっていいの」
「人は、時には休むことも必要かもしれません」

 でも。

 私は胸を押さえます。
 そこに確かにあるはずの古傷が、かすれてしまったように感じるその軽さを、押さえます。

「時には休むことも大事です。癒さなければならない傷もあります」

 でも。

「でも、これは私の痛みです。私だけの痛みです。あなたになんか、譲ってはやれない」

 母様は死んだ。もういない。
 その死は、その痛みは、私の胸に大きな傷を残していった。
 でもその痛みは私のものだ。
 他の誰でもない私だけのものだ。

 その痛みを癒してくれるのは、優しさかもしれない。
 でも身勝手な優しさは、ただただうっとうしいだけです。

「私は母の命を失いました。今度はその死さえも奪うというのならば、私はあなたを許しはしない」

 しゃん、と剣を引き抜けば、優しい森はたちまち姿を変える。

 燃え盛る木々。横殴りの吹雪。血と炎で染まる雪原。
 のしかかるような巨大な影。
 飛竜の息遣い。
 幼い私の悲鳴。

 それはあの日の悪夢。
 母を失ったあの日の傷痕。

「こんな苦しみを抱えていたっていいことはないわ」

 母の似姿が優しくもろ手を広げる。

「さあ、リリオ。あなたの痛みを私にちょうだい?」
「この、痛みは」

 湧き上がる恐れを、痛みを、私は飲み下す。
 忘れるのではない、消してしまうのでもない、我がものとしてそれは受け入れなければならない。

「この痛みは、他の誰でもない、私の、私だけの痛みだッ!」

 振り下ろした一閃が、懐かしき似姿を斬り伏せた。
前回のあらすじ
まやかしの母の姿に心を慰められながら、それでも、その痛みは自分のものだと叫ぶリリオ。
鋭い一閃が、母を斬る。



「まやかし風情が、あたしの名を呼ぶんじゃあない!!」

 暖かな暖炉は崩れ去り、いまや火を吐くのはあたしの心臓だ。
 激しく苛烈に、肌を焦がす怒りの炎だ。
 石壁は崩れ、吹雪が再びあたしを襲う。あたしから何もかもを奪おうと襲い掛かる。
 だがそんなものはもう怖くない。
 あたしの中の炎が、そんなものは焼き尽くすから。

「いいえトルンペート。無理なんかしなくていいんです」
「そうだトルンペート。お前の帰るべき家はここにある」
「お休みトルンペート。今はただ安らかにお休みなさい」

 リリオの、御屋形様の、ティグロ様の、声を、真似するんじゃあない。
 みんなはそんなこと言いはしない。
 そんなものはまやかしの優しさに過ぎない。

 あたしの中の傷を、痛みを、柔らかく溶かして奪い取るやつがいる。
 でもそれは、その痛みはあたしのものだ。あたしだけのものだ。

 捨てられるかもしれない、見限られるかもしれない、リリオを失ってしまうかもしれない、帰るべき場所を失ってしまうかもしれない、それは確かに例えようのない恐怖だ。

 でもそれは、それを恐れるということは、ただあたしに意味もなくつけられた傷痕じゃない。
 失うことを恐れるその気持ちは、あたしが受け取ったものがそれだけ大きいということだ。

 あたしにはなにもなかった。
 あたしにはなんにもなかった。

 親もなけりゃ名前もなかった。
 意味もなけりゃ意地もなかった。
 あたしにあったのは叩きこまれた殺しの技だけ。

 あたしにはなにもなかった。
 あたしにはなんにもなかった。

 殺し屋と言うほど立派なものではなかった。刺客と名乗れるほど鋭くもなかった。
 あたしは使い捨ての一石だった。
 ただ一つの方法だけを覚えこまされ、その一つを確実に遂行するようにと育てられた、使い捨ての殺人装置だった。

 あたしにはなにもなかった。
 あたしにはなんにもなかった。
 
 あたしは鉄砲玉だった。
 やれ、という炸薬一つで、ぴょんと飛び出て短刀で突き殺す、それがあたしの仕事だった。

 あたしにはなにもなかった。
 あたしにはなんにもなかった。

 それに失敗した後、本当に何にもなくなったあたしを、リリオは拾い上げてくれた。
 御屋形様があたしの面倒を見てくれて、女中頭があたしを育て上げてくれた。

 なにもなかったあたしに、なんにもなかったあたしに、名前をくれた、生き方をくれた、生きる意味をくれた。
 何もなかった空っぽのあたしに、零れ出るほど何もかもを詰め込んでくれた。

 あたしは捨てられるのが怖い。
 あたしは失うのが怖い。

 でもその痛みは、あたしだけのものだ。

 みんなが詰め込んでくれた沢山の宝物が、あたしにとってかけがえのないものだから、これ以上ないほど大事なものだから、そう、だからこそ感じる恐れなんだ。

 ならばこの恐れだって、この痛みだって、あたしのものだ。あたしだけのものだ。
 他の誰にも、渡しはしない。

「お前はあたしの痛みを柔らかく奪う。ああ、きっとそいつは優しいことよ。でもね、お呼びじゃないのよ、このトルンペート様は。あんたみたいなやつはお呼びじゃない。あたしの痛みはあたしのもの。あたしの恐れはあたしだけのもの。お前にやるものなんか、少しだってありはしないわ!」

 あたしの心臓からあふれ出す炎が、まやかしの部屋を焼き尽くす。
 あたしの振るう銀の短刀が、いつわりの部屋を引き裂いていく。

 さあ目を覚ませトルンペート!
 
 焼き尽くす炎に飛び込めば、視界は真っ白に染め上げられて、そして、



「かっ、はっ……!」



 呼吸を取り戻す。

 がばりと起き上がれば、そこはさっきと変わらない森の中。
 そばにはリリオとウルウが仲良く転がっている。
 あたしはどこにも行ってなどいなかった。
 最初から一歩も進まず、ここで眠りに落ちて夢の中を彷徨っていたんだ。

 勢い良く立ち上がろうとすれば、視界がふらつき、込み上げる吐き気にうずくまる。
 酷く酒に酔った時のような、理不尽な気持ち悪さだった。

「おや、起きたてで無理はなさらない方がいいですよ」

 慇懃無礼な声に顔を上げれば、そこにはのんびりと切り株に腰を下ろしたパフィストの姿があった。

「あんた……いったい、なにを……」
「一つの試験ですよ、これも」
「し、けん……?」

 パフィストの奴は至極どうでもよさそうにあたしたちを見下ろして、薄く笑った。

「この《迷わずの森》は甘き声(ドルチャ・コンソーロ)という夢魔の住処なんですよ。キノコの仲間らしいんですけどね、この魔獣の胞子を吸うと、人は優しい夢の中で柔らかく溶かされます。人は苦痛からは逃げようとするものですけれど、柔らかい慰めからはなかなか抜け出せないもので、そうこうするうちにすっかり心を溶かされて廃人になり、そのまま苗床になるという始末です」

 成程。先程まで見ていた夢はその甘き声(ドルチャ・コンソーロ)とやらの仕業らしい。
 あたしはこうして抜け出せたけど、二人はまだ夢の中だ。早く起こさなければと手を伸ばすけれど、パフィストに止められる。

「おっと、無理に起こすのはやめた方がいいですよ。いまお二人は心の柔らかい部分を啄まれているところです。無理矢理起こすと、深い傷が残りますよ」
「この……そもそもあんたのせいでしょうが……っ!」
「それが何か?」
「なっ……!」
「言ったでしょう、試験ですよ、試験。冒険屋としてやっていくなら、これくらいのことでつまづいたんじゃあやっていけない」

 そう、かもしれない。
 そうかもしれないけど。

「あんたのやり口は、好きにはなれないわね」
「悲しいですねえ」

 頭のふらつきは落ち着いてきたけれど、体力を使い果たしてしまったかのように、体に力が入らない。
 夢の中での消耗は、体にも響くということだろうか。

 まるで死んだように静かに寝入る二人の寝顔を、あたしはそっと見守ることしかできなかった。





用語解説

甘き声(ドルチャ・コンソーロ)
 乙種魔獣。夢魔。キノコの一種で、地中に広く菌床を広げる。子実体は普通のキノコと変わりない地味なものだが、周囲の水分に混ぜ込んで靄のようにして胞子を放ち、吸い込んだものを深い眠りに落とす。
 夢の中で甘き声(ドルチャ・コンソーロ)はその者の抱える心の傷を掘り出し、その痛みを吸い取って心を癒す。
 程々であれば治療にもなるが、人はやがて苦痛から解放されることで心をぐずぐずに溶かされ、最終的には廃人となり、その肉体は苗床となる。
 
前回のあらすじ
まやかしを見破り、甘き声(ドルチャ・コンソーロ)のもたらす夢から目覚めたトルンペート。
残る二人の安否は……。



 眠い。
 とても、眠い。

 まるで深い泥の底にでも沈んでしまったかのように、体が重く、頭が重く、心が重い。

 思えば私はいつもそうだった。
 いつだって重たい体を引きずって、重たい頭を巡らせて、重たい心で生きてきた。

 でも今日は、駄目だ。もう、駄目だ。

 立ち上がるだけの気力がない。瞼を開く気力がない。指一本だって、動きはしない。

 もういいじゃないかと、声が言う。
 もういいじゃないか、こんなにも頑張ったんだから。

 もう休もうよと、声が言う
 もう休もうよ、こんなにも疲れたんだから。

 そうかもしれない。
 そうなのかもしれない。

 私は頑張って、私は疲れて、もう立ち上がることもできない。瞼も開かない。指一本だって、動きはしない。
 誰にも褒められず、誰にも認められず、何者にもなれないまま、流されるように生きてきた。

 私はただ褒められたかった。認められたかった。
 誠実さなんて要らなかった。嘘でもよかった。
 私は生きていてもいいんだって、ただそう言ってほしかった。
 そう言ってほしかっただけなんだ。
 誰かに。誰でもいいから、誰かに。

 だから、もう、いい。
 もう、疲れた。

 もう、後は沼に沈むように、ゆっくりと休みたい。
 沈みたい。
 死んでしまいたい。

「……ああ」

 なのに。
 なのにどうしてだろうか。

 私は立ち上がらない体を引きずって、重たい瞼を持ち上げて、鉛のような手足を動かして、それでもこの沼から抜け出そうともがいている。

 もういいじゃないかと、声が言う。
 もういいじゃないか、こんなにも頑張ったんだから。

 もう休もうよと、声が言う
 もう休もうよ、こんなにも疲れたんだから。

 そうかもしれない。
 そうなのかもしれない。

 そう思うのに、けれど、私はそれでも進むのを止められない。
 体が重くて、頭が重くて、心が重くて、それでも、それでも、それでも。

 どこに向かったって、どこに行ったって、きっと何にもありゃしないし、きっと何にも報われない。
 そんなことわかってる。いままでだってそうだった。
 何者にもなれなかった私が、いまさらどこへ行ったって、いったい何になるって言うんだ。

 もういいじゃないかと、声が言う。
 もういいじゃないか、こんなにも頑張ったんだから。

 もう休もうよと、声が言う
 もう休もうよ、こんなにも疲れたんだから。

 そうかもしれない。
 そうなのかもしれない。

 だから、だけど、私は言ってやる。

「うるっさい!」

 頭の中にこびりつくような声どもに、苛立ちとともに吐き捨てる。
 
 うるさい、うるさい、うるさい。
 わかっている。
 何にもならない。何にもなれない。何も生み出せず、何も創れない。
 私はきっとそういうやつだ。紛い物を積み上げてできた紛い物の人形だ。

 でも、それでも、信じたいなと思うものができたんだ。
 信じてもいいかなって、そう思えるものができたんだ。

 私みたいな亡者には、眩しくって仕方がないけれど、それでも、その行く先を見てみたいなって、その目がどんな景色を見るのか、一緒に見てみたいなって、そう思える人ができたんだ。

 それはきっと易しいことじゃあない。
 私は何度も挫折して、何度も傷ついて、何度ももう嫌だってこぼすことだろう。

 でもそれは、これからのことだ。

 どっぷりと腰までつかった、タールみたいな過去の事じゃない。
 前を見て、前に歩いて、自分の目で見てみなけりゃ始まらない、これからの事なんだ。

 それに、そう。
 私がどれだけくすぶってても、もう嫌だってうずくまっても、きっと許してくれはしないんだ。

 真っ暗なタールのような世界に、ばりばりと鋭い刃が斬りこんでくる。
 やかましくも騒々しく、雷を伴った剣が優しい闇を切り開いていく。

 そうだ、君は、そういうやつだ。
 私が放っておいてほしいって言っても、首根っこ掴んで齧り付きの最前席に座らせてくるんだ。

 これから私は、今までにない程の痛みと苦しみにさいなまされることだろう。
 もう嫌だ、勘弁してくれって、どれだけ叫んでも許してくれない、嵐のような現実に放り込まれることだろう。

 でも。

 でもいまは、不思議とその痛みが心地よい。

 何故ならその嵐は、まず真っ先に私の名を呼ぶからだ。

「ウルウ!」

 だから、そうだね、私もたまには応えよう。

「リリオ!」

 それが私の痛みの名だ。





用語解説

・痛みの名
 自分を変え得るものは、時に痛みを伴う。
前回のあらすじ
閠が見た痛みの形、そして希望の形は、雷を伴う剣の形をしていた。



「父は不器用な人だったよ。人を愛することができなくて。人の真似をすることができなくて。人であることを何とか苦労してこなしているような、そういう人だった」

 目を覚まして、ぼんやりした頭でぽつりぽつりと語ったのは、父のことだった。

「私は最期まで、父のことがよくわからなかった」

 父はいつも変わらない質問を繰り返した。

「変わりはありませんか」
「困ったことはありませんか」
「何か必要なものはありませんか」

 そして私が返すのはいつも同じ。
 特に、何も、大丈夫です。

 自分が死ぬとわかっていただろう、あの最後の夜でさえも、父の問いかけは変わらなかった。
 あの質問は、いったい何だったんだろうか。
 どうして父は、私の答えに満足したのだろうか。

 リリオは少しの間考えて、そしてこう答えた。

「安心したんじゃないでしょうか」
「安心?」
「ウルウのお父様は、きっと、娘のウルウのことも、理解できなかったんだと思います。だからいつも聞いていたんです。言葉にして、ウルウのことを理解しようと」
「私のことを?」
「ええ。だから本当に、きっと文字通りのことを尋ねていたんですよ」

 文字通りの、こと。

「変わりはありませんか」
「困ったことはありませんか」
「何か必要なものはありませんか」

 ああ、そうだ。
 意味なんて、決まっているじゃあないか。
 ()()()()だ。
 そのままに決まっている。
 変りはないか、困ったことはないか、必要なものはないか、ただそれだけのことを、尋ねていたに過ぎないじゃあないか。
 娘を案じる、父の問いかけに、深い意味なんてあるものか。

「だから、大丈夫だよって答えたウルウに、安心したんですよ。もう自分がいなくなっても大丈夫だって」

 そんな、そんなことはなかった。
 ただ他に応える言葉を持たなかっただけで、私は全然大丈夫じゃなかった。
 私は父のことを理解できなくて、父も私のことを理解できなくて、それでも父は私の父で、私は父の娘だった。

 私たちは愛の形を知らなかった。互いの愛を理解できなかった。
 けれど。
 それでも。
 それが愛だったというのならば、私たちは確かに愛し合っていたのだと思う。

 あの問いかけは、そのまま娘を案じる問いかけだった。
 それは、きっと父なりの愛してるだった。
 私はいつも同じ答えを返していた。父を不安がらせないようにと、大丈夫だと。
 それは、きっと私なりの愛してるだった。

「私、不安だったんだ。私は要らない子だったんじゃないかって。母を殺して生まれてきたんじゃないかって」
「ウルウ、それは、」
「ずっと思い出さないようにしてた。でも、違ったんだ。母は、母は確かにこう言ってたんだ」


 この子の名前は閠よ。
 閏年の閠。
 足りない一日を補って、一年を綺麗に回してくれる。
 きっとこの子は、人のことを思い遣れる子に育つわ。
 (わたし)はここで終わるけど、でもそれは閠に任せてお休みするだけ。
 軅飛(たかとぶ)君のことをよろしくね、閠。

「私は、ずっとその言葉から目を逸らしてた。余り物の閠って、そう言われた方が納得できたから」

 でも、それでも、思うのだ。
 母が望んだように、私は父の閠になれただろうかと。

「……さあ、それはわかりません」

 でも、リリオは優しくなんてない。

「それはウルウの痛みですよ」

 ああ、そうだ。
 その通りだ。

 それは私がこの先、ずっと抱えていかなくてはならない、そして私以外の誰にも譲ってあげられない、私だけの痛みだ。この見えない痛みこそが、私が確かに受け取った愛なのだ。

 この痛みが、私なんだ。






「いい話っぽいところ申し訳ないんですけど、そろそろこの猛犬どうにかしてもらえませんかね」
「それはパフィストさんの痛みということで」
「参ったなあ」
「がるるるるる!」

 余韻は台無しだけど、元凶であるパフィストは現在怒り狂ったトルンペートに追いかけられて、ナイフの雨をかわし続けているところだ。
 さすがに私たち駆け出しとは違い凄腕の冒険屋だけあって歯牙にもかけていないが、まあ、殴り飛ばしたい気持ちは同じだし、しばらくはああして遊んでもらおう。

 ……いや、気持ちだけじゃなんだし、折角だから私も殴りに行こうか。

「いや、さすがに二対一はどうかと」
「じゃあ三対一で」
「うへぇ」



             ‡             ‡



 とまあ、ことの顛末はそのような次第でしたよ。

 え? やりすぎ?
 やだなあ、僕らだって同じ経験積んでるじゃないですか。
 遅かれ早かれ経験することなら、早いうちの方がいいですよ。

 それに、結局合格させたいんですか? それとも失格させたいんですか?

 僕はどちらでもいいんですけれど、あなたはそうもいかないでしょう。
 煮え切らない態度は自分の首を絞めますよ、メザーガ。

 やあ、怖い怖い、僕に当たらないでくださいよ。

 ウールソの試験は真っ当な形になるでしょうし、そうなるといよいよ時間はないですよ、メザーガ。

 ああ、いたた、まさか二発も喰らうとは思いませんでしたよ。
 顔は止めてくれって言ったんですけどね。
 約束通り、しばらくは有給貰いますからね。





用語解説

・ファントム・ペイン
 幻肢痛。失ったはずの手足に痛みを感じる症状の事。
 ここでは失ったものを痛みという形で抱え続けていくことを指している。
前回のあらすじ
痛みの形、痛みの名。
それぞれの痛みを受け入れ、あるいは乗り越え、《三輪百合(トリ・リリオイ)》は見事キノコ狩りに失敗するのだった。



「キノコ狩りしましょう」
「懲りてないの?」
「あれはキノコに狩られかけた奴じゃないですか! 今度はもうちょっとこう、安全な奴ですよ!」

 この世界における安全という言葉の基準に関していろいろと確認が足りていない気がするのだけれど、多分リリオ基準の安全は私から言わせれば「大いに疑問の余地あり」だな。

「で、今度は何? 二本足で歩くキノコ?」
「さすがに湿埃(フンゴリンゴ)の人は食べないですよ」
「なんて?」

 久しぶりにニューワードが出てきたので小首を傾げれば、さすがに察し良くリリオも説明してくれる。

湿埃(フンゴリンゴ)というのは隣人種の一つです。といっても、森の奥深くに住んでいるので、あんまり人族と生息圏が重ならないんですけれど」
「里湿埃(フンゴリンゴ)ってのはいないの?」
「うーん、聞いたことないですね。というか、湿埃(フンゴリンゴ)って個人という概念が乏しいんですよ」

 詳しく聞いてみると、どうもこの湿埃(フンゴリンゴ)という隣人種は、キノコや菌類の仲間であるらしい。というか人型のキノコと言っていいらしい。厳密には地中や木々に根を張った菌糸がその本体で、人型の部分は子実体、つまりキノコにあたり、要するに遠隔操作のお人形であるようだ。
 隣人種とは言っても他の隣人たちと比べてかなり価値観や精神構造が異なるらしく、森の中で行き倒れた旅人の死体なんかに寄生して苗床にしたり、そのまま遠隔操作の人形のガワとして使ったり、忌み嫌われるようなことを悪意なくやったりするらしい。

 とはいえ、別に敵対的ということはなく、生きている隣人種に攻撃を加えたり価値観を押し付けたりということもなく、単に死生観や価値観がどうしても違い過ぎるということらしい。

 それで、個人という概念が乏しいという部分だが、これはなかなか面白かった。
 湿埃(フンゴリンゴ)の本体は地中の菌糸だといったが、この群体は菌糸が繋がっている限り全て同じ個体であり、そこから生み出される子実体もまた同じ群体の意識を反映しているものであるらしい。なので同じ群体から生み出される湿埃(フンゴリンゴ)の人形たちは等しく「私たち」であって、「私」という個体感覚で行動することはないそうだ。

 うーん。
 人形とか子実体とかいう言い方をするから分かりづらいのかな。
 言ってみればこの子実体は、人の形をしているけれどあくまで本体から切り離された手足なのだ。手足がそれぞれに意識を持つことはない。まあその場その場で状況判断する程度の意識はあるんだろうけれど、それは自我ではない。あくまでも本体に遠隔操作される手足なのだ。

 で、この湿埃(フンゴリンゴ)の群体は基本的に地域ごとに一つずつしかないようで、というか広すぎる範囲を侵食しているのであんまり近いと競合してしまうようで、「他の湿埃(フンゴリンゴ)の群体」と遭遇することが稀過ぎて、いまいち人付き合いというものがわかっていない節があるらしい。

「あ、でも、これは経験次第ということでもあって、人族と昔から付き合いがあって人慣れしている群体もあるそうですよ」
「人慣れ」
「これなんか有名ですよ」

 と言って渡されたのは何の変哲もない紙切れである。

「それ作ってるの、中央部の湿埃(フンゴリンゴ)らしいですよ」
「……紙を? なんで?」
「それ菌糸で作ってあるらしいです」
「…………!?」

 やけにきれいな紙だと以前から思っていたが、植物紙どころかキノコ紙であったらしい。

「え。それってつまり、血肉を削って作ってるようなもんじゃないの?」
「というよりは、伸びすぎた爪とか髪とかを切って再利用してるような感覚らしいですね」

 そんなものなのか。
 こうして改めてみても、とてもキノコがキノコから作っている紙とは思えない。コピー用紙ほど、とは言わないけれど、非常に品質の高い紙だ。どこかで大規模に紙漉き、下手すると工場でもおっ立てているのかと思っていたが、まさか菌類産の紙だとは驚きである。

「何気に湿埃(フンゴリンゴ)の作る紙って、水に濡れても破れにくいし、変質もしないし、火にも燃えにくいと羊皮紙より便利な所も多いんですよね」
「え? それが? そんな高品質の紙がこんな安価で出回ってるの?」
湿埃(フンゴリンゴ)からするとお風呂入って垢落とすのと同じ感覚らしいですから」
「馬鹿なの?」

 紙というのがどれほど偉大な発明なのか理解していないにもほどがあるのではなかろうか。人族も人族でこの偉大な発明を安易に受け入れ過ぎだろう。
 あ、そう言えばこいつら紙の方が先に大量に入ってきたせいか、いまだに活版印刷も発明できてないから有効活用できずに持て余してやがるのか。そりゃ塵紙が安値で店頭に並ぶわ。助かるけど。助かるけど!
 本が全部手書きによる筆写か、魔法による転写しかないんだよなこの世界。魔法による転写ってすごそうだけど、術者頼りだから大量生産に向かないんだよな。いや、まあ活版印刷とかに比べてって話ではあって、これでも筆写より恐ろしく速いは速いんだけど。

 あーでも中央から入ってきた本とか、たまに印刷っぽいのがあったりするから、一部では活版印刷機とか出回り始めてるのかな。もっと活用しろよ文明の灯だぞ馬鹿野郎。
 これだけ優秀な紙が八割近く塵紙にしか使われてないって文明に対する叛逆だとすら思えるね。

湿埃(フンゴリンゴ)すごいな……ホントすごいな……」
「ウルウがここまで素直に感動してるの久しぶりに見ました」
「もう森に足向けて眠れないな……」
「え?」
湿埃(フンゴリンゴ)すごいなって話」
「はあ」

 自動翻訳が便利過ぎてたまに忘れるけど、たまに慣用句とか通じないことがあるんだよな。慣用句くらいならまあ説明すればいいから困らないんだけど、ジョークなんかが通じない時は困る。
 私からジョーク言うときってあんまりないからそっちはいいんだけど、向こうから異世界ジョークかまされても、下手すると私の方がジョークだと気づかずにスルーする場合さえあるからな。

 幸いにして、今のところ慣用句とかことわざとかをこれ見よがしに使ってくるキャラ付けの奴とは遭遇してないから助かるけど、もし今後そういうやつと遭遇したら私はどうすればいいんだ。慣用句辞典とか買わないといけないのか。そんな面倒くさいキャラ付けの奴と会話するとか、それだけで日が暮れそうだ。

「で、なんだっけ。湿埃(フンゴリンゴ)って食べられるかって話だっけ」
「いい出汁は出そうですけど……っていくら何でも猟奇的過ぎますよ!」
「ああ、そうなんだ」

 人に似た形してても小鬼(オグレート)とか豚鬼(オルコ)とかは普通に害獣として始末するのに、人と根本的に価値観の違う群体生物は隣人扱いするっていう感覚がいまだによくわからない。
 交易共通語(リンガフランカ)を与えられることで隣人という枠組みができたらしいから、言葉通じない奴はぶっ殺していいという風に神様が決めた、と判断しているのかもしれないが、どこの鬼島津だこいつら。
 もし自動翻訳が働いてなかったら、私リリオに殺されてても文句言えなかったんじゃなかろうか。そこまでひどくなくても、頭のいい愛玩動物くらいの扱い受けてたかもしれん。いまの私がリリオを半ばそういう目で見ているように。

「キノコ狩りですよキノコ狩り! パフィストさんのせいで前回はあんまり楽しめませんでしたから、折角の秋の味覚を楽しみたいんですよう」
「あんまりとか言えるあたりほんとリリオって図太いよね」

 いまだにパフィストのクソにさん付けしてるあたりもそうだ。
 あれだけ一方的に上から目線で試験とかなんとか言われて、一発ぶん殴っただけで以前と同じ付き合いができるリリオの神経は見習い……たくないな、別に。うん。トルンペートとか露骨に毛嫌いしてるし、私も積極的にお喋りしたい相手ではない。
 パフィストの嫌な所は、あれが悪意からやったことじゃなくて、純粋に冒険屋の先輩として試しただけというその一点だよな。そりゃ天狗(ウルカ)が嫌われるわけだわ。

「しかし、キノコ狩りねえ」
「山菜狩りとか、害獣狩りとか込みでもいいですけど」
「なんらのお得感も感じない」
「いまなら可愛いリリオちゃんがついてきますよ!」
「いつもついてるでしょ」

 さて、ともあれ暇なのは確かだ。
 季節はめっきり秋となり、冒険屋は秋の収獲依頼でこぞって山へ消えたが、街中のドブさらいや迷子のおじいちゃん探しといった依頼には、農閑期で暇になった農民たちによる季節冒険屋たちがわんさと集まってきている。臨時冒険屋たちの需要にたいして、依頼の供給は少ないといった具合だ。

「良いですなあ、キノコ狩り。この時期のヴォーストはやはり山の幸が、旨い」
「あ、やっぱりそうですか?」
「うむ、うむ。拙僧も依頼がないときはよく山に籠って山の幸を楽しんだもの。良いものですぞ」
「今のヴォーストでおいしいものというと何ですか?」
「そうですなあ。定番と言えば定番ではありますが、角猪(コルナプロ)など脂がのって食い頃かと」
角猪(コルナプロ)……! 夏にも食べましたけど、やっぱり秋ですよねえ!」
「うむ、うむ。脂の乗りが違いますからなあ。それに餌が違う。団栗(グラーノ)の類を好んで食う猪肉は、味が別物と言っていいですな」
「ふわぁ……ウルウ、ウルウ! やはり秋と言えば山の幸ですよ!」
「あっさり乗せられてやがる」

 しれっと乙女の会話に入り込んできたのは、私よりも頭一つは大きい熊の獣人(ナワル)ウールソであった。幅などは私二人分くらいはありそうな巨漢であるくせに、気配も立ち居振る舞いも静かで、それこそ最初にすれ違った時は熊木菟(ウルソストリゴ)が人に化けたのかと思うほどだった。

「まあ、まあ、そう仰るな。嫌なことは面白きこととまとめてしまった方が飲み下しやすいもの」
「というと……あんたもやっぱり?」
「僧職の身と言えど、何しろ雇われでもありますからなあ。所長殿のご依頼とあらば致し方なし」

 試験の時間であった。





用語解説

湿埃(フンゴリンゴ)(Fungo-Ringo)
 森の神クレスカンタ・フンゴの従属種。巨大な群体を成す菌類。
 地中や動植物に菌糸を伸ばし繁殖する。
 子実体として人間や動物の形をまねた人形を作って、本体から分離させて隣人種との交流に用いている。元来はより遠くへと胞子を運んで繁殖するための行動だったと思われるが、文明の神ケッタコッタから人族の因子を取り込んで以降は、かなり繊細な操作と他種族への理解が生まれている。
 群体ごとにかなり文化が異なり、人族と親しいものもあれば、いまだにぼんやりと思考らしい思考をしていない群体もある。

・キノコ紙
 帝国中央部に生息する湿埃(フンゴリンゴ)の一群体は、極めて珍しいことに人族と里を同じくする里湿埃(フンゴリンゴ)である。この一群はかなり以前から人族との交流があったようで、人族の価値観をかなりのレベルで理解しており、一方でこの里の人族も湿埃(フンゴリンゴ)の文化に対して高い理解を示している。
 例えばこの里の人族は埋葬を全て湿埃(フンゴリンゴ)の群体に埋め込むという形で行っており、若く傷の少ない死体などはそのまま人形の素体として使われることもあるという。
 この里では古くから川辺まで侵食してしまった菌糸が水に流されるという事例があったのだが、この菌糸を回収して糸車で紡いで織物にしてみたところ好評。このことから菌糸織物や菌糸紙などが発展し、近代では帝国内の紙の需要の七割近くはこの菌糸紙であるという調査報告がある。
 性質としては、水濡れしても破れにくく変質も少なく、また火にかけても燃えづらいという特色がある。
 実はまだ生きていて、湿埃(フンゴリンゴ)間でだけ理解できる言語を用い、密かに帝国の内情を傍聴している、などという噂があるそうだ。

・転写魔法
 水属性の魔法。紙に書かれたインクに魔力を通して形状を記憶し、インクツボの中のインクにこの記憶を転写。別の紙にこのインクを魔法で走らせて、記憶通りの形に並べる、というのが大雑把な理論。
 術者の技術次第だが、熟練の術者だと日産十冊とか二十冊とか平気でやる上に、筆写と比べて誤字脱字等もかなり少ないため、まだそこまで書籍に需要がないこの世界では活版印刷の必要性が乏しいようだ。
 それでも帝都などを始めとして印刷技術の開発は行われているようではある。

・・豚鬼(オルコ)(Orko)
 緑色の肌をした蛮族。魔獣。動くものは基本的に襲って食べるし、動かないものも齧って試してから食べる非文明種。
 人族以上の体力、腕力と、コツメカワウソ以上の優れた知能を誇る。
 角猪(コルナプロ)を家畜として利用することが知られている他、略奪した金属器を使用する事例が報告されている。

団栗(グラーノ)(Glano)
 ブナやカシなどの木の実の総称。いわゆるドングリ。
 我々が良く知る大人しいドングリの他、爆裂種や歩行種、金属質の殻に覆われたものなども存在する。

獣人(ナワル)(nahual)
 文明の神ケッタコッタを裏切りその庇護を失った人族が、獣の神アハウ=アハウ(Ahau=ahau)に助けを乞い、その従属種となった種族とされる。
 人族に獣や鳥、昆虫の特徴を帯びた姿をしており、これはその特徴のもととなる動物の魂が影の精霊トナルとして宿っているからだという。
 トナルは生まれた時に決定され、これは両親がどのようなトナルを宿しているかに関係なく決まる。そのため、熊の獣人(ナワル)と猫の獣人(ナワル)からカマキリの獣人(ナワル)が生まれるということも起こりうる。とはいえ、基本的には接触することの多い同じトナルを宿して生まれてくることが多い。
 どの程度獣の特徴が表出するかは個人個人で違うが、訓練によって表出部分を隠したり、また逆に獣の力を大きく引き出すこともできるとされる。
前回のあらすじ
懲りずにキノコ狩りに挑戦しようとするリリオ。
それに便乗して試験を持ち掛けてくるウールソ。
なんだこれ、と思わずにいられない閠であった。



「今度は妙な魔獣は出ないだろうね」
「そう言うと思いましてな。場所の選定はトルンペート殿にお任せし申した」
「任されたわ」
「なら安心だ」
「そして今なら可愛いリリオちゃんもついてきます」
「なら心配だ」
「なーにをー!?」

 さて、善は急げと準備を整える必要もなく、我々は早速山へやってきました。何しろ前回ろくにキノコ狩りする前に全員意識を刈り取られるという状況に陥ったため、道具はほとんどそのまま残っていたからです。ならばあとは食い気だけ、もとい勇気だけです。

 さすがに二度目となると私たちも警戒していたのですけれど、ウールソさんは至って鷹揚で、場所決めに関しても私たちの選定にこれと言って口を出すこともなく、精々ここはこれこれこういうものが採れますなだとか、この辺りは鹿雉(セルボファザーノ)を見かけることがありますなだとかそういう助言を頂けたくらいです。
 私は山慣れしていますし、トルンペートも養成所でみっちりしごかれただけあって基本は抑えていますけれど、やはり地元の人ならではの知識や経験は大事です。
 最終的にはウールソさんに角猪(コルナプロ)のよく見かけられる当たりを教えてもらって、その中から選定するという形をとりました。

 私たちはもうすっかり慣れた足取りで山に踏み込み、息の合った連携で見事にぐいぐい進み、目的地へたどり着きました。いろいろはしょったのは私が道を間違えかけたり、好奇心に駆られたウルウが行方不明になりかけたりしたあたりですのでお気になさらず。

 さて、目的地となるのは、川から少し離れた開けた地点でした。
 私たちはここに野営を張り、拠点とするつもりなのでした。

 旅の最中でしたら、野営地というものはもう少し日が傾いてから決めるものですけれど、今日はどっしり腰を据えて狩りをし、採取を行い、腹を満たすのが目的ですから、先に野営地を決めてしまうのが良いのです。

 野営地として開けているというのは大事ですけれど、川から少し離れているというのも大事です。
 川からあまり離れていると水に不便しますけれど、あまり近すぎるとこの季節は冷え込んで仕方がありません。このあたりの塩梅は難しいものですけれど、なにしろここは辺境近くとしては都会にあたるヴォーストのお膝元。すでにたくさんの冒険屋や狩人たちが利用した形跡がある安心安全の野営地です。

「変な魔獣も出ないでしょうしね」
「いやあ、その節はパフィスト殿がご迷惑を」

 ちょっとした毒を吐いてしまいましたが、ウールソさんは鷹揚です。というかもはやパフィストさんの悪行三昧に関してはお手上げのようです。いや、あれで本人は全く悪意も悪気もないどころか良いことをしたと思っているくらいらしいですから、そりゃあお手上げにもなるでしょうけれど。

 さて、私たちは早速手分けしてここを立派な野営地とするべく準備を始めました。

 まず、ウールソさんは監督役として口は出すけれど手は出さないということで休んでいただきます。これはパフィストさんという悪い前例があるのでトルンペートが警戒したのもありますけれど、ウールソさん自身がお手並みを拝見したいとのんびりおっしゃったからで、これはちょっと緊張します。
 何しろ熟練の冒険屋と比べられた時に自分たちの手際がどんなものかというといささか自信がありません。ましてやその熟練の冒険屋にじっくり眺められながらとなると、緊張します。

 トルンペートも少し視線は気になるようですけれど、それでもさすがは教育を受けた武装女中。見ていてほれぼれする程の所作であっという間に竈を組み上げ、道々拾ってきた枯れ枝で焚火を組み、早速火をつけています。今日の夕食は角猪(コルナプロ)鍋にすることが決まっていますので、いくらか大きめに竈は組まれていますね。

 焚火というものは野営でまず一番大切と言っていいでしょう。何がなくても火は大事です。獣避けにもなりますし、何より暖を取るというのは人間の体にとって不可欠です。いまは秋なので勿論ですけれど、夏であっても夜というものは冷えるもので、寝入っている時の人の体というものは思っている以上に冷たくなるもので、ここに焚火の暖があるとなしとでは大いに変わってきます。
 まして冬場ともなれば、大真面目に命にかかわります。

 さて、こちらは人の視線など全く気にしていないかのようで、その実全てから目を逸らして心の平衡を保っているウルウですけれど、《自在蔵(ポスタープロ)》をごそごそとあさって何か取り出し、取り出し……ました。はい。取り出しましたけれど。

 えーと。

「ウルウ、それは」
「テント」
「テント」
「えーと、天幕」
「いや、わかりますけれど」

 そりゃあ見ればわかりますけれど、でもまさか組み上げた状態の天幕をそのまま《自在蔵(ポスタープロ)》から引きずり出すとか誰が思うでしょうか。それも二張り。
 慣れない仕草で、それでもしっかりとした手順で杭を打って固定していくウルウの背中はなんだか初々しくて愛らしいものですけれど、それはそれとして相変わらず出鱈目なウルウにちょっと呆れもします。

「いやはや、話には聞いておりましたが、これは豪快ですなあ」

 ウールソさんもこれには苦笑い。
 そり上げた頭をつるりと撫で上げながら眺めておられます。

 天幕は、ウルウの不思議道具なのでしょうか。つやつやと奇妙な光沢がありながら、しっとりとした暗色で悪目立ちするということがありません。触ってみても、布のようで布でなし、革のようで革でなし、なんだか不思議な手触りです。

「これは《宵闇のテント》」

 あっ、はじまりました。ウルウのいつもの詩吟です。詩吟っぽい独り言です。いや、ちゃんと聞いてますけれど。

「夜の闇に溶け込むこのテントは、魔物の目から逃れ、ささやかな憩いの時を旅人に与えるだろう」

 なるほど。つまり気配を遮断して、魔獣や害獣に気づかれにくくする効果があるようです。

「そして快眠+3」
「快眠+3」

 よくわかりませんがぐっすり眠れそうなのは確かです。

「組み分けどうしましょうか」
「……うーん。図体の大きさ的に、大きいのと小さいので分けようか」
「いや、拙僧も僧職の身なれど男でありますからな、御三方で使っていただいて」
「いや、さすがにそういう不公平は良くない」
「でも無理に同衾するというのも、ウルウの言っていたせくしゃるはらすめんとなのでは?」
「で、あるよねえ」
「これだけ大きい天幕ですし、小さいの二人と大きいの一人なら何とか入るんじゃ?」
「まあパーティ用だしなあ、もともと」

 すこし相談して、結局一張りをウールソさんに使ってもらい、もう一張りを私たち《三輪百合(トリ・リリオイ)》で使うことにしました。

「見張りは立てなくていいの?」
「この辺りは人の往来も多い故、魔獣も盗賊もまず出ませんからなあ」
角猪(コルナプロ)は?」
「少し歩いて狩りに行く必要がありますな」
「では早速! 早速狩りに行きましょう!」
「血の気が多いなあ」
「食い気の方では?」
「違いない」
「なーにをー!?」

 でもまあ、間違いでもありませんので反論もできません。血の気も食い気も十二分でありますから。
 食い気。そういえば狩りが成功することを前提で考えていましたが、失敗した時のことも考えて罠でもかけておきましょう。鼠の類でも捕れればもうけものです。

「ほう、罠をおかけになりますか」
「やらぬよりはという具合ですけれど。以前、鼠鴨(ソヴァジャラート)が罠にかかって随分美味しい思いをしました。ね、ウルウ」
鼠鴨(ソヴァジャラート)……ああ、あれか。あれは美味しかった」
「ほう、鼠鴨(ソヴァジャラート)が罠に。それは僥倖ですなあ」

 あとでにこにこ顔のウールソさんが教えてくれました。
 鼠鴨(ソヴァジャラート)は賢い生き物で、まず罠にはかからないのだと。

「きっとどなたかが幸運を仕込んでくだすったのでしょうなあ」

 私はなんだか恥ずかしくなると同時に、きっとその幸運を仕込んでくれただろう背中に何とも言えず嬉しくなるのでした。





用語解説

・《宵闇のテント》
 ゲームアイテム。敵に見つかっていない状態で使用することで、一つにつき一パーティまで、《HP(ヒットポイント)》と《SP(スキルポイント)》を最大値まで回復させる。
 また快眠+3の効果があり、これは毒や睡眠などのステータス以上の内、中度までのものを回復させる効果がある。
『夜の帳を縫い上げて、張り巡らせる天幕一張り。夜が明けるまではその護りの裡よ』
前回のあらすじ
キャンプ地を決めて野営地を整える一行。
ふとしたことで過去の悪行を暴かれる閠であった。



 リリオが意気揚々と狩りに出かけ、お守りは任せてと言わんばかりにやれやれ顔のウルウがそれについていき、さて、あたしはどうしようかと考えた。
 あの二人に任せておけば、まあ角猪(コルナプロ)くらいは手に入ることだろう。そこのあたりは心配していない。心配するとしたら一頭どころか二頭も三頭も、それどころか鹿雉(セルボファザーノ)なんかまで獲ってきてしまうことだけれど、まあさすがにそこまで阿呆ではないだろう。と信じたい。信じさせてお願い。

 まあいささか不安ではあるけど、問題はそこじゃなくて、副材料だ。いくらなんでも肉だけの鍋なんてのはちょっと武装女中として認めがたい。リリオだけなら嬉々としてそういうこともやりそうだし、ウルウもなんだかんだで面倒臭がりなところがあるから文句言わなそうだけど、このあたしがいる限りそんな不精鍋は許さない。

 とはいえ、折角山の幸を楽しもうということで、余計な材料は持ってきていない。野菜の類をちょっと持ってきた方が良かったかもしれないが、勢いというのは怖いものだ。どうせウルウの《自在蔵(ポスタープロ)》は底なしなんだから、常備菜を放り込んどいてもいいんじゃないかしら。

 ま、ないものはないもので嘆いても仕方がないわね。

 ないならあるものを使う。
 というわけで、早速キノコやらでも採りましょうか。
 まあ火の番もあるし、そんなに離れるわけにもいかないけれど、幸いこの野営地は今季まだ使用されていないらしく、来るときも近くにちらほらと美味しそうな秋の実りが見え隠れしていた。ちょっと歩くだけで私たち四人が食べるには十分な量が取れることでしょ。

 そう思い立って、キノコ取り用の背負い籠を背負ったところで、のっそりとウールソさんが立ち上がった。

「キノコ取りですな。拙僧もただ飯ぐらいでは格好がつかぬ故、御助力致そう」
「それは助かるけど……試験はいいのかしら?」
「まさかキノコ取りやら猪狩りやらで合格印は捺せませんなあ」

 鷹揚に笑うウールソさんだけど、はあ、まあ、この人もこの人で食えない人であるのは確かだ。もとより神官ってのはどこか普通の人とは感性が違うものだしね。

 ともあれ、人手が多いに越したことはないもの、あたしはウールソさんにも籠を渡して、早速秋の幸を採りに出かけた。
 にしても、あたしやリリオにとっちゃ背負い籠だけど、ウールソさんが持つと完全に手提げ籠ね。背負ったら壊れるわよ、これ。

 あたしは辺境の武装女中として、山中での生存訓練も受けている。その中には毒キノコの見分け方や、毒蛇の見分け方や、毒舌芸人とただの毒舌野郎の見分け方をはじめとして様々な毒の見分け方の他、そもそもどんなところにどんな山の幸が眠っているかということもよくよく教わっていた。
 だからあたしは、初めての山や森の中でも、ある程度どんなものがどこで採れるのか、見当をつけられる。実際、この山でもあたしは手早く籠の中を満たしつつあった。

 でも、

「……ウールソさん冒険屋じゃなくてキノコ取りの人なんじゃないの」
「これも冒険屋の技の一つですなあ」

 そう嘯くウールソさんの籠はすでにいっぱいになっていて、そしてその中のどれもが一級品の品ばかりだ。

「キノコ取りは試験じゃないんでしょう? せっかくだからコツの一つも教えてくれないかしら」
「積極的なことは大事ですな。加点一」
「加点制!?」
「だったら面白かったでしょうなあ」

 そり上げた頭をつるりと撫で上げながら、ウールソさんはフムンと一つうなった。

「そうですな。トルンペート殿の探し方は実に理に適っております。かといって教科書通りでもなし、初めての山でも、きちんと山の理というものを見ておられる」

 そうだ。山にはその山の理というものがある。
 どんな木でも、どこに生えても同じように伸びるというわけじゃあない。キノコもそうだ。どんな木の陰にも同じように生えるわけじゃない。山菜もそう。それらはみんな育ちやすい環境というものがあって、それは木の角度や、山の湿り気、そういった要素のたった一つが違っても随分と様変わりしてしまう。
 あたしはそういった山の理を見る。こういった山であればどんな風に木は育つのか。こんな気候であればどんなキノコが多いのか。これこれの植生ならこんな山菜があるはずだ。
 そういった理屈にのっとってあたしは動いている。

 でも、そんなことを気にした風もなく動くウールソさんは、はっきりとあたし以上に優れたキノコ採りだ。数が多く取れるばかりではなく、そのどれもが良く肥えたいい品ばかりだ。
 じっとその挙動を見守ってみても、あたしには何が違うのかまるでわからない。

「しかし、そう、その見ているというのが良くないのでしょうなあ」
「見るのが、よくない?」
「左様。拙僧をご覧あれ」

 ウールソさんはそう言って、おもむろに目を閉じてしまった。
 そうして暫くの間じっと佇んでいたかと思うと、不意に歩き出して、近くの木の傍から丸々肥えたキノコを一房手に取っているじゃない。
 まるで手品だ。じっと見ていたにもかかわらず、あたしにはそれがどんな理屈なのかわかりゃしない。
 だって、目をつむっているのよ?
 何も見えないでどうやって探すっていうの?

「わかりましたかな」
「ぜんっぜんわかんない」
「でしょうなあ」

 鷹揚に頷くウールソさんに、けれどあたしは腹を立てたりしない。これは馬鹿にされてるんじゃあない。冒険屋が、胸襟を開いて自分の技を教えてくれているのだ。
 しかしわからない。どうして見えもしないものがわかるのか。
 わからないなら……。

「左様、それが正しい」

 まず、真似をしてみるのが近道だ。
 あたしは自分でも目をつむってあたりを探ってみる。こう見えてあたしは暗殺者としての訓練も受けてきた。目が見えずとも人の気配くらい簡単に察せられる。ウールソさんの気配は酷く薄いけど、それでもとらえきれない訳じゃない。
 風の動きを感じ、気配を肌で受けて、そうして周囲を探れば、森の中であってもあたしは目をつむって歩き回れる。そんなことはわかっている。でもそんなことじゃあないんだ。足りないものがあるんだ。
 目をぎゅうとつむって肌に感じる気配を辿り、耳に聞こえる音に気を配り、そして、ふわりと鼻に漂う香りを感じた。

 はっとして手を伸ばした先には、ウールソさんの手があった。
 正確には、ウールソさんが握った石茸(シュトノフンゴ)が。そのかぐわしい香りが、確かにあたしの手の中にあった。

「……匂い?」
「それが入り口、でありますな」

 ウールソさんはスンと鼻を鳴らして辺りを見回した。

「目で見て、頭で思って、それで理は描けるやもしれませんな。しかし山の理は人の理の通りにあらず、ましてや理外れも往々にあると来る。理を踏まえて、その上で己の手で、肌で、鼻で、感じ取らねば見えてこないものもありますぞ」

 さっとウールソさんが指さした先、あたしの足元には、気づかない内に踏みつけにしていたキノコがあった。
 さっとあたしの頬に血が上ったのは羞恥からだった。我知り顔で無造作に歩いて、自分の足元にさえ気づかずにいた無頓着をあたしは羞じたのだった。

「羞じるならば上出来。トルンペート殿はよくよく精進なさるでしょうな」
「あ……ありがとうございます」

 あたしは自然と頭を下げていた。それはあたしが女中頭や先生に頭を下げたように、全く頭が上がらない思いからだった。

「うむ、うむ。さて、ま、火の番もありますしな、後は手早く済ませてしまいましょうぞ」

 あたしは覚えたばかりの事を試すように、鼻を使い、肌を使い、それで大いに間違えながら、大いに正していき、そしてついに籠を満たして野営地に戻ってきた。

「やあ、やあ、大量ですな。これは夕餉が楽しみだ」
「今日は、ありがとうございました」
「なんの、なんの」

 ウールソさんはどっかりと腰をおろし、あたしも腰を下ろして少し休んだ。
 火の勢いは衰えていなかった。

「ところで、試験の事を聞かれましたな」
「え、ああ、そう、そうだったわ。結局試験って言うのは、」
作麼生(そもさん)!」

 一喝するような声に、あたしの背筋がびくりとはねた。
 それはたしか神官たちが禅問答をするときに用いる掛け声だった。いかに、とか、どうだ、とか、そのような意味合いの問いかけの掛け声だ。

「お尋ねし申す。トルンペート殿は何ゆえに冒険屋を目指されるのか。作麼生」

 確か返す言葉はこうだ。

「せ、説破(せっぱ)。あたしは別に冒険屋を目指してるわけじゃないわ。ただ、リリオが冒険屋を目指しているから、それを支えたいってだけよ」
「成程成程。ではリリオ殿が今のようにメザーガ殿の膝元にあるだけでなく、本当の冒険屋として旅立つ日が来たあかつきには、トルンペート殿はいかがなされるか。作麼生」

 本当の冒険屋?
 旅立つ日?
 考えてこなかったわけじゃない。
 でも、本当に向き合おうとはしてこなかった問いかけだった。

「……説破。あたしは、あたしはリリオがそうしたいと思う道を支えてあげたい。それが冒険屋だっていうなら、あたしはそれを支えるだけ」
「それがリリオ殿の幸福ではなかったとしてもか」

 幸福?
 リリオの幸福ってなんだ?
 やりたいことをやるってのは幸福じゃないのか?
 でも、そうだ、やりたいことだけやって、その後はどうなんだ。結末はどうなんだ。
 あたしはその時、その結末に責任を持てるのか。その結末を支えたのは自分なのだと胸を張れるのか。

「…………せ、っぱ。リリオの幸福は、あたしが決めることじゃない。リリオの幸福は、リリオが決めることよ。あたしが、リリオが進もうとする道を遮る道理にはならないわ」
「ふむ、ふむ。よろしかろう。ではもう一つお尋ね申す」

 じっと注がれる視線はどこまでも平坦だ。熱くもなく、冷たくもない。正確に推し量るような視線が、恐ろしく重たい。

「何ゆえにトルンペート殿はリリオ殿を支えたいと思うのか」
「それは、それはあたしがリリオに救われたから、」
「そうではない」

 重たい言の葉が、重たい言の刃が、あたしの未熟な答えを切り捨てる。

「何ゆえに、おぬしは、リリオ殿を支えたいとそう思うのか」

 どうして?
 どうしてだ。
 あたしは救われた。
 あたしはリリオに救われた。
 でもそれは答えじゃない。入り口に過ぎない。
 あたしはリリオに救われた。だからリリオに返したい。
 返して、その後は何だというのだ。返すとは何なのだ。あたしは。

 あたしは。

「作麼生」
「せ……せっ、ぱ……」

 あたしは。

「説破」

 あたしは。

()()()()()()()()()()
「ほう」
「あたしはリリオを支えたいから支えるし、支えたいから支えるのよ! なんか文句ある!」
「良い」
「えっ」
「いまはそれでよろしかろう。うむ。若いというものはいいものですな」
「は」
「結構結構」

 あたしはこの寒いのに、顔まで熱くなるのを感じるのだった。





用語解説

・作麼生/説破
 禅問答で用いられる掛け声。作麼生は「いかに?」「どうだい?」など問いかけに用いられる掛け声で、説破は論破と同様、相手を言い負かすという意味で、回答する際に用いられた。

前回のあらすじ
ウールソのしつこい質問に顔を赤らめるトルンペート。
事案だ。



「あてはあるの?」
「勘です!」

 そんな素晴らしくくそったれな会話を経て、私はリリオに気配の読み方というものを教えることになった。
 リリオには野生の直観めいた勘所の良さがあるにはあるが、これが常にうまいこと働いてくれるという保証はない。もう少し正確性の高い感知能力が必要だ。

 とはいえ、私自身、人に教えられるほど気配というものについて詳しいわけではなかった。
 というか、気配ってなんだよというレベルではある。
 この体になってから非常に敏感になって、目をつむっていても人がどこにいるか察せられるようにはなったけれど、それは恐らく物音や、空気の流れといったものを感じ取り、それらの諸情報を脳が総合的に判断して気配という形でとらえているのだと思われる。
 なので実際のところ私は感覚的にこれが気配というものなんだろうなあと漠然ととらえているのであって、人様に教えようにも、リリオの言う通り勘ですとしか言いようがない。

 なので、ここは私にできる形でリリオに新しい索敵方法を教えてあげようと思う。

「リリオ、剣を抜いて」
「剣ですか?」

 するりと抜かれた剣は、素人目に見ても美しいものだ。大具足裾払(アルマアラネオ)とかいう巨大な甲殻類の殻から削り出したとかいう刀身は透き通るような不思議な光沢を帯びていて、それにあとから付け足された霹靂猫魚(トンドルシルウロ)の皮革の柄巻きが、ピリピリと走るような電流を帯びさせて、危険な美しさを感じさせる。
 私が目を付けたのはこの電気だ。

「リリオ、ここに雷精がいる」
「うーん……やっぱり見えません」
「見えなくていい。いる」
「はい。いるんですね」

 私の目には、この刀身に、青白い蛇のようなものがまとわりついているのが見える。これが雷精だ。しかしこれはちょっと大きすぎる。

「魔力を絞って」
「えっと」
「……餌を減らす要領」
「こう……ですかね」
「そう、いい感じ。もう少し、絞っていい……そう、そう」

 精霊は魔力を喰らって力を発揮する。リリオの革鎧が帯びる風精や、この雷精もそうだ。
 単に威力を高めるだけなら魔力をバカバカ食わせるだけでいい。でも今欲しいのは、弱くて、しかし敏感な力だ。

「そのくらいで抑えて」
「ちょっ、と、息苦しいです」
「慣れて」

 刀身にそっと手を伸ばしてみる。雷精はとても細くなり、刀身をシュルシュルと泳ぐように這い回っている。それがインインと耳鳴りのような音を立てている。

「聞こえる?」
「なんか耳が変な感じです」
「その感じ」

 私がリリオに覚えさせたいのは、電場の感覚だ。まずはこれを覚えさせる。
 雷精の宿るこの剣には電場が発生する。電場が動けば電流となり、電流が発生すれば磁場も発生する。試しに方位磁針を近づけて確認したから間違いない。精霊とかいうとんでも法則の世界においても物理法則は並行して働いている。

「目をつぶって」
「はい……んっ、なんですかこれ」
「今、刀身に手を近づけたり離したりしてる。わかる?」
「なんか……ぞわぞわしたり、落ち着いたりしてます」
「その感覚」

 厳密な物理法則を覚えさせる必要はない。大事なのはそうなるという意志だ。意志の力に魔力は従い、魔力の流れに精霊は従う。そして精霊が動けば、自然法則もそれに続く。

 私はしばらくリリオに目をつぶらせたまま、周囲の様子を探らせた。
 この辺りはリリオの直観の鋭さと素直さが役に立つ。非常に、というよりは異常なまでに呑み込みがいい。以前風呂の神官に精霊に愛されているなどと言われていたが、なるほどこれはむしろ精霊の方から積極的に干渉しているのかもしれない。

「えーと、三時の方向、屈んでます」
「じゃあ次……ここ」
「六時の方向、立ってます」
「いい具合」

 さらに調子に乗ってレーダーの理屈をぼんやり聞かせるともなく聞かせてみたところ、こいつ、実践で成功させやがった。

「こう放って……返ってきたのを受け止める。木霊と同じですね」
「自分で説明しておいてなんだけどできるとは思ってなかった」
「えー」
「とにかく、君の剣はこれで立派なアンテナになった」
「あんてな?」
「あー……すごいやつ」
「やった!」

 すごいあほな奴なんだけど、しかしやってることは紛れもなくすごいことなんだよなあ。
 教え始めてまだ三十分も経っていないのだが、すでに電探をマスターしつつある。さっきからずっと目をつむったままだけれど、下生えに足をとられることもなく、すいすいと山道を進んでいる。いまはまだ剣をアンテナ代わりにして持っていなければ使えないようだが、その内、腰に帯びた状態でも問題なく使いこなしそうだ。

(と、いうより……)

 これはむしろ私の想像する以上の精度に仕上がっているかもしれない。
 じっと精霊の流れを見ているのだが、雷精がゆあんゆあんと体の同心円状に薄く広がっているのと同時に、鎧の風精もまたこれを補助するように薄く広がっている。恐らく魔力をそのように広げているので、つられて一緒に広がってしまっているのだろうけれど、これが想定外にいい結果になっている。雷精のもたらす探知結果と、風精のもたらす探知結果が、複合的にとらえられてより正確な探知結果を感じ取っているのだろう。

 私ならばその処理だけで頭がパンクしてしまいそうだが、リリオのいい意味でなんとなくざっくりととらえる感覚が、これをうまく情報として処理しているのだ。

「その内、波紋レーダーとか使いこなせそうだな、こいつ」
「波紋?」
「波紋遣い、いそうなのが怖いよなファンタジー」
「よくわかりませんが、今の私無敵感凄いですよね!」
「確かに、そればかりは手放しでほめられる」

 何しろ今の私、《隠蓑(クローキング)》してるのに居場所バレバレだからね。
 存在していることは隠せない、か。パフィストにも言われたけど、触れられれば居場所がわかるように、今のリリオは電探越しに私に触れているようなものなのだ。これは正直かなり恐ろしい技を教えてしまったなという気持ちだ。

 しかし、恐ろしいなと思うと同時に、面白いなという気持ちもある。これだけ飲み込みがいいなら、私のいい加減な教えでもいろいろと面白い技を覚えてくれそうだ。

「よーし、つぎ電磁防壁いこうか」
「でんじぼうへき?」
「バリアだよバリア」
「ウルウのテンションがえらく高いです」
「ある種のロマンだからねこれは」
「つまり…………格好いいんですね!」
「そう、格好いいんだ!」

 私が次に教え込んだのは、いま周囲に張らせている電界を防御に応用する方法だ。電磁的な攻撃とか光学兵器みたいな重量の軽い攻撃に対する防御壁らしいけど、私もよく知らないし、詳しく説明する必要はないだろう。こうもとんとん拍子に覚えてくれると私も理解したのだ。

 魔法というのは要するに想像力と気合なのだ。

 正確には、このようにしてくれという意図と、魔力の出力の問題だ。
 意図に関しては、リリオの素直さは一つの武器だ。私のざっくりとした説明を何となくで受け止めて、何となーくでそのまま出力してくれる。勿論リリオなりの理解があるんだろうけれど、馬鹿だ馬鹿だとは思いつつもなんだかんだいいとこのお嬢さんだけあって頭は悪くないんだ。
 そして魔力の出力に関しては底なしと言っていいくらい疲れない。
 私の魔力容量とやらも結構あるらしいけれど、トルンペートに聞いたところ、辺境人の中でも一部の貴族は特に、底なしと言っていいほどの化け物じみた魔力を誇るらしい。リリオもその一人だ。
 比較対象があまりないのでよくはわからないが、竜種と同じくらいというのが字面の格好良さだけでないならば、それは相当なエネルギー保有量であるはずだ。

「この電磁防壁って言うのは要するに雷精で作った盾のようなものかな」
「盾、ですか?」
「違う違う、一か所に集めちゃうと爆ぜちゃうだろ。回転させるんだ。最初は手元に集めてみようか」
「うーん?」
「えーと、そうだ、指で円を描くようにして見て、その円状に雷精を走らせてみるんだ」
「こうですね!」
「そうそう、いいぞー、いい感じだ。もうちょっと雷精を強くして」

 私の目にははっきりと、青白い蛇の姿をした雷精が、リリオの手の前で丸い盾状に広がっているのが見える。

「じゃあ小石投げてみるよ」
「どんとこいです!」
「よーしじゃあ…………死ねェッ!」
「死ねぇ!?」

 ちょっと本気度を高めるために強めに投げてみたが、見事に弾き返してくれた。
 自分でやっといてなんだけど、弾けるもんなんだなあ。本当は弾けないのかもしれないが、さすが魔法だ。

「じゃあ次は全身にやってみようか」
「うえ、ぜ、ぜんしん回るんですか?」
「あー、違う。えっと……雷精をさ、自分を中心に球を作るみたいに回転させてみるんだ」
「きゅ、球ですか?」
「うー、あー……あ、繭! 虫が繭作るみたいな感じで!」
「あー……なんとなくわかりました」
「何となくで一発でやれるあたり、君ってホント秀才殺しだよね」

 ゆあんゆあんと耳鳴りのような音を立てながら、リリオの周囲を巡る雷精。でも範囲が広くなったせいかちょっと薄く見える。
 試しに小石を投げてみたが、ちょっと反発は受けるものの通過してしまった。

「うーん……これなら矢避けの加護の方がましだなあ」

 魔力消費が多くて、意識も割かなくてはいけない分、むしろ劣化か。

「でも……」
「でも?」
「でも、これ格好いいですよね!」
「そうなんだよ。格好いいんだよ」

 何しろ私は、《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》などという阿呆の集まりに所属していた浪漫狂い。いまこういう馬鹿をしないでいつ馬鹿をするというのか。

「出力上げて……あとは、こう……粒子的なイメージかな」
「りゅうし?」
「粒っていうか……ただの水の流れより、そこに砂利が混じってた方が痛いじゃない」
「あー……雷精を粒みたいに尖らせて混じらせたら、その砂利みたいに働いてくれるかもってことですね」
「そうそう、そんな感じ」

 二人して地面にがりがりと図を描いたりしながら試行錯誤した結果、出力×回転速度×尖ったイメージの三つによって格段にバリアの硬度は上がった。
 具体的に言うと私のジャブとか弾ける程度には仕上がった。
 ジャブというとしょぼく感じるかもしれないが、一応私はレベル九十九の《暗殺者(アサシン)》だ。正確にはその最上級職の《死神(グリムリーパー)》だけど、とにかくそのレベル九十九のパンチを防げるってこれ、大抵の攻撃防げるんじゃないか。

「これと矢避けの加護併用したらさ」
「はい」
「遠近どっちも効かなくない?」
「ですね」

 長距離からの攻撃は風精が逸らしてロスなく回避。近距離攻撃は電磁防壁で数発なら防げる。

「無敵じゃない?」
「無敵ですね」

 思わず無言でサムズアップしてしまった。
 なんて素敵性能だ。
 今のところかなり意識を持ってかれるので発動まで時間かかるし防御に専念してないとすぐ解けちゃうし、だから移動さえもすり足とかじゃないとできないけど、しかし一応の完成だ。素晴らしい。

「技名……」
「なに?」
「技名とか、決めちゃってもいいのでは……?」
「いい。間違いなくいい」

 私たちはそれから更にしばらくの間、地面に何度か技名案を書いては消し、そしてようやく決定したのがこれだった。

「『超電磁バリアー改』……」
「『超電磁バリアー改』……だな」
「この『改』がいいですよね。一度も改修してませんけど、すごく強そうな感じがします」
「『超』もいいよね。ちょっと安易かなって思ったけど、素直にパワーを感じる」
「すごい『すごみ』を感じます。今までにない何か熱い『すごみ』を」
「叫ぶ? 叫んじゃう?」
「技名叫びます? これ叫んでも怒られません?」
「怒らない怒らない。いまリリオ最高に格好いい」
「よし……行きます!」
「いいよ!」
「『超…電磁、バリアー……改』!!!」

 ぴしゃーん、と激しい音とともに展開されたバリアは突撃してきた角猪(コルナプロ)を見事弾き返していた。

「……えっ」
「……えっ」
「ぶもぉおおおおおおおおッ!!」

 そこには、必殺の突撃を弾き返されて激怒する角猪(コルナプロ)(大)がいたのだった。





用語解説

・格好いい
 すべてに優先される理由。

・無敵
 小学生くらいの年齢の子供が良く陥る謎の万能感。
 大学生くらいの年齢でも、深夜に公園で鬼ごっことかするとこのような高揚感が得られるが、代償として激しい筋肉痛や、おまわりさんに怒られるなどの弊害がある。

・『超電磁バリアー改』
 中身のない名前ほど不思議と心弾むのはなぜだろうか。
 きっとそこにロマンが詰まっているからなのだ。
前回のあらすじ
ウルウの胡散臭い教えにしたがい新技を身に付けていくリリオ。
事案だ。



「やばい、熱中し過ぎて近づいてるのに気づかなかった!」
「あれだけ騒いでたらそりゃ怒りますよね!」
「ぶぅもぉおおおおおおおおッ!!!」

 ウルウが珍しく盛り上がりに盛り上がってしまったので気付けば私もついつい盛り上がりに盛り上がってしまった結果がこれです。
 以前境の森で見かけた個体よりは小型ですけれど、それでも十分に育った立派な角猪(コルナプロ)が、すでに至近距離でこちらをにらみつけています。

「ウルウ! 離れて――ますね、知ってました!」
「うん」

 すでにくろぉきんぐで姿を消して、木の上に早々に退避してました。
 別に構いませんけど、ウルウあのくらいの角猪(コルナプロ)だったら素手で断頭できますよね。境の森のアレ、ウルウの仕業ですよね。
 まあでも、私にどうにかできる相手で、ウルウの手を煩わせるなんてもってのほか。
 ウルウにはいつだって格好いい私だけを見てほしいものです。

 まあ、問題は。

「ウルウ、格好いいですかこれ!」
「すごい格好いい!」
「でもこれ攻撃できないんですけど!」
「知ってた!」
「ウルウ!?」

 この『超電磁バリアー改』、見た目は恐ろしく格好いいですし防御性能も言うことないなのですけれど、問題は私自身は全然動けないうえに、このバリアーの内側から出られないので攻撃のしようがないってことなんですよね。
 あと何発か連続で攻撃貰ったら、私の方の集中が持たず雷精がばらけてバリアーも解けてしまいます。
 その前に、その前に何か……。

「その前に何か格好いい攻撃方法ないですか!?」
「まだその『格好いい』思考できるのはすごいと思う」

 私がなんとか角猪(コルナプロ)の突撃をバリアーで受け止めている間に、ウルウはうんうんと頭をひねって考えてくれます。おそらく、かなり見た目が格好いいやつを……!

「リリオ、ちょっと考えたんだけど」
「何でしょう!?」
「考えてみたらそれ、私たちの晩御飯になるわけだよね」
「そうですね!」
「あんまり格好良さにこだわると、素材としての価値が落ちるのでは……?」
「はうあっ!?」

 そうでした。
 今元気にこちらに体当たりかましてくる角猪(コルナプロ)は今夜のご飯になる予定なのでした。格好良さで言ったら抜群に格好良い、バナナワニを切り伏せた一撃みたいのをぶちかましてしまったら、折角の食べる部分が蒸発してしまいかねません。

 しかし。
 しかしです。

「こ、ここまでやって……ここまで格好いい感じでやって、地味に仕留めるのはなんか納得いきません!」
「わかる」

 たった一言でしたが、そこには深い深い理解の色がありました。いうなればそれは、ウルウ曰くのところの『わかりみ』というやつだったのでしょうか。

「わかった。派手めなエフェクトでかつ地味にダメージを与えられる技を伝授しよう」
「なんかよくわかりませんがよろしくお願いします!」
「ではまず準備のためにバリアーを解くんだ」
「はい!」

 私は早速バリアーを解き、突撃してきた角猪(コルナプロ)を横跳びに回避しました。
 バリアーがない今、直撃を喰らえば危険です。しかしバリアーに意識を割かなくていい分、避けるだけなら正直楽勝です。ぶっちゃけバリアーなしの方が楽に戦える気もします。しかしそれを言ってはいけないのです。なぜならあれは格好いい技だから。

「まず、刀身に雷精を集めるんだ」
「はい!」
「あ、そんなに集めなくていい。この前のみたいに大量には要らない」
「えっ、あ、はい」

 ちょっとがっかりすると、叱られました。

「馬鹿。何でもかんでも大きかったり多かったりするのがえらいわけじゃない」
「す、すみません!」
「少ないコストでスマートに片付ける。これもまた格好いい」
「な、なんかわかりませんけど格好いい響きです!」

 私は程々に雷精を刀身に集めます。

「ではその少ない雷精にだけ魔力を食わせるんだ」
「うえっ?」
「雷精を増やしちゃいけない。あくまで魔力だけ増やすんだ」

 これにはちょっと困りました。私が魔力を増やせば、それにつられて自然と雷精は寄ってきてしまうのです。なので増やしたり減らしたりは簡単でも、一部にだけ魔力を与えたりというのは、精霊の見えない私にはちょっと難しいです。

「えーと、そうだな。あの、あれ。水鉄砲。水鉄砲あるじゃない」
「あります、ねえっ!」

 角猪(コルナプロ)の突進を剣の腹でいなすようにしてかわし、私はウルウの言葉に耳を傾けます。

「水鉄砲は水の量を増やしても、勢いがなかったら威力が出ないでしょう」
「はい!」
「逆に、水の量が少なくても、勢いがあれば威力が出る。ね?」
「はい!」
「雷精が水で、君の魔力が勢いだ。君の魔力で勢いよく雷精を飛ばすイメージだ」
「ん、んんんん……?」
「お、迷いがいい具合に働いたな」

 魔力を手元に集める。でも雷精には呼ばない。一部の雷精にだけ上げる。水鉄砲。
 私の頭の中でぐるぐるとめぐる言葉の羅列。ぐるぐると迷う思考につられるように、刀身を私の魔力が渦巻きます。私の魔力がぐるぐる渦巻き、剣の中にたまっていきます。そうすると、刀身に纏わりついた雷精の()()()()()()が、ぐるぐる渦巻く魔力にくっついて巡り始めます。

「いいぞいいぞ。その調子だ。十分にため込んだなら後は―― 一撃だ」

 ぱり、と刀身に青白い電が爆ぜました。感覚としてわかります、これ以上雷精を呼んじゃいけない。呼ばなくていい。これで十分なんだ。水鉄砲の感覚。ぐうと水を押すあの感覚。魔力を刀身に押し込めていく。雷精を逃がさず刀身に張り付ける。そうすれば雷精は膨れて、膨らんでぱりぱりと爆ぜはじめる。

「わかりました。これが、この感覚が、水鉄砲の感覚……」

 刀身にぴりりと張り詰めた感覚が生まれます。これ以上は雷精が爆ぜてしまう。爆ぜるのは、ぶつけてからだ。

「ぶぅううもぉぉおおおおおおッ!!」

 角猪(コルナプロ)がその金属質の角をこちらに向けて、刺し殺さんと突進を決めてくる。
 勢いは十分。だから私は踏み込むだけでいい。ただの一刀、すれ違うように一撃決めるだけでいい。

 ただの――、一撃。

「『超…電磁、ブレーェエエエエエエドッ』!!!」

 交差する瞬間、角猪(コルナプロ)の角に正確に刀身が吸い込まれ、そして直撃の瞬間、溜めに溜め込んだ()()()が、私の魔力が、雷精を解き放ちます。
 それは瞬間の輝きでした。青白い閃光がぎらりと空を切り、切り刻み、破壊する。
 そして光よりも刹那遅れて、破裂するような轟音が、耳をつんざく。

 どど、どど、と角猪(コルナプロ)はたたらを踏むようにそのまま数歩突き進み、そしてそのままぐらりと倒れこむや、どうと音を立てて地に伏しました。

 私自身いまの交錯で相応の気力と体力を消耗したようで、思わず膝をつきそうになりましたが、なんとかこらえて、角猪(コルナプロ)のむくろを確かめに向かいます。

 反動でぴりぴりとする私が辿り着いたころには、ウルウが倒れ伏した角猪(コルナプロ)を検分しているところでした。
 角猪(コルナプロ)の立派な角は、私の一撃によって根元から叩ききられていましたが、体には傷一つついていません。わずかに額のあたりに焼けたような跡が残りますが、それだって致命傷とは思えないほど軽いものです。

「し……仕留めた、んですか?」
「いや、生きてるよ」
「えっ!?」

 私がぎょっとして剣を構え直すのも気にせず、ウルウは角猪(コルナプロ)の瞼をめくったり、首筋に手を当てたりしています。

「うん、生きてる生きてる。よくやった」
「え……ええ?」
「『超電磁ブレード』だったっけ。本来ならスタンブレードとでも呼ぶべき技だけど」
「すたん、なんですって?」
「ようするにこれはさ、()()()()()()なのさ」
「きぜ、つ……?」

 ウルウは一通り角猪(コルナプロ)の状態を確認すると、いつものようにあのとんでも容量の《自在蔵(ポスタープロ)》にずるりと引きずり込んでしまいました。相変わらず不気味な光景です。

「雷精ってのはとにかくおっかないイメージがあるけどね、私のいたとこじゃもうちょっと安全な使い方があってね。いやまあ、安全でもないか、スタンガンは。とにかく、いろんな使い方ができる力なんだよ」

 ぽかんとしている私の額を小突いて、ウルウは言いました。

「剣を振るうばかりってのもいいけど、使い方を覚えると、存外いろんなことができるものだよ」

 今日だけで索敵と盾と剣と三種類もの使い方を覚えたのですから、それは非常に頷ける話ではありましたけれど。

「最初に説明してくださいよぉ……」

 私はなんだかすっかり疲れてしまったのでした。





用語解説

・わかりみ
 わかりみが深い。

・『超電磁ブレード』
 リリオは咄嗟だったので同じような名前を付けてしまったが、フィーリングが大事だ。強そうというフィーリングが。