前回のあらすじ
哀れ解体され美味しくいただかれることになったバナナワニ。
飯レポにかけるこの情熱は何なのか。
あたしたちは、すっかり油断していた。
警戒というものが頭の中からすっぽ抜けていた。
それは致命的な甘さだった。
鉄橋を破壊する轟音。それに続く爆発音。そして水道内を駆け巡ったあの落雷のような閃光と音。そしていまや焼かれ続けて甘く香ばしい匂いを漂わせ続けるバナナワニの肉。
これだけのことをしておいて、それが何者の注意もひかないなんて、そんなことはあるわけがなかったのよ。
「ウルウ、あんたよくそんな棒っ切れで食べられるわよね」
「私はハシが一番使い慣れてるからなあ」
「確かに、使い慣れると便利そうですよね、それ」
「西の連中にそんな文化があったなあ」
「そろそろ西のご飯も食べてみたい」
「あたし南のも気になるわ。リリオのお母さんの故郷」
「メザーガのくにだな。バナナなんかもあっちのだ」
「甘いもの多いんですか?」
「甘いもんも多いが、香辛料が多くてな、刺激的で辛いもんも多い」
「カレーだな」
「カレー?」
「嫌いな奴がまずいない一つの究極形」
「ウルウがそこまで言うなんて……!」
そんな下らない事を話しながらバナナワニ鍋をつついていると、かんかんかんと鉄橋を踏んで駆け寄る音が聞こえたのだった。
はっとして身構えたけれど、時すでに遅しだったわ。
「おーいお前ら! なんかわからんが大丈、夫……か……?」
「物凄くいい匂いがするわ」
「人が心配して駆け戻ってみれば……!」
それは《潜り者》と《甘き鉄》の面子だったわ。
あの続く轟音にさすがに何か問題があったらしいと察して水上歩行の術を使って駆けつけてくれたみたい。そのことに関しては、思ってたよりも義理堅い連中なのねって感心したけど、さてそんな義理堅い連中をすっかり忘れて美味しいご飯を楽しんでいる私たちはというと、はっきり言って酷いものだった。
ウルウは我関せずとちゃっかり姿を消したし、リリオは「どーもー」と気の抜けた一言を投げた後はひたすら肉を食べ、ガルディストさんは今更ながらにしまったと頭を抱えていた。すっかり忘れてたみたい。
あたし? あたしは追加の肉を切り始めたわ。
お詫びと、共犯者のお出迎えの為に。
盾をそんなことに使うなんてと怒ったのは専業剣士である《甘き鉄》のリーダー、ラリーだけで、他の面子はおおむね感心しているようだった。そのラリーにしても最初の怒りが収まれば成程使いようだなと納得するので、彼もやっぱり冒険屋だった。
燃料切れ甚だしいリリオをそのままに、ガルディストさんはあたしに鍋奉行を任せて他のパーティへの説明に回った。
「つまり、守護者をあんたらだけでやっちまったのか! 無茶したもんだな」
「若いのに軽くぶつからせて、後は逃げるつもりだったんだがな、俺が思ってたより根性のある連中だよ、まったく」
「ありゃすげえ切れ味だな。技かね、いや、剣か? あの轟音か?」
「すまんが企業秘密ってことで」
「いや! いや! そりゃそうだ!」
「ただまあ、それで力尽きちまってな、仕方なしにこうして燃料補給ってとこだ」
「ただの燃料補給にしては、素材はきっちり剥いでいるようだな」
「わかった、わかった、あんたらの分も仕分けるよ」
「そりゃ素材の話か? それとも……」
「仕方ねえなあ、肉もだよ、この人数にゃあ鍋が小さぇからどうすっかな」
「俺の盾も使おう」
「いいのか?」
「使えるもの使うのが冒険屋だろ? さすがに驚いたが……」
「よしきた、《甘き鉄》にはサービスするぜ」
「待て待て、《潜り者》を侮るなよ」
「よし来た、なにが出る」
「打ち上げにと思って氷精晶で冷えた林檎酒を持ち込んでるんだが、どうだね」
「ヒュー! あんたが大将だ!」
「よーし鍋将軍のお通りだ! へっへっへ、重たい荷物はお預かりしやすぜ」
「よきにはからえ」
「へへー!」
そのようにしてあたしたちは二つのパーティを共犯者に巻き込んだ。
ラリーの円盾から装具をはいで追加の竈で暖め、あたしたちは編み出したばかりのスキヤキなるタレの調合をつまびらかに明らかにして、追加の肉を焼き始めた。
このスキヤキはみんなに大いに受けて、バナナワニ鍋だけでなく、牛や豚、鳥といったほかの肉でもできるんじゃないかと大いに盛り上がった。
スキヤキの提案者であるであるウルウが鷹揚に頷いてその通りであると宣言すると、早速それぞれにどんな組み合わせが良いかと議論が始まって、これは少しもしない内に、ヴォーストの街の酒場で大いに流行るだろうってことが想像できたわね。
ただ、ウルウはやっぱり罪深い奴だったわ。
葱やキノコの類を入れることを提案するだけじゃなくて、こいつ、焼きあがった肉を溶き卵で絡めて食べると歯が抜けるほどうまいとか言い出しちゃったのよ。
思い出すように目を細めて、あのとろりとした溶き卵に、とろっとろに仕上がった肉を絡ませると何とも色っぽくて、それをちゅるんはぐはぐっと口に含んだ時の味わいと言ったらもう罪深いというほかないなんて言い出したら、誰だって生唾飲み込むわよ。
それで、どうして俺たちは卵を持ってこなかったんだって苦悩する野郎どもに、悪党顔負けの顔で《自在蔵》から卵をチラ見せする姿と言ったら悪代官もいいところね。
ありふれた卵一個が十三角貨なんて暴利にも食いつかざるを得ないわよ。
さらに取り皿に盃にフォークにと便利アイテムを並べて売り出すさまはもはや悪魔の所業だし、勿論あたしたちはそろって声を大にして悪魔に魂を売ったのだった。
さすがの超大型魔獣であるバナナワニのみっちり詰まった肉も、四人パーティが三つ、十二人の冒険屋の胃袋を前にすると恐ろしい勢いで減っていった。勿論全滅する程ではなかったにせよ、水道局に何と説明しようかという有様にガルディストさんが顎をさすっていると、おもむろに《潜り者》のクロアカが席を外して、そして帰ってきた時には何と監督官がついてきていた。
監督官は優しげな顔にすっかり困惑と呆れとをにじませて、狼狽するあたしたちを「バカモン」と叱りつけたのだった。
「こういう時は抱き込む相手が決まってるでしょう!」
そういうことだった。
あたしたちは大いに食べ、飲み、そして監督官の前で堂々と素材の分け前を相談し、そして調査した分の地形や施設などについて話し合った。
リーダーたちが真面目に話している間、他の面子はもちろん鍋をつつく手を止めなかったし、酒と肉とで生まれた親しみを下地に大いに盛り上がったわ。
「私、南の方でバナナワニ見かけたことあるわよ」
「ほんと、フィンリィ?」
「もっと小さい奴だけどね。雑食で、大きい奴でも一尺くらいかしら」
「ああ、あれか。あれはもっとあっさりした味だったな」
「養殖したらでかくならんかな」
「なるかもしれんな。北部じゃ寒いから難しいかもしれんが」
「もしかしたら寒いから大型化したのかもしれない」
「うん? どういうことだ?」
「私が以前住んでたところでは、ベルクマン・アレンの法則って言ってたんだけど、ほら、熊とかは寒い土地ほど大きくて、暖かい南行くにつれて小型化するんだ」
「成程、確かにそうね。南で見かけた動物って、みんな小さいのよ。でも耳が大きくてかわいかったわ」
「そうそう、それがアレンの法則。熱を逃がすために末端が大きくなるんだ」
「じゃあ寒い方の奴がずんぐりしてるのはその逆ってことか」
「そうそう、熱を逃がさないように」
「はー、なるほどなあ。そうなると甘いのもその流れかもしれん」
「うん? どういうこと?」
「寒いと脂をため込むだろう。バナナワニの甘味はこの脂身ではないかとにらんでるんだ」
「ははあん、なるほど。ため込んだ糖分は冬場の貴重なエネルギーなわけだ」
「その糖分と脂肪分で冬眠するのかもしれんな」
「あとは、三倍体なのかなあ」
「お、今度は何だい」
「バナナの場合、突然変異で種無しの可食部分が多い奴だね。種がないんだけど、株分けで増やせる。魚だと、確か卵をぬるま湯につけると、繁殖できない代わりに大型化する奴」
「ワニだとどうなんだ?」
「ワニ、ワニの三倍体はわからないけど、爬虫類には確か三倍体の奴いたなあ。単為生殖で卵産むやつ」
「そのタンイセイショクってのはなんだい?」
「この場合、雌だけで、雄がいなくても刺激があると卵を産むんだ。遺伝子が同じだから病気に弱いかもだけど」
「イデンシ?」
「生き物の設計図みたいなものでね、」
酒が回ったウルウは、よく喋る。たまに何言っているのかわからない時もあるけど、こうなるといつもより人づきあいが良くなるし、隠れたりもしない。多分相手が誰だかよくわかんなくなってるんじゃないかと思う。なのでそういう時はリリオが必ず隣について、ウルウが変なことしないように見張ってるわね。
あたしたちには何言ってるかわかんないんだけど、学者肌であるらしいクロアカとは話が合うようで、なんだかよくわからない話で盛り上がってる。
最終的にあれだけ巨大だったバナナワニは三分の一くらいになってしまい、革は一部を水道局に渡して、あとは仲良く三等分。牙に関しては実際に倒したあたしたちの優先権が認められて、他のパーティがそれぞれ一人一本ずつ、水道局に数本、残りを全部あたしたちが頂戴することになった。
骨格に関しては、これは揉めたわね。
「是非骨格標本にして局の広間に飾りたい」
「バナナワニの骨は甘味料になると聞く。売るべきだ」
「武器防具にするにゃあちょっと細かすぎるんだよなあ」
「出汁が取れるのでは?」
「出汁……」
「出汁かぁ……」
「骨格標本は出汁ガラでも事足りるのでは」
「名案ごつ」
骨格標本として寄贈することになった。
そして話がひと段落したところでリリオがふと呟いた。
「しばらく餌も食べてないみたいで綺麗でしたし、内臓も美味しいんじゃ」
二次会はもつ鍋になった。
用語解説
・鍋奉行
鍋に関する一切合切を取り仕切る《職業》。
好きでやってる人と割り切ってやっている人で温度が違う。
・鍋将軍
鍋を囲む面子で最も権力ある人。一番良いところをつつくだけで仕事はしない。
・卵一個が十三角貨
ヴォーストにおいては新鮮な卵が身近で手に入り、一個一三角貨かそれ以下で売買される。
およそ十倍かそれ以上の高レートである。
・一尺
ここではおよそ三十センチメートル程度。
・ベルクマン・アレンの法則
本来は、類似する二つの法則であるベルクマンの法則とアレンの法則をつなげて呼ぶ呼称。
ベルクマンの法則とは、簡単に言えば寒冷な土地ほど動物は大型化し、逆に温暖な土地では小型化する法則。これは二乗三乗の法則から言っても、大型化した方が体表面積当たりの体積量が増えるので熱量の放散が防げるためであろうとされる。
アレンの法則とは、寒冷地の動物は末端部分、つまり耳などが小さくなり、逆に温暖地では大きくなる法則。これは寒冷地では表面積を減らして熱放散を抑え、温暖地では逆に表面積を増やして熱放散を助けるためとされる。
・三倍体
ごく簡単に言うと、通常二組の染色体をもつところ(二倍体)、三組持つ(三倍体)生き物。
植物では珍しくない。
哀れ解体され美味しくいただかれることになったバナナワニ。
飯レポにかけるこの情熱は何なのか。
あたしたちは、すっかり油断していた。
警戒というものが頭の中からすっぽ抜けていた。
それは致命的な甘さだった。
鉄橋を破壊する轟音。それに続く爆発音。そして水道内を駆け巡ったあの落雷のような閃光と音。そしていまや焼かれ続けて甘く香ばしい匂いを漂わせ続けるバナナワニの肉。
これだけのことをしておいて、それが何者の注意もひかないなんて、そんなことはあるわけがなかったのよ。
「ウルウ、あんたよくそんな棒っ切れで食べられるわよね」
「私はハシが一番使い慣れてるからなあ」
「確かに、使い慣れると便利そうですよね、それ」
「西の連中にそんな文化があったなあ」
「そろそろ西のご飯も食べてみたい」
「あたし南のも気になるわ。リリオのお母さんの故郷」
「メザーガのくにだな。バナナなんかもあっちのだ」
「甘いもの多いんですか?」
「甘いもんも多いが、香辛料が多くてな、刺激的で辛いもんも多い」
「カレーだな」
「カレー?」
「嫌いな奴がまずいない一つの究極形」
「ウルウがそこまで言うなんて……!」
そんな下らない事を話しながらバナナワニ鍋をつついていると、かんかんかんと鉄橋を踏んで駆け寄る音が聞こえたのだった。
はっとして身構えたけれど、時すでに遅しだったわ。
「おーいお前ら! なんかわからんが大丈、夫……か……?」
「物凄くいい匂いがするわ」
「人が心配して駆け戻ってみれば……!」
それは《潜り者》と《甘き鉄》の面子だったわ。
あの続く轟音にさすがに何か問題があったらしいと察して水上歩行の術を使って駆けつけてくれたみたい。そのことに関しては、思ってたよりも義理堅い連中なのねって感心したけど、さてそんな義理堅い連中をすっかり忘れて美味しいご飯を楽しんでいる私たちはというと、はっきり言って酷いものだった。
ウルウは我関せずとちゃっかり姿を消したし、リリオは「どーもー」と気の抜けた一言を投げた後はひたすら肉を食べ、ガルディストさんは今更ながらにしまったと頭を抱えていた。すっかり忘れてたみたい。
あたし? あたしは追加の肉を切り始めたわ。
お詫びと、共犯者のお出迎えの為に。
盾をそんなことに使うなんてと怒ったのは専業剣士である《甘き鉄》のリーダー、ラリーだけで、他の面子はおおむね感心しているようだった。そのラリーにしても最初の怒りが収まれば成程使いようだなと納得するので、彼もやっぱり冒険屋だった。
燃料切れ甚だしいリリオをそのままに、ガルディストさんはあたしに鍋奉行を任せて他のパーティへの説明に回った。
「つまり、守護者をあんたらだけでやっちまったのか! 無茶したもんだな」
「若いのに軽くぶつからせて、後は逃げるつもりだったんだがな、俺が思ってたより根性のある連中だよ、まったく」
「ありゃすげえ切れ味だな。技かね、いや、剣か? あの轟音か?」
「すまんが企業秘密ってことで」
「いや! いや! そりゃそうだ!」
「ただまあ、それで力尽きちまってな、仕方なしにこうして燃料補給ってとこだ」
「ただの燃料補給にしては、素材はきっちり剥いでいるようだな」
「わかった、わかった、あんたらの分も仕分けるよ」
「そりゃ素材の話か? それとも……」
「仕方ねえなあ、肉もだよ、この人数にゃあ鍋が小さぇからどうすっかな」
「俺の盾も使おう」
「いいのか?」
「使えるもの使うのが冒険屋だろ? さすがに驚いたが……」
「よしきた、《甘き鉄》にはサービスするぜ」
「待て待て、《潜り者》を侮るなよ」
「よし来た、なにが出る」
「打ち上げにと思って氷精晶で冷えた林檎酒を持ち込んでるんだが、どうだね」
「ヒュー! あんたが大将だ!」
「よーし鍋将軍のお通りだ! へっへっへ、重たい荷物はお預かりしやすぜ」
「よきにはからえ」
「へへー!」
そのようにしてあたしたちは二つのパーティを共犯者に巻き込んだ。
ラリーの円盾から装具をはいで追加の竈で暖め、あたしたちは編み出したばかりのスキヤキなるタレの調合をつまびらかに明らかにして、追加の肉を焼き始めた。
このスキヤキはみんなに大いに受けて、バナナワニ鍋だけでなく、牛や豚、鳥といったほかの肉でもできるんじゃないかと大いに盛り上がった。
スキヤキの提案者であるであるウルウが鷹揚に頷いてその通りであると宣言すると、早速それぞれにどんな組み合わせが良いかと議論が始まって、これは少しもしない内に、ヴォーストの街の酒場で大いに流行るだろうってことが想像できたわね。
ただ、ウルウはやっぱり罪深い奴だったわ。
葱やキノコの類を入れることを提案するだけじゃなくて、こいつ、焼きあがった肉を溶き卵で絡めて食べると歯が抜けるほどうまいとか言い出しちゃったのよ。
思い出すように目を細めて、あのとろりとした溶き卵に、とろっとろに仕上がった肉を絡ませると何とも色っぽくて、それをちゅるんはぐはぐっと口に含んだ時の味わいと言ったらもう罪深いというほかないなんて言い出したら、誰だって生唾飲み込むわよ。
それで、どうして俺たちは卵を持ってこなかったんだって苦悩する野郎どもに、悪党顔負けの顔で《自在蔵》から卵をチラ見せする姿と言ったら悪代官もいいところね。
ありふれた卵一個が十三角貨なんて暴利にも食いつかざるを得ないわよ。
さらに取り皿に盃にフォークにと便利アイテムを並べて売り出すさまはもはや悪魔の所業だし、勿論あたしたちはそろって声を大にして悪魔に魂を売ったのだった。
さすがの超大型魔獣であるバナナワニのみっちり詰まった肉も、四人パーティが三つ、十二人の冒険屋の胃袋を前にすると恐ろしい勢いで減っていった。勿論全滅する程ではなかったにせよ、水道局に何と説明しようかという有様にガルディストさんが顎をさすっていると、おもむろに《潜り者》のクロアカが席を外して、そして帰ってきた時には何と監督官がついてきていた。
監督官は優しげな顔にすっかり困惑と呆れとをにじませて、狼狽するあたしたちを「バカモン」と叱りつけたのだった。
「こういう時は抱き込む相手が決まってるでしょう!」
そういうことだった。
あたしたちは大いに食べ、飲み、そして監督官の前で堂々と素材の分け前を相談し、そして調査した分の地形や施設などについて話し合った。
リーダーたちが真面目に話している間、他の面子はもちろん鍋をつつく手を止めなかったし、酒と肉とで生まれた親しみを下地に大いに盛り上がったわ。
「私、南の方でバナナワニ見かけたことあるわよ」
「ほんと、フィンリィ?」
「もっと小さい奴だけどね。雑食で、大きい奴でも一尺くらいかしら」
「ああ、あれか。あれはもっとあっさりした味だったな」
「養殖したらでかくならんかな」
「なるかもしれんな。北部じゃ寒いから難しいかもしれんが」
「もしかしたら寒いから大型化したのかもしれない」
「うん? どういうことだ?」
「私が以前住んでたところでは、ベルクマン・アレンの法則って言ってたんだけど、ほら、熊とかは寒い土地ほど大きくて、暖かい南行くにつれて小型化するんだ」
「成程、確かにそうね。南で見かけた動物って、みんな小さいのよ。でも耳が大きくてかわいかったわ」
「そうそう、それがアレンの法則。熱を逃がすために末端が大きくなるんだ」
「じゃあ寒い方の奴がずんぐりしてるのはその逆ってことか」
「そうそう、熱を逃がさないように」
「はー、なるほどなあ。そうなると甘いのもその流れかもしれん」
「うん? どういうこと?」
「寒いと脂をため込むだろう。バナナワニの甘味はこの脂身ではないかとにらんでるんだ」
「ははあん、なるほど。ため込んだ糖分は冬場の貴重なエネルギーなわけだ」
「その糖分と脂肪分で冬眠するのかもしれんな」
「あとは、三倍体なのかなあ」
「お、今度は何だい」
「バナナの場合、突然変異で種無しの可食部分が多い奴だね。種がないんだけど、株分けで増やせる。魚だと、確か卵をぬるま湯につけると、繁殖できない代わりに大型化する奴」
「ワニだとどうなんだ?」
「ワニ、ワニの三倍体はわからないけど、爬虫類には確か三倍体の奴いたなあ。単為生殖で卵産むやつ」
「そのタンイセイショクってのはなんだい?」
「この場合、雌だけで、雄がいなくても刺激があると卵を産むんだ。遺伝子が同じだから病気に弱いかもだけど」
「イデンシ?」
「生き物の設計図みたいなものでね、」
酒が回ったウルウは、よく喋る。たまに何言っているのかわからない時もあるけど、こうなるといつもより人づきあいが良くなるし、隠れたりもしない。多分相手が誰だかよくわかんなくなってるんじゃないかと思う。なのでそういう時はリリオが必ず隣について、ウルウが変なことしないように見張ってるわね。
あたしたちには何言ってるかわかんないんだけど、学者肌であるらしいクロアカとは話が合うようで、なんだかよくわからない話で盛り上がってる。
最終的にあれだけ巨大だったバナナワニは三分の一くらいになってしまい、革は一部を水道局に渡して、あとは仲良く三等分。牙に関しては実際に倒したあたしたちの優先権が認められて、他のパーティがそれぞれ一人一本ずつ、水道局に数本、残りを全部あたしたちが頂戴することになった。
骨格に関しては、これは揉めたわね。
「是非骨格標本にして局の広間に飾りたい」
「バナナワニの骨は甘味料になると聞く。売るべきだ」
「武器防具にするにゃあちょっと細かすぎるんだよなあ」
「出汁が取れるのでは?」
「出汁……」
「出汁かぁ……」
「骨格標本は出汁ガラでも事足りるのでは」
「名案ごつ」
骨格標本として寄贈することになった。
そして話がひと段落したところでリリオがふと呟いた。
「しばらく餌も食べてないみたいで綺麗でしたし、内臓も美味しいんじゃ」
二次会はもつ鍋になった。
用語解説
・鍋奉行
鍋に関する一切合切を取り仕切る《職業》。
好きでやってる人と割り切ってやっている人で温度が違う。
・鍋将軍
鍋を囲む面子で最も権力ある人。一番良いところをつつくだけで仕事はしない。
・卵一個が十三角貨
ヴォーストにおいては新鮮な卵が身近で手に入り、一個一三角貨かそれ以下で売買される。
およそ十倍かそれ以上の高レートである。
・一尺
ここではおよそ三十センチメートル程度。
・ベルクマン・アレンの法則
本来は、類似する二つの法則であるベルクマンの法則とアレンの法則をつなげて呼ぶ呼称。
ベルクマンの法則とは、簡単に言えば寒冷な土地ほど動物は大型化し、逆に温暖な土地では小型化する法則。これは二乗三乗の法則から言っても、大型化した方が体表面積当たりの体積量が増えるので熱量の放散が防げるためであろうとされる。
アレンの法則とは、寒冷地の動物は末端部分、つまり耳などが小さくなり、逆に温暖地では大きくなる法則。これは寒冷地では表面積を減らして熱放散を抑え、温暖地では逆に表面積を増やして熱放散を助けるためとされる。
・三倍体
ごく簡単に言うと、通常二組の染色体をもつところ(二倍体)、三組持つ(三倍体)生き物。
植物では珍しくない。