前回のあらすじ
薄給のおっさんから毟れるだけ毟った女子三人。
いよいよ冒険屋らしい仕事が舞い込んできたが……。
ガルディストというのは土蜘蛛の地潜とかいう氏族の男だった。この種族は女性より男性の方が小柄で、彼もご多分に漏れず小柄な方だったが、それは同族の女性と比べればということであって、やややせ型であることを除けばそこらの男と大差はなかった。
むしろ、その筋肉のつくりは針金でもより合わせたようで、鋭い。
また軽薄そうな第一印象とは裏腹に、堅実さと知性がまなざしに伺える。
彼はメザーガのパーティの野伏だ。
野伏とは何かと聞いてみたら、リリオが説明するところによれば、宝箱を開けたり、罠を解除したりが得意な手先の器用な奴のことで、遺跡の探索にはまず欠かせないという。つまりゲームでいえば《盗賊》にあたる《職業》だろう。
盗賊って言うと、やっぱり聞こえが悪いし、野伏っていうのには、まあ、そこまで悪い印象は沸かない。
そんなことを言う私は《盗賊》上がりの《暗殺者》上がりの死神なわけで、まあ、よっぽどだな。
まあ、なんにせよ油断のならない男だというのが私の印象だった。
今回の面倒ごともとい仕事を持ち込んできた時だってそうだった。
どこからの依頼か、誰とやることになるのか、そういうことを、聞くまで答えようとしないってのは、ちょっとフェアじゃないだろう。
まあ、そのくらいには私たちのことを警戒しているともいえるし、試しているともいえるのかもしれないけど。
他所のパーティについて知らないというのは、半分嘘だろう。事務所を知ってれば、どんな連中が選ばれるだろうかってのは予想がつくはずだ。地下水道なんて限定された場所なら特にね。
でも濁したのは、なんだろうか、大したことがない連中だからか、それとも面倒な奴がいるからか。
依頼がどこからってのも大事だ。
私も最近本で知ったことだけど、冒険屋組合ってのは少し特殊で、危険な事や、そうなるだろう見込みが大きいことに対しては、他の組合の領分を犯して、頭ごなしに指示を出す権利が街に認められているらしい。
そりゃそうだ。一等危険に慣れている奴らが、危険に対して権利を持つのは正しい。
ただこれは、逆に言えばそういう見込みが少ないか、確認できない時は、指をくわえているしかできないってことでもある。
今回の依頼は水道の管理局から。
これは難しい。危険がない、ってわけじゃない。何しろ未踏の場所なのだから、危険はあるかもしれない。ありそうだ。でも確証はないから、冒険屋組合は首を突っ込めない。
そうなると、冒険の上り、つまり道中見つけたお宝なんかは水道のものだからって理屈で、局の監視員にはねられるのは間違いない。その癖、仮に危険な魔獣なんかが出てもそれも仕事の内だからって私たちは対処しなくてはならない。
《三輪百合》が、正確には私が呼ばれたのはそれが理由だ。
《三輪百合》は力量においてはすでに実証済みで、そして私は大容量の《自在蔵》持ちということになっている。
監督官も《自在蔵》の中身まで改めることなんてできやしない。だから、つまり、そういうことだ。いくらかがめて来いって話なんだろうね。
という予想を後で話してみたら、リリオは感心し、トルンペートは呆れた。
「あんたいっつもそんな面倒なこと考えてるの?」
「考えてない奴はこうなる」
「え?」
「あたしももっと考えるようにするわ」
「え?」
「そうしておくれ」
リリオは素晴らしいリーダーだ。パーティメンバーの絆をまた一つ強めてくれた。
ともあれ、地下水道だ。
私からすると水道ってのはただの水道でしかないんだけど、この世界ではどうにもそうではないらしい。
というのも、簡単な――それでもローマ水道レベルのものなら、一から作ることも難しくはない程度の技術力はあるらしい。
しかし、ある程度の大きな都市は、基本的にかつて存在した古代王国の残した非常にハイテクな水道に頼っているらしい。そしてこれがまた戦争やらなんやらで地図や操作手順が紛失していることが多いらしく、一応動くけど細かいことはわからない、というレベルらしい。
なのでいまだに冒険屋たちが潜っては長い間の内に住み着いた魔獣を退治するだけでなく、もともとの機構として存在する獣避けや侵入者避けのトラップを解除し、全容の不明な遺跡をちまちまと攻略しているというのが実情らしい。
わーお。足元にダンジョンがあるわけだ。
今回の依頼は、そんな地下ダンジョンに未探検の通路が見つかったから一寸行って調べて来いよというものらしい。
試しに依頼料を聞いてみたらこれがなかなか悪くない。
悪く無さすぎて不安になったので一応相場について確認してみたら、リリオが意気揚々と穴守なるものについて語ってくれた。
なんでも地下水道をはじめ古代遺跡には、侵入者を排除するための機械仕掛けの守護者や強力な魔獣が置かれている場合が多いらしく、ライフラインの一つである地下水道とはいえ、古代遺跡であるからにはそういうのが出てくる可能性は高いらしい。
そりゃ依頼料も弾むわ。
というか危険があるなら冒険屋組合呼んで来いよと思ったのだが、そこは穴守がいるとは限らないとか確率だけなら低い方だとか職権の侵害だとか、まあいろいろ面倒臭い政治があるらしい。
冒険屋組合だけ割を食っているように見えるけれど、冒険屋組合がいるから水道局は自前の地下水道掃除屋を育成できないとかそういう部分もあるらしい。
面倒臭い。
なんでファンタジー世界でそんな政治を聞かにゃならんのだ。
ともあれ、だ。
いままで精々ファンタジー飯に舌鼓を打つ程度だったのだ。
ある意味、ようやくファンタジーらしい冒険をする時が来たようだ。
リリオが。
私? 私はもちろん三歩位後ろで見てるよ。
私たちはそのようにして依頼を受けることを決めて、何かと詳しいリリオの意見を程々に参考にしながら必要な物を買いそろえて、私のインベントリに放り込んだ。
何しろこの世界の物品は重量設定がゼロなのかnullなのか、幾ら入れても制限に引っかからないうえ、中に入れると時間の進みが止まるようなので、こういう時に非常にお役立ちなのだ。
腐るかもしれない生鮮食品も、使わないかもしれないアイテムも、まとめてポイだ。
以前はできるだけリリオが一人でできるようにとあまり手を貸さないようにしていたけれど、トルンペートも合流し、私もなし崩しについていくほかないとなると、荷物持ちくらいは致し方ないという妥協だ。
第一荷物で動けなくなってゲームオーバーなんてのは見ていても面白くない。
リアリティより面白さ優先のライトユーザーなのだ、私は。
まあ、なんにせよ私が手を貸すのは最小限、これは譲れない。
さて、依頼の日を翌日に控えて、私たちは事務所の寮で軽く作戦というか、行動指針を立てて、歯を磨いて休むことにした。
当初二人部屋だったこの部屋に三人分のベッドを詰め込むのは無理があった。かといってもう一部屋頼もうとしたら家賃をちらつかされた。別に払ってもいいのだけれど、節約を心掛けていかないと後が怖い。
ソファを使って三交代制にするとか、一つのベッドを二人で使うとか、いろいろなすったもんだがあった挙句、リリオが疲れた目で閃いてくれた。
「三次元的にはまだ空間があります」
と。
最初は何をトチ狂ったのかと思ったがわけはない。
要するにベッドを置くスペースがないならベッドを重ねてしまおうという、つまり二段ベッドの発想だった。
私たちは試行錯誤してDIYを果たし、多少いびつで不安定ながらもまあ私が寝るわけじゃないしいいかなという完成度でもって二段ベッドを作り上げ、この上段をリリオが、下段をトルンペートが使うことになった。
お嬢様の上に寝るなどとても恐れ多いなどと持ち上げられて意気揚々と二段ベッドの上段に喜んでいたリリオだが、まあ、トルンペートはわかってるよなあ。二段ベッドって下の方が便利なんだよね。ベッド下に物置けるし、出入りも楽だし。
会社の仮眠室が二段ベッドで、しばらくの間半ば住み着いたことあるからよく知ってる。
そんな経緯で積み上げられた二段ベッドに入ってからもしばらくの間、リリオは遠足前の子供のように眠れないらしく何度も寝返りを打っていた。トルンペートは寝るのも仕事の内と言わんばかりにすぐに寝息を立て始めた。
私はというと、私も実は少し興奮して寝付けなかった。
何しろ初めての冒険らしい冒険だ。何しろ初めてのダンジョンだ。
《ウェストミンスターの目覚し時計》を二度チェックしてから、私は冴える目を無理やり押さえつけて眠りについたのだった。
用語解説
・野伏
ゲームでいう《盗賊》に相当する職業。罠や扉、宝箱の解除・開錠を得意とする他、手先が器用な職業。閠も《盗賊》時代に獲得したスキルで似たようなことはできるが、経験が違うため恐らく劣る。
薄給のおっさんから毟れるだけ毟った女子三人。
いよいよ冒険屋らしい仕事が舞い込んできたが……。
ガルディストというのは土蜘蛛の地潜とかいう氏族の男だった。この種族は女性より男性の方が小柄で、彼もご多分に漏れず小柄な方だったが、それは同族の女性と比べればということであって、やややせ型であることを除けばそこらの男と大差はなかった。
むしろ、その筋肉のつくりは針金でもより合わせたようで、鋭い。
また軽薄そうな第一印象とは裏腹に、堅実さと知性がまなざしに伺える。
彼はメザーガのパーティの野伏だ。
野伏とは何かと聞いてみたら、リリオが説明するところによれば、宝箱を開けたり、罠を解除したりが得意な手先の器用な奴のことで、遺跡の探索にはまず欠かせないという。つまりゲームでいえば《盗賊》にあたる《職業》だろう。
盗賊って言うと、やっぱり聞こえが悪いし、野伏っていうのには、まあ、そこまで悪い印象は沸かない。
そんなことを言う私は《盗賊》上がりの《暗殺者》上がりの死神なわけで、まあ、よっぽどだな。
まあ、なんにせよ油断のならない男だというのが私の印象だった。
今回の面倒ごともとい仕事を持ち込んできた時だってそうだった。
どこからの依頼か、誰とやることになるのか、そういうことを、聞くまで答えようとしないってのは、ちょっとフェアじゃないだろう。
まあ、そのくらいには私たちのことを警戒しているともいえるし、試しているともいえるのかもしれないけど。
他所のパーティについて知らないというのは、半分嘘だろう。事務所を知ってれば、どんな連中が選ばれるだろうかってのは予想がつくはずだ。地下水道なんて限定された場所なら特にね。
でも濁したのは、なんだろうか、大したことがない連中だからか、それとも面倒な奴がいるからか。
依頼がどこからってのも大事だ。
私も最近本で知ったことだけど、冒険屋組合ってのは少し特殊で、危険な事や、そうなるだろう見込みが大きいことに対しては、他の組合の領分を犯して、頭ごなしに指示を出す権利が街に認められているらしい。
そりゃそうだ。一等危険に慣れている奴らが、危険に対して権利を持つのは正しい。
ただこれは、逆に言えばそういう見込みが少ないか、確認できない時は、指をくわえているしかできないってことでもある。
今回の依頼は水道の管理局から。
これは難しい。危険がない、ってわけじゃない。何しろ未踏の場所なのだから、危険はあるかもしれない。ありそうだ。でも確証はないから、冒険屋組合は首を突っ込めない。
そうなると、冒険の上り、つまり道中見つけたお宝なんかは水道のものだからって理屈で、局の監視員にはねられるのは間違いない。その癖、仮に危険な魔獣なんかが出てもそれも仕事の内だからって私たちは対処しなくてはならない。
《三輪百合》が、正確には私が呼ばれたのはそれが理由だ。
《三輪百合》は力量においてはすでに実証済みで、そして私は大容量の《自在蔵》持ちということになっている。
監督官も《自在蔵》の中身まで改めることなんてできやしない。だから、つまり、そういうことだ。いくらかがめて来いって話なんだろうね。
という予想を後で話してみたら、リリオは感心し、トルンペートは呆れた。
「あんたいっつもそんな面倒なこと考えてるの?」
「考えてない奴はこうなる」
「え?」
「あたしももっと考えるようにするわ」
「え?」
「そうしておくれ」
リリオは素晴らしいリーダーだ。パーティメンバーの絆をまた一つ強めてくれた。
ともあれ、地下水道だ。
私からすると水道ってのはただの水道でしかないんだけど、この世界ではどうにもそうではないらしい。
というのも、簡単な――それでもローマ水道レベルのものなら、一から作ることも難しくはない程度の技術力はあるらしい。
しかし、ある程度の大きな都市は、基本的にかつて存在した古代王国の残した非常にハイテクな水道に頼っているらしい。そしてこれがまた戦争やらなんやらで地図や操作手順が紛失していることが多いらしく、一応動くけど細かいことはわからない、というレベルらしい。
なのでいまだに冒険屋たちが潜っては長い間の内に住み着いた魔獣を退治するだけでなく、もともとの機構として存在する獣避けや侵入者避けのトラップを解除し、全容の不明な遺跡をちまちまと攻略しているというのが実情らしい。
わーお。足元にダンジョンがあるわけだ。
今回の依頼は、そんな地下ダンジョンに未探検の通路が見つかったから一寸行って調べて来いよというものらしい。
試しに依頼料を聞いてみたらこれがなかなか悪くない。
悪く無さすぎて不安になったので一応相場について確認してみたら、リリオが意気揚々と穴守なるものについて語ってくれた。
なんでも地下水道をはじめ古代遺跡には、侵入者を排除するための機械仕掛けの守護者や強力な魔獣が置かれている場合が多いらしく、ライフラインの一つである地下水道とはいえ、古代遺跡であるからにはそういうのが出てくる可能性は高いらしい。
そりゃ依頼料も弾むわ。
というか危険があるなら冒険屋組合呼んで来いよと思ったのだが、そこは穴守がいるとは限らないとか確率だけなら低い方だとか職権の侵害だとか、まあいろいろ面倒臭い政治があるらしい。
冒険屋組合だけ割を食っているように見えるけれど、冒険屋組合がいるから水道局は自前の地下水道掃除屋を育成できないとかそういう部分もあるらしい。
面倒臭い。
なんでファンタジー世界でそんな政治を聞かにゃならんのだ。
ともあれ、だ。
いままで精々ファンタジー飯に舌鼓を打つ程度だったのだ。
ある意味、ようやくファンタジーらしい冒険をする時が来たようだ。
リリオが。
私? 私はもちろん三歩位後ろで見てるよ。
私たちはそのようにして依頼を受けることを決めて、何かと詳しいリリオの意見を程々に参考にしながら必要な物を買いそろえて、私のインベントリに放り込んだ。
何しろこの世界の物品は重量設定がゼロなのかnullなのか、幾ら入れても制限に引っかからないうえ、中に入れると時間の進みが止まるようなので、こういう時に非常にお役立ちなのだ。
腐るかもしれない生鮮食品も、使わないかもしれないアイテムも、まとめてポイだ。
以前はできるだけリリオが一人でできるようにとあまり手を貸さないようにしていたけれど、トルンペートも合流し、私もなし崩しについていくほかないとなると、荷物持ちくらいは致し方ないという妥協だ。
第一荷物で動けなくなってゲームオーバーなんてのは見ていても面白くない。
リアリティより面白さ優先のライトユーザーなのだ、私は。
まあ、なんにせよ私が手を貸すのは最小限、これは譲れない。
さて、依頼の日を翌日に控えて、私たちは事務所の寮で軽く作戦というか、行動指針を立てて、歯を磨いて休むことにした。
当初二人部屋だったこの部屋に三人分のベッドを詰め込むのは無理があった。かといってもう一部屋頼もうとしたら家賃をちらつかされた。別に払ってもいいのだけれど、節約を心掛けていかないと後が怖い。
ソファを使って三交代制にするとか、一つのベッドを二人で使うとか、いろいろなすったもんだがあった挙句、リリオが疲れた目で閃いてくれた。
「三次元的にはまだ空間があります」
と。
最初は何をトチ狂ったのかと思ったがわけはない。
要するにベッドを置くスペースがないならベッドを重ねてしまおうという、つまり二段ベッドの発想だった。
私たちは試行錯誤してDIYを果たし、多少いびつで不安定ながらもまあ私が寝るわけじゃないしいいかなという完成度でもって二段ベッドを作り上げ、この上段をリリオが、下段をトルンペートが使うことになった。
お嬢様の上に寝るなどとても恐れ多いなどと持ち上げられて意気揚々と二段ベッドの上段に喜んでいたリリオだが、まあ、トルンペートはわかってるよなあ。二段ベッドって下の方が便利なんだよね。ベッド下に物置けるし、出入りも楽だし。
会社の仮眠室が二段ベッドで、しばらくの間半ば住み着いたことあるからよく知ってる。
そんな経緯で積み上げられた二段ベッドに入ってからもしばらくの間、リリオは遠足前の子供のように眠れないらしく何度も寝返りを打っていた。トルンペートは寝るのも仕事の内と言わんばかりにすぐに寝息を立て始めた。
私はというと、私も実は少し興奮して寝付けなかった。
何しろ初めての冒険らしい冒険だ。何しろ初めてのダンジョンだ。
《ウェストミンスターの目覚し時計》を二度チェックしてから、私は冴える目を無理やり押さえつけて眠りについたのだった。
用語解説
・野伏
ゲームでいう《盗賊》に相当する職業。罠や扉、宝箱の解除・開錠を得意とする他、手先が器用な職業。閠も《盗賊》時代に獲得したスキルで似たようなことはできるが、経験が違うため恐らく劣る。