前回のあらすじ
ウルウの本性を探ろうと鉄砲魚の群れをけしかけるトルンペートであったが、やり方が荒いのは辺境のならいなのだろうか。
トルンペートに連れられて向かった渓谷で、私たちを襲ったのは鉄砲魚の群れでした。
先程一発喰らった感じはごつんと殴られたくらいのものでしたけれど、これが良く育った射星魚となると、鉄の装備さえ貫くほどの水鉄砲となるようで、そうなると勿論受けるわけにはいきません。
とはいえ。
「わひゃ、うひゃ、ひぇっ」
「おっと。よっ。ほっ」
次々に放たれる水鉄砲のどれが受けても大丈夫なもので、どれが喰らったらまずいものか見た目では全く分かりませんから、とにかく全部避けるほかありません。
ウルウなんかはいつも通りあの気持ち悪いくらいぬるぬるした動きで平然と避けますし、トルンペートも武装女中だけあってするすると危なげなく避けてしまいます。
その中で私一人だけ必死で避けてるの、なんかすごく納得いきません。
「あのさあ」
「なんでございましょう」
「君のお目付け相手、そろそろダウンしそうなんだけど」
「左様でございますねえ」
「お目付けで、護衛なんじゃないの?」
「これで少しは懲りていただけたらなあ、と」
「感心しないやり方だね」
「左様ですか」
暢気に話してないでくださいよ、と突っ込もうとしたところで、気が緩んだのか一発貰って体勢が崩れました。
幸いこの一発は威力が低いものだったようですけれど、それでもすっかり体は崩れ、立て直すのに精いっぱいで次を避ける自信はありません。
今度こそ穴あき乾酪になってしまうのか、と体をこわばらせた瞬間、ふわりと柔らかな腕の中にからめとられ、ぐるんと視界がひっくり返りました。
「気持ちはわかるけど、感心しないよ。気持ちは痛いほどわかるけど」
「わたくしも不満なやり方ではございますが、気持ちを察していただいてうれしゅうございます」
「せめてもう少しいたわって!」
麦袋でも担ぐようにウルウの肩に担がれた私は、さかさまの視界で文句を言ってみましたが、気にも留めてもらえません。どうもこの二人、あまり仲がよさそうには見えないのに、妙な所で意気投合してしまったようです。そんなに私、迷惑かけてましたでしょうか。
しかし、こうしてウルウに担がれる形でウルウの動きを体験してみると、改めてその出鱈目具合がわかります。
トルンペートの動きはまだわかります。するりするりと避けていますが、その動きはきちんとした予測と、的確な脚運びによって成し遂げられています。
ところがウルウときたら、ほとんど適当で場当たりとしか思えないのに、水鉄砲が飛んで来るや否や足を上げたり背を曲げたり屈んでみたり飛び上がってみたり、曲芸じみた動きでぬるぬるかわします。
おかげで担ぎ上げられた私はその予想不能の滅茶苦茶な動きに翻弄され、朝ご飯が徐々に込み上げてくる始末です。
「う、ウルウ、はやく、はやくしてください、このままでは乙女の危機です!」
「いまさら何を」
「真顔で!」
私たちがそんな掛け合いをしている間に、トルンペートは細縄のついた短刀を手にとるや、ひゅうと一閃、川面に投げ込み瞬く間に一匹の大きな鉄砲魚を仕留めてしまいました。一抱えもありそうな巨体と言い、まず間違いなくあれなるが乙種魔獣の射星魚でしょう。ひょうと釣り上げてしまう様は釣り人裸足で、釣竿いらずな便利な技です。
数いる中から正確に標的を絞り込み、そしてまた水中の相手に的確に短刀を投擲する技量の何と見事な事でしょう。
「ウルウ、うるうもなんかこう、手早くお願いします!」
「ごめん、どれかわかんない」
「そげな!」
思わずお国言葉が出るほどショックです。でも責めるに責められません。私にだってまるでわかりませんもの。というか、水中で移動し続ける似たような的を相手に見当をつけられたトルンペートがすごすぎます。
しかし、しかしそれでもなるべく急いでもらわなければそろそろ本当にピンチなのです。
具体的には喉元まで来ています。
もはや叫ぶだけで逆流性食道炎待ったなしと思われる状態で、危険です。
これまでか、と覚悟を決めかけたところで、ウルウが私をそっと下ろしてくれました。
「わかんない、ので、ごり押してくる」
そう残して、ウルウはまっすぐ川へと走りだします。
すでに仕留め終えたトルンペートは川辺から離れ、私はここで残され、そうなると鉄砲魚たちの攻撃はすべてウルウに向いてしまいます。
そしてウルウは、私が後ろにいる限り決してよけたりはしないでしょう。
ウルウは、そういう人なのです。
「あぶない!」
叫びは、そしてむなしく響いたのでした。
ええ。
あまりにもむなしく響きました。
「え? ごめん、なんて?」
無数に襲い掛かる水鉄砲を平然と平手で打ち落としながらウルウが振り返ります。振り返ってるくせに平然と水鉄砲を打ち落とし続けます。足元がどんどん濡れていきますけど、本人は平然としてます。けろっとしてます。
「ごめん、よく聞き取れなかった。急ぎ?」
「あ、いえ、なんでもないです。続けてどうぞ」
「うん? うん、わかった」
あんぐりと口を開けているトルンペートを尻目に、そうですよねえ、ウルウってそういう人ですよねえ、と思わず遠い目になりながら、私はその頼もし過ぎる背中を見守ります。
心配するには、私はちょっと頼りなさ過ぎました。
ぺしぺしと――実際に響く音としてはばちんべちんばんばちぃんぱぁんといったかなり重たい音を響かせつつ水鉄砲を弾きながらウルウは川辺までのんびり歩いていき、そして小首を傾げて少しの間考えていました。
それからおもむろに《自在蔵》に手を入れ――つまりその間、片手で水鉄砲の嵐をさばきながらごそごそとあさり、なにやら拳大の青い塊を取り出すと、ぽいと無造作に川に放り投げました。
そして数秒後。
水面がぐわりと大きく持ち上がったかと思うと、激しい轟音とともに水柱を上げ、川が爆発しました。
「なっ、あっ!?」
激しい音を立てて水が川面に打ち付けられ、そしてにわか雨のようにしずくが降り注ぎました。それと一緒に、魚たちも。
「禁止されるわけだなあ、ハッパリョウ」
大惨事を引き起こした当の本人はと言えば暢気なもので、もろにかぶることになった水に嫌そうな顔をしながら外套を搾り、水面にぷかぷか浮かんだ魚を拾い集め始めてしまいました。
「……………」
「えーっと……認めます? ウルウのこと」
「ウルウ様がどうというより、あれを受け入れているお嬢様の懐の深さに動揺しております」
私もちょっとそう思います。
ところでトルンペート、なんか袋とか持ってませんか。
いまのショックでちょっと込み上げてしまって、あ、だめだまにあわな
用語解説
・乙女の危機
ゲロ。
・拳大の青い塊
ゲームアイテム。正式名称《青い大きなボム》。水中の敵に対して大ダメージを与える外、ランダムで複数の釣りアイテムを入手可能。ただし一定確率で自身にもダメージが及ぶ。
『あたいったらほんとバカ……』
・ハッパリョウ
発破漁。ダイナマイト漁などとも。作中行われたように、水中にば爆発物を放り込み、その爆発の衝撃で魚を気絶ないし死亡せしめ大量に収獲する。生態系の破壊などが理由で大抵の国で違法行為に指定されている。
・あ、だめだまにあわな
ただいま映像が乱れております。次話までお待ちください。
前回のあらすじ
映像が乱れておりました。深くお詫びいたします。
貰いゲロはしなかった。
何の話かと言えば乙女のピンチを通り越して乙女塊大決壊を果たしてしまったリリオの話だけれど、まあこの話は誰も得しないから水に流してしまおう。ちょうど川のすぐそばだったから後処理も楽だったし。
後処理が楽ではなかったのは、事務所に帰ってからだった。
《青い大きなボム》で大量ゲットした鉄砲魚と射星魚、そしてその他の雑魚を回収して事務所に帰ってきたら、まず呆れられ、次に怒られた。
「誰が自然破壊しろと言った誰が!」
「するなとは言われていない」
「しろとも言ってねえだろうがよぉ!」
半分泣きが入ったガチのお説教を喰らってしまった。
まあ自分でもさすがにやり過ぎたとは思ったので反省はしている。二度はやらない。しかし後悔もしていない。あれはあれで貴重な実験だった。
自分は関係ないといった顔で余裕かましていたトルンペートだったが、お説教の矛先が自分にも向いて焦っていた。
「わたくしはきちんと依頼を達成いたしました! 試験は合格でしょう!」
「お前らは仮とはいえパーティだ。パーティの面子の暴走を止められない奴を合格にできるわけねえだろ」
「でしたらこのトンチキをクビにすればいいではないですか!」
「そうしてえのはやまやまだが」
「やまやまなんだ」
「実力は申し分ないし、なにより組合規則で、このくらいのことじゃクビにできねえんだ」
組合にも一応労働者を守る規則はあるらしい。助かった。
前の会社の労働組合は何の役にも立たない組合費だけ持っていく組織だったからな。そしてその組合費は飲み会費になるわけだ。おかしいよな。参加者は毎回飲み会費だしてた気がするんだけどな。
「とにかく、試験は不合格だ。とはいえ原因が原因だから、次の奴もすぐに見繕ってやる」
一応依頼は達成という形にしてくれたが、依頼料はすべて天引きになった。生態系の破壊っぷりがひどいので、依頼者や関係者に頭を下げなければならないらしい。
メザーガは黙っていれば渋いオジサマだが、へつらいの笑みばかりうまくなっていくようでなんだか申し訳ない。だからと言ってできることはないので早々に退散するが。
「まったく、あなたのせいでひどい目に遭いましたわ」
「ほんとだよリリオ」
「私ですか!?」
「うーがー! あんたよあんた! ん、んっ、あなたですわ!」
からかうとほんとにすぐ反応するなこいつは。
ともあれ、一応は仕事も終わった。
「リリオ、お腹は」
「出しちゃいましたけど、まだ大丈夫です」
「じゃあ先に行こうか」
「ええ」
「え、どちらに行かれますの?」
首をかしげるチビに、私は黙って先を歩きだす。
ちょっとー! とうるさいチビを、リリオがのんびり引き連れていく。
「お風呂ですよお風呂」
「お風呂?」
「ウルウは綺麗好きでして、お仕事の後は必ず入りますし、お仕事なくても一日一回必ず入ります」
「君らが不衛生なんだ」
「よくお金が持ちますわね……」
「冒険屋ってのは小金持ちでね」
「ウルウが稼ぎすぎなんですよ……そのくせお金使わないし」
「君は食費に消え過ぎだ」
今どきはある程度の街にはどこも必ず風呂屋があって、例の風呂の神官とやらが公務員として勤めているらしい。風呂の神官、食っていくのに困らなそうでいいよな。交代制とはいえ仕事中はずっと入浴していないといけないそうだから、のぼせそうで怖いけど。
すっかり顔なじみといった具合で受付であいさつを交わし、鍵を受け取って脱衣所へ。
ふふん。コミュ障の私と言えど顔なじみ相手にはきちんと喋れるのさ。
「ウルウ、いつも決まったあいさつしかしませんよね」
「うっさい」
手早く服を脱いでいくのも、肌をさらすのも、一か月もすればもう慣れた。
以前はこの時点で結構気がめいっていたのだが、人間慣れれば慣れるし、開き直れば開き直るものだ。
人の視線はやっぱり気になるし、こそこそしてしまうけれど、それはもうどうしようもない性だ。
洗い場でいつものように、お願いしますとふてぶてしくもねだってくるリリオにお湯をぶっかけ、最近は収入もあるので気兼ねなく使えるようになってきた石鹸を泡立ててわしゃわしゃと洗い出す。
「……いつもそのように?」
「大型犬洗ってるものと思えば慣れてきた」
「一応その方私の主なんですけれど」
「洗う?」
「……お任せしますわ」
トルンペートはできた娘で、放っておいてもきちんと体を洗えるようだった。よかった。さすがにこんなでかい子供二人も相手にできるほど私はよくできたお母さんではないのだ。そんな年でもないし。でも考えてみたらリリオが十四歳ということは、私とは一回り違うのか。十二歳差という数字がなんだか地味にダメージだ。
リリオを洗い終えて、私も体を洗い始めると、今度はリリオが後ろに回って、私の髪を洗い始める。
最初は本当に心の底から嫌悪感がひどくてやめてくれと土下座しそうな勢いだったけれど、家を離れて寂しさもあるだろうと我慢しているうちに、身体はまだ本気で嫌だが、髪くらいは任せられるようになった。
手つきが丁寧で邪魔にならないというのもあるかもしれない。
それに、無駄に伸ばしてたけど、自分で洗うと面倒くさいんだよね、髪って。
そのうちバッサリ切ってしまおうかと思っているのだが、リリオがもったいないというので控えている。髪には魔力が宿るという話もあるし、もしかしたら役に立つ日が来るかもしれない。そう言って集め続けた紙袋とか包装紙とかは二度と使わないままだったが。
髪を洗い終えて、今度はお手製の柑橘汁を髪に刷り込んでペーハー調整をする。《目覚まし檸檬》は在庫の不安もあるので、市場で買ってきた酸っぱい柑橘を使ったものだが、効果は悪くない。
トルンペートが不思議そうに見てくるので使わせてみたが、髪がつやつやとすると驚いて詳しく聞いてきたので、なかなか好評のようだ。
とはいえ、多分ある程度お金がある人はもう少し手の込んだものを使っていると思われるし、事実トルンペートもこんなに手軽な方法があるなんて、などと言っていたので、売り出すにはちょっとしょぼい手法だ。
泡を流して、足先からゆっくりと入浴すると、じんわりと熱がしみ込んできて、たまらない。
不特定多数が入浴していると思うと以前は鳥肌物の気色悪さだったが、泥水でさえ飲用可能にするという浄化の法術が常に湯を浄化していると聞いて、いくらかましな気分になった。
少なくとも他の客を意識しないようにすればゆっくり楽しめる程度には。
或いは私も異世界の作法に慣れて、図太くなってきたのか。
「いいですか、トルンペート。ウルウはとんでもなく潔癖症なのであんまりべたべたしてはいけませんよ。吐きそうな顔しますから」
「お嬢様は大分べたべたなさっているようですが……」
「ここまで来るのに私がどれだけ頑張ったと思ってるんですか!」
「……なんでそんな面倒くさい方とパーティを」
「…………成り行きって怖いですよねえ」
「お嬢様のその『考えてなかった』みたいなおつむの軽さの方が怖いですとも」
「あれれー? 私お嬢様なんですけどー?」
「はいはい」
この二人はなんだかんだ仲がよさそうだ。
多分幼馴染なんだろうな。ある程度の貴族家に入ってるメイドさんって、いくらか落ちる家の子女がやっていることがあるって聞いたし、多分トルンペートもそうなんだろう。田舎貴族の娘さん同士で、昔から仲が良かったとか。
トルンペートの方が少しお姉さんのようだけれど、仕事もあってかきちんと敬語も使ってわきまえたようなのが、リリオと比べてやはりいくらか大人びている。わきまえた上できちんとからかいを入れたりする当たりの器用さも含めて。
「そういえば、トルンペートは綺麗だったよね」
「何ですその失敗した口説き文句みたいなのは」
「いや、事務所であった時、小奇麗にしてたでしょ。リリオなんかは洗ってない犬みたいな匂いしてたのに」
「腐った玉葱みたいな?」
「そうそれそれ」
「本人の前でそこまで言いますかあなたたち」
お風呂で体を清めたことで思い出したのだが、旅をして森を出た後のリリオはあんなに汚かったのに、トルンペートは実にこざっぱりとしていたし、においもなかった。お嬢様に会う前ということで一応入浴を済ませていたんだろうかと思って尋ねてみたのだが、予想外の答えが返ってきた。
「それは浄化の術ですわね」
「なんだって?」
「武装女中のたしなみとして、最低限身体を綺麗にする浄化の術くらいは覚えていますの。お嬢様だって一緒に旅をしている間はそんなひどいことに」
「教えて」
「は?」
「その術、教えて」
私にとっては死活問題となる術だったので土下座も辞さない思いで頼み込んでみたのだが、習得には結構時間がかかるし、なにより教えを授けられるほどの身ではないからと断られてしまった。これは意地悪からではなく、ちゃんとした人から教わらないと変な癖がついてしまうからだそうだ。
「わたくしもそこまでお願いされると心苦しいんですけれど、学び舎でも半端な知識で教えてはならないと戒められていますの」
もっともな話だった。
仕方がないので、今後行動するうえでいくら払えば浄化の術をかけてくれるかの交渉をしたところ、ものの見事にドン引きされた上、かなりの割安で応じてくれた。本当はただでいいといってくれたのだが、術を使うのには魔力を消費するらしいので、結構な頻度で頼むだろう私としては対価は支払う所存である。
さて、風呂上りにさらに感動したのだが、武装女中というものは実に細かな所まで気が利くようだった。
というのも、今まではタオルで水気を拭ってあとは自然乾燥か、金を払って火精晶と風精晶を組み合わせたドライヤー的なものを借りていたのだが、このチビ、実に便利なことにそれと同じことを術でできるらしい。
「お嬢様に髪を痛ませるわけにはいきませんもの。さあさ、こちらへ」
こちらも有料でお願いしたらドン引きされた上でやってもらえた。お前たち異世界人にはわかるまい。文明の利器に散々甘やかされた生き物の渇望がな。
さて。
事務所に戻って厨房を借り、採れたての鉄砲魚と射星魚をいくらかさばいて食べることにしたのだが、ここでも武装女中大活躍である。
私もほどほどに包丁は使えるし、リリオも料理はできる方だが、三等とは言え女中は女中、我々に手出しはさせぬとばかりの手際でてきぱきと料理を仕上げてしまうのである。
魚出汁で炊いた、香草を効かせた塩味の煮物と、甘辛いたれを絡めた焼き物、それに我々二人なら適当に済ませてしまいそうなところをおしゃれに盛り付けたサラダと、女子力の高さを見せつけてくる。しかも給仕までしてくれる。
「…………」
「いかがです? これが三等武装女中の実力ですわ」
「こりゃあリリオも逃げ出すよ」
「なんでさ!?」
美味しいし、気も利くし、至れり尽くせりなんだけど、リリオがしたかった旅ってそういうのじゃないんだよね、きっと。
「リリオの苦労もリリオの頑張りも、全部全部君が肩代わりしちゃったら、別にリリオが旅に出る必要ないじゃない」
「なっ」
「そして君である必要もない。二等なり一等なり、もっと上等の人で完璧なお守りをすればいい。三等である君が旅のお目付けを任された理由は、君自身の成長も目的なんじゃないの」
適当な事を言ってみたが、黙って目をつぶって煮物の出汁を味わっているリリオは、否定はしなかった。
トルンペートはしばらくの間、何かを考えこむようにしていた。
私はいくらか気まずくなった食卓で、西京焼きが食べたいなとほんのり思うのだった。
用語解説
・するなとは言われていない
世の中はネガティヴリスト制ではない。リストに並べたことをしてはいけない、という制度。並べていないんだからやってもいいよねと言うことでは本来ないはず。
・玉葱
ネギ属の多年草。球根を食用とする。タマネギ。
前回のあらすじ
自然破壊、ダメ、ゼッタイ。
まだ事務所に所属はしていないという理由で、あの不審極まる女性とお嬢様を一つ部屋に休ませて、わたくしはなくなく宿をとる羽目になったのですけれど、今日こそ、今日こそは汚名を返上するときです。
朝早くメザーガ冒険屋事務所を訪れた私は、待ち構えたように、実際待ち構えていたのでしょう、依頼票を手にしたメザーガ氏に出迎えられました。
「おう、早いな」
「おはようございます」
「あとの二人はまだだが、こんどはこいつだ」
「これは……」
「一応ぎりぎり乙種だ。そんでもって、多少なら多めにやっても睨まれん。むしろ多少焼き払ってもいいくらいだ」
「しかし……これは、それこそ火を放てば済んでしまうものでは?」
「果実が高く売れる。そこも評価に含めたい」
「フムン」
わたくしは依頼票をしばらく上から下まで何度か読み、問題がないことを確認して押し頂きました。
確かにこれならばあの非常識な女のやり口でも問題ないでしょうし、果実を得ようと思えば繊細さが必要とされます。実力を――もう十二分に見せては貰いましたけれど、常識的な範囲での実力を見せてもらうには都合がよいでしょう。
クナーボさんに淹れていただいた豆茶を楽しんでいる間にお二人もやってきましたので、豆茶を頂きながら依頼の乙種魔獣について、また現場での動きについて軽く話し合い、早速向かうことにいたしました。
「乙種魔獣って言っても、結構幅広いものなんだね」
人で賑わう朝の街を、墨を一滴ぽたりと垂らしたようにぞろりと黒いウルウ氏が、その見た目の不気味さとは裏腹に暢気な声でそんなことをつぶやきます。
「まあすべての生き物が同じように分類できるわけではないですからねえ。今回のも、魔獣というより、魔木と言った方がいいでしょうし」
「そうだねえ」
そのウルウ氏と平然と会話できるお嬢様がわたくしには少々理解しかねます。
まるで普通の人間のようにしゃべり、普通の人間のように笑い、普通の人間のように呼吸するこの生き物が、本当に人間なのか、いまだにわたくしには確信が持てないでいるほどだというのに。
朝の開門時間に当たる頃合で人ごみにもまれ、嫌そうな顔をしているのだって、それが人嫌いのせいだとは聞きますけれど、果たしてどうなのやら。
監視する気持ちで少し後ろから眺めていたわたくしは、その時、彼女自身ではなく、彼女に降りかかる不幸に気付きました。気づいてしまいました。
もし気付いていなかったら後で笑い物にもできたでしょうけれど、気づいてしまった以上、それを放置することはできませんでした。
ウルウ氏の腰にぶつかって、そのまま走り去ろうとした子供をすぐに追いかけ、その首根っこをひっつかみ押し倒します。暴れようとするその背中を膝で踏み、呼吸を奪い押さえつけます。
「おい!?」
わたくしの突然の行動に驚かれたのでしょう、ウルウ氏は慌てて駆け付け、そしてお嬢様は何となくお察しなのでしょう、頭を抱えるような顔です。
わたくしは押さえつけた小汚いなりの少年の手から革袋を取り上げ、ウルウ氏に投げつけます。
「ん、これは」
「あなた様のお財布でしょう」
この少年は、掏摸でした。
それも魔がさしたというものではなく、その手際の良さから、恐らく常習犯。
町が大きくなれば、光り輝く場所も増える一方で、陰に沈む場所も増えるものです。
ウルウ氏はしばらく財布と少年とを眺めていましたが、おもむろに口を開きました。
「リリオ」
「はい。掏摸はふつうは被害者と犯人の間で始末をつけます。殴って済ませるような案件ですね。衛兵に引き渡してもいいです。その場合軽くて罰金。常習犯などは、指を切るなどの処罰があります」
「この子の場合は」
「恐らく常習犯ですから、指を切られるかと」
あまり世間の物事を知らないというウルウ氏は、度々こうしてお嬢様にものを尋ね、そして時には判断をゆだね、時には自分で判断をされます。
このときは後者だったようです。
「トルンペート、その子を放して」
「しかし」
「放して」
少年はすっかり観念したようでしたけれど、私は用心しながらこの子の上から離れ、立ち上がらせました。
ウルウ氏は静かに子供に近づき、目線を合わせるように屈みこみ、そして。
「トルンペート、この財布は私がこの子に上げたものだ」
「………………はあ?」
「私が上げたものをこの子がどうしようと自由だし、罪に問われることもない。そうだなリリオ」
「ええ、ええ、そうですよウルウ。仕方ないですねえ」
お嬢様は苦笑いしていましたし、少年は何が起こったのかわからないという顔ですし、わたくしはときたら、すっかりあきれ果てていましたし。
「何を言っているんですの? この子は確かにあなたの腰から」
「目の錯覚だ」
「この三等武装女中トルンペートがそのくらいのことがわからないとでも?」
別に、このとき掏摸の少年を見逃すことに特に問題はなかったのです。それはちっぽけな罪でしたし、被害者がそうだというのならばそうだということにしてもよかったのです。
しかしわたくしはこのとき、なんだか無性に腹が立ったのでした。
わたくしが何とかしてこいつの本性を暴いてやろうと思っている時に、何でもないように偽善めいた行いをするこの女に、無性に腹が立っていたのでした。
「……やれやれ。原作なら鼻に穴でもあけるところだけど、そういうの柄じゃないし」
「何をおっしゃっていますの?」
「何でもないよ。そうだね、じゃあ、こうしよう」
ウルウ氏はゆっくりと立ち上がって、私に向き直りました。
「もしも私が君から財布を掏りとれて、そして君が気付かなかったら、君の目は節穴で、この子の掏摸も勘違いだったと、そういうことにしよう」
かちん、ときました。
どこまで人を馬鹿にするのかと頭に来ました。
簡単に感情を爆発させてしまうのが自分の悪い癖だと前々から思っていましたし、人からも言われてきました。それが三等である理由だということもわかってはいました。しかしそれでも抑えきれないのが、わたくしがわたくしである所以でした。
「いいでしょう! できるものならやっ」
「じゃあ君は行っていいよ」
わたくしが啖呵を切ろうとするのを遮って、ウルウ氏は少年を逃がしてしまいます。
「ちょ、なにを」
「何をって……勝負は終わったからね」
ためらいがちに逃げる少年を見送るウルウ氏の手には、見覚えのある巾着袋が握られていました。
慌てて腰を見やれば、そこに先程まで確かにあったお財布が、忽然と消えているではありませんか。
「なっ、あっ、ええ……っ!?」
「返すよ、君の財布」
ぽいと無造作に放り投げられた財布は、確かにわたくしのものでした。
「フムン、スティールはこういう風に処理されるわけだ」
呆然とする私を気にした風もなく、ウルウ氏はさっさと門へと向かってしまいます。
「ほら、早く行きましょう、トルンペート。鉄砲瓜の美味しい実がまっていますよ」
一人取り残されそうになって慌てて追いかけながら、私はいまだに自分がいつ掏り取られたのか全く分からないままなのでした。
用語解説
・スティール
ゲーム内《技能》。正式名称は《掏摸》。確率で対象からアイテムを盗み取る《技能》。この《技能》でのみ手に入るアイテムも存在する。
この《技能》はダメージを与えないため、気づかれない限り反撃されないまま幾らでも盗めるというバグがあった。
・鉄砲瓜
次回に登場。詳しくはそちらで。
前回のあらすじ
波紋使いは登場しなかった。
門を抜けて向かったのは森の中でした。
森というものはどこだって、人里からほんの少しも離れていないところであっても、異界と言っていい程に常識の違う世界です。
私たちが今回討伐、というより駆除を依頼された魔木鉄砲瓜が群生するあたりも、すっかり異界、或いは魔界と言っていい有様でした。
「……あれが鉄砲瓜?」
「そうです」
「森の中が、あそこだけぽっかり開けちゃってるね」
「鉄砲瓜は非常に侵襲的な植物でして、周囲の植物を駆逐してあのように群生域を広げてしまうのだそうです。だから早めに駆除しないといけないんですよ」
私とウルウは声を潜めて、実際に目にした鉄砲瓜とやらについて語りました。
というのも、声を大にすると危険だからです。
「どの程度危険なのか、実際に見ていただきます」
トルンペートが地面から小石を取り上げて、少し離れた木立に向けて放り投げました。
実に見事な投擲で木の幹に命中した小石が音を立て、そして次の瞬間には青々と茂った鉄砲瓜畑から次々に破裂音がして、小石の当たった木の幹に何かが突き刺さりました。
そして、突き刺さったなにかは次々とめり込んでいき、それなりの太さのある木をものの十数秒でめきめきと圧し折って倒してしまいます。
そして木の倒れたその音にも反応して次々に何かが発射され、倒木をずたずたに引き裂いてしまいました。
「……なにあれ」
「あれが鉄砲瓜が乙種扱いされるゆえんですね」
私たちは一度少し離れて、改めて作戦会議に移りました。
「トルンペート、お願いします」
「はい、お嬢様」
トルンペートが木の枝を手に取り、地面にかりかりと鉄砲瓜の図解を書き記していきます。
「鉄砲瓜はこのように、頂点に一つから二つの瓜状の実をつける魔木です。この実は非常にみずみずしく甘いのですけれど、問題は先程の攻撃です」
「攻撃」
「正確には、種ですわね」
トルンペートが地面に螺旋状の絵をかきます。
「鉄砲瓜は近くで起きた大き目の振動に反応して、実の先端から正確に種を射出いたします。そして種は命中すると、この螺旋状の部分が伸びることでより深く目標に食い込み、先ほど見たように木の幹でもしっかり食い込んで根付きます。場合によっては倒壊させて更なる振動を起こして他の個体から種を射出させます」
木の幹に簡単に突き刺さるということは、人間の体などは簡単に射抜かれてしまうでしょう。
「このようにして周囲の植物を駆逐してしまう他、甘い匂いにつられてやってきた動物に種を打ち込み、驚いて逃げた先で発芽して苗床にして成長して生息域を広げるなど、かなり危険な植物です」
「射星魚より危険度低いって聞いたけど嘘だよねこれ」
「いえ、本当です。駆除するだけなら火を放てば終わりますので」
これは本当です。延焼の危険はありますけれど、鉄砲瓜が広がってしまう危険よりはよほどましなので、見つけたら焼いてしまうことが推奨されているほどです。
「しかし、この実なのですが、これがかなり希少です。味が美味しいだけでなく、貴重な薬剤の素材にもなるので、かなり高値で取引されます」
「そうは言っても……どうやって採るのさ、あんなの」
「これだけの規模ですので時間はかかりますけれど、どこか一か所で音を立てて種を射出させ、向こうが種切れになったところを採取する、と言うのが基本ですね」
「割と簡単そう」
「実際には種切れと見えて時間差で射出してくることもありますし、種を射出してしまった実は傷ついて傷みやすくなりますし、素材としての価値はかなり低くなります」
「なおさらどうしろと」
トルンペートも少し困ったように小首を傾げます。
「そっと近づいて、そっと採ります」
「そっと近づいて、そっと採る」
「仕方がないでしょう。それ以外ないのです。一定以上の振動でなければ反応いたしませんから、できるだけ静かに近づいて、できるだけ刺激せずに切り取る。切り取ってしまえば種は射出しませんから、あとはそっと帰ってくる。これが事前に調べた採取法ですわ」
理屈としてはまあ、これ以上ないくらい正論ではあります。
問題としては。
「うっかり採取中に音を立てたら、包囲射撃を喰らう訳ですよねそれ」
「おまけに周りの実は全部台無しになる」
「だから厄介なんですわ」
しかも喰らって倒れたら追い打ちまで喰らう訳ですから、死ねと言っているようなものの気がします。
「まず私そんなの無理なんですけど」
「……お嬢様が一番安全なのでは?」
「え?」
「え?」
「え?」
数秒、三人でお見合いしてしまいました。
「そういえば鉄砲魚の時も使用されませんでしたけれど、飛竜鎧の矢避けの加護はどうなさいました?」
「……えっ?」
「え?」
「え?」
数秒、三人でお見合いしてしまいました。
「矢避けの加護ですわ! 飛竜の革鎧は風精の助けを借りて、飛んでくる物体を弾く加護がありますでしょう!」
「あ、あー、そう、それですね。知ってます」
名前だけは。
「まさか一度も使ってないんですの!?」
「いやー、使う機会が」
「熊木菟のとき使えばよかったんじゃないの」
「熊木菟の空爪なんて矢避けの加護で無効化できるじゃないの! まさか使わなかったんじゃないでしょうねあんた!」
「使ってないです……」
「真正面から喰らって重傷だった」
「うーがー!」
トルンペートが言葉を乱す勢いで怒りだしてしまいました。
だってそんなの聞いてな……あー、いや、鎧貰った時に聞いたかもしれないですけど、舞い上がり過ぎて聞いてなかったかもしれません。
「とにかく、風精に魔力食わせるだけで発動するお手軽の加護なんですから、それを使えば種なんかくらいはしないんですから!」
「はい、二度としません」
「しろっつってんのよ!」
怒られました。
しかしこうしてみると私の鎧、と言うか武装ってかなり優秀なものなんですね。辺境では割と普通なのであんまり意識してませんでしたけど、ヴォーストでここまで加護の着いた武装って見たことないです。
さて、お説教も済んだあたりで作戦が決まりました。
まず、畑の規模が大きすぎるので、ある程度は素材を犠牲にして数を減らす。
その後、危険の低い程度まで刈ってしまったら、何本かから実を綺麗にとる。
そして最後は刈り取ったすべてを一か所にまとめて焼き払い、種を処分する。
この三段階と決まりました。
「じゃあ、リリオ、頑張って」
「頑張ってくださいお嬢様」
「これ完全に折檻ですよね!?」
どう考えても罰としか思えない、第一段階の担当、リリオです。
これから畑に飛び込みます。
用語解説
・鉄砲瓜
ウリ科の乙種魔木。頂点に一つか二つの実をつける。大きめの振動に反応して実の先端を素早く向け、その際に細胞壁が壊れることで液体魔力とメタ・エチルアルコールが混合・反応し、水分を一瞬で昇華させて螺旋状の種を高速で打ち出す。種は命中後螺旋を開いていき、対象内部に深くめり込み根付く。流れ弾や、動物に根付いたものが遠方まで届き、そこで繁殖し始めるなど、極めて侵襲性の高い植物で、見かけ次第駆除が推奨される。
その身は非常に甘く美味な上、貴重な薬品の素材ともなるため、高値で取引される。
・矢避けの加護
風精の宿った装備などに付与される加護。高速、または敵意をもって飛来する飛翔物に干渉し、その軌道を逸らすことで装備者を守る。飛竜の革は極めて高い親和性を持つため、矢避けの加護も強力である。使用さえすれば。
・加護
精霊や神霊の力を借りて奇跡を起こす力を宿していること。主に装備に、たまに人に宿る。発動には魔力が必須で、魔力を食わせてやらないと宝の持ち腐れ。
前回のあらすじ
一番リリオ、地雷原に飛び込みます。
固定砲台の群れこと鉄砲瓜の畑で、私とトルンペートはおやつ代わりの乾パンをかじりながら、作戦第一段階担当こと被害担当者リリオの頑張りを眺めていた。
「いいですよお嬢様ー。その調子で突っ切ってくださーい」
「あわわわわわわわッ! 死ぬッ! これ死にますッて!」
「大丈夫ですよー、お嬢様の魔力量なら加護が尽きる前に片付きますからー」
「加護が尽きる前に心が死にますッ!」
振動に反応して銃弾みたいな種を射出してくる鉄砲瓜の畑をいま、リリオが全力で踏み入って突っ走っている。
当然踏み行った先で次々に種が射出されていくのだけれど、リリオの鎧に付与されている矢避けの加護とやらのおかげで、種はリリオに当たる直前で見えない膜にでもふれたようにそれていき、地面や明後日の方向に飛んでいく。
まあ、当たらないとわかっていても次々と炸裂音とともにとげとげした凶悪な種が飛んでくるのは心臓にわるかろう。とはいえリリオにしかできないことなので私にはこうしておやつ食べながら応援することしかできない。
「うる、ウルウッ! あとでおぼえっ、あッ、ちょまっ、あばばばばばばッ!」
どうやらすっころんだらしく、激しく前転しながら鉄砲瓜の群れに突っ込むリリオ。それでも矢避けの加護は効いているらしく種は外れるのだが、きれいにリリオの体を僅かに外して地面に種が刺さるので、ちょうど事故現場とか殺人現場の地面に白線が引かれるみたいに、人型にあとが残っていて笑える。
そんなアクシデントが何回かあったものの、リリオは無事に畑の中を走り回り、鉄砲瓜畑をいくつかの区画に切り分けることに成功した。ちょうど一つの区画で音を立てても、隣の区画からの攻撃は来ない程度だ。
もちろん、あんまり大きな音を立てたらわからないが。
ぐったりと倒れこんだリリオに、種を射出してしおれてしまった瓜の実を与えてやると、倒れたままもそもそと食べるが、あまり美味しそうではない。
甘いは甘いようだが、射出するのに水分をすっかり吐き出してしまう上、炸裂する成分が実全体に広がってしまって、なんだか渋みとえぐみがあるらしい。
さて、ここから先は私とトルンペートの仕事だ。
トルンペートは実に洗練された仕事ぶりだった。庭師の仕事も武装女中には叩き込まれるのかもしれない。剪定鋏のようなものを手に、するりするりと体重を感じさせない足さばきで鉄砲瓜に近づき、静かに丁寧に、しかし確実に一つずつ瓜の実を回収していく。
緊張はしているようだが、その手つきはまるで怯えを感じさせず、確信をもって仕事しているようだった。
見事なもんだなあと思って眺めていたら睨まれたので、私も仕事を開始する。
とはいえ私の方は緊張することもない。
何しろ《隠蓑》を使ってしまうと、物音もカットされる。なので接近しても種を撃たれる心配がない。そして仮に撃たれたとしても、私の回避率は素で百八十二パーセント。幸運値重視の装備とスキル編成にしてしまえばさらにその率は上がる。
ゲームの仕様上囲まれると回避率は駄々下がりするし、範囲攻撃は避けられないけれど、少なくとも単発の植物の種位なら避けられない訳もない。
必然レベルで避けられない、例えば押さえつけられた状態で殴られるとか、完全に体勢が崩れた状態で攻撃を喰らうとかはどうしようもないけれど、鉄砲瓜畑程度の相手ならば、多分のんびり真ん中を歩いても傷一つつけられることはない。
なので気楽にぷちぷちと実をもいでいると、何やら視線を感じる。ふりむけばトルンペートが目を剥いてこちらを見ている。そう言えば一応パーティとして認識しているから、《隠蓑》を使っている私が半透明に見えるのか。あとで説明してあげないといけないな。
見えると言えばパーティ認定しているならステータスが見えるなと思って、トルンペートのステータスを覗いてみて、今度はこっちが目を剥いた。
以前リリオの数値を見た時はレベル三十八だった。その後の戦闘とかで三十九に上がっていたけど。
他の人間は数値は見えないまでもそこまで強いようにも感じられず、辺境の人間が特に強いものだと思っていたが、トルンペートの数値を見れば、なんとレベル五十二。
力強さはリリオの方が上だが、素早さや器用さはかなり高い。
三等武装女中でレベル五十二。二等とか一等はどういうレベルなのだ。戦闘を専門にしている騎士とかはどうなるのだ。
レベルが十違えば相手にならないといわれるくらいだからまだまだ私のところには届かないけれど、しかし私にはプレイヤースキルがない。へたすればこのくらいの相手にもぼこぼこにされかねない。
異世界チートするにはちょっと油断できないレベルがゴロゴロいるらしい。少なくとも、辺境には。最近調子に乗っていたかもしれないと私は気を引き締め、せっせと瓜集めに精を出すのだった。
結果として、うっかりくしゃみしてしまったり、つまずいてぶつかってしまったりなどで何回かの暴発はあったものの、私たちは無事、結構な量の鉄砲瓜を収穫できた。数えてみたところ私の方だけで二十個。トルンペートは二十四個。
品質や熟れ具合にもよるけれど一個で七角貨は下らないということだから、単純計算で四十四七角貨、つまり四百四十五角貨だ。それなりの店で夕食をとって五角貨くらいだから三食食べても半年くらいは持つ。ぼろ儲けだ。
これはトルンペートに言わせれば快挙と言える量だ。
私たちは折角なので、その場で一つずつ食べてしまうことにした。何しろこれだけあるのだ、食べないで済ませるというのは冒険屋のやり方ではない、とリリオが主張したのである。食い意地が張っているとは思ったが、なるほど冒険屋の流儀と言えば確かにそうだ。たとえこれが一人一個ずつしか手に入らなかったとしても、冒険屋なら余程金に困っていなければ食べてしまうだろう。
瓜の仲間と言うからメロンのようなものを想像していたのだが、まずそのようなものと思って間違いはない。サイズはまあ拳を四つか五つ重ねたくらいで、青々とした緑の表面はつるりとしている。
分厚く丈夫な皮にナイフの刃を立ててみると、ぶつりぶつりと厚手の革のような皮が割れていき、半ばほどまで切り込みを入れたところで指を入れて左右に割ってみると、ばりばりと裂けてみずみずしい身が姿を見せる。
中身は鮮やかなオレンジ色で、指先がたっぷりと濡れるほどに水気があふれている。そしてまた、その甘い匂いと言うのが凄まじく濃厚だった。
種を射出するときの匂いも大概甘いのだが、あれは少し、焦げ臭い。
しかし種を射出する前は、その炸裂する成分が化学反応だか魔術反応だかを起こしていないようで、とにかくただ甘い香りがする。煮詰めたような甘い香りだ。
リリオはかぶりつき、私とトルンペートはスプーンで頂いた。
スプーンは驚くほど柔らかい果実にするりと突き刺さり、その柔らかさたるやまるで寒天か何かのようだった。フルフルと柔らかいそれを口に放り込むと、猛烈に甘い。猛烈に甘いのだが、それがするりと溶けていく。甘さも溶けていくし、果実も溶けていく。
気づけばするんと喉の奥に消え去ってしまって、舌の上にはあの猛烈な甘さはなく、ただ甘い香りだけがふわりと残っている。
こらえきれずまた一匙、もう一匙とやっているうちに、あっという間に皮の白いところまでスプーンで削っている始末で、これは成程高値で売れるわけだった。
私は一つで満足してしまったが、女子二人は物足りなそうだったので、四十一個では三人で割るには中途半端だということで、残り二つ減らしてしまうのはどうだろうかと提案したところ、極めて合理的だという理性的判断のもとにもう二つが彼女たちの胃袋に納められ、私たちは無事三十九個の鉄砲瓜をインベントリに納めたのだった。
最後の一仕事とばかりに、私たちは気だるい満足感に足を重たく感じながらも、延焼を防ぐために下生えを刈り取り、種を集めてひとところに集め、着火してその全てを焼き払った。
鉄砲瓜畑がすっかり燃えてしまうまで、またきちんと鎮火して燃え広がることのないように監視している間に、三十九では切りが悪いという極めて合理的な数学的判断のもとに九つが二人の胃袋に消え、私たちは無事に仕事を終えたのだった。
用語解説
・極めて合理的だという理性的判断/極めて合理的な数学的判断
物は言いよう。
前回のあらすじ
お い ひ い !
わたくしは迷っていました。
鉄砲瓜の食べ過ぎのことに関してではなく、ウルウ氏のことに関してでした。
ウルウ氏は今回の鉄砲瓜の採取に際しても、また奇妙な技を見せました。
私からはその姿は亡霊のように半透明に透けているように見えたのですけれど、お嬢様に言わせればあれは仲間であるからそう見えるだけで、そうでないものには全く消えてしまったように見える術なのだそうでした。
姿も見えず、音も聞こえず、それは何とも恐ろしい術でした。
もしもそのような術を心悪しきものが使えば、盗むも殺すも自由自在でしょう。盗まれたものは盗まれた後も、殺されたものは自分が死ぬ瞬間まで、相手のことに何一つ気づかぬままでしょう。
恐ろしい。
わたくしは恐ろしい。
何が恐ろしいといって、お嬢様の言う通りならば、その恐ろしい術の使い手であるウルウ氏は、わたくしのことを仲間と認めているということなのです。
それはあまりにも恐ろしいことでした。
そのような強大な力の持ち主が、あまりにも無警戒に、あまりにも無防備に、心を開いてしまっているのではないだろうかと。
もちろん、あれが偽装と言う可能性はあるでしょう。あえて心を許しているように見せかけているのかもしれません。そのようにしてわたくしの油断を誘っているのかもしれません。
しかしその一方で、甘い甘い鉄砲瓜を口にして目を丸くし、ほんのりと目元を柔らかく細めて、匙を舐るように味わう子供のような様は、あれは、あれも果たして演技だったのでしょうか。
掏摸の子供を見逃し、甘い果実に口元を綻ばせ、腹を満たして眠たげなお嬢様をからかっているこの姿は、全て、全て、演技なのでしょうか。偽物なのでしょうか。
わたくしにはわかりません。
そうなれば、不器用なわたくしにはもはや一つしか手段は思いつきませんでした。
「……決闘?」
「ええ、左様にございます。今、このとき、この場所で、決闘を申し込みます」
鉄砲瓜畑での採取を終え、帰り道の河原で、わたくしはウルウ氏に決闘を申し込みました。
リリオお嬢様は目を丸くし、ウルウ氏も困惑した様子です。
そうでしょう。わたくしだって、滅茶苦茶な事を言っていると思います。
しかし、わたくしは不器用な人間です。心と頭が違う判断をしようとするのならば、体で決める外にやりようを知らないのです。
拳で語り合えば分かり合えるなどと、そんな下らないことは申しません。
けれど、はっきりと目に見える形で決着をつけなければ、わたくしは自分の中の迷いをどうにも止められないのです。ウルウ氏を受け入れるにしろ、拒むにしろ、わたくしには何かしら決定的な理由が必要でした。そして決闘は、それを決めるに一番適当な方法に思われました。
何しろ、わたくしは戦うことでしか自分を証明することのできない人間でしたから。
「わたくしが勝てば、ウルウ様には今この時をもってお別れいただきます。ウルウ様がお勝ちになれば、わたくしは折れて諦めます」
二択。
二つに一つ。
白か、黒か。
そうして決めてしまわなければ、何も決めることのできない、不器用な人間でした。
「…………君を、倒せってこと」
「左様にございます」
「わたし、は、」
「いざ! 尋常に!」
ウルウ氏の言葉を遮り、わたくしは袖口から取り出した短刀を左右一つずつ合わせて二つ、軌道を合わせて投げつけます。重なり合うように、僅かの時を置いて放たれる短刀はわたくしの十八番。一本目をかわしても、二本目がその陰に隠れて襲う。
奇襲に奇襲を重ねる必殺の二撃!
「おっ、わっ!」
しかし、それを容易く避けられる。
わたくしからすれば武の刻まれた様子などまるで見られない動きで、しかしたやすく、ぬるりぬるりと避けてしまう。これだ。このわけのわからなさだ。
わたくしはすかさず前掛け裏に仕込んだ短刀を左右に四本ずつ、合わせて八本をつかみ取り、抜きざまに投げ放ちます。僅かずつに時をずらして襲う短刀は、しかしこれは囮。
《自在蔵》から取り出したるは落とし刀。刃に重心を寄せて作られた小型の刃の群れは、宙に投げれば必ず刃を下にして落ちていく、刃の雨。とはいえこれもかわされるだろうことは想定の内。
踵を打ち鳴らし爪先に仕込んだ短刀を飛び出させ、二連の回転蹴りで遠心力をのせて、左右の短刀を襲わせる。今までとは威力も速さも全く異なる鋭い二撃。これが本命。
速度の違う三種の刃をほとんど同時に重ね、前方と上方、二方向から襲う刃の牢獄。
三等とは言え、こと投擲においてわたくしは負けというものを知りません。
だと、言うのに。
だというのに、この悪寒は、確信にも似たこの予感は―――!
「ばけもの、じゃない」
刃の嵐の通り過ぎた後、そこには服の端さえ破れることなく、涼しげに佇む影一つ。
水面に石を投げるように、影を靴底で踏みつけるように、まるで手応えなく、まるで意味を感じない。
「今ので勝負あったってことにしてもらえないかな」
平然と、平静と、まるで何事もなかったかのように、まるで何事もなかったのだろう、この女はまっすぐあたしに歩み寄る。あたしの矜持をずたずたに引きちぎり、あたしの心を恐怖で埋め尽くし、その上でなお、困惑するように眉をひそめて、歩み寄ってくる。
それが癪だった。
それが腹立たしかった。
まるで自分ばかりが必死で、空回りしているみたいで、馬鹿みたいだった。
あたしは自分の中で冷たい歯車がかみ合うのを感じた。
すぐ目の前まで歩み寄ったこの女に、せめて一泡吹かせたかった。
だからわずかに、ほんのわずかに立ち位置をずらして、短刀を抜きざま投げ放つ。
今度は避けられない。
その確信があった。
あまりにも汚い確信があった。
何故なら。
「っ、りり、おっ」
お前の後ろにはリリオがいるから。
信用できないといいながら、信頼できないといいながら、確信にも似た心地で、私はこの女が避けないことを知っていた。
その矛盾にきしむ歯車の音を聞きながら、私は追撃の短刀を手に取り、そして。
そして。
「なん、でっ、そんな顔してんのよ……!」
あたしには、投げられない。
頬に一筋の、かすり傷程度でしかない小さな傷を受けて、それで、その程度のことで、子供みたいに怯えた目をしている相手に、あたしは振り上げた短刀を放てない。放てやしない。
「い、たい。痛いんだ。痛いよ」
「当たり前じゃない。痛いことしてんのよ。痛くしてんのよ。だから、いまさら、そんな顔すんな! そんな! そんな……あたしを傷つけるのを恐れるな!」
こいつは、この女は、初めての痛みに恐れおののきながら、それでも、それ以上に、その痛みを人に向けることを恐れていた。手に持った何かの道具をとり落として、もう一歩もあたしに歩み寄れない。歩み寄ったら、傷つけてしまうから。
「あたしだって! あたしだって! あたしだって!」
地団太を踏み、子供のように叫ぶ自分が滑稽だった。
「あたしだって信じたいわよ! 子供みたいに笑う顔を信じたい! 子供を助ける顔を信じたい! でも! あんたは! あんたは!」
滑稽で、滑稽で、涙さえ出てくる。
「あんたみたいなの、怖いに決まってるじゃない……」
竜種のように強大な力を秘めた生き物が、人間と同じような顔で笑って傍にいて、心穏やかにいられるものか。それがどんなに優しくたって、どんなに怯えていたって、弱い人間には、耐えられない。信じられない。
けど。
「でも、リリオが、それでもリリオが、あんたを慕ってるなら、あたしは信じたい……」
信じて、見たかった。
夢物語を信じてみたかった。
ばけものと友達になる、リリオの夢物語を、信じてあげたかった。
リリオを信じてあげたかった。
なにより。
なにより泣きそうなばけものを信じてあげたかった。
膝をつく私の肩を、柔らかいものがそっと包んだ。
「……信じて、なんて、言えないけど。でも、誓うよ。もしも私が君を裏切ったら、私はきっと心の臓を取り出して死んでしまおう。だから、だから」
あたしは。
あたしは、頷いた。
泣かないで、とそういう女の声が、今にも泣きだしそうなほどの怯えて震えていたものだから。
用語解説
・夢物語
ばけものが愛されることを願うのは間違っているだろうか。
前回のあらすじ
信じるということ。
私は馬鹿です。
私は嫌な奴です。
私は、駄目な奴です。
ようやくウルウとの冒険屋稼業が様になってきて、そんな折にトルンペートが現れて、私、邪魔だなって、そう思っちゃったんです。また邪魔をするんだって、そんな風に、思っちゃったんです。
本当は私、トルンペートのこと、大好きで、お姉ちゃんみたいに、大好きで、なのに、だからかな、思っちゃったんです。簡単に、思っちゃったんです。
トルンペートはまた私のことを邪魔するんだからって。
そんなわけないんです。そんなことが、あるわけないんです。
私が旅に出るって言って、一番心配してくれて、一番お小言を言ってくれたのはトルンペートでした。
私が子供のころから、いつだって傍にいて、私の面倒を見てくれたのはトルンペートでした。
旅は大変だって、面倒くさいことばっかりだって、わかっていたのにお父様に頼み込んでついてきてくれたのはトルンペートでした。
いつも、いつだって、私のことを一番に考えてくれる大事なお姉さんだったのに、私は、そんなことも忘れていたのでした。
私は馬鹿です。
私は嫌な奴です。
私は、駄目な奴です。
トルンペートはウルウの腕の中で長いことしゃくりあげるように泣いて、ウルウもまた震えるように泣いて、私は一人ただ馬鹿みたいにその光景を眺めていました。
きっと二人を泣かせてしまったのは、私のせいで、私のためで、だというのに、なんだか私には、その光景が不思議ときれいなものに思えて、二人が泣き止むまで、ずうっと馬鹿みたいに、馬鹿そのものみたいに、ぼんやりと眺めていることしかできなかったのでした。
泣き止んだ二人は、帰り道でぽつりぽつりと言葉を交わしているようでした。
ゆっくりと歩いていく二人の少し後ろを私はとぼとぼとついていきました。
夕刻近くに閉門間近の門をくぐって、事務所に辿り着くころには、二人とも目元を赤くはらして、それでもピンシャンとしているように見えましたけれど、やっぱり言葉少なで、互いに目を合わせようともしませんでした。
私は二人を無理やりに寮室に放り込むと、疲れているからきちんと休むことと言いつけて、一人メザーガに依頼の完遂報告を済ませ、クナーボに寮の二人はそっとしておくよう伝え、それから事務所の隅の寝椅子を借りて休むことにしました。
久しぶりの一人ぼっちの夜に、私はなかなか寝付けないのでした。
‡ ‡
リリオに寮室に放り込まれてしばらく、トルンペートと私はだんまりを決め込んで、ベッドの上に座り込んで、余所余所しく目も合わせなかった。
というのも、あんまり恥ずかし過ぎた。
私たちは寄りにも寄ってリリオの前で、あんなに馬鹿馬鹿しい理由で、つまるところ、仲良くしたいけどあんた何考えてんのかわかんないという理由でけんかして、その上大泣きするという、あまりにもこっぱずかしい青春劇を一幕演じてきたところだったのだ。
劇ならば幕が下りればそれであとはカーテンコールで何もかもうやむやだけれど、現実はそうはいかない。私たちはこのこっぱずかしさをどうにかしなけりゃあならなかった。
とはいえ、何しろ私たちは選り抜きの意地っ張りで頑固者でそれから青春ビギナーだった。立場の変わらない友達と喧嘩して、それから仲直りするっていう経験が全然なかった。だから私たちはお互いにじりじりと焦れるような心地で、相手が何か言ってくれたらいいのになって思ってたに違いなかった。
変化があったのは、窓の外ですっかり日が暮れて、寝る時間が近づいてきてしまった時のことだった。
私はじりじりと焦れながらも、ああ、もうこんな時間だから、といつもの習慣通り歯ブラシを取り出して、水差しの水をコップに注いで、桶を用意して、歯を磨き始めたんだ。
「……ぷっ」
「んぐっ」
そうしたらこいつ、笑いやがった。
むっとして睨んでやると、トルンペートはなんだか棘の取れたような顔でひとしきりくすくす笑って、それから言うのだった。
「ごめん、ごめん、違うの。ただね、リリオがあんたのこと潔癖症だって言ってたのを思い出して。あたしがこんなに悩んでるのに、なんだか難しそうな顔して歯を磨きだすんだもの。なんだか馬鹿らしくなっちゃって」
そういわれると私も馬鹿らしくなって、歯ブラシを咥えたまま、唇の隙間からふへっと笑いが漏れた。
そうするとあとはもうなし崩しだった。
私たちは二人してしばらくくすくす笑って、それから同じベッドに人一人分開けて隣り合って座って、並んで歯を磨き始めた。それがまたなんだかおかしくて少し笑った。
歯を磨き終えて、寝巻に着替えると、トルンペートは慇懃無礼なあの口調をすっかり止めてしまって、ちょっと蓮っ葉なものの言い方で、いろんなことを語り始めた。
辺境で幼い頃のリリオの気まぐれで拾われたこと。野良犬なりに恩返ししようと思ったこと。気づけば自分の方が面倒を見るようになっていたこと。御屋形様から認められてうれしくて泣いてしまったこと。武装女中になってリリオを守ると決めたこと。リリオの旅についていったら寝ている間に簀巻きにされて置いていかれたこと。必死で追いかけて何度も空回りしたこと。
そして、私に遭ったこと。
「最初はね、おばけかとおもった」
「ばけものって言っていいよ」
「それも思った。でも最初はね、全然気配がないのに、いつの間にかリリオの傍にいるし、じっと見ていたら、なんだかどこまでも落っこちちゃいそうなくらい闇が深くて、とにかく怖かったの」
「いまは、怖くない?」
「怖いわ」
私がちらっと横を見ると、トルンペートもちらっと私を見て、心配するなと言うように、私たちの間のおしり一個分のスペースを優しく叩いた。
「勿論怖いわ。飛竜と一対一で戦えって言われた方がまだ怖くないかもしれない。でもねえ、でもあんただもの」
そのスペースを優しくなでて、トルンペートは言うのだった。
「すっごく怖いおばけだけど、でもそれが、パジャマ着て、おっかなびっくり覗き込んでるんですもの。おかしくって仕方がないわ」
「そんなこと言ってると食べちゃうぞ」
「きゃー、食べないでくださーい」
私たちは二人して笑った。
なんだか今日はとても笑う日だった。不安や緊張が解消されると、リラックスして笑いやすくなると聞いた。そうなると、私はトルンペートの存在にずっと不安を感じて、緊張して、つまるところ怖がっていたのかもしれない。
そのことを伝えてみると、トルンペートは不思議そうに眼を見開いて、それからおかしそうに笑った。
「あんたみたいに強いのでも、あたし相手に怖がるのね」
「君というか、君にリリオをとられるんじゃないかって思ったんじゃないかな」
「リリオを?」
「リリオには言わないけどね。私は、この世界で一人ぼっちなんだ。どこから来たのか、どうやってきたのか、なんできたのか、よくわからない。本当はずっと不安だった。いままで住んでいたところは辛いことばっかりだったけど、でも地に足がついていた。こっちに来てからは、私はわからないことばかりだ。リリオはそんな私を助けてくれた。私が勝手に助けられているだけかもしれないけど、でも、リリオは私がどっちに進んだらいいのか、どうしたらいいのか、それを教えてくれる気がする。そんなリリオをとられてしまうかもって思ったら、私は怖かったよ。なんだかんだ言って私はぽっと出だからね。幼馴染には勝てないだろうし……なんで笑うのさ」
「あんたって時々やけに早口でたくさん喋るって聞いてたから」
「リリオめ」
「そんなことを楽しそうに教えてくれるくらい、あの子はあなたのことが大好きよ」
「そうかな」
「そうよ。あの子があんなに楽しそうに話すのは……えーと、まあご飯とか牧羊犬とかいろいろあるけど、でもどれもみんなあの子の宝物よ」
「私はベッドに積み重なったぬいぐるみの一つってわけだ」
「あら、そんなかわいらしいのがお好み?」
「一般論ではね」
私とトルンペートは随分気兼ねなくいろいろお喋りしたように思う。
そりゃあリリオとだっていろいろお喋りすることはあるけれど、リリオに話せることと、トルンペートに話せることは違った。同じように、トルンペートに話せることは、リリオに話せることと違うのだから。
不安と緊張の解消された私たちは、二人きりの夜長をたくさんのおしゃべりで埋めた。それはいわゆるガールズトークなのかもしれない。そんな年ではないけれど、と言うと、大して変わらないじゃないと言われたので、年を告げるとおおいに驚かれた。
「少し年上なくらいかと思ってた」
「そんなに子供っぽいかな」
「若々しいっていうのよ。世の奥様方が羨ましがるわ」
「トルンペートも?」
「私はまだぴちぴちだもの」
「いまはね」
「言ったわね」
そうして私たちは眠くなるまでお喋りを続け、気づけば一つのベッドに寝入っていた。間に綺麗に人一人分のスペースがあって、それは私の心の距離であると同時に、トルンペートの気遣いの距離であって、それがなんだか無性にくすぐったくて、また面映ゆかった。
なお、眠そうな顔でやってきたリリオはそれを見るやたいそう憤慨したが、しかたあるまい。リリオがベッドに潜り込むと必ず抱き着いてくるし、そうなると私は気持ち悪くなって蹴りだしてしまうのだから。
用語解説
・きゃー、食べないでくださーい
食ベチャ駄目ダヨ、ウルウ。
・若々しい
東洋人は若く見られる、ということだけでなく、ウルウの肉体が最適な状態で保たれている事も理由の一つではあると思われる。
前回のあらすじ
青春ビギナーどもの青春ごっこ。
あたしの名前はトルンペート。家名はない。生まれも覚えていない。親の顔も覚えていないから、ともすれば木の股からでもころりとまろび出てきたのかもしれない。
小さすぎて何も覚えていないような時分に、あたしはろくでもない連中に拾われて、ろくでもない育ち方をしてきた。
ろくでもない連中は金は持っていたし、身なりもよかったけれど、中身はどうにもろくでもなかった。だからあたしも身なりはそこそこに整えられて、食事もそこそこにもらえて、そして中身はいっぱしのろくでなしに育った。
ろくでなしどもがあたしに教え込んだのは一つだけだった。
人の殺し方だ。
匙の握り方を覚えるよりも先にあたしは短刀の握り方を覚え、丁寧なあいさつを覚えるよりも先に殺しの指示への従い方を覚え、ろくでなしどもの顔を覚えるよりも先に殺しの対象の顔を覚えこまされた。
殺し屋と言うほど立派なものではなかった。刺客と名乗れるほど鋭くもなかった。
あたしは使い捨ての一石だった。
ただ一つの方法だけを覚えこまされ、その一つを確実に遂行するようにと育てられた、使い捨ての殺人装置だった。
あたしは鉄砲玉だった。
やれ、という炸薬一つで、ぴょんと飛び出て短刀で突き殺す、それがあたしの仕事だった。
ろくでもない連中は金も持っていたし、身なりもよかったけれど、中身はどうにもろくでもなかったし、何より頭が悪かった。
その時のあたしはただただ寒いとしか思っていなかったけれど、今となって思えばなんて愚かな連中だったんだろう。
よりにもよって辺境貴族の家族の命を狙うなんてのは、学のないあたしでも今はどれだけ馬鹿な事なのかよくわかる。
それは真っ当な思い付きではなかったし、真っ当な考え方ではなかったし、真っ当な作戦ではなかったし、その上、真っ当でない怒りと憎しみとそれから生まれた復讐であった。恐ろしく馬鹿げていて、しかし、それでもどうしようもない程の恨みだった。
辺境貴族は、帝国貴族の中でも特殊な立ち位置だ。
帝国の、隣人達の脅威である竜どもを臥龍山脈の向こう側に食い止めるために、極寒の極東で戦い続けるもののふの一族たち。
竜殺しの血を引く辺境伯率いる辺境貴族は、そろいもそろって頭のタガが外れた生粋の武人たちだ。
彼らが今も極東に住むことを受容し続けているから、臥竜山脈からあの化物たちはあふれ出してこないし、帝国の民はその脅威を忘れることができる。
そう、忘れてしまうものだ。見えない脅威なんて。語られない物語なんて。
中央に顔を出すこともなく、ただただ支援金の名目で多額の金品をむさぼる田舎貴族。それは全く呆れるほどに真実からほど遠い妬み紛いの評価だったけれど、それを真実と信じている連中だっていた。
そう言うやつらに限って、情に厚く、義に厚く、正義を信じ、真実を信じ、そして目が曇っている。
そこに政治屋貴族や盆暗どもが後押しすれば、辺境の田舎貴族なんて瞬く間に押し遣られてしまわなかった。
理性的に事実を追求しようと辺境に赴き、その人外魔境の過酷な環境に死にかけるくらいはまあいい方で、なまじ辺境の冬に耐えきってしまった連中など、親切な辺境貴族に前線を見せられて、竜に食われかける(という錯覚をするほどビビったんでしょうけど)経験からトラウマを抱えて帰ったりもする。
哀れなほどの阿呆どもと言うのはもう少し救いようがなくて、まあつまりあたしの養い親たちのことだけれど、そういうやつらは辺境の事実なんてどうでもよくて、欲しいのは辺境からたまに流れてくる、飛竜や強力な魔獣の素材だった。
最初に選択したのが脅しだったのがこの極めつけの阿呆どもの愚かな所で、愚かにもこいつらは辺境に子飼いの冒険屋を放って、貴族の子供を誘拐して脅迫の材料にしようとした。
結果はどうなったかと言えば、哀れなものだったらしいわ。
辺境貴族は脅しに屈しない、というより、脅すこと自体叶わなかった。
何しろ子飼いの冒険屋たちは見事返り討ちに遭って、一人ずつ順番に、速達郵便で小分けに返送されたらしいもの。かわいそうなことに、一人なんて帰った時にまだ生きていたらしいわ。
それで諦めればよかったのに、子飼いの冒険屋の一人がよりにもよって実の息子だったとかで、馬鹿な事よね、あたしが拾われることになった。
何の生産性もない、何の正当性もない、ただただやりきれないものをどうにかしたいという、どうしようもない復讐のために、あたしと言う鉄砲玉が鋳造された。
まあ、逆恨みも恨みは恨み。その弾丸は、自分で言うのもなんだけど、それなりに優秀だったと思うわ。
だって、あたしには他に何もなかった。
短刀と殺しと対象の顔。あたしにあるのはそれだけだった。
他には本当に何にもなかった。
あたしは殆どぼろきれの防寒具を着せられて辺境領に放り投げられ、言われたとおりの道をたどって、言われたとおりの場所を通りがかった馬車に取り付いて、言われたとおりの顔の娘に短刀を突き出して、言われた通りでなく全身の骨を圧し折られて死にかけた。
ちょっと、いえ、ちょっとどころではなく大事な部分がすっぽ抜けているけど、でも仕方ない。
それは一瞬だったもの。
あたしは言われたとおりに目じりを下げて口角を上げ、言われたとおりに短刀を心臓に突き出した、はず。けど気づけばあたしは馬車の床に転がって、自分の全身の骨がくしゃくしゃになっているのを知った。というより、全身が自分の命を早々に諦めて、痛みも熱も麻痺してただただ冷たくなっていくのを感じてた。
あたしはなんにもわからなかった。ただ、言われたとおりにできなかったので鞭を喰らうのだろうかとぼんやり思いながら、殺しの対象の顔を見上げた。
そいつは不思議な顔をしていたわ。
あたしの知らない顔をしていた。
いままで見たことのない顔を。
いまでこそ知っている。
あれは、リリオは、笑っていたわ。
きらきらとした笑顔で、飛び切りの冒険に笑っていたわ。
「お父様、冒険が飛び込んできたわ!」
その時のあたしには意味の分からない言葉でリリオは笑って、それから多分「欲しい」と強請ったんだと思う。
何しろ興奮した子供の言葉だし、訛りがひどかったし、そもそもあたしはまともに言葉もしゃべれなかったし、第一死にかけててそれどころじゃなかったし、ともかくそれを最後にあたしは気を失った。
目が覚めてからは、とにかくリリオに振り回される毎日だったわ。
こちとら死にかけて、それを無理に骨をつないで怪しい手段で治された直後だってのに、冬の辺境領をあちこち連れまわされてまた死にかけて、それをまた怪しい手段で治されてまた連れまわされて、春になるまでに何度死にかけたか覚えていないくらいだわ。
それでも、野良犬が言葉を覚えて、一丁前のマナーを覚えて、女中として育て上げられる頃には、あたしはすっかりリリオの世話役になってたわ。最初はあたしの方が犬みたいに洗われてたのに、気付けばあたしの方が犬と一緒に泥んこになってるあの子を追いかけている始末。
もしかしたらあの時死んでた方が楽だったんじゃないかってね、そんな風に思う位だった。あの時ぐちゃぐちゃになって死んでしまっていた方が、すっきり片付いたんじゃないかって思う位だった。
そんな風に思う位あたしの毎日は滅茶苦茶でハチャメチャで、そして充実してた。
名無しの野良犬だったあたしに、自分の名前の由来となった花の仲間だからって、鉄砲百合って名前を何日も考えてつけてくれた時の気持ち、わかる?
春になるまで名無しで通してやがった癖に急に名前つけるもんだからもう思わず泣きそうになったわよ。
嘘。
ほんとは泣いたわ。それはもう盛大に。あの子がおろおろするくらいにね。
だってあたし、名前で呼ばれるのって初めてだったんだもの。自分でも驚くくらいに、胸の中がいっぱいになって、ちっちゃなそれはすぐにあふれ出ちゃって、ぼろぼろ泣いたわ。
あたしの名前はトルンペートよって、会う人ごとに名乗ってリリオが止めるくらいだった。
あの子が成長していくにつれて、どんどんお転婆になるにしたがって、あたしもこの子を守らなきゃって、武装女中になることを決めた。
何しろもともと命を狙ってた鉄砲玉なんだからいろんな人に白い目で見られたけど、でも、御屋形様が、リリオのお父様があたしが武装女中になることを認めてくれた。
「拾ったらちゃんと世話を見るようにいつも言うのだがね。いつも最後に面倒を見るのは私なんだ」
って言ってたわね。
最後にお目見えした時も相変わらず胃が痛そうな顔をなさっていたから少し心配ね。当たり障りのない報告書を送ることにしましょ。
そんな風にね、あたしの中はリリオでいっぱいなの。
もともと空っぽだったところに、リリオが踏み込んできて、ちっちゃなあたしの庭のあちこちに、ちっちゃな足跡で無遠慮に踏みつけまわって、泥だらけの足をあたしに拭かせるのよ。
だから本当は、他の誰にもリリオの傍にいてほしくない。
あたしにはリリオしかいないんだから、リリオの傍に誰も置きたくなんてない。
でもあたしは残念なことに、主の成長を願うよき武装女中なのだ。三等だけどね。
だからあたしは、主が真っ当に成長するために、少々の刺激を受け入れなければならないということを前向きに検討することを善処しなければならないということを持ち帰って……ああ、まあ、いいわよ、もう。うん。
リリオが人間として、ちゃんとした人間として成長するために、多分、あのおばけは必要なんだと思う。
ウルウが人間として生きていくために、リリオが必要であるように。
あの二人はたぶん、そうあるべくして出会ったんだ、なんていうと、運命論者みたいだけれど、でも割れ鍋に綴じ蓋というか、膨寄居虫に虎口貝というか、二人でようやく一人前なのよ、きっと。
いえ、二人でも一人前にちょっと足りないわね。だから、あたしがそれをちょっと支えてあげるくらいで、ちょうどいい。そういうことに、してしまおう。
あたしはクナーボが描いてくれた、あたしたちのパーティの紋章の下書きを手に、早速パーティメンバーとのお茶会を開くことにした。
紋章には三本の百合が描かれている。上から背の高いクロユリ、奔放なシラユリ、そして一番下で華やかに土台を飾るテッポウユリ。
あたしの名前はトルンペート。家名はない。生まれも覚えていない。親の顔も覚えていないから、ともすれば木の股からでもころりとまろび出てきたのかもしれない。
そして今は、冒険屋をしている。
用語解説
・膨寄居虫
海棲の甲殻類。腹部は柔らかい袋状になっているのだが、魔力と生体内生成炸薬に満ちており、この魔力と炸薬によって鋏から衝撃波を打ち出すことで獲物を狩る超攻撃的な生き物。ただしその生態のせいで常に膨張し続けており、放っておくと自爆する。そのためこれを共生先である虎口貝に咥えさせて、魔力を抑え込み、炸薬を食べさせ、適度に放散している。
・虎口貝
非常に大食いの二枚貝だが、動きが遅くその死因の大半は餓死。たいていの場合膨寄居虫の腹部に食いつき、その魔力と炸薬成分を養分として頂戴する代わりに、柔らかい腹部を保護し、また自爆を防いでいる。なお膨寄居虫が老いて養分が足りなくなるか、自身が成長して消費量が増えると共生先である個体をヴァリヴァリと食べてしまうため、なかなか緊張感がある関係ではある。
・お茶会
女の子には砂糖とスパイス、それに素敵なものが必要なのだ。
前回のあらすじ
武装女中トルンペートに振り回されてすったもんだの挙句仲良くなったウルウ。
女三人組となると何かと面倒がありそうだが果たしてどうなるのだろうか。
私も知らない。
本来のリリオの旅の連れであった武装女中トルンペートが私たちのパーティに合流して、三人パーティとして冒険屋を始めてから、一月ほどが経った。
短い夏も盛りといった具合で、そしてまたこれからつるべ落としのようにすとんと訪れる秋を思わせる頃合でもある。
この一月の間に、私はこの世界のことを様々に学んだ。
まず一つとして、普段使うような文字は大体覚えた。これは積極的に本などを気にかけるようにしたことだけでなく、私の計算能力が高いことを伝え聞いたらしいメザーガに事務仕事の手伝いを頼まれたことで、一気に語彙が増えたこともある。
最初は私がまるで文字を知らないのでメザーガも諦めそうだったが、私が一度読めば覚えると言い張って続けさせてもらい、そして実際にそうしたために、今ではメザーガよりも処理が速く重宝されている。クナーボには仕事をとられたと少し膨れられたが。
字を読めるようになると、知識はかなり早く増えるようになった。というのもこの世界では製紙技術が十分に発達しているだけでなく、製本技術もかなりのもので、本が多数出版されていたのだ。それも革張りの高いものではなく、紙の表紙の安いものが出回っているので、値段としても手に取りやすいものばかりだ。
私はメザーガの手伝いで小金を稼いでは本を買い集め、先日リリオに怒られてついに本棚を買った。一度読んだら覚えてしまうので売り飛ばしてもよかったのだが、こう、やっぱり本は買ったら持っておきたいじゃないか。多分二度と読まないにしても、時折触れて、紙のページをめくることもあるだろう。
リリオには何を言っているんだこいつとでもいうような、宇宙猫みたいな顔をされたが。
さて、増えた知識の中には、意外ともいえるし、ある意味予想していたともいえる事柄も多かった。
その一つが、暦だ。
この世界の一年はおよそ三百六十五日であるらしい。四年に一度閏年があり、その年だけは一日増えて三百六十六日になる。一年は十二か月に分かれ、それぞれおよそ三十日前後。一日は二十四時間で、帝都などでは機械時計でこれがきっちりとはかられる。
お察しの通り、地球時間と同じだ。
私はこれを、神様が面倒くさがったからだと思っている。
私をこの世界に運び、何かを望んでいる神様が、処理が面倒くさいからと、設定をそのまま流用したからだと思っている。
どこから流用したか? 決まっている。
神話によれば、多くの神々は虚空天を超えてやってきたという。そして多くの変革があった。その時の変革の一つが暦なのだろう。
まあ、どうでもいいことだ。
世界からすれば大事な事なのかもしれないが、私という個人にはこれと言って関係のない話に過ぎない。むしろ、あまり深く考えると余計な面倒に首を突込みかねない。
たとえ私が神々のゲームに気まぐれで放りこまれたコマの一つに過ぎなかろうと、それは気にしなければ何の意味もないことだ。大事なのは自分のペースで自分の人生を送ること。
これだね。
以前の私は会社の都合に合わせていたし、そうしなければと思っていたけれど、すっぱり自由になってみると、心療内科の言うことももっともだと思える。
いまでも何かしなければ、仕事しなければと思うときは大いにあるのだけれど、そういった焦燥感はリリオやトルンペートたちとの交流で少しずつ落ち着いてきている。時折イラつくこともあるけれど、むしろ彼女たちからすれば私の方がせかせかし過ぎなのだ。
私はこれをアニマルセラピーと同様の癒しとみている。
このアニマルセラピーの集まりは、違った、冒険屋パーティは、今のところそれなりの業績を重ねてきていた。
何しろ結成時からすでにそれぞれピンで乙種魔獣を屠るなんて規格外のスタートを迎えている女三人だ。
後から吐かせたがやはり冒険屋業界でも少々無理のある試験だったらしく、リリオを諦めさせたいがゆえの試験内容だったそうだ。
しかし結果的にそんな無理難題を乗り越えてしまった我々は業界でもそれなりに目につく新人になってしまったようだ。
私としてはごく大人しくドブさらいや迷い犬探しや迷いおじいちゃん探しや乙種魔獣狩りなどに精を出しているつもりなのだが、新人の活躍はいつも鼻につくという方々がいらっしゃるのはどの業界でも同じようだった。
リリオとトルンペートが冒険屋としては小柄で、女性と言うのも悪かっただろう。
こういう言い方は性差別的であまり好きではないのだけれど、しかし体力勝負であるところの冒険屋稼業としては機能的に劣る方であるのは間違いないはずの組み合わせであり、そのくせ大男顔負けの依頼をこなしてきているとなれば嘘つけてめえと思わずにいられないという気持ちはわからないでもない。
特に大人しくドブさらいや迷い犬探しや迷いおじいちゃん探しや乙種魔獣狩りなどに精を出している女三人組に業績で負けているらしい大男どもにとっては、そういうものらしい。
なぜそんな大男どもの気持ちがわかるかと言えば、経験だ。
何しろ数が違う。
何の数かと言えば。
「おーやおやおや、《三輪百合》のお嬢ちゃん方じゃねえかい」
「今日も乙種魔獣を狩ってきたってのかい」
絡んでくるヤンキーもとい冒険屋どもの数だ。
本日の屑は、仕事帰りに茶屋で氷菓などたしなんでいるところに、このクソ暑いのに勤勉なことに、自分の半分くらいしか体積ないんじゃないかという女の子にわざわざ絡んでくるろくでなし二人だ。首に下げたドッグ・タグみたいな小さなエンブレムを目ざとく見つけてくるあたりもいやらしい。
「女の色香で乙種魔獣を倒したってのはほんとかい」
「そんな薄っぺらい体でかい。へっ、股でも開いたってか?」
「乙種魔獣ってのは悪食だな、へっへっへ」
ちなみに私のことはガン無視だ。正確に言うと《隠蓑》で隠れているので気付いていない。姿を現していると絡まれる確率が減るので、こういう連中の屑っぷりがよくよくわかるというものだ。
私が姿を現して凄みを利かせれば、さすがにたっぱもあるし、目つきも悪いし、何よりレベル九十九の威圧感でもあるのか早々に退散してくれる場合が多いのだが、この暑いのに《隠蓑》解除したくないし、せっかくトルンペートが来てくれて姿を隠していても問題なくなったのに、こんなクソみたいな問題のせいでいちいち世間と相手していたくない。
それに、なにより。
「いま、なんち言た?」
「あ? あんだって? 田舎訛りはわかんねあっがあああぁあぁあああッ!?」
「いま、なんち言た? ああ、失礼。ベンジョコオロギにもわかるように言い換えてあげるわ。誰が絶壁まな板大平原ですって?」
「だ、だれもそんなあっがあああぁあぁあああッ!?」
いい加減暑さと面倒くささで憂さの溜まっている二人のお邪魔はしたくない。
「辺境訛りがお気に召したようですから、辺境流でお相手しましょう」
「そうね」
「ああが、あががが」
高速のローキックで膝を砕かれた二人組が、怯えのこもった視線で見上げているが、私は無関係だ。知らない。わからない。正直辺境組のやり方って血腥すぎて直視すると怖すぎる。
「伊達男にして帰してやるわ」
これは辺境の方言で、見せしめに顔面をつぶして送り返してやるという意味である。
うん?
うちのパーティ名だって?
なんだっけ。
《虎が二頭》とかじゃない?
「《三輪百合》!」
ああ、そうそう、それ。
……それ、私も入ってるの? ああ、そう、そうなのね。
特に悪党でもないけれど運と日ごろの行いが悪かった野郎どもの耳障りな悲鳴と湿った殴打音を聞き流しながら、私は世界平和に思いをはせる。
ああ、氷菓の冷たさが、染みる。
用語解説
・文字
ウルウはそれなりに苦労して文字を覚えたが、実はただ文字を読めるようになるだけであれば、言葉の神の神殿でいくらか払えば、その場で読み書きの技術を頭に刷り込ませることが可能である。
ただし道具と一緒で使いこなすには経験と努力が必要で、使わなければすぐに揮発して忘れてしまう程度のものだ。
そのため、メザーガは当初、文字を知らないのであればすぐには使い物にはならないと判断したのだった。
・首に下げたドッグ・タグみたいな小さなエンブレム
冒険屋はみな、所属する事務所やパーティを示す金属片を首に下げている。
これは自分の所属を明らかにすることで各種機関に融通をきかせてもらうことのできる外、顔面が潰れて死ぬようなことがあっても誰かわかるようになっている。
・「いま、なんち言た?」
訳「いま、なんて言った?」
・ベンジョコオロギ
辺境方言でカマドウマのこと。この場合、相手をむしけら呼ばわりしている。