前回のあらすじ
ナチュラルにワンマンアーミーな装備している女中。
これだけ武装しておいて一番非力という。
一夜明けて、日の出るか出ないかという早朝に、私たちは目を覚ましました。
何しろ今日のうちに領都まで辿り着きたいですから、早めに出ないといけません。
ちらっと外を伺ってみましたけれど、ちらちらと細雪がちらついてはいますけれど、空読みによればもう荒れることはないだろうとのことでした。
頂いた朝食の蕎麦粥に、ウルウがひっそりと醤油かけまわしたり、私もあたしもと取り合ったりと騒動はありましたけれど、私たちは手早く準備を整えて、早速出発することにしました。
キューちゃんピーちゃんも大きなあくびをしながらお目覚めで、竜車につなぐと大きく翼を広げてひとつ伸びをしました。
野生種の飛竜は、村人からするとやっぱり猛獣害獣の類ですから、遠巻きに恐れるような声が上がりましたけれど、二頭とも全く気にせずのしのしと村の中を歩いていきます。
「辺境人はみんな飛竜をおやつ代わりに狩ってるって内地では言ってたよね」
「さすがにそこまではありませんよ」
「そうよ、おやつ代わりってのはねー、なんぼなんでもないわ」
「だよねー」
「たまのご馳走よ」
「えっ」
このあたりで野良飛竜が出てくるってことは、龍の顎を必死こいて抜けだして、荒れる空に揉まれて、お腹も空いていればすっかり疲労もしている個体です。
結構元気が残ってるとさすがに村人ではどうしようもなくなって騎士とかが呼ばれるんですけど、矢避けの加護も満足に張れないくらい疲れてたり手傷負ってるのは、ちょっと手ごわいお肉です。
矢とか槍とかに縄付けて何発も打ち込んで、引っ張り続けて体力を奪って、その間も雨あられと射かけ続けて、徹底的に囲んで仕留めるのが農民の飛竜狩りです。別に革とかは取らなくてもいいやって考えなので、傷つけてなんぼです。流れる血の分だけ体力を奪えます。
大体まあ、三日ぐらいかかることもざらですね。
うまくいけば怪我人だけで済みます。
村人たちが朝からせっせと雪かきしてくれた道を抜けて、竜車は街道に出ました。
こちらも随分早くから除雪車が巡回していたようで、よくよく固められた雪道が伸びていました。
ありがたいことですね。二頭とも器用なので、軽い新雪程度なら風を操って吹き飛ばせるでしょうけれど、やらないで済むならその方が消耗が少ないですしね。
それに、雪除けに使う分を、加速に使えるので速度も上がります。
はっきりとした仕組みはよくわからないんですけど、ウルウがなんとなく風精の動きを見れるので、多分だけどと前置きして説明してくれました。
それによれば、まずひとつに、足元に風精を固めて空踏みの要領で足場をつくり、沈みづらくしているそうです。それから、追い風のように風を吹かせて、それを翼で受け止めて加速しているようです。
飛竜と言うのは空を飛べばもちろん速いですけれど、このようにして地上も恐るべき速度で駆けるものなんですね。
飼育種だとちょっと馬力が足りないのでもうちょっと速度が落ちるんですけど、二頭は体も大きいですし、大きくて重い竜車を牽いても全然平気そうです。
あんまり変わり映えすることのない雪道をひた進み、道々いくつかの村を通り過ぎ、お昼ごろになって休憩です。
走り通しで流石に二頭も疲れたのか、雪の中に突っ伏して、熱くなった体を冷やしているようでした。
お母様もすっかり疲れて、キューちゃんの背中で横になりました。
「地面の上走ってると、空の上と違って、揺れが直接来るのよ。それに足をたくさん動かすから、背中のお肉も激しく動くのよね」
この辺りは普通の乗馬と同じような振動などが、もっとずっと大きくなって襲い掛かってくるみたいでした。大きいから安定するというわけではないんですね。
それに、飛竜の駆け方というものは、結構跳ねるような動きがあるみたいですし。
「上空が荒れてるんならさ、こう、低空を飛んでくのは難しいの?」
「えーっと、どうなんでしょう」
「難しいわよー。上空だと、地上まで距離があるから色々余裕あるけど、低空飛行だとちょっと落ちたらすぐだもの。頼りの大気の厚みも全然足りないし、かといってちょっと上ったらすぐに荒れるし。キューちゃんも私も神経使うから嫌よ」
とのことでした。まあ私たちはお母様の操る飛竜で旅していくわけですから、お母様が一番楽な方法でお願いする外ないですね。
お母様が駄目だったら、私たち誰も飛竜に乗れませんからね。
というわけで、お母様にはゆっくり休んでいただいて、私たちで昼食の準備です。
この時期は狩りで獲物を探すのも大変ですので、手持ちでやりくりしましょう。
まあ、私たち《三輪百合》の場合、ウルウという例外存在がいるので、手持ちがえらいことになってるんですけど。
もうお粥は嫌だという顔のウルウのためにも、塩気のあるものを用意してあげましょう。
何はともあれ竈をいくつか作り、鍋に湯を沸かして暖を取りながら作業です。
トルンペートは粉に卵と乳を加えて練り、何かの生地を作りはじめました。
私はどうしましょうかね。刻み鰊でも作りましょうかね。
えーっと、馬鈴薯を茹でて、その間に玉葱を微塵切りにします。細かい方がいいですね。でもすりおろしちゃうとまたなんか違うので、あくまで細かい微塵切りです。
玉葱を刻んだら、塩漬け鰊も刻みます。
鰊はですね、鰊は海のない辺境でも一応とれるんですよ。ペクラージョ湖に住んでるんですよね。数少ない海……まあ、海の魚です。
鮭と鰊と塩蝶鮫……あとなんかいましたっけ。細かいのはいるかもです。良く知らないっていうくらいですね。
なのでお馴染みの味ではあるんですけど、やっぱり豊富な海の魚介には憧れますよね。
塩漬け鰊はもう、徹底的に刻んでいいです。
粘り気でるくらいまで刻んでいいです。挽肉ですね、言ってみれば。
両手に包丁を持ってひたすら無心に叩いていると、トルンペートも玉葱を刻んでいました。こちらは私みたいに細かくなく、普通の微塵切り。そしてウルウに頼んで挽肉を取り出していました。むむ。便利です。
その玉葱と挽肉に塩と香辛料を加えて、ひたすらぐっちゃりぐっちゃりまぜ始めました。粘り気が出るまで大変なんですよねえ、あれ。
こちらはいい感じに刻み終えたので、馬鈴薯の様子を見ましょうか。そっと串を刺してみれば、いい具合です。
取り上げて、熱々のまま布巾で表面を抑え、皮をむいていきます。熱いうちじゃないと綺麗にむけませんから、大変です。
火傷しないように気を付けて皮をむいたら、丁寧に潰して、乳と乳酪を加えて混ぜ合わせます。これに味付けたら潰し芋として一品なんですけど、今日はこれが材料です。
潰し芋が程よく冷めたら、玉葱と鰊を加えて混ぜ合わせます。味は、塩漬け鰊の塩気が濃いので、ちょっと粉胡椒と、蒔蘿を加えるくらいでいいですね。
偏らないようにきれいに綺麗に混ぜてやれば、刻み鰊の出来上がりです。
これをこのまま麺麭にぬって食べても美味しいですけれど、今日は焼きましょう。寒いですしね。
トルンペートの方がある程度仕上がったら焼くことにして、手のひらより小さく小分けにしておきます。
それで、向こうはどんな感じかなと見てみれば、さっきまで練っていたと思っていた挽肉はもう仕上がっていて、最初に練っていた生地で作ったらしい皮でせっせと包んでいました。
ウルウが。
最初にやりかただけ教えられたらしいウルウが無心で包んでいく一方でトルンペートが何をしているかと思えば、血蕪、玉葱や人参、塩漬け甘藍、根塘蒿といった野菜を千切りにしたもの、あ、それに蕃茄ですかね、それらを炒めているところでした。
しかも合間合間で生地をちぎって丸めて伸ばして、ウルウに皮を寄越してます。
私が一品に必死こいている間に片手間で二品目作ってました。恐るべし。
炒めた野菜類を、鹿節で出汁とったお鍋に放り込み、月桂樹の葉と胡椒を加えて煮込みはじめたら、手が空いたので皮を量産してますね。私も包むのを手伝いましょう。
こう、丸い皮の真ん中に具を置いて、半分に折るようにして端っこを留めて半月形にします。そうしたらその端と端をくっつけて止めて、耳型というか帽子型というか、そのような形にします。
耳に似ているので、耳餃子というんですよ。これ。
私が参加したので量産体制は整い、せっせと耳餃子が包まれては並べられて行きます。
トルンペートはそれをしり目に、鍋にモンテート要塞で貰った塩漬竜脂を贅沢に放り込み、大蒜を卸し入れました。肉を使ってないみたいですし、白脂入ってないと脂っ気が足りないですもんね。
塩を加えて味を調えたら、火から下ろして寝かせたいところなんですけど、まあ今日はお腹空いてますしさっさといただいてしまいましょう。
トルンペートはそこに包み終えた耳餃子を放り込んでいきます。
これは、あんまり見ないですね。
でもまあ、美味しいものと美味しいものを組み合わせれば美味しいに決まっています。
コトコト煮て耳餃子が茹で上がる間に、私は先程の刻み鰊を浅鍋で焼いていきます。そして食器を洗うのが面倒なので、焼きあがったら直接、切り分けた黒麦の麺麭に乗せていきます。
うっかりそのまま食べてしまいそうになりましたけれど、全部焼きあがるまで我慢です。
そうこうしている間に耳餃子も茹で上がり、お母様も起きてきて、お昼御飯の時間ですね。
ウルウがまず驚いたのは、耳餃子の入った紅煮込みでした。
「えっ赤っ……赤過ぎない?」
「血蕪というお野菜の色が出てるんですよ。見た目だけで、味は普通ですのでご安心を」
「ふーん……ボルシチみたいな感じなのかな」
紅煮込みには酸奶油と、蒔蘿の葉をちぎって添えました。酸奶油はやや酸味がありまったりとした奶油で、なんにでも使える便利な調味料ですね。
恐る恐る口にしたウルウは、意外と穏やかな味わいに驚いてくれました。
そう、血蕪は色は凄いですけれど、味はあんまりないというか、穏やかなんですよね。なので具材の味と塩気の素朴な味わいなんです。
今回はお肉を入れていないので旨味がちょっと乏しいんですけれど、そこを塩漬竜脂と、耳餃子が補ってくれています。
耳餃子は、ウルウ曰く「スイギョウザみたい」とのことでしたけれど、これがまたたまらない美味しさです。
口の中にとぅるんと放り込んでかじると、もっちりと柔らかい皮が歯にも心地よく、丁寧に練った挽肉の具はぷりんぷりんとして食い応えたっぷりです。
私の刻み鰊は、生で麺麭に塗って食べると鮮烈でいかにも前菜といった感じなんですけれど、焼き上げることでちょっとした軽食くらいまで食べ応えが増しますね。
黒麦の麺麭と一緒にかぶりつくと、じゅんわりと肉汁というべきか魚汁というべきか、旨味たっぷりの熱々のお汁が溢れて口の中に広がります。
これを大きく頬張って口の中で味わうことの何としあわせなことでしょうか!
潰し芋を混ぜ込んでいるので、かさ増しみたいに思えるかもしれませんけれど、このお芋の素朴な味わいが、ちょっと強いかなっていう塩漬け鰊をしっかり受け止めて、程よい具合に落ち着かせてくれているんですね。
とりあえず入れてみよっかなと千切り入れた蒔蘿の爽やかな香りが、ともすれば魚臭く野暮ったくなりそうなところをうまい具合に引き締めてくれています。
なんだかんだお腹空いていたんでしょうね。
けっこうたくさん作ったつもりの耳餃子もすっかり食べ尽くしてしまって、私たちはすっかり満たされてしあわせな気分で後片付けを終え、また竜車の旅を再開するのでした。
竜車は軽快に進み、日が沈むちょっと前に、何とか領都であるフロントの町にたどり着きました。
ここまでくると、壁のようにそそり立つ臥龍山脈の威容がはっきり見て取れますね。
長く滞在したヴォーストの町も、臥龍山脈に連なる山々である竜の尾の麓でしたが、あれなども臥龍山脈そのものと比べると全く丘のようなものです。
冒険の神ヴィヴァンタシュトノただ一人が登頂できたとも言われるその標高は、伝説によれば三万四千尺に達するとされます。これは交易尺で一万四百メートル近くにもなります。
そしてその山肌たるや、極めて急峻なことは鹿の類すら拒絶し、所によっては壁のような断崖絶壁、鼠返しのように反り返った場所さえあると言います。
そしてただ高いだけでなく、辺境上空の風精の乱れは臥龍山脈付近で最大となり、ほとんど狂気の沙汰といっていいほどに荒れ狂っているのだそうです。
その臥龍山脈を背にするように築かれたフロントの町は、背の高い石造りの立派な城壁に囲まれていました。分厚く、頑丈な造りは、帝都のそれにも勝るとも及ばない程でしょう。
時間も遅いので人の出入りもすっかりなくなり、そろそろ閉めようかとしているこれまた重厚な扉に急ぎ向かえば、門番の衛兵がすぐに見つけてくれ、下にも置かない扱いで出迎えてくれました。
「これはこれは! リリオお嬢様! それに! ああ! 奥様! お帰りになられたのですね!」
感涙せんばかりの衛兵が声高に私たちの来訪を告げると、詰め所は上を下への大騒ぎで、高らかに喇叭が吹き鳴らされ、私たちの到着を待って控えていたらしい、土蜘蛛──足高の女中がすっ飛んできました。
えーっと、この子は武装女中の、なんでしたっけ。よく使い走りさせられているので、ゆっくり話したことない子ですね。
「三等武装女中のデゲーロよ」
「ああ、そうそう、その子です」
「お嬢様、奥様、おかっかかえられませ!」
「なんて?」
「しっ失礼しましたっ。噛みましたっ!」
「いいわよぉ。お迎えありがとうね」
「きっ、きょーえつしごく? しごくですっ!」
元気のいい子ですね。あわてんぼうな感じですけど。
「えっ、えっ、えーとっ」
「落ち着きなさいよデゲーロ。がちゃつかせるのははんかくさいわよ」
「せからしかっ! ああっ! 失礼しましたっ!」
「ほらほら落ち着いて」
「ひっひっふー……ひっひっふー……えーっと、御屋形様もお待ちです。旅でお疲れとは思いますが、早速参りましょう!」
デゲーロはあわただしくそう言って、とっとこ自前の足で走って私たちを先導してくれました。
足高は馬車と同じくらいの速度で、馬車と同じくらいの体力で走れますから、こういう先導もお手のものです。
竜車はただでさえ珍しいのに、野生種の飛竜が牽いているとあって、道中は視線を集めること甚だしく、町中にどよめきが走りました。
そして騎乗したお母様や私の姿が見つかるや、人々は私たちの帰りに驚きながらも出迎えの言葉をかけてくれたのでした。
正門からまっすぐに続く大通りを進んでいく先を見上げると、まるで空まで届く巨人が大鉈で綺麗に真っ二つにしたような山脈の切れ目が、龍の顎がそこにはありました。
そしてその麓、龍の顎の端から端までに広がる壁こそが、館にして、要塞である、私の実家なのでした。
用語解説
・刻み鰊(Muela haringo)
刻んだニシンとマッシュポテト、刻み玉葱を混ぜ合わせた料理。
パテとしてパンに塗って食べたり、焼き上げて食べたりする。
もっぱら朝食に食べられるほか、軽食としても出される。
・潰し芋(Terpoma kaĉo)
蒸した、または茹でた馬鈴薯を潰し、乳酪と乳と混ぜ、調味したもの。
とりあえずでついてくることが多い他、他の料理の材料としてもつかわれる。
・蒔蘿(aneto)
セリ科の一年草。ディル。イノンド。
葉は乾燥するとすぐに香りを失うため、新鮮なうちに使わなければならない。
・血蕪(Sanga beto)
ヒユ科フダンソウ属。赤紫色をした根を主に食用とする。
見た目に寄らず、人参よりも甘く、最も甘い野菜の一つだともいう。
やや土臭い。
根はサラダとして生食したり、甘酢漬けにしたり、加熱して食べたりする。
若い葉と茎は柔らかく、紅根菜に似る。
絞り汁には催淫効果があると信じられている。
切ったり加熱したりすると大量の赤い汁が出るため、この名前がついた。
・根塘蒿
塘蒿の変種。
葉や茎は苦味があり食用に向かず、肥大化した根を食用とする。
生、または焼く、茹でる、煮るなど過熱して食べる。
香りや栄養成分は塘蒿に似る。
・月桂樹
クスノキ科の常緑高木。葉に芳香があり、古代から香辛料、薬用などとして用いられた。
食欲の増進や、消化を助けるとされる。
・耳餃子(Orelo raviolo)
小麦粉を練って作った皮で、挽肉や魚介のミンチと刻んだ玉葱などの具を人間の耳のような形に包んだもの。
出汁で茹でて酸奶油などで食べる外、揚げたりもする。
・大蒜(ajlo)
ヒガンバナ科ネギ属の多年草。球根を香辛料・食用として用いる。ニンニク。
・黒麦の麺麭
ライ麦のような穀物をもとに作られたパン。黒っぽく、硬く、製粉も甘いが、栄養価はぼちぼち高い。
・紅煮込み
血蕪を用いた鮮やかな深紅の煮込みスープ。
驚くほど赤いが、あくまで血蕪の色素が出ているだけで、辛くはない。
具材は決まっているわけではなく、極論、血蕪を使っていれば紅煮込みと言い張れる。
・酸奶油(Acidkremo)
奶油を乳酸発酵させた食品。
辺境のものは脂肪分が少なめだとか。製法も違うとか。
謎の土地辺境の謎だ。
アミノ酸やビタミンに富む。
・奶油(Kremo)
ざっくり言えば生乳から脂肪分を分離して取り出したもの。
一番簡単な分離法としては、生乳を数時間放置すると上の方に浮いてくる。
料理や菓子作りなどに用いられる。
・臥龍山脈
辺境の東端から、帝都北部の不毛荒野まで連なる山脈。
平均標高三万四千尺(約一万三六三メートル)に及ぶとされる、北大陸と東大陸を物理的に切り離す絶壁。
後に冒険の神となった半神ヴィヴァンタシュトノが唯一登頂に成功したという。
標高もさることながら、頂上に近づくにつれて気流は複雑かつ不規則に荒れ狂い、地上からも空からも一切の侵入者を拒む。
・フロント
対竜最前線。
辺境の最奥。
竜殺したちの封ぜられし地。
かつて飛竜たちを狩り続けた竜殺したちが、ついに人界から飛竜を追い詰めた果てであり、これ以上は進めないと断念した限界でもある。
降雪量は多いが、山から流れ落ちる雪解け水は滋養に富み、短い春夏の間に多くの実りをもたらす。
・足高
土蜘蛛の氏族の一つ。遊牧民。足の速い家畜たちとともに平原を移動する氏族。
非常に足が速く、弓を得意とする狩猟民族でもある。
主に西部の平原地帯に住んでいるが、帝国の宿場制度と飛脚制度が広まるにつれてその足の速さを徴用され安定した公務員として就職するものも多い。
・デゲーロ(Degelo)
足高の少女。
三等武装女中。女中としてはトルンペートの先輩だが、武装女中としては後輩。
足の早さを買われてお使いや伝言などをよく任される。つまりはつかいっぱしり。
おっちょこちょいで落ち着きの足りないところがある。
・がちゃつかせる
土蜘蛛たちはどの氏族も程度の差はあれど甲殻を有する。
この甲殻が打ち合わさって立てる音を指すもの。
土蜘蛛が慌てていたり騒がしくしていたりする様子を揶揄するもの。
・龍の顎
不自然なほど鋭利な臥龍山脈の切れ目。
自然にできたものなのか、何かしらの原因があってできたのかは、いまとなっては不明。
唯一、山脈にも遮られず、低空ならば風精の乱れにも巻き込まれずに通行できるため、北大陸から飛竜がやってくる侵入口となっている。
これを防ぐため、フロント要塞が壁のように立ち塞がっている。
ナチュラルにワンマンアーミーな装備している女中。
これだけ武装しておいて一番非力という。
一夜明けて、日の出るか出ないかという早朝に、私たちは目を覚ましました。
何しろ今日のうちに領都まで辿り着きたいですから、早めに出ないといけません。
ちらっと外を伺ってみましたけれど、ちらちらと細雪がちらついてはいますけれど、空読みによればもう荒れることはないだろうとのことでした。
頂いた朝食の蕎麦粥に、ウルウがひっそりと醤油かけまわしたり、私もあたしもと取り合ったりと騒動はありましたけれど、私たちは手早く準備を整えて、早速出発することにしました。
キューちゃんピーちゃんも大きなあくびをしながらお目覚めで、竜車につなぐと大きく翼を広げてひとつ伸びをしました。
野生種の飛竜は、村人からするとやっぱり猛獣害獣の類ですから、遠巻きに恐れるような声が上がりましたけれど、二頭とも全く気にせずのしのしと村の中を歩いていきます。
「辺境人はみんな飛竜をおやつ代わりに狩ってるって内地では言ってたよね」
「さすがにそこまではありませんよ」
「そうよ、おやつ代わりってのはねー、なんぼなんでもないわ」
「だよねー」
「たまのご馳走よ」
「えっ」
このあたりで野良飛竜が出てくるってことは、龍の顎を必死こいて抜けだして、荒れる空に揉まれて、お腹も空いていればすっかり疲労もしている個体です。
結構元気が残ってるとさすがに村人ではどうしようもなくなって騎士とかが呼ばれるんですけど、矢避けの加護も満足に張れないくらい疲れてたり手傷負ってるのは、ちょっと手ごわいお肉です。
矢とか槍とかに縄付けて何発も打ち込んで、引っ張り続けて体力を奪って、その間も雨あられと射かけ続けて、徹底的に囲んで仕留めるのが農民の飛竜狩りです。別に革とかは取らなくてもいいやって考えなので、傷つけてなんぼです。流れる血の分だけ体力を奪えます。
大体まあ、三日ぐらいかかることもざらですね。
うまくいけば怪我人だけで済みます。
村人たちが朝からせっせと雪かきしてくれた道を抜けて、竜車は街道に出ました。
こちらも随分早くから除雪車が巡回していたようで、よくよく固められた雪道が伸びていました。
ありがたいことですね。二頭とも器用なので、軽い新雪程度なら風を操って吹き飛ばせるでしょうけれど、やらないで済むならその方が消耗が少ないですしね。
それに、雪除けに使う分を、加速に使えるので速度も上がります。
はっきりとした仕組みはよくわからないんですけど、ウルウがなんとなく風精の動きを見れるので、多分だけどと前置きして説明してくれました。
それによれば、まずひとつに、足元に風精を固めて空踏みの要領で足場をつくり、沈みづらくしているそうです。それから、追い風のように風を吹かせて、それを翼で受け止めて加速しているようです。
飛竜と言うのは空を飛べばもちろん速いですけれど、このようにして地上も恐るべき速度で駆けるものなんですね。
飼育種だとちょっと馬力が足りないのでもうちょっと速度が落ちるんですけど、二頭は体も大きいですし、大きくて重い竜車を牽いても全然平気そうです。
あんまり変わり映えすることのない雪道をひた進み、道々いくつかの村を通り過ぎ、お昼ごろになって休憩です。
走り通しで流石に二頭も疲れたのか、雪の中に突っ伏して、熱くなった体を冷やしているようでした。
お母様もすっかり疲れて、キューちゃんの背中で横になりました。
「地面の上走ってると、空の上と違って、揺れが直接来るのよ。それに足をたくさん動かすから、背中のお肉も激しく動くのよね」
この辺りは普通の乗馬と同じような振動などが、もっとずっと大きくなって襲い掛かってくるみたいでした。大きいから安定するというわけではないんですね。
それに、飛竜の駆け方というものは、結構跳ねるような動きがあるみたいですし。
「上空が荒れてるんならさ、こう、低空を飛んでくのは難しいの?」
「えーっと、どうなんでしょう」
「難しいわよー。上空だと、地上まで距離があるから色々余裕あるけど、低空飛行だとちょっと落ちたらすぐだもの。頼りの大気の厚みも全然足りないし、かといってちょっと上ったらすぐに荒れるし。キューちゃんも私も神経使うから嫌よ」
とのことでした。まあ私たちはお母様の操る飛竜で旅していくわけですから、お母様が一番楽な方法でお願いする外ないですね。
お母様が駄目だったら、私たち誰も飛竜に乗れませんからね。
というわけで、お母様にはゆっくり休んでいただいて、私たちで昼食の準備です。
この時期は狩りで獲物を探すのも大変ですので、手持ちでやりくりしましょう。
まあ、私たち《三輪百合》の場合、ウルウという例外存在がいるので、手持ちがえらいことになってるんですけど。
もうお粥は嫌だという顔のウルウのためにも、塩気のあるものを用意してあげましょう。
何はともあれ竈をいくつか作り、鍋に湯を沸かして暖を取りながら作業です。
トルンペートは粉に卵と乳を加えて練り、何かの生地を作りはじめました。
私はどうしましょうかね。刻み鰊でも作りましょうかね。
えーっと、馬鈴薯を茹でて、その間に玉葱を微塵切りにします。細かい方がいいですね。でもすりおろしちゃうとまたなんか違うので、あくまで細かい微塵切りです。
玉葱を刻んだら、塩漬け鰊も刻みます。
鰊はですね、鰊は海のない辺境でも一応とれるんですよ。ペクラージョ湖に住んでるんですよね。数少ない海……まあ、海の魚です。
鮭と鰊と塩蝶鮫……あとなんかいましたっけ。細かいのはいるかもです。良く知らないっていうくらいですね。
なのでお馴染みの味ではあるんですけど、やっぱり豊富な海の魚介には憧れますよね。
塩漬け鰊はもう、徹底的に刻んでいいです。
粘り気でるくらいまで刻んでいいです。挽肉ですね、言ってみれば。
両手に包丁を持ってひたすら無心に叩いていると、トルンペートも玉葱を刻んでいました。こちらは私みたいに細かくなく、普通の微塵切り。そしてウルウに頼んで挽肉を取り出していました。むむ。便利です。
その玉葱と挽肉に塩と香辛料を加えて、ひたすらぐっちゃりぐっちゃりまぜ始めました。粘り気が出るまで大変なんですよねえ、あれ。
こちらはいい感じに刻み終えたので、馬鈴薯の様子を見ましょうか。そっと串を刺してみれば、いい具合です。
取り上げて、熱々のまま布巾で表面を抑え、皮をむいていきます。熱いうちじゃないと綺麗にむけませんから、大変です。
火傷しないように気を付けて皮をむいたら、丁寧に潰して、乳と乳酪を加えて混ぜ合わせます。これに味付けたら潰し芋として一品なんですけど、今日はこれが材料です。
潰し芋が程よく冷めたら、玉葱と鰊を加えて混ぜ合わせます。味は、塩漬け鰊の塩気が濃いので、ちょっと粉胡椒と、蒔蘿を加えるくらいでいいですね。
偏らないようにきれいに綺麗に混ぜてやれば、刻み鰊の出来上がりです。
これをこのまま麺麭にぬって食べても美味しいですけれど、今日は焼きましょう。寒いですしね。
トルンペートの方がある程度仕上がったら焼くことにして、手のひらより小さく小分けにしておきます。
それで、向こうはどんな感じかなと見てみれば、さっきまで練っていたと思っていた挽肉はもう仕上がっていて、最初に練っていた生地で作ったらしい皮でせっせと包んでいました。
ウルウが。
最初にやりかただけ教えられたらしいウルウが無心で包んでいく一方でトルンペートが何をしているかと思えば、血蕪、玉葱や人参、塩漬け甘藍、根塘蒿といった野菜を千切りにしたもの、あ、それに蕃茄ですかね、それらを炒めているところでした。
しかも合間合間で生地をちぎって丸めて伸ばして、ウルウに皮を寄越してます。
私が一品に必死こいている間に片手間で二品目作ってました。恐るべし。
炒めた野菜類を、鹿節で出汁とったお鍋に放り込み、月桂樹の葉と胡椒を加えて煮込みはじめたら、手が空いたので皮を量産してますね。私も包むのを手伝いましょう。
こう、丸い皮の真ん中に具を置いて、半分に折るようにして端っこを留めて半月形にします。そうしたらその端と端をくっつけて止めて、耳型というか帽子型というか、そのような形にします。
耳に似ているので、耳餃子というんですよ。これ。
私が参加したので量産体制は整い、せっせと耳餃子が包まれては並べられて行きます。
トルンペートはそれをしり目に、鍋にモンテート要塞で貰った塩漬竜脂を贅沢に放り込み、大蒜を卸し入れました。肉を使ってないみたいですし、白脂入ってないと脂っ気が足りないですもんね。
塩を加えて味を調えたら、火から下ろして寝かせたいところなんですけど、まあ今日はお腹空いてますしさっさといただいてしまいましょう。
トルンペートはそこに包み終えた耳餃子を放り込んでいきます。
これは、あんまり見ないですね。
でもまあ、美味しいものと美味しいものを組み合わせれば美味しいに決まっています。
コトコト煮て耳餃子が茹で上がる間に、私は先程の刻み鰊を浅鍋で焼いていきます。そして食器を洗うのが面倒なので、焼きあがったら直接、切り分けた黒麦の麺麭に乗せていきます。
うっかりそのまま食べてしまいそうになりましたけれど、全部焼きあがるまで我慢です。
そうこうしている間に耳餃子も茹で上がり、お母様も起きてきて、お昼御飯の時間ですね。
ウルウがまず驚いたのは、耳餃子の入った紅煮込みでした。
「えっ赤っ……赤過ぎない?」
「血蕪というお野菜の色が出てるんですよ。見た目だけで、味は普通ですのでご安心を」
「ふーん……ボルシチみたいな感じなのかな」
紅煮込みには酸奶油と、蒔蘿の葉をちぎって添えました。酸奶油はやや酸味がありまったりとした奶油で、なんにでも使える便利な調味料ですね。
恐る恐る口にしたウルウは、意外と穏やかな味わいに驚いてくれました。
そう、血蕪は色は凄いですけれど、味はあんまりないというか、穏やかなんですよね。なので具材の味と塩気の素朴な味わいなんです。
今回はお肉を入れていないので旨味がちょっと乏しいんですけれど、そこを塩漬竜脂と、耳餃子が補ってくれています。
耳餃子は、ウルウ曰く「スイギョウザみたい」とのことでしたけれど、これがまたたまらない美味しさです。
口の中にとぅるんと放り込んでかじると、もっちりと柔らかい皮が歯にも心地よく、丁寧に練った挽肉の具はぷりんぷりんとして食い応えたっぷりです。
私の刻み鰊は、生で麺麭に塗って食べると鮮烈でいかにも前菜といった感じなんですけれど、焼き上げることでちょっとした軽食くらいまで食べ応えが増しますね。
黒麦の麺麭と一緒にかぶりつくと、じゅんわりと肉汁というべきか魚汁というべきか、旨味たっぷりの熱々のお汁が溢れて口の中に広がります。
これを大きく頬張って口の中で味わうことの何としあわせなことでしょうか!
潰し芋を混ぜ込んでいるので、かさ増しみたいに思えるかもしれませんけれど、このお芋の素朴な味わいが、ちょっと強いかなっていう塩漬け鰊をしっかり受け止めて、程よい具合に落ち着かせてくれているんですね。
とりあえず入れてみよっかなと千切り入れた蒔蘿の爽やかな香りが、ともすれば魚臭く野暮ったくなりそうなところをうまい具合に引き締めてくれています。
なんだかんだお腹空いていたんでしょうね。
けっこうたくさん作ったつもりの耳餃子もすっかり食べ尽くしてしまって、私たちはすっかり満たされてしあわせな気分で後片付けを終え、また竜車の旅を再開するのでした。
竜車は軽快に進み、日が沈むちょっと前に、何とか領都であるフロントの町にたどり着きました。
ここまでくると、壁のようにそそり立つ臥龍山脈の威容がはっきり見て取れますね。
長く滞在したヴォーストの町も、臥龍山脈に連なる山々である竜の尾の麓でしたが、あれなども臥龍山脈そのものと比べると全く丘のようなものです。
冒険の神ヴィヴァンタシュトノただ一人が登頂できたとも言われるその標高は、伝説によれば三万四千尺に達するとされます。これは交易尺で一万四百メートル近くにもなります。
そしてその山肌たるや、極めて急峻なことは鹿の類すら拒絶し、所によっては壁のような断崖絶壁、鼠返しのように反り返った場所さえあると言います。
そしてただ高いだけでなく、辺境上空の風精の乱れは臥龍山脈付近で最大となり、ほとんど狂気の沙汰といっていいほどに荒れ狂っているのだそうです。
その臥龍山脈を背にするように築かれたフロントの町は、背の高い石造りの立派な城壁に囲まれていました。分厚く、頑丈な造りは、帝都のそれにも勝るとも及ばない程でしょう。
時間も遅いので人の出入りもすっかりなくなり、そろそろ閉めようかとしているこれまた重厚な扉に急ぎ向かえば、門番の衛兵がすぐに見つけてくれ、下にも置かない扱いで出迎えてくれました。
「これはこれは! リリオお嬢様! それに! ああ! 奥様! お帰りになられたのですね!」
感涙せんばかりの衛兵が声高に私たちの来訪を告げると、詰め所は上を下への大騒ぎで、高らかに喇叭が吹き鳴らされ、私たちの到着を待って控えていたらしい、土蜘蛛──足高の女中がすっ飛んできました。
えーっと、この子は武装女中の、なんでしたっけ。よく使い走りさせられているので、ゆっくり話したことない子ですね。
「三等武装女中のデゲーロよ」
「ああ、そうそう、その子です」
「お嬢様、奥様、おかっかかえられませ!」
「なんて?」
「しっ失礼しましたっ。噛みましたっ!」
「いいわよぉ。お迎えありがとうね」
「きっ、きょーえつしごく? しごくですっ!」
元気のいい子ですね。あわてんぼうな感じですけど。
「えっ、えっ、えーとっ」
「落ち着きなさいよデゲーロ。がちゃつかせるのははんかくさいわよ」
「せからしかっ! ああっ! 失礼しましたっ!」
「ほらほら落ち着いて」
「ひっひっふー……ひっひっふー……えーっと、御屋形様もお待ちです。旅でお疲れとは思いますが、早速参りましょう!」
デゲーロはあわただしくそう言って、とっとこ自前の足で走って私たちを先導してくれました。
足高は馬車と同じくらいの速度で、馬車と同じくらいの体力で走れますから、こういう先導もお手のものです。
竜車はただでさえ珍しいのに、野生種の飛竜が牽いているとあって、道中は視線を集めること甚だしく、町中にどよめきが走りました。
そして騎乗したお母様や私の姿が見つかるや、人々は私たちの帰りに驚きながらも出迎えの言葉をかけてくれたのでした。
正門からまっすぐに続く大通りを進んでいく先を見上げると、まるで空まで届く巨人が大鉈で綺麗に真っ二つにしたような山脈の切れ目が、龍の顎がそこにはありました。
そしてその麓、龍の顎の端から端までに広がる壁こそが、館にして、要塞である、私の実家なのでした。
用語解説
・刻み鰊(Muela haringo)
刻んだニシンとマッシュポテト、刻み玉葱を混ぜ合わせた料理。
パテとしてパンに塗って食べたり、焼き上げて食べたりする。
もっぱら朝食に食べられるほか、軽食としても出される。
・潰し芋(Terpoma kaĉo)
蒸した、または茹でた馬鈴薯を潰し、乳酪と乳と混ぜ、調味したもの。
とりあえずでついてくることが多い他、他の料理の材料としてもつかわれる。
・蒔蘿(aneto)
セリ科の一年草。ディル。イノンド。
葉は乾燥するとすぐに香りを失うため、新鮮なうちに使わなければならない。
・血蕪(Sanga beto)
ヒユ科フダンソウ属。赤紫色をした根を主に食用とする。
見た目に寄らず、人参よりも甘く、最も甘い野菜の一つだともいう。
やや土臭い。
根はサラダとして生食したり、甘酢漬けにしたり、加熱して食べたりする。
若い葉と茎は柔らかく、紅根菜に似る。
絞り汁には催淫効果があると信じられている。
切ったり加熱したりすると大量の赤い汁が出るため、この名前がついた。
・根塘蒿
塘蒿の変種。
葉や茎は苦味があり食用に向かず、肥大化した根を食用とする。
生、または焼く、茹でる、煮るなど過熱して食べる。
香りや栄養成分は塘蒿に似る。
・月桂樹
クスノキ科の常緑高木。葉に芳香があり、古代から香辛料、薬用などとして用いられた。
食欲の増進や、消化を助けるとされる。
・耳餃子(Orelo raviolo)
小麦粉を練って作った皮で、挽肉や魚介のミンチと刻んだ玉葱などの具を人間の耳のような形に包んだもの。
出汁で茹でて酸奶油などで食べる外、揚げたりもする。
・大蒜(ajlo)
ヒガンバナ科ネギ属の多年草。球根を香辛料・食用として用いる。ニンニク。
・黒麦の麺麭
ライ麦のような穀物をもとに作られたパン。黒っぽく、硬く、製粉も甘いが、栄養価はぼちぼち高い。
・紅煮込み
血蕪を用いた鮮やかな深紅の煮込みスープ。
驚くほど赤いが、あくまで血蕪の色素が出ているだけで、辛くはない。
具材は決まっているわけではなく、極論、血蕪を使っていれば紅煮込みと言い張れる。
・酸奶油(Acidkremo)
奶油を乳酸発酵させた食品。
辺境のものは脂肪分が少なめだとか。製法も違うとか。
謎の土地辺境の謎だ。
アミノ酸やビタミンに富む。
・奶油(Kremo)
ざっくり言えば生乳から脂肪分を分離して取り出したもの。
一番簡単な分離法としては、生乳を数時間放置すると上の方に浮いてくる。
料理や菓子作りなどに用いられる。
・臥龍山脈
辺境の東端から、帝都北部の不毛荒野まで連なる山脈。
平均標高三万四千尺(約一万三六三メートル)に及ぶとされる、北大陸と東大陸を物理的に切り離す絶壁。
後に冒険の神となった半神ヴィヴァンタシュトノが唯一登頂に成功したという。
標高もさることながら、頂上に近づくにつれて気流は複雑かつ不規則に荒れ狂い、地上からも空からも一切の侵入者を拒む。
・フロント
対竜最前線。
辺境の最奥。
竜殺したちの封ぜられし地。
かつて飛竜たちを狩り続けた竜殺したちが、ついに人界から飛竜を追い詰めた果てであり、これ以上は進めないと断念した限界でもある。
降雪量は多いが、山から流れ落ちる雪解け水は滋養に富み、短い春夏の間に多くの実りをもたらす。
・足高
土蜘蛛の氏族の一つ。遊牧民。足の速い家畜たちとともに平原を移動する氏族。
非常に足が速く、弓を得意とする狩猟民族でもある。
主に西部の平原地帯に住んでいるが、帝国の宿場制度と飛脚制度が広まるにつれてその足の速さを徴用され安定した公務員として就職するものも多い。
・デゲーロ(Degelo)
足高の少女。
三等武装女中。女中としてはトルンペートの先輩だが、武装女中としては後輩。
足の早さを買われてお使いや伝言などをよく任される。つまりはつかいっぱしり。
おっちょこちょいで落ち着きの足りないところがある。
・がちゃつかせる
土蜘蛛たちはどの氏族も程度の差はあれど甲殻を有する。
この甲殻が打ち合わさって立てる音を指すもの。
土蜘蛛が慌てていたり騒がしくしていたりする様子を揶揄するもの。
・龍の顎
不自然なほど鋭利な臥龍山脈の切れ目。
自然にできたものなのか、何かしらの原因があってできたのかは、いまとなっては不明。
唯一、山脈にも遮られず、低空ならば風精の乱れにも巻き込まれずに通行できるため、北大陸から飛竜がやってくる侵入口となっている。
これを防ぐため、フロント要塞が壁のように立ち塞がっている。