前回のあらすじ
ブランクハーラの伝説を聞かされる三人。
それは本当に人間なのか?
ちょっと寄るつもりが、随分と拘束されてしまった。
ブランクハーラと言うのは、どうも地元でも大層人気のある冒険屋であるらしい。まあ実態がどうのというより、半分以上伝説やらおとぎ話みたいのを聞かされた感じだけど、それでもまあ、実力のある冒険屋だというのは分かった。
メザーガがまだハヴェノにいた時の話も聞けたし、リリオの祖父母にあたるマルーソさんとメルクーロさんが若いころ随分と武勇伝を作ったという話も聞けた。
そして『暴風』マテンステロの話も。
「……リリオのお母さん、大人しいイメージだったんだけど」
「私もです。でも考えてみれば夏場は良く歩き回ってましたし、飛竜退治とかしてますし」
「辺境貴族と本気で切り結んで一年間勝ち越してたんだから、まあ妥当と言えば妥当よね」
話にはリリオのお母さんのマテンステロさんの話も出てきたのだけれど、これがまた武勇伝も武勇伝だった。
海竜殺しの伝説にあこがれて沖に出たけど、海竜どころか大王烏賊の一杯も出ないので、腹を立てて海賊船を三枚におろしたとか、酒に酔った勢いで素手で岩を切って見せたとか、切りかかってきた相手の剣を縦に真っ二つに斬って見せたとか、魔獣の狩り過ぎでかえって組合から生態系保護の名目で叱られたりとか、やりたい放題である。
しかも盛りに盛られた話かと思ったら、七割くらいは物証と証言者があるという。
「リリオがでたらめなのってお母さんのせいもあるんじゃないの」
「うう……なんだか恥ずかしいやらなんやら」
「メザーガが覚悟しろって言ってたの、奥様の印象が崩れるからってことだったのかしら」
かもしれなかった。
当初私が抱いていた深窓の麗人みたいな印象はすっかり打ち砕かれ、リリオをおっきくして、ストッパー役のいない感じのイメージになってしまった。
笑いながら海賊と切り結んでる感じの。
「うう、もうお腹いっぱいってくらい聞かされました」
「そしてその分普通にお腹が減ってきたね」
「もともとその予定でしたけど、どこかで食べていきましょうか」
どこかでお昼ご飯を食べようとなった時、きちんとした店を選ぶより、市を歩いて露店のご飯を探すのは冒険屋の醍醐味だ。いや、別に冒険屋のお決まりってわけじゃないんだろうけれど、リリオの旅ではそう言うパターンが多い。
お店は入ってみないとわからないけど、露店は目で見て、鼻で嗅いで、肌で感じた店を選べるのがいいところだね。
少し歩いていろんな店をのぞいているうちに、うひゃあ、とリリオが変な悲鳴を上げた。
見ればいけすの中にタコが泳いでいて、それを手早くさばいて刺身で食わせているようだった。
新鮮なタコの刺身は、うまい。
「イカは平気だったじゃない」
「あれはまあ、慣れましたけど、でも章魚ってもっとぐんにゃりしてて、とても食べられそうな感じじゃないじゃないですか」
「似たようなもんだと思うけどなあ」
「全然違いますよう!」
「トルンペートは?」
「うーん、似たようなもんって言われると、そうかもなって思うけど、でも気持ち悪いのは気持ち悪いわ」
フムン。
私はちょっと懐かしいので頂くことにした。
店の人はいけすからタコを取り出して足を切り取ると、残りをまたいけすに戻した。放っておくとまた生えてくるそうだけれど、さすがに再利用できるほどではないという。残った頭は、店の人が茹でて食べるそうだ。
これも西方から仕入れたという、柳葉包丁のように見える鋭い包丁で、ピクリピクリとまだうごめくタコの足がするりするりと引かれていく。この柔らかい身を奇麗に引くには、包丁の鋭さと腕の良さと、どちらもなければいけないと以前聞いたことがある。
奇麗に皿に盛りつけられたタコの身は、うっすら透き通って向こうが見えるくらい新鮮で、つやつやとした表面はまるで宝石のようだ。
これをちょいと醤油につけて、ぱくりと頂く。まず口に感じるのは醤油の塩気と香りなのだけれど、すぐにタコの身がぴたりと舌に張り付くのを感じる。このくにゅりくにゅりとした不思議な歯ごたえを歯でたっぷりと味わっているうちに、だんだんと淡い、タコ自体の甘みとうまみがにじみ出てくる。
そう、タコ自体はこの濃い見た目に反して、実にさっぱりとした味わいなのだ。もっぱら歯ごたえで食っていると言っていい。しかしでは無味なのかというと、そうでもない。説明しがたい曖昧なうまみが、ついつい後を引いてもう一枚、また一枚と私に刺身を口に運ばせるのである。
お薬飲むようになってからお酒は控えていたけど、しかし酒が懐かしくなる。成人したての頃さ、居酒屋で刺し盛なんか頼んで、冷酒をキュッとやる、なんて我ながら渋い飲み方してみてさ。
独りでな。
悪かったな、一緒に飲みに行く友達がいなくて。
会社の飲み会なんかは正直味とか気にできるほど楽しめなかったから、あのころが懐かしいものだ。
などと私がたっぷりと味わい深い沈黙を楽しんでいると、リリオとトルンペートも一皿ずつ注文し始めた。
「生きてる姿はあれだけど、サシミは奇麗よね」
「ウルウがずるいです。そんなに美味しそうに食べられたら我慢できません」
「我慢なんて最初からしてないでしょ」
二人もタコの刺身を口にしたけれど、最初のうちはよくわからないという風に小首を傾げていた。
しかし私の真似をするようにくにゅくにゅと歯ごたえを楽しんでいるうちに、その玄妙不可思議な味わいがわかってきたようで、次を、また次をとタコをほおばるのだった。
「あー……ウルウみたいな味がします」
「どういう味だよ」
「静かな味がします」
私はそう言う味わいらしかった。
用語解説
・『暴風』
リリオの母、マテンステロ・ブランクハーラの二つ名。
その奔放な振る舞いと圧倒的な実力、そして積み重なった犠牲者からこう呼ばれるとか。
大概でたらめではあるが、《三輪百合》も似たような逸話は残し始めているあたり人のことは言えない。
・
ブランクハーラの伝説を聞かされる三人。
それは本当に人間なのか?
ちょっと寄るつもりが、随分と拘束されてしまった。
ブランクハーラと言うのは、どうも地元でも大層人気のある冒険屋であるらしい。まあ実態がどうのというより、半分以上伝説やらおとぎ話みたいのを聞かされた感じだけど、それでもまあ、実力のある冒険屋だというのは分かった。
メザーガがまだハヴェノにいた時の話も聞けたし、リリオの祖父母にあたるマルーソさんとメルクーロさんが若いころ随分と武勇伝を作ったという話も聞けた。
そして『暴風』マテンステロの話も。
「……リリオのお母さん、大人しいイメージだったんだけど」
「私もです。でも考えてみれば夏場は良く歩き回ってましたし、飛竜退治とかしてますし」
「辺境貴族と本気で切り結んで一年間勝ち越してたんだから、まあ妥当と言えば妥当よね」
話にはリリオのお母さんのマテンステロさんの話も出てきたのだけれど、これがまた武勇伝も武勇伝だった。
海竜殺しの伝説にあこがれて沖に出たけど、海竜どころか大王烏賊の一杯も出ないので、腹を立てて海賊船を三枚におろしたとか、酒に酔った勢いで素手で岩を切って見せたとか、切りかかってきた相手の剣を縦に真っ二つに斬って見せたとか、魔獣の狩り過ぎでかえって組合から生態系保護の名目で叱られたりとか、やりたい放題である。
しかも盛りに盛られた話かと思ったら、七割くらいは物証と証言者があるという。
「リリオがでたらめなのってお母さんのせいもあるんじゃないの」
「うう……なんだか恥ずかしいやらなんやら」
「メザーガが覚悟しろって言ってたの、奥様の印象が崩れるからってことだったのかしら」
かもしれなかった。
当初私が抱いていた深窓の麗人みたいな印象はすっかり打ち砕かれ、リリオをおっきくして、ストッパー役のいない感じのイメージになってしまった。
笑いながら海賊と切り結んでる感じの。
「うう、もうお腹いっぱいってくらい聞かされました」
「そしてその分普通にお腹が減ってきたね」
「もともとその予定でしたけど、どこかで食べていきましょうか」
どこかでお昼ご飯を食べようとなった時、きちんとした店を選ぶより、市を歩いて露店のご飯を探すのは冒険屋の醍醐味だ。いや、別に冒険屋のお決まりってわけじゃないんだろうけれど、リリオの旅ではそう言うパターンが多い。
お店は入ってみないとわからないけど、露店は目で見て、鼻で嗅いで、肌で感じた店を選べるのがいいところだね。
少し歩いていろんな店をのぞいているうちに、うひゃあ、とリリオが変な悲鳴を上げた。
見ればいけすの中にタコが泳いでいて、それを手早くさばいて刺身で食わせているようだった。
新鮮なタコの刺身は、うまい。
「イカは平気だったじゃない」
「あれはまあ、慣れましたけど、でも章魚ってもっとぐんにゃりしてて、とても食べられそうな感じじゃないじゃないですか」
「似たようなもんだと思うけどなあ」
「全然違いますよう!」
「トルンペートは?」
「うーん、似たようなもんって言われると、そうかもなって思うけど、でも気持ち悪いのは気持ち悪いわ」
フムン。
私はちょっと懐かしいので頂くことにした。
店の人はいけすからタコを取り出して足を切り取ると、残りをまたいけすに戻した。放っておくとまた生えてくるそうだけれど、さすがに再利用できるほどではないという。残った頭は、店の人が茹でて食べるそうだ。
これも西方から仕入れたという、柳葉包丁のように見える鋭い包丁で、ピクリピクリとまだうごめくタコの足がするりするりと引かれていく。この柔らかい身を奇麗に引くには、包丁の鋭さと腕の良さと、どちらもなければいけないと以前聞いたことがある。
奇麗に皿に盛りつけられたタコの身は、うっすら透き通って向こうが見えるくらい新鮮で、つやつやとした表面はまるで宝石のようだ。
これをちょいと醤油につけて、ぱくりと頂く。まず口に感じるのは醤油の塩気と香りなのだけれど、すぐにタコの身がぴたりと舌に張り付くのを感じる。このくにゅりくにゅりとした不思議な歯ごたえを歯でたっぷりと味わっているうちに、だんだんと淡い、タコ自体の甘みとうまみがにじみ出てくる。
そう、タコ自体はこの濃い見た目に反して、実にさっぱりとした味わいなのだ。もっぱら歯ごたえで食っていると言っていい。しかしでは無味なのかというと、そうでもない。説明しがたい曖昧なうまみが、ついつい後を引いてもう一枚、また一枚と私に刺身を口に運ばせるのである。
お薬飲むようになってからお酒は控えていたけど、しかし酒が懐かしくなる。成人したての頃さ、居酒屋で刺し盛なんか頼んで、冷酒をキュッとやる、なんて我ながら渋い飲み方してみてさ。
独りでな。
悪かったな、一緒に飲みに行く友達がいなくて。
会社の飲み会なんかは正直味とか気にできるほど楽しめなかったから、あのころが懐かしいものだ。
などと私がたっぷりと味わい深い沈黙を楽しんでいると、リリオとトルンペートも一皿ずつ注文し始めた。
「生きてる姿はあれだけど、サシミは奇麗よね」
「ウルウがずるいです。そんなに美味しそうに食べられたら我慢できません」
「我慢なんて最初からしてないでしょ」
二人もタコの刺身を口にしたけれど、最初のうちはよくわからないという風に小首を傾げていた。
しかし私の真似をするようにくにゅくにゅと歯ごたえを楽しんでいるうちに、その玄妙不可思議な味わいがわかってきたようで、次を、また次をとタコをほおばるのだった。
「あー……ウルウみたいな味がします」
「どういう味だよ」
「静かな味がします」
私はそう言う味わいらしかった。
用語解説
・『暴風』
リリオの母、マテンステロ・ブランクハーラの二つ名。
その奔放な振る舞いと圧倒的な実力、そして積み重なった犠牲者からこう呼ばれるとか。
大概でたらめではあるが、《三輪百合》も似たような逸話は残し始めているあたり人のことは言えない。
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