前回のあらすじ
初のサシミに挑戦するトルンペート。
そのお味は。
トルンペートは次に、つやつやと白っぽく透明なサシミに挑戦するようでした。
表面がつるつるしているのですけれど、貫通しない程度に表面に切れ込みがいくつもいれてあって、つかみにくいということがないみたいでした。またこの切れ目は、つるつるとした身に魚醤をうまく絡める働きもしてくれているようです。
トルンペートはこれをちょっと見つめて口に放り込むと、その不思議なサシミに驚いたように眉を上げました。これはさっきの飛魚とは全く違ったサシミですね。
私もいただいてみましたけれど、きゅむきゅむっとした不思議な食感で、トロリととろけるようなのだけれど、脂っけは全くない、面白い味わいでした。
「イカだね」
「イカ?」
「これ」
そういってウルウが示したのは、なんと烏賊でした!
海の怪物と忌み嫌われる、あの烏賊だったのでした!
これには私も大いに驚きました。
「あれ、お客さんは烏賊いける人? 南部でも見た目で嫌う人多くてね」
「これをね、細く麺みたいに切ってね、出汁で割った魚醤とか、生姜を卸して混ぜた魚醤なんかで食べると、うまい」
「ほほう、それはやってみないとね」
トルンペートがこうして用意された細切りの《セピオ》を食べてにんまり笑うもので、私も耐え切れず新しく一皿注文しました。
店の人が手早く用意してくれたのを一口やってみると、これがまた、同じ烏賊の切り方が変わっただけだというのに、先ほどとは全くうまさの質が変わってしまいました。つるるん、と口の中に入り込んで、もにゅもにゅ、くにゅくにゅと口の中で踊ると、烏賊の甘さがぐっと引き立つのでした。
そして最後に挑むのは例の枕海鞘でした。
これも、烏賊とは別の方向でものすごい見た目ですから、トルンペートだけでなく私もちょっとひるみましたけれど、切り分けられた姿はむしろなんだか細工物のようですらありました。これも、分厚い身を切り分けて、表面に切れ目を入れて食べやすいようにしてあるようでした。
「西方の人に学んだやり方でね。彼らは火の扱いより、包丁の扱い方がずっと得意でね」
店の人が振るうあの細長い包丁は、西方由来の包丁のようでした。
「ホヤは潮の香りが強いからな……魚醤よりこっちがいいかも」
そういってウルウが取り出したのは、先ほど一人で姿を消したと思ったら、ほくほく顔で買ってきた黒い液体でした。同じ黒い液体なので魚醤かと思っていましたが、こちらを皿に注ぐと、どうにも具合が違います。
魚醤の味わいと言ってもいいですけれど、しかし臭みとも言える、あの独特の香りがなく、代わりにふっくらと柔らかな香りがするのでした。
「これは?」
「おお、醤油だね。こだわるねえ、お客さん」
これは、魚醤が魚で造るように、猪醤が猪から作るように、豆から作るたれのようでした。
ウルウはずっとこれを探していたのだとにっこり笑顔でしたけれど、お値段を聞いてこちらは目が飛び出るかと思いました。成程ウルウの資産なら十分に買えるでしょうけれど、でも。
「どれくらい買ったんですか」
「一樽」
ずつうが、いたい。
まあ買える範囲なら何も言いませんし、普段ものを買ったりしないウルウの数少ない趣味なので言いっこなしですけれど、それにしたって衝動買いの桁が違います。
まあ、とにかく、その醤油の出番です。
トルンペートが舌鼓を打つだけでなく小躍りしそうな勢いなので私ももう気になってたまらないんです。
海鞘の身を軽く醤油につけて、ひょいと口に放り込むと、これがまた鮮烈でした。内陸暮らしでは一生味わえないような強烈で濃厚な潮の香りが口の中いっぱいに広がり、そしてそこにふわりと優しい甘さが広がるのでした。
歯ごたえは烏賊よりも強めで、ぎゅむぎゅむとしっかりした歯ごたえがたまりません。
二人で一皿では何となく物足りなくなって、結局私たちはもう一皿頼んで、サシミを楽しむことにしたのでした。
「度胸は試せた?」
「試せた試せた。次は舌と胃袋を試す番よ」
「よく食べるねえ」
そう言いながら、ウルウも新しく仕入れた調味料の出番だとばかり、お相伴にあずかるのでした。
用語解説
・烏賊
白い体に十本の足と、我々が想像するイカと同じようである。
ただ油断ならないのがこの世界、船を襲うサイズのイカが普通に存在していたり、レーザー光を発するホタルイカが泳いでいたりするので、注意である。
・醤油
大豆から作った調味料。いわゆる醤油である。
余談だが、幕末には遠いオランダまで醤油が輸出されていたという話がある。
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初のサシミに挑戦するトルンペート。
そのお味は。
トルンペートは次に、つやつやと白っぽく透明なサシミに挑戦するようでした。
表面がつるつるしているのですけれど、貫通しない程度に表面に切れ込みがいくつもいれてあって、つかみにくいということがないみたいでした。またこの切れ目は、つるつるとした身に魚醤をうまく絡める働きもしてくれているようです。
トルンペートはこれをちょっと見つめて口に放り込むと、その不思議なサシミに驚いたように眉を上げました。これはさっきの飛魚とは全く違ったサシミですね。
私もいただいてみましたけれど、きゅむきゅむっとした不思議な食感で、トロリととろけるようなのだけれど、脂っけは全くない、面白い味わいでした。
「イカだね」
「イカ?」
「これ」
そういってウルウが示したのは、なんと烏賊でした!
海の怪物と忌み嫌われる、あの烏賊だったのでした!
これには私も大いに驚きました。
「あれ、お客さんは烏賊いける人? 南部でも見た目で嫌う人多くてね」
「これをね、細く麺みたいに切ってね、出汁で割った魚醤とか、生姜を卸して混ぜた魚醤なんかで食べると、うまい」
「ほほう、それはやってみないとね」
トルンペートがこうして用意された細切りの《セピオ》を食べてにんまり笑うもので、私も耐え切れず新しく一皿注文しました。
店の人が手早く用意してくれたのを一口やってみると、これがまた、同じ烏賊の切り方が変わっただけだというのに、先ほどとは全くうまさの質が変わってしまいました。つるるん、と口の中に入り込んで、もにゅもにゅ、くにゅくにゅと口の中で踊ると、烏賊の甘さがぐっと引き立つのでした。
そして最後に挑むのは例の枕海鞘でした。
これも、烏賊とは別の方向でものすごい見た目ですから、トルンペートだけでなく私もちょっとひるみましたけれど、切り分けられた姿はむしろなんだか細工物のようですらありました。これも、分厚い身を切り分けて、表面に切れ目を入れて食べやすいようにしてあるようでした。
「西方の人に学んだやり方でね。彼らは火の扱いより、包丁の扱い方がずっと得意でね」
店の人が振るうあの細長い包丁は、西方由来の包丁のようでした。
「ホヤは潮の香りが強いからな……魚醤よりこっちがいいかも」
そういってウルウが取り出したのは、先ほど一人で姿を消したと思ったら、ほくほく顔で買ってきた黒い液体でした。同じ黒い液体なので魚醤かと思っていましたが、こちらを皿に注ぐと、どうにも具合が違います。
魚醤の味わいと言ってもいいですけれど、しかし臭みとも言える、あの独特の香りがなく、代わりにふっくらと柔らかな香りがするのでした。
「これは?」
「おお、醤油だね。こだわるねえ、お客さん」
これは、魚醤が魚で造るように、猪醤が猪から作るように、豆から作るたれのようでした。
ウルウはずっとこれを探していたのだとにっこり笑顔でしたけれど、お値段を聞いてこちらは目が飛び出るかと思いました。成程ウルウの資産なら十分に買えるでしょうけれど、でも。
「どれくらい買ったんですか」
「一樽」
ずつうが、いたい。
まあ買える範囲なら何も言いませんし、普段ものを買ったりしないウルウの数少ない趣味なので言いっこなしですけれど、それにしたって衝動買いの桁が違います。
まあ、とにかく、その醤油の出番です。
トルンペートが舌鼓を打つだけでなく小躍りしそうな勢いなので私ももう気になってたまらないんです。
海鞘の身を軽く醤油につけて、ひょいと口に放り込むと、これがまた鮮烈でした。内陸暮らしでは一生味わえないような強烈で濃厚な潮の香りが口の中いっぱいに広がり、そしてそこにふわりと優しい甘さが広がるのでした。
歯ごたえは烏賊よりも強めで、ぎゅむぎゅむとしっかりした歯ごたえがたまりません。
二人で一皿では何となく物足りなくなって、結局私たちはもう一皿頼んで、サシミを楽しむことにしたのでした。
「度胸は試せた?」
「試せた試せた。次は舌と胃袋を試す番よ」
「よく食べるねえ」
そう言いながら、ウルウも新しく仕入れた調味料の出番だとばかり、お相伴にあずかるのでした。
用語解説
・烏賊
白い体に十本の足と、我々が想像するイカと同じようである。
ただ油断ならないのがこの世界、船を襲うサイズのイカが普通に存在していたり、レーザー光を発するホタルイカが泳いでいたりするので、注意である。
・醤油
大豆から作った調味料。いわゆる醤油である。
余談だが、幕末には遠いオランダまで醤油が輸出されていたという話がある。
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