前回のあらすじ
ただ一刀、されど一刀。
リリオの試験がどう運んでどのように落ち着いたのか、はたから見ていた私たちには、ちょっとわかりづらかった。
けれど、短いやり取りの間に、メザーガはリリオに問いかけ、そしてリリオは確かにメザーガに答えたのだった。多分、そういうことだったのだと思う。
「よーし、じゃあ総評と行くか」
ぐったりと疲れ切ったリリオに肩を貸そうにも身長差がありすぎてどうしようもなかったので後ろから抱っこするように抱えていると、メザーガが気だるげにそんなことを言い始めた。
「まず、トルンペートとクナーボな」
メザーガは二人の試合をざっとおさらいし、この手は良かった、ここはもう少し改善の余地があったなどと、意外にもしっかり試合を見ていたらしいコメントを残していた。トルンペートもうなずいたりしているあたり、的外れということもないようだ。
クナーボ? クナーボは結局メザーガの言うことなら何でも頷くからあてにならない。
「トルンペートの戦法はなかなかしっかりしていたな。最初こそ動揺していたようだが、その動揺の殺し方もうまい。ただ全体的にちょいと走り気味なところがある。防御がおろそかだな。見たとこ個人技は十分な技量があるが、仲間と連携しての行動はちと疑問が残る。そんなところだな」
「むーん」
「不服か?」
「いえ、為になったわ」
「そうか。よし。クナーボは随分上達した。背面打ちや左右の切り替えもスムーズで、初見の相手ならまず翻弄できるだろう。ただやはり、射撃に手いっぱいで考えが回らないところがあるな。咄嗟の判断力ももうすこしといったところだ」
「うにゅう」
「まあこの調子なら成人後は見習いとして雇ってもいいだろう」
「本当ですか!」
「慣例となっちまった乙種魔獣討伐出来たらな」
「そんなぁ……」
「大丈夫ですよ。意外と簡単ですって」
「そうそう、下準備すれば簡単よ」
「この先輩たちあてにならないからね」
続いて私とナージャに関してだったけれど、ここはあっさり流された。
というのも、熟練のメザーガをもってしても「理解しかねる」とのお墨付きを頂けたからだった。
「ナージャがわけわかんねえのはもう今更何も言わんが、ウルウ、お前は本当にわからん」
「ごめん、私にもわからない」
「なんなんだろうなお前は。最後のは何だ。何をしたらああなる」
「それは秘密」
「お前は秘密の事もそうでないことも全く分からん」
結論、奇々怪々で済まされてしまった。
「おお、閠! 殺したと思ったんだが!」
「あれ本気だったのか」
「うむ、仕留めたと思ったのだがな。何やら妙な術でも使われたようだな」
「私は弱くて臆病なんでね」
「はっはっは! 面白いやつだ。またやろう」
「断固お断りします」
「はっはっは!」
リリオは、散々だった。
「打ち込みが甘い。日頃適当に振ってるんじゃないだろうな。剣筋が立ってないぞ。もっと自分の手足の延長と思えるようになるくらいは棒振りに励め。それくらいしかできないんだから。あんな格好いい技を一人で開発しやがっておじさんにも教えろください。全くとんでもないガキだな」
などなどじっくりみっちりくどくどとお説教された上で、なにやら封筒を渡されていた。
「なにそれ?」
「……父からみたいです」
私の腕の中で、リリオは気だるげに封筒を開いて、それから目を瞬かせた。
「竜殺しの課程は一応の修了とみなす。励むように」
「……それだけ?」
「それだけです。……ふふふ、それだけです」
リリオはおかしそうに笑って封筒をしまった。多分、それは、私にはわからない笑いどころで、そしてリリオにだけわかればいい笑いどころなのだと思う。
「まあ、俺からいわせりゃまだまだだが、それでもあれだけ俺から殺意浴びせられて立ち上がれるんだ。まあ、悔しいが認める他ねえだろうな」
「メザーガって本場の人にも竜扱いされるくらいなんだ」
「ばっか言えおめえ、竜殺しの連中が竜より弱いわけねえだろ」
辺境の人間の強さに関して、これ以上ない位納得のいく説明があった気がする。
そうなるとリリオも将来、メザーガくらいは倒せるくらいに強く育つのだろうか。そうなると私的にはちょっと怖い。私はまだメザーガを倒せる自信はないのだ。
「よっし。じゃあ終わったら、あれだ。あれだな」
「なにさあれって」
「決まってるだろ」
一仕事終えたと言わんばかりに一つ伸びをして、メザーガは笑った。
「飯だよ」
事務所にて用意の進んでいた熊木菟の鍋は、なるほど秘伝というだけあって格別なうまさだった。
まず熊の類の肉は殺してすぐに適切な処理をしなければ不味いという。これは朝早いうちににウールソ直々に仕留めたものを処理して寝かせたものだという。私たちが試験うける朝に、審判引き受けてるくせにそんなさらっと熊仕留めてこれるのかよ。
熊木菟の脂は分厚いがさらりとしていてよく解け、甘味があった。これが肉の濃厚なうまみとともに汁に溶け出し、野菜にしみこんで、たまらない。
味付けには味噌を用いていたが、これはいつもの胡桃味噌だけでなくいくつかの味噌を合わせた合わせ味噌のようで、独特の風味がしたが、この風味が美味いこと獣臭さを消してくれていた。
野菜はとにかくたっぷりと入れられていたが、これは何しろ肉のうまみがしみ込むので、放っておけばあっという間に食べられてしまうので、最初からたっぷり入れないとすぐに悲惨なことになるからだという。事実、そうだった。
珍しく辛味がして何かと思えば、唐辛子のようなものが入っている。やはり辛味を出すもので、また臭み消しにも良いという。程よく体が温まり、良い。
また軽い酸味もあって何かと思えば、汁の赤色は味噌や唐辛子だけでなく、トマトのような野菜の赤みもあるのだという。これは南方から入ってきたもので、交易共通語でも同じくトマトと呼ぶようだった。これや、また果物を用いることが、固くなりがちな熊肉をやわらかく仕上げるコツだという。そしてまた酢や酒をたっぷり用いるのも肉をやわらかくする要素だという。
果物や酢で柔らかくなる、ということはたんぱく質分解酵素だな。と私は察しをつけた。パイナップルなど、果物にはたんぱく質を分解する成分を含むものがある。いくつか知っている範囲で、またこの世界でも見かけたものを紹介すると感謝された。
旅先でも熊木菟を食べたいと思って処理の仕方を尋ねてみたが、ウールソは決して首を縦に振らなかった。教わった山椒魚人とは、自分一人の頭の中に納めること、という条件で、互いに秘伝の味を教え合ったのだという。
これは山椒魚人というのも、ぜひとも見つけなければならない。
昼から私たちは酒を開け、鍋をむさぼり、大いに飲み食いした。
「しかし、全員合格したからよかったものの、失格してたらこの鍋の準備どうするつもりだったの?」
「なに、そのときは残念でした会さ」
「どちらにしろメザーガは一人得をするわけだ」
「馬鹿言え葬式みたいな空気で酒が飲めるか」
「じゃあ美味しく酒が飲めた分は路銀でも貰おうか」
「ばっか言え。だがまあ、そうだな。うまい酒はいいもんだ。いくらか、俺の使う商人どもを紹介してやる」
宴会は夜まで続いた。
前回のあらすじ
く ま な べ お い ひ い
試験及び宴会を終えて一週間ほど。
私たちは綺麗に片付いた部屋を前に一息ついた。
来た時よりも綺麗にして帰る。そんな教育を受けたせいか、思いの外に大真面目に掃除してしまった。
「忘れ物はないかな」
「結構適当に《自在蔵》に放り込んじゃったから、あとで整理しないとね」
「私のなんだけどね」
「いいじゃない。あんたは《三輪百合》の一人なんだから」
「その分返ってくるものがあってもいいと思うんだけど」
「美少女二人に挟まれてるんだから役得じゃない」
「引率の保護者の気分だよ」
私たちは今日、この事務所を旅立つことになった。
実質数か月しかいなかったわけだけれど、まあ、なんだか名残惜しくはある。
私にだってそんな感情くらいはある。いやだって、これから安定した宿もなく、安定した食事も期待できない旅暮らしとなることを思うと、ねえ。
そう、旅立ちだ。
私たちはメザーガ冒険屋事務所を、そしてヴォーストの街をきょう、旅立つ。
「俺としちゃあよ、いい稼ぎ頭のお前たちを手放すのはちょっとばかりおしいんだがな」
「危険だからうんぬんより、そっちの方が大きいんじゃないの?」
「ばっか言え。ちょっとだけだ。ちょーっとだけ、な」
「随分大きなちょっとだ」
「その理屈で言えば、お前さんはちょっとばかり舌が回るようになったんじゃねえか?」
「むぐ」
全く、口の減らない男だ。
それはそれとして、まあ、確かに、私もちょっとばかり舌が回るようになったのは、否定できまい。この異世界にやってきてもう数か月。そう、数か月だ。それだけの時間があれば、錆びついた舌も良く良く脂で肥えて回りはじめるという訳さ。
幽霊が、自分が死んだことにも気づかずうろついて、そうして自分がまだ生きてすらいないことに気づいて、生者に惹かれて生き物の真似をし始めるには、まあ十分な時間だ。
そういう意味でも、いい旅立ちの日と言えばそうなのかもしれない。
私がこの世界で生まれ直って、きちんと自覚を持って、流されるままでなく、自分の意志として生きていく、その旅立ちの。
「ウルウ、どうしました?」
「いや、ガラにもなく感傷に浸ってただけ」
まあ、格好良さそうな事を云った所で、リリオの後をついて回るストーキング生活にかわりはないんだけど。
思い返せば最初は妙な具合だった。
目が覚めたと思ったら見たこともない森の中で、おまけにこんなみょうちくりんな、ゲーム内のキャラクターの体だった。元の体に未練がないというか、どうも死因が心臓発作だった辺り、どっちみち長くは持たなかったみたいだけど、それでもいきなりこんなハイカラな格好ってのはびっくりしたよ。
ゲーム内の《技能》も使えるってわかって、これで今度こそ幽霊として生きて行こうなんて後ろ向きなんだか前向きなんだかわかんない決心を決めたけれど……そうして出逢ったのがリリオだった。
最初はなんだか食い意地が張っているし、ちょっと頼りないし、森を出たら他の憑りつき先でも探した方がいいんじゃないかなって結構本気で思ってたんだけど、なんだかな。
私って、結構チョロい奴なのかもしれないな。
何だかんだ絆されて、何だかんだ放っておけなくなって、それで、姿を見せて、顔を合わせて、私はリリオと出逢った。
思えばあれが私の旅の始まりだった。
冒険屋になるんだってはしゃぐリリオの後をついて、保護者みたいな気分で見守って、気付けば隣に居るのが当たり前のようになって、隣に居ない事がとても不安に思う様になって、ああ、そうさ、そうだよ。本人には決して言ってはやらないけれど、私にとってリリオはなくてはならない人になっていた。
異世界でたった一人迷子になっていた私にとって、リリオは希望の光だった。
もとの世界でも生きる意味なんてとうに見失って、毎日を過ごすだけが精一杯の亡者になって、生きる事に迷って、死に切る事にも迷って、迷って、迷って、迷うことにさえもう疲れていた私に、一筋差し込んだ光がリリオだった。
ああ、そうさ!
それは曙光。朝の光。夜の帳を引き裂いて、亡者の目をも覚ます鮮烈な光!
私にとってはリリオがそれだった!
リリオとの旅は毎日が新鮮だった。新鮮! そう、干乾びて腐り欠けた節々に、爽やかな風が通って新しく命を吹き込むように、リリオとの旅は私を亡者から少しずつ生き返らせてくれた。リリオは私を生き返らせてくれた。生きていてもいいのだと、私に進むべき道を与えてくれた。
リリオが歩む道の先で、私はまた、トルンペートに出逢った。
リリオが朝の光、煌めく風なのだとすれば、トルンペートは柔らかく私を支えてくれる大地であり、そしてまた眠ることを許してくれる夜の闇だった。私が生きてくれるのをリリオが許してくれたように、私が疲れて死ぬことを許してくれたのはトルンペートだった。
ただひたすらに眩いリリオに、そっとひさしを作って影を与えてくれるのがトルンペートだった。
リリオの導いてくれる光まばゆい道を歩く事が時に辛くとも、トルンペートがいざなってくれる薄暗い影の道が私を憩わせてくれた。リリオが私の骨に沁みる程に輝きを向けてくれることに対して、トルンペートは私がはだえの下に押し隠したい事を尊び護ってくれた。
この二人と共にあることがどれだけ私の心を励まし、また癒してくれたか。ただの亡霊に過ぎなかった私に、どれだけの命を吹き込んでくれたことか。
私は今もまだ、強い光にかすみ、柔らかな闇に沈む、そんなかそけき影に過ぎない。
自分だけの力では生きていくことも歩み出すことも出来ない、儚い亡者に過ぎない。
もはや二人は離れ難く、分ち難き間柄だった。
友と呼ぶこともまだ弱いと感じる程に、痛烈に私は二人に依存していた。
二人を失うことがあればきっと私も同じようにして死んでしまうだろうと、そう思う程にそれは強烈な依存だった。思うだけで悲しみ、考えるだけで嘆き、来るべきその時に構えるだけで立ち上がる事さえ出来なくなりそうなほどの絶望!
この感情を一体何と呼べばいいのか!
呼ばなくていいんだよ!!!
ポエットにも程があるだろ!!!
朝日に目を細めながらなんか気付けばポエムを詠み始めていた自分自身が怖い!
鳥肌立ちそうなレベルで怖い!
何これ、ゲームだったらムービー流れたりする特殊演出なの?
怖っ。異世界怖っ。
何よりさらっとポエム詠んじゃえる自分のマインドが怖い。
純国産の死人が詠んじゃっていいポエムじゃないよこれ。
えーっと、なんだっけ。
公認ストーカーになって、その後だよ。
なんだ。うん。
えー、いまや公認ストーカーになって、ストーカーどころかお仲間に入れられちゃってるけど、まあ、うん、そういうのもいいだろう。生きていくっていうことは、関わっていくっていうことなんだろうし。
そう、その位ざっくばらんでいいんだよ。
あー恥ずかし。恥ずかし乙女。
私が一人で悶絶しているのを見て、周囲も生暖かい目で見てくれている。
違うんだ。これはあれだ。朝日が目に差し込んで死にかけてるだけなんだ。それはそれで恥ずかしいなオイ。
「ウルウって時々一人でなんか楽しそうですよね」
「わかる」
「わかりみって奴ですね」
「それね。わかりみ深いわ」
「深いですねー」
「わかんな! どっかいけ!」
なんだか全然締まらないし、ホント切りが悪いし、でも多分、人生っていうのはこういうろくでもない事の連続なんだろう。リリオたちを見ているとそう思う。
節目節目ってのは無理にそうしなければぜんっぜん締まらないし、切りが悪いし、碌でもないし、でもそういうのを繰り返しながら、私達は成長して、人生なんてもんをやっていくんだろう。
だから、こういうときは、簡単な挨拶で締めるくらいでいいと思う。
「じゃあ、メザーガ」
「おう、じゃあな」
「いってきます!」
「いってこい!」
いってきます。
それが私の、私達の旅の始まりなのだ。
用語解説
・いってきます
いってらっしゃい
前回のあらすじ
青空を背景にポエムを垂れ流したウルウであった。
ヴォーストの町を出て、とはいっても、何も暢気に歩きで出てきたわけじゃない。馬車でもない。
なにしろヴォーストの町は立派な運河が突き抜ける河の町だ。
私たちはメザーガの遠縁の親戚にあたるという商人の船に乗せてもらい、まず東部の町を目指すことになった。
次の町であるランタネーヨまで、歩きなら十日と少し。馬車でも六日程。しかし船旅ならば二日もあればついてしまうのだからこれは全く驚きの速度だった。そりゃあ、歩きや馬車と違って途中で足を止めなくていいし、川の下るままに流されていくのだから、速いか。
それに面白い職業もあった。風遣いという。
多くの船に乗り込んでいる魔法使いで、彼らは風を操って船を押して、普通よりも早く進ませることができるのだ。といっても、風の精霊はあまり扱いの荒い人には懐かないし、そもそも気まぐれで言うことなんか聞きやしないし、調子のよいときにちょっと後押しができるという程度のようだけれど。
彼らのおかげで、船は行きも帰りも大体順調であると言っていい。
ただ、船の旅が早いとはいえ、陸の旅と同じで賊も出た。川賊だ。小さめの船に乗りつけた連中で、鉤縄で乗り込んできては白兵戦を仕掛けるという厄介な連中だという。
多くの場合には荷の一割程度をよこし、多少の乱暴を許す形で、通行をしているらしいが、勿論自衛のために冒険屋を雇っている船もいる。
ただ、冒険屋を雇った場合、危険に自ら顔を突っ込んだということで保険屋が保険金を出し渋るので、どちらがましかというと難しいところのようだった。
この日の川賊は、まあ運が悪い方だったと言っていいだろう。鉤縄で乗り込んで来て早々に、《メザーガ冒険屋事務所》の誇る猛犬二匹とご対面することになったのだから。
私? 私はそう言う乱暴なことは専門ではないし、風の通るところでぐったりと倒れ伏して、乙女塊を虹色大噴出しないようにこらえていたから知ったことではない。
なんでも後から話に聞いたところ、賊どもはまるで相手にならず、リリオにぺいぺいと船の外に放り投げられて、投げナイフがもったいないというトルンペートにもぽーいぽーいと放り投げられて、慌てて船に泳ぎ着く羽目になったようだった。
さすがに賊と言えども、そこまで赤子の手をひねる用にあしらわれては力量が大いに分かったようで、その後は実にスムーズな旅路で幸いである。何しろ私は立って歩くことさえ困難なレベルで船酔いにさいなまされていたのであるから。
小舟に乗っているときはそういうものだと思っていたからか大丈夫だったが、普通に地面に立っているつもりになる規模の船だと、どうにも揺れと認識とがズレてよろしくない。
そもそも人間というものは平地に立って生きている種族なのだからこんな揺れに揺れる環境に適応するようにはできていないのだ。
平気な顔をしているリリオやトルンペートの方がおかしい。
「いやあ、慣れてしまえばこのくらいは」
「武装女中ならこのくらいは耐えられないと」
辺境はまこと人外の地でござりまするなあ。
などと茶化して思う余裕があったかというとまるでなく、最終的には船室で横になって、たらいに向けてえれえれと乙女塊を生み出す羽目になったのである。
まあそんなトラブルもありはしたけれど、一度出すものを出してしまうといくらか楽になった。
「噂の《三輪百合》にも苦手なものがあるんですなあ」
船べりで川面を眺めながら魂の抜けたような状態で過ごしているところに、のんびりと声をかけてきたのは船主で商会の長であるオンチョさんだった。メザーガの遠縁の親戚にあたるという人である。遠縁とはいえ親戚であるからか、何となく目の形など似ているような気もするし、親戚とはいえ遠縁ではあるからか、あんなずぼらな感じはしない。
「私は《三輪百合》でも特別虚弱なんですよ」
「しかし保護者のようでもいらっしゃる」
「幸い、素直な子たちで助かってますよ、まだ」
まあ保護者である以上に保護されている部分も多いし、助ける以上に助けられている部分が多いから、こんなのは口先ばかりで、私が一番この三人組の中で役立たずなのは確かだが。
「メザーガからあなた方のことを頼まれた時は驚きましたよ。何しろ新進気鋭の冒険屋たちだ」
「聞いて驚き、見て笑いましたか」
「すこしね。まさか乙種魔獣を朝食代わりにバリバリやっていると噂の《三輪百合》がこんなに可憐な乙女たちだとは」
「待って待って」
どうも妙な噂がついているようだった。この世界、根拠というものもなしに噂話が駆け回るから本当に手におえない。いやまあ、前の世界でだって噂話というものは何の根拠もなしに駆け回っていたものだが。
「最初は名ばかりの看板娘たちで、今度のことも興行か何かなのかなんて思っていましたが」
「随分あけすけにおっしゃる」
「先の賊相手の大立ち回りを見てまだそんなことを考えていられるほど間抜けではありませんからね」
もっともである。
リリオたちは実に簡単に賊たちを放り投げて行ってしまったが、成人男性をただ放り投げるだけでもそれは相当な膂力が必要だし、刃物を持って襲い掛かってくる相手にそれをかますのは相当な胆力が必要だし、すべてこなしてけろりとしているには相当な体力が必要となる。
「まあ、こんなところでお話しするのもなんです。お茶でもいかがですか。船酔いによくきくものがありますよ」
「是非」
用語解説
・風遣い
風の魔法を専門的に扱う魔術師。
また魔術師というほど魔術に精通していないが、風を操れる人々の総称。
・オンチョ(onĉjo)
メザーガの親戚にあたる人物。
本拠地はバージョ。ヴォースト運河流域全体を商売圏としている。
前回のあらすじ
ウルウ、乙女塊を大噴出する。
川賊? ああ、いたっけ。
船室とはいえ、船長のものだけあって立派な一室でした。気にしようと思えばやや手狭な造りではありましたけれど、陸にあっても十分に客人をもてなせるだけの見事な造りです。
生憎とウルウはそれを楽しむだけの余裕というものは全くないようで、いつもはするりと伸びた背中をぐにゃんぐにゃんとまげてどう見ても不調です。先ほども、乙女塊を惜しげもなくたらいにぶちまけていたところです。
「お二方は全く船酔いはなされないようですね」
「そうですねえ。昔から動物の背中でよく揺られていたせいでしょうか」
「主にそのお守りをしていたせいかしら」
「ぐへえ」
「お二人は仲がおよろしい」
オンチョさんはのんびりと穏やかそうに笑って、給仕にお茶とお茶菓子を用意させてくれました。
このお茶というものが面白くて、普段飲む甘茶とは違って、実にさっぱりとした味わいのお茶で、僅かに後味に残る渋みが全体を引き締めてくれているように思います。
「西方でつくっているお茶らしいんですよ。最近は東部などで試しているらしいですなあ」
「なるほど、西方の。ほら、ウルウ」
「ん…………おいしい」
「よかった」
ウルウが実際どこから来たどんな人なのかいまだに良くはわかっていませんけれど、それでも味わいや文化などで、西方由来のものを好むことが多いのはわかっていました。接触自体を拒んでいるナージャさえも、顔はいいんだよ顔は、と念仏のように言っていました。
私たちがこの澄んだ緑色のお茶の香りを楽しんでいるうちに、さっとトルンペートが焼き菓子を取って口にしました。食い意地がはっているわけではなく、何らかの飲食物が出された時、主より先に食べて毒見するように習慣づけられているのだとトルンペートは以前語っていました。その割においしそうにほおばりますけれど。
「うん、あら、美味しいわね。変わった食感で」
「それも西方由来のものです。米の粉を団子にして、薄く延ばして焼き上げたものです」
「おせんべいだ」
「おお、よくご存じで。西方ではセンベというそうですな」
ばりばりと小気味よい音はなかなかほかのお菓子で聞ける音ではありません。
私も試しに食べてみましたが、これが面白い食感です。少し硬いかなと思うくらいなのですが、それがバリバリと簡単に割れてしまって、口の中でこちこちとぶつかり合いながらほぐれていくのです。味付けは単純に塩だけのようなのですけれど、米といいましたか、これ自体の甘みがじっくりと口の中で溶け合って、舌にもお腹にもうれしいおやつです。
ウルウもいくらか元気になったようでよかったです。髪を結う気力もなくて、本当に亡霊みたいでしたからね、今朝は。
「オンチョさんは西方のものまで扱っているんですね」
「ふふふ、私ひとりの力ではとてもとても。実はメザーガの助けがあってのことなんですよ」
「メザーガの?」
オンチョさんは少し遠い目をしながら、メザーガとの思い出話をしてくれました。
「あれはまだメザーガが地元を拠点にしていた頃のことでした。当時南部の港町に住んでいた彼は、近場でいろいろに冒険をこなしながらも、自前の足がないことでなかなか自由に遠くへ行けないことに困っていました。一方で私は、父に商会の支店を一つ任されて一年以内に大きな成果を出せなければ見限られる、と焦っていました」
商売を持ちかけたのはメザーガでした、とオンチョさんは語りました。
「遠縁の親戚にあたるメザーガはどうにか格安で馬車でも手に入らないかと私の支店を訪れましたが、私の方でもそんな余裕はどこにもありませんでした。いっそどこかへ逃げ出せたらとそう思っているほどでした。それを聞いてメザーガは、じゃあちょっと逃げ出そうぜとそう言ったのでした。
つまりどういうことかというと、彼は貸しがあるという漁師とふっと海に出て、そしてほとんど傷のない船を一隻手に入れてきたのです。勿論魔法なんかじゃありませんよ。なんと、海賊船を一隻拿捕してきたんです」
それを川船に改装して使ったそうですが、いやはや、我がおじながら無茶苦茶な事をします。
「彼は懸賞金代わりにその海賊船をもらい受けて私に寄越すや、東部は何もないらしいから、売りつけるなら何でも売れるぞとそう馬鹿のように言ったのでした。勿論、東部だからと言って何でもかんでも売れるわけではありません。それに当時は風遣いが少なく、川をさかのぼるのは難しく、誰だって思いつきながらも諦めていたのです」
ところがそれを全部解決してしまったのがメザーガだそうです。
「優秀な風遣いである天狗のパフィストさんが風を操って下さり、船は稼働するようになりました。目端の利くガルディストさんの助けを借りて、品物を選ぶことができるようになりました。慣れぬ川旅も博識なウールソさんのおかげで助かりました。しかも《一の盾》は私が定められた一年の間を、専属の冒険屋として護衛も務めてくれたのです」
「あ、もしかして」
「ええ、ええ、これがかの《一の盾》の伝説の一つ、川賊荒らしの真相ですよ」
《一の盾》が若かりし頃、川に潜む賊たちに業を煮やして、川を上ったり下りたり繰り返しながら賊から金品を巻き上げたといううわさが残っていますけれど、まさか実話だったとは。
「私はその一年の間になんとか引き継ぎの準備を整え、自らの目利きの力を鍛え、そして川沿いの人々と私自身の真心をもって接して関係を築き上げ、今のように立派な商会を立ち上げるまでになったのです」
ですからこれはほんの恩返しのようなものなのですよとオンチョさんはのんびり微笑まれたのでした。
用語解説
・西方茶
緑色をした不発酵茶。チャの葉を使う、いわゆる我々のよく知る御茶である。
東部で栽培して試しているところ。
・センベ
米の粉を団子にして、薄く延ばして焼き上げたもの。
いわゆる煎餅。南部・東部では米の栽培も試している。
前回のあらすじ
西方のお茶とお菓子をもらってすこし回復したウルウ。
メザーガの武勇伝の一つを聞かされるのだった。
南部名物の豆茶なんかが遠い北部でも飲めるのは、オンチョさんが特別に販路を拡げて輸送しているからだそうだった。あたしたちが何の気なしに事務所で飲んでたのって、やっぱり普通じゃなかったのね。カサドコさんとこみたいにメザーガの知り合いのところにはおすそ分けしてるみたいだけど、普通のお店で見たこと全然なかったもの。
これからは自前で豆茶を飲むときは、結構懐を考えながらにしなけりゃいけなさそうだった。金銭感覚が狂ったウルウなんかは気にしないだろうけれど、冒険屋なんて商売は、お金が出ていくときはあっという間なんだから、気をつけなくちゃいけない。リリオもそこのところはわかっているはずだけれど、それ以上に冒険屋の粋っていうのを大事にしてるから、何かと金遣い荒いのよね。
あたしたちは何かと退屈になりがちな船旅をそれぞれに過ごすことにした。
ウルウは船室に戻って寝ると言い残したけれど、あれ大丈夫かしら。大分気分は良くなっていたみたいだけど、まさかウルウにあんな弱点があるなんて思いもしなかったわね。背中さすってるときは思わずこいつも人間だったのかなんて思っちゃったもの。
まあ、あの調子なら大丈夫でしょう。あの子、具合悪いときに誰かがそばにいるとかえって落ち着かないタイプだから、一人にしておいてあげた方がいいでしょうし。
リリオはオンチョさんにメザーガの話をねだっていた。あれでもリリオはメザーガを尊敬しているのだ。憧れていると言っていい。リリオは冒険屋たちにそう言った感情を抱いているから、冒険屋の話となればそれこそ何刻でも聴いていられることだろう。
あたしは御免被る。
そりゃ、聞いていて面白いものかもしれないし、ためにもなるかもしれないけれど、でも飽きないってわけじゃない。あたしは元来座って人の話を聞いているなんて言う柄じゃあないのだ。体を動かしていたり、誰かの世話を見ているときが一番満ち足りている。
さって、じゃああたしはどうしようか。
これにはあたしも困った。船旅じゃあ、あたしは誰の面倒を見ることもできないのだった。ウルウはあれだし、リリオもあれだし、あたしは一人だ。まあ、別段寂しい一人ぼっちってわけじゃあない。ただ単に暇な一人ぼっちだ。
しかしこの暇というのがなかなか手に負えないものだった。
寂しければリリオのところにでも戻ればいいのだけれど、暇だからというのでは、あたしの矜持が許さない。自分の暇つぶしに主や、ましてや体調不良で寝込んでいる仲間を付き合わせるなんてできやしない。ましてや、相手がそれを平然と許してくれるとなったら、なおさらだ。
私がぼんやりしていると、つい、と猫が歩いて行った。
白い毛並みの、ちょっとつんと澄ました猫だ。
話には聞いていたことだったけれど、船では良く猫を飼っているらしかった。鼠を捕るためでもあるし、鈍い人間が感じ取れない些細な危機を感じ取るためでもあるし、そしてまた旅の無聊を慰めるためでもあるという。
あたしがじっと見つめていると、猫の方でも気づいて、こちらをじっと見つめてきた。あたしが敵意はないんだよという風に目を伏せて見せると、向こうもついっと顔をそらして、それから思い出したようにあたしの足元をすれ違って、ふわりと尻尾で膝を撫でていった。
あたしは何となく構ってもらったような気分になって、猫の後をするりと追いかけた。猫は一度ちらと振り向いて、その後は気にしないで、お決まりの散歩道を歩き始めたようだった。
あたしが狭い狭いと思っていた船は、猫にとってはどこまでも広がる世界のようだった。船尾から船首までとっとこ歩いたかと思うと、猫は縄をつたって帆まで行ってしまうし、あたしがそれについていった頃には、見張り台で見張りの人に撫でられている。
「やあ、こんちは」
「こんにちは」
「猫について歩く人はいるけど、こんなところまでは珍しいな」
「いなくはないのね」
「落ちないように、気を付けて」
するすると曲芸みたいに綱渡りをしていく猫の後を、あたしも曲芸を心がけて綱渡りしていく。このくらいのことはさほど難しいことでもないから、見張り台から小さな拍手が響くと、ちょっと恥ずかしいくらいだ。猫は上機嫌で散歩道を案内してくれるし、あたしも構ってもらえて楽しい。
猫はそうしてまた船尾までたどり着くとひょいと甲板に降りて、それからあたしの足元にぐりぐりと体を擦りつけてから、ぴょんとはねてどこかへ行ってしまった。どこへっていうのはわからないけど、何をっていうのはわかる。きっと昼寝だ。猫は寝るのも仕事なのだ。
また一人になったあたしが船長室を覗くと、リリオはまだオンチョさんに冒険譚を聞いている頃だった。あたしがもう一杯お茶をもらって、センベをバリバリかじっている頃には、南部でバナナワニが大量発生して、しばらく揚げバナナワニばかり食べていた話だとか、川賊に一対一の決闘を挑まれて、揺れる小舟の上で曲芸もかくやという戦いが行われたことだとか、そういう話をしていた。
お茶もいただいて、センベもお土産にくるんでもらって、船室に戻ってみると、ウルウはまだ青白い顔をしていたけれど、もう粗相の後はきれいに掃除して、部屋の中も何かの花の香りがしていた。相変わらず奇麗好きな事だ。
あたしがお土産のセンベを渡すと、ウルウは力なく笑いながら、あたしの耳元をくすぐるように撫でた。
「出てったと思ったらふらっと戻ってきたり。お土産持ってきたり。君はまるで猫だね」
用語解説
・猫
四足歩行のネコ科の哺乳類。
普通イエネコを言う。伸びる。
前回のあらすじ
ねこはいました。
船が辿り着いた運河の町ランタネーヨは、東部らしい町だという触れ込みだった。つまり、穏やかで、これと言って特色もなく、大抵のものは手に入るけれど、とがったものもまたない、そんなありふれた町というのが東部らしい東部の町だとのことだった。
東部全般としての特産は蜂蜜で、長らく平和であったことから音楽と芸術が盛んであるという。
確かに町並みは美しく、ガラス窓なども、北部よりきれいな出来で、立派だ。
ただし他には何もなかった。
軽く見て回ってみたが、ランタネーヨにあるものでヴォーストにないものは数えるほどしかなかったが、ヴォーストにあってランタネーヨにないものは、これはもう数えるのが馬鹿らしくなるほどだった。
「水と空気の奇麗な所だね」
「ウルウ、それは褒めてるの、貶してるの?」
「公式見解だよ」
「まあ東部は昔から平和ですからねえ」
何かとがった部分があるというのは、何かしら欠けた部分があるということだ。
東部は特別優れたものはないかもしれないが、しかし劣ったものもまたなかった。
昔からこういうらしい。あの世というのはきっと東部のようなところだと。何もかもが満ち足りていて、しかし生きているという励みだけがない。
まあさすがにこれは言い過ぎだと思うけれど、実は出稼ぎにでる若者が一番多いのも東部ではあるらしい。冒険屋も、聞けば東部出身が多い。やはり若者にとっては刺激が足りないのだろう。一方で、年を取ったら住みたい町というのも、東部に多い。牧歌的で、時間の流れがゆっくりとしていて、暑すぎもせず寒すぎもしない。
「私なんかはこういう町でずっと同じ仕事してても苦じゃないんだけど」
「本当にウルウはどういう生き方してきたんでしょうねえ」
「普通だと思うんだけどなあ」
「ちょっと普通に関する定義がずれてる気がします」
私としては将来が保証されているというのはそれだけで価値のあることだと思う。それに好きな音楽や美術品でもついてくれば、これ以上のものってそうそうないのではないだろうか。
「ウルウって時々ほんとにリリオ以上に貴族っぽいこと言うわよね」
「なんですとー!」
「リリオって時々ほんとに子供以上に子供っぽい反応するわよね」
「あれっ、比較対象!?」
まあ私の場合、その好きななんちゃらって部分がいまやリリオの冒険屋活動を観察することになっているので、致し方なくこうして冒険屋などしているわけだけれど。勿論トルンペートのご飯もね。
ああ、こんな風に普通に旅行記みたいなこと言っていると勘違いされそうだから言っておくが、私はいまも相変わらず《隠蓑》で姿を隠しっぱなしの旅だ。勿論、オンチョさんの前とか、必要な時は姿を現しているけれど、それ以外は私はいないものとして扱ってもらっている。その方が気楽だ。
リリオとトルンペートも慣れたもので、私があんまり会話に参加しなくても気にしないし、会話に入りそうだったら気を利かせて話しかけてくれるし、本当に私はいい旅仲間を得たものだ。トルンペートには真顔で介護なんじゃとか言われたけど、知ったことか。
心療内科の先生も言っていた。偶には子供のように泣きわめいて発散することで心の衛生を保つ人もいると。私も子供のように自分の望むことを欲しているだけだ。私は要介護者なのだ。あんまりこういう発言すると怒られるからこれ以上は言わないが、しかしそれにしたって私はもう少し心の傷を癒すべく面倒見てもらっていいはずだ。
そう考えると東部っていうのは穏やかで、大概のものは満たされて、療養には向いているかもしれない。毎日ちょっと日向を散歩したりしてさ、それで午後には自分でフレーバーテキストみたいな調子で散文をかいたりして見て、それで夜は軽めのご飯を食べて早めに眠るんだ。翌朝すっきりと目を覚ますためにね。
「ウルウ、おばあちゃんみたいなこと言ってます」
「うっさい」
「でも実際若者らしくはないわよね。もっとはつらつと生きましょうよ」
「はつらつねえ」
元気ハツラツなんてのはもうごめんだ。
二十四時間頑張れるわけがない。ファイトの気合は二発も三発も出せるものではないのだ。
「むしろ君たちは毎日毎日よくもまあそんなに気忙しげに生きていられるよね。もっとのんびり行こうよ」
「うわあ。東部の空気にすっかり緩んでしまってますよこれ」
「北部でもいうほどせわしい毎日送ってたわけでもないのにねえ」
そう言えばそうだった。
私、別に北部でも忙しい生活はしてなかったな。むしろ健康のために散歩してます程度の勢いでリリオたちの後ろについていっただけで、肝心の討伐依頼とか手を貸したこと全然ないな。貸すまでもなく大体瞬殺だし、貸す時ってインベントリに荷物しまったり、インベントリから荷物出す時だけじゃないか。
あとは氷菓食べたり、ご飯食べたり、最近だとちょっと慣れてきたからリリオやトルンペートと一緒のベッドで寝てみたり、そう言うことくらいだ。
「うわ、私何もしてないな」
「今更」
「マジか。私完全にヒモじゃないか」
「ヒモ?」
「ウルウのことよ」
「トルンペート、君もうちょっと私の繊細な心をいたわろうよ」
「目に見えないものは対応外よ」
「だからいまだに三等なんだよ」
「なんですとー!」
「あ、氷菓買っていきましょう」
「自由か」
茶屋でリリオが買い食いする時も、姿を消したままの私は自分の分を気にしなくていい。どうせ山と積んで食べるので、それをいくつか貰えばいい。山盛りの格子餅、つまりワッフルに、雪糕。お茶も、二人の分をちょっとずつ貰えばそれで十分だ。
「ヒモが嫌なら、寄生虫?」
「もっと嫌なんだけど」
「じゃあ扶養家族ですね!」
「私、娘?」
「お嫁さんでも可! むしろどんとこいです!」
「リリオは甲斐性がなあ」
「ぐへえ」
「じゃああたしは?」
「ダメになりそう」
「褒めてるのそれ?」
「褒めてはいる」
東部は何もないけれど、女三人寄ればどこでも十分姦しいようだった。
用語解説
・ランタネーヨ(La Lanternejo)
東部の運河町。運河に面して発展しており、特に目立つものはないが欠けたものもない、東部らしい東部の街。
夏には慰霊として川に提灯を流す祭りがあり、そのためにランタンの町、ランタネーヨの名前が付けられている。
・格子餅
格子状の型で焼き上げた焼き菓子。ワッフル。
前回のあらすじ
なんにもない、いいまちだった。
「ところで宿はどうするの」
「そう言えばなんか当てがあるんですって?」
「ふふん、実はそうなのです」
ふわふわカリカリの格子餅と雪糕を食べながら、私たちは今夜の宿についての話題に及びました。
船でやってくる旅人用に港周りにも宿はあるのですけれど、今日はそれらを素通りして買い食いなんかしちゃったわけなんです。普通でしたら時間が過ぎれば過ぎるほど宿はお客さんでいっぱいになってしまって、今頃もうよほどあれな宿しか残っていないという状況なんですけれど、そこはご安心。すでに手配済みなのです。
「オンチョさんとお話しているときに、この町にもメザーガの親戚筋がいるということがわかりまして」
「ということはリリオの親戚筋でもあるわけね」
「どこにでも湧いてくるなあ」
「言い方!? でもまあ、本当にあちこちにいらっしゃいますけれど。ともあれ、今日はその親戚筋さんのところに泊まろうという訳でして」
「へえ、どこの宿」
「郊外の牧場です」
「宿ですらなかった」
旅先の宿というのもそれはそれで冒険屋っぽくていいのですけれど、旅先の牧場というのもなんだかさらに旅情緒あふれて冒険屋っぽいじゃありませんか。
「いや、普通に宿がいいけど」
「牧場って」
と思っていたのは私だけのようですけれど、これは体験していないからですよ、きっと。私も体験したことないですけれど。まあそれに第一、いまさら宿を探したところでろくな宿が見つかるとは思えないですしね。
「まあ、そうなると仕方ないということかなあ」
「リリオに任せるとこういう時困るわね」
消極的賛成二票を得まして、無事全会賛成で議決です。
私たちは早速街門を出て、メザーガの親戚筋であるという牧場を目指しました。
「やあ、どうもどうも、いらっしゃい。よくもまあ、本当に、なんというか、奇特な方々で」
「すみません、奇特なのはこいつだけです」
「どうも、奇特な冒険屋です」
「こいつ懲りないな」
「元気は良さそうで何より」
牧場主はランツォさんという方で、奥さんと、娘さんが二人、それにまだ小さな息子さんが一人の五人家族で牧場を経営されているようでした。
「夕食までまだあるし、手伝ってもらうことも特にないから、牧場を見て回ってみるといいよ。あたしらにゃあ見慣れたものだけど、初めての人にゃあ面白いかもしれないよ」
とおっしゃるので、お言葉に甘えて牧場見学をさせていただくことにしました。
とはいえ、私もトルンペートも辺境ではよく牧場に遊びに行っていたので、慣れたものです。正確にはいろいろほっぽって遊びに行く私を追いかけてトルンペートが来てくれたわけですけれど。
このメンツの中ではウルウだけが牧場初体験ということなので、私たち二人が案内がてらウルウにいろんなことを教えてあげることにしました。どの牧場も造りは基本的に同じですから、迷うということはありません。
まずはいつも雪糕やらなんやらでお世話になる、お乳を出してくれる家畜である牛さんを見に行きましょう。何しろ大きいですから迫力もあります。
牛を飼う牧舎は基本的に半地下になっていて、牛たちが眩しがらないよう最低限の明かりだけがともされています。私たちがのぞいた時は、牛さんたちはお休みの時間のようで、明かりはすっかり消されていました。私たちはウルウの貸してくれる闇を見通す眼鏡をかけてこっそりとお邪魔しました。
「ひゃっ」
「うふふ、驚きましたか」
「なに……え? なにこれ」
「牛さんです」
「なんて」
「牛さんです」
「私の知ってる牛さんではない……」
やっぱり初めて見ると驚きますよね、牛さん。
外見はそうですね、しいて言うならば大きくて縦長なお芋がゴロンと転がっているような感じです。短い毛はたいてい黒か茶色で、珍しいもので白色ですかね。手足は短くて太くて、穴を掘るのに適した円匙のような大きな爪が特徴です。怪我しないように丸く切りそろえられてますけどね。
目はほとんど退化していて、毛の中にうずくまるように小さなものが見えるか見えないか。髭の生えた鼻先が時折もごもごと動いています。
「これはモグラでは」
「牛さんですよ?」
「いや、どう見ても」
「牛さんだってば」
「トルンペートまで」
ウルウは時々よくわからないことを言います。
この盲目の牛さんたちは非常に濃厚で栄養たっぷりのお乳を出してくれますけれど、何しろ牧舎が真っ暗でなければなかなか元気にお乳を出してくれないので、管理が難しい生き物ではありますね。
西部では大嘴鶏からお乳を搾っているらしいですけれど、今度行ってみたら味わってみたいものです。
さて、暗い牧舎から出て目をしぱしぱさせて、今度は牧草地に向かってみましょう。今の時間帯なら羊たちが草を食んでいるかもしれません。
なんだか疲れたようなウルウを連れて行くと、ちょうど羊たちが、ふわふわの毛を揺らしながらもっしもっしと草を食んでいるところでした。
「つかぬことを聞くけれど」
「はい」
「もしやあれが羊?」
「その通りです」
「トカゲじゃん……毛の生えたオオトカゲじゃん……」
「ウルウってホントよくわかんないこと言うわよね」
「おのれ異世界」
羊たちは幅の広いお口でもっしもっして元気に草を食んでいます。お食事中にあんまり構うと棘のついた尻尾で思いっきりぶん殴られますけれど、ちょっとなでるくらいなら大丈夫です。鱗の隙間からするすると生えてはもこもこと貯えられるこの羊毛は非常に暖かく、北部でも防寒用によく売れる代物です。
なんでも羊自身の防寒用と、そしてもともとは外敵の攻撃に対する防御のためのようですけれど、品種改良が進んだ今では非常にきめ細かくやわらかな毛が取れるようになっています。
そして羊たちと言えば。
「ああ、うん、あれは知ってる。犬だ」
「そうです、牧羊犬です」
「思ってたよりでかい」
「牧羊犬ですから」
ここでもやはり八つ脚の牧羊犬を飼っているようでした。子供を乗せて走るくらいは訳のない大きさで、多分、今の私でも装備を外せば乗るくらいはできるはずです。
ウルウは背が高いですしさすがに乗るのは無理そうでしたけれど、逆に牧羊犬にのしかかられてそのふわっふわの毛に挟み込まれて、恐れとも歓喜ともつかぬ表情のまま沈んでいきました。
黒いし細長いし仲間だと思われてるんじゃないかというのが最近の私の持論です。
「そんなことより助けて!」
「顔がそうは言ってないわよ」
「あふん」
用語解説
・ランツォ(Lanco)
ランタネーヨ郊外の牧場主。
牛や羊、鶏を育てている。
・盲目の牛
しいて言うならば巨大なモグラ。
完全に家畜化されており、現状では自分の寝心地の良い形に土を掘るくらいしかせず、自分で餌を摂ることもできない。
濃い乳を出す。
これとは別に普通のいわゆる牛もいるようだ。
・羊
鱗の隙間から、鱗から更に変化した長いふわふわの体毛をはやす四つ足の爬虫類。
とげのついた尻尾を持ち、外敵に対してある程度自衛ができるが、基本的に憶病で、積極的な戦闘はしない。
いわゆる普通の羊もいるようではある。
前回のあらすじ
何事もなく牧場見学を終えた。いいね。
ウルウが牧場見学を楽しみ、あたしたちは百面相するウルウを眺めて楽しみ、ゆったりと日が暮れて夕食に御呼ばれすることになった。
品は簡単なもので、たっぷりの乳を使った羊の煮込みに、少し硬い麺麭と、そして乾酪だった。
簡単とはいえこれは牧場の食事としてはとても立派なもので、客人としてもてなしてくれることがよくよくわかった。
まず炙った麺麭の上にたっぷりと溶かした乾酪をかけまわしてくれるのだけれど、これが、残酷だったわ。どうして麺麭の面積には限界があるのか、どうしてとろけた乾酪が積み上げられる高さには限界があるのか、そう思わずにはいられなかったわね。
ざくりとした炙り麺麭の食感に、とろとろととろけた熱々の乾酪の不思議な食感。どこまでも伸びるんじゃないかと思いながら乾酪のもちもちふにふにを楽しむってのは、これは、はっきり言って犯罪的だった。
あんまりどこまでも伸びるもんだから、途中で切ってやらなければいけないんだけど、これがまたもったいないなという気持ちにさせられる。
そして羊の煮込み。これが驚くほどおいしかった。煮汁に搾りたての乳に小麦粉でとろみをつけた乳煮込みなのだけれど、さっぱりとしてちょっと物足りないところのある羊肉に、コクのある乳がよくよくしみ込んで味わいに深みを与えてくれている。そして羊の骨からとったという出汁がまた、いい。
それに単調になりがちな所にうまく香草が使われていて、たっぷり食べてもまるで飽きが来ない。
これは、いうなれば食べる乳ね。栄養もたっぷりで、体も温まって、そして美味しい。
これにはリリオも大いに喜んだし、そしてまた、普段小食なウルウもちょっぴり多めに食べていたように思う。特に乾酪をたっぷりかけまわした麺麭がお気に召したようだった。
「昔アニメでこんな感じの見た」
「あにめ?」
「とっても美味しいってこと」
最初こそしぶしぶではあったけれど、牧場ご飯も美味しいし、これは、あたりだったかもしれない。
たっぷりとご馳走になって、後片付けを済ませて、あたしたちは物置を掃除したという一室を借り受けた。
「リリオちゃんが喜びそうだから、牧舎に寝藁積んでもいいんだけど」
とランツォさんが言うや否やリリオが飛び上がって喜びそうになったので、強引に押さえつけてありがたく物置を一晩借りることにした。さすがにそこまで付き合ってやる気は、ない。
寝台は一つだけだったけれど、あたしたちはその上にウルウの魔法の羽布団を敷いて、三人で潜り込むことにもうためらいはなかった。ウルウはまだ深呼吸してから潜り込むけれど、それでも一人だけ別のところで寝ると言い張ることは、もうなくなった。
三人で寝台に入って、明かりも消してしまって、さああとは寝るだけとなってからが、あたしたち三人の夜だった。つまり、こうして寝る準備がすっかり整ってから、不思議と話題が出てくるのだった。
「そういえば、ランツォさんもそうだけど、メザーガって親戚多すぎじゃあないかしら」
「多分、この先も何かしら関係者と遭遇する気がします」
「便利と言えば便利だけど、不思議ではあるね」
一応の血縁であるところのリリオに聞いてみれば、
「私も本当かどうかは知らないんですけれど、メザーガからはこう聞いています」
このように前置きして、リリオは語り出した。
メザーガの出身であるブランクハーラ家は、南部でも有名な冒険屋の一族であるらしい。メザーガの父親も、祖父も、大祖父も、数える限り八代前から冒険屋をやっているような、生粋の冒険屋の血統であるらしい。
どうせきっと誰かがどうにかしてくれると思っているようなことを、どうにかしてやる誰かというのが彼らだった。誰が言うでもないのに剣を取り、誰が言うでもないのに旅立ち、誰が言うのでもないのに冒険なんてし始める、そう言う一族だった。そう言う酔狂だった。
二束三文で命を懸ける、そういう生え抜きに酔狂の一族だった。
そういう、常に命をすれすれのところに置いているような連中が、南部から帝国中あっちこっちに冒険しに出かけていった結果どうなったか。帝国中あちらこちらで命を懸けたすったもんだを繰り返し、そのたびに情熱的な恋物語を演じに演じ、当代に至ってはどこまで本当かわからない家系図なんてものさえ出来上がるほどに、帝国中に血と流血をばらまいたらしい。
そのせいで恨みも買いに買っているらしいけれど、何しろブランクハーラっていうのは冒険屋の大家だ。メザーガたち《一の盾》が、その名前を出しただけで恐れられるように、うかつに手を出していいものではないっていうのが、世の冒険屋の共通認識らしい。
もっとも、ブランクハーラのいわゆる分家筋の人たちからしてみれば厄介でしかない話で、普段はブランクハーラの名前も出しはしないそうだけれど。
それでもたまにそう言う血筋から白い髪の子供が生まれると、たいてい生まれ育った土地に満足できず、冒険屋として旅立っていくというのだから、これはもう呪いと言っていいほどに強い血統ね。
今では白い髪と言えば冒険狂いの代名詞というほどで、なるほどリリオが冒険屋として辺境から飛び出てきたのも納得だわ。
「辺境人とブランクハーラの合いの子なんて、なんの悪夢だってメザーガにも言われました」
「まあ、聞いた限り劇薬としか思えない取り合わせよねえ」
「そう言えばリリオのお母さんもそのブランクハーラなんだったっけ」
そう、リリオのお母様も、冒険屋だった。あたしはそれほど深い付き合いがあったわけじゃないから詳しくは知らないけれど、それでも、強い冒険屋ではあったのだ、あの人は。
用語解説
・ブランクハーラ
記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。
前回のあらすじ
アルプスの家で食べそうなご飯を頂いた。
そしてブランクハーラの逸話を聞くのだった。
ブランクハーラ家とかいう、八代続けて冒険屋なんかやっているという恐ろしい血統が明らかになったわけだけれど、ついでに言うとそこに辺境人とかいうサイヤ人みたいな血筋が入っている劇薬毒物な組み合わせってことも明らかになったわけだけれど、まあそれで私の知っているリリオが別人になるというわけでもない。
まあ、リリオがどうしてこんなに小さな体でもあそこまで強いのか、そしてまたどうしてそこまで冒険屋にあこがれるのかという理由は何となくわかったような気もする。
「リリオのお母さんも確か、冒険屋なんだったよね」
「そうですね、もともと母は冒険屋として、依頼を請けて辺境にやってきたんでした」
何事も力がなければ解決できない辺境人が、外部の冒険屋に依頼することは、そんなに多くない。大抵のことは内部で解決してしまえるからだ。
その辺境人が依頼することと言えば決まっている。
「…………海産物?」
「そうなんですよ。辺境って、海と面してないんですよね」
湖などはあるらしいけれど、やはり、海のものとは違う。
内陸地である辺境にとって、一番の贅沢というものは、やはり海産物であるらしい。
力がすべてである辺境でも、やはり権力というものも一つの力であるらしく、当時まだ当主として日の浅かったリリオのお父さんは、箔付のためにも、就任祝いとして南部の海産物を用いたパーティを開こうとしたらしい。
海産物、それもできれば生の状態で、という難しい依頼を請けたのが、当時南部で冒険屋をしていたリリオのお母さん、マテンステロさんだったそうだ。
干物など加工品ならばという冒険屋は多くいたけれど、生で持っていけると宣言できたのはマテンステロさんだけだったという。
それというのも、彼女が優秀な魔法の使い手で、海産物を上手に凍らせてほとんど生と変わりない状態で保存することができたというのが一つ。そしてもう一つは、従兄妹のメザーガという使い勝手のいい子分がいたことだった。
当時まだ開拓したばかりであった南部からヴォーストまでの運河便を用いて、ご自分で風を操ってとにかく急がせ、特急便で海産物を届けに行ったらしい。
そしてヴォーストから辺境まで自前の馬車で駆け抜けて、見事にリリオのお父さんの就任パーティを成功に導いたことが出会いのきっかけだったそうだ。
リリオのお父さんも、正直あまり期待していなかったところに、予想以上の成果をもってやってきた冒険屋にいたく感激し、ぜひとも当家の専属にとお願いするほどだったらしい。
しかしブランクハーラ家の人というのは奔放なようで、ひとところに縛られるのを嫌って、マテンステロさんはこう条件をつけたんだそうだ。
「私は自分より弱い人の言いなりになるつもりはないわ。私に一太刀でも浴びせられたら考えます」
なんだかイメージしてたよりずいぶん過激な発言をする人だけれど、宣言に従って一太刀浴びせることに成功したお父さんのプロポーズを受けて、ついにマテンステロさんは膝を折って結婚することに決めたらしい。
これだけ聞くとあっさりとしたロマンスだけど、実際にはなんと一年間も毎日挑んで、ようやく勝ち取った勝利だったらしい。お父さん余程情熱家だったみたいだし、付き合ってあげたマテンステロさんもまんざらではなかったのかもしれないね。
「母は寒いのが本当に苦手で、冬の間ははぐれ飛竜でも出ない限り暖炉の傍から動こうとしない人でしたから、夏も涼しい辺境に一年も滞在して挑戦を受けたっていうのは、つまりそう言うことだったんじゃないでしょうかねえ」
そんな情熱家な夫婦の間に生まれたのが、リリオとそのお兄さんであるティグロだという。ティグロは二歳違いで、今は十六歳だとか。
「兄は髪も白くありませんし、どちらかというと父親似ですね。当主にも兄の方が向いているのは確かです」
さて、そんなお母さんが亡くなったのが、リリオが十歳の冬だったそうだ。
「実際には、私は母の死に目には会えていないんです」
その冬、季節外れのはぐれ飛竜が出たのだという。飛竜にも季節ってあるんだね。まあ、どんな生き物でも冬は嫌いか。
まあ、その季節外れの飛竜が出たと聞いて、真っ先に剣を取ったのがマテンステロさんだったという。
「母はいつも暖炉の前で凍えているような、大人しい人でしたけれど、飛竜が出たとなるや誰よりも早く駆け付ける、勇敢な人でした」
しかし、それがいけなかった。
勇敢さは時に無謀とも似ている。
マテンステロさんは僅かな隙をつかれ、飛竜に一呑みにされてしまったのだという。お父さんや兵士たちもすぐに飛竜を倒してマテンステロさんを助け出そうとしたらしいのだけれど、飛竜はすぐに飛び立ってしまって、結局その行方は知れないそうだ。
「じゃあ、リリオはその時以来」
「そうですね。母がなくなってしまってからは、トルンペートと父と兄と動物多数だけが私の心の支えでした」
「思ったより多いな心の支え」
「数も大事ですけど、質も大事です」
「リリオはお母さんっこだったからねえ」
今もまだ少し寂しくはあるそうだった。
けれど、たくさんの人に慰められ、いまはもう悲しくはないと。
そのように告げるリリオの横顔を、私は誇りに思う。
用語解説
・マテンステロ(Matenstelo)
リリオの母親。南部の冒険屋一族ブランクハーラの生まれ。
冒険屋としては非常に優秀で、魔法も使え、近接戦闘もでき、飛竜とも渡り合えた。
辺境人でないものが辺境人と同等以上に戦える、という数少ない例外存在である。