前回のあらすじ
ゴリラ現る。



 あれが何者なのかっていう質問をぼくに放り投げるのはいささかお門違いではあると思うんですけれど、それでもまあ、根本的な説明責任者の所在が永久に不明である以上、飼い主と言うべきか拾い主と言うべきか、とにかくあの()()()()()()を現世に引きずり出してしまったぼくにお鉢が回ってくるのはもうどうしようもないことなんでしょうね。

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 正直な所そう呼ぶほかに正しい分類方法の見当たらないナマモノであるところのナージャを見つけたのは、たしかにぼくだったのですから。

 ナージャを発見したのは東部の古い遺跡でした。
 ぼくは、と言うか正確には、おじさんとぼくはようやく軌道に乗り始めた事務所を維持させるために必要不可欠なもの、つまり徳と現金を積むために方々で塩漬けになった依頼を片付けて回っている最中でした。勿論《一の盾(ウヌ・シィルド)》の他の面子もそうで、あの頃ぼくたちは、帝国に広く足を伸ばしては小金を稼いでせっせと事務所の資金としてため込んでいたのでした。

 普通の冒険屋ならパーティで組んで仕事した方が効率が良かったのでしょうが、それはそれ、何しろ《一の盾(ウヌ・シィルド)》と言うのはいろんな意味で規格外のパーティでしたから、よほどの依頼でなければ過剰戦力になってしまう以上、分散してそれぞれが気ままにやった方が効率的というものでした。
 もちろんそれが、いわゆる普通の冒険屋が聞いたら卒倒しそうなことだってのはわかってますけど。

 さて、そのときぼくとおじさんが潜った遺跡は、なんて言ったかな、ちょっと記憶が曖昧ですけれど、まあ大戦時からずっとそのまま放置されているような、用途も目的も知れない遺跡の一つで、いままで何にもなかったし、突っつかないで済むならそのまま放置しておいてもいいんじゃないかなと、そのような理由で放り出されていた代物でした。

 しかし、えてしてそういう遺跡には魔物や盗賊が棲みつくものです。生半可な物であれば対処できるかもしれませんが、今は静かなものでも将来的には果たしてどうなることやら分かったものではありません。急にそう言う手合いがわっと湧いて出てきたとして、平和に慣れた東部の皆様がこれにきちんと対処できるものでしょうか、いえいえ侮るわけではなく専門家として純粋に危機意識を持っているだけの事でして。それにこれは魔獣や盗賊であればまだよいなと言う話でして、ええ、ええ、古い遺跡に竜種が棲みついたなんて言うお話は、全くおとぎ話でも何でもなく、今でもたまに聞くようなものですから、そうなるとさすがに対処は難しいのではないでしょうかと愚考する次第でありまして。いえ、いえ、いえ、私どもも急ぐ旅でなし、お手伝いできればこれ以上の喜びはありません、と申し上げたいところなのですが何しろ御覧のとおり一介の冒険屋ともなると路銀も寂しく長逗留というわけにも参りませんで、いえいえいえ、そんな催促など、ただまあ同じ代金でどんな冒険屋がこんな塩漬け依頼にわざわざ食いつくかと言うのははなはだ疑問ではありますけれど、ああ、いえいえ、とんでもございません、また再びこの地に来ることがありましたら、そのときは皆さまがご無事であると嬉しいなと言うそれだけでして、ええ、ええ、はい。

 そのような具合で地元の方とお喋りなんかしましてね、はい、ほどほどの前金を懐にほくほく顔で遺跡に潜ったんですけれど、これがまあ、あまり、よろしくない。よろしくないというより、はっきり、悪い。

 と言うのも、遺跡の機能の方は半分方死んでしまっていて何の遺跡だったのやらさっぱりわからなかったのですけれど、穴守がですね、ええ、ええ、守護者なんて言ったりもしますけれど、その穴守がですね、健在、全くの健在だったんですよ、これが。

 と言うより修復中だったんでしょうねえ。からくり仕掛けの穴守だったんですけれど、長い間をかけて自分で自分を修理していたようでして、完全に修理が終わる前に見つけられて運が良かったというべきなのか、目を覚ます程度に修理が終わってから見つけてしまって運が悪かったというべきなのか、まあとにかくうっかりその穴守と遭遇してしまいまして。

 いくらおじさんが凄腕の冒険屋とは言え、大戦時代のからくり仕掛けの穴守を、準備もなしに相手するのはさすがに厳しい――あ、いえ、はい、そうですね、はい、えーと、面倒、そう、面倒くさいということでして、一旦相手の様子を見るために、あちこち逃げま――走り回って、遺跡の調査をしながら何かいい手立てはないかと探してみたんですよね。

 逃げ込んだ先は広い部屋でした。最初ぼくたちは、そこをお墓なのかと思いました。
 というのも、金属製の棺のようなものがいくつも並んでいたからなんです。人が一人は入れるくらいの大きさと言い、それがずらりと並んだ光景と言い、地下墳墓のようだなと感じたものでした。
 そのほとんどは空でしたけれど、何か金目の物――もとい役に立つものでもないかと探しているうちに、ぼくたちは一つの棺がまだ稼働していることに気付きました。
 棺が稼働しているなんて変な言い回しですけれど、それは、その機械仕掛けの棺は確かに、しずかに唸るような音を立てて生きていたんです。

 棺を開けてみようと言い出したのはぼくでした。おじさんのもとで冒険屋として勉強していくうちに古代遺跡の操作方法も少しは齧っていましたから、簡単な操作くらいはできる自信がありました。
 何か役に立つものが入っていれば、その一心でした。そのくらいぼくたちは追い詰められていたんです。
 勿論、中からまた別の穴守が出てくるかもしれませんでした。何の役にも立たない代物が出てくるかもしれませんでした。

 一か八か。
 ぼくがなんとか棺を開けることに成功するとの、穴守がその部屋を発見するのは同時でした。

 穴守が扉を破壊して巨体を部屋にねじ込ませようとしている最中、ひんやりとした冷気に満ちた棺から、そいつはゆっくりと体を起こしたのでした。

「くぁ、あ、ふあ、あふ、く、ふ……んーむ。寝すぎた感じがあるな」

 そんな暢気なことを呟きながらのっそりと棺から起き上がったのが、そう、彼女でした。

 棺から身軽に飛び降りたのはすらりと背の高い女でした。
 すっと鼻筋の通った力強くも美しい顔立ちで、均整の取れた体つきはしかし、女性的な嫋やかさと言うよりは、その張りのある皮膚の下の縄のような筋肉を思わせました。
 黒々と長い髪はしっとりと濡れたようで、うっとうしげに払われる様さえも一幅の絵画のようでした。
 戦の女神というものが実在したならば、あるいはそのような姿をとったかもしれない、そう思わせられるほどでした。

「うん? なんだ。どこだここ。まさか呑み過ぎて倒れたのか?」

 その極めて残念な言動と、惜しげもなく全裸をさらして尻をかくという極めて残念な行動さえなければ。

 すっかり呆然として誰何する余裕もなく、ただただ見上げるばかりのぼくを一瞥して、穴守を警戒して剣を構えるおじさんを一瞥して、それからぼりぼりと頭をかいて、それでそいつはすっかり得心したようでした。

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 その後の大惨事をあえてぼくから申し上げるのは控えさせていただきますけれど、まあ、しいて言うならば、あれは、戦闘でも何でもありませんでした。一方的な虐殺と言っていいでしょうね。機械相手にそう言っていいのかわかりませんが、何しろからくり仕掛けの穴守が恐怖におびえて逃げ惑うという様を見ることができたのは、ぼくたちくらいのものでしょう。

 あれから色々調べはしましたけれど、何しろ古い、それも情報も残っていないような遺跡でしたし、本人にもとんと記憶が残っていないということで、結局ナージャが何者なのかと言うのはぼくたちにもよくわかっていません。

 ただ、恐らくはあの遺跡の、あの棺の中でずっと眠っていた古代人で、それもただもののではない古代人であるということだけが、何となくわかっているにすぎないのです。





用語解説

・塩漬け依頼
 冒険屋に託される依頼の中には、期限を明確に示さないものもある。
 そういったものの中で、特にかなり年季の入った古いものを漬物に例えて塩漬け依頼と呼ぶ風習がある。

・ナージャ・ユー
 本名長門ゆ()。古代人(?)。西方出身であるような発言があるが、詳細は不明。
 真面目にやり合うとメザーガでも手古摺る、というより場合によっては歯が立たない可能性もあり、ただの人族というには些かオーバースペックのようだ。