――お父さんとお母さんが殺されたのは、数週間前のことだ。
リビングで折り重なるようにして倒れている二人を発見したのは、部活から帰った私だった。

『ただいま』

そう声を掛けながらも、両親がいるはずのリビング、そこに入る前から嫌な予感はしていた。
噎せ返るような血の臭いと、饐えたような臭い。玄関ドアを開けた瞬間、それが漂ってきていたからだ。
夏の盛りであれど、リビングに数時間放置した程度では死体は腐らない。だからそれは腐敗臭ではない。
しかし私があの時嗅いだのは間違いなく、死の臭いだった。未だに鮮明に思い出せる。
お父さんと、お母さんの――死に瀕した絶望の表情を。
流れた血が時間が経って固まり、どす黒くフローリングを染めていたことも。
血のように赤い夕陽が差し込み、二人の死に顔を照らしていたことも。
全部、全部思い出せる。

暫し呆然と、事態を把握しきれなかった私だが、日が沈んでからようやく警察に通報した。

『それで、帰ってきたら君のお父さんとお母さんが亡くなっていたんだね』
『……はい』

第一発見者の私も一応疑われたのか話を聞かれたが、死亡推定時刻には部活に行っていた私には当然のごとくアリバイがあり、
すぐに容疑者候補から外された。

――そして。
その次の日から、私は一躍『悲劇のヒロイン』になった。

『まだ中学生でしょう? ひどいわねえ』
『あの子、一体これからどうするのかしら』
『お父さんとお母さんを殺されて、さぞお辛いでしょう。今の気持ちを一言』
『ご両親を殺した犯人が憎いですか』
『ぜひこのマイクに思いのたけをぶつけてみてください』
交わされる、無責任な噂話。

向けられても全く意味のない、他人の憐れみ。
ハイエナのように、不幸を喰らうべく私を取り巻くマスコミ。
世間の全てが私を悲劇の主人公のように扱っていた。

――しかし、その状況は数日ですぐにひっくり返った。
両親を殺したのが、数年前に家を出た、私の兄であったことが判明したからだった。
親を殺された悲劇のヒロインから、親を殺した殺人鬼の妹への早変わりだった。
両親を殺されたという点では変わらなくとも、殺人犯の妹となるだけで私は加害者側の人間に、人殺しができる者の身内という名の人でなしにもなるらしい。
ああ、世間の声ほど、無関係な他人の声ほど、無責任なものはない。

けれど、本当に、憎いのは両親を殺した兄。
許せない。どうして、どうしてお父さんとお母さんを。
数年前、私が小学生だった時、家族を置いてとっとと遠い所へ行ってしまったお兄ちゃんが、何故今更になって。

兄が殺人犯とされてから、四六時中好奇の目に晒され、マスコミにも更に追い回され、私はもう頭がおかしくなりそうだった。
親戚もいないというわけではないが、殺人犯の妹を受け入れていいというほど経済的にも心にも余裕がある家はない。
私は孤独だった。

『必ず犯人を見つけるよ』

通報し、初めて家に警察が踏み入った時、初めに会った新人らしき刑事さんは、正義感溢れる声で私にそう言った。
兄のことを知らなかった彼は、これから一人で生きていかねばならないであろう私を哀れみ、犯人に怒りを覚えたのだろう。
そして彼らは実際に、犯人を見事特定した。
けれど。こんなことになるならいっそのこと、犯人なんて見つからなければよかったのに。

――兄は、お兄ちゃんは暫くの間、警察の手から逃げることに成功していた。
犯人の遺失物のDNAが兄のものだということが判明して、即座に捜査の手は彼に及んだ。
けれど、兄の住所となっているはずのアパートの部屋はもぬけの殻だったらしい。

『他にお兄さんのいる場所を知らないか』

何度、そう警察に問われたかわからない。そんなことは、私が何より知りたかったことだった。
聞かれる度に首を振るのも、もう疲れてしまった。
しかし、そんな時だった。
憎い相手は、不気味な笑顔を湛えながら、ある日ひょっこりと私の前に姿を現した。

「やあ。久しぶりだな」

――それが、つい、昨日の夜のことである。